帝都ヘイムダル。エレボニア帝国の首都であり、皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世がおられる都。十六の街区に分かれ、それぞれが地方都市並みの規模を誇る。
各国の大使館や皇族が住むバルフレイム宮、オペラ劇場、多くの政府機関が軒を連ねることでも知られている。
カイトたち三人はルーレ市での二回目の朝を迎えた後、休養を取るために遅く起きてから帝都ヘイムダルへ向かった。滞在中すっかり世話になったドヴァンスにも挨拶を済ませ、ファストについても「また会おう」との言伝をお願いし、最後に好意もあってか弁当を注文させてもらい、鉄道でルーレ市を後にした。
鉄道の中は相変わらず暇となったが、三人は弁当をつついたり、今後の方針を再確認したり、各々暇つぶしに興じたりして五時間以上の時間を弄ぶ。
昼前にルーレ市を出発した鉄道は、二時頃に帝都へ辿り着いた。そこで、三人は想像を超える光景に度肝を抜かれることになる。
何といっても特筆すべき点は、大陸最大と言える規模の大きさだ。帝都ヘイムダルの人口は八十万人超……王都グランセルの三十万人超の人口が霞むほどのものだ。
そんな大都市であれば、カイトのみならずアネラスとジンがこんな反応を示すのも無理はない。
「アネラスさん、人が多すぎて怖いです……」
「ちょ、ちょっとカイト君。私から離れないでってばっ」
「……壮観だな」
現在三人が立つのは帝都ヘイムダルの駅を降りた目の前。そもそも背後にそびえ立つ数階建ての駅公舎でさえ、カイトにとっては大きすぎる。
駅前広場にある円形の花壇の周囲だけでも幾人の人が立っていて、それだけでも数の多さに圧倒される。他にも広場から続くヴァンクール大通りは先日通ったバリアハートのオーロックス峡谷道よりも幅が広く、高級車ではないが多くの導力車が絶えず流れている。
はるか遠くの正面には、グランセル城が可愛く見えるほどの緋色の巨城を眺めることができた。バルフレイム宮、帝国を統べるユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世がおられる、帝国最大にして最強の砦。
「おまけに、あれはオレにも分からない。どうやら導力バスに似た雰囲気だが。
ジンは一方向を指さした。
そこにあったのは、導力車より一回り大きめの乗り物。加えてその方向には列車と同じような路線が引かれているのがかすかに見えた。印象的には、鉄道と導力車の中間だろうか。
それが、『導力トラム』という路面電車の名称で、三人が使いこなすようになるのは数時間ほど後のことだ。
「さて、どうにせよ動く必要がある。このどう考えてもだだっ広い帝都を調査するには時間がかかる」
「そうですね。人口八十万超……沢山情報を聞けるけど、効率的にいかなきゃ時間がもったいない」
「カイト、今まで以上に本格的な調査だ。……いけるか?」
「……分かりました、やってみます」
「頼むぜ。流石に今回は、導力車とか鉄道みたいに知識でフォローできそうにないからな」
三人は駅前広場を抜けるために歩き出す。
「何かあった時のための集合・宿泊場所を決めよう。そこからは、各々夜まで調査だ」
帝国最大の都市、ヘイムダルでの調査が始まる。
――――
帝都ヘイムダルは、言うまでもなく人通りが多い。故にヴァンクール大通りなどで佇んでいると、何もしなくても人が現れ、流れては消えていく。
バリアハートで襲撃事件について、市民から聞くと『興味がない』という印象が多かった。事件の騒ぎが大きくならなかったせいか、迷惑をかけてくれたらしいが所詮は他人事、だったのだ。
が、帝都での印象の悪さはその比ではなかった。
「……残念だが、帰ってくれないか」
ヴァンクール大通りから一度横道にそれ、気まぐれに選んだ一軒家。その扉を叩いて若い男性が出てきたところまではよかったのだが、少年の身分が遊撃士であると分かると途端に汚れ物を見るような顔になる。
「あの、一言だけでもお願いできませんか?」
「断る。ましてや三か月前の事件なんて……思い出させないでくれ」
ドンッと雑に扉を閉められて、それで話は終わってしまった。
「はあ、また何も聞けずに終了か……」
扉の前で立ち尽くしたまま、カイトは大きく肩を落とす。日が傾き始める頃。人がいないわけではないのに、どこかで閑古鳥が鳴いたように感じた。
あの事件のことは話したくない。多くの犠牲者を出しておいて今更何が反省か。軍人が対処してくれるから遊撃士はいらない。
門前払いになる人は、大抵このように言っている。既にバリアハート支部で受け取った資料で把握していることだが、つくづくこの帝都は被害が大きかったものだと嘆息した。ついでにジェスター猟兵団についてもなんて爪痕を残してくれたものだと沸々怒りがこみあげてくる。
挙句の果てには、君みたいな子供が遊撃士とは世も末だと罵ってくれた者もいたのだ。流石に印象だけで判断する浅はかな人だとか、その言い方だと別に遊撃士が悪いとは思っていないじゃないかとか、上げ足を取るような突っ込みが頭の中を駆け巡った。それでもオーロックス砦の騒ぎで多少なりとも学習している少年は、ぐっとこらえて交渉を続けたものだ。結局その人からもまともな証言は聞けなかったのだが。
「ジンさんとアネラスさんは、オレよりもちゃんと調査できてるんだろうなあ……」
とぼとぼ歩いて次の区画へ赴く傍ら、再度嘆息する。
この場に二人の先輩はいない。さすがにこの広すぎる帝都では効率が悪いからと、三人は別れて調査をすることにしたのだ。夕食時にもう一度駅前に集まるということで、各々自分の足で帝都を歩いている。ただ昨日の襲撃のことを考えて、路地裏や所々見受けられる地下道には一人で入らず、明日以降に三人で入ろうということで決定しているが。
あの二人は正遊撃士。戦闘のみならず、足を使っての調査についても自分より経験があるだろう。特にジンは風格もあり、話術にも長ける。
しかし、心配事も一つあった。
「『支部をもう畳んだのだから、とっとと出ていけばいい』か……」
わざわざそう言ってくれた輩もいた。罵りについては甘んじて受け取るとして、問題は会話の内容である。
帝都ヘイムダルには、東区、西区それぞれに遊撃士協会支部があるのだが、カイトが聞いた話では東区支部は完全に破壊され、現在は更地となっているらしい。そして西区支部は建物の損壊こそなかったものの、事件後は責任を問われて支部としての機能が失われているのだとか。
年長であるジンは、人々への調査に加えて帝都支部へ赴き情報を集めるという役割も担っていた。だがカイトが聞いた限りでは、その行動も徒労に終わってしまうだろう。帝都での調査は、想像以上に骨が折れるものだった。
ただ、別に話しかけた人全員が門前払いという訳ではない。四人に一人は嫌々言っても説明してくれるし、六人に一人はバリアハートの若い婦人のように快く協力してくれる。それだけが癒しになっているというのは、少し危ない状況ではあった。彼らから『時期が来れば、多くの人が遊撃士に罪がないことを分かってくれる』という励ましを聞いた時には、思わず涙腺が崩壊しそうになったものだ。
その心優しい協力者から聞いた情報は、以下のようなものである。
帝都支部の爆破が起こった時、当然ながら近隣住民は困惑した。爆破事件などここ数カ月どころか何年も起こらなかった事件らしく、阿鼻叫喚の地獄絵図だったそうだ。まず遊撃士たちは、重傷を負った仲間や民間人を介抱し、医療機関へ運んだ。この時民間人よりも、遊撃士たちの方が被害が強かったからか、遊撃士は仲間を良く助けていたらしい。この姿も、現在の悪評に繋がっているところあるのだとか。
爆破は、帝都の地下道から設置された爆薬によるものだった。支部爆破の数時間後に起こったドライケルス広場での爆破騒ぎも同様に地下道で仕掛けられたものであることが後に分かった。これにより、地下水道が張り巡らされている帝都は一気に恐怖のどん底に突き落とされたとか。
その後は遊撃士のみならず帝国軍も動く。しかし軍はこれ以上建物が破壊されないよう努めたものの、遊撃士との協力体制は全くなかった。そのおかげで互いが個々に調査をしたため、猟兵団を拘束するまでに時間がかかったのだという。
「結果として、帝都はこの事件で最も多くの被害者を出した都市になった。……そりゃ、迫害したくもなるよなあ」
レイラやトヴァル含め、当時の遊撃士たちは相当な心労にさらされただろう。カシウスやなど外部からの助けはあっただろうが、それでも遊撃士たちはよくやったものだ。
「ま、まだまだ調査は続けるとして……今現在の襲撃事件の証言はっと……」
遊撃士手帳を見比べる。カイトは三か月前の事件と並行して、ここ最近の遊撃士絡みの変わった出来事も聞いているのだが、こちらは殆ど証言が得られなかった。精々が、他の都市からの旅行者が「遊撃士が怪我をして街に戻って来たよ」程度のものだった。これではいくら何でも事件とは言えない。
ここまで話題に挙がらないのが不思議だった。単に今までの襲撃が昨日の自分たちほど大規模でないからかもしれないが。少なくとも、都市部で何かが起こったという話は帝都のみならず、バリアハートでもトリスタでもルーレでも聞いていない。
「はあ、話が全く進まないなあ……」
それでも足だけは動いてしまう。カイトはいつの間にか、導力車が通る道路に面した喫茶店の前に辿り着いていた。
「ちょっと休憩しよ……」
店に入る。内部に入るや否や、カイトは体が重くなったように感じた。
(あり? 良い音色なんだけどな?)
音色、聞こえてきたそれはピアノによるものだった。しかしそれはカウンター横に備え付けられたレコードによるものだ。
「おや、見かけない顔だね。いらっしゃい、喫茶店エトワールへ」
真っ先に目に入った男性に声をかけられた。白髪を持つ初老の店主。一人だったからか、彼にカウンターまで促され、そしてそのまま座り込む。
「ゆっくり休んで行ってくれ。何か頼むかい?」
「あ、じゃあこの『味わいハーブティー』を」
「わかった。出来上がるまで、少しだけ待っていてくれ」
少年はカウンター席に座ったまま辺りを見回す。人はまばらにいた。同じくカウンターに男性が一人、二人用の机には若い男女が一組。また音楽を嗜む店でもあるのか、店の奥にあるピアノの演奏席には橙髪を伸ばした若い女性が腰掛けている。
「ここは……音楽を聞くことができる喫茶なんですね」
「ああ、そうだ。最近の曲から年代物の名曲まで、幅広くレコードで聞くことができるという自負があるな」
「確かに、今流れている曲もどこかで聞いたような気がします」
不思議なのはそこだった。喫茶店にはあまり入ったこともないし、そもそも音楽にはあまり詳しくない少年だ。そんな自分なのに、今流れている華やかながらも哀愁漂う曲を、なぜか自分は知っている。
「へえ、なかなか通だね。この曲は三十年ほど前に帝国で作られた曲なんだよ。曲名は、『琥珀の愛』といってね」
「へぇ、『琥珀の愛』…………はっ!?」
まるで走馬灯のように。体の芯に埋め込まれたような、やるせなさ。
『そんな君たちに、この歌を贈ろう。心の断絶を乗り越えてお互いに手を取り合えるような、そんな優しくも……切ない、歌を……』
思い出す、いや思い出してしまうのは数週間前。ルーアン市のラングランド大橋で起きた、思い出す価値すらない――シェラザード談――漂泊の詩人の持ち歌である。
「どうしたんだい? そんな震えて」
「いや、何でもないです……」
不思議がる店主に対し、幾分冷や汗をかいた少年は疲れた声でそう答えた。
『お見せしよう――美の真髄を!』
嫌でも思い出されてしまう彼の声。少年にとっては、もはや呪いの域だった。
「実は、知り合いの人の演奏で聞いたことがあって」
「へえ、そうなんだね。……お待たせしました、味わいハーブティーです」
出されたそれを、一口喉に流した。用意している時に数種類のハーブを入れていたようだが、なるほど確かに独特の味わい深い香りだ。
「その話、少し気になるね。どんな演奏家だったんだい?」
「うーん、性格はともかく腕は確かだったと思いますけど……え、演奏家だって分かるんですか?」
「『琥珀の愛』は、この国の往年の流行歌だ。多少音楽をかじった程度の人間はまず演奏しないだろうからな」
「へえ、そうなんですか……」
喫茶の店主だけあって客になれているのか、話していて苦しくない対話だ。
だからこそ、また未熟な少年は多少口が滑ってしまうものだ。
「でも演奏した場所はリベールでなんですけど……でもあの人帝国人だったな……あ」
「ほう? リベールには旅行か何かで行ったのかな」
「ああ、まあ……というより、オレはリベール人なんです」
もういいや、頭も疲れているし、その原因は変態演奏家のせいでもあるだろうし。いいや、あの人のせいにしちゃえ。
あまりリベール人であることを話したくはないのだが、これくらいは仕方がない。
そして少しずつハーブティーを楽しみながら、談笑を続ける。
「それにしても、リベールか。まだ日曜学校を出たばかりぐらいかな?」
「ガクッ……まあそうですけど」
「それで一人で意気揚々と帝国旅行か、今時珍しいね」
数十分話して、だいぶ休憩時間も楽しむことができた。
(どうせだし、事件についても聞いてみるか)
思い切って、聞いてみることにした。よく話してくれた人々に嫌われてしまうのは心苦しいものがあるが、聞いてみないわけにはいかない。
だが、喫茶の人々は思ったよりも優しい対応をしてくれた。
「ああ、あの事件か。君みたいな若者が、しかも外国から来た遊撃士が後学のために調査をするなんて、しっかり者だねえ」
彼曰く、遊撃士協会東区支部はこの近辺――喫茶店と同じアルト通りにあるのだという。その関係で遊撃士には世話になったと言ってくれる。
「って、近くに遊撃士協会があるんですか!?」
「ああ。爆破が起きたのは確か明け方だったな。ちょうど起床時間当たりだったから、突然の音に驚いたものさ。慌てて外に出てみれば……まさに火事、事故現場だったな」
周囲に猟兵――民間人にしてみれば怪しい人影もなく、他の証言や情報と同じく地下道を駆使していたものだと思われる。
「その後、支部周りはしばらく立ち入りが禁止されていたんですよね?」
「ああ。協会の両隣の建物を含めてな。軍人さん方が忙しく動き回って、この辺り一帯の生活は激変したな。やっぱり、多少なりとも遊撃士を恨む人もいるから注意するといいな」
「……ありがとうございます」
聞いた情報自体は今までと大差ない。しかし支部近辺の住人から話が聞けるとは、これは僥倖だった。
(それにしても、なあ……)
協会支部跡地には後で立ち寄るとして。今までの話の要点をまとめて手帳に記す中で、言い様のない感覚が自分の中に生まれたことを少年は感じ始めていた。
そもそも自分の予想通りに喫茶店の人々が自分を嫌っていれば、それに呼応して自分の感情も曇天のようになっていただろう。だとすれば、自分のこの感情の所以は店主の態度、ということになるが。
「すみません、ヘミングさん」
考え事をしている最中、後ろから声をかけられる。と言っても、かけられたのはヘミング――今名を知ったが少年の目の前の店主にだが。
「あれ、君は……」
店主の返事の声色に違和感を覚えた。それで、後ろを振り返ってみる。
少女だった。カイトと同い年かやや年下か。しかし明るい紫の、菫を思わせる長髪は落ち着いた雰囲気を感じさせる。
「君はさっき来てた子だね。どうしたんだい?」
意志の強そうな薄紫の瞳が、今は慌てたように揺れている。同時に少しばかり息も荒く、焦っているのは明らかだ。
「実は、自分の荷物をなくしてしまって……寄らせていただいた場所を探しているのですが」
自分には関係ないと思ってカウンターに向けていた顔を、その一言に驚いて再び顔を改めた。
明るい茶色のコート、黒のミニスカートに同色のハイソックス。コートのフードには控えめなファーがついており、トリスタで見かけた少女二人組と同様に垢ぬけた町娘の格好だ。さらには少女が持つには少々大きめな二つの肩掛け鞄を背負っている。
「帝都で探し物か……帝都庁なんかに届けられていればいいが、少々面倒だね」
どうやらカイトが店に入る少し前に来ていた菫髪の少女は、説明した理由のせいで帝都を駆け巡ることになってしまったらしい。
西ゼムリア屈指の広さを持つこの街で荷物の紛失とは、これは災難だ。人知れず、自分の荷物はしっかりと管理していようと思う少年。
少女は、身振り手振りで紛失物の形を説明している。
「すみません、このくらいの大きさの袋なのですが、落ちていませんでしたか?」
「うーん、残念ながらここにはないねえ。そっちはどうだい、フィオナちゃん?」
店主ヘミングは、ピアノの席に座っていた橙色の髪の女性へ話しかけた。しかし心当たりはないらしく、
「残念ですけど、こっちにもないわ。困ったわね……」
と肩を落とすのみだ。同調して少女も落ち込み気味になる。
「そうですか……」
「落とし物探しを手伝えればいいが、今はここを離れられなくてな。どうしたものか……フィオナちゃんはこの後ピアノの授業だったもんな」
同情はするが、都合で誰も手伝うことは出来ないらしい。ここまできたら、名乗りを上げないわけにもいかない。特に嫌なわけでもないし、何より久々にやって来た遊撃士としての株を上げるチャンスだった。
少女の方が嫌でなければだが。
「あ、だったらオレが手伝いますよ、探し物。二手に分かれれば見つかるのも早くなるかもしれませんし」
「お、君がいたな。しかし、いいのかい?」
「大丈夫ですよ、この場に出くわしたのも何かの縁ですし! 店主さんが手伝えない分、美味しいハーブティーを頂いたお礼です」
立ち上がって代金を渡す傍ら、正面切って少女を見る。事の成り行きを見守っていた少女だが、カイトを見て申し訳なさそうに声を出した。
「気持ちは嬉しいのだけれど、見ず知らずの人に迷惑をかけるわけには……」
「大丈夫だよ。これでもオレ、遊撃士なんだ。そういう依頼ごとには慣れているから」
「え……貴方は遊撃士なの?」
来た、と感じた。帝国に来てから幾度か交わされた帝国民からの質問だ。大体この質問にはいと答えると、相手は露骨に嫌悪感を示す人が多かったが。
「ありがとう! 正直途方に暮れてて……迷惑とは思うけど嬉しいわ!」
意外なことに、目を輝かせて感謝された。予想外の展開に思わず一歩引いてから、依頼の開始を宣言する。
「う、うん。じゃあ引き受けた。さっそく行こうか。……店主さん、ご馳走様でした」
と、カイト。
「また機会があれば、寄らせていただきますね」
と、綺麗に会釈をする少女。
別れの挨拶を背で受けながら、少年少女は揃って喫茶店を後にした。
昼下がりのアルト通り。しかし日の入りが早まっていることを考えると、なるべく早々に見つけるべきだ。少々、帝都を動き回ることになりそうだった。
「本当に、ありがとう。なんてお礼をしたらいいか……」
「いいっていいって。でもオレ帝都には詳しくないから、もしかしたら君があっという間に見つけちゃうかもしれないけどね」
その言葉に、少女は三度気落ちして見せた。
「あ、実は私も……帝都出身じゃないの」
「え゛」
「だから、私も正直本当に困っていて」
どうやら、思いの外苦労しそうな依頼だった。
「じゃ、じゃあ別行動じゃなくて一緒に行こうか」
「すいません、よろしくお願いします……」
「あはは、よろしくね」
一歩、導力トラムに向けて歩きだす。
そこで気づいた。
「あ、そういえば名前を言ってなかったな。オレはカイト・レグメントだ」
カイトがそう言って、少女は「あ」と思い出したように声を上げる。僅かに身と姿勢を正した後、カイトに向かって落ち着いた雰囲気とは違う、にこやかな表情で告げた。
「……アリス。アリスっていうの」
『大事な落とし物の捜索』。突然やって来た、帝都の依頼開始である。
帝国に入って随分と増えたオリジナルキャラクター。それぞれその人らしい活躍ができるよう、心がけていきたいです。
帝都にて先輩二人と離れ、依頼人の少女との共同作業。出会いと予兆――帝都の序曲は、何もないまま終わりません。