心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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10話 十字架の使者たち①

 二人の少女が感動の再会をした後、一行は事情を説明し、まずは学園長室に向かう。事情を聞いたコリンズ学園長は、予想通り遊撃士の調査を快諾してくれた。遊撃士一行が辿り着いた前にはクローゼ、ジル、ハンスは自分が受けていた教科の試験が終わっていて、もうすぐ別科の試験も終了するらしい。

 今は静寂ここに極まれりだが、試験が終わればどっと騒ぎになるだろう。

 白い影の噂は学園内では出ていないのだが、それでも生徒、職員に対して調査を行うことにした。

『進級がかかる大事な試験だからこそ、みんな不思議なものを見たとしても気にしないようにするかもしれません。そうだとしたら、試験を終えて緊張が解放された今日なら……』

 起こった出来事を教えてくれるかもしれない。それが、クローゼから説明された学園関係者の意見だった。

「――という訳で、それじゃ調査と行きましょう! 具体的な班分けとしては……」

 所変わって本館隣のクラブハウスにある生徒会室。そこには白い影調査隊とクローゼ、ジルとハンスの三人がいた。具体的に調査を行うとして、効率的に動くためにはやはり班分けは不可欠だ。

 エステルとクローゼは学院生徒に聞き込み。シェラザードとジルは職員たちに聞き込み。ハンスとカイトは生徒会室に残って過去に今回と同様の事例がないか資料を探す。オリビエとドロシーは、独自の感性で気の赴くまま調査する。

「それじゃ、各自五時までには調査を終わらせてこの部屋に戻ってきてください。……それでは解散!」

 聞き込みの際の注意点など、粗方の打ち合わせは既に済ませている。

 当のカイトは、ハンスの手伝いだ。ジルの合図で部屋を出ていく女性たちを見送りつつ、自身はハンスの指示を待つ。

「って、どう考えてもオリビエさんとドロシーの采配は期待してないなあ、あの面白好きな生徒会長は」

「ははは、そうですね」

「さてと、じゃあ始めるかカイト。手始めにそこの資料から頼むぜ」

 クローゼと共に行けないのは少々残念だが、それでもまた聞き込みとは違う種類の調査が始まった。

「どれどれ……」

 ハンスは資料棚の左端から。カイトは右端からとなる。

 順番を忘れないようにと端から書類を取り出してみる。どうやら生徒会活動や部活動、生徒からの意見書などが含まれているらしい。

 内容を確かめてみると、『七耀歴千百二年』と年号が記録されている。だいぶ最近の記録らしい。

「……そういやさ、カイト」

「はい?」

 最初の資料を見比べてから数分後。ちょうどフェンシングの大会の活動記録が載っている資料を見ていると、ハンスがやおらに聞いてきた。

「クローゼのこと好きなんだろ? どうアプローチしてんだ?」

「ぶふっ!?」

 ちょうど視線が、大会優勝者の名前に向いたところだ。

「な、ななな、な何を言っているんですかハンスさん!?」

「なーんだよう、想像通りなすがままか。ま、そっちの方がジルと一緒に弄りがいがあるけれど」

「ハ、ハンスさんっ!」

 心臓が跳ねた。顔が熱くなった。そんな明らかな異常信号を抱えたまま、にやにやと顔を歪める副生徒会長を見つめる。

「知らなかったのか? 青春真っ盛りの若者はこういう話で盛り上がるんだよ」

「そんなの、学園内に留めてくださいよっ!!」

 乱雑に書類を戻し、次の資料を棚からひったくる。

「ほー。それなら知らなくてもいいのか。クローゼの学園恋愛事情を」

「う……」

 二冊目の資料を(めく)って、数か月前の学園祭の会計記録まで来たところで、その手が止まる。

「知りたくないか?」

「……」

 自分はルーアン地方に不安をもたらす影の調査に来たはずだ。こんな、何の関係もない遊びに付き合いに来たわけではない。

 クーデターの時のように特別非常事態という訳でもないが、だからといって調査の本題から逸れてしまっては支える籠手の威信に大きくかかわる。

 でも、いや待て。クローゼは王族だ。デュナン公爵がクーデター事件で王位継承権の競争を大きく後退した今、彼女の学園での人間関係は今後のために重要な事象となる。

 遊撃士として、弟として、クローゼの人間関係を把握しておくことは、下手をすればユリアや女王陛下も望んでいることなのかもしれない。

 いやそれでも、自分の姉に釣り合うような男がそう簡単に現れるとも思えないが。

「……のためです」

「……ん?」

「クローディア殿下の今後を考えて、仕方なく聞いておきます……!」

「よし来た!」

 白い影の調査隊、オリビエを除いた男子二人の、秘密会議が始まる。

 もしその場にジャンがいてカイトの心境を一言も漏らさず把握していたら、彼はこう言っただろう。

 推薦状、もう少し待てばよかったかな。

 

 

――――

 

 

「……三人。編入してからこの一年で、三人も姉さんに迫ったと!?」

「いやちょっと待て落ち着けカイト。そのどれもクローゼは断ってるから」

「これが落ち着いていられますか!?」

 たまたま開けた資料には去年の生徒会活動の記録が載ってあった。生徒会長レクター・アランドール。彼発案の突発的な『打倒手配魔獣! 攻撃料理作成大会!』だとか『ドキドキ! 旧校舎の肝試し大会!』などの報告書が載っているが、そんなものはカイトの頭の片隅にすら入りはしない。

「あいつフェンシングの実力は本物だからな。それで中々下手な考えの男子は近づかないし、心配はないんだが」

「その考えが甘いんですよっ!! ハンスさんその男子の名前を教えてください、今度闇夜に紛れて成敗してやる――」

「ちょいちょいまった!」

 そんな感じで、行動と目線はまともに調査を行っているが言葉と思考は全く持って関係ない会話が繰り広げられている。

 実際のところクローゼが色恋沙汰に巻き込まれたことは、先程の三度の告白以外はないらしい。

 カイトは心の中でほうっと息を吐いた。

「はあ……何だか心配して損した。拍子抜けた……」

 安心した、と言わずに保護者的な見栄を張るあたり、カイトとその想い人を知る者にとってはこの上なく笑えて来る光景だった。

「全く、一瞬本気で闇討ちするのかと思ったぜ。……で?」

「はい?」

 腕だけは真面目に調査をこなす二人。カイトがたった今捲ったページには、『アランドール生徒会長捕獲記録、波状尾行作戦案、ローレンツ書記立案』などという文字が記号のごとく羅列されている。

 取り敢えずどういう人なんだ、去年の生徒会長は。

「それを聞いたカイト少年は、これからどうするんだ?」

「え、と……」

 そもそも何故ハンスは、そんなことを聞いてくるのだろう。いや、本音は本当にカイトやクローゼを弄り倒したいからなのかもしれないが。他にも案外、ヨシュア絡みで最近落ち込んでいるクローゼを何とかしようとしているのかもしれない。

 いずれにしても、本当に自分はどうしたいのだろうか。

 手を止めて考えてみる。

「オレは……」

 最近ようやく、自分の心の中でなら言葉として表せるようになった自分の本心。少し考えただけで鼓動を速くさせ、口を乾かせ、視点を揺らがせる厄介な感情だ。

 当の彼女は自分をどう思っているのだろう。決してブライト姉弟のように朴念仁ではないはずだ。現にエルベ離宮では彼らの恋心を普通に把握しているようだった。

 だがそれでも、自分が好いているとは夢にも思わないのではないか。昔は『お姉ちゃん』と呼ぶぐらいの仲であったし、今でも世話や心配を焼かれっぱなしだ。

「そもそも……姉さんは、誰かを好きになったことがあるんでしょうか」

 考えてみれば、当たり前にあり得ることを一つ忘れていた。クローゼが、自分ではない誰かに想いを抱く可能性を。

 想像してみる。マーシア孤児院前の茶畑。丸太に座って、弟妹たちが遊んでいるのをぼんやりと眺めている自分。

 不意に入口の方から彼女の声が聞こえてきて、振り返る。そこにはクローゼと、そして自分の知らない、優しげな風貌の男性がいる。驚きも束の間、クローゼは自分より頭一つ背の高い彼を見上げ、笑顔を見せた。恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかむ自分の姉。自分や子供たちが驚くのを望んでいたようで、彼もまた幸せそうな笑顔を見せる。

 二人は足を揃えてこちらに歩いてくる二人の手はお互いをしっかりと触れていて――

「……やめよう」

 考えるだけで汗が出てきて、体が冷えた。

「なんだ、どうした?」

「……今は、どうすればいいかもわからないです」

 正直、そう答えるのが手一杯だった。

「そっか……やっぱり弄りがいがありそうだな」

 とは言ってみたものの、下手な妄想をしてしまったがゆえに生気をなくした少年に、気軽に悪ふざけもできない。ハンスはそれがヨシュア関連が原因ではないことに胸を撫で下ろしつつ、本心を発する

「ま、頑張れよ。応援してるからさ」

「なーにが応援してる、よ。またなんか変な遊びでも付き合わせてたんじゃないでしょうね、ハンス?」

 そんな声に、二人の少年はわずかに驚いて声の主を見る。開いた扉の向こうからは、口調と同じ感情――疑いの表情を伴ったジル生徒会長がコツコツと革靴を鳴らしてやって来た。同じ班のシェラザードもその後ろに続いている。

「なんでもねえよ。遊撃士になりたての少年に、兄貴からエールを送ってやっただけだ」

 内心動揺しまくりの少年二人である。

 そんな二人に、色気を振りまきつつ脅してくるシェラザード。

「ちゃんと調べてくれたかしら? ねぇカイト?」

 無表情で答える。

「ええ、もちろん」

 少なくとも、両腕と視線は。

 ともあれ、調査の合間の茶番劇は幾分呆気なく終了した。

 まだ目を通していない資料を眺めつつ、ジルとシェラザードも手伝ってくれる。そうして残りの書類を調べ終えたところで、きり良く他の四人も帰って来た。

「よぅし、これでみんな戻って来たわね」

 ちょうど会議を執り行うのに適当な長机だ。各々が座り込み、遊撃士手帳や資料を手に持つ。

「や、エステル。なんか有力な情報は聞けた?」

「うん。やっぱりあったわよ今からそれを皆に…………あ」

「ん?」

 そんな会話の矢先、少女は話していたカイトを凝視した。

「どうしたの?」

「あ、いや、ははは……」

 笑うというより、気まずげな苦笑と言った方がいいだろうか。居心地が悪いというような、そんな顔をしている。

「なんかあったの? 姉さん」

 猪突猛進な少女がこれでは訳が分からないと、少年は姉に助け船を求める。

 自身の姉は、幾らか晴れやかな表情をしていた。

「ちょっとね。久しぶりだったから話し込むこともあったの」

「ふーん……」

「こらカイト君、乙女の秘密をむやみに聞き出すものじゃないわよ」

「はーい」

 後で聞くかと思いながら、一先ずは各々の報告に耳を傾けることにする。

(さ、頭を切り替えないと)

 まずシェラザードが報告する。一通り聞いて回った中での有力な情報は、用務員が旧校舎の裏門前で忽然と消える影を目撃したことだそうだ。

 そして、生徒から話を聞いて回ったエステルとクローゼ。二人は、三人の生徒から話を聞いたそうだ。細かい動作や時間帯はそれぞれ違っていたが、共通しているのは出現あるいは消失の場所に旧校舎の方面が語られていることだった。

 次に口を開いたのはドロシー。なんと計八十枚も、生徒や学園の写真を撮ったらしい。その次はオリビエ。中庭でリュート演奏をしたら生徒が大量に集まってきて、試験終わりの緊張の緩みもあってかちょっとしたコンサートのようになったらしい。この二人については、予想通り過ぎて誰も突っ込まなかった。

「最後は俺たち資料組か」

「オレは比較的最近の出来事を調べてみたけど、この校舎自体が新しいだけに、特に目につくものはありませんでした。……ところで、去年の生徒会長はどれだけ破天荒だったんですか」

「コラコラ。そんでもって俺は旧校舎時代の資料を調べてみたけど、カイトと違って噂、みたいのは幾つか見つかったぜ。所謂、学園七不思議みたいなもんだ」

 一同沈黙。

「どう考えてもその旧校舎が怪しいわね……いったいどういう建物なのかしら?」

 シェラザードの言葉に、学園祭での出来事を思い出す。

 あの時旧校舎に入ったのは昼間だったが、それでも雰囲気のある暗さだった。かつあまり整頓されていない教室や匂いなどを感じるに、前生徒会長が肝試しに使ったのも頷ける。

「裏門にある築数百年の古い建物ですよ。二十年前まで使われていて、こっちの新校舎が建てられてからは閉鎖されてるんですけど……」

 しかも学園祭の後は魔獣が出現したため裏門ごと閉鎖されているらしい。つまり数か月は放置されている、ということ。亡霊的な意味でも人為的な意味でも、何かがあると判断するには妥当な状況だ。

「正直気は進まないけど他に手がかりも無さそうだし。……今日はもう遅いから、明日の朝にでも調べてみない?」

 相変わらず、怖がりなエステル。

「おやエステル君、何が遅いというんだい? 肝試しといえば真夜中だ。幽霊の正体を掴むのに、この上ない時間帯ではないかな?」

 もしかして、前生徒会長ってこの人なんじゃ……そうじゃないだろうけど同じくらいの馬鹿なんじゃ……。そんな思考は明らかに嫌がっているエステルの、拍子抜けした声に遮られた。

「あれっ……?」

「どうしたんですか? エステルさん」

 ツインテールの少女は、ぼんやりと窓の外を睨んでいる。

「うん、窓の外に何か見えたような。白っぽい影だからジークだと思うんだけど」

「はい?」

 エステルと共にカイトが窓枠に顔を寄せる。

 夕暮れで赤色に染まる外。生徒会室から見える旧校舎側の林には。

「あ」

 半透明の白い影。色あせた青の髪に奇天烈な仮面。赤い宝玉が象徴的な杖を持った、細身の人間が踊っていた。

「白い影!」

「なっ」

 カイトの声に、シェラザードが驚き駆けよってくる。けれど影は俊敏で、正遊撃士が窓に近づくころには旧校舎に向かって去っていった。

「……決定的だ。シェラさん、オレもこの目で見ました」

「……それは決定的ね」

 シェラザードが振り返り、遊撃士以外の人を見る。

「今から旧校舎へ行きます。ジルさん、学園長に許可をお願いできるかしら?」

「はい! ついでに用務員さんに裏門の鍵も借りておきます」

「そんじゃ俺は、一般生徒への注意勧告をしてきます。魔獣も出るから、迂闊に入らないようにしないと」

 会長と副会長が、頼もしく行動に移る。

「さあカイト、エステル、オリビエ。準備ができ次第調査に行くわよ。魔獣もいるだろうから注意して……エステル?」

 手早く指示を飛ばしていたシェラザード。しかしカイトと違っていつまでたっても動かないエステルに気づいて、不安げに少女を見始める

 さらにはその場の全員が、微動だにしない少女を注視した。

「……エステル?」

 もっとも近場にいたカイトが、未だ窓に受けたままの顔をそっと覗き込む。

「あはははは、白い影、白い影がクルクルクルー……」

「エ、エステル……?」

 少女の顔は、笑っていた。それはもう、大きな目を点にしながら。

「あ、あはは……う~ん……」

 直立不動のままで、気絶していた。

 

 

 

 


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