心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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連続投稿4日目。

更新ペースについては、活動報告をご参照ください。






10話 十字架の使者たち④

「カイト君。さあ、力を合わせようじゃないかっ! 一緒に僕らの愛を――ほぐ!?」

 とりあえず、非殺傷の最低威力の弾丸を五発見舞っておく。

「次変なこと抜かしたらファイアボルトぶつけますよ」

「……ハイ」

 仮にも自分が嫌われていることを理解しているのか。頭は大丈夫なのか。そんなことばかり考える。

「……で? 一応トロイメライを仕留めたあんたなら、思い付いたこともあるんじゃないですか」

「ああ。一応はね」

 ストームブリンガーが、今度は垂直でなく袈裟懸けに斬り込んできた。やや凪ぎ払いが加味された一撃を二人して同方向へ跳んで避ける。

「あの人馬兵を、感電させる」

「……その心は?」

「意味はあるさ」

 もちろん雷撃を生み出す兵器が単に雷撃を浴びただけでは意味がない。だが、結局中身が機会仕掛けであることに変わりはないだろう。導力によるエネルギーを行動の糧としているなら、その機構に過剰な負荷がかかれば壊れることに変わりはない。

「正直、今の僕らに簡単にあの巨大な騎士と渡り合う力はないのさ」

 アガットのような重剣も、ジンのような怪力もない。あるいはカシウスほどの理に至った者ならば、水面の波紋程度の力で大津波ほどの威力を引き出せるのかもしれないが。しかし、そんな味方もがいないのが現状だ。

「……けれど、勝つことは不可能じゃない。あらゆる環境を駆使して、勝利と同等の戦果をあげる。兵法の基本さ」

 生粋の変態かと思えば、いきなり思い出したかのように淡々と語り出す。調子が狂いすぎて、少年は場違いにも疑問を浮かばせた。

「兵法って、そんな軍人みたいな……」

「昔、軍事学を学んだときの教訓さ」

 自分たちと向かい合う人馬兵の背後で、エステルが棍を振り上げた。

 遠くでは、クローゼやシェラザードが魔法を繰り返し放っている。

「……そろそろ僕らも頑張らないと、またどやされてしまいそうだね」

「誰のせいですか、誰の」

「手順は二つ。第一に固く閉ざされた人馬兵の体、その中と外を繋げる入り口を作ること。第二に、雷撃を誘導させる道を作ることだ」

 何にせよ、勝ち目がある以上その方法に従う必要がある。癪だけど、やってやるか。そんな思いを抱きつつ、少年と青年は動き始めた。

 カイトがオリビエから離れる。

「さあ、もう一度だ……!」

 オリビエは人馬兵の攻撃が自分に来ない瞬間を見計らい、導力銃に『ハウリングバレット』を装填する。手元にあるのは残り三発。しかも製造元は故郷の知り合いだから、全て使えば帰国するまで放てない。

 だが、状況を打破できるなら使うことなど惜しまない。

「……」

 動く的に狙いを定める。先程の一弾は体部の表面に辺り爆炎を拡散させた、どちらかと言えば注意をこちらに向ける意味があった。

 今度の狙いは破壊、そして内部機構の露出。ならば、狙いは。

「……関節。人間の体格を持つ機械の、もっとも露出された部分」

 どんなに重厚で堅牢な機械であっても、しなやかに動くのであれば存在する。それが人間の形をとるなら尚更だ。

 どこだ。足関節か、膝関節か、股、肩、肘、手、それとも指か。

「……見つけたっ」

 青年の意識が、銃に集中する。トリガーにかかる人指し指が、ゆっくりと曲がっていった。

 その、おおよそ二十秒前。

「姉さん!」

「カイト! その……色々大丈夫?」

 カイトは思わず、げんなりと肩を落とした。クローゼにオリビエとの出来事を直接教えたことはないが、何度か顔を合わせた三人だ。察してはくれているのだろう。

「大丈夫……たぶん。次ふざけたら、痛くない程度にお仕置きするから」

「アーツは、さすがに駄目だからね?」

「……」

 何も言えない。と言うか、オリビエとの会話が聞こえてたのかというくらい的確な注意喚起であった。

「姉さんの力を借りたい」

「うん、何をすればいい?」

「姉さんの十八番さ。それと……」

 少年は、少女の腰に在るそれを指さす。

「レイピアを、貸してほしい」

 直後、中規模の轟音が響き渡った。オリビエの一撃が、彼の実力に違わぬ精密さで狙いに向かったのだ。

 吸い込まれるように鉄の体の隙間に入り込んだ弾丸は爆炎を生んで、周囲の空間に多大な熱を移した。

 無論、命中した箇所――右肩周辺がひしゃげ、歪な導力機構が見え隠れした。

 大剣を振り回せるほど――球場の関節を持ちその可動域の分だけ体が開く肩は、想ったよりも呆気なく狙いを成功させられた。

「悔しいけど、さすがだ……!」

 研ぎ澄まされた銃撃には、不機嫌になりつつも感嘆せずにはいられなかった。カイトはクローゼから離れつつ人馬兵の正面まで移動する。

 今度は、自分が囮となる番。

「……!」

 いや、その必要はなくなったらしい。肩の損傷を重いものと判断したらしいストームブリンガーは、嵐のような攻撃の手を緩めた。天に向けて大剣を掲げるその所作は、先程と同じ――雷撃の嵐への布石。

「皆! ブルーインパクトの準備だ!」

 カイトの声に、女性遊撃士二人が動いた。クローゼも、そしてオリビエも。やや濃い目の青色の波を纏い始める。

 カイトはクローゼの細剣をさやから引き抜いた。それを一秒だけ(ほう)けて見つめ、我に返って逆手に握りしめる。勝利に向けてニヤリと顔を歪め、一思いに細剣を地面に突き刺した。

 墓標のように立つ細剣。その後ろ四アージュまで後退して、カイトは青色の波を纏う。戦術オーブメントの属性値が足りないために、今の少年が放てるただ一つの水属性攻撃魔法。

 他の四人よりも早く。下位のアーツとはいえ十分に早く駆動させた。

 しかし、同時に人馬兵の準備も整ったようだ。大剣の切っ先から膨れ上がるそれが、白く迸る。

 カイトの魔法と雷撃が放たれたのは、ほぼ同時だった。そして、その一秒後に四人の波が各人へ収束した。

 雷撃が放たれる。水球が細剣の真上の天井に直撃し……多量の水飛沫が散らばって雨ができる。

 雷撃は右往左往して乱れ散らばり、その電流の一つが小規模の雨に近づき……触れた。

 雨に触れた雷撃。その電流が近いおかげで、細剣は避雷針の役目を担うことになった。

雷撃が避雷針の細剣へと集約する、その瞬間。

「今だっ!」

 ブルーインパクト発動。

 圧縮された水柱。敵の真下の地面から真上に向かって発動させて死角を狙うのが、味方への誤射も少なく戦術オーブメント保持者に多く使われる使用法だ。

 しかし対ロランス戦でクローゼがそうしたように、発動点からの方向を変えれば銃弾のように幾らでも軌道を変えることができるのだ。

 今回、四人は全員発動点をカイトの前方――細剣とカイトの中間点にした。そして、そこからストームブリンガーの肩口へ向かわせる。

 水の奔流は、雷撃を纏う。雷撃は、肩へと向かう。肩へ向かった雷撃は、その大きな体を駆け巡ったのだ。

「来た……」

「オレたちの、勝ちだ」

 爆音。トロイメライ以上に内部機構を破壊されて、平衡を保つ機能も失った。

 それでもまだわずかな力が残っているのか、ゆっくりと大剣を振り上げた。それでバランスが崩れて側方へ倒れる。

 重い地響きが鳴り響いて、人馬兵はもう意味のある動きができなくなっていた。

「ほう……!」

 散り散りになって人馬兵の末期を見届けていた五人は、驚嘆のような吐息に気付いてその方向を見た。

「手こずらせてくれたわね……。ここまでしたからには、覚悟はできてるんでしょうね?」

 シェラザードが息を吐いた。ここまで大事になるとは思っていなかった、白い影の調査依頼。ここが最後の踏ん張りどころだった。

「フフフ……ファーハッハッハッ!!」

 集まった五人は、もう一度各々の得物を取った。

「まさか、私が直してあげた守護者を倒してしまうとは……!」

 怪盗紳士は、感嘆しながらも一思いに跳躍する。着地した祭壇付近にあった漆黒のオーブメントをその手に収める。

「こんな愉快な時間を過ごせるとは思ってもみなかった……礼を言うぞ諸君」

「……そんなことより、あなたまだ何かやるつもりなの……」

 もう関わりたくない。そんな心の中の声が駄々漏れのシェラザード。

「フフ、今宵はこれで終わりにしよう。しかし諸君に関しては、認識を改める必要がありそうだ。さすが、『漆黒の牙』と共に行動していただけはある……」

 漆黒の牙。クーデター事件に関わった者なら分かる、双剣を巨大な牙と化す彼の一撃必殺。

 誰もが、一人の黒髪の少年を思い浮かばせた。

「まさか、ヨシュアさんの事ですか!?」

「フフ、彼とは旧知の仲でね。最初に君たちを観察し始めたのは、彼の姿を見かけたからなのだよ。全ての記憶を取り戻したようだが、今はどこでどうしていることやら」

 『漆黒の牙』。銀閃や重剣、不動と同じような、名のしれるものを例える渾名。そしてそれは、目の前の『怪盗紳士』と同等の価値を持って感じられた。この男はもちろんただ者ではない。そしてヨシュアもただ者でないことは誰もが理解していたが、年少にして同格の実力を持っていたというのだ。次元が違いすぎる。

「私はここで、お暇させてもらおう」

 ブルブランが、杖を振り上げた。突如として彼の周囲を、導力とも違う波が渦巻き始める。桃色の花弁を振りまきながら、怪盗紳士は楽しげな笑みを浮かべている。

「まさか、逃げる気!?」

「計画はまだ始まったばかりだ……せいぜい気を抜かぬがよかろう。……そして私の方でも、君たちの事を試させてもらうとするよ」

 迂闊に動けぬ膠着状態。それでも何とか情報を引き出そうと、シェラザードやエステルが口を開こうとした時だ。

「それはこちらの台詞だよ!!」

 オリビエが、ムカつくぐらいに晴れやかな声で叫んだのだ。

「見ただろう!? 僕らの愛の力を!」

「くっ……」

 ああ、また始まった。誰もがそう思った。

「シェラさん、二人の脳天をぶち抜いてもいいですか?」

「止めときなさい。こっちが疲れるだけだから……」

 遂に、変態の暴挙を放棄した瞬間が来てしまった。

「愛するがゆえに人は美を感じる! 愛なき美など幻に過ぎない! 気高き者も、(いや)しき者も、愛があればみな美しいのさっ! それを証明したことで、この勝負は僕らに軍配が挙がったのだよ!」

「くっ、小賢しいことを……だが私に言わせれば、愛こそ虚ろにして幻想! 人の感情などを介さずとも美は美として成立しうるのだ!」

「ほう!? なら聞こうじゃないか、君の言う美がどこに存在しているのだい!?」

「そこに気づけないからこそ、貴様は愛という虚ろに逃げるのだろう! 美とは追い求めるもの! 悪戯に愛で、毒してしまうものではないのだ!」

「くっ……確かにその発想もあるか……僕らの愛が、何物にも邪魔されてはいけないようにっ」

「そうであろう! だからこそ私は、常人に見えないそれを手に入れる怪盗となったのだ! 人が関与しないものなら、この世に五万とある! 高き峰の頂きに咲く花が、人の目に触れずとも美しいように!」

「むむっ……!」

 一同無言。

「ねえ、シェラ姉。ル・ロクックルで練習してた奥義があるんだー。ここで試してもいいかな? 太極輪っていうんだけど……」

「止めときなさいって。誰にも触れないこの地下で語らせた方が、世のため人のためだから」

 つまり、シェラザードの思考では自分たちが害悪の犠牲となっているのだろう。

 これこそ、愛の美そのものじゃないか。遊撃士の精神にも当てはまる、人民保護の精神。なんとも美しいじゃないか。

 ああやばい、思わずうつりかけた。そう考えたカイト。

「まさかこんな所で美をめぐる好敵手に出会うとは。……演奏家、名を何という?」

「オリビエ・レンハイム。愛を求めて放浪する、漂泊の詩人にして狩人さ」

「フフ、その名前覚えておこう……」

 怪盗紳士は、舞い散る花弁の奥でオリビエを吟味した。その視線は一人一人へ移っていく。

「剣聖の娘、エステル・ブライト。クローディア姫殿下。銀閃、シェラザード・ハーヴェイ……そして」

 最後に、少年を見据えて来る。

「君の名も聞いておこうか」

「オレだけ知らないのかよ……カイト・レグメントだよっ!」

 半ばやけくそだ。別にこんな変態に知られてなかろうがどうでもいいのだが、何だかもう声を聞くだけで怒りが沸々と沸いてくる。

「カイト・レグメント……君も、せいぜい遥かな高みを目指すがいい」

「は?」

 ブルブランの体が、最初に見た白い影のように薄くなってきた。

「再び会いまみえた時。私と君たち、どちらの美が正しいのか雌雄を決するのだっ!」

 花弁の嵐が終わった。その頃にはもう、事件の犯人の姿は完全に消えていた。

 沈黙。もう気配もなければ、声も聞こえない。今度こそルーアンの地に平和が訪れたと、理解できた。

「ハッハッハッ。中々、言葉に詰まる意見を述べてくれたじゃないか。これは僕の方も、好敵手と認めざるを得ないようだね」

 呆れるでもなく、純粋にエステルが事の危機を問題視する。

「そんなの問題じゃないってば! キテレツな格好はともかく、あいつ、並の強さじゃないわ!」

「そうね……身喰らう蛇、予想以上に手強そうだわ」

 口々に焦りと安堵を重ねる先輩たち。それに続かない少年に、クローゼは大人しげに聞いてみる。

「えっと……カイト?」

 下から覗き込むような、普段の少年なら構わず赤面してしまいそうな少女の所作にも動じず、呆然と立ち尽くしていた。

「……だから」

「だ、だから?」

 クローゼの相づちにも応えず、ただただ膨れ上がった感情を爆発させた。

「だからオレを勝手に巻き込むんじゃねえええ!!!」

 こうして、ルーアンを騒がせた幽霊騒動は幕を閉じた。一部、納得のいかない怒りを抱える少年はいるのだが。

 精神的に非常に疲れた遊撃士一行は、やたらと元気なオリビエを盾にして来た道を戻り、待機していたドロシーと合流。早々と旧校舎を後にして、夜遅くまで待機してもらっているジルとハンスとも合流した。

「……ふむ、分かった。一先ず、今回の事件は解決したのだね。学園長として、例を言わせてもらおう」

 これまた夜遅くまで待機して頂いていたコリンズ学園長に、全員で報告。数人だけ試験解答の採点のため残っていた職員や用務員も、報告を聞いて安堵のため息をついていた。

 一方校舎に残っていたり夜の庭園を散歩したりしていた生徒たちは、遊撃士たちの報告を信じ切れずに「それよりも本当に聞いたんだって、女の子が叫ぶような怨念をっ!」と言っていたが、旧校舎を実際に調べてきた一行は大丈夫だと判断して適当に流すこととした。

 報告も終えた現在、十一時半。深夜に魔獣が活発になるという意味でも、疲労感に苛まれているという意味でも、ジャンへ報告するためにルーアン市に向かうのは明日になってからがいいだろうと思えた。

 そんなわけで、エステルにとっては二度目、他のメンバーにとっては初めてとなる学園お泊りだ。

 食堂ではもう食事は作られてはいなかったが、出発前に待機していた生徒会長を見て恰幅のいい女性店主が気を利かせてくれたらしい。作り置きしてあった手作りハーブサンドを頂いて、それぞれ男子寮、女子寮に向かう。

 例のごとく自然に女子寮へと足を運びかけたオリビエに、棍鞭銃の鉄拳制裁が下ったことは言うまでもない。

 オリビエは空き部屋を使ことになり、カイトはハンスの部屋に泊り込む。

 そして湯船につかり、汗を流す。それを終えたころには、もう時計の短針と長針が共に十二時を指していた。

「ふぅー……。疲れた……」

 少年は男子寮を出て火照った体を冷やしていた。そのままハンスの部屋に向かったのだが、部屋でカイトの湯上りを待っていた副生徒会長がいなかったのである。そのまま部屋のある時より先に眠るのもどうかと思えて、夜の小散歩に興じることにした。

「全く……疲れた、しか感想が思い浮かばないよ」

 少年にとって、補佐、研修という意味合いではあっても初めての大掛かりな依頼と旅路。どれもこれも初めての経験ばかりで、焦りも怒りも驚きも喜びも、いろんな感情が渦を巻いているのだ。

 初めての調査依頼、初めての戦術オーブメント。トロイメライ並みの大きさの敵。『執行者』と自らを称した、不可思議で強力な敵。

「でも、うん。良かった」

 あの怪盗紳士には怒りの感情が先行してしまうが、恐らくルーアンに悪事を続けることはないだろう。そして『計画はまだ始まったばかり』と言っていた以上、他の地方でまた厄介ごとを引き起こす可能性が濃厚だと考える。

 恐らく、明日には遊撃士三人でルーアンを旅立つだろう。ひょっとしたら、オリビエもついてきそうな勢いだが。

「ルーアンとも、しばらくのお別れかぁ」

 そして少年は調査開始の際に宣言したように、エステルたちと離れアガットとアネラスの班につくことになる。アガットは戦闘技術向上を図ると言っていたので、この数日間とはまた別の意味で忙しくなりそうだ。

「……あれ?」

 やや唐突に視界に写りこんだそれに、カイトは懐かしいものを覚える。

「姉さん、ジルさん……ハンスさんも」

 エルベ離宮でのクローゼとの語らいだ。ただ、あの時と違い扉の奥から見えてきたのは三人だが。

「おうカイト。急にいなくなって悪いな」

「いや、別に。どうしたんですか、三人で」

「ちょっと用事が残っててね~。そうだクローゼ、カイト君に言っちゃえば?」

 そんなジルの言葉に、少年はよくわからない不安を覚えた。

「お、そりゃいいなあ。せっかく決めたことだし、こういうことは家族に一番に言ってやれよ」

「私はエステルの様子を見て来るよー」

「ちょ、ちょっと二人とも……」

 芯が強いとはいえ、普段は物腰柔らかなクローゼだ。そこまで反論すべきことではないのか、なすがままにそれぞれの寮に戻る二人を見守っている。

「全くもう……」

 一方のカイトは、妙に含みのある笑みをハンスから向けられたために絶賛心拍数上昇中だ。

「な、何かあったの?」

「うん、ちょっとね。本当は明日にでも言おうと思ってたんだけど」

 と言ったところで少女は唐突に上を見上げた。

「なんだか……あの時を思い出すね」

 つられて見てみれば、空には星が沢山その存在を知らせていた。秋の夜空にはあの時のように、地の上の人間が何をしようとも変わらない。

「エルベ離宮のこと? オレも同じこと、考えてたよ」

「うん。あの時も、皆で一緒に頑張ったものね。だから同じように、私も皆の力になりたいの」

「え?」

 昨日のエステルと似たような言葉。『力を貸してほしい』でなく『力になりたい』。となれば、そこから続く言葉は一つだった。

「私も、結社の調査について行くことにしたよ」

「なっ」

 驚き。いや、時々自分よりも無鉄砲に見えてくる姉のことだ。その可能性に早く気づけなかった自分の方が、少し甘かったということなのか。

 いずれにせよ、自分は納得がいかない。

「な、何でだよ! そんな危険なことにつき合わせられるはずがないだろ!?」

「……」

 沈黙はしているが、それでも少年の勢いに気圧されているわけではなかった。

「それに、学園の方はどうすんだよ!」

「それを、さっきコリンズ学園長と話してきたの。ジルやハンス君たちと一緒に」

 納得した。そのための先ほどの三人だったのだ。それに二人とも、そしてコリンズ学園長も特に反対はしなかったということだ。この旅路が安全と言い切れないものであるにも関わらず。

「そりゃ、姉さんがいれば頼りになるし、エステルも喜ぶだろうし」

「うん。私はエステルさんやヨシュアさんの力になりたい」

「それでも姉さんは王位継承権を持ってるだろう。あの変態だって、これから何をしでかすかわからないし……」

「だからこそ、だよ。王位継承権を持つ者だからこそ、怪しい結社を前にして何もせずにはいられないの」

 理屈は分かる。けれどそれでも、少女をみすみす危険な領域に立たせたくはない。

「……オレだって強くなった! それに、もっと強くなる! だから、姉さんには……」

「カイト……」

 もう一度、沈黙が訪れた。まだ少年は納得がいかず、何かあれば即座に言葉を重ねるだろう。まるで誰かと同じように、大事な存在を危険に晒したくないからだ。

 そんな少年の心境を、少女は本当の意味で気づけなかった。けれど分かった事柄もある。だから少女は、今は遠くにいるその少年に向けた想いを、この場で打ち明けた。

「……私ね、エステルさんと同じぐらい、ヨシュアさんを見つけたいと思ってる」

「えっ……?」

 それは、カイトやエステル、ヨシュアと同じ。どこまでも真っ直ぐな心。

「今日ね、エステルさんに白状したの。ヨシュアさんのことが好きだったって」

 どこまでも真っ直ぐな、カイトが聞きたくない恋情だった。

 

 

 




次回は第11話「惑う心」です。
よろしくお願いします。

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