心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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9話 準遊撃士カイト③

「いやー、お邪魔してすみませんなあ先生。美味しいお茶にクッキー……本当ごちそ様ですわ」

「子供たちがお世話になっていますからね。そのお礼です」

 日曜学校の先生を勤めた、白い法衣に緑髪を逆立てた神父。「あんまり神父らしくない」とはエステルの談だが、なるほど珍しい方言と軽い口調がさらにそれを助長しているようだ。

「うーん、これはここのチビッ子たちは幸せ者やなあ。あ、君もやったっけ? カイト君」

「はい。皆の自慢のお母さんです」

 名はケビン・グラハム。三ヶ月ほど前にリベールへやって来た、七曜教会の神父である。驚いたことにエステル、シェラザード両名とも面識があるようで、自己紹介に大した時間はかからなかった。

「いやー、これはまた来たくなってしまいますなぁ。……ところで、エステルちゃんは大丈夫なんか?」

「あは、お陰様でもう大丈夫ですよーだ」

 ケビン神父はほんの少しであるが、エステルとヨシュアの事情を耳にしたらしい。だからこそ彼女の返答に対して微笑むだけで、それ以上を聞こうとしないのだろう。

「でも、エステル姉ちゃん。ちょっと目が赤くなってるぜ?」

 逆に、事情を知らない子供たちは疑問符を浮かべるばかりだ。ヨシュアがいないことも不思議ならしく、のらりくらりと話題を変えて場の空気を和ませるカイト、ケビン神父の二名。

「そういえば随分長く朗読してたみたいですけど……あれって、『人形の騎士』ですか?」

 人形の騎士。ゼムリア西部の中で、いくつかある有名な小説の一つだ。主人公ペドロ、某国の姫ティーア、謎の宿敵ハーレクインなどの登場人物が織り成す、熱い戦いあり心揺さぶる恋情模様ありの物語となっている。

「お、カイト君博識やねー! ご名答や、リベールに持ってきた青少年向け小説なんやけどな」

「はい」

「調子にのって全二十二巻一気読みしてしもたわ……めっちゃ疲れたでぇ」

「はぁ……」

 他にも歴史や算術の授業もあるだろうに。それでも子供たちがなついている辺り、いい加減な先生でもなさそうだが。

 それにしても小説知識に博識とは、何とも軽い神父殿である。こんな人が女神の教えを説いたらどうなるのか、逆に気になってきたカイト少年。

「っと、そうだ。オレたち挨拶もそうだけど、遊撃士の依頼でも来たんだよ」

 閑話休題と言いたげなカイトは、唐突に本題を口にした。

「ポーリィ、この前『白いオジチャン』を見たんだよな。どんなのだったか、話してくれるか?」

「うん、いいの~。白いオジチャンだったの~」

 幼く独特の間を持つポーリィには難しかったか。変わりにしっかり者のマリィから伝えられた事の次第は、こうである。

「この子、夕方に家の前でぼーっとしてたみたいなんです。そしたら、白いマントに白いマスクをかぶった背の高い人がフワフワ浮いていたらしくって」

「それは……何ともキテレツな……」

「しかもポーリィに向かってお辞儀して挨拶したみたいで……」

「楽しそうなオジチャンだったの~」

 本当に幽霊か、それ。喉まで出かけた言葉を、少年は一先ずしまう。

「あと、お兄ちゃん。そのオジチャン、僕もみたんだよ」

「本当か? ダニエル」

 これで、より信憑性が増してくる。各地での奇妙な行動が要領を得ないが、偶然でなく必然の産物らしいことは確かだ。

「これは、ジャンさんに報告するべきですね……」

「ええ。嫌な方向で、ジャンさんの勘が当たってるかも」

 言い様のない不気味さが、さらに増してきた孤児院での調査だった。

 そうして孤児院での調査も終わり、子供たちとも一通り遊んだところでルーアン市へと戻ることとする。

 マーシア孤児院の扉の前。三人の遊撃士と一人の神父は、テレサ院長に見送られて出発使用としていた。

「それじゃあ先生、お世話になりましたわ」

「とんでもない。子供たちも喜びますし、よければ時々いらしてくださいね」

 そんな風に、ケビン神父に対し柔らかな微笑みを浮かべるテレサ院長。

「そうだ、先生」

 カイトは、第二の母に声をかける。その背には、旅のための大きめな鞄があった。

「何かしら? カイト」

「今日決まったことなんだけど。オレさ、しばらくルーアンを離れることになったんだ」

 ルーアン支部での話を打ち明ける。やや唐突だったからかテレサ院長は驚いていた。

 数ヶ月前の少年の暴走を除いては、ほぼ毎日いた孤児院を離れるのだ。少年にとって、初めての巣立ちの時。

「……ずっとなりたがってた遊撃士の、その実力を上げるための旅。何時かその時が来ると思っていたわ。

 ……無茶をしないで、頑張ってきてね」

「うん!」

 簡潔ではあるが、そこに込められた想いは大きい。少年は短い会話で、張り切ることができた。

「それじゃ、行ってきます!」

 出発した四人は、夕暮れの道を行く。

「いやー、『人形の騎士』一気読みは本当に疲れたでぇ」

「私も……流石にリベールに戻って初日からルーアン一周するとは思わなかったわ……」

 今日の出来事や体力にもよるが、全員一様に疲れていた。この分だと、ジャンへの報告は明日になるだろうか。

 そんな疑問を少年から投げ掛けられたシェラザード。

「そうね、この調子だと街につく頃には夜になってるだろうし……。戻ったことだけ伝えて、細かい報告は明日にしましょうか」

「それじゃあ、今日最後の街道、頑張りましょ!」

 エステルは盛大に張り切り、ケビン神父へと顔を向ける。

「そんな訳だからケビンさん。魔獣が来たら、私たちの後ろにーー」

「いや、ここはケビンさんにも助力を頼もうよ」

 だがそんな優しげな言葉は、意外にも少年によって遮られた。

 護衛。それは遊撃士の代表的な職務の一つだ。それをわざわざ守るべき人を戦前に立たせるという言葉は、もし気性の荒いアガットがこの場にいたなら怒鳴られていただろう。

 が、幸いにもエステルとシェラザードは比較的穏やかな風当たりの人間だ。

「ふむ……カイト、その心は?」

「ケビンさんも戦えますから。銃か弓か……そんな感じの武器だから後衛を任せられるし」

 驚いた顔の少女と神父。シェラザードは、神父が戦えることを理解していたらしいが。

「これでも銃使いの端くれですから。ケビンさんの目の動き……カルナさんに似てないようで似てるんですよね」

 カルナとは、カイトが師事し銃の扱いを教わっていた女遊撃士のことだ。

 カイトから見たケビン神父の目の動きは、少しの集中の揺らぎが命取りとなる『戦闘』においての素人のそれとは違うらしい。

 戦人の目の動きは、普段から一点を見つめているようで、視界の沢山の事象を捉えているのだ。

 そしてそれはエステルやシェラザードにも言えることなのだが、ほんの少し違っていた。流れるような体捌きの中で凪ぎ払う『線』、叩打する『面』を見つけるエステルとは異なり、ケビン神父は戦場を俯瞰し敵の急所を射ぬく『点』を捉えている。

「護衛をするべきだとは思います。けど夕暮れで皆疲れきってるし、一緒に戦った方がむしろ安全だと思うんですけど……どうですか?」

 自分以外の三人が黙り混んだ。それで少年は叱責されるのかと思って、最終的には恐々と返事を待つ。

「……はは、流石は遊撃士ってところやね」

 ケビン神父は、それを取り出す。小説『人形の騎士』が入っている重そうな肩掛け鞄から出て来たのは、一つの武器と言える物だった。だが剣や先ほど自身が予想したようなものではなかったため、まじまじとそれを見つめる。

 鋼鉄製だが、所謂『弓』を型付くる湾曲した体部と、その両端を繋ぐ鉄製の弦。だが特徴的なのはそれだけでなく、体部と弦の中心を結ぶように導力式の巻き上げ機器が取り付けられている。そこに矢を装填し打ち出す仕組みのようだ。

「ボウガンとか、クロスボウ。そんな名前で呼ばれる武器が、オレの得物や。カイト君の言う通り、後衛ならそれなりに努められるで!」

「へえー。やっぱり離れた村にも行くだろうし、神父さんっていってもそういう心得があるんだー」

 物珍しいのはエステルも同じらしく、しきりにフムフムと首を上下に動かしている。

「……まあ昼ならともかく、今は夜だし神父さんの助けを借りるとしますか。……カイト、別にアガットじゃないしそんなに震えなくてもいいわよ」

「はあ、良かった……。でしゃばっちゃったかなーって思っちゃった」

 逆にアガット、アネラス班について行く時はどのような試練が待ち受けているのだろうか。

 夕暮れの街道を、エステルとカイトが前衛、シェラザードとケビン神父が後衛となって、のんびりと歩いて行く。

 

 

――――

 

 

 次の日。遊撃士協会ルーアン支部の隣、グラナート工房の中で、壁際にある導力灯や七曜席で作られたアンティークを眺めているカイト少年。

 現在、午前の十時前。この後十時過ぎには『ホテル・ブランシェ』に宿泊したエステル、シェラザードと合流する予定である。無論、白い影に関する調査報告を行うためだ。

 季節や地方、偶然により激務となる遊撃士。しかし、結社に関する調査はそもそも方針自体があやふやなものである。だからこそ、他の依頼をこなしつつも彼らにはある程度の余裕が与えられている。

 にも関わらず少年が集合時間より早く協会支部の隣に居座る理由と言えば、一つしかない。

「はい、カイト君。オーブメントのスロット、二つ開封しておいたよ。それと、クオーツも作っておいた」

「ありがとうございます!」

 工房の店主である優しげな風貌の男性、ソームズ。彼から渡されたのは、十数分ほど預けていたオーブメントと、青と黒のそれぞれの結晶であるクオーツ。

 青が『体力』、黒が『行動力』のクオーツだ。銀色の調度品に近い新型戦術オーブメントに向けに調整されたこれらをスロットに装着することで、魔法を放ち、さらにはクオーツの種類に合致した身体能力の向上が見込めるのだ。

 元々カイトは、火属性を司る赤色のクオーツ『攻撃』を戦術オーブメントと共にジャンから渡されていた。昨日までそれは七つあるスロットの中心に組み込まれていた。昨日までの魔獣との戦いで手に入れたセピスから得た二つのクオーツは、同時に開封したスロットにはめ込む。

「スロット自体は開封したけど、まだ基本的なクオーツしかはめられないからね。そこんところは気をつけてくれ」

「え、はめられないクオーツがあるんですか? 属性縛りがないのに?」

 人によっては一つから複数個、はめることのできる属性が限られているスロットがある――例えばクローゼであれば水属性、アガットであれば火属性など――。それが所謂属性縛りだ。中心のスロットが縛られていることが多いが、それは縛りのない少年には関係のない話だ。

「ああ、君は初めてだったっけ? 使えるアーツや能力上昇の幅が拡張された新型では、迂闊に導力圧のショートが起きないように、発注初期段階ではその能力が封印されているんだ」

 同じ『体力』や『攻撃』といったクオーツでも、製錬のためのセピスの量が多ければ身体向上のポテンシャルは高くなり、そうしてできたクオーツの光沢は目に見えて鮮やかだったり深い色合いだったりする。そういったレベルの高いクオーツをはめるには、スロットもそのレベルに見合ったものにしなければならないのだという。

 どの道今の時点では、大量のセピスがない限りスロットの開封も強化も、上位クオーツの製錬もできない。だが旅を続けていくうちに、自分の経験に見合った戦術オーブメントを型付くることができるだろう。

「気長に頑張ってみるといいよ。……その時が、楽しみだね」

「はい……」

 思い出すのは、王都の地下でトロイメライと戦った時。あの時五人がかりで打ち続けた、連続魔法発動による連携の数々、その一役を担った自分が考えるのもなんだが、あの時の高揚は中々忘れられるものではない。

 揺れ動く大地。荒れ狂う風。地を抉る無数の大槍。全てを停滞させる氷塊の群れ。

 あれが、いつか自分の力で使いこなせるようになるのか。

「ありがとうございましたー」

 二つのクオーツをスロットにはめ、戦術オーブメントを懐にしまい込んで工房の扉を開ける。

 そういえばと、少年の心に思い出されるものがあった。

「あの人、何やってんのかなぁ……」

 魔法連携の作戦を立案した漂泊の詩人。そして帝国人である、オリビエ・レンハイム。金髪をなびかせ、白い旅装を身につけた美青年。

 戦闘における銃術、戦況の把握能力、作戦立案能力。全て自分よりも上手であり、また魔法の扱いにも長けている……変態――エステル曰くだが――である。

 元々カイトは彼のことを苦手としているが、多少は成長したのかぶっきらぼうであっても怒りに震えることはなくなってきた。といっても、まだまだ変えていくべき所はあるのだが。

 件の詩人は、ヨシュアが失踪した翌日にはツァイス地方の観光名所、エルモ温泉に逗留すると言っていたような気もする。だとしたら、結社を追う自分たちはどこかで再開するかもしれない。

 カイトは考えた。

 まあ、流石にエステルと同じように『変態』とまで言ってしまうのは失礼なのかな。

「……あれ?」

 街の通りに出たことで、ラングランド大橋に人だかりができていることに気がついた。見れば、その最後部には先に待っていたらしいエステルとシェラザードもいる。

「ふざけんなよ! 例の白い影があんたたちの悪質な妨害だってことは知ってるんだ!」

「何だとう! そんな証拠がどこにあるってんだ!」

 未だ、人々の叫び声はやむ気配もない。少々問題ありげな言い争いだ。

「エステル、この騒ぎは?」

「あ、おはようカイト」

 聞いてみる。どうやら市長選挙を控えたノーマン氏の派閥、そしてポルトス氏の派閥が小競り合いをしているらしい。もっとも、当の二人は喧嘩するつもりはないらしいが。

「あちゃー、こりゃ中々冷めそうにないわねえ」

 と、シェラザード。

「どうするシェラ姉? そろそろ止めに入らないと……」

「そうね。……さあ二人とも、朝からしょうもない騒ぎを止めに入るわよ……あれ?」

 あれ、とシェラザード程の遊撃士がこの場で声を発したのは、もちろん理由がある。『入るわよ』と言った時点で、どこからともなくリュートの音色が聴こえてきたからだった。

「ふふ、悲しいことだね……」

 聞こえる。どこからかその声が。

「争いは何も生み出さない。虚しい亀裂を生み出すだけさ」

 カイトたち遊撃士。そして市長選挙の関係者が立ち並ぶラングランド大橋の下。

「そんな君たちに、この歌を贈ろう」

「げげっ……」

 呻くエステル。嘆息するシェラザード。

 水面に浮かぶ一隻のボート。そこに乗るは、リュートを携えた、さながら詩人のような金髪の青年。

「心の断絶を乗り越えてお互いに手を取り合えるような、そんな優しくも……切ない、歌を……」

「意味が分からない」

 すかさず飛び出たカイトの言葉は、恐らくこの場の誰もが思い浮かべた言葉だろう。

 なんだ、そのピンポイントで心情を語る優しくて切ない歌って。

「陽の光、映す、虹の、橋。掛け渡り、君の下へ……」

 琥珀の愛。帝国で三十年程前に流行った曲である。リベールでも真面目に演奏活動を行う者であれば誰もが知る曲であるが、必ずしも喧嘩の仲裁に弾かれるような曲ではない。

 『君』を想い求めるも、それはもう叶うはずのない夢物語。だからその人は、『君』の心と体に琥珀を刻む。

「初めての約束、守らない約束。君の吐息、琥珀にして。永遠の夢、閉じ込めよう……」

 別れを主題にした歌詞、心沈む、悲しげな愛の曲調。

 断言しよう。決して暖かな友愛を育む曲ではない。

「みんな分かってくれたようだね」

 あ、もう歌い終わったのか。そもそも芸術の世界に疎いカイトはそんな心情しか洩らせない。

 もっとも、『呆れ』の感情はここにいる全員が抱いたものであるが。

「ただ一つの真実……それは愛は永遠だということを」

 歌ってるか言っているかの違いだけで、結局悦に入ってるな。もはやカイトはそんな心情しか浮かばない。

 もっとも、その心は皆同じだ。と、思いたい……。そうでなきゃ、意味もなく悲しくなってくる。

 当の金髪演奏家は、髪をかき上げ言った。

「今風に言えば……Love is eternal」

 煌めく粒子。反応しずらい市民たち。

 無言の汗が滴る群衆の中、カイトは考えた。

 ああ、いっか。別に変態って言っても。

 

 

 





データ:カイトの戦術オーブメント
※設定はPSP版に準拠させています。

使用器種:第四世代(空SC)
中心回路:攻撃1
ライン1:体力1、行動1
ライン2:なし
攻撃魔法:アクアブリード、ファイアボルト、ソウルブラー
回復魔法:ティア
補助魔法:クロックアップ


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