心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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23話 寒空のリベール①

 

 

「よっこらせ……っと」

 数十分ぶりに腰を上げてみると、若者といえども農作業というものは負担を強いられるのだということを感じる。思わず声を出してしまうのは、老若男女問わず誰でもあり得ることだろうとカイトは考えた。

 引っ張り出した野菜を傍目に周囲を見回す。遠くではエステルが鶏から卵を取り出すのに苦労しており、年少のティータがさらに小さい子供二人の遊び相手をしている。どうやら双子らしい。さらに奥では、ヨシュアが濃紺の髪の少女と何やら話し合っている。

 畑の中で、カイトは深呼吸をして空を見上げた。真昼、本物の太陽は子供のころから変わらず地上を照らしている。それだけ見れば平和そのものの晴天なのだが、視界にはどうしても至高の存在がちらついている。

 彼方に見えるヴァレリア湖上の巻貝。地上から、このリベールから全ての導力を奪い去った天空の浮遊都市。

 自然の中から見る真昼の太陽は、相変わらず光を届けてくるはずなのに。冬を耐え忍ぶ獣に温もりを、寒色の草に美しさを与える光なのに。

 それでも、今はこんなにも暖かさを感じない。

「……こんなにも寒いんだな。冬空のリベールは」

 心も体も、暖を取るものはここにはない。

 寒空の下、カイトは大きなため息を地上に零した。

 

 

――――

 

 

 夜空の中に出現した浮遊都市が王国中に導力停止現象をもたらした結果、当然ながらアルセイユもその黒い波に巻き込まれた――が、ラッセル博士やクルーの判断が功を奏し、生命や今後の職務維持に支障をきたした者は奇跡的にいなかった。搭乗員たちほぼ勢員が打撲などの傷を負ったり、幾人かが失神したり、艦内で振り回された結果胃の中の物をぶちまけたりはしたが、その程度で済んだのは正に空の女神の微笑みがこちらへ振り向いた結果だろう。アルセイユもボース地方よりのヴァレリア湖上に不時着を成功させ、日が明けた後にボートを用いて搭乗員の川蝉亭への避難を一先ず成功させた。

 導力停止現象の数刻前まで、リベール王国中遊撃士や王国軍は各々協力し紅蓮の兵士たちとの戦いを続けていた。そしてその情報網を駆使し、敵の正体が結社の手先だということは把握している。

 そして、発生した国家規模の導力停止現象。一番真相に近い情報を持っているのはアルセイユに搭乗した者たちだと、遊撃士たちは新人・ベテラン限らず誰もが確信した。一方の王国軍もカシウス・ブライト准将の指揮の基、未曽有の規模だということを鑑みれば褒めて然るべきほど統制のとれた緊急時対応を取れていた。

 遊撃士たちは支部に多数の同僚たちを残し、各支部代表者数名がアルセイユの不時着した地方の支部へ。導力通信がなくともその先見の明は流石支える籠手というべきだ。現に遊撃士協会ボース支部には、エステルたちアルセイユ組以外にも十人程の遊撃士たちが集結しているのだから。混迷の大地の中にあってなお、自分たちの成すべきことを確かめるために。

「なんと……それでは、その『零力場発生器』が起死回生の一手というわけか!」

 設立以来初めてであろう程多所帯となったボース支部の一階で、受付ルグランは快哉の声を上げる。その喜びは、エステルたちアルセイユメンバーが肯定したことで他の遊撃士たちにも伝播していく。

「この『零力場発生器』を遊撃士協会の各支部に設置して、通信手段を回復させる。それがラッセル博士が提示した反撃の可能性です」

 アルセイユが不時着し、負傷者の応急処置を済ませた後。ラッセル博士とユリア大尉、そしてカイトら遊撃士とその協力者は、艦内会議室での緊急会議を開いた。寒さに耐え忍び、わずかな蝋燭の明かりを頼りにしながら。

 そこで一同は『零力場発生器』の存在をラッセル博士より伝えられた。カシウスが先見の明で開発を依頼し、そして開発にこぎつけたそれは、設置した導力器に生じている導力停止現象を阻止する能力を秘めていた。

 導力停止現象は世界規模でも未知の現象で、それが国家規模で発生したリベールは文字通り未曽有の危機にさらされている。電気は使えず不安をあおる夜。水道は動かず水を汲むにも一苦労。飛行船は飛べず都市間の交通は絶たれた。冬真っ只中で暖をとれないのはまさに苦難の季節というほかない。リベールは今、国家機能の全てを麻痺させていた。

 何より各施設ごとの通信が繋がらないのが、交通・暖房・電気が機能しないこと以上に痛手なのだ。例え王国軍や遊撃士協会が獅子奮迅の可能性を秘めていても、有事の場所に向かうことができなければ何の意味もない。

 そのため、計十六個まで作成することができた『零力場発生器』は各地の通信機器を回復させるために用いられることになった。元々今あるものは両手で持てる程度の大きさの者にしか効力を発揮しないとのことで、必然的な選択だろう。

 内十個は王国軍に託され、関所やレイストン要塞、グランセル城をはじめとした要所へ割り当てられることとなり、残る六つは遊撃士協会の連絡網を回復させるために託されたのだ。

 ちなみにクローゼとケビンはこの場にはいなかった。二人は親衛隊に連れられ既に王都に向かっていた。王都支部への零力場発生器の設置を引き受け、それぞれ教会大司教とアリシア女王陛下と現状を話し合うためだ。

 この場にいるアルセイユメンバーは、エステル、ヨシュア、カイト、アガット、ジン、シェラザード、ティータの七人。

 この場にある零力場発生器は五つ。うち四つを王都以外の五大都市へ取り付ける必要があった。

「では、さっそくこの通信機に取り付けてくれんかのう?」

「は、はいっ」

 ルグランに対し、ティータは落ち着いた様子で了承した。遊撃士たちが見つめる中での作業は恥ずかしかったらしいが、元々が機械内部に装置を取りつけるだけの簡単な作業だ。ボース支部の通信機はあっという間に回復し、アルセイユとの試通信も完了した。

 次に話されるべきは、遊撃士たちの今後の行動指針だった。零力場発生器はともかく、現状考えられる危機や事故、市民の苦情や不安に対する対処、それらに対応するのはもちろんだが、大元の原因を解決しなければきりがない。しかし現実として導力停止現象の根源たる浮遊都市は遥かヴァレリア湖の上空だ。全ての導力が停止した以上飛行船や飛空艇もすべてまともに機能しておらず、今すぐに浮遊都市へ向かうのは不可能だった。

 リベール上空には今も結社の紅の方舟が潜伏しているだろうが、この状況を作り出した当人たちがむざむざ墜落することはないだろう。王都でのオルグイユがいい例だ。そしてそれは、結社の人間たちが既に浮遊都市へ乗り込んでいる可能性が高いことを示唆している。

 だがどう考えたとしても、現状やれることは限られている。ならばやれることをやるしかない。

「では、エステルたちはこのまま各支部へ装置を取り付けるために動くんじゃな?」

「うん、私たちは順に各地を回って装置を取り付けながら、突発的な事故や人手不足の場所をカバーしたいと思うの」

 仲間たちの代表たるエステルが言った。一連の事件に関わってきた者として。有望な若手や協力者がいるチームとして。つい最近まで王国全土を渡り歩いていた者として。この役目は譲れなかった。

 であれば、他の者たちは一つの支部を中心に現地の支援にあたることになる。それは問題ない仲間たちや遊撃士一同だったが、ルグランは目を瞑って難しい顔をした。

「そうなると、残るはロレント、ルーアン、ツァイスか……。ちと効率が悪そうじゃのう、エステルたちはまず、どこに行く予定なんじゃ?」

 ここはボース地方だ。当然ながらルーアン地方とロレント地方に挟まれており、連続で三地方に行けるわけではない。

 エステルは仲間たちと目線を交わし、朝のうちに考えていた案を出した。

「色々迷ったけど……まずはロレント地方に行こうかと思って」

「――なら、ルーアン支部への装置の取り付けはあたしらに任せてくれないか?」

 仲間たち以外に十名ほどいる王国の遊撃士たち。その同僚たちの後ろから、聞き覚えのある声。

 前に出てきたのは、カイトの師と八葉の女剣士だった。

「もともとルーアンに戻るつもりだったんだ。クローネ峠を越える強行軍にはなるけど、関所との連携も取りつつ無事装置をルーアンまで運んでみせるよ」

 結社の研究施設依頼の数日ぶりの再会。仲間たちは、元気そうな二人の様子に安堵した。

 二人の提案にも、誰も異を挟む者はいなかった。ロレント地方とツァイス地方はそのままエステルたちが持っていくこととなり、遊撃士たちは解散する。元々ボースにいた者はさっそく行動を開始し、ロレントとツァイスから来たものは足早に使命を果たすために動き出す。

 少しばかり人口密度の下がった支部内で、カルナとアネラスと仲間たちは久々に言葉を交わした。

「久しぶりだね皆。四輪の塔の調査、ご苦労様」

「カルナさん……結社の施設以来ですね。カルナさんこそ各地の避難誘導、ありがとうございました」

「やっほーみんなっ。それに……ヨシュア君も。お姉さん安心しちゃったよ!」

「ははは……その節は、ご迷惑をかけました」

 二人は導力停止現象以降、ルーアンからクローネ峠を越えてここまでやって来た。クルツとグラッツは待機しつつ現地で活動しているらしく、この先合流していくつもりなのだろう。

「ま、クルツの様子から少し心配だったんだが……暗示の方の後遺症はなさそうで安心したぜ」

 ジンが言った。あの時はクルツのみならず、チーム四人全員が暗示にかかっていたのだ。ケビンによって暗示は解かれたが、それでも心配には違いなかった。

 一匹狼宜しく、アガットが不敵に笑った。

「ま、一応あんたらが無事に回復したことは知ってたがな。にしても、何でお前ら二人なんだ? 真っ先にクルツが状況確認に来そうなものだが」

「私はもちろん、ティータちゃんをぎゅーっとするために来たんだよ!」

「ア、アネラスさぁん……」

 有言と同時に実行とは、恐ろしい女剣士だった。抱きしめられたティータは頬擦りされて、苦しさと微笑ましさを同時に仲間たちに届けてくる。

 その様子に嘆息しつつ、カルナは答えた。

「ま、この子はご覧の通りさ。加えてエステルとヨシュア、あんたらに会うって言って聞かなかったからね」

 カルナは、弟子である少年を指す。

「あたしはカイト、あんたに会うために来たんだよ」

「オレに?」

「ああ。言っただろう? お礼をするって、例の施設で」

 カイトは思い出す。あの時は特異な状況とはいえ、少年が師に打ち勝ち、そして救ったことに変わりはなかった。

「それで戦術オーブメントは使えないけれど、わざわざボースに出張ってきたのさ」

 苦労したよ、とカルナは笑う。そこまで言って、シェラザードが表情を驚きに変化させる。

「そういえばカルナ……貴女導力銃なしでクローネ峠を越えてきたの?」

 アネラスは太刀を使うからともかく、カルナの得物は導力銃だ。導力停止現象下では戦術オーブメントも導力銃も使えないのだから、今のカルナは事実上の足手まといということになるのだが。

「ああ。だから、こんな物を調達したのさ」

 カルナが見せてきたのは、今まで彼女が使用していた導力銃よりも大型で鈍色に輝く銃器だった。導力機構の精密性を感じられず、随分と年季が入っているように見える。

 技術畑のティータと銃の使い手のカイトが、特に興味を示す。

「……ラインフォルト社製の火薬式アサルトライフル。ルーアンのエーファさんが持ってたコレクションを借りてきたのさ」

 火薬式銃器。カイトはかつてカルナより伝えられ、そしてティータから知識を教わることでこれの存在を知った。導力式銃器より大柄で高い威力を発揮すると言われるそれが、今カイトの目の前で不気味な存在感を放っている。

「これが……火薬式の銃器。種類はアサルトライフル、ですか」

「重いし玉切れは早いし、取り回しにも難があるけどね。でもかなり高い威力だから、道中の魔獣にはそこまで困らなかったよ。アネラスの助けもあったことだしね」

 火薬式アサルトライフルは、使えない導力器を補って余りあるものだったのだという。

 カルナは、今のカイトの悩みを見透かすかのごとく言ってきた。

「導力銃が使えなくなって困っているのは、カイト。あんたも同じだろう?」

 的確に現状を把握している。カイトはその通りですと肯定した。

 川蝉亭からボースへ戻る際も、一同は魔獣に襲われている。その時は零力場発生器を一先ず扱えたから導力魔法を用いて仲間たちの援護を行えたが、導力銃での援護までは出来なかった。戦術オーブメントならともかく、二丁の拳銃は取り付けるのに小さいうえに戦闘中こまごまと戦術オーブメントと導力銃への取り換えを行うのは面倒で、隙を生むことにも繋がってしまう。

 導力式の武器を扱っているという条件ではティータの小型導力砲も同じなのだが、彼女はカイトと違い必要以上に戦場を駆けまわらない。技術者であるため落ち着いて一つの零力場発生器を運用でき、零力場発生器がなくなるまでの間彼女が一つを担うのは既に決定していることだった。

 そうなると今はともかく、ロレントとツァイスを周り零力場発生器が少なくなれば、カイトは頼りが体術のみになってしまうのだ。

 別に戦闘ができなくとも、市内で自らの役目を果たすことはできる。けど、カイトはそう簡単にその考えを表に出せなかった。孤児院放火事件から始まり、リベール苦難の季節でさえも一緒にいる仲間たち。彼らと共に最後まで戦いたい。絶対に譲ることのできない想いだった。

「ま、この場の誰よりあんたのことを知っているつもりだよ。こんなところで後方に回るような弟子じゃないってことくらいはね」

 カルナは、自らが愛用している鞄のチャックを開けた。その中に手を突っ込み、一同が見守る中でそれを取り出す。

「クルツでなくあたしがこの場に来た理由はこれでね。あんたに渡そうと思ったのさ」

 取り出し、それをカイトに手渡した。

 それが手に渡った瞬間、少年はずしりと重みを感じる。鈍色に輝く銃身はカルナのそれより小柄だが、それでもカイトの双銃より二回りほど長く大きい。記憶にあるオリビエの導力銃よりやや大きいか。

「これは……」

「ラインフォルト社製、旧式の火薬式軍用拳銃。同じく、エーファさんから無理言って借りてきた物さ」

 カルナがカイトに答える。

「少し、動かしてみていいですか?」

 それを止める者はいなかった。カイトは少し仲間たちから離れ、試みに銃を構えてみる。

 堅そうな撃鉄に、鉄の冷たさと革の柔らかさを感じるグリップ。グリップの底面を押し込むと、スイッチが外れた音がして弾倉が出現した。弾丸が入っていないことを確認してから、再び押し込んで両手で構え、肘を軽く伸ばして狙いを定める。

「弾を入れるのも面倒だし重い……ですけど、素で扱いづらいわけじゃないです。不思議と手に馴染むというか」

「両手ならね。まあ元々女性や細身の人間は両手で扱うのが推奨される銃だ。二丁は用意できなかったけど、そっちの方が都合がいいだろう」

 これを片手で扱うというのは骨が折れる話だ。元々一丁銃を扱う心得もあるし、威力が高ければ一丁でも役には立ってくれるだろう。

「いいんですか? オレがこれを使っても」

「帝国から帰って来た時、銃の話をしただろう。ここで火薬式銃器を使う機会があるのは、ある種の定めなのかもしれない。威力は織り込み済みさ。仲間たちと肩を並べるために、精一杯使ってみな」

 その言葉を受けて、少年は決めた。

 導力停止現象が蔓延る王国で、自分はこの銃で戦って見せる。

「ありがとうございます、カルナさん。エーファさんにもお礼を言っておいて」

「ああ。零力場発生器と同じく、謹んで受けさせてもらうよ」

 

 

――――

 

 

 ――そんなわけで、カイトたちはカルナ・アネラスと再会を約束して徒歩でロレント地方へとやって来た。一先ずはロレント支部へと向かい零力場発生器の設置をし、幾つかの手配魔獣を退けてから一夜を明かし、今度はこのパーゼル農園での手伝いの依頼だ。この家の長女ティオ・パーゼルはエステルの親友であるらしく、その伝手もあって自分たちに白羽の矢が立ったらしい。今の状況では卵一つも貴重な食料だ。冬の時期は腐りにくいし、野菜などの食料がロレントへ届けられればそれだけで住民は心強い。平時のような単純な依頼一つとっても、遊撃士として大切にしなければならないものだった。

「カイト君、だっけ? ありがとうね、手伝ってくれて」

 件のティオがヨシュアから離れ、屈託のない笑みを浮かべてこちらにやって来た。

「沢山手伝ってくれたおかげで、随分早く荷物を込められたわ。後はこれをロレントまで運ぶだけ」

「いえ、こんな時ですからね。遊撃士として、どんな小さなことでも手伝って見せますよ」

 既にアガット・ジン・シェラザードの護衛のもと、何往復ぶんか食料をロレント市まで運ぶことができていた。年少組はその間地道に野菜を二台へ運び込む。数十分後には先輩たちも戻ってきて、全員そろってパーゼル農園を後にするだろう。

「それにしても、カイト君はあの二人と一緒にクーデター事件を解決したり、旅をしたりしたんだよね。進展具合を聞いてもいいかな?」

 あの二人、とはブライト姉弟のことだ。進展具合、とはつまりそういうことなのだろう。こんな時に元気だなあと微笑みつつ、カイトは思ったことを素直に答えていく。

「へぇー、まあ案の定というか、やっぱり進展遅かったんだね」

「そりゃ、あの二人ですし。でも二人して敵地から脱出してきたから、もう絆は固いですよ絶対」

「ふぅん」

「多分、エステルが意識しだしたのは学園祭演劇でなんだろうな」

「え、なにそれなにそれ」

 ティオとエステルは日曜学校以来の付き合いだ。昔は虫取りをするほどわんぱくだった少女が、今や義弟の美少年に恋する乙女である。その様子は親友にとって面白おかしく、同時に心からの祝福をせずにはいられないのだろう。

 あの二人の仲は、ティオでなくても先輩たちも、妹分も、そして戦友だって祝福せずにはいられない。カイトの場合は、そこに少し邪な感情も入るのだが。

「でも、ティオさんもすごいですね。辛い時なのに、屈託なく笑えるのは」

 何となしに、そんな事を聞いてみた。エステルの親友は、それが当たり前であるかのように返してくる。

「だって、辛い時だからこそ笑わないとだめじゃん」

「え?」

「無理に、とまでは言わないけど。それでもこんな天気のいい晴れの日なんだし、笑わないと損だよ。そうしないと、頑張れるものも頑張れなくなっちゃうし」

 意外だった。元々ロレント地方はリベールの中で輪をかけて牧歌的な地方なのだが、それでも導力の恩恵がなくなって環境が激変しないわけはない。人里には今まで以上に軍人が詰め寄るようになったし、夜の寒さや情報の途絶は多大なストレスを与えてくるはずなのに。

(強いな。さすがエステルの親友だ)

 カイトは一人納得した。こんな心を持てる人がいるのだから、王国中の導力が停止したって捨てたもんじゃない。こんな心持の人が増えたのなら、絶対にこの困難を乗り越えられる。そんな確信を持てる。

「それに、辛いだけじゃないよ。エステルとヨシュアが恋仲になった、それは私にとって悲しみも吹き飛んじゃうくらいのことなんだから」

「……そうですね」

「それとも、なにかな。カイト君は、笑えないような恋の悩みでもあるの?」

「あ、いや、別に」

「あ、あるんだ。判りやすいな。教えてよー」

「え? うーん……」

 やがて話をするうちに、アガット立が戻って来た。それにより名残惜しい農園にひと時の別れを告げ、遊撃士たちはロレント市へ戻った。次のツァイス地方に向かうことになれば、しばらくロレント市には戻ってこれないため、心残りがないように動かなければならなかった。そして今ある心残りは一つ。

「よし、それじゃ行きますか。マルガ鉱山」

 そう言ってマルガ山道を歩くエステルは、続くヨシュア、シェラザード、カイトを見る。

 アイナより気を配ってほしいと言われたのは、ロレント市北方にあるマルガ鉱山についてのことだった。七燿石の結晶が採れることで有名な場所だ。過去にエステルとヨシュアはこの鉱山の落盤事故に遭遇し、鉱夫の救出に尽力したことがあった。その落盤事故で坑道の一部が魔獣の巣とつながったのだが、数日前に本格的な封鎖工事を始めたのだという。

「そして工事が始まって、大掛かりな導力機械を使っていた矢先に導力停止現象が発生した……」

 天を恨むような間の悪さだ。工事の警備を担当していたロレントの遊撃士リッジが避難誘導を行った、というところまではいいのだが、それから一日、続報が入っていないのが心配だった。避難自体は完了したから命の危険がある……とまでは行かないだろうが、万が一の恐怖がある。行かないという選択肢はなかった。

 鉱山道の規模を考えて、行くメンバーは四人に絞られた。アガット、ジン、ティータは支部に待機し、細々とした依頼への対処を任せている。

「リッジもいるし、最悪な事態には陥ってはいないと思うけど……」

 メンバーはロレント支部出身の三人とカイトの四人。

「鉱山内部の魔獣となれば、七耀石の影響を受けてそんじょそこらの魔獣より手強くなってるはず。準備を怠らずに行くわよ、エステル、ヨシュア、カイト」

「鉱山内部にいたのは蟹型の魔獣でした。硬い甲殻がありますが、今のメンバーのこの装備なら悪くはない人選だと思います」

「ま、私とヨシュアは一度中に入ったことがあるけれど……カイト、大丈夫?」

「うん、大丈夫さ。この軍用拳銃なら、ある程度硬い敵とも戦える。エステルも今まで見てきただろ?」

 二つある零力場発生器は今、カイトとシェラザードが装着している。エステルとヨシュアは魔法を使えず、戦術オーブメントの第二の恩恵たる身体能力向上もないが、二人の持つ武術は一級品の一言だ。シェラザードは元々の経験もあり変わらずだが、カイトは装備も変わっている。その事に対するエステルの言葉だった。

 だがカイトの言う通り、カルナより託された軍用拳銃は街道の魔獣や手配魔獣に対して一定の戦果を挙げていた。もちろん元々破壊力の高い仲間たちと比べれば劣るが、普通の拳銃より小柄な双銃を使っていた分その差は大きかった。カイト本人からしてみればかなり世界が違って見え、今まで苦労していた敵を難なく制すことができている。

 だから、エステルの問いかけには自信を持って答えることができた。

「そ、それなら安心ね。頼りにさせてもらうわっ」

 孤児院放火事件、クーデター事件の時のように実力もない後輩ではない。一人の同僚として、エステルは答えた。

「ああ、任せてくれよ。それに……」

 応え、カイトはさらに付け加える。

「? それに?」

 零力場導力器を装着して、カイトは神妙な面持ちで呟いた。

「ちょっと、試してみたいこともあるしね」

 少し遠くを見つめるカイトの意図を、エステルはまだ理解できなかった。

 そう、もう一つ考え付いたこともある。結社の研究施設で考え続け、四輪の塔で可能性に迷い、そしてその道の一つである火薬式銃器を扱うことになった。だが果てにある道は一つではなかった。これからの戦いは、その道の一つを試す戦いにもなる。

 それもまた、困難な道になる。けれど、諦めるつもりはない。

「オレたちが……オレが、リベールを救って見せる。この手で」

 不退転の決意を胸に、少年は山道を歩いていく。

 

 

 

 








※閃3のネタバレ連想できるので注意







ただ何となくの思いつきなんですが。
共和国編(東ゼムリア含む)では『風』or『水』or両方の至宝が出て、途中また何かの国・自治州を挟むかもしれなくて、最後(と勝手に思っている)の法国編では『時』の至宝が鍵になるのではないかと思ってます。
 何故かって? 時の至宝の力でタイムスリップして大崩壊時代を冒険できるじゃないか、星杯メンバーが。

 それと閃Ⅳが終わったら、ゼムリアの世界情勢ががらっと変わっているんじゃないかと言う予想が。近藤社長も「区切り」を強調している気がしているし。

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