心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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第四章 理と修羅~生きる力~
20話 日溜まりにて和む猫①


「以上が三か月前の帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件の情報と、最近の帝国遊撃士無差別襲撃事件の報告です」

 最後にここに来てから、一ヶ月すらたっていない。けれど随分昔のことのように感じるなと、少年はぼんやりと考えながら口を動かす。

「ご苦労だったな、三人とも。俺が期待した以上の成果を出してくれたようだ」

 リベール王国ツァイス地方のレイストン要塞。その司令室の椅子でくつろぐカシウスは、そんな言葉を少年と、その後ろに控えるジン・アネラス両名に返した。

「三か月前の事件に関しては、概ね情報を王国に持ち帰ることができたと言っていいでしょう。しかし旦那、ここ最近の遊撃士襲撃に関しては完全に予想外でしたよ。少しばかり、晩酌に付き合ってほしいものですなぁ」

「私なんて、結局お爺ちゃんに会えず終いでしたよ! カシウスさんとお爺ちゃんにうまーく躱されちゃったし……」

「ははは、何とも波乱万丈だったようじゃないか。お礼も奮発しなければならないらしい」

 カイト・ジン・アネラスの三人は王都グランセルに降り立ち、一度遊撃士協会に足を運んだ。そこでエルナンと自分たちが不在の間のリベール情勢について情報を受け、一先ず自分たちが性急にボースへ赴く必要がないことを把握した。そこでエルナンに遊撃士協会への報告を済ませ、その日のうちにツァイスへと向かった。

 飛行船を降り、ツァイス支部へ辿り着いたころにはもう夜だったので、ツァイス支部の受付であるキリカに宿の手配とレイストン要塞への連絡を頼み、三人は夜を明かした。そして次の日の朝、三人は今回の依頼を出した張本人であるカシウスのもとを訪れた、というわけだ。

 そして、主にカイトが中心となり、ジンとアネラスがフォローする形で報告を行っていた。帝国の一般人の様子、事件の認知度、正規軍と領邦軍の対応、他にも様々な観点から事件に関する見解を述べていった。

 そして、カイトが三人を代表してカシウスに聞いた。

「カシウスさんは……初めから知っていたんですか? 帝国の遊撃士がまだ襲撃を受けていたという現状を」

「知ってはいた。……だが、予想以上だった」

 カシウスは言う。

「今回の報告を見るに、三か月前の事件の本筋の目的は俺を国外へ誘導することに他ならないだろう。だが帝国全土を股にかけ、大陸規模の民間組織の威信を揺るがした事件だ。必ずどこかで起こるその()()を誰かしらが利用するとは考えていた。膠着状態の帝国において、綻んだたった一か所の遊撃士協会という存在……それを利用し、自分たちの利益となるよう暗躍する組織がいるだろうとな」

 その余波がリベール王国にも影響するかどうか、そういったカシウスでさえ掴めない帝国の現状を調査することも、カシウスは狙っていたらしい。最も、その肝心な部分を教えなかったのはカシウスの悪戯心に他ならないのだが。

「だがまあ、C、G、Vが擁する組織がいた、なんてのは完全に予想外だった。ジェスター猟兵団がまた活動を始めたことも驚きだし、そんな暴挙を大陸最大の軍事力を誇る帝国軍が見逃してしまった、なんてこともな」

「はい。今の時点では、やっぱりわからないことが多いです」

「今回の事件、まだまだ考察する余地があるだろう。加えてリベール方面で言えばジェスターの残党が俺の首を取りに王国入りするかもしれん」

 それこそ、今回の事件もまた余波を残したのだ。Cたちに協力しなかったジェスター残党は既にリベールに向かっているかもしれないし、遊撃士協会としてはCたちの今後の動向が気になるものだ。この余波にどう対処するのか。しかも結社なんていうこれまた謎の組織が暗躍している状況で。

 不安は尽きない。けどそれを切り替えるかのように、カシウスは優しい声を響かせた。

「だが、お前さんたちはこれだけ労力を使って調査をしてくれたんだ。ジェスター残党の件も帝国の動向も、一先ずは俺たち王国軍に任せてくれ。お前さんたちはお前さんたちで、やるべきこともあるんだからな」

 話は、自分たちが不在中のリベール王国へと変わる。細かい情報はエステルたちに会ってから直接聞くとして、ボースに現れた古代龍は王国軍も協力したらしい。その甲斐あって事件は解決の方向へ進み、エステルたちは現在ボース地方の南の湖畔にある川蝉亭で休暇を取っているらしい。

 一方で活発に動き始めているのはカイトの師であるカルナが属するクルツチームだ。こちらはついに結社の潜伏地に目星がついたらしく、近日中に行動を開始するのだという。

「そっか。クルツ先輩たちが……」

 アネラスは元々このチームに属している。遊撃士としてはカシウスに次ぐ実力者、『方術使い』の異名を持つクルツ。大剣を振るいチームの攻撃を担う赤髪のグラッツ。導力銃を主体とした搦め手で仲間を援護するカルナ。そして言わずもがなアネラス。このバランスをとれた四人は、過去に女王生誕祭の武術大会に出場しエステルたちを追い詰めたこともあった。

 聞けば、クルツたち三人は現在ボースにいるのだという。アネラスは長旅で疲れているので合流するかは判らないが、一先ずボースに行くのは決定事項のようだ。

「さて、ありがとう三人とも。報酬は遊撃士協会に振り込んでいるから、期を見て受け取ってくれ。それと、ボース行きの飛行船はこちらで手配しておこう。

 本当に、ご苦労だったな」

 それは珍しい、カシウスからの真摯な礼だった。

 報告を終え、三人は順に司令室を辞そうとする。が、そこで。

「おっと、カイト。少しいいか?」

 二人が既に部屋を出たところで、不良中年がカイトを呼び止めた。

「はい?」

 一体何だと、カイトは扉の取っ手に触れた手を引っ込めて振り返る。

「どうだったか? 帝国での調査は?」

 その少しばかり高くなった声色と、アガットとティータをからかうエステルと同じにやけ顔。

 真面目な話……だとしても、明らかに面白がっている。

「……そうですね。誰かさんのおかげでとんでもなくいい経験になりましたよ」

「はははっ、それは何よりだ」

「この不良中年親父め……!」

 今すぐグランシュトロームを発動して、この司令室に鍵をかけてやりたい。そんな欲求に駆られたが、どう考えても実行はできなさそうだった。

 わずかな沈黙の後、カイトは発する。

「……カシウスさん、言いましたよね。帰ってきたら、帝国入りにオレを指名した理由を教えてくれるって」

「ああ、言ったな。答えをご所望か?」

「いや、いいです。その答え、大体判りましたから」

 どんな人間にも、その人を特徴づける(カラー)がある。そしてその色は、常識や規範や実力という枠組みに当てはめると優劣・善悪という値を与えられる。カイトにとっては帝国嫌い、未熟者などがその色だった。

 その色を色と認識し、今後自分が成長するための糧とすること。それが恐らくカシウスが自分を指名した理由。

「ふふ、そうか。本当に、良い旅をして来たみたいだな」

 だがそれを知った今、一々言葉にするのは無粋な気がした。これからも、自分という人間の色を知り、そして自分が想いを向ける存在の実態を探ること。それこそ、自分が帝国でして来たような、高みへと至るための道の一つ。

 それを続けることが、答えをカシウスに向けて証明することだ。

 今度こそ、晴れやかに少年は言った。

「だからいつか、もう一度ここに来た時。その時は、オレから答えを言いますよ」

 

――――

 

 

 三人はツァイス市へ戻り、急ぎ飛行船でボースへ向かった。

 遊撃士協会、ボース支部。

「おや、来たね。アネラスにカイト」

「ジンさんも、随分と久しぶりだ」

 扉を潜ると、カルナとクルツが順に声をかけてきた。クルツチームとの、久々の再会である。

 ボース支部受付のルグランも交え、情報交換の後に今後の方針を決定することになった。

「では、ジンとカイトは川蝉亭へ向かい、一足先に向かったエステルたちと合流じゃな」

 元々エステルチームとして動いていた二人は、カシウスから伝えられていたように休暇を取っている彼女らと合流することとなる。ルーアン地方の白い影から続く五大都市の調査。そしてカイトとジンは帝国東部を動き回ったのだ。この辺りで休暇を取るのも悪い話ではない。

「そして……アネラスはいいのかのう? カイトたちを同じく、疲労も溜まっているとは思うが……」

「任せてよお爺ちゃん! 確かに疲れてはいるけど、一日休めば大丈夫だから!」

 アネラスはクルツチームと合流し、結社の拠点を調査することとなった。元々ルグランはアネラスも休暇に、と考えていたらしい。だが今日一日はクルツたちも英気を養うつもりらしく、またアネラス自身も成長した自分の力を試したい、と考えているようだった。

「それじゃ、決まりだな」

 ジンが言った。数日間ともに過ごしてきた、リベール王国調査隊。遂に解散の瞬間だった。

「ジンさん、カイト君。色々とありがとう。本当にいい経験になったよ」

「それはオレもですよ。相談にも乗ってくれましたし、アネラスさんと一緒に戦えて、楽しかったです」

「三人という少数、しかしバランスのとれた精鋭だった。また機会があれば、一緒に戦うとしようや」

 三人はにこやかに感謝し、別れを告げる。一人一人でも、また大勢で会うわけでもない。この三人での、再会を願って。

 川蝉亭へ行く前に、ボースの様子を知るためにジンは一度街へ繰り出す。クルツチームはボース支部に泊まるらしく、早速アネラスは二階へ向かった。

 各々やるべきことを為すために動く中、カイトはカルナと共にボースマーケットを訪れていた。

「そうかい。『使う銃を見繕ってくれ』なんて言うから、どういうことかと思ったけど」

「実際のところ、どうですか? カルナさん」

 リベールに帰って来てからそうしてきたように、カルナにもまた帝国での出来事を報告していた。しかし今重点的に伝えたのは事件のあらましというよりCとの戦いについてだ。

「帝国には強い人が、強い敵がいました」

 悔しさの残る、あの敗戦。それまでの魔獣大戦や帝都地下道での戦いも、もちろん覚えてはいる。けれどそんな成長と同じくらい、自分はまだまだだと思える。

「強くなったつもりでした。けど、全然足りなかった。たまたま命や身柄を見逃されただけで、本気で戦ったら負けていた。それどころか十秒……いや五秒で負けていた」

 すぐにCに勝てるように、などとは言わない。けれど、今自分を高める方法があるのなら、それが研鑽だろうと戦術の変更だろうと武器の変更だろうと、やっておくに越したことはない。

「オレはもっと強くなりたい。この双銃は大切なお守りだけど……」

 お守りから受け取った、Cとの戦いでも思い出した意志。それを力とするには、意志を具現化するための器が必要だった。

 一通りの心境を打ち明けられ、カルナは思案する。

「そうだねえ。実際、その考えは悪くない」

 以前カルナは、カイトに銃の選び方を指南したことがある。ジェニス王立学園の学園祭の帰りの時だ、アガットの提案から端を発したカイトの不安を、カルナは『今はまだ焦る必要がない』と解消させた。『遊撃士としての生き方を決めた時、その時に改めて考えればいい』と言ったのだ。

 そして恐らく、今がその時でもある。

「強くなりたくて、そのために得物を変える。それは仲間に合わせて自分の戦い方を変えるんじゃなく、ただ純粋に一人の力を高めるために銃を変えるってことだ。現状、アンタにはエステルを始めとする仲間がいる。それでも、自分一人の力を高めるってことで良いのかい?」

「はい。オレは、オレ自身が強くならないとまずは仲間の役に立てないと思うから。だから、この選択に後悔はしません」

「……ああ、判ったよ」

 恐らく少年は、客観的に自分を判断しようと努めている。正誤はともかく、そのうえでこの選択をしたのだ。

「だけど、私がそれを見繕うには、少しばかり時間がいるかな。単純に火力を上げればいいってものじゃない。取り回しのしやすさ、銃の重心、装弾数、拳銃か機関銃か狙撃銃といった種類から、火薬式導力式か……決めるべきものはたくさんある。あくまでアンタの戦闘スタイルに合わせたうえでね」

 今までのカイトは火力は求めず、身のこなしやアーツ、銃撃、体術を同じレベルのカードとして使い撹乱するスタイルだった。対してカルナは同じ撹乱と言ってもサポートに徹している。

 その辺りについても、話し合う必要がありそうだ。

「ともかく、今は休むことに頭を働かせな。仲間と一緒に自分のスタイルについて話し合うのも手だ。そしてアタシらが帰ってきて時間が出来たら、また話し合おうじゃないか」

「判り、ました。その時はよろしくお願いします」

 近日中の再会を約束し、師と弟子は互いの健闘を祈った。

 

 

――――

 

 

 ジンとカイトは川蝉亭へ辿り着いた。時刻は夕方。斜陽が景色を赤く染め上げている。

「うーん、久しぶりだなあ、川蝉亭」

「確か、お前さんはアガットと一緒にいた時に来たんだったか?」

「はい。いい所ですよ。あとは、エステルやシェラさんたちも来たことがあるとか」

「はは、それは期待しておくとしよう」

 扉を開けると、恋人や老人など、疎らな宿泊客に混じって一際存在感のある人間たちが見える。

「ハッハハー! 流石の重剣もこの僕の華麗なトランプ捌きの前には震えてしまうようだねー!」

「こ、このスカチャラ野郎がぁ! もう一度、もう一度だ!」

「まったく……内の男どもときたらババ抜きで熱くなっちゃて。どう思う? ケビン神父」

「いやぁー、そういうシェラ姐さんも昼間から果実酒なんて、扇情的で男冥利に尽きるというかねぇ」

 オリビエ、アガット、シェラザード、ケビン神父である。当然ながら得物はなく、トランプやら酒やら珈琲やらを片手にワイワイと騒いでいる一団。

「オレ、やっぱり帝国嫌いのままでいいかなぁ……」

「考え直せ、カイト。オリビエの性格は帝国とか王国とかの次元を超えているぞ」

 まさかのジンまでカイトの嘆息に同情である。

 先に宿の主に話を通る。どうやらルグランが話を通してくれていたらしく。後で二人部屋を用意してくれるらしい。

 そうして、二人は賑やかな一団に加わった。

「よう、シェラザードたち。久しぶりだな」

「元気そうですね、皆さん。何でケビンさんまでいるのか判らないけど」

 少年と武術家、両者の久々の声に一同は驚き、しかし暖かな――約一名は異常な――空気を醸し出して迎えた。

「やや、カイト君やないか! 王都以来やねぇ」

「ジンさんも……帝国での調査、お疲れ様です」

「ふん、どうやら色々と得るもんを得てきたようじゃねえか」

「ジンさんに……カイト君っ! 何ということだ、君と再会できる日が来るなんて僕は来る日も来る日も胸が張り裂けそうでブフォォ!?」

 シェラの肘落としとカイトの足払いが炸裂。変態は体勢を崩し、顔面を机に打ち付けることとなった。

「んで、何でケビンさんがここに?」

 何事もなかったかのように、カイトがケビンに聞いてきた。神父は目の前の光景に軽く顔を引きつらせながらも、一応はしっかりと返答してくれる。

「そ、そやね……。俺もエステルちゃんたちとは別口で調査しとったんやけど、古代龍の騒ぎとかがきっかけで合流しよかと思ってな。昨日の夕食時に情報交換も済ませて、今はこうして休暇に混じらせてもらってんねん」

「そうですか。ちょうどよかったかもですね。ジンさん」

「そうだな。そちらの情報も知りたいし、俺たちが帝国で得てきた情報も伝えておきたいところだ」

 未だ肘をオリビエの頭に押し付けたまま、シェラザードがこう言った。

「なら、情報交換はまた夕食時にしましょうよ。カイトたちも疲れているだろうし、あと一時間くらいは部屋で休んでもいいんじゃない?」

「そ、そんなことよりシェラ君僕の鼻がもげそう……いやこれはこれでご褒美のような気がしなくもないけどグェエ!?」

「ならカイト、ジン。取り敢えずエステルにも顔を見せて来いよ。姫さんとティータと一緒に、桟橋で釣りをしてるはずだからよ」

 そのアガットの『姫さん』という言葉にカイトが反応する――よりも早く、裏のバルコニーへ続く扉が開いた。

「ねえねえシェラ姉! クローゼとティータと一緒にこんなに魚釣れちゃった! 今夜は魚料理が――ってカイトじゃない!」

「ははは。久しぶり、エステル」

 まるでわんぱく少年のように釣り竿を携えながらやって来るエステルを見て、少年は少しばかりこの仲間たちと再会したのだということを実感し、安心した。

「わぁ……カイトさんに、ジンさんもお久しぶりです!」

「はは、嬢ちゃんも元気そうだな」

 続けて室内へ入ってきたのは、技術少女ティータ・ラッセル。朗らかで愛らしい笑顔とともに、二人との再会を喜んでくれた。

 そして……少年は、もう一人の少女を見る。

 わずかな沈黙の後、少年から声をかけた。

「……久しぶり」

「うん、久しぶり……」

 少女は、少しばかりたどたどしい声で返事をしてくる。

 他の宿泊は気にもしないが、両者の間柄を知る仲間たちは何事かと、騒ぎ大好きなオリビエまで空気を読んだ。

 仲間たちの間に流れる僅かな静寂。少年は先輩たちの集まる机から離れ、三人娘が集まるバルコニーの扉の近くまで歩いた。

 事情を知るエステルは気まずそうに、しかしちゃんとティータを誘導して義姉弟の間を阻む者を取り除いた。

 事情をすべて知っているのはエステルのみ。事情をなんとなく察しているのはシェラザードとジン。そして今しがたの雰囲気で察したのはオリビエとケビン神父で、ティータと鈍感なアガットは置いてけぼりである。

 カイトはさらにクローゼに近づいた。その距離約一アージュ。姉弟であれば別段何も恥ずかしくもない。幼き日には、毎日手を繋いで庭先を駆け巡った仲でもある。

 あの時の目線とは違い、今は少年が少女を確かに見下ろしている。

 そんな中、カイトははにかみながら、それでも言った。

「ただいま、クローゼ姉さん」

 何の工夫も捻りもない、当たり前の一言だ。

 しかしその一言は、少女にとって確かな安堵を呼び寄せ、一つの絆を実感させた。

「うん、おかえり。カイト」

 クローゼもまた、孤児院での日々のように優しい笑顔を浮かべて答えた。

 

 

――――

 

 エステル、シェラザード、クローゼ、オリビエ、ティータ、アガット、ケビン。そしてジンとカイト。

 再会を喜び、総勢九人となった一同は成人はジョッキで、未成年は可愛らしげなグラスで乾杯の音頭を取った。

 まずは観光名所での絶品の料理に舌鼓を打ち、たわいもない会話に花を咲かせる。

 夕食を済ませ、甘味に頬を落としながら、誰からともなくそれぞれの現状を明かし始めた。

 カイトたちが帝国へ向かった後、エステル一向はボース地方へ向かうつもりだったのだが、途中ロレント地方にて突然の濃霧が発生。飛行船は運航見合せを余儀なくされ、一向は濃霧の原因を調査することになった。

 これだけの濃霧は異常事態だったのだが、さらに驚愕したのはロレント市民が原因不明の昏睡状態に陥ったことだった。幸い命に危険があるようなものではなかったが、遊撃士は早急な原因解明を迫られた。

 そしてやはり、その原因は結社の実験によるものだったのだ。『幻惑の鈴』ルシオラーーシェラザードと旧知の仲であったといい、ここにもジンとヴァルターのような因縁が生じたことになる。

 結社の実験は防げなかったが、最悪の事態は回避できた。あるいは、回避できたが防げなかったのか。エステルたちは決意を新たにボースの地へと降り立つ。

「カイト、ロランス少尉のこと覚えてる?」

「へ? そりゃ忘れるわけないよ。第一、一緒に戦っただろう?」

「うん。ボースに現れた執行者は、そのロランス少尉だったんだ」

「なっ」

 エステルの説明にカイトは驚愕する。

 ロランス改め、執行者『剣帝』レオンハルト。通称レーヴェ。それが、多くの者に印象を残した彼の正体だった。

 ボースでの事件は、言わずもがな古代龍の騒ぎだ。結社は例のゴスペルを使用し、古代龍を操っていたのだという。そして紆余曲折を経て、遊撃士たちは古代龍に填められたゴスペルのみを破壊することに成功した。

 正気を取り戻した古代龍は、人間などちっぽけに思えるほどの崇高な歳月を生きた存在だった。自らをレグナートと名乗り、カシウスと知り合いだったなど意味不明な事実を残しつつ、いくつかの重要な情報を提供してくれた。

 レグナートを操っていた剣帝レーヴェは、実際は人里に無用な被害がでないよう制御していたこと。残忍な暗示をかけたのは『教授』と呼ばれた別の人物だったこと。そして、『輝く環(オーリオール)』が実在することと未知の物であるという警告をし、しかしそれ以上の干渉をすることなく去っていった。

 こうして、五つの地方すべてで結社の実験が行われてしまった。

「さて、次は俺が説明する番やね」

 ケビン神父はコホンと息を整えた。

 神父はロレント地方ではエステルの手助けをしてくれたが、その後は同行せず四輪の塔の調査をしていたのだ、という。

 その理由は、ケビン神父を除いたこの場の全員、さらにヨシュアも加えて挑んだ王都地下遺跡にある。

 あの場でトロイメライと交戦する前に聞いた機械音声で、特に印象に残るのはこの二つだ。

『輝く環の封印機構における第一結界の消滅を確認』

『デバイスタワーの起動を確認』

「この前後に、大部屋の四隅にある光源が消えたんやったな?」

「はい。今でもあの時のことは覚えてます」

「ちょうどこの時やったんや。四輪の塔の屋上からが大きな光が灯ったのは」

 それはつまり、デバイスタワーとは四輪の塔である、という仮説が成り立つということだ。

 バラバラになったピースが、少しずつ集まってきている。一同はそんな認識を持った。

「そうそう、それとヨシュアのことも話さなくちゃ」

 エステルが両の掌を合わせて言った。

 リベール通信のナイアルとドロシーからの情報だというのだが、最近飛行船『山猫号』を奪って逃走した空賊一味の中にヨシュアがいたらしい。

 何故ヨシュアが空賊に荷担しているのか。それは判らないが、この場の少年少女たちにとって幸いなのは、ヨシュアがリベール国内に確かにいるということである。先のこと、判らないこと、不安なことはさておいて、カイトはその事実に小さな嬉しさを覚えた。

「さて……カイト」

「はい、ジンさん。次は、オレたちの番ですね。帝国で、どんなことがあったのか」

 カイトは帝国での旅路を要約しつつ、重要な情報を明かしていく。

「そうかよ……あのオッサンを国外まで誘導するために帝国で事件を起こした、か。ますます結社の規模が見えなくなって来やがる」

「それに帝国の情勢も遊撃士にとっては注目すべきことだわ。現状国内のことで一杯一杯とはいえ、帝国でもなにか燻りのようなものが見える……そこんとこ、帝国民としてはどうなのオリビエ?」

「そうだねえ、シェラ君。遊撃士を阻もうとするお堅い人々が、帝国にいるのは確かだ。僕も困ったものだと思うよ、犯罪者にせよ権力者にせよ、そういった輩がいるのはね」

「質実剛健が帝国の気風とは聞いとりますけど……何や色々と物騒な世の中になったもんやなぁ」

 大人たちは考察や感想を口にする。オリビエは当の帝国人であり、残る三人も仕事柄世間の流れを気にせずにはいられない。

「なんというか……遊撃士が活躍するって意味でも、人が当たり前に生きてるって意味でも、やっぱり事は国内だけじゃすまないのね。ヴァルターは共和国、ルシオラは旅芸人一座。それにレンにヨシュアも……リベールでの事件が、何か導火線になってるみたい」

「どちらかというと、着火材のようにもに感じます。あらゆる場所に張り巡らされた導火線、その末端がまるでリベールにあるかのような……」

 エステルとクローゼは、リベールに住まう民とその王女としての不安を口にした。

 誰もが感じる、自分の知らない場所でとてつもなく恐ろしい何かが進行しているような感覚。

 だが、そこに不安を抱くだけが彼らの使命ではない。カシウスに言われたように、この場の遊撃士と協力者にはやるべきことがある。

 今この時、明確にリベール王国に影を落とす結社『身喰らう蛇』。その陰謀を食い止めるために行動する。そのために、今は英気を養う。それが彼らのすべきことだ。

「それにしても……カイトさんが持っている特殊クオーツと、RF社で開発してたっていう最新型戦術オーブメントも気になります」

 ティータが彼女らしい価値観から、帝国での旅の感想を述べた。一同は、張りつめた空気を少しだけ柔らげた。

 そうだ、焦る必要はない。不安になる必要もない。それこそこの少女のように朗らかに、のんびりと。

 エステルが言った。

「難しい話は後にしましょ! あと一日二日は休めるんだし!」

「そうね。この元気娘はまだまだ遊び足りないみたいだし」

「まあ若者はカイト。大人組は俺と、新しく輪に交わったんだ。ゆっくりするのが一番だろうよ」

「ほな、ワイらはジンさんも加えてもう一度飲みましょうや! まだまだ夜は長いんやからね」

「では、僕は茶髪の王子様と……」

「オリビエさん、床とキスする覚悟はあります?」

「申し訳ありません乾杯でいいです」

 一同は笑い合う。喜びと安堵感を噛み締めて、川蝉亭での一夜が過ぎていく。

 夜も酒を飲むためにカウンターに座る者。女子同士で乙女の会話に鼓動を高める者。疲れのあまり早く寝具に包まれる者。様々な者がいたが、総じて日付を跨ぐ前に眠りについた。

 そして次の日。カイトとジンにとっては最初の、エステルたちは二度目の。川蝉亭での、爽やかな朝が始まる。

 

 







さあ久々のリベール王国! ちょっとした安心感があります。
インターミッションではないですが、束の間の休暇です。
本編では「絆の在り処」の部分でしょうか。のんびりお付き合いいただければ幸いです。

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