心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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21話 絆の在り処①

 オリビエとの話を終えると、漂泊の詩人は先ほどの雰囲気と打って変わっていつもの変態ぶりを発揮してきた。

 そこにはやはり冷えた視線を送るべきだと学んでいるカイトは、早々に彼をジンやアガットのグループへと送っていった。そこにはいつの間にかシェラザードも合流していて、少年はこれ幸いとオリビエを死地へと送り込む。

 大人たちは気も早く、早々に酒盛りを始めている。アルコールを利用しなければ、進まない話もあるのだろうが、未成年の少年からしてみれば何ともやるせない気持ちになっていた。

 時間も昼時なので、少年は大人たちに交じり食事をとる。どうやら少女たち三人はバルコニーで静かに昼食を楽しんでいるらしい。自分が肩を落としたのと同じ理由で大人組を避けたのだろうが、何だか女子会に参加する男子のように気が引けて、少年は取り敢えず温和そうなケビンの隣に腰を落とした。

 元不良、共和国人に旅芸人一座の遊撃士、そして神父らしくない神父。この風変わりな大人たちとの会話は面白く、しばし時の流れを忘れた。

 自室に戻り、一度昼寝をする。再び意識が戻るころには、景色は赤色に変化し始めていた。からからに渇いた喉を疎ましく思いつつも、毛布の中で生まれた熱を冷やしたいと、一階の食堂まで降りず直接二階のバルコニーに出る。

「あ、カイト」

「姉さん?」

 そこには、一人で湖畔を眺める義姉がいた。

 パラソルの下で同じ目線から揺らめく水面を眺めるのもいいが、高くなった目線で湖の中と夕陽を眺めるのもいいものだ。

「何してるの?」

「ん、ちょっと考え事」

 クローゼの考え事か、それともクローディアとしての考え事か。

「釣りはどうだったの? ティータちゃんと一緒にしたんでしょう?」

「いや、オレは見てる側だったけど。話す方が目的だったし」

 どちらかといえば導力銃に関する相談の方が主な目的だったので、釣り竿を握ったのはごくわずかな時間だけだ。

「ま、昨日一通りのことは話したけどさ。どうだったのさ、ロレントとボースでの旅は」

「うん、色々なことがあったよ」

「あのロランス少尉にも会ったって言ったじゃんか」

「ロランス少尉……『剣帝レオンハルト』。あの人は、確かに不思議な人だったよ」

 ボースでは、クローゼは被害を受けた街での人命救助を行っていたという。先頭で動いたのはエステルやティータ、アガット、それにシェラザード。それでも、街への襲撃の時に少女は確かに銀髪の青年と言葉を交わしていた。

 カイトにとっても青年は一口で語れない存在だった。敵としてクーデター事件では相対した。しかし最初の出会いでは彼に助けられたのだ。

 結社とことを構える以上、近いうちにまた執行者と相対することもあるだろう。カイトにとってはブルブランなど会いたくない輩も、レンのようにどんな声をかければいいか判らない少女も、名を聞いただけの者もいる。

 そしてレーヴェもまた、複雑な心境を持った執行者。再び対峙した時、彼とは得物を持って武勇を争うことになるのか、それとも言葉を持って意志を交わすことになるのか。

 エレボニア帝国を旅して、クーデター事件の時とはずいぶん自分の状況も変化した。対峙した瞬間を想起した少年が感じた汗は、焦りか戸惑いか、それとも。

「それもぞうだけどさ。改めて古代龍なんて、すごいのと遭遇したもんだよな、皆」

 エステルを中心とした自分たち遊撃士一行は、王都地下で高度な自律機械であるトロイメライと戦った。時代がどれだけ進歩していたのか判らない叡智の結晶と凌ぎを削ったと思えば、今度は人よりも遥かに崇高な巨大竜と意を交わす。

 何とも波乱万丈な旅路だ。

「でも印象に残っているのは、あの夢かな」

「夢?」

「うん、ロレントでの時にね――」

 ロレントで戦った執行者、『幻惑の鈴』ルシオラはシェラザードの姉貴分でもある。タロット占いに鞭を使った芸事に達者な銀閃のように、ルシオラにも旅芸人一座の一員としての特技があった。

 それは、鈴の音を使った幻術。ルシオラは自らの幻術とゴスペルを組み合わせ、昏睡した人すべての人に、その人が思い描く幸せな時、幸せな情景の『夢』を見せたのだという。直接霧の原因を突き止めたエステル、シェラザード、オリビエ、クローゼも同様に。

「見たのは、子供の頃の夢だった。でも不思議なんだよ?」

「何が不思議なのさ?」

「場所は孤児院でね。子供の頃なのに、見たこともない位、小さなクラム君たちがいた。お祖母様にユリアさんに、ジルにハンス君たちがいた」

 思った以上に我儘な夢だ。実際夢の世界において、現実と矛盾する光景はさほど珍しくないらしいが。

「そこには、オレもいた?」

「……うん。昔みたいに、一緒になって歩いてた」

「そっか」

 そのことを聞いて、カイトは少しばかり嬉しくなる。クローゼと自分の間で、今までにない亀裂が走ったこの数週間。それでも、クローゼの幸せな夢に、その一部に自分は存在していたのだ。

「帝国にいた間も、姉さんのことは心配してたんだぜ? 王位継承権、プレッシャーに潰されてないかなーとかさ」

「む……」

 からかうように言う。一国の王女にとって、決して簡単には決められない王位継承。デュナン公爵が先のクーデターで謹慎を受けている状況だ、アリシア女王陛下がクローゼを推すのはおかしい選択ではない。国政を知る者も、クローゼを知る者も納得するだろう。

 カイトには根拠のない確信があった。クローゼという少女が困難の果て、クローディアという女性として成長し、そしてグランセル城の壇上に立って自分たちリベール国民を導いているという確信が。

カイトは知っている。普段は女性として憧れるこの少女の中に、類い稀な強さがあることを。凛とした強さであり、慈愛と共存した強さであり、そして自分(カイト)と同様に揺れ動き迷う若者がやがて手に入れるであろう強靭な強さだ。

知っていて、そして確信しているからこそのからかいだった。加えて、自分を動揺させたことに対しての自分勝手な復讐でもあった。

その意図が伝わったか否か、クローゼはあからさまに話題を変えてきた。

「……そんなことより、帝国はどうだったの」

 恥ずかしいのか怒っているのか。一皮むけたカイトとしては、面白くてたまらなかったりする。

「どうって、昨日言った通りだよ。色んな事があった」

 順々に、カイトは帝国での日々を明かしていく。アネラスとの個人的な相談を除いて、出会った人、感じたこと、戦闘と依頼のこと。成長の糧となった旅路は、信頼する義姉にも隠さず話した。

「そっか……遊撃士としても、リベールの人としても成長して帰ってきたんだ」

 帝国の現状を理解し、そして信念を持って動く遊撃士。過去帝国に侵攻されても、冷静に敵であった人たちと言葉を交わすリベール人。エステルたち仲間に昨日伝えたのは、その二つの要素で成長を果たしたということ。それを聞いた仲間たちは、今のクローゼと同じように自分を褒め称えてくれた。

「いや、もう一つ成長したことだってあるよ」

 けれど、昨日仲間たちと夕餉を楽しんだ時には伝えることのなかったことを、ただ一人の少女には伝えた。

「男としてだって、成長したからな」

 少しの沈黙が走った。その後に、少女は舌足らずな喋りで返してきた。

「そ、そっか」

「うん。それだけ密度が濃かったから。ただでさえ嫌いだった帝国に、姉さんにあんなことを言ったまま行かなきゃならなかったんだから」

 川蝉亭での最初の会話。それは王立学園で別れて以降、一ヶ月近い空白を経ての出来事だ。あの時、姉弟を姉弟でなくしたかもしれない言葉の数々は、両者も空白の期間に考えずにはいられなかったもの。

 自分は、相手にとって何者なのか。相手は自分にとって何者なのか。自分は相手をどう思っていたのか、そしてどう思っているのか。相手は自分をどう思っていたのか、そしてどう思っているのか。

 これから再会した時、自分たちは何者同士となるのか。どんな思いで相手に話しかければいいのか、また話しかけられればいいのか。

 何か悪いことをしたことはない。罪を犯したわけでもない。けれどこの胸を締め付ける思いは何か、二人ともずっと考えていた。

 そして考えて悩みぬいて、カイトは決めた。次に少女と顔を合わせた時、どんな言葉を送ろうかと。

 二人は昨日の挨拶で、自分たちの関係の根本を認識できた。それはあの百日戦役の日、ルーアンでの出会いがあっての自分たちだということを誇れることだった。

「ごめん。あんな風に、姉さんを困らせることを言って。それに、急に怒鳴っちゃったこともさ」

 正面からこんな風に言葉を交わすのは、遊撃士であり孤児院の子どもでありクローゼの弟である『カイト』として、王女であり王立学園生徒でありカイトの姉である『クローゼ』に、正直でいたいからだ。

 カイトは真っ直ぐクローゼを見て、そしてきれいに頭を下げる。

 敢えて真正面からあの時のことを掘り返す。それは天秤に重りを乗せる、危ない一手だ。でも、遠いケルディックの地でカイトが言った『謝りたい』という感情は、例え天秤を傾けても抑えきれない想いだった。

「……私の方こそ、ごめんなさい」

 クローゼは謝る。どうしてごめんなさいなのか、それは言うことができなかったけれど。

「ありがとう。昨日、私に『ただいま』って言ってくれて」

ごめんなさい、の後にありがとう、が続くこと。カイトとクローゼの中では、子供のころから数えれば何度かあったように思える。

「なんだか、あの時みたいだな」

「エルベ離宮で、私が危ないって言われているのに外に出たとき?」

「うん、そう。やっぱり同じことを考えるんだな」

 あの時も、クローゼはカイトの意志を知って謝った。そして意志の根源を知って、感謝した。

 思い浮かぶ場面が全く同じ。両者は声を吹き出して笑った。

「あはは、こんなところはやっぱり姉弟だ」

「ふふ、そうだね」

 和やかに、にこやかに笑う。

 ふと、ハーモニカの音が聴こえる。

「これって……」

「エステルさんかしら」

 夕暮れに響く切ない音色。エステルから教えてもらったことがある。そして帝都の音楽喫茶でも聴いた。『星の在り処』だ。

 真実も嘘もない。善も悪もなく、ただ想いは膨れ上がる。それでも、夜は明け星は溶けても、どれだけ道に迷っても、彼女()の輝きだけは忘れない。

 大切な人との距離が、時間が、触れ合いが絶たれた人が歌う詩。

 愛でも憎しみでも、ぶつけ合う誰かがいなければ人は儚く散ってしまう。

 けれど同じ星空の下には、大切な誰かがいる。距離が近くても、時間が一緒でも、触れ合いがあったとしても離ればなれになった誰かがいる。

 エステルは今この時、ヨシュアを想っているだろう。他の仲間たちだって、想っているだろう。姉貴分に、兄弟子に、妹に、家族に、故郷を。

 カイトは勿論、少女を想う。こんなに近くにいても信頼しあっても、通じ得ない少女を想う。

 星の在り処は最後に締めくくる。『二人はいつかまた会える』と。

 エステルは決意に満ちている。ヨシュアと再会するのだと。

 だから、カイトはもう一歩踏み込んだ。このままでは終わりたくないから。もう一度クローゼに()()ために、カイトは口を動かした。

「でも、伝えた言葉は嘘じゃないよ」

 いつの間にかの静寂を破ったそれは、夕暮れに染まるクローゼに確かに届いた。

「悩んで悩んで悩みぬいた想いだから、格好悪くても誤魔化したくはないんだ」

 もう一度、正面からクローゼを見た。今度はクローゼも、カイトの瞳を捉えて放せなかった。

 例えば、カイトが怪我をした時、泣いた時。クローゼが無茶をする時、怒る時。いつも二人は、互いを見ていた。それが姉弟としての役割だったから。

 そして今この時も、二人は確かに互いを見ていた。共に歩んできた弟であるはずの少年と、ずっと憧れていた姉であるはずの少女を。

 少年は、喉がからからに渇くのを感じた。冬なのに夕陽が熱いし、心臓の鼓動が聴こえる。

 二人は、同時に唾を飲み込んだ。

 静寂を破ったのは、二人ではなかった。

「ああ!?」

 エステルの声が聞こえる。いつもより焦っている、そんな声だ。

 おいおい勘弁してくれよ、そんな感想を浮かべて声がした方向を見てみる。

 それには、確かに驚いた。先程までの空気をあっという間にかき消して、クローゼだけでなくカイトも意識を切り替えざるを得なくなる。

 エステルは桟橋にいた。それに、何故かケビンも。二人が見つめているのはヴァレリア湖の上。

 湖上に浮かぶ一隻の小舟。その中で『方術使い』クルツが倒れていた。

 

 

――――

 

 

 方術使いクルツ。カシウスが遊撃士協会を脱退した今、リベール最強の遊撃士である。得物を駆使した槍術も達人並だが、加えて東方から伝わるという不可思議な『方術』を用いて攻防磐石の戦いを行う。

 アネラス、カルナ、グラッツ。彼らはクルツを中心にして結社のアジトを調査していたはずだ。

 その彼が、あろうことか小舟に揺られて戻ってきた。事実を知った仲間たちは、皆一様に驚きを顕にしていた。

「そうか……一度ならず二度までも、私はおめおめと記憶を奪われてしまったのか……!」

 川蝉亭の一室を借りてクルツを看病する。目を覚ました青年は、悔しげに顔を歪めていた。

 そして、ジンに懇願してきた。もう一度、『氣』を当ててくれと。

 クーデター事件のエルベ離宮奪還作戦の時だ。ジンにエステル、ヨシュアにカイト。この四人は作戦遂行のための戦力を頼りに遊撃士たちを訪ねていた。その時もクルツは、今と同じように思い出せない何かを考えて吐き気を訴えていたのだ。一種の暗示のようなそれに、ジンは氣をぶつけることで鎮静化させた。

「今のお前さんの状況じゃ、体力がもたん。記憶が戻るかも定かでない、危険な行為だ」

 つまりは荒療治。身も心もボロボロのクルツにやれるものではなかった。

 途方に暮れるメンバーに光を照らしたのは不良神父だった。

「だったら皆さん、ここは俺に任せてくれんか?」

 一同の許可をもらい、ケビンが身を出す。同時にクルツに向けた星杯のメダルが、淡い輝きを放ち始めた。

 一同は目の前の現象に驚きを顕にする。

「空の女神により聖別されし七耀、ここに在り」

 識の銀耀、時の黒耀。その相克をもって彼の者に打ち込まれし楔、ここに抜き取らん。

 詠唱とも呼べるケビンの言葉が終わる頃には、光は一層強くなって、そして消える。クルツは一瞬苦悶の表情を浮かべたが、瞼が開くとそこには強い後悔が宿る瞳があった。

「そうか、これが教会に伝わる秘術……何とも不思議な感覚だ」

 そうして思い出せた記憶。エステルたちにとって、より一層身を引き締めることとなった。

 クルツチームの行動指針は、やはり結社のアジトの調査である。四人はヴァレリア湖北西の湖岸にあったという結社の研究施設へ潜入した。

 不気味なのは、それが秘密裏に建造されていたこと。そしてダミー映像など、王国軍の目に届かぬような技術を利用していたこと。

 そして潜入した後四人は返り討ちにあった。今までエステルたちが出会ってきた執行者たちに。

「仲間を残して自分だけ逃げるなど……何て情けないっ!」

 自責の念に駆られるクルツ。当たり前の反応だろう、自分だってそうなるはずだ。

 そして、それを責める人間はこの場にはいない。

「クルツさん、安心して。アネラスさんたちは、絶対に助け出してみせるから!」

 エステルの快活な宣言。仲間たちは迷いなく賛同した。

 クルツの状態を見れば一刻を争う出来心なのはすぐに判る。加えて王国軍もすぐには手出しできなさそうなこの状況、危険を省みないなら、この場にいる遊撃士たちが動くのが最も合理的だ。

 そう、危険な判断であることは間違いない。今まで直接戦わなかった執行者、それを擁する結社の陣に乗り込むのだ。今まで以上に危険がある。

 しかし、その不安を払うようにエステルが言った。

「いずれ、結社と直接対決することになる……だったら、やっぱり仲間がピンチな今行かなくちゃだめなのよ」

 その言葉、そしてエステルの爛々とした瞳。今この瞬間、誰もがエステルが頼もしい正遊撃士となったことを理解した。

 王国軍に連絡を入れつつ結社のアジトへ向かう。その指針を決めた後に行うのは、誰が救出に向かうのか。

 エステルは言わずもがな、この仲間たちの先導者としてメンバーとなる。そのエステルが誰を頼ろうかと首を回すと、真っ先に手が挙がる。

「だったら、まずは俺を指名してくれへん? クルツさんのように術をかけられたお仲間さん、助けられるかもしれへんし」

 クルツチームは結社の手に落ちた可能性が高い。そしてクルツと同じように術をかけられた可能性もある。ならば、ケビンを連れていくのは合理的な判断だった。

 全員が納得する。エステルは再び仲間たちを見る。

「待った。希望できるなら、オレも連れてってもらうよ」

 一同は目を見張る。それはこの場唯一の少年が名乗りを挙げたからだった。

 こんな状況となると、当然異を唱える者がいる。アガットとクローゼだ。

「おいカイト。話を聞いていたのか」

「今までより、何倍も危険な所なんだよ?」

「それは百も承知。そんな危険な場所にいるのは、誰だと思う?」

 その言葉に、一同ははっとする。冷静なカイトの瞳は、静かな決意を称えていた。

「孤児院ぐるみでお世話になってるグラッツさんに、ついこの前まで一緒に修羅場を潜ってたアネラスさんに、オレの師匠のカルナさんだ」

 ある種、この場で一番三人に縁のある人間だ。その自分が、のうのうと待っているわけにはいかない。

「エステル。是が非でも、連れてってもらうよ」

「うん、判ってる。連れていかないわけないじゃない」

 クーデター事件の時だ。エステルはまだ戦力的価値の低かったカイトを仲間にすることを躊躇わなかった。クローゼへの想いが、かけがえのない力になると信じていたから。

 実際、カイトはしっかりと自分の役目を全うしてみせた。今回もそれと同じだ。

 納得する少年少女をよそに、アガットは盛大に頭を掻いた。どんな暴言が飛んでくるかと思ったが、意外にも条件付きの賛成である。

「だったら俺を同行させろ。それがお前を連れていく条件だ」

 これまた譲らないという表情のアガット。敵地に潜入するという目的である以上、四人となったこの辺りが潮時だろう。エステルが選ぶと言いながら、結局は名乗りを挙げた者が行くことになった。

「シェラザード、ジン。悪いがお目付け役は引き受けさせてもらうぞ」

「ええ、判ったわ。王国軍との連絡役は任せてちょうだい」

「カイトの事なら心配するな。帝国で一回りも、二回りも成長してきたからな」

「ああ、元々そのつもりだ」

 アガットはカイトを見た。怒りや心配などでなく、一人の遊撃士の同僚を見る眼で。

「帝国でお前が何を得てきたのか。じっくりと見極めさせてもらうぞ」

「……はい!」

 

 

――――

 

 

 急ごしらえの四人は準備も手短に済ませ、クルツを乗せてきたボートを使ってヴァレリア湖岸の北西を目指した。

 一同、会話も少ない。決意を固めているとはいえ、危険な潜入であることに間違いはないのだ。襲いかかるかもしれない執行者の特徴を各々確認したり、戦闘におけるそれぞれの役割を確認しつつ、ボートは夜の湖上を寂しげに進む。

 やがてロレントを彷彿させるとエステルが言う濃霧に囲まれ、その向こうに極めて人工的な光が見えてきた。

「ここが結社のアジトか」

「へぇ……やっぱり規格外の組織みたいやね」

 大人二人が緊迫した面持ちで口を開いた。

 導力革命の後、時代と技術は加速した。とはいえ、どちらかと言えばリベールは牧歌的な国だ。近代的な様相を見せるのも精々ツァイス地方ぐらい。そんな国の人里もない辺境に、導力灯が揺らめく鉄の城、秘密結社の研究施設がある。

 どう見ても場違い。そしてどのような目的で、いつ頃から建設されたのか。謎は深まるばかりだ。

 四人は息を潜める。施設の扉に近づいても、特に音沙汰はない。

 意を決して、扉を開ける。今度は内部構造に驚いた。

 強い光を産む導力灯もそうだが、何より無人の工場のように何台ものベルトコンベアーが稼働している。それが運ぶのは、ティータにしか判らないような鉄の製品。地面は大理石並みの光沢を放つ。

 現実離れした光景に驚く暇もなく、不快なブザー音が鼓膜を震わせた。

「こいつら!」

「王都地下で見たのと同じ――」

「機械魔獣か!」

 順にエステル、カイト、アガット。別室から現れた四つの機械魔獣が、いくつもの銃口を向けてきた。

 四人は瞬時に散開する。エステルは棍を振るい、アガットは重剣を盾にし、カイトは素早い身のこなしで、ケビンは白の法衣をはためかせて銃撃の嵐を避けた。

 息もつかずに機械魔獣に接近する四人。アガットの一撃は機械を中心部から粉砕し、エステルの巧みな棍さばきは見事に機械魔獣の鉄の体を凹ませつつひっくり返らせた。ケビンが放った超至近距離からのボウガンの矢じりは眼と形容できる部位から導力機構を抉り、そして同様に至近距離でのカイトの銃弾は四輪の内二輪を破壊する。

「一撃で壊せるとは、運が良かったな」

「ええ、アガットさん。それにしてもこいつらが話に聞いた……」

「うん、王都地下で襲ってきた魔獣なの。ケビンさん」

 まだ駆動音を響かせる、カイトが仕留めた一体。それに何事もなかったように重剣を降り下ろすアガット。オレだけは一撃じゃなかったのか、とカイトは息を漏らした。

「今のは哨戒中の機械どもに出くわしただけだろうが、何にせよ一筋縄じゃいかねえ場所だな」

「はい。次に出てきたのがもっと巨大だと、オレの銃じゃ簡単に倒せなくなる」

「それに違う種類の機体が一斉に来ても厄介ね」

 まだ施設入り口に入ったばかり。手厚い歓迎に気を引きしめた四人は、得物に手をそえて進み始める。

 そんななか、ケビンが言った。

「ここは遊撃士の本懐に沿って行くべきやね。何やったっけ、皆さんがよく言うアレ……」

「ああ――」

 アガットが返す。全て言い切るのを待たずに、エステルとカイトが異口同音に口を開いた。

『迅速に、確実に行きましょう』

 結社の研究施設。遊撃士たちの救出作戦が始まる。

 

 

 


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