心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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1話 海港都市ルーアン③

 楽しかったブライト姉弟との会話も、一先ずの終わりを告げた。クローゼは二人と一週間後に訪れる学園祭での再会を約束した。そして今は、クローゼとカイトの二人でマノリア村へと続く街道を歩いていた。

「いやあー、楽しかったな」

「うん、二人ともいい人たちだったね。魔獣を倒す時も、さすが遊撃士って感じだった」

 カイトはと言えば、学園生活のあるクローゼと違い遊撃士協会に足を運ぶことが多い日々だ。それを利用ーーというよりも悪用して、二人にルーアンの案内をする約束をした。

「それにしても、そっか。あと数か月したら受けれるんだね。ずっとなりたがってた遊撃士の試験を」

「うん」

 カイトが遊撃士になりたいと思ったのは、十歳のころだった。クローゼが自らの居場所に戻ってから、カイトの百日戦役による憔悴ぶりも落ち着いてからしばらくの時が経ってのことだった。

 それは、たまたまルーアンを訪れた時。たまたま百貨店に入った時。たまたま、そこにあるリベール通信という情報誌を立ち読みした時だった。

 守りたい。育ててくれたテレサ院長や、大切な子供たちを。育ってきたルーアンの街を、リベールを。

 そして、彼女を守りたい。守られるだけじゃなく、今度は自分が大切な人を守れるように。

 自分のよく知るあの人がこれほどの人だと知った時、その思いはより強くなっていた。

「そしたら、オレも一人前だ。もう、弱っちい弟分なんかじゃないからな」

「ふふふ、分かってる」

 気づけばそこは三叉路。一つは学園へと続く道だから、クローゼとはここでお別れだ。

「カイトも、学園祭に来てね。クラム君たちと一緒に」

「う、うーん……」

 カイトは嫌そうな顔をする。

「嫌がってないで。……やっぱりまだ、耐えられない?」

 心配そうなクローゼの問いに、カイトは無理やり笑顔を作る。

「まだ、自信ない。……けど頑張るよ。だから、見守っててよ」

 さっきは自分が守ると思ったのに、反対のことを言ってしまった。けれどこれだけは、まだまだ難しかった。

「分かった。お姉さんとして、見守ってるよ」

「よろしく、姉さん」

 お互いに微笑んで別れる。それは、とても幸せそうな笑顔だった。

 

 

ーーーー

 

 

 その後カイトはマーシア孤児院に戻り、テレサ院長と子供たちと夕餉の時を過ごし、一通り遊びーー件のクラムにお仕置きをするのも忘れずにーー、就寝するのだった。

 カイトは、生活を乱させないテレサ夫妻の育て方により、規則正しい就寝と起床が体に染みついている。起きていようと思えば夜を更かすこともできるが、寝ようと思えばものの数分で寝れる健康の鏡のような人物だった。そして、一度寝てしまえば起床時間まで滅多に起きることはない。カイトが夜中に起きるのは、子供たちが夜怖がって兄代わりのカイトを文字通り叩き起こす時や、過去まだ戦争の悪夢を見ていた時ぐらいだ。

 そして最近になって、第三の理由が本人も知らない間に培われていた。

 それは第六感。常人にはまず現れない、理由のない動機である。一年ほど前から一歩ずつ昇華させてきた武術の腕前は、そういった精神面においてでも発揮されているのだ。

 その第六感が発揮されることはないほうがいい。それは通常、危険な状況において発揮されるものなのだから。

 だから今日カイトが夜中に目を覚ましたのは、幸運よりも不運と言ったほうが正しかった。

「……ん」

 おかしな臭いがする。最初に考えたのは、それだけだ。意識がはっきりとしていくうちに、その感覚は確信に変わる。

「……火事だ!」

 同時に隣の子供部屋から、テレサ院長の大きな声が聞こえる。

「みんな、起きて!」

 寝巻のまま驚いて部屋を飛び出すと、二階の廊下にテレサ院長と子供たちがぞろぞろと出てきた。状況が分かっていないのか、ポーリィはまだ眠たそうな顔をしている。

 テレサ院長の目線のみで自分の勘が正しい事を理解したカイトは、すぐさま一階に飛び降りた。

「よし、まだ間に合うぞ……みんな、急いで家を出るんだ!」

 数秒遅れて五人が降りてきて、すぐさま脱出を試みる。

 だがまだ不運は終わっていなかった。子供たちが動き始めたまさにその瞬間。狙いすましたかのように天井の(はり)軋轢(あつれき)音を響かせる。

 反射的にカイトは飛び出し、落ちてくる梁を必死に受け止めた。

「つっ! ぅぅう!」

 その手に熱が伝わって思わず呻くがそれどころではない。

「カイトッ!!」

「いいから早く!」

 数秒間、カイトは持ちこたえることができた。だが子供たちを脱出させても、大人の体格を持つ二人は抜け出せない。

「カイト、あなたも早く!」

「無理だ、さすがにオレでも通れない」

 たちまち煙が二人を襲う。火が燃え盛るせいで、子供たちの叫びも聞こえない。

 --もうだめかと思った、その時だった。

 炎と木片で遮られた扉の向こうに僅かに人影が見えた。その次の瞬間には風とは形容し難い、けれど風のようなものが通りすぎ、炎の威力を減衰させる。さらに恐ろしい速さで彼が持っていた剣が振るわれ、たちまち梁が細かい木片へとその姿を変えたのだ。

「早く外へ出ろ」

 呆気にとられた二人だが、それもすぐに現状を思いだし脱出を試みる。

 外の空気はとても澄んでいた。すぐに子供たちがこちらへよってきて泣きじゃくる。同じように、緊張の糸が切れたテレサ院長も目に大粒の涙を浮かべ始めた。

「…………」

「誰も重症は負っていないな」

 その、先の剣の鋭さにも劣らない力強い声を聞いて、はっとカイトは振り返る。

 象牙色の下腿部までかかる長いコートを身に包んだ、見事な銀の髪を持つ男性がいた。年は、二十代半ば程だろうか。紫に近いその瞳を目にしたカイトは、何故か畏縮してしまう。

「あの、ありがとうございます」

「無事なら、それでいい」

 男性は、少しだけ笑ったようだった。クローゼやエステルのそれとは違う、その顔に獅子のようなものを連想してしまう。

 この人は、何者だろう。そもそも何故ここにいるのだろう。今は夜中、近くのマノリア村の人間はまず起きていないだろう。第一、マノリア村にこんな人はいなかった。

 言葉を出せずにいるカイトを尻目に、踵を返す男性。

「あ、あの!」

「人を呼んでくる。夜は魔獣が多い、お前たちはそこで休んでいろ」

「へ? ああ、てちょっと待った、オレも……」

「得物がないなら、ないなりに役目を果たすことだ」

 有無を言わせない言葉遣いに、ついにカイトは無言になる。彼の言葉も確かなので、一先ずは子供たちとテレサ院長の元へ歩く。

「あれ」

 そこで気づく。ぼんやりとした頭で、考えた。

「なんで武器があれば戦えること、知ってたんだ……」

 数十分後。マノリア村の知り合いの人たちが駆けつけてきた。けれどそこに、銀髪の男性の姿はなかった。

 

 

ーーーー

 

 

「そうか、そんなことが」

 マノリア村、白の木蓮亭。駆け付けた彼らのはからいによって、孤児院に住む六人は部屋で休むことができていた。一階では、寝間着から昨日の服装に変えたカイトが宿の主人に事の顛末を報告し、二階ではテレサ院長が子供たちの様子を見守っている。

「テレサ院長にはいつも懇意にしてもらっている。暮らす場所の目途が立つまで、幾らも居てくれてかまわないからね」

「本当に、ありがとうございます……」

 木が軋む、扉の開く音。

「カイトっ!」

 続けて聞こえたのは、馴染み深い姉の、張り詰めたような声だった。

「姉さん……二人も、来てくれたんだ」

 そこにいるのは、昨日会ったばかりのブライト姉弟。

「カイト、怪我ははないの!? みんなは!?」

 普段のクローゼらしからぬ様子にカイトは驚くが、すぐに納得する。自分も内心同じ心境なのだ。孤児院に思い入れがある彼女だからこそ、こんな顔をしているのだろう。

「みんな二階にいるよ。大丈夫、疲れてるけど全員無傷だ」

「……よかったっ」

 膝が崩れそうになるクローゼを、カイトは懸命に励ます。

「はやく顔を出してあげて。みんな安心するからさ」

「うんっ」

 クローゼとエステルは、足早に階段を上っていき、すぐに見えなくなった。

「ヨシュアは行かないの?」

「嘘つきにはお仕置きだよ。クラム君と同じようにね」

 しかし二人の姉に便乗しなかったヨシュアは、そんなことを言う。それどころかカイトの腕を掴み、飴と鞭が同居した口調でさらに続けた。

「この両手の火傷、君が無傷じゃないじゃないか。無理をしたらダメだ」

 高温に晒された木材を、数秒とはいえしっかりと握りこんでいたのだ。少し、掌の皮膚がただれていた。

 ヨシュアは懐から、懐中時計ような物を取り出す。それを持ちながらカイトの両手に沿えると、僅かに目を薄めた。

 数秒後、青白い光がカイトの両手を包み込む。心地よい冷たさの水に浸かるような清涼な感覚。

「ティアの魔法をかけておいた。これでもう大丈夫だ」

 僅かに変色をきたしてはいるが、既に火傷は消え去っていた。

 導力魔法(オーバルアーツ)。アーツと略されることも多い、ある種の奇跡。

 通信や飛行船の動力などに使われるエネルギー源を生み出す機材は、多くが導力器(オーブメント)と呼ばれる機械を使用している。それを遊撃士や一部の軍人など、戦闘を行う者のために改良したのが、魔法を生み出す戦術オーブメントだ。

 先ほどヨシュアが放ったのは、回復の魔法。

「ありがとう、ヨシュア」

 もし自分がもう少し早く生まれていて、遊撃士になっていたなら。早くに戦術オーブメントを所有していただろう。そうすれば、風の魔法を起こして鎮火することができたかもしれない。

「……自分が情けないよ」

「そんなことないよ」

 気を落としかけて、けれどヨシュアのしっかりした声に遮られる。

「自分の身を呈して皆を守った。それは凄いことだ。誰もが簡単に出来ることじゃない」

 ただの事実だけじゃない。ヨシュアの瞳は、まっすぐカイトを褒め称えていた。

「僕とエステルは遊撃士として、この事件を解決して見せる。今できる最良のことをするつもりだよ。君の今の最良のことは、落ち込むことかな?」

 その励ましを一語一句全て聞き終えたカイトは、やや過剰に不敵な笑みを作って見せた。

「そうだね。落ち込んでる暇なんかないや」

 笑うんだ。他の皆が泣いてる今、自分にできるのは皆の悲しみを少しでも払うこと。

「じゃあ行こうか」

 やや遅れて、二人は二階へと向かうのだった。

 

 

ーーーー

 

 

 部屋に入り、ブライト姉弟の調査結果を聞くことにする。子供たちに聞かせたくない話のため、気を利かせたクローゼが子供たちを連れて一階へと降りた。銀髪の男性のことを話した際、ヨシュアが呆気にとられた顔をするなど、少しの支障は出たが、それ以外は滞りなく進んだ。

 原因はおそらく放火。しかし孤児院には金もなければ、テレサ院長は文字通りのいい人のため恨まれるような覚えもない。必然的に考えられるのは愉快犯となる。

 途中でクローゼが戻ってきて、二人の来客が現れる。ルーアン市長のモーリス・ダルモアと、秘書のギルバート・スタインだ。

 実はカイトは、市長の事を苦手としている。理由は、彼が元貴族だからなのだが……さすがにこの非常事態に顔をしかめるほど子供ではなかった。

 ギルバートは途中、街にたむろしている不良グループ、レイヴンが怪しいのではないかと疑ったが、市長により憶測での主張であることを指摘され、一先ずはない話になる。

 また、ダルモア市長による喜ばしい申し出があった。リベール最大の都市、王都グランセルにあるダルモア市長の空き家を貸してくれるという話だ。やや急すぎる展開にはカイトやテレサ院長、クローゼも驚きを隠さずにいられない。

「オレは……ルーアンにいたいかな」

 クローゼも同じ想いだ。幼い時に過ごした思い出が、消えてなくなるかもしれない。二人にとって、それはとても辛いことだった。

 けれど、今を生きることが大事だというテレサ院長の言うことももっともだ。結論は近いうちに出すということになって、解散となる。

「じゃあカイト、皆のことをよろしくね」

 白の木連亭の前で、クローゼにそう言われる。ブライト姉弟は遊撃士協会に、クローゼは学園にそれぞれ戻るため、マノリア村を出るところだった。

「うん……」

 クローゼのお願いは、とても大事な自分の役目だ。けれど、素直に首を縦に振ることができないでいた。

 だが三人がカイトの様子を不思議がるより早く、その子は四人に声をかける。

「クローゼお姉ちゃーん! カイトお兄ちゃーん!」

 緑の髪をツインテールにした、しっかり者のマリィがこちらに駆けてくる。

「クラムが……クラムがいなくなっちゃった!!」

 その言葉を聞いた四人は、嫌な予感を覚えたのだった。

 

 


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