心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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16話 軌跡の種子①

 次の目的地は、黒銀の綱都ルーレ。喫茶店キルシェで早めの昼食を取った三人は、やや慌ただしく帝都方面の列車に乗った。

 質屋兼情報屋のミヒュトは、ルーレまで六時間はかかると言っていた。単純計算で到着予定時刻は六時に迫る。初冬では十分に日が落ちる時間で、やはり早めに宿を取りたいと三人の意志が合致した。

 そんなわけで、大陸横断鉄道の最後の区間、トリスタ―ヘイムダル間の景色を三人は眺めていた。帝都で路線をノルティア本線に乗り換えて、後は五時間は拘束される列車内で収集した情報の整理や方針の決定、休憩など思い思いに過ごそうとしていた。

 それが、今の状況はなんだ。休憩など、一リジュほどもできそうになかった。

『乗客の皆様。どうか慌てずに、乗務員の指示に従って車外への避難をお願いします!』

 場所は帝都ヘイムダル近郊。ルーレへ向かうはずだった列車は。発車後わずか四分で停止を余儀なくされた。

「参ったもんだ。まさか加速したとたんに急停車するとはな」

 ジンは嘆息した。相槌だけのカイトとアネラスも同様の心境で、赤々とした火に包まれて燃える先頭車両と、自分たちと同じく車外に避難して困惑している乗客たちを眺めている。

『繰り返します! 慌てず騒がず乗務員の指示に従って安全な場所に避難してください! 現在、鉄道憲兵隊の救援を――』

 カイトたち乗客が立っているのは、帝都の紅い外観が見渡せる小規模な草原だった。鉄路周辺に山や森林など遮蔽物はなく、南の方向に栄える帝国最大都市以外はあらゆる方角を数十セルジュの距離を見渡すことができる。民家もあるが非常に疎らで、乗客はこの場に留まる以外の選択肢はなかった。

「原因は先頭車両からの火災みたいですけど……どう考えても不自然ですよね」

「そうだな」

 カイトたちは後部車両にいたため今一つ状況を把握しきれていない。幸いにも重傷を負った者はいないようだが、突然の火災は誰の目から見ても明らかにおかしかった。

「二人とも。これが人為的に発生した事件なら、一刻も早く手がかりを探るべきだ。後で軍人が来たときに煙たがられるだろうが、俺たちの役目はリベールと何ら変わらない」

「はい!」

「調査、ですね」

 カイトが静かに、それでも強く言った。孤児院放火事件の当事者として、火災騒ぎを見ているだけは出来なかった。

 三人は乗客の集団から離れ、一セルジュほど離れた先頭車両近くで慌ただしく動く乗務員へ近づいた。

 乗務員は三人しかいない。船倉で常々整備を行う飛行船とは違い、やたらと簡略化された人員配置だ。

 乗務員たちは、すぐに三人に気付いた。申し訳ないような、しかし本人たちも困惑した表情で話しかけてくる。

「……失礼ですが、救援要請を出していますので他の方とご一緒に待機していただけますでしょうか」

 当然の反応だった。リベールでも飛行船で似たような事態になれば、乗客の避難を優先する。あるいは文句を垂れるものもいるかもしれないから、彼らの苦労も大きいだろう。

「この火災被害、爆発音もなかったな。とはいえ先頭車両が整備不良というのはないと思うが……一つ聞きたい。列車の整備はどこでやっているんだい?」

「は、はい?」

 当然、ぽっと出てきた一般人にそれを言われても疑問符が浮かぶだけだろう。三人は、立場を証明する紋章を示した。

「自己紹介が遅れたな。俺たちは遊撃士なんだ」

「遊撃士、ですか!?」

 乗務員たちは驚いていた。さらに驚きだけでなく嫌なものを見るような表情をしたのも、わずかながら見受けられた。

 ジンはその表情を認識しつつも流して、続きを促す。

「こういう現場は、迅速な調査がものを言う。軍人が来るまでの間、調査をさせてはくれないか?」

「ま、まあ構わないですが……」

 一部気になる反応はあるが、表面上納得はしてくれた。帝国軍の応援が来るまでは、これで全力の調査を行える。

「感謝するぜ。それじゃあ行くぞ、二人とも」

 遊撃士三人は、火の勢いが弱まり始めた先頭車両へ向かった。

 そして所見を探っていく。そもそも線路に異常があれば列車は脱線していたかもしれない。急停止はあくまで火災という異常によるもので、原因は車両内にある可能性が高かった。

 五分後。

「カイト。この状況をどう見る?」

「はい。見たところ、周辺の線路にも異常はないですし、車両も進行してる火で熱せられた場所以外、それほど傷も見られません。少し危険ですけど、車内に入らなきゃ真相は分からないと思います」

 言って、車両の後部扉へ近づいた。それ程大きくない火災だからか、勢いは収まり始めている感がある。しかし戦術オーブメントを介さない自然火は熱量も厄介で、扉の鉄に触れば火傷は免れない。多少であれは高位の回復アーツで治せるが、進んで負傷をしたいとも思わなかった。

 アネラスが言う。

「こうも危ないと、一度水アーツで消火した方がいいね」

「そうですね。アクアブリードなら威力を落とせば、車両内が壊れることも無さそうですし」

 カイトもそれに同調した。が、ジンはそれに難色を示す。

「いや……俺が調査だと言っといて悪いが、車内に入るのは止しておこう」

 まるで掌を返すような言い草だが、カイトアネラスは何も言い返せなかった。それは、ジンの目付きが頼れる先輩から、昨日領邦軍に囲まれた時のものに変わったからだ。

「どうしたんですか? ジンさん」

「帝国に入ってから何度も意識してきた、リベールとの違い。厄介な事だが、ここでも邪魔をしてくるようだ」

 ジンが何かを見据えているのに気付いた。アネラスが次に、それより少し遅れてカイトがそれを見つけた。

 軍人がいた。その隊は三十人もいないが、統制のとれた動きは緊張感を与えてくる。適切な人数に別れて、乗客を誘導する者や後部車両の様子を確認する者、乗務員三人に聴取を取っている者など四つの班に別れているようだ。

 そして、四つ目。最後の一班は、遊撃士三人に近づいてきた。

「ここから先は、我々鉄道憲兵隊が引き受けます。申し訳ありませんが、民間人の方々は避難を優先していただけますか」

 五人の内、先頭に立つ唯一の妙齢の女性。他の隊員と同じく灰色の制服を身につけているが、絵に描いた氷のような水色の長髪は、逆に栄える薄紅の瞳とともに涼やかな印象を感じさせる。整った顔立ちは、多くの男子を見惚れさせるだろう。

 だが、まだうら若き乙女と呼んでもおかしくない年頃のその女性は、涼やかでなく冷酷な目線を三人に向けていた。

「遊撃士の方々ですね。私はクレア・リーヴェルト。帝国正規軍中尉、そして鉄道憲兵隊副隊長の任を預かっている者です」

 鉄道憲兵隊。帝国軍の中でも、導力鉄道の事故と事件、及び鉄道が敷かれる地域での大事に精通した治安維持組織。彼らがやって来てから、遊撃士三人の緊迫感は容易に臨海点に近づいた。

 簡易ではあるが話し合いの場を設けるため、乗務員の人々と合流する。草原の中、線路の脇という絞まらない場所ではあるが、簡単な自己紹介と情報整理が行われた。

「――なるほど。貴方たちが調べた際には線路にも車体にも異常は見られなかった、ということですね。情報提供、感謝します」

「いや……役に立てたのなら何よりだ、クレア中尉」

 鉄道憲兵隊の隊員たちが列車を調べる様子と、乗客たちが近くに降りた飛行船に乗っている様子を傍目に、一人の隊員を横に連れたクレア中尉と乗務員そして遊撃士の話し合いは続く。

「……それでは、事故の確かな原因は車内の跡を見て判断すると言ったところでしょうか」

 アネラスが問うた。

「ええ。現在帝都ヘイムダルの交通局にも隊員を派遣し、整備不良があるかどうかを調べています。外部に異常がなければ、考えられるのは列車内ということですからね」

 一度区切り、クレア中尉は尚も冷たい眼差しを向けている。

「ご協力、感謝します。それでは、移動の方をお願いできますか?」

「それは飛行船に乗って、ということかな。ならばその前に、事件の見解を教えてはくれないだろうか」

 ジンが言った。軍人が出てきた以上、遊撃士はあまり調子に乗ることは出来ない。それはアネラスもカイトも、重々承知していることだ。

「先程も言いましたが、民間人である貴方たちには避難をお願いします」

 さすがにここまで冷たく切り返されるのは予想外だったが。

「それは、どうしてですかっ?」

 自己紹介以降殆ど黙っていたカイトが聞いてくる。

「正直に申し上げると、貴方たち遊撃士の存在は捜査に支障をきたすから、ですが」

 そもそもの話、遊撃士は民間組織。軍隊は国が保有する治安維持組織だ。これはリベールでもあったことだが、元々両者はいがみ合う事が多い。そうなれば軍隊側の人間の士気が削がれるというのは、気に入らないものの渋々承知している。

 加えて現在の帝国では、遊撃士の存在は邪険にされることが多い。バリアハート市民を始め、領邦軍、鉄道の乗務員、そして鉄道憲兵隊。一部例外はあるものの、多くの人々はカイトたち三人を避けてきたのだ。

「乗客の方々が良い例です。下手に刺激してしまえば、大切な情報を聞き逃すことにも繋がる。それは当然ながら、あってはならないことです」

「っ……」

 ここで、乗務員の一人が口を開いた。少し緊張した、それでもこの際言わせてもらうと言った印象だ。

「そもそも、この件はアンタ方遊撃士が原因なんじゃないか? 忘れたとは言わせないぞ、三ヶ月前の事件のこと」

 ジェスター猟兵団が逮捕されたとはいえ、この世に存在する猟兵団はまだ多い。遊撃士であるカイトたちがいたから、この列車が狙われた。それが彼の意見だった。

 三人は口を挟めなかった。当事者でないとはいえ、彼らにとっては同じ存在であることに変わりはないのだ。仮に首謀者がいたとして、これほど正確に狙い打ちされるとは思えないが、乗務員たち――三ヶ月前の事件に恐怖を抱いているものにとっては考えて然るべきものらしい。

「あの事件のせいで、鉄道会社にも少なからずの被害が出た。正直、俺たちはもう辟易してるんだよ」

 今朝、トリスタへ着いたときのジンの発言が思い出される。今まで経験したことがない状況での、遊撃士としての活動。それが正に今だ。

 カイトが緊迫した表情で言う。

「でも、オレたちは現場に出くわしました。遊撃士として、この状況を放ってはおけない――」

「遊撃士協会は、あくまでも民間団体。守るべき場所と、踏み込んではならない領域もあるかと」

 静かにクレア中尉が遮った。

「カイト・レグメントと言いましたね。リベールでどのような立場にいるかはわかりませんが、ここはエレボニア帝国です。そのことを意識していただけると、私どもとしても助かるのですが」

 もちろん言葉のあやですが。そう一言置いてから、続けた。

「……場合によっては、公務執行妨害として拘束する。そのような措置もとらなくてはなりません」

 形や言い回しはどうあれ、三人を邪魔者としめ扱う態度は変わらない。

 そんな物言いには、A級遊撃士のジンも思うところがあったらしい。

「俺たちは、どこの法にも触れていない。さすがに犯罪者扱いされるのは気に入らないな。何ならレマン自治州の総本山、引いては共和国の支部本部に連絡しても構わないが……?」

 もちろん、これも言葉のあやだけどな、とジンは笑った。やられっぱなしではないぞ。そんな心境が感じ取れた言葉だった。

 クレア中尉が驚いた顔をする。

「ふふっ。少々、失礼が過ぎましたね」

 そして笑った。

「例え一般人レベルと言えど、不戦条約間近で共和国と波を荒立てたくないのは私もです。時期に助けられた……そのことをゆめゆめ忘れないように、ジン・ヴァセック殿」

「ああ、もちろんさ」

「私たちも、国内の危険分子には策を巡らせています。怪しい部分もあるものですが、ある程度犯人の可能性は割り当てています。

 ……現在の我々の見解です。これで、納得していただけますか?」

 それが彼女なりの譲歩らしい。気をよくしたのか面倒な遊撃士たちに業を煮やしたのか。どういう心境なのかは分からないが、領邦軍の時よりは平和的な――言葉の応酬はあったが――対応だった。

 

 

――――

 

 

 クレア中尉と別れ、今度こそ大人しく飛行船へと乗り込んだ。

 飛行船の中の席は、中心を通路として左右に三席ずつ配置されている。当然三人は横に並んで座り込んだ。

「疲れた……」

 通路側の席になだれ込むように座ったカイトは、そんなことを言う。

 しかし疲労は仕方ない。まだカイトは準遊撃士だ。これだけ軍属の人間と関わるのも、数ヶ月のエステルと同じく珍しい経験なのだ。

「あはは、私も疲れたよ。今日はもう、休みたいね……」

 飛行船では鉄道よりもやや時間がかかるらしい。一度停止したことも重なって、ルーレへ到着するのは更に遅くなりそうだった。

 そして鉄道は、暫くルーレ行きの列車が止まることとなるらしい。帝国へ向かうためにボース国際空港に着いた時、ロレント地方で濃霧が発生し飛行船の運行が止まったとの情報が入った。

 その時も、リベールの交通網は麻痺し混乱が起こったものだ。遅れてボースへと向かっていたエステル一行はロレントで立ち往生したのも記憶に残っている。

 さらに、交通麻痺が大規模な帝国で発生したのなら、その影響は更に多くの人へ波及するだろう。重症を負った者はいなくても、大きな事件と言えるのだ。カイトたちが疲労困憊になるのも無理はない。

 それ故か、最初に予定していた情報整理をしようとは三人ともしなかった。ジンも、違う話題を挙げている。

「帝国正規軍の、鉄道憲兵隊か。なんとも不思議な組織があったもんだ」

「不思議な……? どういうことですか?」

「確か、『その捜査権は鉄道が敷かれる地域にある』だったな。だが、帝国正規軍や領邦軍がいるんだろう。何故わざわざ遊撃士のように、捜査権のない場所で捜査をできるようにするような、そんなややこしい文面を作ったんだ?」

 考え込む武術家。普段の彼なら「クレア中尉が美人だった」などと言いそうだが、やけに真面目顔で思案していたのが気になった。

 と、そこへ。

「よーう、お三方。ちょいと前を失礼するぜ」

 突然声をかけられた。その彼は、軽い口調とともに空席だったカイトたちの前列三席に座り込んだ。

 瞬時に膝立ちで後ろ向きとなり、背もたれに両腕を回した。その俗っぽい姿勢は彼の顔を、後ろに座るカイトに近づけることになる。

「えっ? は、はい」

 それに驚いて、カイトは思わず仰け反る。アネラスとジンも、突然の来訪者に目を瞬かせた。

 スリムな灰色のジーンズ。毛皮のついたフード付きコートをだらしなく身につけ、その中には濃紺のシャツが見える。

「オレもルーレに行くんだ。お互い、面倒な事に巻き込まれちまったモンだな」

 しかしそれらはアネラスとジンの目に入った特徴だ。カイトの視界に広がったのは、あのロランス少尉にも似た銀髪と赤い瞳、額に巻かれた黒いバンダナだった。

「あの、君は?」

 問うアネラスに、青年――になる境の歳だろうか――は格好つけたような笑みとウインクをして返す。

「お、アンタは中々カワイイ顔してんねぇ。どうだい、ルーレに着いたらオレとバーで飲み明かさないか?」

 一転、アネラスが汚い物を見るような目に変化した。辛うじてレイヴンに口説かれたエステルと似たような反応だが、距離が近いからか更にげんなりとした顔が出ていた。

「……遠慮しておくね」

「オイオイ、女子と言えど引っ込み思案は損だぜ。ここはなぁ」

 すかさずカイトが突っ込んだ。

「あの、それ以上言うと変態になりますよ。オレが知る一番の変態並みに」

「マジかよ……そりゃあ、止めておくか」

 小さな騎士様がいることだしな、と青年はまた笑って……と言うよりにやけていた。

 そこから、青年は話題を広げていく。その口の忙しさたるや、例えに挙げたオリビエに迫る勢いだ。その方向性は微妙に違うものの、人を混乱させるという意味では似通っていた。

 事実、三人は青年の話に自然と耳を傾け始めていた。

 そして、こんな事を言った。

「アンタら、先頭車両の近くで憲兵隊と話してただろ? 実を言うと、それが気になってな」

 遊撃士三人が、やや疲れぎみに顔を見合わせた。

 疲れる原因となった出来事だから、思い出したくないというのが正直な感想だ。

「それにアンタら……遊撃士だよな」

 加えて、こんなことを言われては。

 先程まで遊撃士であるが故に心労に晒されることになったのだから。

「ほぉ。お前さん、どうして分かったんだ? 確かに行動には突っ込みどころがあったかもしれんが、乗務員に文句を言いに行っただけかもしれないだろう」

「ククッ……数ヶ月前には遊撃士が活躍してたろ? それに知り合いにも似たような空気の奴はいるし、もしかしたらなって思ったんだよ」

 ミヒュトに引き続き、中々の推理である。

 加えて三人にはあずかり知らぬことだが、この推理も初めてエステルと出会ったオリビエと同様の思考だった。

 三人が抱いた青年に対する印象は、当たらずとも遠からずと言ったところなのだ。

「憲兵隊にも臆せずに話の席を作る、子供たち憧れの遊撃士。中々様になってたと思うぜ」

「は、はぁ……」

「それで、あそこではどんなことを話してたんだ?」

「え? あそこでした話は……」

 カイトが思案した。青年が聞いていること、それは今回の火災騒ぎに他ならない。遊撃士と軍人の対立という構図はあったものの、基本的に巻き込まれた人間はこの件が事件か事故か、その場に焦点が向かうはずだ。しかし騒ぎが起きてから間もなく、少年たちが聞いたのはあくまで見解に過ぎない。だからそれだけ聞いても意味がない――と言おうとしたところで驚いた。

「――とと、危ない! 一応軍から貰った情報だから、関係のない人に話しちゃいけないんですよ!」

「ハハッ、そう簡単に聞かせちゃくれねぇか」

 青年はこちらが少々ムカつくような、そんな清々しい笑みを浮かべていた。

 そこで一つ、気になることができる。

「あの」

「ん? ナンだよ?」

「……遊撃士のことは嫌にならないんですか? 民間の人には結構な迷惑をかけたのに」

 迷惑どころの話ではない。帝都では命を落とした人もいる。正直憎んでもおかしくないのに。それなのに目の前の軽そうな性格をしている青年は、全く意に介せずに自分たち三人の前へ現れたのだ。

「別に気にはしないぜ? 確かに遊撃士は原因ではあっただろうが、悪ではないだろうからな」

 返答が返ってきた。

 そんな風に思っている人もいるのかと、カイトは思う。帝国に来てから、どちらかと言えば敵視されたり邪険にされることが多かったのにだ。

(そう言えば、当時帝国にいなかったとは言え、オリビエさんは帝国の人なのに全く遊撃士に怒りを示さないよな……)

 遊撃士の在り方に、理解を示してくれる帝国人もいる。当たり前であっても、それを理解をしてくれる人がいるのは、少年にとって嬉しいことだった。

「……さて」

 十分程度の談笑の後。不意に、青年が席を立つ。

「中々遊撃士にはお目にかかれないから、いい話を聞けたよ。お三方、感謝するぜ」

「は、はぁ……」

「取り敢えず、節操なく女の子を口説いちゃダメだよ?」

「ククッ、善処しとくさ。……それじゃあな」

 青年は、結局名も明かさずに飛行船の奥へと消えていった。

「……なんだったんでしょう?」

「さあ……」

 カイトは毒気を抜かれ、アネラスは白昼堂々口説かれた。結局、青年の意図は分からず終いだ。

「……本当に俺たちが気になってちょっかいをかけに来ただけなのかもな」

 ジンが言う。

「まあ同じルーレに行くんだし、また見つけたら声をかけておこうや」

 青年の話題はそこで途切れた。趣向の異なる世間話に花を咲かせ、時間が過ぎるのをひたすらに待つ。

 カイトは暇を持て余して屋外のブリッジまでやって、ある意味珍しい飛行船からの日の入りを眺めた。また船内をある程度散策したのだが、タイミングが悪かったのか銀髪の青年を発見することはできなかった。

 そして、完全に日が落ちた頃。

『皆さま、本日は誠にお疲れさまでした。大変遅れて終いましたが、ルーレへ到着します。着船の際は、一度席にお着きになりますよう、ご協力をお願いします』

 ナレーションが聞こえてきたから、一度カイトは船内に戻ろうとする。

 そこで見た。

「――すごい……!」

 眼下に広がるのは、今まで見てきたどんな都市よりも導力の灯りが広がっている光景だ。鋼都、その名に恥じない黒々とした金属が光を反射して、より一層輝いて見える。

 また、やたらと高い建物があった。その最高階層にも灯りはついていて、何だこの街はと思ってしまう。

「トリスタから七時間は経ってるか。ようやく来たな、鋼都ルーレ……!」

 

 

――――

 

 

 例えば昔ながらの牧歌的な雰囲気を、色彩を用いて表現するなら、空や海の青、森や自然の緑と言えるだろう。

 対して、近代的な事柄を表す時、王都グランセルのような白亜の街並みや人の業が生み出した近代的な街並み、そして導力革命の代表ともいえる重工業の印象が強いのではないか。

 だからこそ、黒と銀の鋼の都なのだろう。

 黒銀の鋼都ルーレ。圧倒的な存在感の建物の数々や、今まで見たことのない二層の街構造は、カイトのみならずジンとアネラスにとっても初めてのことだった。

「まさに大都市、だな。グランセルとはまた意味合いが違うが」

 導力でできた自動昇降階段もあり、どちらかといえば工房都市ツァイスにも似た都市だ。しかし、迫力と言う意味ではツァイスを遥かに上回っている。

「ここでの調査は骨が折れそうですね」

「そうだな。それにミヒュトの旦那から聞いたことの調査もあるが……」

 ジンは天を仰ぐ。当たり前だが、時間はもう夜……もう人々はそれぞれの家に帰る時間帯だ。時間が惜しいわけでもないから、三人も宿を探す頃合いだった。

「これだけ広い帝国だ。移動が中心になるのもやむなし、だな」

「じゃあ……」

「ああ。早めに宿を見つけて、明日から調査を再開しよう」

 そんなわけで、三人はルーレの下層にある宿にチェックインし、次いで夕食時と言うこともあり、大衆食堂『ドヴァンス』へ入った。

「おおっ、ここは酒も中々揃えてるみたいだな」

 意外にも人は多く、何人組のテーブルは全て人で埋まっていた。三人はカウンターに腰掛け、店長のドヴァンスお手製だというエキサイトグリルや濃厚カルボナーラを注文する。

「よう、見ない顔だな。ここは結構常連の男どもが多いんだが、それでも歓迎するぜ」

 美味しそうな品々が運ばれてくる。例によって、ジンは共に水でなく酒をご所望だ。

「それにしても店長さん。大衆食堂なのに、夜でも人が多いんですね」

 今日は自分で動いた距離こそ数ないものの、精神的につかれた一日だ。そんなカイトは出されたエキサイトグリルを頬張りながら、陽気なドヴァンス店長にそんなことを聞いた。

「そうだな。食堂だから昼の出入りの方が多いが、実際のところここはRFグループの社員や、街の常連が来ることが多い。残業で減った腹を満たすには、どうにもこの場所が落ち着くみたいだなあ」

 後ろを振り返れば、確かに中年の親父や制服、整備士のツナギを来た人々が多く感じられる。

「……それで?」

 ドヴァンス店長は、続ける客としてはただ一人女性で、濃厚カルボナーラを食べるアネラスを見ながら続けた。

「少年少女に、大男が一人。旅行者かい? ホテルに行けばもっといいレストランもあると思うんだがな」

 当然と言えば当然の問いだった。カイトとアネラスは茶髪ということもあり姉弟に見えなくもないが、その二人とジンという組み合わせはやはり珍しい。

 ルーレでの遊撃士協会の被害は、支部外面が半壊。そして死亡者は資料の中ではいなかったはずだ。だからここでは、遊撃士の名は伏せずにすることにした。

 正直に自分の身分を明かすと、ドヴァンス店長は驚いたような顔をしていた。

「へぇ、遊撃士か」

「今、同じ失敗を繰り返さないために後輩を引き連れて回っているところなんだ。いろいろと教えてくれると、助かる」

 ジンが言った。

「ああ。別にオレは、どうこう言おうとは思わないさ。昨日も、遊撃士の兄ちゃんに世話になってな。もう鉄道で帝都方面に向かっちまったが、感謝してるからな」

 気になる言葉が出てきた。昨日までルーレにいた遊撃士……負傷した遊撃士と、関係があるのだろうか。

「あの事件は、死亡者こそいなかったが結構な被害になったからな。ここに来る奴らは気にしないが、街全体だと厄介に見られるだろうから、気を付けたほうがいいぜ」

「……忠告、感謝するぜ」

 そこで、一度話は変わる。ジンも今は無理に調査をしようとは思っていないのか、必要以上に遊撃士の話を聞こうとはしなかった。

 今も、食堂は賑わい続けている。アネラスやジン、店長と話を続けていく。

「あ、そう言えば」

 ふと、ドヴァンス店長が呟いた。

「お前さんたち遊撃士だったんだよな……なら一つ、お願いがあるんだが。聞いてはくれないか?」

 特に断る理由もなかった。話を聞いてみないと何も言えないので、一先ずは黙ることにする三人。

「俺の知り合いに遊撃士に会いたいって奴がいてな。昨日の兄ちゃん遊撃士に頼ろうかと思ったんだけど、寸でのところで都合が合わなかったんだよ」

 店長は、食堂の奥を見渡した。

「おーい、ファスト! ちょっとこっち来いや!」

 耳元で突然の大声。少しばかり驚いていると、やがて一人の人物が現れる。

「ドヴァンスさん……どうしたんですかぁ?」

 見た目からして酔っぱらっているのは明らかだった。素面でいれば少なからず女性の目を引きそうだが、その端正な顔つきはだらしなく砕けている。身長はカイトよりは高いが、それでも成人の範疇では低い部類に入るだろう。やや丸みの帯びた眼鏡と目立たない程度にシワが見受けられる白衣が、辛うじて彼が技術者であることを教えてくれた。

「ファスト、お前何酔っぱらってんだよ……明日も仕事だろう?」

「だってー、最近は研究が進まないし、何よりト、ト……トナムさん? 遊撃士の人は見つからないし……」

「ああ、もう。分かった分かった」

 店長が鬱陶しそうに髪を掻いた。ファストと呼ばれたその青年は酔いのせいかもしれないが、気弱そうな性格が見受けられた。

「ほれ、この人たちは遊撃士なんだってよ」

『え?』

 カイトとファスト、二人の声が重なった。カイトは面倒くさそうな人を相手にするのかと言う意味で。ファストは、予想外の店長の一言に驚いたという形で。

「き、君たち遊撃士なのかい!?」

 一転、すごい勢いで青年が捲くし立ててきた。たまたま一番近くにいた少年は思わず仰け反ってしまう。

「は、はい……」

「こ、これは運命だ……! 空の女神の思し召しだ……!」

 一気に酔いがさめたような口調。さすがのジンとアネラスも、突然の挙動に驚いてしまう。

「お願いだ、遊撃士さんたち……」

 そして、溜め込んでいたらしい言葉を発した。

「是非、僕の依頼を受けてほしいっ!」

 

 

 


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