心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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16話 軌跡の種子③

「ありがとう! それじゃ、さっそく意見を聞くよ!」

 手早く手帳を広げて、新アーツ考案に向けた小会議が開かれた。

 まず始めに、カイトの遊撃士手帳に載っている現在の世代型が使えるアーツ一覧を把握する。次に、ファストが用意した冊子に載っている、次世代型で使用できるアーツ(既存と新種)とを見比べる。

「まず、僕からの認識だけど、第四世代は攻撃、回復、補助のどれをとっても発展途上……失礼を言えば単調だと思うんだ」

 地、水、火、風、時、空、幻。それぞれの属性が特色を持っているが、イメージに直結したアーツが多いのではないか、ということだった。つまり炎弾や石の槍、力や耐久性の援助など。工夫されていても、精々が風の雷魔法であったり水の氷魔法であったりしたという。

「まあ、その辺りは旧世代と比較して改善されてはいるのだけれどね。でも僕としてはもっと、奇想天外な魔法が欲しいんだ」

 攻撃魔法にしても、火や水だけを出すのではない。補助魔法にしても、力や耐久性を上げるだけではない。新世代に合致した……アーツ使いを前線にたたせることができるような何かが欲しいのだと言う。

「ここまで言ってしまうと僕のエゴではあるんだけどね。それでも技術畑の人間として、求めずにはいられないんだ。

 些細なものでも構わない。君たちは戦う職種だから、少なからず窮地に追い込まれたことがあると思う。その時、どんなアーツがあればよかった?」

 三人とも沈黙する。一口に何が欲しいと言われても、そう都合よく言葉は出てこない。辛うじて最初に発したのはジンだった。

「……武術家の視点から言わせてもらうなら、アーツは補助、特にフォルテやクレスト、セイントなんかが重宝される」

 身に宿る力について、フォルテは破壊力を、クレストは堅牢さを、そしてセイントはその両方を強化するものだ。

「武器はあくまで己の拳と脚だ。その武器をさらに強化してくれるアーツがあるなら、それほど嬉しいことはないな」

 ファストが手帳に筆を走らせていく。

「なるほど……補助魔法の拡張ですか」

 そもそもの話、純粋な武術家――特にジンのような手練れであるほど――は戦術オーブメントを持たない者が多い。ジンはたまたま遊撃士であったために戦術オーブメントを所持しているが、元々一人で戦えるだけの力を備えているともいえる。

 実際ジンはカイトと共に戦った中では、魔法連携を除いてアーツを使っていない。型の源たる泰斗流の戦い。雷神脚、月華掌、龍閃脚という多彩な奥義。果ては龍神功、養命功という単なる破壊ではない戦技もある。既にジンは、身一つで敵と渡り合える戦闘能力を有しているのだ。

 そんな戦人が求める補助魔法……単なる身体能力の底上げだけでは物足りない。

 現存している補助魔法は、他に速さを上げるクロックアップや、身のこなしを挙げるシルフェンウィングなど。必要なのはそのどれでもない、新たな観点から見た補助アーツ。

「あっ」

 そこで、カイトが呟いた

「どうしたんだい、カイト君」

「ありました、一つ。ちょっと、夢物語みたいなものですけど」

「なんでも言ってくれると嬉しいよ」

「ジンさんや戦いに長けた人は、『気』を込めた武器や拳で戦う……それと同じように、『属性』を込めるアーツ、があればいいかもしれません」

 それは先ほどファストがやって来る前の会話に会った、スタンハルバードの存在も一助として浮かんだものだった。戦人は、自らの『気』を得物に込める。それは時にはっきりとした何かになって襲い掛かるのだ。かつて戦ったロランス少尉の『鬼炎斬』もそうだった。

 それと同じように。例えば、エステルの棍に『火』の特徴が込められたなら。カイトの銃弾に『氷』の力が宿ったなら。戦局は変わり、そして魔獣によっては属性の相性によって容易に倒せるようになるだろう。

「なるほど、ただの攻撃に属性の概念を付与するアーツか……参考になりそうだ」

 次に議題に上がったのは、補助ではなく攻撃のアーツ。

 「この新型で使える予定のアーツには、現在のアーツを互換、改良したものもあるし、少し趣向が変化したものもある」

 例えば水属性で言えば、アクアブリードは変わらず基本アーツとして存在している。加えて、飛ばすものが水塊から氷塊となった『フロストエッジ』、ブルーインパクトの水槍から水流となった『ハイドロカノン』など。また水属性に限らず、多属性においても変化はしている。

「それでもファストさんは、まだまだ発想の転換が足りないと思ってるんですよね」

「うん、そうなんだよカイト君」

「ならいっそのこと、攻撃する媒介を変えるんじゃなくて根本から変えてみたらどうですか?」

「根本から、かい?」

「はい、まず――」

 そして、遊撃士……というよりはカイトが水を得た魚のように語り始めた。その口の忙しさは最近の少年の落ち込み様とはかけ離れていて、アネラスとジンを安心させるものだった。

「カイト君、気分転換になってよかったですね」

「ああ。こいつにとって帝国はまだまだ一波乱を持ってくる国だからな。根を詰めるだけじゃないのは僥倖だよ」

 熱中する二人に聞こえないように、やや小声で語らう。ジンはオリビエについて、アネラスはクローゼについて、カイトのことを気にかけている。未熟でも、確かに遊撃士としての才覚を秘める少年だ。そしてそれ以上に少年を思っているからこその心配だった。

「……それにしても、武術の腕前はそこそこなのに、アーツの話となると途端に立て板に水のようだな」

 ジンは少年に聞こえないように注意しながら、それでも息を吹き出して笑った。

 少年の戦術オーブメントは、属性縛りがない六・二型。巷では魔法を得意とする型だ。王都地下でのトロイメライ戦ではエステルのオーブメントを難なく駆動させていたし、結社の動向調査の際にもアーツに関して長けたものがあるとアガット・シェラザードが言っていた。そして今のファストとの会話からしても、少年は『アーツ使い』と称して問題ない才能を持っているのだ。

(だからこそ、楽しみなものだな)

 しかし少年は戦闘訓練の経験から、体術の技術を持っている。やや我流が目立つため突出したものはないが、実力は才能だけで伸びるものではない。これからの経験次第では、一人前と呼べる実力を身につける可能性は十分にあるだろう。そして銃術は、日々的確に成長している。

 体術、魔法、銃術。合わさりにくい三つの戦い方を持つ人間が成長した時、どんな戦い方を示すのか。その一見すると滑稽に思える未来が、ジンは楽しみで仕方なかった。

「――なるほど、属性同士の特徴をくっつけるって事か!」

「今まで不思議に思ってたんですよ。上位アーツになればなるほど他の属性値も反映されてるのに、結局は主属性に傾倒した効果しか生まれないアーツになってるなーって」

「じゃ、じゃあ、例えば水と火が合わさったら何が起こるかな?」

 その問いは、カイトのみならずジンとアネラスにも向けられていた。

「お湯が沸く」

「酒が美味い」

「……沸騰」

 先輩二人がやや的外れな回答をする中、前者二人と同系統だが依頼内容に合致した発想を伝える。

「……なるほど、高温蒸気による熱攻撃。それに霧があれば、幻属性に頼らない認識阻害ができるかもしれないね」

 他にも、様々なアーツの提案が出された。後半になるにつれてカイトの発想に感化されたジンとアネラスも自分の意見を述べていく。

 地属性と火属性――単なる火炎でなく物質を爆発させるような衝撃を生む魔法。

水属性と風属性の雷――ストームブリンガー戦のように水分を用いて広範囲を感電させる魔法。

 地属性と火属性――高熱で溶かした物質を生む魔法。

 他にも、シルバーソーンの視聴覚認知阻害のみを生み出す魔法など、いくつか上位三属性に関する提案も出された。

「全てがすぐにできる訳ではないけど……それでも凄い面白い物ばかりだよ。さすが、僕が見込んだ通りだ!」

 ファストの言う通り、実際の開発を行う側からの意見としてはやや無理難題なものもあったのは事実。それでも研究熱心らしい青年からすれば、この小一時間の小会議は十分に意味のあるものだったらしい。

「ありがとう三人とも! やっぱり君たちに出会えたのは空の女神の思し召しだ、君たちに出会えてよかったよ!」

 しきりに、ファストが感謝の言葉をかけてきた。立ち上がって遊撃士たちと両手での握手をすると、腕を上下にぶんぶんと振って来る。

「お役に立てたなら良かったさ。機会があれば、是非その戦術オーブメントも使ってみたいものだな」

「そうですね。完全に完成して試運転も終了したら、そのうち遊撃士協会にも出回る。エプスタイン財団産のよりは遅くなるだろうけど、数年後には使えるはずだ。その時になったら、またルーレに着てくれよ。歓迎するからさ!」

 一先ず、これで依頼は終了したらしい。ファストは紅い外装の戦術オーブメントをケースに収納すると、身なりを整える。

 そして、こんなことを言った。

「それじゃあ、もう少しだけ僕に付き合ってくれるかな?」

「え……まだ、何か別の頼み事ですか?」

 青年は首を横に振った。少しずれた眼鏡の位置を直すと、端正な顔に子供の悪戯顔のような笑みを浮かべて続けた。

「いや、さっき言ったお礼のことさ。君たちに渡したいのは……クオーツなんだ」

 

 

――――

 

 

 所変わって、二度目のRF社一階エントランスホール。ファストに促されて共に戻ってきたビル内の導力工房に戻るまでの間、三人はファストが明かした報酬の内容について話していた。

「それにしても、驚きだな。まさか特殊クオーツを『作って』しまうとは」

 ファストが教えてくれた『面白い報酬』。それはファスト自身がRF社での仕事の合間に趣味で作ったクオーツなのだという。

 クオーツは、その性能によっていくつかの種類に分けられる。攻撃や体力など、身体能力を向上させるクオーツ。装備者の攻撃に毒性や石化などの状態異常を付与する刃・理のクオーツ。そして特殊クオーツはそれら二つとも違い、文字通り特殊な効果を発揮するものだ。

 特殊クオーツ自体は、別に三人に縁がないものではない。ジンは打撃の際に生命力を補う『吸収』を装備しているし、カイトの義姉であるクローゼは常時身体治癒力を促進する『治癒』を持っていた。

 ジンはじめ遊撃士たちが驚いたのは、身近な所にそんな特殊なクオーツを開発するという珍しい者がいたからであった。

 ジンの感嘆に応え、ファストは続ける。

「身体能力上昇や刃・理のクオーツは原理も流通も比較的単調で、どこの工房でも出回るようなものなんだ。でも特殊クオーツは複雑な原理の上に希少なものだ。だから個人的な研究対象として、暇があればそれを製錬してたんだ」

 と言ってもそんなに多くは作れないんだけどね、と青年は目を細めて笑った。

「そしてこれは、僕が作ったクオーツなる」

 ファストが満を持して、懐からそれを取り出した。代表者であるジンに渡され、彼の掌の上で輝くのは二つのクオーツ。

 一つ目は、褪せたダイヤモンドのような下地に黒線が球体の中心に向かうような模様。

「まず、これは僕が試作してみた、世界に唯一無二の特殊クオーツ、『累加』だ」

 使用者に恩恵を与える特殊クオーツ。中心回路を除くスロットの同一ラインに装填されたクオーツの効力を増幅させる効果があるという。

二つ目は、鮮やかな紺碧が中心に渦巻くような模様だった。

「そして青色の方は、次世代型のアーツを第四世代の規格に合わせて使えるようにしたクオーツなんだ」

「じゃあつまり……」

「カイト君が察する通り、第四世代が設定するものと違う魔法を使えるようになる。そのアーツは、『グランシュトローム』」

 グランシュトロームは、水属性の上位に類するアーツなのだという。ただし『グランシュトローム』のクオーツに関しては隣り合う回路の連続性を絶ってしまうため、回路の末端に装填するなど工夫する必要があるらしいが。

「……すごいですね。こんな特別なクオーツを、いいんですか?」

 こんな珍しい品々は、中々手に入るものではないだろう。相当貴重な研究成果だろうに、たまたま訪れた関係のない自分たちが受け取ってもかまわないのだろうか。

 そんな問いに対して、ファストは優しい笑みを浮かべて答えた。

「もちろんだよ。道具は受け取るべき人間の下でその実力を発揮すべきだ。そしてそれは僕が思うに、僕ら民間人を守ってくれる遊撃士の人たちだから」

 とても嬉しいことを言ってくれる。現在の帝国の遊撃士に聞かせたら、涙を流して喜ばれるほどだ。

 ファストはジンに向けて言う。

「さあ、是非そのクオーツを付けてみてください! ……三人いるのに二つしか用意できなかったのは、申し訳ないですけど」

 少し気落ちしたような声もあるが、それでもジンは気にすることなく答える。

「なに、十分ありがたいさ」

 そして、戦術オーブメントを取り出す……かと思いきや、二つのクオーツを握りしめてカイトを呼んだ。

「カイト、受け取れ」

「あ、分かりました……て、え?」

 疑問符を浮かべたころには、クオーツは武術家から少年の手に渡されている。やや強引に手に持たされたことを驚いていると、ジンが豪快な、アネラスが満面の笑顔で返答してくる。

「この依頼は、カイト君が尽力してくれたものだからね。カイト君が受け取るべきだよ!」

「それに適正の面でも、お前さんに渡されるべきだ。俺たち二人と比較して、アーツ使いに向いているスロットだからな」

 たしかに二人と比較して、『累加』も『グランシュトローム』も向いているラインの並びではある。それでも数少ない実力を伸ばすチャンスを自分に与えてくれるのだ。

「……ありがとうございます!」

 これは、三人に感謝しなければならない。同時に、嬉しい意味で重圧が増えたというものだ。

 さっそく、スロット装備の作業に移る。ここで判明したのは、二つのクオーツは初期段階から強化されたスロットでなければならないらしい。しかし気を利かせてくれたファストが、今いる導力工房の店員に頼んで自前のセピスでスロット強化をしてくれた。そうして十分ほどの作業を経て、二つのクオーツはカイトの戦術オーブメントに装備された。

 それを手に取り、試みに同期してみる。

「……これは」

 『累加』によって身体能力が増幅されたからか、世界が少し違って感じられた。『グランシュトローム』は試してみないことには何とも言えないが、ファストの説明からすると相当上位に属するアーツと言うし、(長い駆動時間は避けられないが)期待は高まるばかりだ。

 依頼に関するすべての作業を終えて、四人はそれぞれ達成感に満ちた顔で互いを見る。

「それじゃあ、ありがとう! 本当に有意義な時間を過ごさせてもらったよ」

「それはオレたちも同じです! 楽しかったですよ」

 基本的に世間話として同僚たちと似たような小会議をすることもあるらしいが、やはり技術者だけだと平行線に終わることもあるらしい。遊撃士としても戦術オーブメントの裏話を聞けたのは僥倖で、この先の遊撃士人生にも少なくない糧となるに違いない。

「機会があればまた話してみたいですね、色々」

「ほ、本当かい? ならまた帝国に来た時には、RF社に来てくれよ。第四開発部のファスト・ローレインの知人と言えば、また話せるからね」

 最初の酔いどれファストの印象は良いものではなかったが、その印象も現在は払拭されている。もう青年は、三人にとって友人と呼べるものだった。

「本当は他にも色々話したいこともあるんだよ。ジンさん、アネラスさんについては手甲や太刀につける導力器の意見を聞きたいし、管轄外だけどのカイト君は銃だから新しい銃器についても話してみたいんだ!」

 少しばかり、口調に熱が帯びてきた。もしかすると三人が想像している以上に鬱憤が溜まっているらしくて、変なスイッチを押したと感じた遊撃士たちは少しばかり足を引いてしまう。

「ファストさん、あの、お仕事は大丈夫なんです?」

「そんなことよりもね、武器の概念で言えば少ない導力でどれだけのパフォーマンスを引き出すことが重要でね、純粋な導力エネルギーを用いるのか、それとも導力エネルギーをさらに別の物に変換して破壊力に変えるのか、とか考えるべきものがあって――」

 話は止まる気配を見せない。おおよそ変人と呼べる部類だったのかもしれない、と三人は彼に対する評価を少々戻した。

 今もなお、自分たちには分からない専門用語が飛んでくる。こちらも本筋の調査を再開しなければならないし、どうにかして話を止めさせよう……と思ったその時。

「うふふ……ようやく見つけましたわ、ファスト様」

 三人と対面して話しているファストの真後ろ、五アージュ程向こうに女性が立っていることに初めて気がついた。微笑が含まれたその声が彼女から発せられたものであると、数秒遅れて理解する。

 褪せた紫色の髪をショートボブにした、翠の瞳の妖艶な美女だ。気になるのは髪に添えられた白のカチューシャ、そしてフリルが目立つ大人しめなメイド服だった。

ちなみにカイトにとっては悔しいことに、彼よりも僅かに背が高い。

「――そして今注目しなきゃならないのは、魔導杖(オーバルスタッフ)の存在だよ。多くの企業で開発されているそれは、無属性の導力エネルギーをノーウェイトで発動できるという画期的な武器で――」

「うふふふ……ファスト様?」

 返事がない青年の背中にかけられる、二度目の呼びかけ。世の男が見惚れてしまいそうな淑やかかつ、メイドとしての分をわきまえた控えめな笑顔だが、生死の修羅場を多少なりとも潜った三人にのみわかる、恐怖を煽る凄みが見え隠れしている。

「あ、あのファストさん? メイドさんが呼んでますけど……」

「それでね、僕が思うに魔導杖の特性を活かすには、さっきカイト君が言ったような属性別に分けた攻撃を――」

 美女メイドが歩いて、ファストとの距離僅か三十リジュまで近づいた。

 笑顔のままの言いようのない殺気を放つ美女メイドを、もはやファストの会話など頭に入らない三人は生唾を飲み込んで見守る。

 そして美女メイドが、静かに片手で青年の背中の白衣を摘まみ……そして引っ張りながら告げた。

「ようやく見つけましたわ。ファ、ス、ト、さ、ま?」

 その一言に、ピタリと青年の挙動が止まった。そのまま錆びついた歯車のようにガチガチと振り返る。

 そして、転びそうな勢いで後ろにのけ反る。

「シャ……シャシャシャ、シャロンさんっ!?」

「……お昼の休憩を楽しんでいるようで、何よりですわ」

 シャロン、と呼ばれたメイドは僅かに首をかしげて、やや高いトーンで笑顔のままファストに喋りかけている。そのままズイっと一歩近づいて、ファストが引いて開いた距離を今度は二十リジュまで近づける。

 ちなみにファストの後ろには呆気にとられて動けない三人が控えているため、これ以上メイドから遠のくことができない。

 ファストはやや怯えた口調で次の言葉を放つ。

「ど、どうしてここに……?」

「それはもう……このシャロン、ファスト様のお姿を見られないことに心を痛めて……」

「いや、ただ単に開発部の連中から頼まれただけでしょ……ってシャロンさん顔が近い近い近い!」

 その距離、さらに近づいて十リジュ。背丈がほとんど同じな二人だから、余計に顔が近く感じられる。ともすれば桃色の空気が舞うような所作を続けている美女メイドだが、対するファストは未だ彼女の出現に怯えているようだ。

「腕時計をお忘れのようなら、このシャロンが甲斐甲斐しく、献身的にその身に時間をお伝えして……」

「いや、いいから……時間? ……って、もう二時なのか!? もう行かなくちゃ、大遅刻だ!!」

 時間分かってなかったのかこの人。でもあの興奮した話し方を聞くに、そりゃそうだよな。そんな風に考える三人。

「ごめん三人とも! 僕はもう行くよ! それじゃあ、また今度会おうね!!」

 ファストは早口で告げると、あっという間に三人から離れていった。

 残されたのは、遊撃士三人と未だ笑顔の美女メイド。

「予想はしてたが、案の定業務時間を無視してたんだな。少しばかり悪いことをしちまったか……」

「いえ、そのようなことは決してございませんわ」

 ジンの呟きに、遠のくファストを見守っていたメイドが柔らかい口調で返してきた。そして三人の注目を集めたあと、手を体の前に置いて綺麗な会釈をしてから口を開く。

「私はシャロン。ラインフォルト家、そしてRFグループ会長の専属メイドを務めている者です。お客様には、我が社の社員の依頼に尽力していただき、感謝の言葉もございません。何かお礼を用意できればいいのですけれど……」

「……あんた、俺たちがファストの邪魔をしたわけではないって分かるんだな」

「はい、もちろん存じ上げております。お客様は先日ドヴァンス様の食堂にて知り合われ、その腕を見込まれて依頼された、我が社の恩人であると」

「え、なんでそこまでわかるの」

 やや語弊もあるが、間違いともいえない説明にカイトが思わず突っ込む。そんな少年を僅かに見下ろすようにして、さらに柔らかさを増した微笑を浮べる。

「私はRF社に勤めるメイドですから」

 今のところクローゼにしか目のない少年も、真正面からの美女の微笑みには思わず顔を赤らめた。え、それ理由なのと、一応心の中で突っ込みは続けるが。

「まあ、こちらとしても色々勉強になったし、ファスト本人からいい品を受け取ったからお礼は結構さ。願うなら、あんたみたいなべっぴんさんに晩酌を注いでもらえたら最高だけどな」

「まあ……とてもお上手ですわ」

 シャロンは口に手を添えて控えめに笑う。

「でもまあ、恋人がいることだし止めておこうか」

 そうジンがハハハ、と笑いながら言った。しかし、当のシャロンはそれを否定した。

「それはとても嬉しいことですが……私は彼には不釣り合いのメイドですから。彼とはそのような関係ではありませんわ」

「え、じゃあどういう関係なんですか?」

 と、先程の桃色空気をまじまじと見ていたアネラスが聞いた。

 美女メイドとの、束の間の平和な談笑。RF社――の中のファストからの依頼の締めが、そろそろ近づいてきている。

 そしてシャロンは笑い、少し頬を赤らめたような表情で語る。

「とてもお優しくて……からかい甲斐のある殿方ですわ」

 カイトは思った。ああ、そういうことか。

 有能メイドのどこかの国の王女様のようなからかい。少年がそれに平和な日々を感じるようになるのは、少々先の話である……。

 

 

 




データ:カイトの戦術オーブメント
※規格はPSP版空の軌跡に準拠しています。

使用世代:第四世代型(空SC)
中心回路:行動2
ライン1:累加、体力2、回避2、駆動1、精神1
ライン2:グランシュトローム
攻撃魔法:アクアブリード、グランシュトローム、ファイアボルト、エアストライク、エアリアル、ソウルブラー
補助魔法:フォルテ、シルフェンウィング、シルフェンガード、クロックアップ、アンチセプト
回復魔法:ティア、キュリア、ラ・ティア、ティアラ、

※累加の属性値:(火×2、時×2、空×2、幻×5)



――――
シャロンさんの下僕にならなってもいいかも、と思う今日この頃。
発言に後悔はしていません。だって男の子だもの。

との妄言はさておき(笑)。ペース配分にもよりますが、少なくとも数話は定期的な更新ができそうです。
「軌跡の種子」は、もうしばらく続きます……

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