心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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9話 準遊撃士カイト④

「いやっはや、久しぶりだねえ諸君。これも共に熱く激しく身を燃え上がらせた、僕たちだけが成しえる運命の再会だろう!」

「それでジャンさん、次はエア=レッテンの兵士さんの証言なんですが」

「エルモ村で湯に浸かり体を温めても、何処か僕の心は寂しげだった……大した時間もかけずに気がついたよ。心の冷え、それは君たちとの『愛』がなかったからだ!!」

「これらの証言をまとめてみると、やっぱり偶然とは思えないですよ」

「だからこそ僕は、君たちを求めてこの晴れやかな海港都市へとやって来た。純白の鳥とスカイブルーの海、この二色の奏でるハーモニーが――」

「うっさいわこのスカチャラ変態がーっ!!」

「へぶしっ!?」

 エステルの烈波無双撃が、恐らく生涯で最も渾身の一撃となった瞬間だった。

「ナイアル先輩~、これは記事になりますよう~。『史上初! 支部に現れた変態さんを見事撃破!』って~」

「頼むからドロシー、少し黙っててくれないか。話が面倒になるから……」

 オリビエの演説にも無反応でジャンに調査の報告を行っていたカイトは、心の中で嘆息した。

 気落ちしたようなナイアルと共にいるのは、桃色の髪に眼鏡をかけた、女性……というには少々頼りなさそうな人だ。

 彼女の名はドロシー・ハイアット。カイトと彼女は、エルベ離宮奪還作戦の日の昼間、そしてクローゼと共にインタビューを受けた時に面識がある。

「ははは、噂に違わず随分と愉快な人だね」

 さながら、反オリビエ派のエステルとカイト。場を弁えないオリビエ。場をややこしくするドロシー。その場を傍観するシェラザード、ナイアル、ジャンといったところか。

 傍観派の一人であるジャンはオリビエの行動を見て苦笑いし、かつ少年の報告を聞いて思案しているようである。

「ふふ、エステル君の愛の鞭も、中々味わい深いものだねっ」

「顔を赤らめながら不穏な発言をするのはやめい!!」

「うっふふオリビエ、なんなら本当の鞭の味を知りたいかしら?」

 どこかの国の女王様のようなシェラザード。

「ほほうっ……」

 変態丸出しのオリビエ。

 彼は、やや恍惚とした表情を抑え、未だジャンに向きオリビエに背を向けるカイトを見る。

「カイト君も、久しぶりだねえ」

「そうですね変態」

「う!? ま、まさか君からそんな罵りを受けるとは」

「何かの間違いじゃないですか変態」

「はう!?」

「取り敢えず話しかけないでもらえますか報告の邪魔ですから変態」

「ほーう!?」

 この会話、わずか九秒。

 あれだけ嫌っていたのが馬鹿になるくらいの変態っぷり。自分が馬鹿らしく思えてきたため、この場限りは無表情で無視することを決めこんだ、特に怒りも憎悪もないエステルと同じ心境のカイトであった。

「ま、まあ色々置いておくとして。よく具体的にこれだけの情報を集めてくれたね。何かの問題点を見つけるには十分すぎるほどだよ」

 あれ、カイトってこんなこと言うっけ。そう感じて冷や汗をかいたジャンの話を進めるという判断は実に英断だった。

「でも、こんな情報で次の方針を決められるの? まだまだ分からないところもあるし、ユウレっ……怪しげなものだと決めつけるには『場所』に囚われてもいないし……」

 怯えながら進言するエステルの言葉に、調査を行っていた三人は昨日のことを思い浮かべる。

 マーシア孤児院からの帰り道のことだ。魔獣との戦闘の合間、ケビン神父が七耀教会における『幽霊』というものの存在を説いてくれていた。

 現世で肉体の死を迎えた魂は、現世での行いによって行き着く場所が異なる。良い魂は天に召され女神の下へ還り、反対に罪を背負った魂は昏き煉獄に落とされる。

『けれどたまに、その枠からはみ出て天にも煉獄にも行かれへん魂が在るらしいんですわ』

 それが、幽霊なのだという。多くの霊が現世に留まるのは、現世に未練があるから。その未練が、霊を現世に縛り付ける。

 それは多くの場合、人や物、場所であったりするが、エステルの言葉通り今回の白い影はそのどれにも当てはまっているようには見えない。

「あと怪しげなじゃなくて幽霊ね、変態」

「ってなにさり気なくあたしを変態扱いしてくれとんじゃー!!」

「あ、間違えたごめんエステル」

 未だ無表情のカイト。

 大丈夫か、この遊撃士チーム。この瞬間にナイアルが抱いた、偽らざる感想である。

「まあ、場所にも人にも囚われているようには見えないし、ユウレ……イではないんじゃないかな」

 全くの不運とはいえ変態と呼ばれたことが堪えたのか。何とか幽霊と言い切るエステル。

 だがしかし、いつの間にか真面目な口調に戻って待ったをかけたのは当の変態であった。

「ふむ。それはいささか疑問が残るね、エステル君」

「そんな頭から煙が出てる変態に言われたって説得力ないわよ」

「いや、煙の原因は君の棒術なんだけど……」

 オリビエは言う。

「幽霊かどうかは、流石の僕にも判断しかねるが……その白い影が『場所』に囚われていないという意見には、反論を申し出たいのだよ」

 そして演奏家は、懐から一枚の紙を取り出した。街のホテルや観光案内所によくある観光地図の類だ。

「旅行者の常、僕は最近地図と睨み合いをすることが多くてね。まずは、ルーアン地方に注目してもらいたい」

 支部受付に広げられたそれを、全員狭い空間に顔を覗かせながら見やる。その中心にいるオリビエは、意図を察したらしいジャンから渡された筆記具を用いて、自分の推論を説き始めた。

「今回エステル君たちが聞き込みに向かった場所は、この三か所だ」

 マーシア孤児院、ルーアン市、そしてエア=レッテンの関所に印をつける。

 ルーアン地方自体はリベール王国の西に位置するが、王国の北西部はクローネ峠が広がっているために人の営みは南西部に広がっていると言えるだろう。

 さらに南西部に進めば海が広がり、海と北東部のヴァレリア湖を結ぶ川の上にルーアン市がある。市を中心とすれば、

 アゼリア湾を挟んだ西に操られしレイヴンと戦った『バレンヌ灯台』。

 北西には『マノリア村』や『マーシア孤児院』。

 北東にはクローゼの通う『ジェニス王立学園』。

 南には四輪の塔の一つである『紺碧の塔』。

 南東には『エア=レッテンの関所』。

 というような地形となっている。

 意外なことに、聞き込みを行った三か所は妙に直線的に見えた。

「この三か所について、とあることに注目すると、一つの可能性が見えてくるのだよ」

 十秒ほどの思案の末、エステルは発見した。

「分かった! 影の去った方角ね!」

 ルーアン市の不良の証言では、『北東に去った』。関所の兵士は『北に去って行った』と言っていた。そしてマーシア孤児院のポーリィとマリィは『東のほうに行った』。

 言葉通りに線を結ぶと、三つの線は綺麗に交わったのだ。ルーアン市の北東に位置する、ジャニス王立学園に。

 オリビエ・レンハイムが放つ。

「ジェニス王立学園。この近辺から、白い影はやって来たようだね」

 

 

――――

 

 

「そういえばカイト、クローゼは元気?」

 クローゼと、彼女の名前を聞いたのはいつぶりだろうか。たまに考えてはいたのだが、遊撃士になれて喜んでいたからか、考える時間もいくらか減っていたような気がする。

「……ああ、元気にやってるよ。最近は会っていなかったけど」

 学園へと至るヴィスタ林道で、エステルからの問いにぼんやりと答える。

「今、学園が定期試験の真っ最中なんだよ。だからその対策で数週間前から孤児院にも来てなかったし」

「げげ、テスト……」

 狼狽するエステル。まあその表情から察せられる気持ちは七割方理解できるが。

 単なる教育の義務に近い日曜学校と違い、高等教育機関である学園ではその授業の結果を証として残す必要がある。

 その証である単位を取得するには、定期テストで一定以上の成績を修めなければいけないわけだ。多くの生徒が緊迫感を増し、それはクローゼもまた例外ではない。

「あ、あとエステル。姉さんも、ヨシュアのことで落ち込んでるみたいなんだ。だから……少し話し込むことにはなると思う」

「うん……」

 二か月ぶりの再会だ。少年としてもここ三週間は会っていなかったし、積もる話もあるだろう。

「――帝国にもユミルという由緒ある温泉郷があってね。かつて僕はユミルでもお忍びの詩人として『琥珀の愛』を披露したんだ。そしたら僕の演奏にいたく感動したらしい領主の男爵が跳んできてね。素晴らしすぎる演奏をここで行うのはもったいないと、演奏中止を願い出てきてねえ」

「ほえ~! オリビエさんってどこでもリュート演奏できるんですね~」

 かたや、前を行くエステルとカイト、後ろを歩くシェラザードという三人の中心では、マシンガントークとも形容できる語りをオリビエとドロシーが繰り広げていた。果たしてその内容にどれだけの濃密さがあるのか疑問を呈したいところではあるが。

「ドロシー嬢、驚くのはまだ早いよ。僕の演奏した場所、それは露天風呂の岩盤上でさ! 水も滴り湯煙漂う中で、一枚の純白の防壁に身を包んだ男女への狂詩曲……この上ない高揚が僕の身を包んで――」

「はう~、いかがわしい香りしかしませんよう~!」

 完全に二人の世界に浸っている。

 オリビエは遊撃士たちが調査のためジェニス王立学園に向かうと方針を決めた際、当然のように同行してきた。ご丁寧に「それでは、行ってみるとしようか」と最初からそこにいたように話を合わせる程巧みな参加の仕方である。

 本来は遊撃士でない民間人がついてくるのは多少の思案が必要だ。ところがオリビエ本人が何を言ってもついてきそうな雰囲気であり、カイトも苦手であっても拒否反応を示すほどではなくなった。最終的にはシェラザードの質問に答えるのみで、結局は調査に参加することになる。

 ドロシーは、市長選挙の取材でルーアン市から離れられないナイアルの代行だ。

 遊撃士の協力者としての調査、記者としての取材。……それが本来の目的のはずなのだが、その役目が果たせるかは火を見るより明らかだろう。

「絶対に女子生徒とオリビエを合わせちゃいけないと思うんだけど」

「……激しく同感」

 まだタイシテ魔獣と戦ってないしジャンへ報告を行っただけなのに、昨日の数倍疲れている自分たちがいる。この上なく悲しくなってくる少年と少女だった。

「……でもさ。さっきの報告の時のオリビエとカイトを見てると、少しは前向きになったのかな……って思ったけど。そこら辺はどうなの?」

「ああ……」

 生誕祭の夜にエステルとヨシュア、カイトとオリビエの二組は同じ時間帯に語り合っていたはずだ。そしてヨシュアに眠らされたエステルは次の日には誰より早く城を辞したため、事の成り行きをお互い把握できなかったのだ。

「……ふーん。そんなことがあったんだ」

「あんまり納得は出来なかったんだ。王都地下での戦いは感謝してるし。でも結局本心はもやもやしてるから」

「ま、あたしは本当に真面目なオリビエを見たことがないし。そんなオリビエと、本心を出したカイトが一緒に時間を過ごせたなら、それは大きな進歩なんじゃないかな?」

「うん。今は取り敢えず、それでいいかなと思ってる」

 おもむろに、二人そろって後ろを振り返る。

「さあ『琥珀の愛』以外にも、今のドロシー嬢にぴったりな歌を捧げようじゃないか! 聞いてくれ、『仄かに煌めく光』を!」

「うわ~! 生演奏です~!」

 なんだか無性に死にたくなってきた。少年と少女が言葉を用いずに同調した瞬間だった。

 そんな一行も、リーダーであるシェラザードの誘導ならぬ拷問によって行く道を修正しつつ足を運んでいく。

 正午。秋の太陽が軌道の頂上を下降し始める頃には、ジェニス王立学園につくことができた。

「……懐かしいな」

「……うん」

 呟くエステルに、首を動かすだけで同意する。

 少年自身、ここに来たのは少女と同様に学園祭が最後だった。あの頃は夏の入りたてだったと思うが、僅かに赤みを纏い始めた木々が学園全体を健やかに彩っている。

「何だか若者の園にしてはやけに静かね。さっき言ってた試験の影響かしら? カイト」

「はい、シェラさん。……姉さん曰く今日ぐらいには終わるっていう話でしたけど」

 ともあれ、自分たちの本題は白い影の調査だ。まずは学園責任者に挨拶に向かわなければ。

 と、そこで。一陣の風が吹いた、ような気がした。

「な……」

「ジークか!!」

 カイトが逸早く気づいた。風ではなく、姉の友達である彼が近づいてきたことに。

「あは、久しぶりねジーク!」

 彼は器用な動きで翼をはためかせ、カイトが挙げた右腕に止まった。ピュイ、ピューイ! と元気に鳴くのを見ると、歓迎されているだけでなく再会を喜んでくれているようだ。

 そこで全員が思い至る。彼女の友人である彼がここに来たということは……。

「……エステルさん」

 そこには、クローゼがいた。後ろには、生徒会会長のジルと副会長のハンスもいる。

「あはは、随分久しぶりね……」

「ええ、生誕祭以来ですね……」

 沈黙。その後クローゼが、掠れるような声を出してきた。

「あの……私、私…………」

 そして、こちらへ駆けてエステルに抱き着いた。

「わわ、どうしたのクローゼ!?」

「ごめんなさい……だって私、エステルさんたちが大変な時に私……何にもできなくって」

 ヴィスタ林道でカイトは、クローゼが心配していると言っていた。だがそれだけではなかったようだ。

 エステルとヨシュアの無二の親友である彼女だからこそ、心配だけでなく後悔の感情も抱いていた。

「私、自分の力不足が嫌になります……」

 そんな言葉には、エステルもにやけて笑うしかない。

「えっへへ、大丈夫だよクローゼ」

 カイトもその輪に交じりたいと思ったが、止めておいた。

「そんな風に思ってくれるだけで、あたしはすごく嬉しいから」

 数か月ぶりの再開だから。弟の自分が入るのは無粋だろうから。

「ヨシュアだって……同じように思ってるはずだから」

 再開の抱擁は、しばらく続いていた。

 

 

 




誰か私に、ギャグシーンの書き方を教えてください
オリビエをギャグ無双させたい(笑)
次回は、第10話「十字架の使者たち」です。

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