心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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19話 風を共に舞う気持ち

 

 森の中をアネラスは走る。既に身体の回復は済ませた。赤獅子との戦闘での疲労は残っているが、最低限の行動や援護はできる。

「音は確かこの辺りのはず……」

 赤獅子を気絶させた後に轟音は聞こえた。先輩や後輩と別れてしまった以上、現状どこに向かうのかは判らない確かなのは、あの轟音の先に戦いを続けている誰かがいるということだった。

 まずは状況を知ることが先決。

 一番の心配はカイト。カイトにいくら苦難を乗り越える力があったとしても、仮面の男と渡り合えるか。あるいは逃げられるのか。

 目的地と思われる場所に到着。しかし、音から予想されるほどの荒れた様子ではなく、人間が交戦しながら通過した程度の跡があるだけだった。

「んー。もうちょっと西を――」

 再び轟音。しかも近い。方角は北。

 アネラスが北を見据え、走りだそうとしたその時。

「アネラス!」

 彼女の背後からの声だった。振り返ると、そこには傷だらけの金髪の青年。そして、

「トヴァルさん! と、敵!?」

 トヴァルの背後には、銃を持った眼鏡の男。堅物そうな雰囲気で、なんとも微妙な空気と距離を保ちながら二人は歩いてくる。

「ああ。悪いが、倒し損ねちまってな。一先ずは休戦だ」

 だが、二人の様子を見るにかなりの激戦であったことが伺える。そしてもともとトヴァルが戦っていた猟兵たちがいないことを見ると、多少なりとも勝利という結果を収めたのではないかと思うが。

「お前さんこそ、状況はどうなんだ? かなりの傷だが」

 お互いに情報を交換する。トヴァルはその後目の前の男と交戦し、圧倒はしたが引き分けという形をとったこと。アネラスは赤獅子と戦い、辛くも勝利を収め気絶させたこと。

「ほぅ。赤獅子を倒したのか。女子供と思っていたが、中々やるようだ」

 眼鏡の男は言う。言い方が少々鼻についたが、猟兵団の副団長ともなれば相応の実力者だ。それに一人で勝ったということは、男にとっては意外に感じることだったのだろう。

 一通り説明を終えたところで、トヴァルは振り返る。

「それで? あんたのお仲間の赤獅子さんは気絶しちまったようだが、どうするんだ?」

 トヴァルは敵に仮面の男がいることを知らない。敵のリーダー格である赤獅子が無力化されたことを受けての言葉なのだろうが、それをアネラスは進言しようとする。

「あの……」

「その心配はない。まだ我々には同志がいる」

「なに?」

「もう来る」

 遅れてアネラスも気づいた。風を切る音がだんだん近くなって来る。

 先の轟音とは違う。しかし鋭さと激しさを兼ね備えた剣閃の音が辺りを襲った。

 そして爆音。周囲の木々が袈裟掛けに両断され、その奥から何かが跳んできた。

 アネラスとトヴァルはそれぞれの得物を構えた。しかし二人の目の前に転がり、そして立ち上がったのは茶髪の少年だった。

「ちょっ!?」

「カイト君!?」

 一瞬の間の後、カイトは睨みを利かせた瞳を正面からアネラスたちに移した。

「あれ? アネラスさん、トヴァルさん……」

 それが仲間だと判ると、たちまち少年の顔つきから険が消えた。そのまま膝から崩れ落ちる。

「ちょ、ちょっと!?」

 慌ててアネラスが少年を支えた。脱力具合も傷だらけの顔も、泥だらけの服も、自分たち以上に激しい戦いがあったことを物語っている。完全に疲労困憊だ。

「はは、生きて帰って来れた……」

 さながら戦争難民のような発言。確かに各々命懸けの戦闘だが、カイトだけはより現実味を持っていた。

「やはり一筋縄ではいかない強敵であったな。同志よ」

 カイトが吹き飛んできた方向から現れたのは、今しがた眼鏡の男に語りかけたCだった。双刃剣を軽く振るい、いっそ優雅とも言える足取りで近づいてきた。

「こいつが同志……アンタの仲間かよ」

「フフ……トヴァル・ランドナー。お会いできて光栄だよ」

 トヴァルとアネラスはにわかに警戒を強める。さすがにCが強敵であることが判るらしい。

 Cと眼鏡の男は近づき、そして遊撃士たちを見据える。カイトたち三人は寄り添いつつ、強く睨む。

「すいません。さすがに時間稼ぎをできたかどうかも怪しいです……」

「いや、そんなことはないさ。よく戦ってくれたぜ、カイト」

 遊撃士として、帝国における武の達人たちの存在には少なからず精通しているつもりだった。こんな手練れがまだいたこと自体が意外だったのだ。そんな突然の強襲なのに、実際少年はよく戦ってくれた。傷だらけ、血だらけ、泥だらけの体を見ればそれは容易に判る。誰もが同じく頑張ったが、あえて優劣をつけるならカイトが一番の功労者だ。

 トヴァルは未だアネラスに支えられたままのカイトを労い、彼の頭に優しく手を添えた。そのまま、会話を敵に移す。

「で、まだ戦うってのか?」

「そんなつもりはないと言ったはずだ。何のために、あの場で休戦といったのか」

「Gの言う通りだな。我々の意志はもう通じた。ならばせめてもの礼儀にと、自己紹介をするだけだ」

 Cは眼鏡の男をGと言った。ここで初めて、彼の呼び名が明らかとなる。

 本当は捕まえてやりたいのだが、明らかに遊撃士が不利。休戦の協定を貫いてくれるのなら、このままがいいような気がするが。

 それでも、当初の目的を果たせたのか。得体の知れない、猟兵を操っていたこいつらに、もう遊撃士を襲わせないと確約させることができるのか。

 そのことを聞こうとした時、風が荒れた。次いで爆発。カイトを除くこの場の全員が耳にした轟音だ。

 Cが言う。

「なに、こうして待っていたのは人を待つためだ。そちらが武術家を待っていたように、こちらにももう一人紹介したい人間がいるのでね」

 爆発から間髪入れずに、筋骨隆々の男が遊撃士三人の眼前に降り立った。カイトと同じような飛ばされようだが、彼とは違いしっかりと両足で着地し、そして三人に背を向けている。

 その様子を見て、三人は驚きに駆られた。

「くそ、泰斗の剛撃はさすがに効いたぜ。……あん?」

 筋骨隆々。その姿からジンかと判断したのだが、その声を聞いて驚いた。

 ジンではない。体に巻き付けられた弾薬ベルトは歴戦の猛者を想起させた。振り返った顔に見えるのは十字の傷と、燃えるような瞳。

「って、敵!?」

「マジかよ!?」

 アネラスが、トヴァルが思わず声を裏返させた。声こそ出ないが驚いたのはカイトもだ。突然の乱入者も同様に驚き、手にするガトリング砲を鈍器として当ててくる。

「くっ!」

 まずアネラスがカイトを連れて退避し、トヴァルが咄嗟に警棒を取り出して殴打をいなそうとした。しかし現実として両の得物には質量差があり、トヴァルの防御は簡単に崩される。CとG、二人とは違い、まだ男は戦おうとしていた。

「はは、武術家のお仲間かよぉ!」

 トヴァルが吹き飛ばされ、追撃が来る。しかし、その攻撃は成功しなかった。

 男とトヴァルの間に、熊のような大柄な男が現れ、ガトリング砲を掴むことでその殴打を防いで見せたのだ。

「待たせたな、三人とも」

「ジンさん!」

 カイトほどではないが、これまた体中に裂傷を作ったジンだった。

「へぇ、いつの間にか場所を移しちまったようだな」

 男がそう言えば、ジンが返す。

「そうだな。ずっと互角の戦いだったが、残念ながら決着はつけられなかったようだ」

 ある種清々としているような会話。その後、両者は互いを弾き後退した。ちょうどジンは遊撃士三人と。そして男はCとGに合流した形になる。

 このヴェスティア森林での大規模な戦闘。赤獅子を除く、両陣営の主要人物がついに揃った。

「で? どういう状況なんだいGの旦那」

 男は言った。Gは返す。

「一度休戦、と言ったところだ」

「お前もそれでいいのかよ?」

 男はCを見て聞いた。

「ああ。我々の目的は達せた。各々遊撃士に問い、そして答えも得ただろう。これ以上は余計な世話というものだ」

「そうかい」

 未だ警戒を解かない四人を尻目に、男たちはそんな会話を続ける。

 そして、代表者らしいCが三人の先頭に立って前に出てくる。

 対して遊撃士たちは、ジンとトヴァルが前に出た。カイトとアネラスは後方に下がる。

「それで? どう落としどころを見つけるつもりだ、この状況は?」

 ジンが言った。Cを除いたこの場の六人は、全員多かれ少なかれ疲弊している。総力戦を仕掛ければ向こうの勝利だろうが、全力で戦えばどちらも何人か大打撃を喰らうことになる。

 それに事を大きくして公にされるのは、どちらにとっても歓迎できない状況だ。

 しかし遊撃士にとっては、犯罪者と同様の輩を放っておきたくはない。向こうとしても自分たちの存在を知っている人間を野放しにはしたくないはずだ。

 それでも、七人は不思議と落ち着いて会話を続けた。

「もう、我々に戦う意志はない。このまま互いが互いを忘れ、互いの目的のまま動く。それが最善の道……ということでどうかな?」

 Cが言った。どう考えたってお互い大人しくしているつもりはないだろうが、未来のためにはそれがいいように思える。

 納得はいかないが、それが双方の落としどころだった。

 カイトもアネラスも苦い顔つきのままだ。それでもトヴァルとジンは、Cの提案に静かに頷いた。

 そして会話の主導権を握ろうと、ジンが付け加えた。

「……だが、互いにこれで終了またの機会に、とはできないだろう。俺たちからすれば、またお前たちが襲ってくるかもしれない。

 その可能性をなくせずして、この戦いを終えられると思うのか?」

 間髪入れずにC。

「それはこちらも同じだな。このままでは、今度は大陸中の遊撃士を集めた総力戦となるかもしれない。その可能性を排除せずに、この戦いを終えるとでも?」

 トヴァルが言い返す。

「残念だが、遊撃士には人民保護の原則がある。お前らが民間人と俺たちに手を出さないと約束できるなら、こちとら大きくは出れないさ」

 負けじとGが反論。

「ふむ、我々にも大義となすべきものがある。必要とあれば手段を選ばぬものもあるだろう。確約はできんな?」

 ガトリング砲の男が同調した。

「そうだな。どのみちお前ら遊撃士は、俺たちが何もせずに終わるとは思っちゃいねえだろ。何を持って納得するってんだ?」

 この場の紅一点、アネラスが返す。

「なら、貴方たちは何を妥協するつもりなの?」

 言い合いは平行線だ。遊撃士は安全保障のための優位性がほしいが、Cたちがその確約をできる訳がない。

 双方沈黙した。これだけの大勝負をけしかけた以上、お互い完全に勝利するつもりで言ったのだ。そう簡単に仲良く合意できるようなものではない。

「だったら、名前と目的を言えよ……」

 そんな中、カイトが疲労に満ちた声で言った。

「今決着をつけることはできない、でもトヴァルさんはこの先お前らを相手にすることになる。なら先の勝負を互角にするために、名前を明かす。これが落としどころじゃないのか」

 カイトが言ったのは一つの提案だった。

「オレたちはアンタらの情報を貰う代わりに、有事じゃなけりゃ討伐しないと誓う。アンタらにはもし遊撃士を襲ったら今度は本当に大陸中の遊撃士を集結すると確約する。これで、一先ず互角じゃないのか」

 今は互いに干渉しない、しかし時が来れば全力で相手を叩きに行く。その為の誓いだった。

「と、うちの後輩が言っているが。どうだ?」

 ジンの言葉にCは笑った。それがカイトの提案だからなのか、何の文句も反論も言わなかった。

「フフ。良いだろう、カイト・レグメント。その拙き提案、喜んで乗るとしよう」

 Cは一歩前に立った。双刃剣を軽々と振るい、そしてくぐもった声を張る。

「我が名は『C』。彼の者を討たんがため立ち上がり、同志を求めた。以後、見知りおき願おう」

 次に、Gが前に出る。渋面はそのままに、両の瞳に一際大きな怒りを出して。

「『G』と、そう呼んでもらおう。目的など、初めから変わらん。すべては彼の怨敵に、無慈悲なる鉄槌を下すために」

 三人目が前に出た。

「俺は『V』だ。最近一緒にCの元に集まった、けれどここにいないもう一人の同志の分も代わりに声を張らせてもらうぜ。理由は復讐さ」

 誰かを討たんがために。そして、復讐。遊撃士に対するジェスター猟兵団のような、一つの明確な理由があったのだ。

「これで、満足してくれたかな? 遊撃士諸君」

 本音を言えばまだまだ情報を引き出したいが、あと一つ二つが限界か。

「猟兵たちはどうするんだ? 契約をしていたんだろう?」

 トヴァルが言う。それはカイトは気づかなかったが、確かに気になることでもあった。Cたちと停戦を約束しても、猟兵には関係ないことかもしれない。契約が切れたら、今度こそ見境なく遊撃士を襲うかもしれないのだ。

 Gが答えた。

「その心配は及ばん。猟兵たちとの契約はこれで終了、後は軍にでも差し出すつもりだ。このクロィツェン州であれば、領邦軍が妥当だろう」

 完全に道具扱いなのはむしろ猟兵たちの同情を誘うが、彼らが起こしてきた所業を考えれば妥当な判断だ。もともと、正規軍の牢にいたのだから。

 このCたちの仲間が、気絶した猟兵たちを拘束している最中なのだという。帝都地下道では幹部でない人間もいたのだから、考えれば行き着く予想でもあった。

 Vが、Gが遊撃士たちに背を向ける。Cが外套をはためかせ、同じく背を向けて言った。

「では、そろそろお暇させてもらうとしよう。遊撃士諸君、これでお別れだ。随分と楽しい時間を頂いた」

 なんの感傷もなく、Cたちは去っていく。

「ま、待てよ!」

 これまでの激戦との差がありすぎて、カイトは少しばかり焦った。その迷いが、思わずCを呼び止めるという行動を起こさせた。

「何かな? カイト・レグメント」

 一方のCは、今までの興味か尽きたとでも言うような返事だ。こちらを向かないまま足を止めただけ。

「え、と……」

 が、特に明確に聞きたいことはなかった。咄嗟に出てきたのは、大胆不敵な宣戦布告だった。

「これで終わったとは思うなよ。今度はその仮面叩き割って、今日の借りを全部返してやる」

「仕返しで返すわけか。何とも莫大な利子をつけてしまったものだ」

「百万ミラは下らない」

「できれば、五十ミラ程度にしてほしいものだ」

「それと」

 もう一度だけ呼び止める。落ち着いてくると、一つだけ聞きたいことが出てきた。

「お前たちは、なんて組織なんだ」

 Cは言った。今度は歩を止めないで。

「名乗るようなものなどない。ただ、帝国の解放を願う者たちの集まりだよ」

 敵三人は、木々の影に見えなくなる。やがて気配も完全に消える。

「終わった、か……」

 ジンがゆるゆると息を吐いて緊張を解く。それが、他の三人にも伝播した。

 帝国遊撃士無差別襲撃事件が、ついに閉幕した。

 

 

――――

 

 

 遊撃士たち四人は、疲労を訴えつつも魔獣に注意を払いながら慎重にヴィステア大森林を後にした。魔獣や軍属の人間による調査に怯えつつも、幸運というべきか心配は杞憂に終わり、何事もなく脱出することができた。

 意外だったのは、森林の中で本当に一人の人間とも接触しなかったことである。猟兵との接触やCの部下たちの予想外の行動。様々な可能性は考えられたが、蓋を開けてみればなんともあっさりとした幕引きだった。

 その後四人はケルディックへ到着。その頃には完全に日が暮れていた。早々に宿を取り、今夜ばかりは酒に浮かれることもなく、緊張の糸が切れた遊撃士たちは宿屋の女将に心配をされて叩き起こされるまで熟睡した。

 翌朝……と言うより昼。ケルディックを発ちバリアハートを経由し、時間をかけてレグラムへ。アルゼイド子爵へ大森林での戦闘を報告し、改めて助力をしてくれたことへの感謝を述べ、そして経緯を知る者に報告を入れつつ遊撃士としての依頼に精を出した。

 最も傷や疲労が蓄積していたのはカイトで、少年は他の三人より一日ほど多く休養を取った。その間はトヴァルと共に書類の整理をしたりしたのだが、彼の表情は少しばかり憂鬱さ、悔しさが見えていた。

 そして数日後。遊撃士四人は、帝都近郊の都市トリスタに訪れていた。

「『ボースに、謎の古代龍が出現した』ぁ!?」

「そいつは本当なのか? ミヒュトの旦那」

「ああ、本当さ。記事に書いてあるだろう? チビすけ」

「だからオレはチビじゃない!」

 トリスタの一角、ミヒュトの質屋。アネラスは驚いて言われた台詞を反復し、ジンは落ち着きつつも内心驚き、そしてカイトは店主の言葉に怒り心頭となった。

 そして久しぶりの店内にて、ミヒュトは相変わらず無愛想な表情をしていた。

 ここへ来た理由は極めて単純。トヴァル独自の情報網でやって来た連絡に、ミヒュトから『リベール王国調査隊を連れてこい』との指名があったからである。

 そして何事かと来てみれば、いの一番に帝国時報を押し付けられた。昔からの知り合いらしい、『トビー』と言われたトヴァルは、人使いの荒い店主に嘆息しながらも記事を読んでいった。

『リベール王国に謎の巨大生物出現か』

『リベール王国、商業都市ボースに謎の巨大生物が出現したとの情報が入った。未明、巨大生物はボース地方の目玉であるボースマーケットに飛来し、家屋を倒壊させた。さらには北方の村の畑を焼き払ったとのこと。現在、リベール王国軍と遊撃士協会が調査に当たっている。

 巨大生物は、古代の龍に酷似していたと現地民が述べており、生物学方面での追究も為されるだろう。

 また同都市はリベール王国の北部に存在し、帝国南部サザーランド州に面しているが、サザーランド州国境警備に当たる第三機工師団から、巨大生物の襲来や被害情報は入っていない』

 北方の村とはラヴェンヌ村のことだろうが、村の畑が焼き払われたとは甚大な被害だ。

 ミヒュトは続けた。

「何日か前まであった、別の地方での濃霧は改善されたらしいんだがな。そこへ来て、今度は信じらんねぇような情報と来た。お前さんたちにも教えておいてやろうと思ってな」

 その前提で行くと、ロレント地方の濃霧に関してはエステルか別の誰かかが解決したか、あるいは自然に収まったか。これに結社の関与があったのかは後日当事者たちに聞くとして、問題は古代龍の被害だ。こんな異常事態が続けば、十中八九関与していると疑ってしまう。

「ミヒュト、古代龍については何日か前の情報だろ? アンタの伝で、最新の情報は得られてないのか?」

「それについては心配するな。王国軍と遊撃士協会が協力して解決したって情報が入ってるよ。帝国遊撃士協会は状況が状況だけに情報の伝達が遅いだろうが、数日内に細かい経緯も分かるだろ。

 ……もちろん、お前さんたちはそんな悠長にもしてられないだろがな」

 最後の言葉は三人に向けられていた。

 カシウスの指名により帝国へ訪れて調査をしていた。途中謎の集団から襲撃されたせいで忘れていたが、あくまで目的は結社の動向を追うために三ヶ月前の事件を調査することだったのだ。

 帝国東部を中心に自らの足で調査を行った。赴くことのできなかった西部の情報も、トヴァルを通じてある程度収集することができた。自分たちに対する襲撃事件も大枠は落ち着きを見せ、替わりに王国では前々からあった不穏な流れがさらに加速している。

 そろそろ、リベールへ戻る頃合いだった。

「ありがとう、ミヒュトの旦那。おかげで早くリベールに戻って、仲間と合流することができる」

「いいってもんだ。だが、代金はいただきたいもんだな」

 突然の守銭奴ぶりにトヴァルは少しばかりしかめ面となり、三人も驚いた。しかし、ミヒュトが求めた情報料はまた別のものだった。

「んで? お前たちの進捗はどうなんだよ?」

 思ったよりも安い情報料に、遊撃士たちは笑った。

 四人は順々にミヒュトに明かしていく。ザクセン鉄鉱山での魔獣対戦から始まり、帝都地下道での大規模集団との戦い、そしてレグラムでの休息やヴィステア大森林での決戦までの一部始終を。

 未だ謎を残しているのも事実だ。ジェスター猟兵団の復讐相手はカシウスを代表とした悠長で間違いないだろう。だが、Cが擁する謎の組織の『復讐相手』は何者なのか? 少なくとも遊撃士を見境なく殺めるようには見えなかった。

「復讐であることは間違いないと思う。実際、本人たちも何度かそれを口にしてたし……」

 アネラスがそうぼやいた。しかし、その相手がカシウスのような国外の遊撃士でもなさそうだ。現に彼らは、遊撃士が帝国入りすることを避けていたのだから。

 では、誰なのか? どこにでもいる一般人なのか、それとも著名人なのか? 『帝国の解放』を謳っているのを考えるに皇族というのが一つの可能性だが、それも現実味を帯びてこない。

 そして、仮に復讐が彼らの目的だとして。それと遊撃士たちを襲撃することが、どう繋がっていくのか?

 カイトが呟いた。

「Cが言っていました。すべては遊戯盤の駒の一手に過ぎないって。だから何かの目的はあるんでしょうけど……」

 ジンが継ぐ。

「だとすれば、恐らくこれは確かだろう。その『誰か』に対して復讐を行うには、遊撃士がいないほうが都合がいいということだ」

 現状考察できるのはこの程度だった。それ以上は、現状空想に過ぎない。帝国の遊撃士たちに頼るしかない。

「ま、奴らについては俺に任せてくれよ。少しでも真実に近づけるよう、事を起こさなくとも地道に調査を続けていくからさ」

 トヴァルが言い、強く自分の胸を叩いて見せた。少なくともレグラムの支部は残るので、そこを拠点にこれからも精力的に活動してくれるだろう。

「でもまぁ、今度帝国に来ることがあれば協力を頼むぜ。もう俺たちは頼れる同僚なんだからな」

 三人を見ての言葉だ。たったの数日間ではあったが、かつてない濃密な時間が四人の絆を確かなものにしていた。

「ああ、よろしく頼む」

「こちらこそ!」

「機会があれば、また色々と教えてください」

 ジン、アネラス、カイトが順に言い、そして握手を交わす。

 カイトはトヴァルの手を、存外と大きく力強いと感じた。

 この手が、今後の帝国遊撃士協会を支えていくのだ。

 いつか、誰かと自分が握手を交わすとき。こんな手を持つ人間になりたい、そう思った。

 

 

――――

 

 

 三人はトリスタを後にし、帝都ヘイムダルへ向かった。

 そして帝都中央空港へ向かい、リベール王国へ向かう便に乗り込む。

『――をご利用頂き、誠にありがとうございます。当船はリベール王国グランセル空港行きです。到着時刻は十五時を予定しておりますので、皆様どうかごゆっくりお寛ぎください』

「はーあ~、結局お爺ちゃんには会えなかったな……」

 飛行船の甲板の上、手すりに寄りかかりながらアネラスはぼやいた。隣でその愚痴を聞く少年は苦笑し、彼女の言葉に同情する。

「残念でしたね。アネラスさんが乗り気だったのはそのお爺さんがいてこそでしたし」

「うん。カシウスさんの言ったことは本当だろうけど、お爺ちゃんにかわされたのかなあ」

 アネラスは天を仰いだ。深い意味はないのだがどちらともなく甲板へ出て、何気なく二人して外で風を浴びている状況だ。

 ちなみにジンは自分の席で昼寝中だ。先輩、引率、指導者としては最も働いた彼なので、今までの見えない疲労から解放された反動だろう。カイトもアネラスも、無為に起こすことはせず感謝して見守っていた。

「カイト君とジンさんは、リベールに帰ったらエステルちゃんたちのチームに戻るんだよね?」

「はい、オレは元々そのチームで研修って立場でしたし。アネラスさんは?」

「私も、カルナ先輩たちのチームに合流するつもりだよ。エステルちゃんチームとは別口で結社の調査をしているから」

 また忙しくなる。それまでの猶予期間でもあるのだ、今は。

 アネラスはゆるゆると息を吐いた。

「でも何にせよ、無事に帰って来れてよかったね。お互い、成長できたみたいだし」

「はい」

 未だ発展途上の二人にとって、とても充実した時間と言える。誰にとっても、かけがえのない日々になったのだ。

 一呼吸の間を置いて、アネラスが聞いて来た。

「それで、どうかな? お姫様のことは」

 少しばかり意表を突かれた。だが、少年は対して動揺を見せない。帝国での事件に没頭して忘れていたようで、その実何度か想起していたのは変わらないからだ。

 カイトは言った。

「……大丈夫、だと思います。前と違って、今はすごく落ち着いている」

「そっか。それはよかった。カイト君はこの旅で、遊撃士としても男の子としても成長できたんだよ」

「アネラスさんにも、色々と相談に乗ってもらいましたしね」

「少しだけだよ」

 お互い笑う。トヴァルとそうしたように、二人は固い握手を交わす。

「頑張ろうね、これからも。同僚として」

「はい、もちろん」

「それじゃ、私は座席で休んでるから」

 軽く手を振り、アネラスは室内へと姿を消す。

 甲板は、少なくとも少年の視界に移る場所には誰もいなくなった。今更だが季節は冬だ。寒さ故に、そうそう風を浴びようとは思わないのだろう。

 一人になった甲板では、風の音以外はを何もない。風は、カイトの体に容赦なくぶつかる。

 静寂――。

「……くそ」

 木枯しを浴びながら、少年は呟いた。

「くそっ!」

 寒さに震えながら、少年は拳を手すりに叩きつけた。悔しさに奥歯を噛み締めながら。

(オレは、本当に弱い)

 思い出すのはヴィステア大森林での戦闘だ。

 ジンは、Vとの戦闘となった。二人は互角の勝負で森林を駆け巡り、大立ち回りを繰り広げたのだ。ジンは、敵の一人をしっかりと足止めして見せたのだ。

 トヴァルは、Gと猟兵という不利な状況の中で辛勝を勝ち取ってみせた。Gの無力化はできなかったものの休戦協定の選択を選ばせたのは、見事帝国遊撃士の意地を示せたと言えるだろう。

 アネラスに至っては、完全に赤獅子を気絶、無力化させたのだ。それも一対一で。幾つか因子が絡み合い、女剣士は完全勝利という結果を叩き出した。

(それなのに、オレは)

 自分はどうだ。Cに対して何か痛手を与えられたか。いやない。Cを惑わせるような行動はとれたか。いや、ない。

 確かに自分の全力は尽くした。赤獅子たち猟兵を翻弄することはできた。

 けれど、結局黒幕を相手に駆け引きをすることすら儘ならなかった。ただCに、終止弄ばれただけだったのだ。

 結果は惨敗だ。

 悔しさが滲み出る。泣きはしないが、それでも顔は盛大に歪む。

 今まで、仲間の力を借りたとしても、殆どの戦いに勝ち続けていた。負けたのは、ロランスに続いて二人目だ。

 あの時よりも、悔しい。

(もっと、強くなりたい。もっと強くなる)

 カイトは、目頭に力を込めて大空を見た。

 卑下するのはここまでだ。これからはもっと前を向く。もっと前向きに、武力や遊撃士としての強さを求めていく。

 幸い、前向きになれる理由はあった。帝国での旅は悔しさと同じぐらい、希望を持てるものでもあった。

 飛行船の甲板は導力技術により風を抑えているが、それでも気持ちのいい風はあり、少年の茶髪を軽くなびかせた。

 そんな小粋な風を共にして、一つの気持ちが舞っていく。希望を持てる想いが舞っていく。

(ここに来るまで、色んな事があった)

 孤児院の火事。王都でのクーデター。怪盗紳士の白い影。少女レンの狂ったお茶会。そして帝国での調査と、猟兵や謎の組織との激しい戦闘。

(それだけじゃない。リベールに帰ったら、また色んな事が待ってるはずだ)

 エステルたちの調査も進んでいるだろう。結社と事を構える日も近いかもしれない。帝国出身の演奏家とも話したいし、何より久々に姉と顔を合わせることにもなるだろう。

 先の事など到底見えず、判らないことだらけだ。この先待っているのは、遊撃士としても少年自身としても一筋縄では行かないことばかりだ。

 それでも、少年は物怖じしなかった。

 気づいたのだ。これまでの旅路は、自分を成長させ新たな高みへ至らせてくれるものだったと。今では辛い日々さえ良かったと思えるほどに。だからこれからの旅路も、辛くとも実りある日々になるだろう。

 そう思えるのは、帝国の人々と触れ合えたから。憎み、恨んで、その上で帝国を旅することができたからだ。

 少年は思う。

(一瞬、一瞬。全ての場所と人との触れ合いが、大切な思い出になる。全ての出来事が、オレを高みへと運んでくれる血肉になる。

 だからきっと、これからの日々は……)

 忘れられない、旅になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Another scene

 

 時間は、少しばかり遡る……

 

 焼け焦げた木々や踏み荒らされた土が残る、ヴィステア大森林。そんな中を歩く、あまりにも場違いな少年の姿があった。

 大道芸を行う道化師のような、全身派手なピンクに赤色の蝶ネクタイ、その他多色の装飾をあしらったツナギ。一般の目で見れば珍しい碧色の髪。楽しげで妖しげな瞳。

 ――道化師カンパネルラ。

「参ったなぁ。今回、ボクは福音計画の見届け役なんだけど」

 夕暮れ、オレンジの太陽が射し込む森を、道化師は優々と歩く。誰かに向けてか、あるいは一人で役割を演じているのか、そんな独り言を呟きながら。

「むしろ今回の件は、『彼女』のお遊びだったんだけどなぁ。まああの遊撃士君たちが関わってる以上は気にする必要はあるし、仕方ないか」

 そんな風にぼやきながら、道化師はとある場所を目指す。

「それにボクの手持ちの猟兵団もいるし。まあサブストーリー、エクストラマッチとしては見届けた甲斐があったかな」

 見届け役の道化師は、王国での事件の数々を見届けてきた。そして、サブストーリーと称する帝国での事件を、時間を割いて追っていた。

 そして、ヴェスティア大森林での事件が終わった今。もう一つだけ、確かめなければならない者がいた。

「おや……噂をすれば、なんとやらだねぇ。赤獅子君」

 そんな風に偶然を装うが、その実わざとこの場所に来ていた。道化師は気絶、拘束された赤獅子を見下ろす。五アージュ程離れた距離にあって、確かにはっきりと辺りに拡がる声量だった。

 道化師の声より数秒遅れ、赤獅子の眼がぼんやりと開く。さらに数秒後、その瞳に確かな力強さが戻った。

「お前は……」

「やあ赤獅子君。三か月前に引き続いて、今回もご苦労だったね」

 赤獅子にとって、初めて見る場違いな少年は得体の知れない存在に映る。しかし道化師から紡がれる言葉に、赤獅子はすぐに現状と正体を悟って見せた。

「そうか。お前も……殺すべき一人ってことかぁ!」

「ご名答。でも残念だねえ。そんな状態じゃ、君はどうにもできなさそうだ」

 赤獅子は、カイトにもアネラスにも見せなかった怒気を顕わにする。それこそ、この状態で武器も携えていれば昼間の戦況を容易くひっくり返せたように。

 しかし、赤獅子は拘束されている。今にもそれを脱せそうで、それでも出来なかった。

「あのお姉さん、前よりもやるようになったみたいだね。赤獅子君を一人で倒すなんて、戦闘だけを見れば一流になったようなもんだ」

「ふざけるなぁ! 貴様ぁぁ!」

「やれやれ。復讐っていっても、他の人たちみたいにちょっとは落ち着いてほしいものだなあ」

 道化師は溜息を吐く。そのまま肩を落として数秒後、今度は面白い事を閃いたかのように笑顔になって前を向いた。

 パチリと、少年は指を弾いた。すぐに赤獅子の目の前の空間が炎の螺旋で歪み、そして鉄の塊がどさりと落ちる。

 赤獅子は目を見開いた。自分の斧槍だ。

「でも、せっかくボクの駒として働いてくれたんだから、最後の最後ぐらいは自由にさせるのが、感謝のお礼ってものだよね?」

 再びパチリ。今度は独りでに赤獅子の拘束が取れた。

「……」

 もう、赤獅子は何も言わない。ただ自分の得物を持って、目の前の子どもを殺すのみ。

「覚悟しろぉぉおお!!」

 迷いなど微塵も見せず、一目散に特攻。道化師の戦力が見えないからというのもあるが、完全に冷静さを失った行動だった。

「……フフッ」

 道化師は焦らない。笑顔も崩さない。

 斧槍が道化師の肩口を切り裂こうとした瞬間。

 道化師が消えた。

「!?」

「アハハ、こっちだよ」

 赤獅子の右から、道化師の声。振り向けば、十アージュ程向こうで少年が笑っている。

「殺すっ!!」

 再び特攻。しかし今度は、道化師は歩くそぶりも見せないのに全く距離が縮まらない。

 それは少年が地上二十リジュ程の低空を浮遊しているからなのだが、そんなことは赤獅子にはわからなかった。

「ウフフ、この場合は、ボクも身を守るために君と戦わないといけないのかな?」

 距離も変わらず、それでも赤獅子は一心不乱にかける。すぐ傍まで来ている根源を屠るために。

「でも残念だなあ」

 対して残念でもなさそうに、むしろ楽しそうに少年は続ける。

 赤獅子を、楽しそうに見ながら。

「君を殺すのは、ボクじゃないんだよ」

 瞬間、赤獅子は動きを止めた。止めざるを得なかった。

 生じる違和感。徐々に、しかし鮮明に強くなる痛みと苦しみ。

 道化師を睨む目線は、初めて自分の腹部に向かれた。

「ガフッ」

 声は発せなかった。代わりに、大量の血を吐いた。鮮やかな紅と、暗褐色の赤が歪に混ざった大量の血を。

 自分の腹部から、刃が突き出ている。小娘の使っていたような太刀ではないが、それに近い位細く鋭利な切っ先。

「ゴフッ」

 遅れて理解する。自分は、何者かに後ろから刺されたのだと。

 その一撃は、胃や肺だけでなく大動脈も貫いた。出血はみるみる内に大きくなっていき、すぐに赤獅子の視界を白くかすませていく。

 赤獅子の足から力が抜ける。その瞬間、切っ先は、剣は一思いに腹部から左肩までを袈裟掛けに切り裂いた。

 赤獅子は膝から崩れ落ちる。そして倒れる。天に掲げたままの剣から血液がぽたりぽたりと落ちる。夕陽の光が、剣を赤黒く輝かせた。

 その一部始終を見届けた道化師は、改めて言い切った。

「ね? 殺すのはボクじゃなかっただろう?」

 道化師は、改めて道化師の向こうの人間を見やる。

「それにしても、君たちも中々あくどい事するよねぇ。彼らを葬っちゃうなんてさぁ。……ま、ボクとしては後片付けの手間が省けたし。少し感謝してるぐらいだけどさ」

 その人物は、道化師の言葉に反応もせず剣を振り払った。飛び散る血を感情のないような瞳で見届けて、道化師に背を向けて去っていく。

「あらら……何にも喋ってくれない? まあいいや。君のお仲間にもよろしく言っておいてよ」

 その人に、道化師は言った。

「帝国の焔が大きくなる時。ボクがそれを見届ける時は、会えるといいねって」

 反応はない。その人は何の感傷もなく、道化師は微笑して頭をかぶりながら、その場を去る。

 生きる者は誰もいなくなった大森林を、夕陽が赤く紅く染め上げていた。

 

 

 

 








第三章、終了しました。まずはここまでお読みくださり、ありがとうございます。
例によって活動報告で長々書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

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