心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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20話 日溜まりにて和む猫②

 

 

 控えめな朝日で、少年は目が覚めた。

「うーん……」

 何時からか覚醒した意識は、隣のベッドで寝るジンの豪快な寝言によりさらにはっきりとしてきた。

「うん、いい天気だな」

 朝ではあるが、夜明けからそれほど経っていない時間帯。少しばかりの暗さもある。

 当然だ。季節は完全に冬なのだ。七時になって、やっと生命が起床する時間帯になってくる。

 ジンはまだ気持ち良さそうに寝ている。彼やアガットなどの大人組は日付が変わる近くまで酒の杯をぶつけ合っていた。少年は夕食のあと早々に床についたので、二人の起床時間に差が出るのも無理はない。

「……ちょっと寒いな」

 いつもの白を基調とした旅装に加え、ボースで新調した濃紺のカーディガンを羽織る。それで室内ではちょうどいい程度だ。

 静かに扉を開け廊下に出る。自分たち遊撃士チームも含め、客は起きている人も少ないらしい。

 二階からベランダへ出た。朝のヴァレリア湖は靄がかかっており、趣がある。散歩には持って来いのロケーションだ。

 ズボンのポケットに手を入れて、桟橋まで歩く。エステルたちがそうしたように、やはり釣りにぴったりの場所だ。

「……ふぅ」

 深呼吸。朝の空気が肺まで届くと、元々寝起きのいい少年の意識がさらに覚醒する。

「しばらくは結社も、遊撃士稼業とも距離を置いて休暇か」

 カイトとジンは一日遅れで合流したので、一日二日程度だろう。それでも十分な休養ではあるが。

 帝国での日々との差がありすぎて、少しばかり体の方が強張っているほどだ。その意味では、体を伸ばし朝の冷たい空気を吸うのはいい切り替えになった。

「ま、全力で休むかな。のんびり考えたいことを考えながら」

 考えたいことは幾つかある。それも少しばかり厄介ではあるが。

 少し野鳥や森の景色も眺め、街道の様子も見た。それから川蝉亭の玄関へ。

 室内へ入ると、厨房で壮年の従業員が朝食の支度をしていた。カウンター席には人はいないが、テーブル席には三人の少女がいた。

「あ、カイトさん。おはようございます」

 最初に気づいたのはティータだった。声に反応してエステルとクローゼが、少年に顔を向ける。

「おはよう、三人とも。早いんだな」

「カイトこそ」

 クローゼが言った。幾分違和感があるが、だいぶ緊張のとれた声だった。

 エステルにも挨拶がてら、質問をぶつける。

「シェラさんは? 女子は四人部屋だったよね」

「まだ寝てるわ。アガットたちと遅くまで飲んでたみたいだし……ジンさんも寝てたでしょ?」

「うん、爆睡中だ。となると、今朝はこの四人で朝飯かな」

 所謂子供組だ。

 朝食を頂きながら、会話が進む。

「なあみんな、今日はどうするんだ? ボートとか、釣りとか、散策とか、一通りは遊んだんだろ?」

「んー、あたしはまた釣りをやろうと思ってるけど。あ、あとはシェラ姉たちとトランプやりたいかも!」

「私は前から読んでた本を読もうかなって。あとは、ジルたちに手紙を書こうかと思ってるよ」

「私は、釣りをやろうかなって……お姉ちゃんに昨日教えてもらったし」

「そっか。オレも手紙、先生たちに書こうかなぁ」

「他には何をするつもりなの? アガットなんかは昨日運動がてら模擬戦をやってたけど」

「うーん……昼寝とか?」

 三人は少しばかり笑ってきた。

「カイト、それで休暇が終わってしまうよ?」

「うっさい姉さん。昼寝だって、読書と同じ頭のリフレッシュだよ」

「ん……」

「でも実際、やりたいことは色々あるよ」

 太陽の光が差し込んでくる。段々と晴れやかな朝となってきた。

 カイトは食べ物を口に入れつつ、ぼんやりと考えながら言った。

「そうだ、ティータ」

「はい、どうしたんですか?」

「その釣り、オレも一緒にいいかな?」

 

 

――――

 

 

「導力式銃器と火薬式銃器の違い、ですか?」

「うん、そうなんだ」

 朝の朝食と軽い運動を終え、川蝉亭から離れた桟橋にカイトは腰かけている。彼の隣で釣糸を垂らすティータは、少年の「くあぁ」という欠伸には反応せずに聞き返した。

 カイトとティータ。エステルたちを通じて知り合ってはいるが、その実一緒に旅をすることは殆どなかった。せっかくなのでこれを機に親睦を深めようという両者の想いが一致したのだ。

 ティータは昨日エステル指南の釣りに感化されたのか、今度は一人で。対するカイトは眠気を噛み締めつつも、この導力技術に長けた少女に聞いておこうと思ったのだ。

「ごめんな。折角の休暇なのにこんな話になっちゃって」

「ううん、そんなことないです! カイトさんとお話しするのも楽しいですから」

 この少女は本当に可愛らしいことを言ってくれる。エステルのみならず仲間たちが溺愛するのも無理はない。

 聞けばティータはアガットのことをよく気にかけているらしい。そのことはエステルやシェラザードを中心に既にからかっているのだというが、これはあとで確認しなければならないだろう。

 それはそれとして、話を戻す。

「導力式銃器は、一般的に普及している導力銃そのものですよね。カイトさんもオリビエさんも使ってるものです」

 導力式銃器。導力革命以降普及した、従来の銃器に導力機構を加えたことにより、少ないエネルギーで効率よく装填された弾丸を打ち出すことができるのだ。革命以前の銃器と比較すると、反動が少ないために非力な少年や女性でも扱いやすいこと、小さな銃器でも一定の攻撃力を得られることなどが挙げられる。ある数段階で威力を調節することもできるし、最近では弾丸を射出するのではなくレーザーエネルギーを発射するような仕組みの銃器も開発されつつあるらしい。

さらに言えばメンテナンスが工学者でなく導力技術者にゆだねられることなどがあるか。

 そもそも導力革命以降、水力、火力といったエネルギー機構は旧世代式になっているのだ。導力技術はあらゆる面で応用が利くので、銃器もこれに即した進化を遂げたのは全く追って当然の流れだろう。

「あとは、私の導力砲も導力式ですね」

 ティータの小型導力砲は、導力式銃器の恩恵を余さず受け取っていると言える。十二歳の少女が扱える程度重量で、なおかつ並の銃火器を上回る破壊力を有するのだ。さすがに大男が用いるような大型導力砲には負けるが。

「それに対して火薬式銃器は……はっきり言って、癖のありすぎる銃だと思います」

「癖のある銃?」

 火薬式銃器。これは正直、先日のカルナの説明で初めて聞いたものだった。

 導力エネルギーと比較し旧式である火薬の燃焼ガスの圧力で弾丸を発射するものだ。その機構ゆえに全般的に大柄で、素人にメンテナンスはまず不可能。発砲時の反動は大きいし威力の調節は不可能だし、弾丸装填などの取り回しずらい骨董品扱いの代物だ。

 だが、一つだけ利点がある。それは、導力銃よりも一撃の爆発力が勝っているということ。軍用拳銃程度の大きさで散弾銃に近い威力を打ち出すことができるのだとか。

 細かい計算はさておき、大きな威力が期待できる。それが火薬式銃器の特徴というわけだ。

「私がお爺ちゃんからもらった秘蔵のガトリング銃は火薬式なんです。お姉ちゃんたちとの旅じゃ重くて持ち運びに不便だから、いざという時にしか使えないんですけど……」

「そうか……」

 導力式銃器、そして火薬式銃器。それぞれ特徴はあるが、結局のところ自分に合うのはどちらなのだろうか。

 今までの自分には、必要以上の大きな打撃力は求められなかった。ジンやアガットなどがいることで問題はなかったし、銃を主体に攻撃するわけではなかった。銃撃を用いて敵を撹乱する、そんなような用途だった。

 もし火薬式銃器に変えるとすれば、それは自分の戦い方を根本から見直すこととなるだろう。つまり、アーツを補助として利用し一発の銃弾によって敵を葬る。アガットやジンと同じ攻撃手として活躍するということになる。

「それは、ちょっと難しいか……」

「カイトさんが今どんな銃を使っているのか、見せてもらってもいいですか?」

「ああ、いいよ」

 一度快カイトは桟橋を離れる。ティータは引き続き釣りを行う。ほどなくしてカイトは双銃を持って戻って来た。

 カイトがティータの釣り竿を引継ぎ、勝手が判らぬながら釣りを行う。対してティータは双銃を手に取って見てみる。

「A・RとL・R?」

「ああ、オレの両親の名前の頭文字だよ」

「そっか……お父さんとお母さんの……あれ?」

「ん? どうしたんだティータ」

「あのあの……これ、導力銃の規格の最低ラインよりもミニサイズですよ?」

「……はい!?」

 驚きのあまり、ティータを凝視した。当のティータも困惑気味でカイトを見ている。

 そんな折、カイトの手に握られた竿が跳ねた。残念ながら、食いついた魚はカイトとティータが気づく前に逃れてしまったのだが。

「えとえと、『導力銃』という名称で流通に出回るものは規格が決められているんです。導力機構の種類とか、口径の大きさとか、幾つかの基準があるんですけど」

「うんうん」

「この二丁拳銃は、導力機構の種類こそ銃と呼べるんですけど、機構の大きさがずっと小さいんです」

「なんだって……」

 銃を扱ったことのない初心者や子供が、練習用として扱うようなもの。つまりはそういうものだというのだ。カイトの双銃は。

 だが考えれば、多くの者がカイトの銃について進言していたのだ。アガットしかりカルナしかり、Cしかり。程度の差こそあれ、多くの者がカイトの銃の威力が弱いということをカイトに伝えていた。

 惜しむらくは、正規品でないゆえになまじ自分で調整ができていたことや、本格的な導力の知識をもつ者に見せる機会が今までなかったことか。カルナは銃に詳しくはあるが、カイトがこの銃に思い入れを持っていることを知っていたために積極的に銃の変更を促したことがなかった。

 あとは、銃術一点に絞らずに体術やアーツにも手を出してしまったことが原因か。

「うーん、まさか正規品じゃなかったとは。確かにオリビエさんとかカルナさんが持ってる銃より小さいなとは思っていたけど……」

 ぼやいて水面を見つめる。今度は魚が食らいついたことに気づいて竿を引く。

「お、行けるか。ティータ、変わるか?」

「は、はい!」

 予想もしなかった答えに少しばかりショックを覚えたが、今の目的が休暇であることを思い出したカイトは釣り竿を少女に譲ることにする。

 そこまで力を使わなかった魚は、ティータでも水面に引き込まれることはなさそうだった

「エステルみたいに、うまく釣れるといいな」

「えへへ……はい」

 もう一度桟橋から足を出して、頬杖をつく。

「にしても、どうしようかな……」

 再び唸るカイト。自分の考えだけでは決められなさそうだということを、少年は漠然ながら把握した。

「あの、カイトさん」

「ん?」

 そんな中、ティータが魚を一匹釣り上げながらカイトに言った。

「デメリットだけでもないと思います。実用性で言えば、小さくて軽い分自分の手みたいに扱えるとは思うから」

 少なくとも、カイトがこれまでの戦い方だからこそ今があると言える。肯定も否定もできないが、帝都地下道での戦いまでは自分はこの双銃を用いて生き抜いてきたのだから。

 さらにティータが続けた。

「それに、大事な宝物で戦うのも、すごく素敵なことだと思います」

「……そうだな。ありがとう、ティータ」

 一先ず、導力式と火薬式の違いは理解したのだ。今はそれで十分で、そろそろ世間話にも花を咲かせるべきだろうか。

 世間話を思い浮かべて、カイトは一つ閃いた。そして、にやけ顔になる。

「そうだ、ティータ」

「はい?」

「アガットさんの、どこがカッコいいのかな?」

「あ、あぅぅ……」

 

 

――――

 

「それで、今度は僕の導力銃を見せてほしいということかな?」

「ええ。まあ。不本意ですけど」

「ふむ……」

 ティータと別れて一階へ戻ると、今度は大人組がトランプゲームに興じている。ちなみにシェラザードは年頃の少女二人にタロット占いをしているらしく、この場にはいない。

「判った、僕の導力銃を持ってこよう。少しばかり、僕の代役を頼むよ」

「代役?」

「こういうことや、カイト君」

 立ち上がったオリビエと交代する形で着席。ケビン神父に、唐突に額にカードを一枚押し付けられる。

「んん?」

「ポーカーや。やったことないか?」

「ルールぐらいは知ってますけど、これがポーカー?」

 などと会話をしていると、自分以外の三人もカードを額につけている。不良神父に赤髪に大男、そして少年が額にカードを当てているのは少しばかり奇妙な光景だが。

「……先輩たちなにやってんすか。そしてなにやらせようとしてんですか」

「そんなことよりお前は勝負するのか? 変えるのか?」

 そこはかとなく楽しげなアガットの催促。カイトの冷静な突っ込みにも動じず、続きを促すのみ。

 特に意味もなく嘆息して、しかしせっかくだからとカイトは続ける。

 模様は兎も角として。ジンは8、アガットはK、ケビンは6だ。

「つまり、自分のカードは見えないけど勝負するのかを決める心理戦ですか」

「そゆこと。ちなみに今回は、嘘でも相手の数字を言うのは禁止、カードを変えるのは二回までのルールやで」

「ふぅん……」

 現状、自分がAでもない限りアガットには負ける。しかし所詮は確立、ジンとケビンに勝てるかも未知数だ。

 であれば……と考える前に、ジンが動いた。

「アガット。『賭博師ジャック』を知っているか?」

「ん? どうした、ジン」

「あ、それ帝国で禁書扱いのやつですわ」

 賭博師ジャック。カルバード共和国に存在する東方人街を舞台とした大衆小説だ。賭博師のジャックと彼とかつて勝負し、勝利を収めたキングの娘であるハルの物語が描かれる娯楽小説だ。ケビンが言ったように帝国内では出版が禁じられているのだが、その理由は敵国である共和国性の小説だからという、カイトからすれば何とも締まらない理由によるものだ。

 それはさて置き。

「物語上、当然ジャックに負けることになる小物もわんさかいるんだが」

「ああ」

「お前さん、小物第一号に似ているから気をつけな」

「なんで今そんな話をしやがるんだ!?」

「あ、それ自分も思いましたわ……」

 やたらと哀愁漂うケビンのため息。一応遊びであるはずなのに、アガットを陥れるための演技が妙に気合が入っている。

 カイトはどうしたものかと、演技ではない微妙な面持ちでアガットを見た。それが止めになったらしく、アガットは居たたまれない様子で頭上のカードをテーブルに捨てる。

「まじかよ……!」

 Kだったことに悲壮感を醸し出しつつ、次のカードを引いた。やはりアガットには判らないが、数字は9。

「ほう……」

 何の脈絡もなく、ケビンがカードを捨てた。得心が言ったような表情で新たなカードを引く。記号はJ。

「やー、やっぱり弱い数字やったね」

「おいケビン。何で変えやがったんだ」

「そりゃ、アガットさんが判りやすすぎるもんですから」

「なっ」

 つまりはアガットが敢えて目を反らすものだから、数字を変えてほしくないという心理を読み取れたということか。なんとも場違いな場所で高度な読みをするものだ。その定義を当てはめると、自分の数字も弱いのだろうか。

 現状、他の三人が中堅以上の数字なのだから、自分が負ける可能性も勝てる可能性も大いにある。敢えてカードを捨てるのも手だが……。

「お、カイトは変えなくていいのか?」

 ほら来た。ジンの揺さぶり。変えてほしいにせよそうでないにせよ、ジンたちにとっては自分がこのままでいるのは都合が悪いらしい。

「ほら、アガットさんが簡単に策にはまるもんだからオレまで被害を受けてるじゃないですか」

「おい、俺のせいかよ!」

 取り敢えず、すぐには変えない。

「いいのかカイト? 変えなくても」

「ジンさんも意外としつこいですね……」

 尊敬する先輩の嫌な所発見である。

「ほう、このままだと、せっかく帝国で培った精神も錆びついてしまうぞ?」

「……」

 随分と挑発をしてくるものだ。カイトは目を瞬かせながらも、口角を吊り上げる。

「別に。ジンさんも知ってるでしょ? この程度、育てた精神を使うほどでもないって」

「ははは、そりゃそうだ。なら、この後のオリビエとの話はどうするんだ」

「む」

呟きながら、思わずカードをテーブルに置く。カードはKだった。まさかの、最初のアガットと同列なったのだ。

「ははは、カイトも騙されたな」

「……ふん、ジンさんだってキリカさんと微妙な癖に……」

「な、おい、それは関係ないだろう」

 その言い合いを笑うアガットは、同じく笑うケビンに標的を移した。またも、ワイワイと続く言い争い。

「やあカイト君。お待たせしたね」

 ケビンが一位、アガットが最下位。その結果が出た時、オリビエは帰ってきた。

 合流した少年と漂泊の詩人は外へ出る。

 遠くに目をやると、桟橋ではティータが釣りを頑張っていた。そこに、ちょうどエステルとクローゼが向かおうとしているのが見える。少女二人もこちらに気づいたらしく、手を振って来る。

「エステル君と姫殿下のツーショットもリベール通信の表面を飾るに相応しいんじゃないかい?」

「それを本人たちの目の前で言ってくださいよ。棍棒と細剣が跳んできますよ」

 オリビエは優雅に、カイトは柔らかく手を振って返す。そのままパラソル付きのテーブルに腰掛けた。気の利いた飲み物の代わりに置かれたのは、両者の得物だ。

「改めて見比べてみると、確かに小振りな導力銃だね。口径は僕の銃と変わらないようだが」

 オリビエの導力銃を見る。彼の導力銃は、市販のものと同様だが、随分と意匠が凝っているようにも見える。黒鋼の銃身に刻まれた金の螺旋。

「オリビエさんのは、なんか不思議ですね。……やっぱり帝国みたいです」

「面白いことを言うじゃないか。確かに帝国製ではあるが……」

 聞きたいのは、銃の種類についてだった。狙撃銃、機関銃、散弾銃や拳銃。銃使いとしてオリビエが持つ知識と、何故彼が拳銃を持つのかという理由。

「まあ、それぞれの種類に強みはあるだろうね。特筆するなら、敵との距離と仲間内での役割といったところかな」

 距離が違えば、役割も違う。単純な魔獣との戦闘であれば、剣や槍などと比べれば拳銃でも遠距離攻撃としての役割を持つ。また広範囲を攻撃できる散弾銃などは強力な武器となるだろう。

だが単純な戦闘ではなく――それこそ常在戦場のような――戦略レベルでの運用となると話は変わる。物陰に潜み敵を暗殺できる狙撃銃に、敵に突撃して銃弾の嵐を浴びせる機関銃。単純な戦闘のごとく、鉢合わせた相手と臨機応変に戦える拳銃も。全ては一長一短、どれが強いではなく『どの銃が自分の戦いに適しているか』である。

「けれど、戦いの状況なんて、そうそう自分が選択できるようなものではない。ある程度予想は出来ると言ってもね」

「まあ、そりゃそうだと思いますけど……」

 予想ができるのだから、結果的に両者は最善と言わなくとも適した選択をしたと言える。

 戦争の場に立つ軍人でないのだから、狙撃銃などを選択する必要はなかった。それに遊撃士という、本来魔獣と相対することが多い職業である以上、二丁拳銃という選択肢自体は場違いな選択ではない。そしてオリビエも、護身用という意味では――そのレベルを超えているが――携帯性に優れる拳銃を選ぶのは当然の流れと言えるかもしれない。

「だが君の悩みの種は、そんな表面上のものではないんだろう?」

 少年は首を縦に振った。

 拳銃の威力が低いと言われても、それならば一般に流通する、質の高い拳銃を購入すれば済む話だ。それこそこの前カルナに会った際、相談ではなくてマーケットで強い銃を教えてもらえれば済むだけの話だ。

 それをしなかったのは、単に威力を上げるだけじゃない、自分の生き方を乗せるための銃という『器』を欲しているから。自分の決意にあった戦い方を持って、これからの戦いに臨みたいと思ったからだ。

 視線をヴァレリア湖に向けたカイトは、そのまま何もない一点を見つめ続ける。

 オリビエが言った。

「君には言ったと思うが……僕は昔、兵法を学んだことがある」

「? ああ……言ってましたね」

 数週間前、ジェニス王立学園でのストームブリンガー戦の時だ。

「付け加えると、一通り剣術や槍術、体術なんかも基礎は学んでいてね」

「そうなんですか!?」

「それに剣術なら、ヨシュア君には負けるが美しさなら多少は渡り合える自信もある」

 まるで初耳だ。しかしそう言われてみると、確かにオリビエの戦闘における援護力は納得できる。各々の戦い方を知らなければできないような動きだからだ。

「オリビエさん……アンタ隠れ軍人とか言わないですよね? あの人……ミュラーさんとも知り合いだったし」

「ギクゥッ!」

 あ、この驚き方は嘘だ。事実かどうかは別として。

「……コホン、ともかく僕には銃を選ぶ理由があったから銃を選んだのさ」

「それは?」

 即座に聞き返した少年の言葉に、詩人は少しばかり沈黙してから答える。

「僕の生き方に合っていた……ような気がしたからさ」

「ような?」

「僕の父親は、少々難解な職業をしていてね。中々引き継ぎ手がいないんだが、僕はそれを放棄して弟へ譲っている」

「いや、その職業も気になりますしオリビエさんに弟がいるっていうのも初耳ですし」

「そんな正道とは外れた道だからかな。敵と正面から戦う剣ではなく、誰かを支え戦況という『現状』を変えられるような銃を選んだ」

 オリビエにしては、グランセル城の時のような真面目な口調だった。加えてあまり話そうとしないのは、先程の会話の中に何か思うところがあったからなのか。

 その少年の想像に答えるが如く、詩人が口を開く。

「……帝国は、どうだったかい?」

「へ?」

「こんな時になんだが、君の眼から見た帝国はどのような国だったのか、とね」

 単純な調査という意味合いでなら、オリビエは既にカイトとジンの説明を聞いている。

 君の眼から見た帝国。それはつまり、カイトが憎んだ帝国の実態はどのようなものだったのか。

 苦笑しつつ、静かな湖畔を眺めながら答える。

「良かったですよ。帝国」

「そうか……て、『良かった』?」

 オリビエが聞き返してきた。彼にしては珍しく、砕けたような余裕ではない、呆けたような真顔だった。

「言ってるじゃないですか。良かったって」

「いや、なんだ。冗談でも、君から誉め言葉が聞けるとは思ってもなかったからね」

 別に、百日戦役に対する感情が消えたわけではない。帝国のことが好きになったというのなら、それこそ冗談だ。

「実際に行ってみたことで、どんな国かを知ることができた。色々な理由があって遊撃士が迫害されるような、隣にある底知れない国になった」

「……そうだね。正直、カイト君たちリベールの遊撃士にとっては並々ならぬ国だろうね」

「でもそれと同時に、遊撃士がいて軍人がいて、オレと同じように悩みを持っている人たちがいる国だってことも判った」

 オリビエは、さらに意外そうな顔をする。

 少年にとって憎しみでしかないその国は、旅をすることで印象が変わった。得体の知れない国が見知った国に変わる。それは、まるで子供が食わず嫌いの野菜を初めて食べたようなものだった。ただそれだけのことだが、この二人にとっては大きな前進だった。

 そしてカイトは気まずげに、恥ずかしげに話す。さんざん嫌っていたそれを食べることができた時、親にからかわれる子供のように。

「そもそもオリビエさん。あんたみたいなしょーもない人がいる国なんだから、そんなに怒らなくてもいい国なんだって思った」

「……」

「ただ、それだけですよ……」

 過去の戦争を恨む気持ちは変わらない。オリビエの馬鹿さ加減を冷えた目で見る関係は変わらない。ただ、その存在を大きくしていたのは、他ならぬ自分の心だったのだ。

 純粋に許せるとは言えないかもしれない。

「……はははっ」

「ちょ、笑わないでくださいよ! 今度こそファイアボルトぶつけますよ!?」

「ははははっ!」

 今のように、オリビエに正直にはいられないかもしれない。

 ただ、もう恨むだけの存在ではない。それだけははっきりと断言できる。

 詩人はひとしきり笑って、少年は口を尖らせ続けた。

「いやー、最近は結社の調査が多かったからね。アガット君とティータ君の絡みを見ていたとはいえ、こんなにも大笑いしたのは久しぶりだよ」

「ふん、この変態め……」

 髪をかき上げていた手を、オリビエは少年に向ける。

「ありがとう、僕の故郷を、そんな風に言ってくれて」

「……どーも」

 仏頂面で、それでも出された手には応えた。青年の力は、予想に反して力強いものだった。

 あのトヴァルのように大きくはなくとも、それでも不思議と力強いものだった。

「僕もリベールに来て、色々と得るものがあったよ」

「そういえば、言っていましたね。グランセル城で話した時も」

「この国の人々を。自然を。生き方を見て、改めて故郷というものを知ることができた。そのうえで、どんな風に僕自身が生きていきたいかも考えることができた」

「? 漂泊の詩人としてですか?」

「それも魅力的だがね」

 何度かの衝突や共闘や会話を経て、カイトもオリビエの性格を少しずつ理解してきている。今のこの喋りは、真面目なものだ。

 未だ置かれた自分の得物を見て、そして少年の得物とを見比べながら口を開く。

これ()でも話したが、僕は銃での戦い方と生き方を重ねている。だが僕は、本当にこの生き方でいいのか、迷っていてね」

 少年が自分の価値観や得物に迷っていたように、青年も未だ考え続けていることがあった。その具体的な内容は、恐らく仲間の誰も聞いていない。それは国籍の境があるからなのか、それとも別の理由があるのかは判らない。

 ただ、カイトは聞かなくとも一つの答えを言うことができた。

「何に悩んでいるのかは判らないけど、でもオレたちには仲間がいるんだから大丈夫ですよ」

「仲間、かい?」

「はい。オリビエさんは、オレたちの仲間です。それは誰もがそう思うでしょう」

道が判らなければ、エステルが示してくれる。その道を踏み外しそうになっても、仲間たちが一緒に支えてくれる。

「その仲間たちが示して支えてくれた道なら、悪いものではないでしょう」

「……そうだね」

「その選んだ道を行って、もしもアンタが腑抜けた態度をとっていたのなら」

 カイトは銃を構えてオリビエに向けた。銃口は人差し指、撃鉄は親指にして、殺意でなく不敵な対抗心を銃弾に据える。

「その時は、オレが『ふざけるな』って言ってやりますよ。あんたには随分とむついているんだし」

 その弾丸を、オリビエに放つ。オリビエは不敵に笑った。

「判った。ならば、まずは僕の生き方というものを君に示さなければならないようだ」

 いつかカイトやエステルや、仲間たちに。オリビエ・レンハイムの在り方を示す時は。

「その時は、盛大に喧嘩をしようじゃないか。お互い、言葉と生き方と、思想の限りを尽くしてね」

 

 

 

 

 




閃Ⅲの最新情報を見て、絶賛テンションアガット中。

そしてティータ、もうロリコンダイブとは言わせないとばかりに成長しおって……素晴らしい!

クロスベル・リベール・エレボニア、すべての因子が重心(リィン)の下へ集ってきていますなあ

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