心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

74 / 101
21話 絆の在り処③

「――君……おい、カイト君! しっかりせぇや!!」

「ぅ……」

 印象に残る方言。目を開けると、緑髪の青年が視界いっぱいに広がる。

「ケ、ビンさん……」

「よし、何もおかしなところはないな。時間がない、すぐ行くで!!」

 のろのろと起き上がる。ケビンは既に動き出している。同じく彼に起こされたらしいアガットも続いた。

 頭の回転もすぐに戻って来る。意識を失っていた時間も短かったからのようだ。今の自分たちの状況も、最大の違和感も理解できた。

 エステルが、部屋のどこにもいない。

「くそ……!」

 この状況であれば十中八九最悪の想像の通りに進んでいるだろう。一刻も早く、状況を打開しなければ。

 意識を失う前まで暗闇だった場所は、今光が灯されている。その空間にはやたらと豪奢な椅子があり、その奥には扉が見えた。

 急いで出た空は思ったよりも明るかった。冬の寒空にはっきりと浮かぶ満月のせいだ。時刻はもう未明となっている。

 視界だけではない。鼻につく鉄の臭いと鼓膜を震わせる轟音。それが遊撃士たちと不良神父の危機感を頂点にさせた。

 リベール王国軍のそれとは違うデザインの紅い飛行艇。自らの尾を喰らう蛇のマークが印されたそれが、今まさに離陸しようとしている。

 そこにいる人間はカイトに驚きしか与えなかった。忘れることのできない銀髪の青年、ロランス少尉――剣帝レオンハルト。狂ったお茶会を開催した少女レン。恐らく不快な声の主である眼鏡をかけた濃紺の髪の男。そして

「エステル!」

 剣帝が、少女を抱えていた。エステルは変わらず気を失っている。

「しもた!」

 飛行艇は離陸した。なすすべもなく、影も音も遠ざかっていく。

「マジかい……」

「くそ……カイト、ケビン!急いで軍に連絡する。早く戻るぞ!」

「はい!」

 もう、この場でエステルを救う可能性がなくなってしまった。急いで仲間たちや軍に連絡して助力を求めなければならない。

 結社の研究施設での調査は、最悪な形で終わってしまった。だがここで諦めるわけにはいかなかった。

 動揺する体を必死でコントロールして、三人はボートを用いて川蝉亭へ戻る。

 川蝉亭へ到着するころには、幽かに空が明るくなっていた。早朝だったせいか研究施設付近だけだったはずの霧がいつまでたっても晴れず、三人の疲労は限界近くまで達していた。

 川蝉亭には、ジン、ティータ、オリビエが待機していた。エステルがさらわれたことを報告すると真っ先にティータが泣きそうになる。ジンとオリビエは一見平静を保っていたが、それでも驚きを顕わにしていた。

 シェラザードとクローゼはボースへ向かい、王国軍やグランセル城との連絡役になっているらしかった。導力通信器を使って彼女たちに連絡する。電話越しの彼女たちの声は、やはり震えていた。

 状況を打開すべく動かなければならないが、飛行艇が使われている以上自分たちができることはもう少ない。ここからは王国軍に頼らなければならないだろう。結社絡みでしかも娘が攫われたとなれば、カシウスを呼ぶのは必至だ。

 クローゼを経由して状況はアリシア女王陛下にも伝わった。関係者を集め、グランセル城にて話し合いが行われることとなる。

 川蝉亭からボース市へ。今回ばかりは遊撃士協会にも寄らず、一目散に空港を目指した。

 王都へ到着する頃には昼を過ぎていた。太陽は高く昇り幽かな暖かさをもたらしてくれるが、離陸後の数時間程度しか眠れなかったカイトたち三人にとっては滅入るような陽光でしかなかった。

 グランセル城へ訪れたのは、エステル・クローゼを除いた川蝉亭での休暇の面々。エステルは言わずもがな、そしてクローゼは一足先にアリシア女王陛下と共にいるはずだ。

 さらに一時間後。急ぎの軍務を終えたらしいカシウスがやって来る。娘が攫われただけでなく国内に知らぬ間に謎の研究施設まで作られてしまったのだ。王国軍将軍であるモルガンも同席していた。

 遊撃士たちに王族に、カシウスにモルガン。話し合いは、重苦しい雰囲気の中で行われた。

「なるほど、経緯は把握しました。遊撃士の皆さん、また協力者の方々。危険な状況の中での調査、いたく感謝します」

 女王陛下の隣に座るクローゼは、王立学園の制服を着ていた。彼女もまたエステルの件を聞いて目に見えて動揺している。

 あくまで落ち着いた様に、カシウスがその場を取り仕切る。

「ヴァレリア湖岸の研究施設については、すぐにでも軍で調査・制圧をしよう。内部にあったというゴスペルも気になるしな」

 毅然とした対応にはその場の誰もが恐れいった。恐らく最も追い詰められている人間が、こうも落ち着いている。この場の誰もが、己の不甲斐なさを嘆いているというのに。

「カシウスさん……」

「すまねぇおっさん。みすみす奴らの手にエステルを落としちまった」

 彼女に同行していたカイトやアガットの気の落ちようは特に強い。しかし、何もカシウスが冷静でいるのは精神的に成熟しているからだけではないらしい。

「いや、お前さんたちを責めるつもりはないさ。こんなところでくたばるような娘じゃないからな」

「そ、そうは言っても先生……」

 エステルの姉貴分であるシェラザードは、カシウスの心労を考え目を伏せる。しかしそんな彼女を含め仲間たちに、英雄は唐突に質問をして見せた。

「結社の連中は、何故エステルをさらったと思う?」

 急に聞かれるとは思わなかったものだから、誰もが数秒言葉を噤んだ。どことなく落ち着いた様にティータが答える。

「えとえと、調査をしていたのが邪魔だったから、ですか?」

「確かに連中にとって、尻尾を掴もうとする軍や遊撃士協会は目障りだったかもしれんな。だが、結果的に連中が『実験』と称する各地での事件を防ぐことは出来なかった。お前さんたちには少し悪い言い方になるが、そんな脅威でもない小娘をどうして攫おうというんだ?」

 確かに、考えてみればカシウスの言う通りでもある。結社にとって、今のところエステルが大きな邪魔をしたということはない。精々が小蝿程度の鬱陶しさでしかないのだ、自分たちは。

 カシウスの言いたいことをおぼろげながらに理解してきたアガットが、呟く。

「……そうか。確かにエステルはオレたちの中心にいた。だが、単純な人質っていうならあの場の全員を捉えればよかったはずだ」

「ああ。それに遊撃士の人間を人質に取りたいなら、アネラスたちを捉えた時点で達成していたからな。それをわざわざ逃がして、二度手間を取ってまでエステルを選んだ」

 それはすなわち、結社側にはエステルを捉える理由があったということだ。

「……そっか、そういうことか」

 カイトが呟く。

「エステルと結社を繋ぐもの……それは、ヨシュアとカシウスさんだ」

 どちらも、結社にとっては自分たち遊撃士協会以上に無視できない存在だったのだ。各地で隠密行動を続け、具体的な行動は判らないが結社に対抗しようとしている執行者と同格のヨシュアと、名実共にリベールの軍神であるカシウス。この両者こそ、このリベールで結社が最も警戒している人物なのかもしれないのだ。

 だからこそ、エステルは誘拐されたのかもしれない。だとしたら、状況は最悪かもしれないが希望が絶たれたわけではない。

「だからこそ、お前さんたちには今できることに注力してほしいんだ」

 今できること。それは、少なくとも現状を嘆くことではなかった。状況を打破するために、落ち着き、活を入れること。

「なら、カシウスさん。オレたちは、何をすればいいんですか?」

 エステルのことは、自分たちで助けたいという思いがないわけではない。けれどそれは、王国軍に任せるべきことだ。自分たちがとるべき行動は今、恐らく太陽の娘の父親が知っている。

 カシウスが、厳かに伝えてくる。

「先ほど、王都を除いた五大都市の近郊に正体不明の魔獣の群れが現れたという報告があった。恐らく、件の人形兵器だろう」

 その場の誰もが、緊張を帯びる。

「加えて、各地の関所に装甲を纏った猛獣の群れと紅蓮の兵士が出現との報告も入っている」

 王国全土への、暴力という悪意の展開。それはあくまで世間の影で達せられた先日のクーデター事件よりも危機感を呼ぶものだった。この場の多くの人間が経験した、あの百日間を思い起こさせる。

「研究施設の調査、人形兵器の掃討や兵士たちへの応戦、そしてエステルの救出。この三つは軍に任せてくれ」

 百日戦役の時、少年は無力だった。ただの少年であり、一人だった。クローゼに救われなければ、孤児院で日々を過ごさなければどんな今を過ごしていたかもわからない。

 でも今は違う。双銃を操り、支える籠手の紋章を掲げ、多くの仲間と共にいる。

 だから、カイトはカシウスの言葉を待つ。自分の生きる力を持って、守るべきものを守るために。

「お前たちに今成してもらいたいこと。それは――四輪の塔の調査だ」

 

 

――――

 

 

 各地の四輪の塔に異変が発生した。この情報も同じく、王国軍とカシウスから明かされたものだった。

 塔の屋上部分が得体の知れない『闇』に包まれ、内部の様子を確認できなくなっている。球状の形を持つ闇の付近には、導力停止現象が生じている。

 そして調査に向かった斥候部隊は、たった一人によって侵入を阻まれた。

「たった一人、か。十中八九『執行者』だろうな」

 歩きながら手甲の具合を確かめるジンがそうぼやく。判り切った答えには、そもそも誰も応えようとは思わなかった。

「でも一般兵に執行者の相手は難しい。なら、あいつらの足止めを精一杯やりましょう。エステルが戻って来た時、胸を張れるように」

「あら、カイト。いい具合にはりきっているじゃないの」

 ジンの隣で同じく得物を調整するカイトに、シェラザードが笑いかける。エステルの不在に意気消沈するメンバーだったのだが、カシウスの働きかけが功を奏したらしい。

 そしてそれは、アガットも同様だ。

「オレたちはあの時、エステルの一番近くにいたんだからな。寝不足なんて上等だ、奴らに目に物見せてやるよ」

「それは俺も一緒です。部外者とはいえ、エステルちゃんを守れなかった分はここで精算させてもらいますわ」

 ケビンはそう豪語するように、まだ協力者として同行してくれていた。加えて、つい先日まで調査していた四輪の塔の異変だ。関心も高いのだろう。もう彼は、遊撃士チームの大事な戦力となっていた。

「私も……お姉ちゃんのために、精一杯できることをします! オーブメント調整とか後方支援とか……任せてください!」

 ティータもまた、小さい身でありながら頼もしく胸を反らした。ここまでの数々の旅の経験が、弱冠十二歳の少女を成長させているのだ。

「……私も、気持ちは同じです。クローディアとして、クローゼとして。皆さんを支援し、共に戦いたいと思います」

 カシウスより四輪の塔の調査を打診された時、クローゼもまた一つの覚悟を固めた。アリシア女王陛下に巡洋艦アルセイユの貸与を申し出たのだ。それはただの協力者としてではなく、王位継承権を持つクローディアの正式な申し出だった。その決断は自らの立ち位置を決めるもの、といっても過言ではない。

 クローゼはアリシア女王陛下の「決断したのか」という質問にこう答えた。

『船をお返しする頃には……必ず答えを出すと約束します』

 一同は空港へ向かっている。無論、アルセイユへ搭乗するためだ。太陽の少女がいない今、少年たちは全員が自分の意志で自らを奮い立たせようとしている。

「殿下、お待ちしておりました。巡洋艦アルセイユ、離陸準備を終えております」

 空港には、既にアルセイユがある。カイトが初めて乗り込む甲板には、ユリア大尉を含めた親衛隊数人が控えている。

「ありがとうございます、ユリアさん。どうか……よろしくお願いします」

「御意。では諸君も、ついて来てくれたまえ。まずはブリッジに案内しよう」

 ここからまた、強大な敵との戦いが始まるのだ。怪盗紳士ブルブラン、痩せ狼ヴァルター、殲滅天使レン、幻惑の鈴ルシオラ、そして剣帝レオンハルト。さらに、『教授』と呼ばれる人物。

 誰もが意を決して乗り込んだ、その時。背後から厳かな声が響く。

「待て、オリビエ」

 呼ばれたのは、グランセル城を辞してから今までずっと黙りこんでいた漂泊の詩人に向けられたものだった。一同が振り返ると、そこには紫の軍服を身に纏った堅物そうな青年がいた。

「ミュラー」

 タラップの向こう側で腕を組んでいる。カイトとジン、そしてクローゼは見覚えがあった。

 ミュラー・ヴァンダール。帝国大使館に駐在武官として派遣された、帝国正規軍の人間だ。カイトとジンは、武術大会の折に面識を持っている。オリビエの自由気ままな行動に帝国人として難を示していた人物だが、その彼がこの場に来たということは、またオリビエを呼び戻すつもりなのだろう。

「どうしたんだいミュラー? 珍しいね、こんな所まで僕を追いかけてくるなんて」

 発言こそ、いつもカイトやエステルから『変態』と言われている男のそれだ。けれど、雰囲気は少しばかり涼やかなまま。

「今までの行動は多めに見たどころか目も耳も塞いでやっていたがな。それでも濃霧騒動に古代龍事件……胃がなくなるかと思ったぞ」

「そこまで僕のことを思ってくれているなんて……なんて僕は幸せ者だ」

「抜かせ……もう期限切れだ。帝都へ戻るぞ」

 成り行きを見守っていた少年たちから、わずかに息が漏れる。元々オリビエは遊撃士でもないし、協力者と言っても一般人と同様な立場だ。しかも外国人。帝国に帰るという選択肢はいつでもあったものだが、それでもこのお調子者が途中で抜けるというものは誰も予想していなかった。

「……ハァ。君たち、一足先に艦内に入ってくれないか? 時間は取らせない、少しだけ話してくるよ」

 あくまで落ち着いた様子のオリビエだが、少しばかり目を細めた。

少しの迷いはあるが、一同はその願いに従いブリッジの中へと入っていく。そしてオリビエは、タラップを渡る。

「……ユリア大尉が入らないのは判るよ、僕を待ってくれているためだってね。でも」

 そう言って振り返るオリビエ。青年の背後には、カイトとシェラザードが立っていた。

「君たちがいるのはどうしてだい?」

「ええ、急に帝国の軍人さんが来るものだから。どんな素敵な人か、紹介してほしくてねぇ?」

 少しばかりの猫撫で声だが、その目は鋭い。オリビエとミュラーを見比べ、特にミュラーをよく観察している。

「ふむ……挨拶が遅れたな。帝国軍第七機甲師団所属、ミュラー・ヴァンダールだ。見知り置きを願おう」

 対して、カイトは軽い調子だ。

「久しぶりです、ミュラーさん」

「君は……武術大会の時の少年か、久しぶりだな。随分と見違えたようだ」

「どうも」

 シェラザードには二人の会話を聞くという明確な理由があったらしいが、カイトは明確な理由はなかった。ただ何となく、気に入らなかっただけだ。先日やたらと真面目に話し合った人間が、何も言わぬまま立ち去るという行為が。

「ま、オレはシェラさんの後を着いただけですから。気にしないで良いですよ」

「そういうこと。存分にお友達とおしゃべりしなさいな、漂泊の詩人さん?」

「……ふぅ、判ったよ。君たちとは、少なからず縁もあるみたいだしね」

 ミュラーはカイトとシェラザードがいることについては口を挟まなかった。帝国人二人は改めて向き直り、言葉を交わし始める。

「改めて言うぞ。期限切れだ、オリビエ」

「無理を承知で言うよ。悪いが、僕はもう少しだけこの国に留まる」

「もう時間がない。この国でなせることは全てなしただろう。尚更この国に留まる理由はないはずだ」

「理由ならあるよ。少なくとも、エステル君が無事に戻るまではね」

「エステル……あのお嬢さんか」

 自分にはリベールに来た目的がある。そう、オリビエ・レンハイムは言っていた。ミュラーのことが真実なら、それが達成されたからこその帰還勧告なのだろう。オリビエ一人のことを考えれば、カイトもその言葉の正当性は理解できた。

 ならば、この場合正しいのはミュラーだ。しかし、オリビエは譲らない。

「僕は『仲間たち』と話をしてね。彼女を助けるため、今できることをする。それが大切なことだと」

「それは、今後のことよりも重要だというのか?」

 少しばかり強い口調。今後のこと。それが何なのかは判らないが、彼らにとって大事なことであるのは誰の眼から見ても明らかだ。

 カイトもそうだが、シェラザードの視線も険しくなる。

「帝国男子に必要なのは質実剛健であること。清く逞しい男が仲間である少女を助けない。最も恥ずべき行為ではないかな」

「普段のお前の人物像とは真逆の信念だな」

「……まあ、それは年寄り方を納得させるための方便だよ」

「なら、本音は――」

「……若者よ、世の礎たれ」

「――!」

 カイトとシェラザードは口を挟まない。格言のようなその言葉の意図も、知りようがなかった。

「『世』という言葉をどう捉えるのか。何を持って『礎』たる資格を持つのか」

「オリビエ、お前」

「エステル君を助けること。そのために仲間たちと共に戦うこと。それはすなわち、『世の礎』たることに繋がる……そう、僕は信じている」

 一瞬の沈黙。これまでにない緊張感だったが、それはミュラーのため息によって解かれた。

「何度も言うが、もう猶予期間は過ぎている。良くて一日二日だ。それ以上は、今度こそ首根っこを掴んで連れて帰るぞ」

「ありがとう、親友。……さすがに一緒に来てはくれないか」

「帝国軍人が他国の軍の艦に乗れるか。大使館で待機しているぞ」

「ああ、よろしく頼むよ」

 ミュラーは去っていた。その後姿を見送ってから、オリビエは二人に目を向ける。

「そういうことだ。僕はもうすぐ帰国する。けれどエステル君を助けるまでは、君たちに付き合うよ」

「オリビエさん」

「まったく珍しいわね、漂泊の詩人さん。いつもそれくらい真面目なら助かるのだけれど」

「ふ、僕はいつものノリの方が好きだからね。それは、はいと言えないお誘いだね」

 三人そろって、三度目のタラップの上。風が吹く空港は、冬のせいか少しばかり体を締め付けてくる。

 オリビエは言った。

「さあ行こうか。四輪の塔へ」

 

 

――――

 

 

 初めて見るアルセイユは、カイトの知る限りどんな部屋より近代的な装飾が施されていた。しかし無機質な作りながら、所々にあるリベールの紋章が壮麗さを与えてくれる。

「君たちが『執行者』と呼ぶ輩は、既に四輪の塔に一人ずついるようだ。まずはもっとも近い翡翠の塔へ向かう」

 離陸した巡洋艦アルセイユはロレント地方の翡翠の塔付近に到着した。カイトとアガット、そしてケビンは間に仮眠を挟み、ようやく本調子に近い程度まで回復してくる。

 街道には人形兵器と紅蓮の兵士、そして装甲魔獣がいる早く日戦役以来の未曽有の危機だ。自分たち以外の遊撃士やへいしたちが対応しているだろうが、安易に街道に出るべきではない。とは言え塔の隣アルセイユを停めることは出来ないから、船倉に設置されている貨物用リフトで地上へ降りることになった。

「翡翠の塔に現れたのは白いマントと仮面の男……間違いないですね?」

「ええ、殿下。何かお疲れですか?」

「いえ……」

 白マントと聞いて思い出すのは、あの変態紳士だった。クローゼの疲れた顔には、王立学園地下での戦いを経験した面々を即座に同情させた。

「そこには、僕が行こう。例の怪盗紳士君にはもう一度会っておきたいからね」

 オリビエが真っ先に名乗りを挙げる。ミュラーの発言からオリビエの帰国を危惧していた一同だが、一先ず彼自身の説明により四隣の塔の調査には同行出来ることを明かしている。

「オレも行きますよ。あのムカつく変態野郎には、仮面をひっぺがえしておきたいですから」

 怪盗紳士に因縁を、というより個人的な怒りを感じている人間はここにいた。少年は、むしろクローゼを行かせるべきではないと考えているのだが。

「待ってくれ、カイト君。もう一つ、ツァイス地方に侵入した執行者の身なりも斥候部隊を通して把握している」

 ユリア大尉は続けた。兵士たちが現れてから数時間。斥候も進んでいるのだろう。彼女が続けた言葉に、この場で最も大きな体躯を持武術家が反応した。

「紅蓮の塔には黒のジャケットにサングラスをかけた男が侵入していた、とのことだ。執行者は……」

「痩せ狼ヴァルター、だな。……皆、紅蓮の塔には俺も同行させてもらうぞ」

 執行者には全員、仲間たちの誰かとの因縁がある。それを分かっているからこそ、先に行先を決めた三人を否定する者はいなかった。

 そうして、各塔へ向かうメンバーが決まる。

 ブルブランが待つ翡翠の塔には、カイト、オリビエ、ケビン、クローゼ。

 ヴァルターが待つ紅蓮の塔には、ジン、シェラ、アガット、ティータ。

 各地で戦闘が行われており、そして塔には執行者がいる。結社の狙いは恐らく四輪の塔ので間違いない。一刻も早く戦闘を終わらせるために、こちらができることは各塔の異変を食い止めること。早急にそれを成し遂げるため、二班編成で向かうこととなった。

「今回は、俺とオリビエさんが後衛を務める。カイト君、殿下。前衛は任せましたよ」

「お任せください」

「……結局、姉さんも行くのかよ」

「ふふ、カイト君。殿下の無茶を止めるのも肯定するのも、弟分たる君の役目だ。いい連携を期待しているよ」

「ふん」

 ヴァルターがいるために、ジンは紅蓮の塔の班員から外すことは出来なかった。しかし、ティータがいるため彼女の相方としてアガットの同行が全員一致で決まった。そのため、今回もまたブルブランと相対するメンバーは近接戦に向かない、また近接させたくない人間となってしまった。

 しかし、嫌な顔をしつつもクローゼは固い決意を顕わにしていた。アルセイユを預かる身として、ただ後ろで守られている訳にはいかないと。

 オリビエの言う通り、彼女を守るのは自分の使命でもある。渋々、カイトは賛成した。

 地上へと降りると、既にその異様さは理解できた。外壁や周囲こそ自然と強調した塔でしかないのだが、屋上付近は変らず球状の闇に包まれ、そして塔の入り口もまた謎の結界に包まれている。

「さあ、皆行くよ」

 カイトが言う。オリビエも、クローゼも、ケビンも、ゆっくりと頷いた。

 ここまで来て、尻込みするわけにはいかなかった。幸い、ここには自分より博識な三人がいるのだ。ケビンは七耀教会由来の知識で、オリビエは近代導力革命による知識で、結界の危険性は低いことを教えてくれる。

 迷っている暇はない。自分のなすべきことをなすために。

 強い意志を携えて、四人は翡翠の塔へ突入した。

 

 

 






頭の中で、虚ろなる光の封土がリピートし続けています。
次回、第22話Fateful confrontationです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。