心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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22話 Fateful confrontation②

 

 元通りの内部構造となった翡翠の塔を下り、斥候部隊の兵士を介してアルセイユへ連絡。ちょうどこちらへ向かっていたらしく、運よくものの数分で合流できた。

 簡単な報告を行いつつ、着艦と同時に連絡が来たというジンたちのグループを迎えるべく紅蓮の塔へ。

 ジンたちは軽症を負っている者もいたが、ヴァルター相手に正面から戦うことはできたらしい。カイトたちと同じように、倒すことは出来なかったがいくつかの情報を得て帰ってきた。

 一同はアルセイユの会議室で、ラッセル博士とユリア大尉を交えた会議を行う。

 基本的に、得てきた情報も新たに浮かんだ疑問も、こちらと両陣営ともにほとんど変わらなかった。塔の異変、異空間で手に入れた導力データ、塔の頂上で待ち受ける執行者、そして古代導力器から発せられ、そして収まった光。違うのは異なる因縁ゆえの当事者同士の会話ぐらい。もっとも紅蓮の塔ではヴァルターとジンが戦っている最中に、彼らに縁があるというキリカが単身で乗り込んできたらしいが。

「なるほど……そんなことがあったのか」

 一部始終を聞いたラッセル博士は自分も行きたかったと無茶なことを言っては、孫娘のティータに苦笑されていた。

「恐らくあれが、四輪の塔の本来の姿なのかもしれんね。『輝く環』を封印する『デバイスタワー』としての」

 ケビンが言う。その言葉に、一同は王都地下での出来事を思い出す。

 ここにはいない太陽の少女と月の少年、彼らとともに乗り越えたトロイメライという古代兵器。あの最深部で、ゴスペルと共鳴した謎の機械はたしかに『デバイスタワー』と言っていたのだ。結社の目的の果てに輝く環があるかもしれない以上、関係がないとは言わせない。だからこそ執行者を退けたのはいいにしても、古代導力器の光が消えた現象は気になった。

 いずれにしても、謎が判らない以上今は執行者を止めるべく動くほかない。塔頂上に放置されたゴスペルと導力データの調査をラッセル博士に任せ、一同は残る二つの塔へ向かうとことを決める。

 紺碧の塔と琥珀の塔。この二つにも、残る執行者たちが待ち受けているのだろう。遊撃士たちが遭遇した執行者はあと四人。幻惑の鈴、殲滅天使、剣帝、道化師。誰と相対するとしても、一筋縄ではいくまい。

「ユリアさん、新しい情報は入っていますか?」

「ええ。それぞれ、どのような風貌の人間に斥候を拒まれたかも報告を受けています。まずは紺碧の塔、次に琥珀の塔ですが……」

 ユリア大尉は一度言葉を切る。今現在ツァイス上空を飛んでいるのでルーアン地方の紺碧の塔に行くのは納得できたのだが、その前にとユリア大尉は予想外の目的地を告げた。

「その前に、一度王都へ戻ります」

「それは、物資の補給でもするのかい? 大尉さんよ」

 アガットの言葉は全員の疑問だった。空はもう茜色に染まりつつある。時間をかけるとまた深夜までかかってしまいそうなので、迅速な行動をしたいものだった。

 それでも、ユリア大尉の言葉は一同の不安を吹き飛ばすには十分だった。

「カシウス准佐から連絡がありましてね。戻って来た、と」

「え、それって……」

 クローゼとカイトが、驚いた様に聞いてくる。ユリア大尉は優しげな笑みで頷くのみ。

「ええ。空港でお待ちです。エステル君と……そして、ヨシュア君が」

 

 

――――

 

 

 こちらの活躍と救出を待たずにひょっこり現れるなんて、さすがは太陽の少女と月の少年だ。そう、カイトは改めて呆れてみる。

「みんなー! ごめんねー!」

 着艦したアルセイユの甲板へ出ると、タラップの向こうで相変わらず元気なエステルがいる。そして、この場の誰もが待ち望んでいた少年も。

「エステルお姉ちゃん! ……ヨシュアお兄ちゃぁん!!」

 一目散にティータが駆けて、エステルに抱き着いた。その様子を微笑ましく見つつ、シェラザードが揃って立つ義姉弟二人の前までゆったりと歩いた。

「本当に……良く帰ってきたわね」

 銀閃は柔らかくエステルとヨシュアの頭に両の手を置く。そのまま行うのは姉としての労いの所作。

「えへへ、ごめんシェラ姉。心配かけて」

「お久しぶりです、シェラさん」

「さんざん二人で話したみたいだし、アンタへの説教は勘弁してあげるわ。背、少し伸びたんじゃない?」

「はいっ」

 続いて、アガットとジンが。

「家出息子を連れ戻せたわけだし、結果を見れば良しじゃねえか。なあ、ヨシュア」

「それにその様子を見るに、カシウスの旦那からもこってり絞られたようだしな。良かったじゃないか」

「うん、ちゃんと父さんの前に引っ張って来れたわ!」

「ははは……父親の義務を受けましたよ」

 見れば、ヨシュアの頬は綺麗な赤色に染まっていた。夕日だからというわけではなく片頬だけだ。その様子を察するに、リベール王国最強の父親のお仕置きを受けたらしい。ヨシュアは、家出息子には当然のお仕置きだと、むしろ誇らしそうに語っている。

「はぁ……ヨシュア君がこんな美男子とは。もう俺の出る幕がないやんけぇ……」

 先輩遊撃士たちが再会を喜ぶ一方、ケビンは盛大にヨシュアの美貌に打ち負かされているらしい。本当に本気なのかは怪しいところだが、それでも不良神父は大人としてヨシュアとの邂逅を喜んだ。

 その自己紹介の数秒後、ティータがエステルから離れたころ。更にエステルではない少女が前へと行く。

「エステルさん、本当にご無事でよかった……」

 少女は二人、互いの手を取り合う。同年代、親友でもある遊撃士と少女は再会を喜び、そしてエステルはしおらしく一歩を引く。

 クローゼにとってはずっと会いたかった少年だ。感極まった表情で、ヨシュアを見て口を開く。

「それに、ヨシュアさんも。もう一度会えて……本当に嬉しいですっ」

「ありがとうクローゼ。エステルと一緒にいてくれて、こうしてまた会えて、僕も嬉しいよ」

 クローゼが笑っている。別に今までの笑顔が虚構で、久しぶりにいつも通りの笑顔を浮かべてくれたとか、そんなわけではない。

 弟と言い張っていたから判る。今までの笑顔がいつも通りの笑顔で、そして自分や孤児院の家族や、仲間たちに浮かべる笑顔よりもっと美しいそれだった。ただそれだけだ。

 その様子を、カイトは嫉妬と安堵を同居させて、拳を人知れず握りしめる。

 姉さんの笑顔を見れてよかった。その笑顔がヨシュアに向けられて、悔しい。

「ふう。……これで、僕の役目も一先ずは終わりかな」

 まだ再会を喜ぶ輪の中に入らず、ゆるゆると拳の握りを解いたカイトに。ヨシュアではなくカイトに声をかけた詩人が一人。

「オリビエさん」

 遊撃士とクローゼ、ティータが再会を喜んでいる。その中心にいるエステルとヨシュアは、カイトとオリビエからは見えない。

 幾度が衝突を繰り返した二人は、不思議と輪の中の彼らからは聞こえない声量で語り合った。

「これで心起きなく、帝国へ帰ることができるよ」

「……お疲れ様でした」

「へぇ。君が、そんな言葉をかけてくれるんだね」

「アンタこそ、いつになく殊勝な態度じゃないですか」

「ここまで感動すると、中々来るものがあってね」

「はは」

 そうだ、エステルとヨシュアが帰ってきた。オリビエ自身が言っていたように、彼は目的のために故郷へ帰る頃合いだ。

 オリビエは、アルセイユに背を預け、少し場違いのような言葉をかけて来る。

「頑張ってくれたまえよ。一人の遊撃士としてね」

 少年は目を瞬かせ、同じくアルセイユにもたれかかる。

「……そっちもね」

「応援してくれるのかい?」

「言ったじゃないですか、そんなに怒らなくてもいいって」

「それは……」

「――ああ、もう」

 少年は頭を掻き、アルセイユを背で押して一人で立った。

「許すってことですよ。何度も言わせないでください」

「フフフ、ようやくデレてくれたね――フゴッ!?」

 すれ違いざまに首に一撃を浴びせ、カイトはブライト姉弟の前へと出た。

「や、久しぶりヨシュア!」

「カイト……久しぶりだね」

 カイトが右手を掲げた。それを見てヨシュアも右手を掲げた。ハイタッチをかわそうとして、唐突にカイトはその手を掠めてヨシュアの肩を軽く突く。

「っとと?」

 少しだけ虚を突かれたヨシュアは、衝撃に流され足を一歩引いた。

「オレだってヨシュアの親友だよ。剣聖ほどじゃないけど、このくらいのお仕置きはさせてもらわないと困る。この手でね」

 その右手は、オリビエを屠ったのと同じ手だった。

「……そうだね。お仕置きは、何度も受けなきゃダメみたいだ」

「へへ、ほんとだよ」

 思いっきり、カイトとヨシュアは握手を交わした。痛いくらいに。

「エステルと一緒に旅をしてくれてありがとう。もう、単なる後輩とは言えないみたいだね」

「実力はまだまだだけど。そっちこそ、色々と道中の事を聞かせてもらうからな?」

 夕陽が、優しく輝いている。今までよりも、ずっと優しく輝いていた。

 

 

――――

 

 

 エステルとヨシュアを交え、花を咲かせたい話題はありつつも気分を入れ替え残る等の攻略に向かう。

 オリビエは宣言した通りアルセイユを降りることとなった。攫われたエステルや待ち焦がれたヨシュアだけでなく、誰とも深い交流があった変態は、ミュラーを背後に立たせて不敵な笑みを浮かべて別れる。妙に感慨深く、けれど悲しむこともなく、不思議と再会するような予感を想起させながら。

 ヨシュアやエステルが数時間前までいた結社の大型飛行艦隊――グロリアス。ヨシュアと共闘していた空賊団カプア一家の存在。ヨシュアの半生。結社の目的。情報交換をしつつ、一同は来る戦いの時に備える。

 障害である二つの塔。ユリアはそれぞれどの執行者がいるのか、斥候部隊からの情報を伝えてくれた。

 そして人選を決めるのには少しばかり難航したが、やがては以下の形で落ち着いた。

 ルシオラが待つ紺碧の塔には、シェラザード、クローゼ、ジン、ケビン。

 レンが待つ琥珀の塔には、エステル、ヨシュア、ティータ、カイト、アガット。

 まず紺碧の塔の付近へと向かい、シェラザードたちを見送る。その後琥珀の塔へと到着したころには、世界は暗闇に包まれていた。

「ほ、本当に中に入ると前に入った琥珀の塔とは場所が変わるのね……?」

「空間転位か。確かに尋常じゃない力が働いているみたいだ」

 合流したばかりのブライト姉弟にとって、塔頂上部と入口の扉が変位しているというのは目を見張るような光景だろう。先に二つの塔を経験したカイトたちは、内部構造の変化を伝えて驚かないように促している。もっとも、エステルはむしろ物理的に暗闇となった夜の塔内部を歩くことにならなくて安心していたようだが。

「それじゃあ行くぜガキども。しっかりついて来いよ」

 メンバーの中で年長のアガットが、一同の気を引き締める。頼もしいとはいえ年若いブライト姉弟と、そしてカイトとティータだ。アガットがこの場にいるのは、そう言った意味での采配でもあった。

 意を決して塔内部へ入ると、翡翠・紅蓮の塔で先行したイメージとそう遠くない景色が目の前に広がる。異空間であることを確信させる夜空の情景は変わらずに、仄かに煌めくのは堅牢な琥珀と黄金の光。琥珀の塔の裏の姿。

「うっわー……凄いわねぇ」

「翡翠と紅蓮、カイトたちは先にこの空間を踏破したんだね」

 ヨシュアはそう尋ねてくる。初めて出会った時から変わらない冷静さ、そして以前よりも増した覇気を感じつつカイトは答える。

「ああ。この五人なら、道中の機械魔獣はそんなに苦労しないと思う。問題は……」

「レンちゃん、ですね」

 小型導力砲を持つのはティータだ。カイトとアガットがラヴェンヌ村付近で道化師と相対していたころ、ティータは王都でごく普通の少女だったレンと共に遊んでいたのだ。

 正体を明かしたレンを連れ戻すと豪語したエステル。そのレンと仲良くなったティータ。そして同じ結社の執行者だったヨシュア。さらにアガットとカイトは、二人とも彼女が開催した狂ったお茶会に参加している。因縁や考え抜いた言葉や、晒したい想いがある。琥珀の塔の頂上に待つ、殲滅天使に対して。

 同時に攻略している紺碧の塔のメンバーたちの無事も祈りつつ、五人は前へと突き進む。

 エステルは結社の研究施設の後、結社が擁する巨大飛行艦隊グロリアスに連れ去られた。そして今回の陰謀劇の黒幕と直接言葉を交わしたのだという。その教授と呼ばれる結社の最高幹部、第三柱『白面』のワイスマン。彼との会話は腸を煮えくり返す思いだったというのだが、その後の剣帝と話す機会もあったらしく、彼女の迷いは消えたらしい。加えてヨシュアが隣にいるのだ。その身のこなしは、いつも以上に冴えている。

 そしてヨシュア。彼もまた、エステルの前から姿を消した理由への迷いはないらしい。相変わらず双剣を駆使したアガットと対になる攻撃と精密な戦略は、先刻苦労した執行者たちにも迫るものだ。

「本当に、帰ってきたんだな」

 何度目かの戦闘を終えて、探索を再開しながらカイトはぼやいた。それを聞き届けたヨシュアが、先導するエステルやティータを眺めながらもこちらに声をかけて来る。

「君のほうこそ、少し動き方が変わったね。それに雰囲気も少し落ち着いたというか」

「それって、昔のオレが落ち着きないってことか。まあ、その通りだけど」

 褒め事晴らしが、逆に肩を落とした。

「素直に強くなったってことさ。封印区画で見せたアーツ駆動にも、強敵を前にしての動き方も大胆さに磨きがかかってる」

 悔しいが、半年ほど前の自分に落ち着きがないのは認める。

「……帝国に行く機会があったんだ。ジンさんと、アネラスさんと一緒に」

「――そっか。色々と得てきたものがあったみたいだね」

 ヨシュア、そして剣帝レーヴェは同郷だった。当時帝国に置いて最も南、リベールとの国境近くに存在()()()()『ハーメル村』の。

 そこでヨシュアは、兄同然のレーヴェと、そして優しい姉カリンとともに幸せな日々を送っていた。遊撃士を目指していたレーヴェの剣の修行を応援したり、カリンが吹くハーモニカの音色を耳に届けながら。

 だが、幸せな日々は唐突に終わる。ハーメル村は一夜にして帝国地図から消えることになる。

 『ハーメルの悲劇』。それが現在まで帝国とリベールの極数人の間でしか知らない出来事の名前だ。

 十年前、ハーメル村を突如として野盗団が襲った。男、女、子供、命あるものすべてを問答無用で殺していく。暴虐の限りであるそれは、当然目も当てられない程非人道的なものだった。慈悲もなく、子供たちにもその危機は迫る。

 結果、姉カリンはヨシュアをかばい命を落とした。ヨシュアは、カリンを殺した野盗を偶然手にしていた小銃で殺害した。レーヴェが二人に追いついた時、その場には沈黙のみが流れていた。

 生き残った二人は、やがて教授、白面のワイスマンに引き取られることになる。以降レーヴェは修羅に身を落とし、執行者として『剣帝』の渾名を冠するに至った。ヨシュアはカリンの死で心を壊し、その心を教授に()()され『漆黒の牙』となった。

 そしてヨシュアは執行者として数々の任務をこなしていき、やがてはカシウスと相対、敗北することになる。

 一方で、ハーメル村を襲ったのはリベール王国関係者とされ百日戦役勃発の契機となる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことであるため、戦争締結を餌にして帝国政府はリベールへ向けてこの一件の完全な沈黙を要求した。

 アルセイユでの情報交換で明かされた様々な者の過去。

 カイトは帝国を旅してきた。自分の心の行き所を探るため、嫌々ながらも帝国を旅することになった。

 しかし、今になってその意味合いが変わってきたのだ。カイトは、ヨシュアの故郷であり、国家間の闇そのものが起きた帝国を歩いて行ったのだ。多くの事実を知った今、さらに胸中は複雑なものとなる。

 複雑な思いを改めて、カイトは強気の笑みを浮かべる

「いろんなものを得てきたよ。強くなったから」

「うん、期待させてもらうよ。執行者は、誰もかれもが一筋縄ではいかないからね」

「しかも、あのレンって女の子だ。元々ヨシュアとは知り合いだったんだって?」

 重々しく頭を縦に振ったから、漆黒の髪はそれほど揺れなかった。

 そもそもレンが自分たち一行を狙ったのも、ヨシュアと関わりのあるエステルに興味を持ったかららしい。執行者同士が仲がいいとはあまりわかないイメージだが、文字通り少女であるレンは色々と規格外なのかもしれない。

「もうレンの名乗りを聞いているとは思うけど、渾名は殲滅天使。彼女は、ある意味他の執行者よりも強敵だ。万全の準備を整える以外に選択肢はないよ」

「判ってる。オレだって何度か騙されたわけだから。どこか憎めないけど、それでもやられたのは一級品の工作行為……油断は絶対にしないよ」

 そう、油断はしない。琥珀の塔に着くまでの段階で、カイトは念入りに準備を進めてきた。

 帝国での旅、そして結社の研究施設の調査。そこまでで集まったセピスを使って、戦術オーブメントの強化を図った。スロットはもう全て解放されていたので、次はスロットの段階強化だ。既に合わせていたものも含め、カイトの戦術オーブメントは全てのスロットが第二段階へと強化された。装着するクオーツは、いくつかの補助アーツを使えるよう考慮した。

 やがて探索を進め、翡翠の塔でも手に入れた導力データも手に入れ、裏の塔を突破した。世界は既に夜になっているはずだが、闇に包まれた塔頂上は未だに視界が明るい。その光源が、どこにあるかも判らない。

「うふふ、ごきげんよう」

 この場に似合わない、穏やかで可愛げな少女の声。

「うふふ、エステルってば悪い子ね。レンが留守にしている間に箱舟から逃げちゃうなんて」

 まだ、誰も得物を構えない。その正体を知りつつも、エステルは複雑な心境で前へ出る。

「……レン」

 まだ、言葉が出てこないのか。さすがに太陽の少女と言えど、執行者の少女と相対するのは初めてに他ならない。

「それと、やっと姿を見せてくれたわね。会いたかったわ、ヨシュア」

「……まさかこんなところで君と再会するとは思わなかった。大きくなったね…レン」

 ヨシュア曰く、執行者にはありとあらゆる自由が約束されている。蛇の使徒たる教授の命でも、それは同じらしい。だからこそ、ヨシュアは彼女がいる現実にエステルとは別の意味合いで驚いている。

「当然よ。レンはもう十一歳なんだもの。ヨシュアもすごくハンサムさんになって、カッコいいわ。レーヴェと違う目になったのが、ちょっと残念だけど」

「……そっか」

「レ、レンちゃん」

 言葉使いは、今までとまるで変わらない、おませな少女だ。しかし状況とは似合わな過ぎて、同じく少しばかり異質な状況の少女ティータをさらに震え上がらせる。

「うふふ、ティータも来てくれてありがとう。この前のお茶会じゃティータはお寝坊さんだったし、やっと一緒に楽しく遊べるわね」

「あ、あう……」

 語尾に音符がつきそうな喋りだが、ここでの遊びは壮絶な戦闘だ。因縁の浅いアガットとカイトも、乾いた笑いしかできない。

「遊撃士のお兄さんたちも、この前のお茶会は楽しめたかしら? 戦車と斧のおじさん……どちらも随分と楽しめたと思うのだけれど」

 超巨大戦車オルグイユと相対したのはアガットだ。聞いた話ではその装甲の厚さにだいぶ苦労したらしい。

「ふん、言ってくれんじゃねえか。ま、否定はしねえさ。久々に重剣を振り回せたしな」

 対して達人の斧使いと戦ったのはカイトだ。あの時、少女は二人の戦いをもう少し近くで見たかった、なんてことを言っていた。

「こっちも感謝、とは言えないけれど……オルテガさんとの戦いは、まあいい経験になったよ」

 やはり、どうにも強くは言えなかった。決して油断ならない敵なのに。

「お兄さんは思いの外戦えるみたいだし、また遊ぶのもいいかもしれないわね」

「は、はは……機会があればにしておくよ」

「うふふ……」

 状況とは明らかに不釣り合いな会話に、そろそろ緊張していたエステルも脱力してくる。

「相変わらずませてるんだから。……あのね、レン。あたしたち、結社の計画を阻止するためにここに来たのよ」

「ええ、そうみたいね。退屈すぎるのもなんだし、今から遊びましょうか?」

 そう言ってどからともなく現れたのは、少女の身の丈ほどもある大鎌だった。黒と金の配色がまがまがしく、それだけで一同を圧倒してくる。

「レンも執行者だから、エステルたちと戦うくらい簡単にできるわ。この前のお茶会より、もっと楽しい時間を過ごせると思うの」

「くっ……」

 少女にとって、殺人とは殺人ではない。戦いも戦いではない。

 エステルたちにとっては驚愕が。少女を知るヨシュアにとっては虚しさが体を支配する。

 それでも、エステルは前に出た。

「悪いけど、あたしはレンとそんな遊びをするつもりはないわ。それよりも、話をしに来たのよ」

「お話?」

「うん、お話。少なくとも私にとっては大切なね」

「ふうん……おとぎ話だったら嬉しいのだけど……」

「ううん、結社の仲間になるって話。せっかく誘ってくれたんだけど、改めて断らせてもらおうと思って」

「ま、ヨシュアと再会できたし仕方ないかもしれないわね」

 報告で受けていた、エステルに対するレンや教授からの結社への勧誘の話だ。一時は揺さぶられもしたが、結局その通りになることはなかった。

「でも、結社に抵抗するなんてことは止めた方が良いわ。例えヨシュアが戻ったとしても、エステルたちに結社を止めることは絶対にできない。エステルたち程度の、ちっぽけなちからじゃね」

「……うん、確かにそうかもしれない」

 エステルは、自嘲気味に呟いた。仲間たちは驚くが、その心境が判らないわけではなかった。

 クーデター事件以降、リベール遊撃士の間で身喰らう蛇の名は瞬く間に知られることになり、直接対決してきたエステルたちも、サポートや別口での調査をして来たクルツたちも、様々な形でその陰の秘密結社の力というものを目の当たりにして来たのだ。

 王国軍を凌駕する組織の規模。剣聖や達人に迫る多くの実力者たち。ZCFが霞むほどの超越的な導力技術。どれをとっても常識を圧倒していたのだ。控えめに言っても、エステルたちの勝利が見えなくなるほどに。

「絶対に無理とは思わないけど……それでも、すごく、すごく難しいことは確かね」

「うふふ、意外と自分の状況は判っているみたいね」

 諦めるつもりなど毛頭ない。今までも、これからも。それでも、現実として困難極まりないこと。それだけは否定のしようがない。

 太陽の少女から出た言葉は、今までになく弱気なもの。それがあくまで前置きで、もっと底抜けに前向きな本心があることは疑いようがない。それは果たして、諦めなければ大丈夫なのか、もっと強くなれるという意味なのか。

 予想した言葉は、誰の考えとも少し違っていた。

「でも、レンがいたらどうかな?」

「え?」

「確かに結社は強すぎる。変態紳士もヴァルターも、ルシオラ姉もレーヴェも、教授も……レンもね」

 元々執行者だったヨシュアを除いては、エステル自身が、その場の誰よりも執行者や教授と相対して来たのだ。判らないはずがない。レン自身の強さも。

「ヨシュアから聞いたわ、レンは天才なんだって。そのレンがあたしたちと一緒に結社の陰謀を止めてくれる。それなら、レンの眼から見ても少しは光が見えてくるんじゃない?」

 それは、過去にエステルが言っていた『レンを連れ戻す』という想いに沿う言葉。出会い、そしてレンがお茶会を開いた時から変わっていなかったのだ。カイトら仲間たちは、変わらない少女の暖かさにほっとする。

 一方のレンは、馴染みのないエステルの言葉に面喰っているらしい。すこしの沈黙を経て、少女はやや呆然と聞いてくる。

「……どうして、そんなことを言うの? レンたちの仲間にならないエステルと、レンが協力するなんて絶対にないのに」

「ふふん、知りたい?」

「……」

 にやけたエステル。そして年相応の、少しばかりうっとおしいものを見るような紫髪の少女。

 エステルが答えた。

「あんたに、結社を抜けてほしいからよ」

「……」

 沈黙が走る。少女の大鎌を構える手が少しばかり強張ったことに、ヨシュアだけが気づいた。

「どうして」

「あんたのことが、放っておけないからよ」

 少年の手が帯刀されている双剣に静かに近づくのに、アガットだけが気づいた。

「どうして」

「強くなれるっていうのは心惹かれないでもないんだけど……でも結社にいちゃ、掴めない強さがあるからよ。あ、これはレンにだけじゃなくてあたしのための意見でもあるんだけど」

 アガットが僅かに体を強張らせたのを、カイトとティータが気づく。

「あたしは強くなりたい。お母さんみたいに大切な人を守れるくらいに。ヨシュアを心配させないくらいに。そんな、本物の強さを手に入れたいから、結社にはいられない。ヨシュアがいても、いなくてもね」

「……」

「あたしはレンに結社にいてほしくない。大人になって、自分自身の意思で選ぶのならともかく、子供のあんたが、そんな場所にいること自体間違っていると思うから。このまま大人になったら取り消しがつかなくなるから」

「気が変わったわ」

「え?」

 瞬間、レンの姿が消えた。誰よりも早く、ヨシュアがエステルの前に立ちはだかった。

 仲間たちの間の前で火花が散る。次いで、近くまで来た少女のシルエットがまた遠ざかった。

「……っ」

「ヨシュア!?」

 レンの攻撃を受けたヨシュアは、負傷せずとも苦悶の表情を浮かべる。咄嗟のことで手がしびれたのか。一秒後、慌てて一同が得物を構えた。

「ちょ、ちょっとレン! いきなり何するのよ!?」

 レンは再び近づき、ヨシュアに攻撃を繰り出す。小柄な体躯からは想像できない衝撃が襲い掛かり、ヨシュアは弾かれる。

「うふふ、気が変わったのよ」

 再び突進。今度はエステルも棍を構えたから無防備な姿をさらすことはなかったが、それでも不釣り合いな競り合いが始まる。

「ぅぅ!」

「レンの仲間にならないんだったら、エステルなんか死ねばいいわ。ヨシュアも、他の人たちも全員ね」

 咄嗟に、カイトが牽制として銃弾を放った。エステルの話をしたいという気持ちはわかるが、どうにもできる状況ではない。

 ついでアガットが銃剣を振り回す。それで、レンは五人との距離を遠ざけた。

「それじゃあ、お話は止めてお人形遊びをしましょう」

「レン!」

 エステルの声も届かない。

 強者同士の、衝突前の緊張もなく。因縁めいた、互いの言葉の掛け合いもなく。戦いに込める、大切な信念もなく。獲物を狩る、というわけでもなく。

 子供の少し容赦のないままごとのように。人形を破壊しようと微笑む少女が迫る。

「エステルやヨシュアたちを使ったお人形遊び。少しは楽しませて頂戴ね?」

 

 

 

 







オレ……心の軌跡が完結したら、外伝でエスヨシュの絆の在り処を書くんだ……(フラグ乙)




カイトの戦術オーブメントデータ
中心回路:機功
ライン1:累加、省EP3、範囲、駆動2、回避3
ライン2:グランシュトローム
※累加の属性値:(火2、時2、空2、幻5)
※合計属性値(ライン1):、水2、火7、風5、時10、空10、幻8
水攻撃:アクアブリード、グランシュトローム
火攻撃:ファイアボルト、フレアアロー、ファイアボルト改、スパイラルフレア
風攻撃:エアストライク、エアリアル
時攻撃:ソウルブラー、ヘルゲート、ホワイトゲヘナ、シャドウスピア
空攻撃:ダークマター
補助魔法:シルフェンウイング、シルフェンガード、シルファリオン、フォルテ、ラ・フォルテ、クロックアップ、クロックアップ改、カオスブランド、アンチセプト、アンチセプトオール、クロックアップ、カオスブランド
回復魔法:ティア、ラ・ティア、キュリア


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