突然の襲撃者の存在には、どの猟兵も驚愕を隠し切れなかった。
可能性を考えていなかったわけではない。しかし、ここ最近の遊撃士との戦闘とは違う、格下の少年たちからの搦め手を受けて、一つの可能性がどんどん思考の端に追いやられてしまっていたのだ。
ようやくの味方の出現に落ち着かせることのできたカイトが、その体に蒼色の波を纏う。そして、波は早くに収束した。ティアラの蒼白い光が、少年を包み込んだ。
「なるほど……武術家たちの救援を考えてなかったわけではないが、一本喰わされたな」
猟兵たちが呻きながらも立ち上がるなか、赤獅子だけは強くジンを睨みつける。
「そういうこと。ジンさんたちの存在をできる限り薄くする。それも、火事の理由の一つ」
ジンと背中を合わせたカイトが、片手に拳銃を構えて言った。
「一つってとこは、他にもあるんだろうな。たく、つくづく考えられた作戦だ」
「そりゃ、伊達にアンタらに何度もやられてないからな」
カイトが強く断言した。そしてジンが、代わって赤獅子に言い放つ。
「ジェスター猟兵団。残党として頑張っているようだが、遊撃士として見過ごせない。お縄についてもらうぞ」
「はっ、そう易々と狩られるかよ」
猟兵たちが立ち上がってきた。ジンの攻撃が聞いたはずだが、さすがに戦闘に慣れているだけはある。
「カイト、行け。
カイトが仄めかしていた通り、ジンの救援は偶然ではなかった。武術家は自身の役割を果たすため、この場にやって来たのである。
「……」
カイトはやや重い挙動で首を振った。そのまま、赤獅子でない猟兵に向かって銃弾を撃ち牽制する。
隙を見計らってジンが突進。あっさりと猟兵の環は乱れ、カイトはその場を抜ける。
しかし振り向き様、カイトは銃弾を撃ち込んだ。それは乱れることなく、赤獅子の肩口に炸裂する。
「っ、ガキが……」
赤獅子が、憎々しげにカイトを見る。
また、ジンも驚いた。単純に考えて、カイトが赤獅子に勝てるとは思えないからだ。アネラスなら、太刀打ちできる可能性は十分にあるが。
「赤獅子はオレが引き付けます! ジンさんはジンさんの役割を果たしてっ!」
カイトは言った。
一瞬の静寂の中でジンが考える。確かに己の役割を全うするなら、赤獅子がいない方が助かる。
時に激情に駆られやすいカイトだが、今は冷静に思考を巡らしているらしい。その少年が、あえて勝ち目の低い敵と対峙すると言っている。
単純に勝つという選択肢でも、自己犠牲の精神でもない。メンバーの一人として、冷静に目標の本質を捉えるために自ら作戦行動に反しようとしているのだ。
時に柔軟に規律の網目を掻い潜り、理念のために行動する遊撃士に、少年が昇華しつつある。今こそ、少年を信じる時だ。
「……任せたぞ、カイト」
返答の代わりに、カイトは二発目の弾丸を赤獅子に放った。引き続き、赤獅子をこちらに引き付けるためだ。先ほどはアネラスより少年を選んだ赤獅子だが、今度はどうか。
「上等だっ! 鬼ごっこの続きをしてやる!」
猟兵たちを残して、一人少年を追っていく。リーダー格ではあるのだが、少しずつ冷静さを欠き始めている様だった。少年少女の挑発が、じわりじわりと効いているのか。
逃げるカイトと、追う赤獅子。その姿が消えるのを見計らって、ジンはふぅ、と一息吐く。
「さて、ここからは俺が相手だ、ジェスター猟兵団」
「く、くそ。俺たちだけでこいつと戦うのか」
「怯むな! 今こそ、復讐の時だろう!」
赤獅子に頼っていたらしい猟兵たちは、焦りながらブレードを構えてくる。
到底相いることは出来ないが、それでも自分たちへの復讐という意志は強いらしい。僅かにちらついた怯えを掻き消し、果敢に声を上げている。
「いいぜ、過去の因縁に決着をつける時だ。」
カイトのおかげで、自分は本来の役割を果たすことができる。猟兵たちを倒す以外の、もう一つの重要な役目を。
ジン自身が例に挙げた、テロリストの空気を持つ者たち。彼らが個々にいなかったのは想定外だったが、それでも関係ない。実働部隊らしき猟兵団を倒すことで、積極的に遊撃士の意志を伝えて見せる。
「そして見せてやるよ。俺があいつに追いつくための技……」
ジンは氣を練り上げる。帝国における戦い、今が正念場だから、ゼロ・インパクト以上の覚悟を示して見せる。
「泰斗流奥義、
――――
アネラスとトヴァルが合流を果たしたのは、ジンがカイトの前に現れる、わずか一分ほど前の事だった。
「ありがとうございます、トヴァルさん」
「OKだ。二人なら、ある程度順調に戦えるからな」
ジンほど意表をつけたわけではないが、トヴァルもまた唐突に戦場に現れていた。
アネラスが数の利で攻められている最中だ。突然水が一本の槍となって飛んできて、猟兵の一人がそれを腹部に食らい気絶。驚いて体勢を整えようとした時には、もう一人が電気警棒の餌食となったのだ。
それを成したトヴァルは落ち着いた様子でアネラスに助太刀。武術としての腕前こそアネラスに劣るが、多くの戦闘で培った、自身に最適な立ち回りを駆使して猟兵の攻撃を掻い潜る。翠耀石が込められた警棒の威力も合わさって、アネラス以上の活躍を見せていた。
「今ごろジンさんは、向こうについているだろうな」
「今さらなんですけど」
「あん?」
「どうやってこっちまで来たんですか?徒歩じゃ、どう考えてももっとかかりますよね」
戦いの中で背中合わせになって、場違いにも緊張感のない会話。
「元同僚たちと連絡をとって、馬を拝借したのさ。猟兵たちに見つからずにするのは苦労したが」
「あ、なるほど」
「いずれにせよ、無事でなによりだ。このまま制圧するぞ!」
一人で拮抗を保っていた相手だ。先の奇襲でも人数を削れたし、二人がかりなら時間がかかっても制圧は可能だ。
トヴァルにとっての唯一の気がかりは、ジンがテロリストのようだと言った件の集団がいないこと。しかしジンが向かった方向にいる可能性を考慮して、目に見える敵を倒すことに意識を向ける。
一つの不安要素を捨てきれないのは、この場においてはアネラスの方だった。
「トヴァルさん、一つ気になることがあるんです」
隙を窺いつつブレードを振るってくる猟兵たちをいなし、今一つ全力を出さないアネラス。
「リーダー格の男を引き付けているはずのカイト君を、助けたいんです」
後輩の実力や判断力を信じきれないわけではない。カイトも単純な戦いでは勝てないとわかっているだろうから、無理に戦闘を始めようとはしないだろう。けれどこの森の中を逃げ続けるというのは、少しばかり無理がある。
トヴァルが自分の元に来たなら、例の場所にもジンが到着しているだろうとアネラスは考える。
しかしジンにも、使命があった。あの二人が立ち向かえないのなら、自分が戦うべきだと考えたのだ。
この場にはトヴァルがいる。彼の高速駆動と遊撃士としての嗅覚があれば、この場の猟兵全員を倒すことも不可能ではないはずだ。
「わかった。こいつらは俺が引き受ける。とはいえまだまだ増援の可能性もあるから、お互い気を付けよう」
「はいっ」
返事と同時にアネラスに黒色の波動が覆われる。トヴァルが発動したクロックアップだ。やはり有働が素早い。
木の葉のような剣捌きが直線的に勢いづく。正面突破での離脱を試みたアネラスに、猟兵たちが襲いかかる。しかし彼らの試みは、間髪いれずに出現した黒い引力に行動を遮られる。ダークマター、トヴァルが発動させた空間を司る空属性の魔法だ。本来は対象を空間ごと過重力で押し潰すものだが、対象の足止めにだって使うことができる。
「残念だが、お前たちの相手は俺だ」
トヴァルと猟兵たち。ある意味部外者のリベール三人組と違って、本当の意味で因縁のある組み合わせだった。
「は、舐めるな! カシウス・ブライトがいなければ負けていた分際で!」
「確かにあの時、帝国の遊撃士はお前たちに屈した。今も直、外国の仲間の力を借りなければ戦えない。情けない限りだよ」
思わず出た本音。互いに睨み合う両者は、得物の前に言葉を交えるほど明確にしたかった。ジェスターは怒りを、トヴァルは決意を。
「だがな、俺たちは必ず再会するんだ。支える籠手の名の下に」
警棒の電力を最大出力に。白い線がその周囲をうねって、暴れだすかというほどに帯電されていく。
「どんな苦難も乗り越えて……これがその決意の、第一歩だ!」
猟兵たちよりも早く。トヴァルは動きだした。
手練れの敵に臆せず、果敢に一薙ぎ。猟兵たちは鍔競り合いではなく回避を選択した。
アネラスとの協力で何人か減らすことはできたが、それでも猟兵の数は五人。油断すれば返り討ちに合う。
先程ダークマターを発動できたのは、トヴァルの高速駆動もそうだが、敵の意識がアネラスに向いていたため、というのが大きい。こうして自分一人に剣先が向けられている状況では、発動できるのは初級アーツに限られる。やはりアーツ使いが一人取り残されるのは、厄介だ。
猟兵たちが二人迫ってきた。一瞬遅れたソウルブラーが猟兵たちを襲って、勢いを減じさせる。
ソウルブラーを免れた二人が間髪入れずに切り付けてくる。回避自体は成功したが、白コートの端が切り裂かれる。
分かってはいたが、低ランクとは言えさすがは戦場に生きる者たちだ。一息で勝利、とはいかない。
だったら、次は搦め手。
「だったら、アーツのレベルも挙げなきゃな」
あえて、そう呟いた。猟兵たちに、僅かに緊張が走るのが分かる。
すぐさま深い青の波を纏う。
「さっきの水槍より、きついのをかましてやるっ!」
強めに一言。その言葉に、猟兵たちが歩を詰める。
当然だ。一対多数の戦闘では駆動に意識を回すなんて自殺行為に等しい。だからこそトヴァルは先ほどまで初級アーツしか使わなかったし、猟兵たちも高位アーツの隙をつくために動き出している。
戦術オーブメントの知識を持っている者なら、分かり切っている常識と発想だ。
だからそれを逆手に取る。
やはり、すぐさま波が収束した。波の濃さに反して短かった駆動時間に驚くも、猟兵たちは防御に身構える。
だが、猟兵たちには何も起こらなかった。
「引っかかったなぁ!」
すぐさま、青い光――ティアラの光を纏ったトヴァルが突っ込む。最大出力の電力が、水の攻撃を予想していた猟兵を続けざま打ちのめした。
「くぅ……張ったりかよ」
攻撃を逃れた一人が呻く。その男を含め、残り二人。もう数に任せた突撃は出来ないだろう。
「残念、言葉に騙されるようじゃ、猟兵稼業もまだまだだな」
警棒を持つ手を、ヒラヒラと掲げる。
今のは単純な騙し合いだ。回復アーツは、各々の高位に反して駆動時間が短いという特徴がある。高位アーツが来ると思ったら駆動が早い。攻撃アーツが来ると思ったら、何も起こらず敵の体が青く光るだけ。気がつけば電気警棒が目の前に。
次も簡単にできるとは言わないが、有効な一手にはなった。これで、こちらの勝利はほぼ確実になる。
トヴァルは、腹に力を込めて猟兵たちに言う。
「今頃お前らの仲間たちも、俺の仲間に負けているだろう。武術家はもちろん、女の子に少年だって、勝利につながる強い心を持った遊撃士だ」
「なんだと……」
「今までさんざん遊撃士を馬鹿にしてくれた、そのお返しってやつだ。
……今この場で遊撃士に対する報復を辞めると宣言するなら、この場で見逃してやる。お前たちの仲間に、しっかりとこの言葉を伝えられるのならな。どうだ?」
猟兵たちが沈黙した。本格的に追い詰められ、復讐心と冷静さがせめぎ合っているようだ。
鬱憤を晴らすために警棒で本当に沈黙させてやりたいところだが、完全な勝利を示すためにはこちらも余裕を誇示しなければならない。仲間のことも心配だが、負けていないことを信じてここは耐えなければならない。
だが、それもすぐに終わった。
「残念だが、その要望に彼らが応えることはない!」
二人の猟兵の声ではない。細い声を、無理やり張らせたような怒気。それが聴こえた瞬間には、すぐにトヴァルの全身を悪寒が襲った。直感に従ってその場から跳躍すると、その地面から幾重もの槍が天へと突き出た。
「アースランス!? どっから……」
一度態勢を整えて、近くにいる猟兵を警戒。どうやら二人にとっても突然の魔法だったらしいが、それでも油断はできない。猟兵たちが驚いたということは、彼らの純粋な仲間……つまり猟兵ではないのだ。
だとすれば、つまり……
「っと、第二派かよっ」
続けざまのアースランス。自分やカイト程ではないが、魔法の腕も悪くない。一体、どんな敵だ。
「遊撃士、トヴァル・ランドナー。残念だが、今回の戦いもお前たちの負けとさせてもらうぞ」
二度目の怒気は、思ったより近くから聞こえた。対峙した猟兵二人の奥から現れたのは、この戦場に似合わない、学者のような雰囲気の男だった。
長身。角張った眼鏡に茶と灰のコート。両の手には導力銃と……そして銀色の戦術オーブメント。
「魔法を打ったのはあんたか。……それに、猟兵じゃないな」
「そうだが、細かい自己紹介は後にしよう。それより、今は戦いの続きだ。遊撃士と猟兵……その意地の張り合いのな」
乱入者は印象と違い言葉も少ない。一旦はトヴァルに傾いた戦況を持ち直し、そして落ち着きかけた戦闘に再び火花を散らせようとしている。
自分が奇襲をして作った流れ。その戦法を、そっくりそのまま返された。
あまりよくない流れだ。落ち着いて、もう一度こちらの優位性を説く。
「仮に俺が負けたとしても、俺の仲間が他の猟兵たちに俺勝利するだろう。お前一人が猟兵に加担したところで、状況は変わらないぞ」
トヴァル自身が負けようが、他の猟兵たちは勝てない。それを言い放つ。しかし、言葉による説得もまた、劣勢に返される。
「そんな余裕はないだろう。今頃……私の同志たちが向かっているのだから」
「なんだって!?」
猟兵団と協力する人間、それ自体が複数であることは当然了解していた。しかし、あくまで猟兵よりも戦闘慣れしていな者たちというのが地下道での印象だった。
しかし、眼鏡の男は『同志』と言った。それが目に映る男と同格の強さを持つ人間なのだとしたら。
「さあ、始めようか」
トヴァルの首筋を、汗がしたたり落ちる。有意に進んでいた遊撃士たちの作戦に、初めて明確な影が訪れた。
――――
氣を練り上げたジンと、カイトを追い回していた猟兵たちとの戦い。トヴァルと同じく一対多数の戦いにも関わらず、ジンはさらに優勢に戦っていた。
いうまでもなく、ジンの体術は一流。幸い敵に銃などの遠距離武器が持たない。だから幾人かのブレードに対処して攻撃を加えては、決定打を打てないまま退かれる。その連続だった。
猟兵が真正面からジンに肉薄しないのも、トヴァルと違い明らかに強いからというファクターが働いている。そのせいか、負けない代わりにトヴァルのような不意打ちもできなかった。
そうして移動しつつ、戦場は段々と火事の場所へと、じわじわと移動していく。
熱も火の粉も、はっきりと感じられる所まで来た。
「どうした? 俺たちに復讐するつもりにしちゃ、随分と覇気のない攻撃だな」
何度も重ねた攻防の後、温厚なジンとしては、珍しい挑発めいた言葉。
「そう簡単に騙され、倒されはしない! 俺たちは、本当に貴様の喉を喰らってやる!」
打てば響くような返答だった。これも、何度目だろうか。
「なら、こちらから向かってやるよ」
そう言った。次も、それまでとそれほど変わらない蹴りと突き。しかし最後に、大きく地を抉るような龍閃脚を放ったことだけが違った。
龍閃脚によって比較的ならされていた地面は変形し土は飛沫となって飛び交い、定期的に発生していた攻めと守りの動きが止まる。両者は久々に大きく距離をとった。
ジンは、両腕を顔の前で構えて仁王立った。
土の飛沫が収まる。猟兵たちが回復した視界に捉えたのは出会った中で最も無防備に見える、仁王立ちの武術家。
普通に考えれば攻撃のチャンス。しかしこの場にいる猟兵たちは、目の前の敵が簡単に隙を見せることなどないだろうと判断した。結果、ジンの仁王立ちを慎重に伺うことになる。
その判断は、猟兵たちの勝ち負けを考えれば悪手となった。
「――――ぁぁあああ……」
呼気、吸気。それぞれに熱がこもる。闘志に呼応した紅い氣が、螺旋状にジンを取り巻いて昇華していく。
そして、両腕を十字に振り下ろした。
「――はあぁぁつ!!」
途端にひび割れる大地。溢れ出る闘気。猟兵たちは暴風に当てられたように呻き、そして慎重に向かうという判断が誤っていたことを悟った。
瞳を強く見開き、武術家は言い放つ。
「こいつは、現状の俺の最高の奥義だ。あまり制御が効かないのが難点だがな」
そして、猟兵から顔を動かさず目を反らして続けた。
「お前たちに対しては、少しばかり効きすぎる技だがな。だが奥の
猟兵たちは気づいた。ジンの闘気にやられて意識から外れていたからだ。背後から段々と自分たちに近づいてくる、大きな火という魔物の存在を。
「もう遅い。泰山……玄武靠ぉぉっ!」
瞬時に突進。泰斗流奥義、泰山玄武靠。
ジン自身が巨大な山のような堅牢さ、質量と威力を持って人間を、木々を、そして地面を抉り取り破壊する。ただ単純に、身体を高めての突進。単純すぎる故に、その破壊力は高すぎた。
ジンは猟兵たちを吹き飛ばしても突進の勢いを殺さず、できる限り前へと進んだ。それは、広がりつつある火事を元の木々諸とも破壊させるという狙いがあった。
そしてその狙いは、成功した。木々が根元から抉れた地面は少しばかりの熱があるものの勢いは圧倒的に弱まり、ほとんどが消え去った。
ジンは鎮火方法に水アーツによるそれを提案されていた時、自らが破壊をもって鎮火を行うと仲間に告げた。それは敵に『鎮火には水』というセオリーを見せず撹乱させる意味合いもあったが、ザクセン鉄鉱山のような決意もあった。帝国のいざこざも、自分が治める。それが、兄弟弟子に対する一つの意志表明だった。
その決意の奥義も、まずまずの結果として成功に終わる。猟兵も運よくとどまってくれたおかげで攻撃が行なえたそして第一目的の鎮火もできた。
数十アージュもの突進の勢いを自らの脚で摩擦をかけて止めながら、刹那に考える。これでこちらは決着だ。
あとは気絶奴らを拘束した後、公衆の面前かどこかで軍にさしだせばいい。手を出してくれない遊撃士相手であっても、犯罪者を突き付けられたら対応せずにはいられないはずだ。
ここはケルディック近く、しかしクロイツェン州や帝都近郊まで広がる大森林だ。正規軍・領邦軍どちらも対応が可能だろうが、正規軍の方がましな対応をしてくれる気がする。特に明確な理由はないが、熟練遊撃士としての感がそう告げていた。
あたりを見渡す。さながら大砲が撃たれたようなありさまだ。
そこまで考えたところで、唐突に悪寒に襲われる。
「これで終わりってか? そうは問屋が卸さねえよ、遊撃士ぃ!」
頭よりも先に体が反応する。一瞬前にジンがいた場所、そこに突然大型口径の弾丸が流れ込んだ。
「っ、ガトリング砲かっ!?」
続けざま向かってくる巨大な弾丸を避け続ける。撃たれることによって幹の支えを失い、轢音を響かせて倒れる巨木。それらを影にして一つの木に隠れてから、突然の強襲にジンは叫んだ。
「貴様、
「ああ、そうさ。『現猟兵』ではないがな」
今までの猟兵や他の男たちとは格が違うと、たとえ銃撃を喰らわなくとも気配で理解できる。ジンたち遊撃士とは質が違う、通り過ぎる死を踏み台にして来た圧倒的強者の息遣いが感じられる。
「恨みを連ね、成仏することのない現代の亡霊さ。そうだな……」
ジンは対峙する。自分に負けない程の筋骨隆々の体躯に、巻きつけられた大型の弾薬ベルトは、彼の戦闘力を容易に想像させる。濃紺の短髪、燃えるような瞳の色、そして何より顔に刻まれた十字の傷。
「『Ⅴ』、とでも呼んでもらおうか」
ニヤリと顔を歪ませる。戦場の狩人が、再び火花を散らし始めた。
――――
アネラスは走っていた。トヴァルと別れてから、今のところ敵にも味方にも遭遇していない。
正直なところ、カイトがどこにいるかは判らない。トヴァル一人でも猟兵たちとの戦いが勝てるという確証がなければ、カイトの下へ行くという不確定な行動をするのも、即決は出来なかったかもしれない。
全く持って、他がどのような状況にいるのか判らない。まずは無理やりにでも尤もらしい理由をつけて、自ら能動的に動かなければ。
そう考えて、まずは火事が起きているであろう方向へと向きを改めた。カイトがリーダー格の男に追われている。最悪の可能性を考えるのなら、カイトは彼に追いつかれる。そうなれば、ジンが助太刀に向かう可能性もある。トヴァルといた場所付近に猟兵たちがいなかったことも考慮して、火事の方向にいることが妥当だと思われた。
次にカイトと合流できる可能性があるとすれば、こちらの位置を知らせること。リーダー格以外の猟兵に見つかる可能性もあるが、それならばなんとか対処して見せる。
こちらの位置を知らせるなら、方法は衝撃や……上空への目印。
「アーツ、駆動……」
立ち止まり、翡翠の波をかぶる。十秒弱待機して収束した。
放たれたエアリアル。アネラスはアガットやジン程ではないが、さほど魔法駆動が得意とは言えない。それでも多くの秒数をかけて放った暴風は、大きな竜巻となって木々を揺らし土埃を巻き上げた。
駆動の残滓を感じながら、そのまま息をひそめる。激しい戦闘が繰り広げられているはずのこの森において、長く嫌な静寂だった。
数十秒、一分が経とうか、という時。アネラスの鼓膜に、微かな金属音が届いた。
「銃声!」
偶然か狙い通りの返事か、それとも幻聴かはわからない。ただなんにせよ、やはり火事の方向にその銃の持ち主はいる。
すぐさま駆ける。その瞬間はさほど経たずにやって来た。
「カイト君!」
最初に二人で森に入り、一度分かれてすぐ再開。そしてまた、カイトは敵を誘導するために別れた。
そこから自分はしばらく一人で戦った後、トヴァルと合流。そうやって森を駆け抜けた。カイトも恐らく、敵との抗争以外にもアクションはあっただろう。
そうしてまた、二人は二度目の再開。目まぐるしく変わる戦況だ。
「アネラスさん!」
少年は、随分と木の葉や土にまみれていた。地に隠れるにせよ木に登るにせよ、相当動き回ったに違いない。恐らく今森にいる中で最年少の行動は、ある意味全員に学ぶべきものがある行動だ。
「カイト君、大丈夫!?」
「へへ、なんとか。ジンさんとも合流して、なんとか火事場まで誘導しましたよ」
「そっか、よかった」
「でも気を付けて。ほら、赤獅子が来ます!!」
直後、視界にある木が大上段から粉砕した。破裂音とともに現れたのはリーダー格の男ーーカイトが言った赤獅子だった。
「ほぅ……また小娘と、一緒かよ」
カイト共々疲労が見える。相当引っ張り回されたようだ。
今なら、私でも倒せる。
「カイト君、一緒に倒そう。疲れているだろうから無理しないで、援護をお願い」
「……はいっ」
銃使いなのに後衛の役割を頼まれるのは久しぶりという、何とも珍しい少年。そんな苦笑と疲れが重なった返事にアネラスは笑い返した後、すぐに赤獅子に突っ込んだ。
「せぃやあ!」
「舐めるな!」
八葉滅殺の連撃に、意外にも赤獅子は小刻みに斧槍を振るって対応。
素の実力では、僅かに劣るか。しかし疲労と援護がいるというアドバンテージがある以上、こちらも負けはしない。
続く一閃。避けた赤獅子が無防備なアネラスに容赦ない一撃を与えようとする。
しかし袈裟懸けの猛攻は、カイトのソウルブラーによって遮られる。
互いの隙を埋め合う。アネラスはさらに赤獅子の猛攻がカイトに向けられないよう立ち回る。コンビネーションというほどでもないが、上手く合わせられている。伊達にアガット班の仲間として日々を共に過ごしている訳ではなかった。
「行くよ、カイト君!」
「はい!」
機動力が落ちつつある赤獅子に、若き遊撃士の牙が迫る。
――――
行ける! と、赤獅子との戦いが始まってから確信していたのはカイトも同様だった。
カイトは赤獅子を撹乱するために、アネラスの予想通り体を張っての逃避を続けていた。
相手の手持ちには手榴弾もあるのだ。ただ単純に遠くへ逃げれば良いというわけでもなかった。
逃げ、木の裏に隠れ、すぐさま急旋回。一度敢えて近づいたと思えば、今度は巨木に上り地面の上を飛ぶ。
失敗もした。斬撃が白い服を切り裂いて肝を冷やしもした。それでもなんとか、五体満足でアネラスと合流できた。
ジンは問題なく役目を果たすだろう。トヴァルは合流こそしていないが、あまり心配していない。作戦会議の時から既に漏れ出ていた彼の闘志をみれば、帝国遊撃士の代表として獅子奮迅の活躍をしてみせるに違いない。
二人のことは信頼している。ならば自分はもう一人の頼れる先輩とともに、赤獅子を討つ。
「アネラスさん、クロックアップとクレスト、順番に行きますよ!」
「オッケー!」
アーツが放たれ、アネラスの動きが冴える。
状況は優勢だ。これが続くなら、そう時間はかからずに赤獅子を制圧できそうだった。
「ガキ共がぁ! 俺は恨みを晴らすまで、絶対に負けんっ!」
それでも、赤獅子の眼はカイトが見た誰よりも復讐心に駆られている。リシャールの元で再決起を、と謳ったカノーネやオルテガよりも激しい。
アネラスと赤獅子の攻防とカイトの援護魔法は、激しさを増していく。
その刹那、カイトは考える。作戦遂行のためだけに働かせてきた頭脳だが、今は気になることに思考を巡らせる余裕がてきた。
猟兵とも違う、ジンが『テロリスト』と称した彼らがいないことに。
おかしいのはそれだけでない。猟兵たちの立ち振舞いだって、帝都の時とは大違いだ。あの時は傷つけこそすれ殺そうとはしていなかった。今日のように、手榴弾を放ったり殺気を顕にはしなかった。
全体をみれば概ね順調、しかし不確定要素が目立つ。予定通り猟兵を制圧できたとしてもその違和感がカイトの心に影をさした。
この違和感は、カイトのみならず遊撃士全員が考えていることでもある。しかし先輩たちは、突然のトラブルが発生してもなんとか対処してみせると、落ち着いていた。強い意思を持って、先輩としての理想的な立ち振舞いを演じていたのかもしれない。加えてカイト自身は知らないが、先輩二人は既に不確定要素にぶち当たっている。
余裕がなかったからこそ理想的な思考を続けていたカイトは、今不安を抱えている。加えて、アネラスと共に戦っているとはいえ後衛の位置……少女とは十アージュ近く離れていた。
だからだろうか。その不確定要素の塊が、カイトただ一人を狙いに定めたのは。
突然の悪寒が、カイトのみならずアネラスまでも襲う。その二秒後、カイトのみを狙うように横から斬撃が跳んできた。
いや、そんな生易しいものではない。遠くから圧倒的な速さで向かうそれは、木々を両断しても衰えることがない。禍々しい紫の円盤は迫り、そして少年の頭上すれすれを通りすぎた。
あっという間の一撃だった。自分は勿論、アネラスでも無理だ。リシャール……とまではいかないが、それほどの武人に匹敵する殺意。
カイトは、立ち竦んだ。恐怖が込み上げるのが唐突過ぎて、回避すらできなかった。
アネラスですら、口をポカンと開けて攻防が止まってしまう。
赤獅子だけが、拍子抜けした様子で声を出した。
「なんだ、アンタかよ。よくも邪魔してくれたな」
戦いが止まる。十秒ほどの永い沈黙の末、彼は顕れた。
「なに、思ったよりも彼らが食らいついて来たからな。このままでは時間がかかると思って、同志共々助太刀させてもらった次第だ」
彼の顔は見えない。頭部を覆う漆黒の仮面、顔を隠す緋色の面。長身と、歪なストライプが入った漆黒のマント。
何より目につくのは、その左手に握られた
誰なのか、そして素顔すら分からない。しかし敵であるということだけは分かる。
「新手か……」
カイトは呟いた。しかしそんな言葉だけで表せるような障害ではないことは先程の飛ぶ斬撃で理解した。自身も先輩も、この男にはまず勝てない。精々、逃亡が成功する程度か。
「ジェスターだけで十分対処できる……と言いたいが、いいぜ。依頼人の指示には従うさ」
「と言いながら、先ほどまでの君たちはどうにも殺気に満ち溢れていたようだが?」
未だ乱入者の存在に驚きを隠せない二人。敵である二人は、会話を続ける。
「なんとでも言え。依頼者が目の前にいるなら、そう失敗は起こさないさ」
「ふっ、ものは言い様だな」
互いに苦情して、返事をする。
「では赤獅子殿。貴方には、その娘を頼もうか。私は、その少年の相手をしよう」
「ほぅ、アンタがこのガキを相手にするってことか」
余裕綽々の仮面の男に、少年少女は戦慄せずにいられなかった。
この状況で一対一に持ち込まれたら、少なくともカイトは太刀打ちできない。そうなればアネラスも無事ではいられないだろう。
「カイト君、一旦引くよ!」
「はい!」
一気に方向転換。仮面の男と赤獅子の二人からの逃走を試みる。
「仕方ないな、それでいい。ガキの面倒は任せたぞ」
「フフ、承知した」
カイトは走りながら、恐る恐る後ろを見る。
赤獅子は今までと違い、なんとものんびりとした様子だ。対して仮面の男は、両膝を軽くかがめていた。
次の瞬間、仮面の男がカイトに向かって跳んだ。
「なっ!?」
瞬間移動とまではいかない。けれど想像したより何倍も速い。
一息でカイトの近くに着地した後、手に持つ双刃剣を振るってくる。その攻撃は辛くも外れた――いや、外された。
「やば――」
崩れた体勢へ、容赦のない蹴り。カイトは容易に吹き飛ばされた。
受けた腰に鈍痛が走る。着地、体を回転、態勢を整えようとする。しかし、すぐさま仮面の男の体術の餌食になる。
「カイト君!?」
攻撃を数度受けるころには、アネラスの姿も見えなくなった。赤獅子の喜ぶような咆哮だけが、幽かに響いた。
アネラス・赤獅子と完全に分断された場所で、ようやく攻撃の嵐は終わった。
「くそっ……」
すでに全身に攻撃を受けて全身がボロ雑巾状態。カイトは悪態をつく。
「随分と手厚い歓迎だな」
「フフ、諸君ら遊撃士のことは、好意的に見ているつもりだからな」
「そんな人間が蹴りをかますわけあるか……」
もう一度逃走を考える。だが、一度否定する。今試みて、盛大に失敗したばかりだからだ。
どのようにするにせよ、何とかしなければ。
「なんでオレなんかを相手に選んだんだ」
「確かに、彼の武術家に警棒使い、そして八葉の剣士。彼らも戦うに値する強者たちだ」
ダブルセイバーの片刃を、ゆらりとこちらに向けてくる。
「しかし武の強さなどで事を判断しているなら、当の昔に諸君らを殲滅していた」
当然のように言われた言葉に、思わず生唾を飲み込んだ。
「私が求める者は、君のような弱者にこそ聞きたいもの。存分に楽しませてもらおう、カイト・レグメント」
「くっ」
振りかぶられる双刃剣。カイトも恐怖を振り切って、何とか銃を構えた。
「我が名は『C』。それだけ覚えていてもらおう」
それぞれの場所で、多くの人と人が競り合い、逃げ、追い、辿り着いた敵との邂逅の場。
誰もが各々の戦いに、単純な強さ以外の何かを求めていた。
アネラスは赤獅子と、その命を。
トヴァルはGと、それぞれの意志を。
ジンはVと、己の為すべきことを。
そして、カイトはC。揺らめき定まる、存在意義と信念を。
幾多の想いをかけた最終戦が、始まる。