「さぁ、始めるとしようぜ武術家ぁ!」
Vと、男は自らの事を呼称した。当然ながら本名ではないだろう。恐らくは本名の頭文字だ。
先ほどカイトは、斧槍を持つ猟兵のことを『赤獅子』と読んでいた。こちらは渾名だろうが、両者の呼称の質が違うことが気になった。
なおもVの絶え間ない砲撃は続いている。木々を盾として利用して避け、ジンは思考を巡らせる。
恐らく両者は違う組織の人間だ。Vが『元猟兵』と言っていたことも加味すれば、Vが属する組織がジェスターに与していた謎の組織に違いない。
「お前たちは……何者だっ!」
ガトリング砲の嵐が止んだ。すかさず特攻。台詞を吐きながら、二十アージュ近い距離を縮めた。
しかも、死角を利用しての肉薄だ。一打目の拳は用意に背中に食い込んだ。
「お前
しかしジンの攻撃をまともに受けたにも関わらず、Vの体勢は崩れなかった。むしろジンとの距離が縮まったのをいいことに、拳で反撃してくる。
回避したら砲弾が来る。そのまま肉薄して攻撃だ。
拳と拳が重なった。両者の右拳に鈍い衝撃と痛みが走る。
「っ! 次だぁ!」
次は蹴り。互いの脇腹に命中。
泰斗流の免許皆伝者であるジンと、我流の動きにも関わらず互角に戦うV。相当の実力者だ。
蹴り、と見せかけて次は拳。狙いはガトリング砲。初めてVが隙を見せて逃避した。
「流石、泰斗流の遊撃士だな。そう簡単に倒させちゃくれねぇ」
離れての睨み合い。どちらかが動けばすぐにそれに対応できる状況で構え、制止する。
「泰斗流を知っているか。元猟兵の名は伊達じゃないらしい」
「嬉しいことを言ってくれるぜ。……ま、ジェスターの奴らより名の知れていた自信はあるな」
「共和国にも来たことが?」
「詳しくは言えないが……何度かな」
「何故遊撃士を着け狙う? ジェスターに加担する理由は?」
「ははっ、報酬も対価もなしに答えだけを得るってか。遊撃士ってのは、お気楽なもんだ」
「生憎、簡単に人を殺めて得るような報酬や対価はいらん口でな」
「なら質問に答えてくれよ。場合によっちゃ、それを対価としてもいい」
ジンは意外に感じた。殺し合いを要求してくるかとばかり思っていたからだ。
「意味のない質問なら、切り捨てるぞ」
「なに、聞きたいことは一つだけだ」
この戦場で場違いにも、Vは構えを解いた。仁王立ち、そしてガトリング砲を外した右の手を胸に当てる。
「どんな気持ちだ? 遊撃士が迫害され、命を狙われるっていうのは」
何を、と一瞬思う。しかし思案をやめ、すぐに単純な答えを返した。
「どんなも何も、関係ない。心苦しいが、帝国の事情を考えれば仕方のないことだ」
帝国の遊撃士ではないため、その苦しみを本当に理解しているとは言い難い。けれど他人だからこそ、冷静に物事を見極めなければならない。悪戯に同情するよりも、冷静に力添えをしたほうが助けになることもある。
ジンは龍神功を解き放った。臨戦態勢を整え、こちらから喋りだす。
「気は済んだか?」
「いや、そんなことを聞いているんじゃねえんだが」
「なに?」
「あー、質問が悪かったな。自分の、あるいは誰かの大事な存在が穢され、侵され、傷ついた時。お前たち遊撃士は何ができるんだ?」
これは少し考えた。先程のただ嘲笑うような問いではなかった。それに具体性があるのに実例を言わないような、そんなもどかしさがあった。だから自分の解を示すのに時間がかかった。
ジンは言う。
「……巷じゃ遊撃士は正義の味方なんて言われている。けれど、遊撃士という肩書は一つの手段だ。それをもって何を為そうとするかは、個人の問題になる」
「ほう」
「だからその問いには遊撃士としてではなく、一個人として答えさせてもらう。怒りは吐き出しても、ぶつけてはだめだ。それは本人を破滅に導く」
「つまりお前たち遊撃士は怒りや復讐心の前では無意味、だと」
無意味だと、そうは認めたくない。だが、本当の意味で自らの心を救うことができるのは、本人だけだ。
カイトもそうだ。だからこそ、最後は見守ることが自分たちのなすべきことになる。
「まぁいい。全てじゃないが、質問に答えてやるよ」
ジンが聞いたのは二つだった。何故遊撃士を狙うのか。そして、何故Vがジェスター猟兵団に協力するのか。
「単純明快、俺
声に出さず、ジンが驚く。今までにない組織間の関係が見えた。
そしてジェスターと協力関係にあったと思っていた組織は、想像以上に大きなものだったのだ。
「俺はまぁ、遊撃士に恨みはねえ。だけど目的のために……あのアーツ使い共々、国外へ出てくれねぇか?」
戦闘が始まる前の独特の静寂。この戦いに負けるわけにはいかない。会話もそろそろ幕引きだ。
「トヴァルは兎も角、俺たちは出て行ってもいいぞ? お前たちが手を引くならな」
「はは、お互い引く訳にはいかねえようだな」
お互いが得物を構える。すぐさまジンは突進し、それをヴァルカンは後ろに跳ぶことで避けた。着地と同時に砲撃。それは手甲にかすり腕を震わせる。ジンは幸運に感謝しながら木の陰に隠れる。
「楽しませてくれよ!」
続く銃弾の嵐。ガトリング砲だけあって、さすがにそう簡単に攻撃は止まらない。かと言って隠れているだけではいつまでも勝てない。
殆どは鎮火できた。ここが森の内部である以上公の人間から見つかる可能性も低いが、仮に軍がやってくれば遊撃士であろうと拘束は避けられない。あまり激しい戦技を連続するのも良いとは言えないが……。
それでも、すぐに勝たなければいけないのはどちらも同じだ。
「……舐めるな!」
大技上等、荒し上等。この時ぐらい、その程度のリスクは背負って見せる。
「――はぁあ!!」
雷神掌。氣が込められた波動を、木々の向こうにいるVめがけて直接放つ。
爆発の向こうでVの呻く様子だけが見て取れた。再び飛び退く瞬間を見計らい、その一瞬をついて今度は連続の蹴り――龍閃脚を見舞う。
Vは雷神掌の爆風には巻き込まれたらしいが、その後の龍閃脚は危なげながらも冷静に対処している。
それでも、怯んでは駄目だ。中遠距離でこちらが不利な以上、近距離を維持しなければ。
続く拳での戦い。Vが砲身を使って衝撃を与えてくる。それを咄嗟に受け流す。
「いい攻撃だぜ!」
ジンがVの頭部を殴った。
「黙れっ!」
Vがジンの鳩尾を突いた。互いに呻く。
「いいじゃねえか、互いの使命を果たすとしようぜ!」
ジンが体を翻して渾身の回し蹴り。Vは己の左側から来るそれを掲げた前腕で受け止める。
「使命だと!?」
「そうだ! お前は制圧を、俺は殺しを!」
と言うが、目の前の男には赤獅子と同じような殺戮の意志は見受けられなかった。
Vは強い。自分とこれだけ互角に戦っているのだから、カイトやアネラス、トヴァルでさえも敵わないはずだ。
ただ戦いに勝つ。それだけなら自分たちと同じように強襲をする相手をもっと考えればよかったはずだ。しかし、あろうことか元猟兵は自分の目の前に来た。
なおも続く、淀みなく、そして苛烈で、常に位置を変動させながら続く殴り合いの応酬。ジンは本気だ。そしてほぼ間違いなく、Vも持てる力の全てをかけて一撃を放ってきている。
その、さながら物語の見せ場のような戦いが、違和感に他ならない。
「まだ、まだぁ! 続け、ようじゃねえか!」
互いに息が切れかけている。近接という無酸素での戦闘を続けたのだから当然だ。
質問をされもした。だがそれも妙だ。何故元猟兵風情に、復讐という自爆装置について問われなければならない。
「V、お前は……」
「あん?」
目の前の男は殺し合いも、ましてや戦闘における勝敗も
何度も来る拳、蹴り、砲身の打撃。ジンはここへ来て初めて、その攻撃をもろに受けた。
吹き飛ばされた体を翻す。器用に受け身をとって反転、立ち上がり銃弾の嵐に備える。
しかしガトリング砲は、すぐに火を噴くことはなかった。
「てめえ、何故攻撃を受けた」
ほんの一瞬前まで全力の攻防をしていたからこそ、Vには今の攻撃が真に自分の力でなしたものでないことをすぐに理解できた。
「戦いだけを求めているわけじゃないのは、お互い様だろう?」
「なら、何を求めていると?」
「答えを求めている。復讐という在り方に対する、遊撃士の答えを。違うか?」
何故、Vはあんなことを聞いた。何故、Vは自分の答えを聞いて拍子抜けたような顔をした。
答えは単純だ。自分の答えに、Vを退けるに足る何かなかったからだ。
図星だったらしく、Vは静かな笑みを浮かべてくる。
「ハハ……で、さっきと違う答えを教えてくれるのかよ?」
「残念だが、俺個人の考えは変わらない。どうあがこうが、復讐はよくないことであると」
復讐は自らを滅ぼす、だから行ってはいけない行為。それがジンの答えだった。
だが考えれば、それは他人の復讐についての答えでしかなかった。まだすべてに答えていなかったのだ。Vの落胆したような感想は、その辺りに理由があったのかもしれない。
「自分が復讐する側に回る時……そんな状況は、考えたことがなかった。そうなる側に立ったことがないからかもしれない」
師を亡くしたことがある。
かつて、理由も知らないまま見届けられることとなった泰斗流の師リュウガと、兄弟子ヴァルターとの決闘。
理由は知らなかった。先見の明を持つ師の真意も、幽世に消えてしまっては判りようがない。兄弟子にも実力で劣る以上聞けるわけもなかった。そして師の一人娘もまた、大陸中を歩き渡ることになる。
ヴァルターでもすら知りえない真実があるとはいえ、縁ある人が大事な師を殺した。それは変わらない。心に浮かぶのは、怒り、戸惑い、焦燥、寂寥。これを復讐心と言えばそうなのかもしれない。
「遊撃士であっても所詮は人間だ。大事な何かを侵された時、復讐を考えたっておかしくない」
「だろうな」
「……だがな」
けれど少なくとも、今の自分は違うとはっきりと言える。ヴァルターの真実を聞き、自分と師の真実を届け、そして不甲斐ない兄弟子に
これが自分の目的だ。
「復讐をしてはいけない、だけじゃない。復讐に駆られていても、多くに支えられてその苦しみを乗り越えられる者がいる!」
エステルは、百日戦役で母親レナを亡くした。それでも自分の感情に折り合いをつけ、多くの人をその輝きで照らしている。実力や経験で勝る自分やリシャールにさえ、大きな影響を与えてきたのだ。
何よりこの場で言いたいのが、カイトの存在だった。彼こそ、自分が知るリベールの人間の中で最も己の中の復讐心と戦っている人間なのだから。
「ある奴が言った。強い人間だけが可能性を持つ訳じゃない、弱い奴だって強くなれる、と」
それはきっと、今の状況に当てはめればこういうことだ。
「俺のような『復讐はだめだ』という者だけが、これを語れる訳じゃない。何故なら――」
「復讐に駆られた人間も、多くの苦悩を経て踏みとどまることができるから……か?」
意外にも答えを先に出したのはVだった。驚くが、同じ答えに頷いて見せる。
「そうだ。負の可能性がそうな様に、正の可能性だって誰にでもある」
自分より弱く、身の丈も小さく、経験もない。そんな少年が、必死で己の中の本心と戦っているのだ。これに、心を震わせないわけがない。その決意と覚悟に、先輩が奮い立たされないわけがない。
だからこそ、自分はこの場で少年の意志を代弁して見せる。
「それがアンタの答えか、武術家」
「正確には俺たちの、だ。お前が聞きたがっているような諦めの答えを口にするわけにはいかん」
「そうかよ。全てに納得がいった訳じゃねぇが……まあいい。取り敢えずは納得してやるとするよ」
言葉通りの意味なら、Vが自分と相対した目的は果たされたということか。
不意にVは、大胆にもこちらに背を向けた。遊撃士が不意を突くことはないとでも考えているのか。どのみち目の前の手練れ相手に不用意に近づこうとは思わないが。
「残るは敵同士、意地の張り合いだけだ。こればっかりは実力で決めるとしようぜ」
言葉は出尽くしたと言わんばかりに振り返る。すぐに弾丸を撃ち込んでくることはなかったが、それでもガトリング砲は正面にどっしりと構えられた。
そして、銃器から重い音が発生する。導力車のエンジンが駆動するような金属音だ。今までの攻撃とはレベルが違うのは、円状に並べられた銃口の中心の銃口から紅い排熱が漏れていることからも判る。
オリビエがそうであるように、銃を持つ者が持ち得る一撃必殺の銃弾――この場合は砲弾か――を放つつもりだ。
「もう一度、放ってこいや。泰山玄武靠とやらをよ」
「……いいだろう」
Vの乱入によりいくつか問題が生じたが、敵である猟兵たちに灸をすえるという目的は変わらない。
その問題である仲間たちの安否も、Vを倒さなければ成し得ないのだ。
戦場で場違いに仁王立つ。呼気と吸気、どちらも丹田に力を入れ、一息に解放した。
轟きひび割れる大地を見て、Vはその相貌を強く歪めた。
「さあ、武術家。雌雄を決するとしようぜぇ!!」
Vも同様、ガトリング砲を真正面に構える。紅い排熱が、近場の草木を焼き切っていく。
ジンが飛び込み覇気を纏った二度目の泰山玄武靠。Vが超威力の爆炎を生む砲弾――デストラクトキャノンを放つ。
巨大なエネルギーが衝突し、爆風が大森林を揺らした。
――――
二人の猟兵は、決死の覚悟で自分にブレードを向けてくる。これはそれほど苦しいものではなかったが、戦場に突如乱入してきた男の方が厄介だった。
遊撃士が他の戦いに長けた者と違う特徴として、戦術オーブメントを愛用する者が多いという点がある。
つまり猟兵たちは戦術オーブメントを持つ遊撃士にある程度慣れてはいる。しかし遊撃士自身は、戦術オーブメントを持つ人間との戦闘経験が圧倒的に少ないのだ。
猟兵二人の連撃の末、今度はこちらが電撃を――と思いきや、突如天から降り注いだ大岩が特攻を邪魔させる。瞬間的にトヴァルはエアストライクを大岩にぶつけた。それで、態勢が再び後手に回ってしまう。
反撃に出ようとすると眼鏡の男にアーツ駆動と銃撃で邪魔される。この繰り返しだ。あまり戦闘慣れしている様には思えないが、絶妙な戦況操作には舌を巻いた。
ほとんどその場から動かないという違いはあるが、それでもカイト以上に精密な銃捌き。トヴァルのような高速駆動術がないとはいえ、ストーンインパクトにブルーインパクト、エアリアルといった多種多様なアーツの数々。
油断は到底できない。というより、はっきり言って危機に違いない。
「猟兵じゃないって言ったが、なら何故アンタは遊撃士を狙う?」
苦し紛れに、眼鏡の男に向かって聞いた。多少距離があるから、大きめに声を張ってだ。
「貴様らが余計なことを詮索する必要はない。確かなのは、互いが互いを恨む怨敵だということだ」
一対三の乱戦は続く。やっとブルーインパクトを猟兵の一人に命中させられた。その一人に警棒を振るうが、そこまでの威力にはならなかった。
今度は男が放ったブルーインパクトがトヴァルに向かう。これを左肩に食らってしまった。顔を歪めて、それでも足に力を込めて耐える。
「それは猟兵と俺たちに限った話だろうっ。アンタ個人の話を聞いているんだ。見知らぬ他人に突然恨まれるようなことをした覚えはないんでな」
猟兵相手ならば、過去から現在までの因縁を考えればこうして真っ向から戦うのもまだ理解できる。もちろん、好んで戦いたいとは思っていないが。
返答を待つ。だが、
「……」
眼鏡の男は無言を貫いていた。
無視かよ。いいぜ、だったら答えを引きずり出してやる。
「テロリスト」
「何?」
「俺の仲間が導き出した、アンタらの正体だよ」
「ほぅ、面白いな」
余り動揺した様子を見せない。真意がどうだか、今一つ判りかねる。
「テロリストか。察するに、共和国出身の武術家の言葉だろうな」
「……ご明察」
割とあっさり見透かされ、気分が逸らされる。
「共和国は反移民政策主義が活動しているとのことだからな。テロの空気を察せられるというのは、納得ができる。だがそれで納得するとでも?」
「もちろん証拠はない。けどな、それは俺の推理を聞いてからにしてもらおうじゃないか」
未だ猟兵たちの攻防は続く。しかしトヴァルの言葉に興味を持ったのか、男は戦術オーブメントを持つ手を緩めた。下手に近づいたら銃を撃たれたので攻撃を許されたわけじゃないが、それでも口を動かす暇はくれるのだろう。
さあ、今が正念場その一だ。少しでも、相手の動揺を誘え。
「アンタたち別の組織は、猟兵と手を組んだ。……いや、雇って利用したんだ」
襲撃を受け、それが猟兵だと気づいた辺りから、トヴァルはずっと気になっていた。何故、猟兵は自分たちを襲えるのかということが。
襲うのか、ではない。襲うことができるのか、である。
脱走後どのような経緯があったかは知る由もないが、猟兵たちが帝国軍の牢に入っていたことは明白だ。そこから脱走したのであれば、当然無一文ということになる。当然武具はないだろうし、ジェスターの再襲撃ともなれば確実に諸外国から遊撃士が集結するだろう。
資源調達のために何かしら一般人に被害をだすのなら、それは帝国時報の一面を飾るはず。それがないのなら、奴らは秘密裏に誰かと協力したことになる。
復讐は大きな目的の一つだろう。だが恐らくは、資金難に陥っていたところを眼鏡の男が属する別の組織に利用された、あるいは利用したのだ。
「本当に復讐したいだけならさっさと殺せばよかった。でも命がある理由には、お前らの方針があるんだろうがな」
「……さすがは遊撃士と言ったところだ。だが!」
少しばかり、眼鏡の男から余裕が消えた。と思うと、男は緑色の波を纏う。
舌打ちしながら、トヴァルはエアストライクの烈風を避けた。
「推理のお返しがアーツかよっ」
「それだけでテロリストだという証拠にはならないということだ」
トヴァルが高速駆動で生んだファイアボルトの群れ。複数を狙う火球をあえて集中させることで、猟兵の一人はやっと沈黙する。トヴァルはもう一人のブレードを受けて二の腕に血の線を走らせたが、それでも気合で自分を奮い立たせる。
その時だ。今度は青色の波を男が収束させる。
「甘いな遊撃士。やはり正義の味方という者は常に数えるほどしか人を救えん」
どんな攻撃が来るのかと身構えたが、変化は沈黙した猟兵に現れた。清らかな水膜が白光を帯びて猟兵を包み込む。それが収まるころには、傷があるものの覇気を取り戻した猟兵が立ちあがった。
セラスだ。裂傷・打撲・出血等のダメージを癒すティア系統ではなく、衰弱状態の体を活性させる効ことに重きを置かれた魔法。緊急時を除き余り推奨されないものだが、それを猟兵に使うとは。
「その程度の攻撃では、意志を貫くことなどできはしない。愚かな鋼の意志に飲み込まれるだけだ」
非道。そんなイメージを抱かせる眼鏡の男だが、印象と不釣り合いなほど、瞳には強い意志が宿っている。
「だからこそ、貴様たち遊撃士にもこの国を任せてはおけない。帝国を守る……その意志を貫くというのなら、力を証明して見せろ!」
男は言い放った。仮にも猟兵と手を組むような人間が、遊撃士に向かって調子のいいことを言う。
だが、そこまで宣戦布告をされて黙ってはいられなかった。
「いいぜ。なら帝国の遊撃士代表として、堂々この戦いに勝ってやる!」
ただ、この戦いに勝つ。それだけが、この敵を退けられる方法というのなら。
未だ状況はいいとは言えない。猟兵二人の苛烈な攻撃と、その網目を狙うような男の魔法。後衛に陣取る遊撃士が得意とは到底言えない状況だ。
それでも、一つだけ、これだと考えられる可能性はあった。この窮地を脱せられる方法が。
魔法が得意な自分は後衛でこそ輝くが、守ってくれる前衛がいなければ何の役にも立たない。帝国の協会支部が閉鎖していく中、トヴァルはそのことを改めて実感したのだ。
それでも、一人だけになっても戦い抜けるように青年はもがきにもがいた。
そのうちの一つが、高速駆動だ。これは元々機械弄りが好きだったから苦もなく行えた。
二つ目に、並走駆動というものがあった。読んで字のごとく、走りながらアーツを駆動することだ。だがこれは戦闘になれた者なら誰もがいつかは習得できるもの。
並走駆動の上位技術に並戦駆動がある。トヴァルが便宜上名付けたものだが、これは今の自分では出来ない。
そして三つ目。これこそが、トヴァルが最も意識を傾注したものだった。武術や流派を持たない自分が、彼らのような力を得るための一つの可能性。これなら、猟兵二人はおろかその後ろに控える男も一網打尽にできる。
だが当然難点はある。隙が大きいから、それを自分が制御できるか。
いや、やってやる。そうでなきゃ、遊撃士再興の覚悟など語れるものか。
「さて……一丁、やってやるかっ」
ニヤリと、不敵に笑って見せる。
数秒の駆動の末、まずはA-クレストを重ねて発動。アーツ体制耐性を増幅させる。
なおも威力の衰えない連撃を避けながら、トヴァルは戦術オーブメントを懐から取り出した。そして、先日カイトに紹介したクイックキャリバーを取り外す。
本来ならEPカプセル等を填めるその場所に、今度は拳大の導力器を取り付けた。装飾もなく配色も灰色、無機質な、これといった特徴もないものだ。
「ほぅ……?」
初めて見せた謎の行動に、攻めの手は緩めずに男が反応した。
トヴァルは唐突に翡翠の波を纏う。大丈夫、まだ警戒が高いだけだ。
「アーツを駆動させるな……!」
猟兵たちが果敢に飛び込む。トヴァルは回避のみに専念した。
駆動時間が今までよりも長くなった以上、すぐさま反撃とはいかない。だからこそ、逃げしかない。苦し紛れの警棒の攻撃もほぼほぼ無意味だった。
やがて、時間は過ぎる。トヴァルがまた一言。
「さぁ……コイツは効くぜっ!」
攻撃の手は緩めずとも、猟兵たちの顔が強張った。眼鏡の男が現れる前も搦め手に仲間が沈黙したのだ。冷静に、どんな手を使ってくるか見極める必要があった。
翡翠の波が収束する。しかしそれで、動くことだけは出来ていたトヴァルの足が完全に止まる。
「させんっ!」
右脇腹に一閃。左大腿に一突き。そして背面から衝突するブルーインパクト。トヴァルは吹き飛ばされ、衝撃で剣もさらに抉りこむ。思わず咳込んだ。
背面から地面へ衝突、大の字のまま起き上がらない。それでも幸いか、もう駆動は完了していた。
「いけ――ラグナブラストッ!!」
驚き、猟兵たちが飛び退く。その後を追うように一アージュ幅の巨大な雷が、大蛇のようにうねりながら吐き出され――なかった。
「なに?」
眼鏡の男が呟く。
何も起きない。翡翠の波は収束したまま、それっきりだ。
「不発……?」
今度は猟兵の一人が呟いた。やはり何もない。あれだけ駆動時間が長かったのだ、エアストライクのような初級アーツになるはずもない。
少なくとも、ラグナブラストは発動されなかったのだ。
「なんだ、こいつめ。驚かせやがって」
何とか立ち上がるトヴァルに、猟兵は荒めの蹴りを見舞う。呻いたトヴァルは、脇腹を抑えた。
「くそ……」
再び警棒を構える。戦闘は再開されたが、今まで以上にヴァルの劣勢だ。猟兵の動きを制しても、男のアーツを喰らう。火に風に水、そして岩の槍。初球のものだが、まともに受ければ衝撃は強かった。
やがて、状況は互角から負け際へ追いやられる。
数分後、完全にトヴァルは動きを止められた。喉元に二つのブレードを突き付けられた状態で。
「勝負はあったな」
眼鏡の男が、近づいてくる。
「だが、解せんな。強いアーツだ、確かに集中が乱れれば不発に終わることもあるが……貴様がそれで終わるほど阿呆とは思えん」
この眼鏡の男だけは、まだ油断を捨てきっていないようだった。
「どういうつもりだ? 何の隙を狙っていた?」
刺すような視線。見るのは、既にコートの中に隠れた戦術オーブメント、そして謎の導力器。
「出せ」
トヴァルは一瞬、眼を泳がせた。業を煮やした猟兵の一人が、ブレードでコートを切り裂いた。器用にも、戦術オーブメントと導力器が見える。
「それはなんだ。これがさっきの行動の原因と見えるが?」
「へぇ、さすがにこれは知らないか」
「ずっと貴様の行動を見させてもらっていたが、終ぞそのようなものはなかったからな」
やはり自分は行動を監視されていたか。しかし、それはともかくとして。
「外せ」
導力器は、未だ戦術オーブメントに接続されていた。
「……」
「外せと言っている」
「嫌だね」
右肩を切り裂かれた。思わず膝をつき、左手で抑える。
「この状況だ。逆転を狙うなら、その導力器が最後だろう」
眼鏡の男が、さらに近づく。動けないのをいいことに、トヴァルの懐にあった導力器を無理やりに引きはがした。
珍しげにそれを観察する。武骨で何の歓声も刺激されない装飾が、世に出回っている品でないことを物語っているが、高速駆動をやってのける目の前の青年なら、戦術オーブメントに関連する何かしらの道具を持っていてもおかしくない。
しかし、それを外された以上反撃の期もなくしたわけだが。
「残念ながら、貴様では意志の証明は出来なかったようだな」
「一つだけ聞きたい」
ブレードによる拘束、そして一閃を受けてもなお、トヴァルの瞳にから戦う意志は消えていない。
「猟兵の目的はだいたい判った。だがお前の目的はなんだ?」
「知る必要はない」
「けれど、そうやって俺たちに怒り、命を懸けるような目的なのか」
意志を証明してみせろ。男はそう言った。まるで遊撃士たちの頑張りが足らないというように。自分たちこそが大切なものを懸けているというように。
「そうだ。そして、その戦いに勝利したのは我々だ」
「まだ負けてない」
負け犬の遠吠え。男には、トヴァルの言葉はそう映った。
「今更何ができる? 気を張るために、自害でもするか?」
「いや、そんな無駄な使い方はしねえよ。いつだって、迅速に確実に。それが、守る者の責任だからな。それに、遊撃士が倒れちまったら誰が民間人を守れるんだ」
言葉遣いは、未だに強い。内容はただの減らず口だが、こいつは何を企んでいる?
男が逡巡する。勝利を疑わない猟兵を余所に、男が強気でいる理由を考え始める。
トヴァルはとうとう、ブレードをその手で掴んで、血も顧みずに押しのけた。
「けどな、それは決して体を張らないってわけじゃない」
「なに?」
「命を懸けるのが、体を張るのがお前たち犯罪者だけだと思うなよ!」
鋭い痛みも気にせず、ニヤリとトヴァルが笑った。
「いかん、そいつから離れろっ!」
男が気づいた。しかし、もう逃げられない。
狙うのは隙だった。
アーツ使いの大規模な攻撃には、必ず導力の収束という拍がある。そして攻撃する場所は、味方がいない場所。その意識があるなら、生まれる隙はその拍と対極にある時。
自分自身が攻撃のしようがない、そして自分と敵が調子近距離の状況が、比べようもなく隙が生まれる時と場所。
まさに今。発動タイミングは、導力器が戦術オーブメントが外れたまさにその瞬間だ。
導力器を作製するにあたって、あえてそう設定した発動タイミングは、見事その役目を担ってくれた。
「もう、遅いぜ!」
トヴァルが叫んだ。
そう、もう遅い。駆動はずっと前に済んでいる。ラグナブラスト、そう叫んだ時から。
あの翡翠のアーツは確かに雷魔法のラグナブラスト。しかし、決して不発に終わったわけではない。しっかりとその魔法は、戦術オーブメントに填めこんだ導力器に
導力器の効果は三つ。威力の増幅、任意の駆動待機、そして魔法形質の固定。
「アーツ、駆動!!」
帯電していたラグナブラストが三つ、球状のそれとなって猟兵と男の周囲を駆け巡る。それぞれが強かな痙攣を与えながら螺旋を描き、そして四人の頂点で融合した。
そして特大の球となったそれは、四人めがけて落下する。
「おい、今すぐアーツを止めろ! このままではお前も――」
「へっへっへ……」
盛大に笑った。親指を立て、それを地面へ突き落す。
「残念だったな。俺のコートは耐火耐雷……加えてA-クレストも発動済みだ!!」
全てはこの時のため。自分がこれを受けるのも想定済み。
さあ猟兵ども、眼鏡野郎。一緒に仲良くお昼寝と行こうぜ。
球が落ちる。咄嗟に遠のこうとした猟兵は、それが叶わずに直撃した。雷撃は直径十アージュ以上に拡散し、加えて風属性最高峰の竜巻が出現。木々諸共、その場の全員を蹂躙した。
見たか、猟兵ども。これが俺の一撃。立場の弱くなった遊撃士、俺がその先導に立って、この流れに反逆するという決意を込めた嵐。
リベリオンストームだ。
「でも……さすがに、効いたぜっ」
導力器を用いることで発動できる、トヴァルの戦技。今はまだ改良中、いずれはもっと発動の隙を埋めなければ。
いずれは戦術オーブメントの中に組み込んでおくのが理想か。そう結論する。
大技が途切れ、静かになること十数秒。のろのろとトヴァルは起き上がる。体はしびれ、自分の命令をすぐに聞かない。しばらくの間は歩く程度の動きしかできなさそうだ。
辺りを見ると、猟兵二人は既に伸びていた。あれだけの至近距離から雷撃を喰らったのだ、しばらくは動くこともないだろう。
逆に自分は、防魔のアーツを使用していたことが功を奏して気絶だけは免れた。全身の痺れと痛みは変わらないが。
さて、もう一人は――
「くっ、小癪なぁっ!」
起きていた。自分と同じように小鹿のような動き。全身焦げ付いて襤褸切れのようだが、眼鏡の男は気を失っていなかった。
「まじかよっ」
予想外の事態だ。まともに受ければ絶対に気を失うはずなのに。
当の男は、苦悶の表情を浮かべながらも強い眼つきでこちらを睨んでいる。
「アーツに精通しているのが遊撃士だけとは思わないことだ」
強く握られているのは、やはり戦術オーブメント。どうやらアーツを駆動して威力をできる限り抑えたらしい。敵にしては、随分と強かな相手だった。
その時、遠くから爆音と振動が響いてくる。
「これは……ジンさんの体術か」
事前の打ち合わせの時に、ジンがどのような技を使うかは把握していた。レグラム領内の目立たぬところで披露もしてもらっている。これの爆音は、泰山玄武靠のそれだ。
眼鏡の男が言った同志という存在。こちらと同じように、敵との戦いが激化しているようだ。
トヴァルは意識を敵へ戻す。
「まだ、戦いを続けるか?」
問題は目の前の男だ。どうにか黙らせないと。そう思い警戒するが、
「いや、止めておこう」
意外にも、停戦の提案だった。
「提案がある。この場は一度矛を収め、互いに仲間との合流を果たすのはどうだ?」
「散々襲撃をしてくれやがったくせに、よく言うぜ……」
「我々とて、不用意に軍を呼びたくはないのでな」
先ほどの爆音は、恐らくこちらのリベリオンストームよりも大規模なものだった。そう考えたうえでの発言だろう。納得もできる。
「……これ以上遊撃士を狙わないと約束するならな」
「少なくとも、今は襲い様がない」
どの道互いに戦えそうにないのは明白だった。互いに仲間の助けを呼んだ方がいい。
少々考えたが、先程の爆音も気になった。それもあって、早々に腹は括れた。
一先ず休戦。両者は重い足を引きずって、大森林を歩いていく。