心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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連続投稿9日目。
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12話 茶会への招待③

 鉄と鉄の衝突音。その後、カイトは後退しつつ続けざまに銃弾を乱れ撃った。オルテガはその銃撃を縦横無尽に避けつつ、標的への接触を試みた。

 突然、少年が斧使いに背を向けた。後方で肉薄してくる斬撃に肝を冷やしつつ、それでも逃げる。

 やがて港に数多く置かれているコンテナ、その一つに近づいた。そのまま跳躍し、(ふち)を掴んで飛び乗る。

 自分の足がついているコンテナが、突如として悲鳴をあげた。それはオルテガがコンテナを斧で切り裂いた結果であり、ガコッと異音を発した後に斬撃の軌跡に沿って崩れ始めた。

 カイトは別のコンテナへと跳び移り、オルテガが飛び乗らないように銃撃で牽制しつつ銃弾を装填する。

「逃れつつも逃させない。状況だけは読めているようだな」

「当たり前だ。それに小細工はオレの十八番……一対一だって簡単にできるさ」

 オルテガに背を向ければ、彼は早々にアガットたちを追いかける。それをしないのは、カイトの武器が銃弾であり、加えて下手でない精度なのを互いが認識しているから。

 だからオルテガは、この戦いにおける自らの勝利である『アガットに追い付く』ことができない。

 対するカイトは、既に自らの勝利条件である『オルテガの足止め』を半ば達成している。あとは、どれだけその時間を引き伸ばせるか。

「言っただろう。オレは勝つ必要はないんだ」

「しかし俺は、何としてでも勝たねばならん」

 コンテナの上で自分を見下ろす少年に向かって、斧使いは断言した。

「ならばこちらも利用させてもらおう。少年が不利となり得る、貴様たちの信念を」

 言って、オルテガは腰を低く落として身を右へ捻った。さらに斧を引き絞り、そこで挙動が止まる。

「大技なんて、させねえよ!」

 カイトは銃弾を撃ち込んだ。それでも、オルテガは気を高め微動だにしない。

 初弾と次弾はオルテガの体すれすれを通った。三弾目は肩口に、四弾目は膝へ直撃する。

「うそっ!?」

 少年は驚いた。何故、攻撃を前に微動だにしなかったのか。相手を倒すためであっても、一対一の状況でアーツ使用や気を溜め込むのは自殺行為だ。

 例え少年の銃撃が非殺傷であっても。

「……まさか」

 そこで気づいた。オルテガが口にした信念とは、つまり多くの遊撃士が無意識で行っているであろう不殺の心。敵であっても人間を殺めない、平和への意志だ。

 オルテガは、カイトが自分を痛め付けに来ないことを確信していた。だから当てに来る銃撃が非殺傷であったことを確信していた。

「気づいたか。……もう、遅いがな」

 呟かれた言葉は失態を少年に認識させ、それも束の間新たな緊迫感を生む。

「喰らえ……!」

 リシャール大佐の太刀を受けたときと同じく、嫌な悪寒が背中を駆け抜けた。オルテガが引き絞った斧が、谷の放物線の軌跡を描いて地から天へ切り裂く。

 少年は飛び退いた。今度は銃を撃つ暇もない、完全な逃亡だった。そうでもしなければ、コンテナを切り裂くどころか木端微塵にした斬撃の餌になっていたから。

「もう一度、再戦だなっ」

 カイトは地上へ着地した。そこには既に残心を解いて斧を振りかざすオルテガがいた。

「くっ……」

 苦悶に口を歪ませながら避ける。

 袈裟懸けの斬撃は身を仰け反らせて回避した。横一文字の軌跡は後方宙返りをすることで間一髪触れなかった。そこから放たれた突きの一閃はカイトの肩口三リジュ上を掠めて通り抜ける。

「な……めるな!」

 突き出た斧の平を手甲で弾いて攻めの手に切り替えようとする。しかし斧の側と反対側の足で試みた地から這い上がる蹴りは、いつの間にか宙を泳いでいたオルテガの手に阻まれた。

 自分の脛当てと黒装束の手甲。それらが衝突したから自分たちに痛手はないけれど、感じた衝撃は大きかった。

 驚きで注意力が疎かになった。そのせいで忘れていた斧が牙を向いた。

「あぐっ!」

 刃の部位ではないが、棍としての役目も果たせる斧の柄が、少年の側頭部と激突したのだ。カイトは思わず転倒しながら距離をとりる。

「それなりに戦えるが、まだまだ青いな」

「なん、だとっ」

 凪ぎ払いでもなく至近距離からぶつけただけだから、出血さるまでは至らなかった。それよりも、先程から頭を反芻(はんすう)する違和感があった。

 力のみならず、流れる水のようにしなやかに軌跡を変えては描かれる斬撃。どのような体勢であっても攻撃と守りに転じることができる戦い方。

 エルベ離宮の時は結果的に勝ったが、やはり目の前の敵は強かった。だがその戦い方には、やはり疑問が感じられる。

 例えばヨシュアは、双剣と圧倒的な素早さを武器に敵を殲滅していく。繊細であり綿密に計算された、機械的戦略図が描かれているだろう。

 例えばアガットは、重剣の爆発的な威力を持って敵をほふる。シェラザードであれば搦め手で敵の動きを封じていく。アネラスやリシャール大佐、そしてジンは己の流派が大きく影響しているだろう。

 オルテガの戦い方は、エステルのそれに似ていた。身の丈もある棍を、父譲りの「無にして螺旋」の言葉に沿って面、線、点と様々な攻撃に転化していく千変万化の戦術。

 それがオルテガの強みだった。これだけの戦いをやってのける人間が、どうして犯罪者と化したのか。妙な理屈ではあるが、今のカイトの正直な心境だった。

「それでも……これ以上罪を重ねさせない!」

 カイトは気を張った。そのまま正面六アージュ程先に仁王立つオルテガを睨み、自らの体に透き通った緑の波を纏わせる。

 体術、銃術。この二つ以外に今の自分ができるもう一つの攻撃手段、アーツだ。

「ふっ、アーツか」

「……何がおかしい」

 辛うじて、駆動中に発声した。オルテガは駆動を邪魔するでもなく、何もせずにただそこに立っている。

「いや、そろそろだと思ってな」

 オルテガは構えを解いて斧を握りつつ腕を組んだ。そしてあろうことか、そのまま明後日の方向に顔を向けた。

 カイトは少し腹が立った。格下とはいえここまでこけにされるとは。それ以上に、アーツ駆動を止めることもなく。余裕綽々でいられるとは。

 だがその怒りも束の間、オルテガが攻撃の手を緩めた本当の意味を理解することになった。

「オルグイユの……咆哮がな」

 そして戦慄した。辺りの暗闇が増した、その数秒後に。

「導力灯の明かりが……?」

 言った矢先に、先程まで纏っていた緑色の波が霧散している光景が視界に映った。同時に体が少し重く感じた。

 消えた導力灯。発動しないアーツ。重い体。そしてここに向かう発端となった、お茶会を仄めかした『執行者』の存在。

「導力停止現象か!?」

「如何にもだ」

 現象という欠片を集めたら、真実という絵が見えてきた。

 特務兵残党と結社。両者が共闘関係なのか傀儡と演者のそれなのかは分からない。けれど確実に一枚噛んでいたのだ。

 唐突に暗闇の一部が青白く発光したかと思うと、明滅を繰り返した後に鉄がひしゃげる音。

 人が簡単に鳴らせる音ではない。かといって機械類は停止している。最悪の可能性を考えれば、オルグイユが一番起こせそうな現象だが。

「まさか……この状況で戦車を動かせるのか!?」

「それも、如何にもだ。……さあ、行くぞ」

「なっ」

 オルテガが近づいてくる。カイトは銃撃で牽制しつつ迎え撃った。

 速い。只でさえ相手の方が上手であったのに、戦術オーブメントの恩恵がなくなればさらに差が広がってしまう。

 カイトの動きは全て防御と受け流しだった。一度距離を詰められると、もう拳銃を向ける暇もない。ただ繰り出される攻撃に脛当てと手甲をぶつけるのが精一杯だった。

 少年にとっては数十分にも感じた数十秒後。

 奇跡的にカイトは両の手で斧の柄とオルテガの片腕をそれぞれ掴み、向かい合い睨み合って静止した。

「なん、で……こんな、事をするんだ……!?」

「どういう、ことかな……!」

 少年と老兵は腕力だけは、僅かに老兵が勝るのみで拮抗しているらしい。

「結社なんかに加担して……いいと、思ってるのかよ!?」

 情報部が二個目のゴスペルを所持しているとは思えなかったし、所持していたとしても残党が逃亡の際にそれを掠め取ったとも考えにくい。

 カノーネの話ではオルグイユ自体は情報部が健在の時からの遺産だったはずだ。そんな機械がゴスペルの影響を受けずに動くという性能はないだろうし、逃亡中に開発できるとも思えなかった。

 だから、今オルグイユと共にあるはずのゴスペルは結社の所有物に間違いない。

「何故……か。あの時も言っただろう、それが自分たちの矜持だからなのだと」

 エルベ離宮奪還作戦の時。オルテガと、そして彼と同じく斧を振るっていたオルテガは言っていた。

 犯罪とも言えるクーデターは、確固たる意志の下に行っていた。王国を守るために、愛国のために国を覆そうとした。それは犠牲を払ってでも、行わなければならないことなのだと。

「ルークは逃げ切れずに今はレイストン要塞にいる。それでも、その意志は同じだ」

「……大佐はもう捕まった!」

 他ならぬ、信頼していたカシウスの制裁によって。

「心配してたカシウスさんも、軍に戻った! 軍は、少しずつ理想的な形に変わってきてる! それの……何が気に入らないんだっ!!」

 不意に周囲の灯りが戻った。それに合わせて少年の腕力も息を吹き返した。

 戦術オーブメントの恩恵で僅かに勝った力を限界まで引き絞り、オルテガとの距離をとる。

「導力停止現象を止めたか。あるいは、止まってしまったか……」

 呟くオルテガに、カイトがいきり立った。

「……質問に答えろっ! オルテガ・シークッ!!」

 エルベ離宮の、続きだった。カイトは未だに納得がいかなかった。

 どうして分かり合えないのか。誰もが最後に願う未来は、同じであるはずなのに。

 カイトの、戦いであることを忘れたかのような叫びに、さずのオルテガも一瞬言葉を忘れた。今自分たちが、互いに成さなければならないことすら、忘れた。

「……アランは。最後の戦いに、何を見ていた?」

 アラン・リシャールが、地下遺跡の戦いで見ていたもの。

「大佐自身の目的を見ていた。それと、『どちらの意志が正しいのかを』」

 言っていた。エステルを中心にして掲げた人の力。それを証明したければ、奇跡に勝ってみせろと。それができなければ、力足りぬ理想論に過ぎないと。

「……私は」

 オルテガが、呟いた。

「私は、家族を失った。百日戦役で」

「……な」

「あの戦争の日。帝国軍の侵略が始まった日。『沢山の国を知りたい』という息子は、ハーケン門に立っていた。他ならぬ憧れの帝国の、リベール側の最も近い場所にだ」

 百日戦役の始まりは、帝国軍がその当時最先端の戦略を用いて、ハーケン門を破壊、突破するというものだった。

 オルテガの息子がハーケン門のどこにいたのか。彼の口ぶりから想像はできるが、それはあまりにも酷な現実。

「結果的に、戦争はリベールの勝利に終わった。様々な栄誉を讃えられた者がいた。互いの生存を喜ぶ者たちもいた。歴史の通過点を、記憶に書物に声にして、伝えた者たちもいた。

 それでも、死んだ者たちがいた。最愛の息子も、誰かの家族も、見ず知らずの若者も。そして……帝国にさえ、誰かの最愛の人の死があった!

 幸福は不幸の上に成り立っている。正義は悪の……悪が流した血の上に成り立っている! 先の未来の不幸と悪を切り裂くには、アリシア女王陛下の理想論では足りないのだっ! いつまでも、いつまでもっ、国にとって小さく、人にとって大きな悲しみを呼び寄せてしまう。

 今我らが! この悲しみを最後に! 二度と大きな悲しみを生み出さない国を興さなければならないのだっ!!」

 叫び切って、オルテガがむせた。呼吸さえ忘れていたのか、最後の方は悲痛な悲鳴のようで、痛々しかった。

 最愛の人を失くした。根っ子の部分は、自分と何一つ変わらなかったのだ。

 それなのに。どうしてこんなにも違うのだろうか。少年は考える。

 自分とオルテガの行き着いた所が。自分とエステルだって、受け入れ方は違っていた。

 どうしてこんなにも違うのか。いや、分かっているはずだ。リシャールに向けてエステルが説き、自分が叫んだあの想いが、全てをさらけ出した。自分の心。

「分かっている。アランを説き伏せた貴様たちの道標も、決して脆弱なものではないということも」

 理屈で、双方の意見の利益と不利益を分からない者は中々いないだろう。少なくともこの場にはいない。

「それでも……まだ情報部は負けていない! 自らを犠牲にしてでも使命を果たさんとする心は、死んでいないのだ!」

 意地に近かった。我儘(わがまま)と言ってもいいかもしれない。年齢が大きく離れていても、そんなところに親近感を感じた。

「戦え! 己の信念を貫くために!」

 だから、無性に腹が立った。

 己が信念を貫く戦い。そう、敵対している人々は言った。

 違う。互いに互いの信念を認めているなら、悪戯に他人の意志を殺さなくてもいいはずだ。何も生み出さない戦いであってはだめだ。

 リシャールと相対した時にも感じた、ただ倒すだけではだめだという思考。それは心に置いても同じで、ただ相手の心を踏みにじればいい訳ではない。

「それでも、分かるまい! 虚ろな正義を掲げる遊撃士には!」

 オルテガが近づいてきた。戦いが始まってからの十分にも満たない時間の中で、何度も自分に襲いかかった斧を睨む。

「あの時の覚悟、死を覚悟しない貴様には、分かるまい!!」

 特に死に際というわけではない。けれど走馬灯のように、時間はゆっくりと感じられた。

 もうオルテガは斧を振りかぶっている。けれど、そんなことよりも。

「分かるさ」

 本気で、本心を言い切った。

 直後、オルテガの斧が縦一直線に閃いた。カイトはそれを避けず、ただただ仁王立って受け止めた。

「な……!?」

 老兵が驚愕していた。やや感情的になった一閃は、少年の左顎と、肩から胸にかけて一リジュの深さで肉を斬り、赤い血の谷を作った。

「……何故、避けない」

 斬撃を放った姿勢のまま聞かれた。カイトは一歩後退。ふらついて転びかけたが、何とか地を踏みしめて耐える。

「いってー。……確かに、死は覚悟しなかったな」

 頸動脈ではないが、もろに顎を切られて血は強く流れている。服はまたもや切り裂かれ、傷口周辺が紅く染まっている。

「でも、その気持ちはもうリシャール大佐に折られたんだ。だから今は、別の覚悟を持って戦ってる」

 服も傷も気にせずに、数歩歩けばすぐ触れられる距離にいるオルテガを、強く見据えた。

「死にたくない、心の弱さ。誰よりも脆い、実力の弱さ。そんな半端者だって強くなれる、自分を信じる覚悟だ」

 カイトは先程のオルテガと同じように、長く語り始めた。それでも、とても静かな声で。

「あんたも、オレと同じだったんだな。国だろうが何だろうが、憎い存在があって、どう踏ん切りをつければいいのか分からない。同じだから、説得する方法が見つからないよ。

 ……でも、これだけは言える。あんただって本当は、復讐なんてことをしたくないはずだ。ただ情報部のクーデターに、都合よく自分の心を重ねてただけだ」

「ふざけるな、何故そんなことを……」

「だったら、何でそんなに苦しそうなんだよっ!」

 今度はオルテガが黙り混んだ。

「オレにはあんたが、苦しみ続けて何が正しいのか分からなくてもがいているように見える。けど、そんなんじゃだめなんだ。安易な道に逃げないで、考え続けなくちゃならないんだ。例え他の人に手を引いてもらったって、その道を選んだことに変わりはないはずなんだ」

 ほとんど無意識に、少年の体に緑色の波が纏わり始める。

 完全に無意識で少年は気づかなかったし、オルテガもカイトの語りながらのアーツ詠唱という不可思議な現象に度肝を抜かれたか、ただ聞くに徹していた。

「リシャール大佐も、たぶん必死で考えてる。カシウスさんや、沢山の人に支えられながら。だからあんたも、考え抜いて答えを探すべきなんだ。難しいなら、色んな人が支えてくれる! オレだって、一緒に考えることは出来る!

 だから――」

 緑の波が戦術オーブメントに収束した。

「オレが今、あんたを変える!!」

 解き放たれたエアストライクが、翡翠の清流となってオルテガに向かった。

 

 

 

 




次回、第二章最終話。
第13話「軌跡への招待」です。
よろしくお願いします。

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