心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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21話 絆の在り処②

 王都のお茶会騒ぎの時もパーティーとなったこの四人は、襲いかかる機械魔獣をその実力で跳ね除けながら捜索を続けていった。カイトとエステルが危惧した通り機械魔獣の種類は多岐にわたった。先の多室哨戒用の小型から一室を複雑怪奇な動線で警備する型、拠点防衛用と見間違うほどの大型兵器、果ては空中を飛行する型などだ。初戦のような幸運は続かず、四人は苦戦を強いられた。

 捜索中に驚いたのは、やはり結社の技術力の高さだ。機械魔獣はもとよりカイトらからすれば用途も謎の工場施設。加えて王都地下のトロイメライが製造されているのを見てしまっては、状況など忘れて乾いた笑い声をあげるしかなかった。

 そうして部屋を次々と進み、カードキーによる扉や不可思議なギミックを操作して階をも越える。やがて辿り着いた大部屋には、見知った三人の後ろ姿があった。

「アネラスちゃんもいるし、この人たちみたいやね?」

 ケビンが尋ねると、エステルは頷きつつ声をかける。

「アネラスさん、グラッツさん、カルナさん! 無事だったの!?」

 後ろ姿から見ても、自分たちが救出しにきた三人たちだ。普通に立っているし、致命的な外傷もなさそうで、少しばかり安心した。

 だが一同は、三人との距離五アージュ程で近づくのを止めた。こんな時には深く考えずに近づくエステルも、さすがにおかしな状況であることに気付く。

 小舟に揺られてきたクルツは、身体的にも強いダメージを負っていた。その彼の話からすれば他の三人も危機には違いなかったはずだ。なのに何故、平然と立っていられる。仮に無事逃れたとするならば、どうしてこんな隠れる場所もない大部屋に突っ立っている。

「エステル」

「うん、アガット」

 申し訳なさを表情ににじませながらも、エステルは棍を身構えた。他の三人も、それぞれの得物を握りしめる。

 沈黙の後、振り返ったアネラスたちの瞳には、生気というとのがまるで感じられなかった。

 カイトが、合点がいったように尋ねる。

「ケビンさん、これって」

「ああ。どうやら、俺がついて来た意味ができてしまったようや」

 普段はお気楽な調子の不良神父。その眼が細く、瞳は鋭利に光った。

 つまり、彼らは何かしらの暗示をかけられているということだ。ご丁寧にそれぞれの得物を取り出す辺り、きっちりエステルたちを襲うようにも仕向けられている。

「ちっ、思わぬ伏兵が居やがったか。強敵だ、確実に無力化するぞ!」

 アガットの号令に三人が頷く。こうして、予想外の戦闘が始まった。

 クルツチームの三人は弾けるように散開。カルナは後ろへ下がり、グラッツとアネラスは左右から回り込みつつ四人へ襲いかかってきた。

 こちらも応戦、カイトとケビンが後ろへ下がり、エステルとアガットは向かってくる二人に立ち向かう。

 エステルは、自分の側に来たアネラスの素早い剣閃に相対した。

「アネラスさん……悪いけど勝たせてもらうわ!」

 二人が初めて顔を合わせたのはボース地方。飛行船失踪事件の調査の時だ。その後はクーデター事件で共に協力し、ル・ロックルの研修では時にはぶつかり合い、協力して困難を乗り越えた。

 棍と剣が火花を散らす。その度に、修行として闘志を燃やしていたのを思い出す。

 高速の回転――旋風輪がアネラスの剣をいなす。しかしアネラスも、死角から高速の突きを巧みに繰り出してくる。

 実力差はないに等しく、互角の攻防。エステルは納得した。赤獅子という猟兵を倒した女剣士の実力は本物だ。

 だからこそ、暗示に囚われている彼女に負けたくない。エステルはそう思った。

「一対一で……勝つ!」

 父親譲りの螺旋の体捌きを繰り出して、剣聖の娘は八葉の連なりに挑む。

 同時、銅鑼と銅鑼が衝突したような鈍い音が部屋を満たした。

 それはアガットの重剣がグラッツの両手剣を地に叩きつけて生じたものだ。敵の得物を封じつつ、重剣は主の意のまま下から袈裟懸けに滑り込む。

 しかしグラッツの機動力はまだ死んでいない。剣と同じように限界まで身を屈め、重剣の軌跡の下に潜り込むと、アガットの足を切り裂こうと執拗に斬撃を放ってくる。

「ち、さすがにやるぜ」

 グラッツスペシャルだかなんだか、どんな戦技だかも判らないネーミングセンスだが、実力は確かに本物。両手剣、攻守を揃える万能の剣を使って遊撃士人生を進んできたのだ。弱いわけがない。

「長期戦になるか……」

 破壊力には自信がある。けれどヨシュアやエステルのような小手先の器用さはない。戦略の果てにこちらが重剣をぶち当てるか、気力の果てにグラッツの両手剣が競り勝つか。

 視界の端に映るエステルも互角の攻防をしている。

 そう、一対一の戦いであれば長期戦だろう。搦め手でなく、似た者同士が互角の実力で戦っているのだから。

 故に、戦況を変える鍵を握るのは外部の者たち。搦め手たちが集まる後衛の動き次第で、自分たちに及ぶ影響が変わる。

(頼むぜケビン。そしてカイト……お前の戦いを見させてもらうぞ)

 後ろで奮起しているはずの少年に向けて気合いの念を込めて、重剣を振るった。

 遊撃士カルナの得物は導力機関銃である。超遠距離とまではいかないが、仲間たちの得物を鑑みれば十~二十アージュ程度からの牽制はお手のものだ。となれば当然、この場での役割も決まってくる。敵との接近を避け、安全域から様々な種類の銃弾を放つ。それが最も効率的なカルナの戦い方だった。

 加えて、大部屋と言えども研究施設の一角ではそう広くない。部屋の端からでも敵への攻撃は届く。この状況はカルナに有利なものだった。

 だからこそ、カルナへの牽制は二人によって行われた。

 ボウガン。威力と飛距離は優秀だが取り回しに癖があり、正確に標的を狙うなら足を止める必要がある得物を持つケビン。

 二丁拳銃。ある程度の連射ができ、標的もボウガンより狙いやすい。しかし威力は弱く、近距離からの攻撃でなければ牽制のみが役目となってしまうカイト。

 二人の力によって、機械的な動きを続けるカルナの牽制をしていた。

「カイト君、次の銃弾、装填しときや」

「はい。それが終わったら、アーツいきますよ」

「おっしゃ、任せたで」

 師である正遊撃士カルナを抑えるのは容易なことではない。それでもカイトはケビンと協力して尊敬する師の動きを止める。銃とアーツ、二つの強みを活かした戦略を試みた。

 カルナの銃口がエステルに向けば、銃撃を浴びせ狙いを定めさせない。標的をアガットに定めれば、アーツを発動して攻撃をさせない。カルナ自身がこちらに近づけば、銃をできるだけ乱射して距離をとる。

 エステルとアガット、二つの戦局を後方から俯瞰し、最も有効な一手を繰り出し続ける。それは甚大な思考力と集中力を求められ、カイトの頭は早くも煙を出し始めていた。

「次、カルナさんをエステルちゃんから遠ざけるで!」

 自分がその立場となって初めて分かる。オリビエや、仲間たちのリーダーがどれだけの重圧に晒されながら戦況を動かしていたかが。

 孤児院放火事件から始まる数々の戦闘は、どれも拮抗したものだった。もちろんそれは前衛後衛に限らず、誰か一人でも欠ければ危機だという点では誰にでも重圧がかかる。けれど自分は今まで、自分の為すべきことだけを成してきた。

 自分が作戦を決めることもあった、それでも自覚はなかった。自分が戦況を支配する、その重さというものを。

 得物での牽制をケビンに任せ、アーツを駆動させる。戦術オーブメントを手にして以降何度も発動させた竜巻がカルナの動きを鈍らせた。

「ケビンさん、そろそろ行けそうですか?」

「お、やる気やなカイト君。司令塔としての役割、果たせそうか?」

「誰かに操られているカルナさんなら、勝たなきゃカルナさん本人に笑われますから」

 これから先、今までの装備と意志と戦い方だけでは限界が来る。

 だからこそ、今ここで自分の可能性の一つを試みる。銃を持つ後衛としての役割の一つ、戦況を俯瞰するリーダー。その一端を、自分が担って見せる。エステルもアガットも、今は前線で敵と戦っている。

 双銃の一丁をホルスターにしまった。残る一丁銃を両手で構える。

 そこからは、カイトの慎重な銃撃とケビンのボウガンでカルナを足止めしていった。先ほどまでとは違い勢いの減じたカイトだが、しかし狙いを定めた一撃一撃は変わらずカルナを牽制する。じわりと汗ばむ体も気にせず、カルナたちを倒すための思考の端で別のことを考えていた。

(司令塔か……)

 今までは囮役も兼ねて前衛にいたが、自分の武器は現状前線で戦うとしては弱い。アーツで攻撃するにしても所詮は後衛に留まる。

 それならば銃とアーツを得意とする自分に合っている。けれど、それはどこか性に合っていない気がした。

(自分に合った戦い方……)

 オリビエは言った。剣をはじめとした沢山の選択肢の中で銃を選んだ。何より後衛での戦いを選んだのは、生き方に合っている気がしたからなのだと。

 なら、自分の生き方はどんなものなのだろうか。遊撃士を目指し、そして大切な人を守りたいと思った自分は、どんな戦い方を演じるのだろうか。

 数々の銃撃の後、ケビンを残して少年は動いた。カルナも合わせて動く。

 少年はカルナに近づく。接近戦を試みるも、容易に距離を確保される。さすがに師匠にそう簡単に勝てはしない。

 けれどそのくらいは想定内。地道にカルナとの読み合いをしていたが、このままでは埒が明かない。

(ただの持久戦は止めだ。早めにこの四対三の戦いを制する)

 ボウガンの矢じりを避けたばかりのカルナに一発の銃弾。それはカルナも避けたのだが、その背後で剣閃を描き続けるグラッツの足元を崩した。

 元からこちらの人数が多い戦いだ。いくらカルナが手練れとはいえ、負けるわけにはいかない。

 司令塔に必要なのは何も搦め手を生み出す頭脳(ブレーン)という役割ではない。必要なのは決断力。

(派手さも閃きも必要ない。ただひたすらに、判断を続ける!)

 一手、二手、三手、四手。ひたすらに銃を撃ち続ける。カルナの注意を自分に向かせ続けるという判断を続ける。

 それは、今この時のため。カイトは再び双銃を構えた。

「今や、カイト君!」

「はい!」

 戦闘初期からカルナを追い詰めるための方法を考えていた。遊撃士としての戦闘力、銃使いとしての経験、そして銃の威力。どれもこちらが劣るものばかり。

 だが一つこちら側が有利なものがある。それは同時に撃てる弾数だ。カルナは導力銃の一弾。それに対し、こちらは双銃の二弾。加えて、遠距離武器という点ではケビンのボウガンも加えられる。

 カルナの一弾をカイトの右手の銃で制した。そして、カルナ自身を牽制した。

 カイトの近距離からの一撃はカルナの姿勢を反らせる。それは離れた場所から動かなかったケビンとグラッツとの間を阻むものがなくなったことを意味していた。

「もう……終いにしよか」

 瞬間、ケビンの眼が怪しく光った。その様子を視界に捉えたのは敵であるカルナだけだったが、暗示を受けている彼女はそれを敵味方含めた他の人間に伝える術はなかった。

 ケビンが動く。実力があることは判っていた。しかしその場の誰もが驚く鋭敏さでグラッツに近付き、ボウガンの仕込み刃で切り付ける。

「滅……なんてな!」

 加えて離れながらボウガンの一撃。久々の第三者からの攻撃にグラッツの膝が折れた。

「ナイスだぜ、お前ら!」

 アガットが吠えた。重剣が両手剣を吹き飛ばす。

 味方に加勢するのは何もカルナを制してからでなくてもいい。これだって、数の優位を利用した方法でもある。

 アガットがグラッツを打ちのめした。すぐさまカルナ対三人となる。ケビンのボウガンが姿勢を崩し、カイトの双銃が導力銃を弾き、アガットの重剣が遅れてカルナを打ち据えた。

「よっしゃ! あとはエステルちゃんだけや!」

「はい、それじゃ最後にアネラスさんを――」

 そう言って少女二人を見て、カイトとケビンが踏鞴を踏む。青年二人と違い動作も加速している少女たちは、火花の散らし具合も飛び散る汗の量も三陣営のなかで群を抜いていた。

 剣閃の最中、一瞬見えたエステルの瞳。

 最早燃え盛っているようにも見える赤の瞳を見て、カイトは思う。

 やはり、リーダーというのは彼女のような者を言うのだ。言葉を出さずともその意志が伝わってくる。そして言葉を出せば、いつだって仲間たちを引っ張ってきた。自分が司令塔としての役割を任されている今ですら、エステルはその一挙手一投足で仲間たちに指示を出しているのだ。一緒に倒す、でもここは一人で行く、私に任せて、という意志を。

 自分が思い描く生き方とオリビエのような戦い方や、エステルたちのようなリーダーとしての役割は、恐らく重ならない。決して不可能ではないが、自分は司令塔には向いていない。

(人の真似事はこれ限りだ)

 どうやらまだまだ、一朝一夕で決まるものではないらしい。自分の戦い方というものは。

 同時、エステルの棍がアネラスの剣を弾いた。防ぐもののない腹部に棍の突きが炸裂した。アネラスは少し呻いて、膝をつく。

「はぁ、はぁ……勝て、たわ……!」

「おお、エステルがアネラスさんに勝った……」

 勝利の余韻に浸るエステルを見つつ、カイトは少し戦慄した目で見る。アネラスは時の運もあるとはいえ、実力で赤獅子を下したのだ。目の前に歴戦の猟兵に匹敵する少女が二人もいることに、少年は身震いを覚える。

「何はともあれ、アネラスたちを倒せたな。ケビン、暗示解きは任せたぞ」

「ええ、それじゃ始めますわ」

 重剣を下ろし一息ついたアガットの催促に、ケビンは了承した。先ずは三人の暗示を解くのが先だった。

 体を休ませているエステル、まずはグラッツの下で星杯を掲げているケビン。その様子をぼんやりとみていると、アガットが少年に近づいてきた。

「無事、カルナを足止めすることができたな。それと同時にグラッツも……いい判断じゃねえか」

 双銃をホルスターにしまってからカイトは答えた。

「……とは言っても、今回の戦闘じゃ大したことはしてないですよ。あと、オレにリーダー役は向かない」

「そりゃ当たり前だ。遊撃士になりたてのひよっ子にリーダーを務められてたまるか」

 少しばかり棘のある言葉も、どこか優しく少年の耳に届く。

「確かにお前は性格としてもリーダーには向かないかもな。それにオリビエのような後衛十割のスタイルも、機動性」

「……じゃあ何がいい判断、何ですか?」

「カルナ相手に大したことをしないで倒した……そりゃ、それだけ苦労せずにアネラスたちを制することができた証明だろうな」

 少年ははっとした表情で青年を見る。

「お前は今まで強敵と戦う時、その実力差のせいで奇想天外な方法で戦う他なかった。正攻法じゃ、負けるのは目に見えていたからだ」

 考えてみれば初めてかもしれなかった。一対一でなかったとはいえ、カルナとの戦いに勝利したのは。

「お前は、純粋に後衛からの援護だけで勝ってみせた。銃のことは詳しく言えんが、それが一番の証拠だろう。おかげで俺もエステルも自分の戦いに集中できたしな」

 おまけにまだお前だけが使えるアーツも残っているんだろう? そう付け加えてから、アガットはカイトの背を叩く。

「わっ」

「帝国での日々は確かに身になったようだな。よくやったじゃねえか、準遊撃士カイト・レグメント。まずは三人の安全を確保したんだ、このまま結社ごとぶっ潰すとしようじゃねえか」

 様子を見る意味でのお守りとしても、手助け程度の後輩に対しての発言でもない。エステルたちと同様、志を共にする仲間への言葉だ。

 ケビンがアネラスへ光を収束させ、アネラスはぼんやりと目を覚ます。その様子を見ていたグラッツとアネラスと同じように最後のカルナへ向かうアガットを、少年は追った。少しだけ熱くなった目頭を腕で拭いながら。

 

 

――――

 

 

「そうかい……あんたたちには随分と世話をかけたみたいだね」

 目が覚めたカルナは、グラッツ・アネラスと同様に目の前の状況に驚いていたが、助けに来たということを簡潔に伝えると、申し訳なさと感謝の念が同居した声で言って来た。

 一同は三人に状況を伝える。怪我と疲労に苛まれつつもクルツは無事であること、彼の証言によりこの研究施設までやって来たこと、ケビンの法術を用いて暗示にかけられていた三人を救ったこと。

「エステルちゃんも、カイト君も、ありがとう。まさかこんなことになっちゃうだなんて……」

「ううん、アネラスさんが無事でよかったわ。それよりも、すごく強くなってて驚いちゃった」

「まあ、赤獅子相手に勝ったぐらいだし……これで、帝国での借りは少しは返せました?」

「えへへ……私が借りを作っちゃったぐらいだよ」

 今の戦いも含め、三人はこの研究施設での逃亡で疲弊している。ある程度の戦いは可能だろうが、緊急性と危険性を考えると先に避難してもらうのが現実的だろう。

 疲労困憊の様子のグラッツが言った。

「悪いな、調査どころか捕まっちまって。お前さんたちには迷惑をかける」

 同じ遊撃士、青年、赤髪の性なのか相手取ったアガットが応えた。

「アンタらは十分に役割を果たしてくれたさ。あとは俺たちに任せな」

 カルナが加える。

「ケビン神父、暗示を解いてくれて助かったよ」

「いやいや、星杯騎士の力が役に立ったようで何よりですわ。それにお姐さんに勝てたのも弟子がいたからですんで」

 そう言って、ケビンは態度も軽くカイトの肩に手を回す。

「カイト……まさかあんたが来るとは予想外だったよ」

「そりゃ三人がいるんだから。オレが助けに行かなくてどうするっていうんですか」

「ふふ……そうだね。こりゃ、随分とでかいお礼を返さなくちゃいけなくなったね」

「今回は間に合わないけど、また武器の相談でおねがいしますね」

「ああ、師匠の肩書にかけて、しっかりと見繕ってあげるよ」

 危険な敵地であるが、そもそも人の気配が少なすぎる。会話は和やかに進んだ。

 一同が――特にエステルが度肝を抜かされたのはアネラスの一言だった。

「そ、そうだエステルちゃん……逃げる時に、ヨシュア君を見つけたの!!」

「な、なんだって!? ヨシュアが?」

 口を開けたまま動かないエステルに代わり、カイトが聞く。

「う、うん。一人になった時に、機械魔獣を蹴散らしてくれて。見覚えのある服と黒髪だったから、間違いはないと思うんだけど」

 当初の目的である三人の救出は達成した。結社の研究施設がこうしてある以上調査を続けるつもりだったが、新たにもう一つで来たというわけだ。

 復活したエステルがアガットの肩を揺らした。

「ねぇ、アガット!」

「わぁってる、動揺するな。遊撃士協会にとっても、ヨシュアを放っておくわけにはいかない」

 アガットとエステルが、カイトとケビンを見る。

「ワイも異存はないで。エステルちゃんの彼氏、一度この眼で見ておきたいし」

「同じく。オレだって、あいつに言いたいことは沢山あるんだ」

 沢山の人と想いに支えられて尻尾を掴んだ、エステルとヨシュアの絆。その在り処を前にして、四人の決意は一層強まった。

 アネラスたち三人が脱出するのを見届けてから、四人は引き続き施設の捜索を行った。

 トロイメライと同じく、数々の研究成果を見つけることになる。かつてリシャール大佐が所持していた半球状の導力器『ゴスペル』、そして各地で結社の実験と称されて用いられた新型のゴスペル。

 そんな発見をする一方で、拭えない不信感も大きくなってくる。それは自分たちを除いて、人の気配が全く感じられないことだった。アネラスたちが潜入した時は多数の兵士や研究員がいたというのだが、それがもぬけの殻ということはこの研究施設を引き払ったということなのか。数々の重要な手掛かりとなる機械魔獣やゴスペルなど関係ない大事が待っている。そんな可能性を感じて、体をこわばらせずにはいられなかった。

 それでも部屋や階層を変えるたびに機械魔獣を破壊し続け、疲労の色が強くなってきた頃。四人はその場所へ辿り着いた。

 アネラスは、この施設の屋上には飛行艇の発着場があると言っていた。ここは外観から考えて、屋上と同じ階層に存在する部屋。それでも十分広く、部屋の奥の空間は暗闇に包まれている。

 それでも、そんな空間のことなど四人はすぐに頭から吹き飛んだ。部屋の中央には、見慣れた青の戦闘服を包んた黒髪の人物がいたのだから。

「!!!」

「本当にいた!!」

「ヨシュア、無事か!?」

 エステル、カイト、アガットが一目散にその人物に近づく。

 真っ先にエステルは腰を下ろし、その肩を揺らした。

「いや……ヨシュア……」

 遅れてカイトが様子を確認する。その体は、服越しからでも分かるほど冷たかった。

「嘘だろ……」

「なんで、なんでこんなに冷たいのよぉ……!」

 誰もが驚き、言葉を失う。

 女王生誕祭の日にエステルに別れを告げて以降、ヨシュアは仲間たちの前に姿を現さなかった。隠密を続けて戦っていたのは、別れの際にエステルに言った通り『悪い魔法使い』を止めるためだったはずだ。すなわち、それは結社を追うことだった。

 危険なのは誰もが判っていた。自分たちですら命の危機に何度も立ち向かったのだ。闇の世界に紛れた少年はさらにかげきなことをやっていてもおかしくはない。

 だがその結末が、こんなことになるなんて、誰も考えたくはなかった。

「……エ……エステル……」

 だが一同が諦めかけたその時、かすかに一縷の望みが現れる。

「良かった、無事だったのか」

 依然としてカイトの掌には無感動な冷たさと硬さしか感じられない。

「どうしテ君が…………こんナとこロニ……』

「そんなことより、今すぐに治療を――」

 その場の空気を切り裂いたのは、ケビンの苛烈な声だった

「あかん! 離れろ!」

 明らかに警戒している、という声。一体何に警戒をしろというのか――

「離れろ、エステル!」

 ケビンがエステルを、アガットがカイトを引き剥がす。同時に黒髪の人物が跳び起き、双剣の一振りがエステルの髪の端を切り裂いた。

 目の前で起こったことの衝撃が強く動揺し、それでも反射的に退避行動をとる。エステルは辛うじて棍で受けることで致命傷を回避した。

 突然の異常事態に、黒髪の人物と距離をとる。咄嗟に武器も構える。

 エステルに攻撃したその人物は、遊撃士三人にも見覚えのある構えをとった。

 しかし俯いた顔が上げられて、光にさらされたそれは一同をさらに動揺させた。

 黒髪の人物。ヨシュアかと思っていたそれは、王都やボースでも惑わしてきた人形だった。

「まじ……!」

「ヨシュア!」

 速い。人形とは思えない程精密な動きでエステルの首元を狙ってくる。エステルは体を仰け反り、追撃しようとする人形を双銃とボウガンが牽制する。

「ちぃ!」

 アガットが遅れて重剣を振るうが、重い一撃は人形にかすりもせず反撃をうける。アガットは重剣を盾人形の猛攻を防ぎ続けた。

「仲間のマネを、するんじゃねぇ!」

 遅れて動揺を振り払ったカイトが人形に接近。本来の機動力を存分に発揮してとっさの体術を仕掛ける。数度の攻防の後にケビンが割り込み、ボウガンの体を使って無理やりながら猛攻を弾いた。

 人形はヨシュアの戦闘能力を模倣している。彼の素早さに勝てぬとも対抗できるのは、この四人の中では自分だけだ。

 アガットが重剣を用いて盾となり、ケビンが巧みに人形の動きを誘導し、カイトが素早く動きを制して人形を後ろから羽交い絞めにした。

「エステル今だ!」

 自分の力では完全に拘束することはでいない。それに人形だと一瞬の爆発力がすさまじかった。少年のみならず青年二人もする。

 エステルは未だ動揺し、本来の動きを発揮できていない。しかし、今人形という機械を破壊できるのはエステルだけだった。

「ぅ……うぁぁああ!」

 やっと再会できたと思ったのが、どう考えても結社の仕掛けた罠だったのだ。普段の少女らしからぬ叫び声は、抑えきれない怒りの表れだった。

 渾身の振り回しが人形を捉えた。粉砕され、地面に散らばる人形。

 突然の出来事に頭が追い付かず、全員が咄嗟に声を出せない。アネラスたちとの戦いはまだしも、ヨシュア人形との戦いなど完全に想定外だったのだ。

 結局研究施設に敵はいなかった。アネラスが見かけたという黒髪の人物も、恐らくこの人形である可能性が高い。随分とこちらを弄んでくれたものだ。

 とにかく、屋上も探してみないと。そう言いかけたところで、急に乾いた音が耳を打つ。

「ハハ、偽物だと気づくのが少々遅かったようだね」

 拍手だった。聞き覚えのない声だった。けれど、聞いていてとてつもなく不快になる男の声だった。

「残念だが、今回のゲームは我々の勝ちだ」

「クスクス」

 声は部屋の暗い空間から響く。三人いるようだが、全く気配に気づかなかった。

「やろっ!」

 即座にアガットが近づき、それにカイトも続こうとする。

 しかし敵の正体を探ることも許されず、容赦なく地面からガラスがせり上がって来る。重剣は容易く弾かれ、辛うじて間に合ったカイトの銃弾も金属音に弾かれる。

 同時、白い煙が部屋に充満する。どう考えても害のある煙だ。

「くそっ……」

 アガットが悪態をつく。

「そ、そんな……」

 エステルが弱音を吐くのを、カイトは初めて見た。

「く、意識が……」

 ケビンの声を聞く頃には、カイトも急な眠気に襲われてくる。

「簡単すぎるゲームだが、君の反応は楽しかった。お礼といっては何だが、面白い場所にしょうたいしてあげよう」

 最後まで苛つくような粘着質な声を最後に、意識が途切れた。

 

 


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