心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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連続投稿8日目。
更新ペースについては、活動報告をご参照ください。


12話 茶会への招待②

 お茶会への参加を決め込んだ一行は、それぞれの決意を胸に早々に足を動かし夜の王都を歩き始めた。

 人員は、アガット、エステル、カイト、ケビン神父の四人だ。アネラスは現状を王国軍へ伝えるためにエルベ離宮へと向かい、フィリップは主の救出を四人に託してエルナンたちの介抱をしてくれている。

 そして四人は、アガットの先導の基に王都のとある一ヶ所へと突き進んでいた。

「ね、ねぇアガット! 本当に当てはあるの? お茶会がどこで開かれるかも分からないのに!」

「当てじゃないが、手がかりはある」

 エステルの焦りを含んだ疑問に、アガットは一つの資料渡した。

「オルグイユ、開発計画……?」

 あ、とカイトが声をあげる。お茶会のメモが挟まれていた大事な資料だが、後に現れたカンパネルラの衝撃が強すぎてすっかり忘れていた。

「こいつは、オレらをここまで導いたメモを挟んでいた物だ。悪戯書きに見える茶会への招待が本物なら、この物々しい機械も本物だと考えるべきだろう」

 オルグイユと呼ばれる存在は、現状では乗り物であるということしか分からない。しかしアルセイユに似た名前、開発計画というただならぬ雰囲気、そして資料が発見された状況。断片的に想像できるそれが重なりあって最悪の結果へと至るなら。

「仮にアルセイユを、兵器という方向へ昇華させた物なら。そいつをしまいこんでる場所があるはずだ」

「でも、空港にそんな変な機械なんてなかったですよ?」

「ああ、分かってる。だからもう一つの気になる場所……港まで行ってみるんだ」

 少数の警備兵がいる西街区へ入り、グランセル大聖堂の目の前を通りすぎると、ヴァレリア湖へと至る王都の港が見えてくる。

 夜の港は、ただただ静かだった。そして潮風ではないが、嗅いで落ち着く水の匂いもある。普段はそこで生業を営む男たちが、夜の酒に興じているはずなのだが。

 残念ながら、宴に興じていたのは人間ではなかった。

「こいつ……!」

「久しぶりに見たぜ。情報部の軍用魔獣!」

 エステルが狼狽し、アガットが吠えた。カイトとケビンは、四肢を強く踏みしめた、そいつらを初めて見た。

 三匹いる。ダルモアの邸で戦ったファンゴとブロンコ、あの二体よりは一回り小さいが、その分やたら俊敏に動いている。

「問答無用だ、叩きのめせ!」

 偉丈夫が跳躍、重さを感じさせない鉄塊が空中を閃いた。

 その鈍重な軌跡は直接は敵に当たらないが、続けざまに放たれた棍の振り回しの手助けにはなった。

 キャン、という短い悲鳴を苦い顔で聞きながらカイトは銃弾を放つ。何故か苦しませるのは忍びないという感覚に襲われるが、こちらもこちらで時間がないのだ。全力の勢いで、魔獣の体を射ぬいていく。

「――そらっ!」

 カイトが攻撃した魔獣に、ケビン神父のボウガンが襲い掛かる。鋭利な矢じりは腹部を貫き、それでも魔獣の勢いは止まらない。

 三匹を倒すのに、数分の時間を要してしまった。

「なんか……人間でもないのにやたらと鬼気迫る勢いやったねー」

 先日のヴェスタ街道とは別人のように落ち着き払った様子で感想を言っている。

「どうやら、エステルちゃんはこのワンコを知ってるみたいやね?」

「うん、生誕祭前は何度も邪魔されたんだけど……」

 情報部の軍用魔獣が、港を徘徊している。いや、この場合は守っていると言った方が正しいのろうか。

 いずれにせよ、はっきり分かったことがある。

「確実に関与してやがるな。特務兵の残党が」

 四人は、より一層身を引き締めた。

 探索を続けていくと、幾度か軍用魔獣に襲われた。だが逃亡中の生活環境があまりよくなかったのか、大した障害にはならなかった。

 そのまま、四人は港の最奥へと到着する。そこにいる人々を見て、エステルは最大限の驚きを顕にした。

「カノーネ大尉!」

 港のいくつかある倉庫、その中の一つの扉の前に彼らはいた。

 十数名の黒装束。そしてその先頭に立つ桃色の髪を持つ、文のカノーネ。

「そんな無意味な軍位など関係ありませんわ。今は、元大尉です」

 久しぶりに聞いたその声は、グランセル城を支配していた慎ましい声ではなく、また本性を顕にしたときの怒号に勝る金切り声でもない。

 悪とも思えない真っ直ぐな、しかし疲労のせいで怨念めいて響く魔性の声色だった。

「犬どもが騒ぐから何事かと思えば……遊撃士というのは相変わらず鼻が利くようね?」

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! 自分たちが何をしているのか分かってるの!?」

「……アッハハ、もちろんですわ!」

 カノーネが手を挙げた。それに合わせ、前方にいる特務兵が身を引いた。

「ええい、放せ! この狼藉者が!」

 カイトにとっては四度目、実に久しぶりの再開だった。おかっぱ頭に恰幅が豊かなデュナン公爵。彼はらしくない挙動で暴れていて、鬱陶しそうに黒装束を睨んでいる。

「デュナン公爵!」

「私たちは、公爵閣下の王位継承のお手伝いをしているだけですの」

「勝手なことを抜かすな! そのような反逆に手を貸していられるか!」

 一瞬なにやってるんだこの馬鹿公爵と思ったエステルとカイト。が、今回ばかりは本気で嫌がっているようだった。その証拠に公爵は遊撃士たちを視界にとらえると、矢継ぎ早に助けを求めてくる。

「お、おお、そなたらは! すまないから早くこやつらを追い払ってくれ!」

 そのすまないが、何を意味しているのかは分からない。けれど彼なりに思うところがあったのか、素直な願いだ。その言葉を聞かない遊撃士たちではない。

「分かったわ公爵さん。少し大人しくしてて!」

 エステルが言った。

「実際のところ、お前らの本当の目的はリシャール大佐の解放だろう。んな阿呆なことは断じてさせねえよ」

 アガットがそう告げた。四人は得物を構え、相手の出方をうかがい始める。

「……ふふ、いいでしょう」

 ニヤリと、カノーネがその口角を引き上げる。やはり何時かの女狐とは違う、果敢な雰囲気がそこにあった。

「これより再決起作戦を行う! 三十秒だけでいいわ、持ちこたえなさい!」

 その言葉の後、カノーネはもがくデュナン公爵を引き連れて倉庫の中へと姿を消した。残された特務兵たちは、乱れぬ斉唱を夜空へ響かせた。

「イエス! コマンダーッ!」

 続いて特務兵も、数人を残してカノーネの後に続いていく。

「そうはさせますかってーの!」

 最近斬り込み隊長ぶりが様になってきたエステルが、狙いを悟られないように曲線的に駆けながら最も手前にいる特務兵に襲いかかった。

 割合あっさりと鉤爪を弾き、その体に突きを叩き込もうと(こころ)みる。

 相対していない二人の特務兵がエステルに一撃を与えようとしたが、それはカイトとケビンが牽制した。

 アガットはエステルの後ろまで距離をつめる。恐らく、彼女の取りこぼしを倒す算段だ。

 そして、エステルの棍が鳩尾に直撃する――その刹那。

「そう簡単に、通しはせん」

 ギャリッ! と棍と巨大な斧が弾かれ合う歪な音が、同時に聞こえた厳かな老齢の声をかき消した。

 後方から滑るように迫り、エステルと特務兵の間に割って入った新たな黒装束。大柄な彼は棍を受け流すと、続けざまにやって来る重剣の軌跡に真っ向から立ち向かった。

「くっ!」

 アガットと斧の特務兵が共に苦悶する。両者は一度後退すると、乱れた体勢を整えた。

「助かりました、オルテガ殿!」

 エステルに倒されかけた特務兵は、そんなことを言った。

 聞いて、少年少女が驚愕にかられる。

「アンタまさか……」

「オルテガ・シークか!?」

「……如何にもだ。そちらの二人は、久方ぶりだな」

 その驚きは、アガットとケビン神父に疑問符を産ませる。

「知り合いか?」

 カイトは、汗を滲ませながら呟いた。

「ええ……強敵です」

 クーデター事件の出来事の一つ、エルベ離宮解放作戦の時だ。多くの遊撃士と女王親衛隊の協力により、彼らは比較的短時間で鉤爪と機関銃の特務兵たちを制圧していった。

 ただ、二人だけ制圧するのに苦戦を強いられた者がいた。その二人は、ともにアガットの重剣と同等の質量の大斧を持っていた。流麗な、あるいは苛烈な斧捌きで、遊撃士四人だけでの攻略を事実上防いでいた守護神たち。

 一人は若者。仮面の下で金髪をなびかせ、カイトの剣の一撃をその身で受け止めてみせたルーク・ライゼン。

 そしてもう一人が、終始落ち着き払って少年たちを足止めしていたオルテガ・シークだった。

「あんた、まだ特務兵として動いていたのか」

「無論だ。まだ、私にはなすべきことがあるからな」

 並みの特務兵なら充分に倒せるかと思ったが、彼がいるとなると別だった。倒すのも苦労する。果たして、どう対処すべきか。

 そう思ったその矢先。沈黙が続いていた倉庫から、強く響く重低音が聞こえてきた。

「何、この音……」

「まさか……」

 エステルは疑問符に、アガットは予感していたらしい結果に口を歪ませる。

「間に合ったか」

 そしてオルテガは、感情を表に出さずに呟いた。

 それが放たれる。大砲のような轟音の後に倉庫の扉が大きくひしゃげ、続けざま飛び出た圧倒的な質量にその身を踏み潰されることとなった。

「な、な、な……」

「なんだこれー!?」

 少年少女があんぐりと口を開ける。

「これが――オルグイユかっ!」

 アガットが現れた質量を特定付ける。

 導力灯の明かりを受けて漆黒に輝く金属の体。軍の飛行挺程の巨体でありながら、滑らかに描かれる移動軌跡。歯車と歯車が噛み合う規則的で細やかな衝突音。

 体部を見れば、小銃から大砲、レーザー砲までを兼ね備えた無機質な作り。

 一言で表すなら、巨大戦車。それがオルグイユの正体だった。

「ふふふ、見ましたか? 情報部時代の計画の結晶を」

 その声は特務兵らではなかった。彼らはいつの間にかオルグイユの後方まで下がったらしく、代わりに戦車上部の視察口からカノーネが顔を覗かせていた。

「当時はこれを動かすだけのエンジンがなかった。けれど幸運だったわ、まさかアルセイユの導力エンジンのプロトタイプが手に入るなんてね!」

 エンジンの話になると、語るべきは三国の調印式まで(さかのぼ)る。しかしそんな思考は、目の前の重戦車の圧力が吹き飛ばしてしまった。

「今回ばかりは、あなたたちに構うつもりはありません。精々、指を加えて成り行きを見守ってなさいな」

 言うか早いか、オルグイユが動き出した。進行方向は真っ直ぐ。その直線上には遊撃士たちがいる。

「よ、避けろっ!」

 言われるまでもなかった。あのキャタピラーに踏み潰されるのは、先日のストームブリンガーの剣で叩き潰されるのと同じくらい絶対に選びたくない死に方だ。あんな女神送りはまっぴらだった。

「追うぞ! 何としてでも止めるんだ!」

 アガットは吠え、重剣を担ぎながら駆け出した。他の者もそれに続こうとする。

 幸い港は倉庫が不規則に並んだ複雑な通路設計となっている。直線で加速されたら突き放されるが、今ならまだ追い付ける。

 そう全員が理解した、その時。

「もう一度言おう。そう簡単に通しはせん」

 曲がり角を速度を遅めて進んだオルグイユ。その車体が曲がりきる直前、車体後方から一人の特務兵が降り立った。

「……足止めって訳か」

 遊撃士たちがたたらを踏む。飛び出した老齢の特務兵が、静かな声で告げた。

「カノーネはああ言ったがな。考えられる障害は残らず摘んだ方がいい」

 言い切ったオルテガが、エルベ離宮の時と同じように威厳を見せながら斧を構えた。

「邪魔だ! 全員で畳み掛ける!」

 と、アガットは言った。

 だが、それでは相手の思うつぼだった。だから少年は、高揚した気を静めて言い放った。

「アガットさん。ここはオレが引き受けます。三人でオルグイユを止めてください!」

 アガットも、エステルも、ケビンもその言葉に驚きを隠せない。

「しかし、お前……」

 けれどアガットを始め、三人とも強く否定はしてこない。

 誰かが残ってでもオルグイユを止めるのが先決なのだ。このままだと、オルグイユが街まで進んで被害を及ぼしかねないから。

「一刻も早く止めなきゃ。その為にはアガットさんの重剣は必須、エステルの棍も心強い、遠距離はケビンさんが勤めればいい!

 この足止めは、勝つ必要なんてないんです! なら、オレが引き受けるべきです!」 

 時間がない。この間にも、オルグイユは数十アージュと距離を伸ばしているはずだ。だからカイトは精一杯力説した。

「……任せた!」

「頼んだわよ!」

「女神の加護を、カイト君!」

 それに応えてくれた先輩たち。彼らは先に行くため、一目散に駆けていく。

 彼らに心配をかけては、まだまだ自分も半人前だ。だから少年は、誰も見なくともニヤリと笑って叫んでみせた。

「オレも少しは強くなった。総まとめの続きとして、持ちこたえて見せますよ!」

 アガットたちを止めようとしたオルテガだが、彼の挙動は少年の銃撃によって遮られた。頭を振って鬱陶しそうにカイトを向いた後、すぐにその動きを制止させて、目の前の障害に向けて斧を構える。

「できれば赤髪を止めたかったが……仕方ない、少年でも充分に戦力を削げるだろう」

「……へ、そりゃどーも」

 完全に三人の姿が見えなくなった。だからなのか、斧使いの意識が完全にこちらに向いている気がした。

「改めて……久方ぶりだな少年。エルベ離宮の時は、煮え湯を飲まされた気分だったよ」

 あの時は四人対二人の戦いだった。それにジンやヨシュアもいて、恐らくオルテガたちにとってカイトはおまけ程度の存在でしかなかったのだろう。

「だが、今は完全に一対一。小細工も通用しない、完全な勝負だ」

 だから、敵の意識が自分のみに注がれているのは、今までにない大きな圧力だった。知らぬ間に汗も滲み出ていた。

「そりゃ、お互い様じゃないかな? あの時アンタらは、狭い通路で防御に徹するだけだったんだから」

 カイトは必死に自分を鼓舞する。圧力に呑まれないように、そして強敵を相手取るために。

「ふっ……」

 その笑声がカイトに対する皮肉なのか天晴れという意味なのかは分からない。ただ一つ、純粋に余裕綽々なのは理解できた。

「……特務兵残党、副将オルテガ・シーク。己の信念を突き通すため、参る」

 カイトは応える。わざわざ自分の名を明かしてくる律儀な敵に、舐めるな、という気持ちをぶつけるために。

「上……等っ!!」

 オルテガが滑るように向かってきた。その狙いを銃撃で乱させながら、最後に蹴りで迎え撃つ。

 斧の平と脛当てが、衝突した。

 

 

 


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