「ジン・ヴァセック。共和国出身だが、わけあってリベールの後輩たちと共にいる」
「アネラス・エルフィードです! 今はE級で新参者ですが、よろしくです!」
「カイト・レグメントです。よろしくお願いします」
意外なことに、協会支部に人が五人も集まったのはここ一ヶ月以上ないのだという。五人全員に座られるというのは、ソファにとって嬉しいことなのかどうなのか。
「それにしても、今はリベールでも色々と忙しいだろう? よく帝国に来てくれたな」
壮年のバリアハート支部受付、マルクス。仄かに白が混じってきた黒髪をかきながら言う。
「古参に正遊撃士に準遊撃士。共和国・王国両名。男女に年上から若者まで……カシウス殿も中々な人選じゃないか」
帝国の女性遊撃士、長い金髪に赤色の瞳が印象的なレイラ・リゼアート。彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「よろしくな、レイラにマルクスの旦那。俺たちが帝国に来た理由も、もう知っているみたいだな」
ジンの言葉にレイラは頷く。「世間話もそろそろにして……」と前置くと、力強く語り始める。
「協会の情報網から、君たちがどのような目的でここに来たのは把握している。私たちは数か月前の事件のあらましを説明するから、あとは君たち自身の足でできる限りの帝国の遊撃士の現状を把握してみてくれ」
ジンより伝えられた情報が、現地の事件経験者の口から伝えられることでさらに臨場感を増していく。
突然の襲撃だったため各地の遊撃士、受付、一般市民に至るまで多くの人間が動揺した。しかしジェスター猟兵団そのものの練度は、国や遊撃士がその動向に注目するほどのものではないらしい。事件発生当初は帝都を中心にして多数の犠牲者が出た。それでも戦闘に限っては戦闘になれた新人遊撃士でも対処が行えていたのだという。
むしろ印象に残ったのは、その連携。広い帝国の各支部をカシウスが来るまでの間翻弄し続けたその作戦の数々が、今となっては不気味に感じるのだという。
「知っての通り、大規模な猟兵団ともなれば我々も決死の覚悟で向かう必要がある。だが相手は下位連中の集まり……遊撃士にちょっかいをかけるにしては爆薬なんてものを持ち出して大規模だ。かといって本当に協会を潰しにかかるにしては弱すぎる」
「つまり、目的が分からないのが余計に不気味だ。そういうことですね」
「よく分かっているじゃないか、少年」
カイトは少し、照れ臭さを覚える。
「主に襲われたのは、ここバリアハート、帝都ヘイムダル、鋼都ルーレなど……。しかしそれはあくまで比較的大きな規模であって、他にも比較的小さな街や帝国西部の首都なんかも襲われている」
帝国は広い。それこそリベール王国が二つや三つでは足りないほどに。広大な国の各地に点々と存在する多くの支部を襲ったというのだ。猟兵団は金で何者かに雇われるか、いったい誰が雇ったのか。それとも自らの意志で行ったのか。それすら、カイトには分からない。
一度、マルクスが口を開く。
「しかしカシウスだけは、漠然とながら予想できていたようだな。それすら教えてもらえず、彼は事件が終わるなり早々にリベールへ帰ってしまったがな」
「じゃあ、その理由は現地の人でもわからないんですか?」
「そうだね、アネラス君。まあいつどこが襲われたという資料は渡しておくから、まずは自分の足で……おや?」
ふいにマルクスの声が途切れる。突如鳴り響いた通信機によるものだ。マルクスは失礼、と立ち上がると、けたたましく鳴り響くベルの下へ向かう。
「もしもし? あー、君かヴェンツェル。なに、クロスベルへ行く? なんだってそんな急に……一緒に鉄血宰相を闇討ちしようと誓ったじゃないか。君のそのナイスな剣捌きなら――」
物騒な単語が聞こえてきた。今までの印象からマルクスにがっしり構えた優男という印象を持っていただけに、カイト初め三人は驚くしかない。
そして彼の人となりを知っているらしいレイラは苦笑している。
「すまないね、みんな。私を含めて、帝国のギルド関係者は少しストレスにまみれているんだ。闇討ち程度の単語はまだまだ軽いほうでね」
ため息をついて、女遊撃士はそんなことを言う。
「それは……」
「もしかして、支部に人が寄り付かないことと関係しているんですか?」
ジンの黙考を遮ったカイトの言葉は、レイラだけでなく未だ通信機の向こうの誰かと話しているマルクスをも驚かせる。
「ほう……どうしてそう思う?」
「遊撃士が不機嫌になる二大要素って、だいたい依頼が多いか少なすぎるかのどちらかかなって。遊撃士協会という組織のみが狙われたのなら、『その組織さえなけりゃ平和だったのに』って思って遠ざける人もいるんじゃないかなって思ったんです」
それはやや身勝手な思いでもあるが、人の思考そのものに罪はないし仕方のないことでもある。
奇しくも過去の悲劇を引きずっている少年にとって、理不尽な考えは分からなくはないものであった。
「しかし、だからといって全く人が寄り付かないのはそれだけの理由ではないだろう。他に、なにかあるんじゃないのか?」
待ったをかけたのはジンの声だ。
「カイトの予想もジンの考えも、どちらも当たらずとも遠からずと言ったところか」
たった今誰かとの通信を終えたマルクス。彼は、事の真相を教えてくれるようだ。
「大元の原因はカイトの言った通りさ。しかしそれを帝国民の多くが遊撃士に嫌気をさすように、仕向けたやつがいる」
一呼吸。緊張に戸惑い、そして僅かな怒りを包んだ声でその名を言う。
「誰が言ったか『鉄血宰相』。本名、ギリアス・オズボーン」
ただ一言であるような名前だが妙に重々しく響いて少年の鼓膜に届く。
リベールにアリシア女王陛下がいるように、エレボニア帝国には皇帝が存在する。現在はユーゲント・ライゼ・アルノール三世が元首だ。しかし政界において皇帝はあくまで代表や象徴といった存在であって、実際に帝国を動かしているのは『議員』という地位を当てられた者たちだ。
その中で、現在国内外でもっとも認知度の高い政界人。それが、鉄血宰相ギリアス・オズボーンなのだという。
「国外はどうか知らんが、鉄血宰相を支持する国民は多い。当の本人が『遊撃士が猟兵団と折り合いが悪いためその火花が国民の財産と生命を脅かす』だの何だのと言葉巧みに演説をしたんだよ。事件の後にな」
結果、不安を数ヵ月間感じつづけていた国民の思想は一つの方向に向いたというわけだ。全て語り終えたマルクスは、深い溜め息を吐いた。
ジンは目を瞑り、アネラスは驚きで口を開け、カイトはただ静かに現状を噛み締めた。
「そんなことが……」
「結果、十弱ある帝国の協会支部はその殆どが実質的に活動が制限されているか……あるいは完全に停止、解体されている」
レイラの言葉は、三人にとって重すぎた。自らを支える屋根がなければ、彼らも一市民と同程度の権力しか持てなくなる。軍隊に負けない程の治安維持組織となっていたのは、市民を守り、市民から信頼されてきたから。多くの遊撃士が持つであろう原動力さえなくなれば、気力も失ってしまう。
「だから、軍と遊撃士と良好な関係を築いている王国と同じだと思っていると、痛い目にあうだろう。気を付けろと、忠告させてもらうよ」
ここでは、三人の遊撃士ではない。三人の旅行者、或いは旅人でなければならないのかもしれない。
「……あの」
「ん? なんだい少年?」
女遊撃士に促されたカイトには、一つ気になることがあった。少年も、そしてジンとアネラスもこれからの指針は理解できた。どんな志を持ち帝国各地を回るかは、粗方理解できたつもりだ。だからこそカイトには、自分たち以外のことで気になることがでてくる。
「レイラさんとマルクスさん……そして帝国の先輩たちは、これからどうするんですか?」
遊撃士。支える籠手。それは少年にとって憧れだったもの。しかし守るべき対象は、必ずしも市民だけではない。
内政に踏み込まないという決まりがあっても、時に己が信念のために突き進む遊撃士は、少しくらい自分のために戦ってもいいはずだ。かつて王都で武術家に諭された少年のように。
カイト、ジン、アネラス。三人には帝国での依頼を終えれば、リベールにカルバードという帰るべき屋根がある。
ここにいる遊撃士と受付はどこへ向かい何を糧に過ごしていくのか。
対した動揺も見せず、レイラは告げてくれた。
「帝国の遊撃士には今、いくつかの選択が残されているんだ。
遊撃士を辞め別の職に就く者。別の国の支部に行くという者。そして……現状に立ち向かう者」
立ち向かう。自分のために戦う者。
「正直にいって、再び帝国で遊撃士が活発に活動することは鉄血宰相がいる間はないといってもいいだろう。それでも何とかしようとするお馬鹿さんがちらほらといてね。
……『トヴァル・ランドナー』。帝国の遊撃士を頼りたくなったら、彼に会いに行くといいよ。私も力になりたいが、近日中に帝国を発つつもりでね。ちょっとした修行のため、ゼムリア各地を回るんだ」
長い語り。新たに聞かされた遊撃士の名を、三人は心に刻む。
次に、マルクスが言う。
「俺は今度、帝国時報者に顔を出すつもりだ。無事働くことができたら、お前さんたち遊撃士の有用性をこれでもかというぐらい説いてやるよ」
マルクス、レイラ、そしてトヴァルという遊撃士協会の人間たち。この三人の行く道が、先程レイラが示したいくつかの選択肢だった。
「さあ。これから帝国を股にかけて動く君たちに、こんなしんみりした話は似合わない」
レイラの言葉に、マルクスは頷く。
「だからこそお前さんたちには、この言葉を贈らせてくれ」
二人は順に三人と握手をかわす。そして、口を揃えて言葉を紡いだ。
『協会を頼んだぞ。幸運を』と。
――――
バリアハート支部を出る人影が三つ。
「……想像以上でしたね。帝国における遊撃士の現状は」
「ああ。これはロレントで捜査をしているエステルたちとは、別の意味で苦労するかもしれんな」
相変わらず空は晴天で、時折存在を主張する白い雲が眩しく映る。アネラスの呟きに、ジンは空を見上げながら落ち着いた声で答えた。
「遊撃士が、守るべき人々に嫌われる。こんなことって、あるんですね」
次に天を仰いだのはカイトだった。リベール王国とは明らかに違う空気に、少年は疲れるしかない。
「そうだな。そしてその感情を先導したのが、『鉄血宰相』か」
殲滅天使レンが画策した王都での脅迫状騒動の時、ジンは捜査のため帝国大使館に赴いていた。その時脅迫状や平和条約に対する会話の中にも、『鉄血宰相』の名は出ていた。
それでも現在の三人の認識では、分からないことが多すぎた。ジンも共和国の人間として知るべきことはあっても、今回の件と絡めて人物像を説明できるほど帝国の情勢に詳しいわけでもない。
「一先ずすべきことは、政治の話じゃなかったな。今からは遊撃士として、動いて行こう」
ジンの言葉に残る二人は頷いた。それが、今の三人が最もなすべきことだからだ。まずはここ『翡翠の公都バリアハート』を調査し、その次に別の都市・街へ調査に赴くことを進路づける。
「幸いにも、簡単な事件の経緯をまとめた書類はもらった。これを基に、事件の調査を進めていこうや」
歩きだしたジンは手元にある書類を弄ぶ。カイトはそれに同調しつつ、先程の出来事を思い出す。
「そういえば、どこから調査をするといいとも言ってましたね」
マルクスは、こう教えてくれていた。
『どこに行くかの見当はつかないだろうが……まずは帝国東部を回るのがいいんじゃないか? どちらかといえば事件が動いたのは帝都を中心にして東部での動きが強くてな。多くの情報が集められると思うぞ』
十分後。職人通りの宿酒場アルエットに三人はいた。午前十一時、円形のテーブルに均等の距離で座り、やや早めの昼食を取りながら渡された書類を眺めている。
「たひかに、色々書いてありますねえ」
「そうですね……てアネラスさん、またアイス食べてるんですか? 書類見ながら?」
「カイト君のオムレツも私のアイスも食べ物には変わらないよ! それに……」
「甘いものは力、ですか?」
「もちろん!」
「ははは、まあ汚さなければ構わないさ」
呆れるアガットと違い、ジンは朗らかに笑っていた。昼下がりの室内、帝国での生活の一日目。まだまだ穏やかな三人組だ。カイトは突っ込むのをやめにして、書類を見ることにした。
「本当だ、色々書いてある」
要約したものを順々に記すと、こうだ。
『X日:事件発生日。
明け方、帝都東区支部が爆薬にて破壊される。死傷者多数。
早朝、オルディス支部が爆薬にて破壊される。死傷者は確認されず。
十二時頃、帝都ドライケイルス広場直下の地下道にて爆撃が生じる。死傷者はなし。
X+1日:
午前二時頃、バリアハート支部が地下に設置された爆薬にて内部が半壊、直後に外部より少数の人間が襲撃。その時支部に詰めていた新人遊撃士一人が死亡。
午前二時頃、セントアーク支部にて爆薬が設置されるも早期に発見され、爆破は免れる。その後支部の人間が猟兵と交戦、辛くも退ける。猟兵は撤退後街道へ逃亡。死亡者なし、遊撃士二名が軽傷、巻き込まれた市民一人が重傷を負う。
X+2日:
午前十時頃、ルーレ支部にて一般人に扮した猟兵がグレネードを投擲、これにより支部外面が半壊。警戒態勢を取っていた領邦軍が猟兵一人を捕縛するも、猟兵は死亡。
午後三時頃、リベール王国よりカシウス・ブライトが帝都に到着。同国遊撃士協会の臨時代表に着任。
午後五時頃、臨時代表の指示により導力通信を完全に閉鎖する。同時に帝国正規軍と連絡を取り、健在な支部への警備を要請』
カイトとアネラスは、視線を下に落とした。
「死傷者、多数……」
「それに、さっきまで私たちが居たバリアハート支部は内部が半壊……だから変に中途半端な木の造りだったんだ」
「この前のクーデターは軍人が引き起こしたものだからな。しかし、この事件の犯人は市民の命さえ奪うこともある猟兵団。心してかかるべきだろう。
……次、行くぞ」
ジンは二枚目を捲った。
『X+3日:
午前一時、サザーラント州、紡績町パルム支部が襲撃される。建物は完全に破壊され、遊撃士二名が重傷を負う。
午前八時頃、臨時代表の指示により推測された猟兵団の補給拠点捜索を、現地(交易町ケルディック周辺)に詳しい遊撃士六名が担当・開始する。
X+5日:遊撃士六名がルナリア自然公園北東端にて拠点を発見・襲撃。内部にいた武装集団構成員を捕縛するも、女性と思わしき人物(以下、Sとする)の返り討ちを浴び、遊撃士三名が軽傷を負う。
X+6~30日:帝国各地にて遊撃士のみを標的とした小規模かつ巧妙な襲撃が発生。頻度・被害は極少で、法則性もなく互いの行動が消極的となる』
カイトが、疑問を呈した。
「この猟兵でもない女性Sって、誰でしょう?」
「……可能性があるとすれば、結社の執行者ってところか」
「え? それは何故?」
「遊撃士複数人を相手につかまらない実力自体が珍しいからな。それにカシウスの旦那が言っていた『この事件の結社との関係性』……不思議と、そんなことが考えられるのさ」
ジンは二枚目の紙を捲る。
『X+31日:武装集団――ジェスター猟兵団の襲撃と、ほぼ同時にSの襲撃を受ける。遊撃士の活躍により、Sの得物と思われる鋼線の一部を入手。
X+32~49日:小規模な襲撃が続く。
X+50日:臨時代表と帝国情報局諜報員が接触。
X+58日:臨時代表立案による作戦の実行日。遊撃士協会と帝国正規軍の共同作戦の末、カシウス・ブライト抹殺のために集結した敵集団を完全に包囲、その武装解除に成功した。
X+59日~:他の拠点に潜伏中であった残存勢力を各個撃破、ジェスター猟兵団は完全解体された』
カイトが唸る。
「これが、二カ月にもわたって続いた事件の経緯、ですか」
恐ろしく密度の濃い事件だ。帝国全土で繰り広げられた遊撃士と猟兵団の決戦。これは市民の怒りの矛先が遊撃士に向かっても仕方がないと、少年は思ってしまった。
「俺たちはこれから帝国各地を回って、これらの情報を遊撃士や……あまり歓迎されないだろうが市民や帝国軍、諸組織から集めていくことになる」
ジンの落ち着いた言葉に、アネラスが続いた。
「レイラさんたちからは色々聞けましたからね。バリアハートでの残りは帝国軍が詰める『オーロックス砦』とかになりそうですね」
「ああ。遊撃士としては本格的に頭と足を使う調査になりそうだが……カイト、行けそうか?」
「何とか、全力を尽くします。心配事も、あるけれど……」
カイトの沈黙に、先輩二人が頷いた。
「バリアハートでの事を教えてくれた後にレイラさんが言っていた『アレ』だね」
「……これについては、カシウスの旦那も予想していなかっただろうな。分かっていたなら他にもシェラザードやアガットを呼ぶか、あるいはカイトをメンバーから外していたはずだ」
どちらも、渋い顔をするのみ。
経験豊富なカシウスだからこそ、この人選にも何かしらの意味があると考えられる。けれどそれも心配してしまうほどの出来事を、三人は聞かされていたのだ。
『事件の後……ちょうどリベール王国クーデター事件のニュースが帝国に広まった時からだ。小規模ではあるが、猟兵団とも判断がつかないような集団に襲われたという報告がある。引き続き、遊撃士のみを狙ってね。……気を付けてくれよ』
ジェスター猟兵団は解体されたにもかかわらず、未だ遊撃士に向けられる不気味な殺気。カイトは心配する他に感想を述べられない。
「だからまあ、旅の合間にも訓練は欠かさないようにしようや。……カイト」
「はい?」
「クーデター事件での記憶が正しければ、確かお前さんは体術も使っていたよな?」
「は、はい……」
カイトは顔を上げた。
「これからも体術を使うつもりなら、泰斗流の基礎も少しだけ覚えてみるか?」
驚き、その後は嬉しさ。
「は、はい!」
その後は世間話にも花を咲かせ、翡翠の公都での昼食は穏やかに過ぎて行く。
二十分後。
「さて……準備はいいか?」
「はい!」
「ええ」
順々に口を開くジン、アネラス、カイト。三人は宿酒場の前で――肩は組まないが――円陣を組んでいた。
「帝国での調査の開始だ!」
こんな時に先導してくれるジンは、さすが先輩と言えるほど頼もしい。
歩きだすジンとアネラス。そこに、茶髪の少年も続いた。
「……行こう」
少年は小さく呟いた。思い出すのは、ここに来るまでの様々な出来事。
同じように帝国を恨んで、自分に斧を向けた老兵がいた。彼に言ったように、自分も答えを出すために帝国を歩く。
自分とは別の人を好きだと言った少女がいた。結局、数日前までは口もきけず目も合わせられなかった。だから気持ちを静めるために、今は調査のことを考える。
自分の故郷を許すことを信じていると言った漂泊の詩人がいた。彼との関係も、決着がついたとはいいがたい。怪盗紳士との戦いでは何だかんだで会話をしていても、自分の中ではどこかにしこりがあった。だから、彼が生きている帝国をこの足で踏んで、この眼で確かめていく。
調査のために。何よりも自分のために、帝国を歩く。それが例え自分の心を乱させるとしても、今はただひたすらに前を向くしかない。
初日。調査場所は翡翠の公都バリアハート、そしてオーロックス砦。夜には調査を切り上げ、次の街へ赴く算段だ。
カイトは、前を向いて一歩を歩きだした。
本格的な調査が始まります。
次回は、15話「憎き仇の前奏曲」です。
よろしくお願いします。