心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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15話 憎き仇の前奏曲②

「あのような幼稚な人間を兵として雇っているのは、我らアルバレア家の失態だな。彼自身が言ったように、もっともな反省として解雇させてもらおう。それで手討ちにしてもらえると、助かるのだが」

 世の中、人の上に立つ人間というものは多大な取捨選択をすることが多い。国の要人や会社の上司しかり。先導者の決定や制度の取り決め、下の者の扱いさえも決定権があるだろう。もちろんそこには少なからず葛藤があるのではないか。

 しかし、目の前の青年はまるで容赦がない。まるで今晩の夕食の献立を提案するかのような気軽さで人の業を決められては、さすがのジンも戸惑わずにはいられなかった。

「助けてくれたことは感謝する。しかし、さすがに解雇というのは重すぎるのでは?」

「いや。彼らは栄誉ある領邦軍……その矜持を守れないとあってはもはや価値も権利もなくしたと同然。アルバレアの名に置いて、然るべき処置と言えるだろう」

 目の前の青年――ルーファス・アルバレアは、年上のジンにもそう言い切って見せる。

「だからこそ、申し訳ないような顔をする必要はないということだ。もっとも……彼らはもう気にしていないようだがね」

「いや、これは無礼ですなぁ……」

 と社交的な会話を続けながら、大人二人は未成年二人組を見やる。

「これが導力車……」

「……なんだこれ……風景が飛んでく……」

 アネラスはただただ感動していて、カイトはただただ呆然と外の夜景を睨んでいた。

 時刻はもうすぐ七時という頃合いか。行く街道はオーロックス峡谷道。そして彼ら四人がいるのは、『導力車の中』である。

 導力車。山道が多いリベール王国では馴染みが薄いが、人の移動手段として帝国や共和国を中心に発展している。原理としては導力を力源として下部に取り付けられた四つの車輪を高速で回転させ移動する、というものだ。形状は『箱形』が一般的なのだが……自分たちが乗っているのは嫌に細長く、それがやたら高級そうな車の代名詞であることは、遊撃士三人にとっては考えたくない事であったりする。

 あの一悶着の後。三人はオーロックス砦からバリアハートに戻るというルーファスに誘われ、断れぬまま共に導力車に乗ったという成り行きである。

 そこへ来て、この驚きだ。アネラスは噂に聞く導力車に初めて乗り、カイトに至っては存在自体を先ほど知ったばかり。飛行船でもなく自動で動き回る乗り物。しかも地面すれすれから高速で変化する視界には、景色の捉えにくい夜とはいえ感嘆するしかなかった。

 ジンは導力車に乗ったことはあったが、四人が悠々と座ることができる豪華な内装は初めてだった。……繰り返すが、高級車であることは考えたくない三人である。

 そしてルーファスは、ともすれば失礼に当たる少年少女の行動などまるで気にせず「気に入っていただけたかな?」と言っていたが。

「ははは……さすがは、名のある貴族様ですな」

 四人ではない使用人の運転のおかげで順調にバリアハートへ向かう導力車。その距離の半分ほど走ったところで、車内からはこんな会話が聞こえてくる。

「すまないね。この帝国では、平民と貴族には確かな差がある。私も立場上、君たちと簡単に手を交えることは出来ないのだよ」

「構いません。こうして数々の情報を頂いただけで、十分なお礼を頂いたというものです」

 一悶着の後、ルーファス経由で領邦軍から三人が得たい情報を得ることができていた。機密事項故に領邦軍の被害や活動範囲などは断られたが、クロイツェン州という(くく)りにおけるジェスター猟兵団の動きは把握することができたのだ。

 オーロックス砦で兵隊長が口にしていた、ケルディックとルナリア自然公園。関係していたのは特に後者、そしてそれを擁するヴェスティア大森林という自然遺産らしい。帝国東部における猟兵団の潜伏地となっており、少なくない土地を荒らされた、のだという。

 願ってもない情報を得た。バリアハートでの三人の使命は、終わったのかもしれなかった。

「いくら私が公爵家の人間だと言っても、そうかしこまることはないだろう。軍人に遊撃士。人を守る誇りある職種であることには変わりはない。帝国人でも王国人でも……そして共和国人でもね」

 今まで景色を眺めていた二人が。なにより共和国人であるジンが、その雰囲気に緊張を帯びさせた。

「ほう、御存じでしたか」

 やや棘のありそうな相槌。しかしルーファスは、変わらず余裕のある微笑みを浮かべている。どうやらむやみに場を荒そうというわけではないらしい。

「なに、バリアハート空港から珍しく共和国人入国の一報が入ってね。この時期に面白い客人が帝国を訪れてくれたものだと、興味が沸いただけなのだよ」

 別段罪を犯そうとしているわけではないが、入国などそういった情報を把握しているとは。大貴族というのはそこまでの情報を把握できるものなのか。

「警戒しているようだが、安心してくれたまえ。帝国臣民を守る遊撃士に、愚かな鉄槌を下そうなどは思わない」

「隊長さんとは、随分見方が違うようですね?」

 導力車内で初めて、アネラスがルーファスに問う。

「あれは自らの欲しか見えていない。先導者というものは、旧きを掲げそしてその責任を果たすべき者だ」

「……?」

 アネラスの疑問符と同時、周囲が緑と碧の導力灯で明るくなる。バリアハート市内へ戻ってきたのだ。

「フフ……。再び会えるかは女神のみぞ知るところ。しかしだからこそ、可憐なお嬢さんや未来ある少年には、帝国での日々を実りあるものにしていただきたいと思っていてね」

 導力車が止まる。ルーファスに促されるまま外へ出た。微かな寒気が三人を襲う。

 目の前を見れば、大きな看板があった。国際空港と同様の字面だが、そこにはこう書かれている。

『クロイツェン本線 バリアハート駅』

「さあ、残念だがここでお別れだ。君たちに、女神の加護があらんことを」

 働き者の使用人から荷物を受けとる。旅の無事を願ってくれた声の主はルーファスで、導力車の中からだ。景色を眺めていた窓が開いて、優雅に座ったまま顔を覗かせていた。

「数々の無礼、すまなかった。そして感謝する。ルーファス殿」

「ありがとうございました!」

「勉強になりました」

 三者三様の言葉。使用人が運転席に座ると、導力車は再び駆動音を響かせる。

「……では」

 一言を最後に、ルーファスの顔は窓の向こうに曇っていった。導力車は、そのまま進んでみるみる小さくなっていく。

 と、そこで膝が折れる影が二つ。

「ふぇー……さすがに緊張しましたぁ」

「オレも、喉カラカラ……」

「お前さんたちは景色を見てただけだろう。とはいえ、今回ばかりは俺も疲れたがな」

 呆れながら、ジンは腕で汗を拭った。下手に魔獣と戦うより何倍も疲労した数十分だった。

 大貴族の嫡男、ルーファス・アルバレア。人を想い、そして切り捨てることができる。三人に好意的ではあったが、油断しきれない何かがあった。

「何はともあれ、無事オーロックス砦を抜けたな。一時はどうなることと思ったが」

「それに後で整理するとして、大部沢山の情報を貰えました。これ以上ないくらいの」

「ああ、そうだな」

 今は見えないが、ジンの荷物の中にはバリアハートでの沢山の戦果がある。調査の場を次へ移す頃合いだった。

 ようやく気を引き締め直したカイトが言う。

「それじゃあ、次の調査は別の街ですか……街道を歩くにしても飛行船を使うにしても、明日に備えて早く宿を探しましょう」

「いや、時間が惜しい。今すぐバリアハートを出るとしよう。宿は、そこで探せばいいだろう」

 そんなジンの切り返しに、少年は呆気にとられた。疲れや落ち込みで淡白な言葉遣いになっていたが、すぐに思考回路が未熟な少年のそれに戻る。

「へ? だ、だってジンさん、それだと夜通し歩くことになりますよ!?」

 なんだ、この武術家は。尊敬できる先輩だが、さすがにアガットのような無茶ぶりはよしてほしい。

 しかしそう思ったところで、事情を知る二人が笑う。

「なんだぁ。導力車もそうだけど鉄道も知らないんだね、カイト君」

「これは驚くぞ、カイト」

「え?」

 先輩二人が指差す先には、導力車を降りてすぐに目にしたバリアハート駅の文字。

 十分後。街並み、砦、導力車に引き続き、四度目の驚きに少年は度肝を抜かれることになる。

 

 

――――

 

 

 小さくなっていく少年と少女が、疲労のせいか膝に手をつけた。そんな様子を導力車内の鏡――バックミラー越しに眺めていた青年は、今も直、意味ありげな微笑を浮かべている。

「行く先は、どちらに致しましょうか」

「問題ない。屋敷へ戻せ、アルノー」

「仰せのままに……」

 遊撃士の三人組。一人は未熟も未熟な少年。一人は彼の剣術を垣間見せる少女。そして、因縁がある共和国の武術家。

 帝国の空気に似合わない、不可思議な三人組だった。遊撃士というものは今、帝国では多くの人と勢力にとって邪魔でしかない存在だ。別段大した動きもない現在の帝国だが、それはそれで面白い。

「王国から来た……なるほど、例の皇子の差し金、というわけかな?」

 国同士では対立する帝国と共和国だが、リベール主導の不戦条約の執行が近い今、むやみやたらに事を荒立てる必要はない。少なくともそれが理解できる人間には、悪いようにはされないだろう。特に条約が結ばれた暁にはリベール産最新エンジンのサンプルが贈呈されるというし、技術の結晶を欲しがる技術職や政府の人間は、表向き何もすることはない。

 武術家は武術家で、弁えることができる性格をしていた。少年少女は発展途上であっても遊撃士……あの三人の入国によって国家間のいざこざが起きる、などという珍事はあるまい。

「だとすれば、気にかかるのは例の件か……」

 導力車が翡翠の街並みを走り、やがては緩やかな坂を上りきって、大きな屋敷の門をくぐった。

「ご到着です。お疲れ様でした、ルーファス様」

「よい」

 今日は気分がいい。何せ、興味を感じていた三人組が自分の元に現れたのだから。ここ数日は、暇をもて余すこともなさそうだ。

 気分がいいから、青年は自らドアを開け導力車を出て、足早に庭園の奥のアルバレア城館へと向かった。

 夜の厳かな空気を醸し出す本館の中。そこには警備兵や侍女が忙しく動いていて、青年の姿を見た者は一様に深々と頭を下げてくる。

 そんな中、正面から青年と同じように足早に近づいてくる人物が一人。

「兄上! お戻りでしたか」

「ユーシスか」

 適度な金髪を調えた、やや目付きの鋭い少年。多くの女子を魅了しそうな端整な顔立ちが、今は嬉しさを醸し出している。

「今日はオーロックス砦に向かわれたと聞きましたが」

「ああ。誇りある領邦軍の姿がどのようなものか、今一度この眼で確かめにな。残念ながら不届き者がいたが、代わりに愉快な客人とすれ違った」

 優雅に笑み、青年は少年に語る。

「それは……兄上と話されるなら、さぞ知性に溢れた方なのでしょう。その様な貴族はあまり聞きませぬが……」

「いや、その者たちは貴族ではない」

 その言葉に、少年――ユーシスは目を見開く。慕う兄がどこの誰かも分からぬ輩と口を聞くなど、考えにくいことだからだ。そもそも領邦軍の詰所に赴く人間自体が限られているのに。

「フッ、詮索も結構。しかし其方の今の本分は勉学であろう。目指すは彼の大帝縁の学院……入学は一年以上先ではあるが、生半可な覚悟で入れるものでもないはずだ」

「仰る通りです。……夕食の後、また励もうと考えております」

 ルーファスが続けて、僅かに茶化すような言葉を入れる。

「そうといえば風の噂で聞いたが……ユーシス、其方例の縁談は続いているのか?」

「御冗談を……あれは父上の出来心でございましょう。まだ若輩者の私より、社交界に名を馳せる兄上に似合いの縁談だと思いますが」

「そう言うな。爵位は低くとも話して気持ちのいい子女であった。歳も近い其方に似合いであろう」

 少年は困り顔になった。それは兄のからかいに対するものだった。

「結構。今宵は私も共に凄そう。それで多少は、晩餐の時間も和やかになるだろう。彼女の話も、ゆっくりと聞かせてもらおうか」

「ありがとうございます……兄上」

 兄上と呼ぶ弟と別れ、青年は一度自室に戻る。

 そしてまた、僅かな間だけ物思いにふけるのだ。

「……劇的なものではない。しかし一筋縄ではいかないだろう。彼らに向けられる敵意というものは」

 少年少女が憧れる正義の味方、遊撃士。それが邪魔者となるのが、現在の帝国。

 迫り来る敵意に対して、三人の踏む足跡がどんな軌跡を型作るのか。第三者たる彼らは、一体何をしてくれるのだろうか。

「……今はただ、傍観させて頂こう」

 願わくば、三人という『駒』が活躍してくれることを信じて。

 

 

――――

 

 

「どうだカイト。初めての鉄道の感想は? 明日も使うだろうから、その時は朝焼けの景色を眺めることができるはずだぞ」

 導力車を降りて十分後。今度は導力列車の中にいる三人だ。

「……ナ、ナンデスカコレ」

「カイト君、声が上擦ってるよ」

 飛行船、導力車、鉄道。世を代表する移動導力機に立て続けに乗った一日。さすがに最後は、どう反応すればいいかも分からなかった。

 鉄道も導力車と同じく移動する乗り物であるが、いくつかの違いがある。まず車両が複数あること。そのため多くの人間を乗せることができること。そしてただ地を動くのではなく、敷かれたレールに沿って前後に動くことだ。

 それが一定の規定に沿って計画的に動くことで、様々な場所に滞りなく列車が向かうようになっているのだ。

 列車内の三人席が向かい合い六人まで座ることができる一つの区画。そこに贅沢に三人で占拠して――人が少ない時間帯ではあるが――、夜の帝国を走る列車に身を任せていた。

 景色の流れは、導力車よりやや遅い程度か。しかし峡谷道と違い開けた場所を走っているせいか、暗闇という怖いくらいの静寂が少年の心を騒ぎ立てる。

「次の駅はケルディックだ。偶然にもバリアハートで何度か聞かされた場所……そこで宿を見つけて一泊する」

「どうせなら、明日の朝にルナリア自然公園も行きますか?」

 ルナリア自然公園とそれを擁するヴェスティア大森林は、猟兵団の拠点になった場所でもある。だからこそのアネラスの問いかけではあるのだが、ジンは頭を横に振った。

「大森林や自然公園を捜査するのは非効率だ。数ヶ月がたった今、跡はないだろうし人もいない。ケルディックの人に簡単に話を聞いてから、早めに次の街へ行ってしまおう」

 話を聞くに、ケルディックの規模はそれほど大きくもない。すぐさま終わるだろうというのが、ジンの見解だった。

「どうだ、カイト。帝国での初日は、疲れたか?」

「そりゃ、まあ……」

 心なしか、帝国の二文字を強調されたように聞こえた。ジンはカイトの帝国に対する心境をよく理解している。だから何かしらの含みがある言葉なのだろうが、少年は深く考えずに突っぱねる程度の返答しかできない。

「疲れましたけど、まだまだですよこの程度」

「はは、期待してるぜ。俺たちは、あの旦那に指名されたんだからな」

 不意に三人の体に力が加わる。列車の速度が遅くなったことによるエネルギーが原因だ。目的の駅への到着も近い。

「さて、宿は宿でも、宿酒場なら文句なしだな。まだ七時過ぎ……帝国名産の酒蔵も覗いてみたいもんだ」

 その言葉にカイトとアネラスが笑う。頼れる兄貴分だが、大の酒と女好きでもあったのだ、この先輩は。

 列車が止まり、ケルディックについた。三人は夜の帳が降りた町並みを見る。時間帯故に外を歩く人は少なく、所々に点在する酒場と宿酒場から男どもの叫びや陽気な音楽が聞こえていた。

 数十分程度の時間差しかないにも関わらず、バリアハートに比べて導力灯の照らす灯りがだいぶ少ない。発展した街というより、やや牧歌的な町という印象が強い。石造りではなく土の地面、という点でもそれはよく現れている。

 三人は幾つかの宿泊施設を回り、最終的に一つ場所へと落ち着いた。その風見亭で一先ず荷物を部屋に置き、多少の賃金を懐に入れて一階にある酒場で夕食をとることにした。

「――ゴクッゴクッ」

 夕食として三人仲良くふわとろオムレツを頼む。しかし当然の如くジンはもう一つ、ケルディックの特産物であるライ麦を使ったビールを注文。

 大量の水分を嚥下しては、大きな音が鳴るのも当然だ。

「――~プハァー、この一杯のために生きてるなぁー!!」

 そして、昼間の頼もしさはどこへやらな一言。カイトとアネラスは苦笑した。

 ジンは緊張の鎖から開放されたように、今宵は若い男として酒場の親父たちと飲み比べている。そんな様子を、酒を飲めずまた好まない二人は、苦笑いを浮かべながら暖かな卵の甘みに舌鼓みを打った。

 夕食を終え、時刻は九時前。床につくまで多少時間があるため、カイトとアネラスは外に出て酒場前の階段に座っていた。

「さすがジンさん。先輩に負けず劣らずな酒好きだね」

「先輩って……シェラさんですか?」

「うん。準遊撃士の頃、まだエステルちゃんたちが遊撃士じゃなかった頃にね」

「うへぇ、当時から酒好きだったのあの人……」

「というより、子供の頃からだと思うよ? 元々先輩はハーヴェイ一座っていう旅芸人一座にいたからね。やっぱり昔から嗜んでたんじゃないかな?」

 語るのは、落ち所もない世間話。カイトもアネラスも、初めての帝国で疲れていることに変わりはない。

「少なくともあと数日は、今日みたいな忙しさが続くことになるね」

「そうですね、ちょっと骨が折れそうです」

「そうだね。だからどうかな?」

「え?」

「没頭してる間は忘れられるかな? お姫様のことは」

 がくん、と少年の首が前に倒れる。

「……それを言って思い出させるのは、ちょっとずるいです」

「あはは……ごめんね」

 思い出すと、今でも心が重くなる。カイトがクローゼのヨシュアに対する恋情を聞いてから、もう二週間近くが経過している。

「……今でもまだ、分からないですよ。どうすればいいかなんて」

「そっか……」

「でも一つだけ。落ち着いたから考えついたこともあります」

 アネラスが、興味深げな目を少年に向ける。

「謝りたいんです、姉さんに」

 これから先、好きなままなのか嫌いになっていくのか。不器用にも落ち着けるのか、落ち着けないのか。それこそ帝国へ抱く感情と同じように、今はただ必死で考えることしかできない。

 それでも、まだ自分はクローゼを好きでいる。それが少年のたった一つの確かな想いだった。

 だから謝りたい。自分のせいで不必要な痛みを姉が味わっているとしたら、そんなものを取り除いてやりたかった。

「……そっか、そうだね。男の子は、ちゃんとはっきりさせたいね」

 カイトの心の未熟さ。ジンが帝国への憎悪を知っているとすれば、アネラスはクローゼとのすれ違いを知っている。

 さすがにそこまでカシウスが狙っていたとも考えにくいが、結果的にカイトに対して最大限のバックアップとなっている。

「ありがとうございます、アネラスさん。時々でよかったら、また愚痴に付き合ってください」

「ふふ、もちろんだよ!」

 少しだけ、少年は笑えた。一つだけではあってもこれからどうするかを決めたから。

 帝国での初日の夜は、こうして静かに更けていく。

 

 

 

 






ちゃっかりユーシス君登場。とはいえ、カイトに会ってはいないのですが。
調査の序盤は、比較的単調な展開が続きます。それでも精神をすり減らすカイトには、何とか頑張ってもらいましょう。

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