心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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23話 寒空のリベール②

 

 ロレント地方の特産である翠耀石。その発掘の中心ともいえるマルガ鉱山。この鉱山の鉱道は、地上階の作業は小規模なものとなっている。代わりに採掘が進んだ地下二階相当の広い空間での作業が多くを占めており、光を灯すため、まさに鉱山由来の翠耀の力によって地下作業の生産性は向上したといっても過言ではない。

 崩落した地盤はその地下二階に存在していたため、安全確保のための工事作業は坑道の奥で行われていた。ロレント支部へやって来た鉱夫の言葉では、導力式のエレベーターは使えなくなったが緊急用の縄梯子を用いて地下の鉱夫たちを救出することに成功したらしい。そしてリッジは今もエレベーター付近で警戒している、とのことだった。

 しかし鉱山の入り口に近づいて、今が平時でないことを否応にも認識させられることになる。その理由は単純明快で、入口の奥の薄闇から喧騒が聴こえてきたからだ。

「ねぇ、これって!」

「まずい……総員戦闘態勢! 状況を確認しつつ、迅速に行動するわよ!」

 エステルの慌てた声に、シェラザードが活をいれる。それぞれ棍を、双剣を、鞭を、拳銃を構えて足早に坑道内部へ突入する。暗闇になったのも束の間、壁から叫び声が反射してくる。その声がだんだんと近づいてきて、薄闇に目が慣れるころには鉱夫がこちらへ近づいてきた。

「鉱夫さんたち! どうしたの!?」

「おお、あんたはあの時の嬢ちゃんたち!?」

 さすがにエステルとヨシュアは顔見知りらしい。一人だけではなく、遅れて二人目三人目と鉱夫たちが我先にと駆けては出口に消えていく。

 最初に喋った鉱夫も既に光の中に消えていた。埒が明かないから坑道の奥へと人の波をかき分けて進んだ。

「急げ! お前ら、魔獣に喰われたくなかったら死ぬ気で逃げろ!」

「ヨシュア!」

「うん、鉱山長の声だね。早く行ってみよう」

 風と喧騒に紛れた怒号を聞き分けて、遊撃士四人は素早く詰める。やがてレール用の橋を渡った地上階の最奥に、その喧騒の中心はあった。

「鉱山長さん!」

「じょ、嬢ちゃんと兄ちゃんは遊撃士の!」

 土煙のすぐ近くに、喜んでいるのか焦っているのか判らない汗だくの表情の鉱山長。その奥には両手剣を手に持つ傷だらけの男。土を被って鈍く見える茶の髪と、緊迫感と汗にまみれた優男。外見を聞いただけで面識のないカイトでも判る。ロレントの遊撃士、リッジだ。

 そのリッジは四人にも気づかず、土煙の向こうの何か、甲殻が黒く光るそれと相手取っている。最悪な状況に出くわしたのは、この場合は幸運と言うべきか。

 双剣と拳銃を引き抜きつつ、少年二人が言う。

「話している暇は」

「ないみたいだな!」

 背の棍を前に構え、エステルは返答も待たずにリッジの元へと駆けていく。

「鉱山長さん、ここはあたしたちに任せて!」

 同じく顔も見ずに退散する鉱山長。

「すまねぇ、遊撃士の兄ちゃんを任せた!」

 鉱山長が退散し、その様子を代わりに見届けたシェラザードが号令をかけた。

「エステルとヨシュアは魔獣を抑えて、カイトはリッジを後方へ! 援護はまず私がする!」

『応!』

 指示通りに動き、エステルの棍の連打とヨシュアの鋭利な双剣が戦場をかき乱した。自身も火薬式軍用拳銃で確かな衝撃を硬い殻に響かせつつ、カイトはリッジに近づく。

「リッジさん、まずは下がりましょう!」

 ブライト姉弟の攻撃により生まれた空間に割り込み、疲労困憊な表情のリッジの肩に腕を回した。

「君は……」

「ルーアンの準遊撃士、カイトです。まずは治療をしますよ」

 坑道の壁が揺れ、わずかな灯は土煙に隠れて常に薄闇だ。その中で比較的安全な場所を探し出し、リッジの腰を下ろして治療を開始する。

 導力停止現象中であるためアーツを使える人間の役目は決まって来る。特にラインの特性上、カイトはシェラザードよりも回復魔法が使えるクオーツをセットしていた。

 後ろを振り返って戦線を睨みつつ、何とか集中を維持してティアラルを発動して見せる。疲労などは取り切れないものの、リッジの傷は急速に癒えていく。

「お願いだ……」

 そんな中、リッジは懇願してきた。

「え?」

「僕にセラスかアセラスを……かけてくれ。そうじゃないと戦えない」

「でも」

「敵はあいつだけじゃない……全員で戦わないと、ダメなんだ」

「……判りました」

 あまり褒められたものではないのだが、本人の意思を尊重した。やはり戦線を意識し、雑ではあるが援護と同時に青の波を纏う。

 その間、リッジが朧ながらも状況を説明してくれる。

 地下からの避難は幸いにも完了していたのだが、リッジが取りこぼしを防ぐために巡回していた時に魔獣が現れたのだ。今もなお遊撃士たちが相対している巨大蟹が。

 それも目の前の一体だけでなく二体も。リッジは一人では対処しきれないと考え自身も避難したのだが、内一体がエレベーターの空間を介して地上階へ這い上がってきた。気づいた鉱夫たちが全力で疾走し、そしてリッジはこれ以上巨大蟹が地上へ上がって来るのを防いでいた。そこへカイトたちがやって来たのだ。

 やや長い秒数を経て波は収束し、セラスが発動した。身体活動の強烈な活性が成され、反動が怖くともリッジは目の輝きを強くした。

「ありがとう、カイト」

「はい、リッジさん」

 もう一体は未だ地下に巣食っている。現状一体のみ暴走しているが、早急に手を打たなければならなかった。

 二人して戦線に合流し、カイトはシェラザードと合わせアーツの援護を試みる。さらにカイトは、わずかではあるが銃撃を織り交ぜ、要所で甲殻を大きく揺らした。

 遊撃士五人はエレベーターに引っかかったままの巨大蟹を上手く相手取り、さほど苦労せずに絶命させた。巨大蟹はそのままエレベーターの空間に落ち込み、壁を削りながら墜落し、地に衝突。大きな音響を響かせる。

 土埃が舞い沈黙が五秒ほどその場を支配して、最後に薄闇の中でエステルが息を吐いた。

「ふぅ」

 ヨシュアは落ち着いて、それでも双剣を握りしめたまま一同に伝えた。

「魔獣の落下を確認。起き上がる様子も無さそうです」

 その言葉でシェラザードは警戒を解いて、リッジへと向かい合った。

「リッジ、よく耐えてくれたわ。貴方が時間を稼いでくれたおかげで、私たちも追いついて被害を食い止めることができた」

「ああ……本当にだめかと思いましたけどね。エステルたちもありがとう」

「えへへ……無事でよかったわ」

 一息ついたのも束の間、リッジは先ほどカイトに伝えた状況を他の三人にも説明する。一同はまだ安心しきってはいけないと顔をしかめた。

「全く、魔獣たちもこんな時ぐらいは落ち着いていればいいのよっ」

「ま、魔獣の事情なんて判りようがないけど」

「人里の導力が掻き消えて、魔獣ももしかしたら驚いているのかもしれないね」

 子供らしくない言葉を重ねる少年少女に、年上二人は苦笑した。若者たちはこの窮地にあって、こんなにも頼もしい。

 それほど時間をかけずに立案した二匹目の巨大蟹討伐戦の作戦は、至極単純なものであった。まず全員が地下二階へ。年長者シェラザードが殿(しんがり)をとしてエレベーター付近で待機し、活力を取り戻したとはいえ未だ疲労の残るリッジが彼女の補佐を務める。そして機動性と攻撃力に長けた若者たちが鉱道奥を踏破し魔獣を撃破する。

 よし、と全員が納得したところで、歓迎したくない地響きと轟音が全身を殴打した。地下で未だ暴れている魔獣の存在証明だ。

「今回は不確定要素が多い戦いになるわ。自分の能力を過信せず、けれど信じて。迅速に行くわよ!」

『おう!』

 斉唱も終わり切らない間にエステルが、ヨシュアが、リッジが。ボロボロの梯子を伝うのももどかしく一思いにエレベーターシャフトを飛び降りていく。カイトも一息だけ深く吸ってから、慎重に続く。エレベーターシャフトの底には墜落した巨大蟹がいて、硬い甲羅は着地の際に足を挫きにかかる。

 地下二階はさらに暗かった。僅かに、ほんの僅かに地上階からの光と遠く原始の火が灯されているだけだ。両の足での着地で痛みに堪え、顔を歪めながら上げると、既にエステルとヨシュアが準備をしてこちらを見ている。リッジは脇に控えていて、広い空間を睨みつけている。

「魔獣は奥で暴れているみたいだ。三人とも、女神の加護を」

 この近くでも暴れまわっていたのだろう、数少ない灯りはそのいくつかが根元の台から破壊されていた。おかげで余計苦しい戦いとなりそうだ。

 三人は慎重に奥へと進む。既に二アージュ隣の互いの表情を読み取るのも難しい。

「これだとツァイスのカルデア隧道とか、苦労しそうだわ」

「さすがにこんな状況じゃ、利用者もいないだろうけどね」

 ルーアン地方とツァイス地方を結ぶ隧道の名だ。導力の光を使用している以上、そこも準備なしでは往来が不可能なのは容易に想像できる。

 リッジと遅れて降りてきたシェラザードの姿が見えなくなるまで進んだ。その時、若者三人は等しく体を身震いさせた。

「これ……」

「二人とも、注意するんだ」

 カイトの声をヨシュアが叱咤する。気持ちは同じだ、巨大蟹の轟音は未だ奥深くからなのに、目の前から全身が泡立つような殺気を感じるのはおかしいと。

 その殺気の主と戦ったことのあるブライト姉弟は、すぐに正体に気がついた。

「魔獣――キラーキャンサーだ!!」

 直後、ヨシュアの双剣が閃いた。暗闇の中で、辛うじて鋭利な鋏がカイトの網膜に辿り着いた。

 あたりはすぐに乱戦へと変貌する。前衛で奮闘するブライト姉弟を盾に、カイトは後退しながら魔法を駆動し、そして放った。

 「二人とも、天井に火をぶつける!」

 放たれたのはファイアボルト改。直径五十リジュの火球が何発とも放たれ、ブライト姉弟の頭上を飛んで奥の天井を焦げ付かせた。

 間髪入れずにエアリアルを駆動。しかしその竜巻は敢えて火球発生点をずらし、火を消さず勢いを増すように発動させる。

 燃え盛る火炎によって光源を得た空間は、何十体もの子蟹が蠢いていた。

「うぇえ!? 何なのよこれぇ!?」

「落ち着いてエステル!」

 ヨシュアが叫んだ。エステルは昆虫や甲殻類の類が苦手ではないが、さすがにこの光景には震えるものがあるらしい。舞い散る火炎から逃れようと蜘蛛の子のように散る小蟹の様子はカイトもあまり見たいものではない。

「カイトがアーツで攻撃するんだ! 親玉が来る前に!」

「おう!」

 暗闇での戦いだということを考えると火属性魔法の多用を考えたが、光に慣れすぎるのも考え物だ。

「ヨシュア、津波でこいつらを流したい! どこか都合のいい場所はないか!?」

「この先に橋がある! そこでなら被害も少ない!」

「判った!」

 エステルとヨシュアが前衛で守りつつ、カイトはその場所へ移動しつつ紺碧の波を纏った。

 そして口を開く。

「二人とも……! 合図したら橋へ!」

 苦し紛れに放ったその言葉に、義姉弟はそれぞれの反応を示した。

「判ったわ!」

「っ……?」

 ヨシュアの表情は了承と、少しの困惑を混ぜている。

 戦闘中としては長い時間をかけた駆動は、目的の橋へ着いた頃に完了する。視界の端で捉えた限りではすべての魔獣がカイトたちにつられて来たわけではないが、数体程度ならばシェラザードにも安心して任せられる。

「……行くぞ! 二人とも橋へ!」

 グランシュトローム発動。同時にブライト姉弟が後退して橋の向こうまで跳んだ。追って来る子蟹を、後ろから水刃と大津波が襲い、次々子蟹を地の底へ注ぎ込んでいく。

「ナイス! カイト!」

「強いアーツだ。誰にでも簡単にできるものじゃないけど……」

「へへ、オレも強くなったってことさ。それよりも」

 グランシュトロームによって大多数が一掃されたが、まだ数体無事だった。それだけでない、今の津波の衝撃が強すぎて、巨大蟹も気づいたらしい。まるで獣の疾駆のごとく地響きを起こし、鉱道の曲がり角からそれが出現する。まだ津波のダメージを追っていない子蟹も含め、わらわらと沸いて出てくる。

 ここからが本番だ。

 橋を起点として三人は距離をおき、巨大蟹と時折邪魔をしに来る子蟹を相手取った。

「各個撃破! アーツの援護はあまり期待しないで、慎重に戦って!」

 カイトが叫ぶ。こう乱戦となってしまうとやはり満足に援護は行えない。

 少年は突進してきた子蟹を掃射しつつ、巨大蟹の向こう側で戦う仲間たちを見た。

 エステルの棍は父親譲り、剣聖が得意とする『無にして螺旋』の意識を根底に置いている。その攻撃は知能のない魔獣相手には殊更有利に働いて、子蟹を退けつつ順調に巨大蟹の脳髄を揺らしていく。

 ヨシュアの双剣は巨大な敵と相対するには不利なことが多い。だが元執行者である彼の技能はそんなちっぽけな差を容易に掻き消す。魔眼を生み出す精密な観察眼を頼りに、じわりじわりと敵を失血させていった。

 カイトもまた、導力停止現象と言う窮地の中で新たな力を経た。一丁の火薬式拳銃は、子蟹をいともたやすく絶命させ、巨大蟹の固い甲羅をも確かに揺らす。元々の強みである俊敏性と組み合わせた一撃離脱の戦術は、今のところ成功を続けている。

 しかし、拳銃の大きな反動はそれまで導力銃の制御された振動になれたカイトにとって無視できないものだった。元々上背があるでもなし、自然疲労は早く肩にのしかかる。

 強すぎる銃も考えものだ。そう思ってカイトは後退し、この乱戦の中導力の波を体に纏わせる。

 何故かヨシュアがこちらを注視しているのを気に留めながらも駆動は完了した。そうしてできた石の槍は、巨大蟹へ今まで以上の衝撃を当て、一度その動きを緩めた。

「倒したの……?」

 エステルはそう言うが、未だ目の前の生命力がこと切れたようには見えなかった。

 得物を構えたまま静観する三人。子蟹はまだ数匹残っているものの、不自然に鉱道の奥へ、暗闇へ消えていく。

「まずい」

 ヨシュアが言った。その理由は一秒と立たずに理解できた。魔獣が、声にならない轢音のような大音声を挙げたからだ。

 遊撃士たちによって無視できない痛手を浴びた魔獣は高揚し、ブライト姉弟に代わり様子見で撃ったカイトの射撃にもまるで反応しない。いくつもある脚を使って地面を削ると、それを合図にして急にカイトに突進してきた。

「のわっ!」

 咄嗟に避けると、そこに地面はなかった。橋の近くで戦ったせいで、死角は思わぬ場所にあった。ここは先ほどカイトが大津波を流した場所、奈落の底だ。

「う、嘘!?」

 まずい、と思ったころにはもう遅い。景色が上がり、地面が壁へと変貌し、ついにカイトは奈落の底へ――

「捕まるんだっ!」

 落ちなかった。思わず伸ばした腕を、奇跡的にヨシュアの腕が捕まえる。圧力を感じない両の足に寒気を感じつつ、カイトはヨシュアの救助に合わせて死に物狂いの形相で生還する。

「ハッ、ハッ……助かった、ヨシュア」

「どういたしまして。それよりも!」

「シェラ姉! 魔獣がそっちに行ったー!!」

 巨大蟹が疾走した方向は、先の一匹目と同じ。地上階へとつながるエレベーターシャフト。

 エステルの絶叫は音波となり、秒速三百四十アージュの速さで魔獣を飛び越え、辛うじてシェラザードとリッジに届く。

「任せなさい!」

 魔獣の疾駆が鉱道を揺らした時点で、シェラザードは翡翠の、仄かに紫の交じった波を纏っていた。彼女はトヴァルやカイトと同じような駆動時間短縮の外付け装備を持っていない。故に、駆動が完了する時間は少年よりも遅いものとなる。

 魔獣が曲がり角の向こうから、シェラザードが守るエレベーターシャフトへと駆ける。その勢いは正に自然の猛威、地割れに近い。まだ、銀閃の駆動は終わらない。

「させるかっ!」

 そこへリッジが突っ込んだ。溜め込んだ気力を解放して、突進してくる巨大蟹――ではなく地面に向けて、両手剣を叩き込む。抉れた地面は亀裂を生んでせり上がる。隆起は前へと進み、巨大蟹の足元で爆砕した。

 衝撃で巨大蟹の脚はもつれ、一瞬だけ宙へ浮く。

「――離れて、リッジ!」

 シェラザードが纏う翡翠の奔流が収束。彼女の胸の前で紫の光となって拡散し、白い線を無作為に産みながら膨張していく。

「――ラグナブラスト!」

 天と地から放たれる雷撃が二対の大蛇となってうねり、巨大蟹に絡みついた。闇を切り裂く光は一瞬にして鉱道を太陽の元へと晒し、生命を容易く感電させる。巨大蟹はそのまま地を滑り、シェラザードの一アージュ手前で止まる。

「みんな、今よ!」

 メンバーを分担させたのが幸運だった。シェラザードの強力なアーツ駆動を成功させたことで、この暗い鉱道の中で総攻撃を仕掛ける余裕が生まれたのだから。

 シェラザードの鞭が脚を絡めた。リッジの両手剣が甲殻の隙間を突く。エステルの連撃が体にひびを生み、そこへヨシュアの斬撃が追い打ちをかける。

「――止めだ」

 特攻したブライト姉弟の後方から、両手で銃を構えた少年が魔獣の弱点を射抜く。間髪を入れずに続いた弾丸たちは同じ場所へめり込み、四発目でついに脳髄へめり込んだ。

 悲鳴を叫ぶ暇もなく、魔獣は沈黙した。

 魔獣が完全に絶命したのを確認してから、今度こそ一同は深く息を吐いた。

「はぁ……結構疲れたわねぇ」

「うん。導力器が使えない戦闘、その厳しさを今まで以上に痛感させられたよ」

 と、ブライト姉弟。他に彼ら以上に披露していたリッジは、とうとう自分から膝をつく。

「はぁ、はぁ……これで依頼分の働きはできた、かな」

「何言ってんの。それ以上の働きよ」

 シェラザードはそう柔らかな声で言って、間髪入れずに手を叩いた。

「さ、皆。お疲れ様と言いたいところだけど、まだ仕事が残ってるわ。安全確保と、鉱夫さんたちの避難。頑張らないとね」

 まずは地上階へ行く必要があった。どこから封鎖をするかも考えものだが、まずは鉱夫たちへ状況説明をしなければ。

 シェラザードが真っ先に梯子を伝い、リッジがそれに続いた。ヨシュアが梯子の近くへと歩いて、しかしエステルへと顔を向ける。

「エステル、先に行っていいよ」

 紳士的な言葉なのだが、エステルは目を見開く。

「え?」

「え?」

 同じようにひょうきんな声をあげるヨシュアだが、返されたのは顔を赤らめたエステルの非難だ。

「ヨシュア、サイテー」

「ぇえ!?」

「女の子に恥ずかしい思いさせるんじゃないわよ!」

「いや、そんな、何で!?」

 どうやらヨシュアは彼女の意図に全く気づいていないらしい。カイトは苦笑して、ヨシュアの肩を持った。

「エステル。別にヨシュアは見る気なんてないって。安心しなよ」

「見る気……?」

「はいヨシュア。黙っといて」

 カイトが間髪入れずに突っ込んだ。ヨシュアは今度こそ落胆していた。

「ほら、エステル。ヨシュアにも理由があるみたいだし」

「……カイトも見ないでよ」

「見ないって。登り切ったら声かけてくれよ、そこまで待ってから登るからさ」

「はーい」

 エステルは盛大にため息を吐いてから梯子に手をかけた。ぶつぶつとこちらに対する悪態をつきながら登っていく。

「さてっと。ヨシュア?」

「……ねえ、カイト」

「?」

「僕って、鈍感なのかなあ」

「……」

 ようやく気付いたのか、この朴念仁は。

「ま、それに気づいたのなら、一歩前進だと思うけど」

「……」

「大切な女の子なんだから、少しくらい気を使えるように努力しようぜ」

「……ハイ」

「で? オレになんか用があるんじゃなかったの?」

「ああ……」

 落ち込んだ声を少しばかり無理に張り上げて、ヨシュアはこちらを見てきた。実際、戦闘の最中ヨシュアがこちらを何度か見ていたのは確かだ。

 その理由も、なんとなくその想像は付いているのだが。

「さっきの戦闘の、君の魔法は……?」

「ああ」

 カイトは、指で人差し指を作って口に当てる。不敵に笑ってから、『シー』と息を吐いた。

「まだ不安なやつだから、秘密だよ。皆には言わないでくれるか?」

「ふふっ、判ったよ」

 その少しの会話だけで、ヨシュアも理解したらしい。さすがに博識だ。

「君こそ、大切な女の子を心配させないようにね」

「へへ、どの口が言ってるんだか」

 

 

――――

 

 

 鉱夫たちを避難させた後、一同は簡易的な危険域の封鎖を決行した。導力停止現象中ではさすがに危険すぎるとの判断で、導力魔法で壁を破壊して即席の壁を作ることとなった。小規模な魔獣はこれからも湧いて出るだろうが、こればかりは辛抱してもらうしかない。そもそも光が灯らない、導力器が動かない、魔獣がいるの三拍子がそろっている以上しばらく休業になるのは明白だ。

 鉱夫たちを護衛しつつ、慎重にマルガ鉱山道を後にする。ロレント市に着くころには完全に夜の帳が降りていた。市の入り口を見張る王国軍兵士にも、大所帯の人間たちは不気味に映ったことだろう。

 鉱夫たちが三々五々に散っていき、そしてリッジも疲労と共に協会支部の二階へと上がっていった。

 いくつかの確認事項をアイナとした後、待機メンバーとも合流し、カイトたちはホテルへと向かう。

 仲間たちは夜を明かす。ロレント市での緊急性の高い依頼は終わったが、飛行船が動いている訳でもなし、こんな夜に移動することもできなかった。

「うぇー……夜はやっぱり冷えるなあ」

 深夜、原始的な蝋燭の火を頼りに、カイトは夜のロレント市を歩いている。

 街中の導力が停止している以上、導力灯の魔獣除け機能も意味をなさない。出入り口は常に兵士が見張っているが、国中の非常事態だ。どこでも人数が足りるというわけでもない。

 そこで兵士たちと話し合い、遊撃士たちも夜の市内哨戒をしていた。零力場発生器を運ぶ遊撃士は六人もいる。各人決められた時間おきに交替だ。一日三人、二日間に分けての任務となる。

「それにしても暗い……」

 世界は暗闇に包まれている。人々の多くは家の中で寒い夜を過ごしているだろう。たまたま役割が違うだけで、今は誰しもが同じ想いを抱いて今この時を過ごしているのだ。

 早くこの窮地を、皆と共に解決すると。

 ロレント市は他の都市と比べそう広くない。哨戒の中で何度か王国軍兵士とも言葉を交わしたが、全員頼もし気に、そしてこちらを頼ってくれていた。以前、遊撃士と軍が犬猿の仲だ、なんて言っていたころとは大違いだ。

 その兵士たちは、少しぐらい休むといい、なんて気前のいいことを言っていた。さすがにそんな真似はできないが、気晴らしを兼ねて少し趣向を変えた場所から市内を見回してみることにした。

「んで、ここが」

 登りきると、たかだか三階程度の高さではあるがロレント市を一望できる場所に着く。

「十年前、帝国軍に破壊されても再び建造された、ロレント市の象徴か」

 カイトは今、ロレント市の時計塔にいた。しかし相変わらず辺りは闇に包まれていて、普段なら光に溢れる世界は変わらず寂しいままだ。

 世界は、まだ沈黙に包まれている。

「帝国軍……」

 自分の言葉を呼び水にして、カイトは一つ考え事をした。

 彼方に見える北を見る。ボース地方の北、ハーケン門。マルガ山や霧降峡谷があって見えないが、その向こうには一週間ほど前まで旅をしていたエレボニア帝国があるのだ。

「バリアハート、ヘイムダル、ルーレ……」

 訪れた帝国の都市は、リベール以上に広く、そして帝国独特の華やかさがあった。そんな都市の、今の状況が少しばかり気になった。

「あれ? 帝国も、今は導力停止現象が生じているんだっけか……」

 今回の導力停止現象の規模が王国中だというのは知っているが、帝国も同様の被害が見舞われているのか、と。

 現在王国のインフラは停止している。当然国外の情報も入ってくるはずがない。自分たちのことで精一杯なのだ、そんなことをしている暇はない。

「……え?」

 暇はないはずなのだが、嫌な寒気を感じてカイトは身震いした。

「おーい」

 と、考え事をしていたところで時計塔の下から男の声が聞こえた。柵から身を乗り出してみるが、こちらからは見えなかった。だが声はジンのものだと判る。こちらの蝋燭のおかげで居場所が判ったらしい。

「カイト、交替の時間だ」

「すいません、ジンさん。今行きます」

 急ぎ、カイトは一階へと降りる。ジンは少しの眠気を噛み締めながら蝋燭を受け取る。

「お疲れさん、カイト。上から市内を見ていたのか」

「はい。オレが哨戒した二時間、特に騒動は起きなかったですよ」

「そうか、了解した。明日も早い、少しでも長く休んでくれ」

「はい」

 カイトの任務も終了だ。もうホテルに戻って休むことができる。

「ねえ、ジンさん」

「なんだ?」

 それでもカイトは、一度感じた嫌な予感を懐に収めたままにはできなかった。

「導力停止現象が発生しているのって、王国中、何ですよね?」

「そうだな」

「じゃあ、国外はどうなんでしょう?」

「む……」

 ジンはカルバード共和国のA級遊撃士だ。カイトの一言で気づけない程思索に弱くはない。

「……元々、ゴスペルを介した導力停止現象は、導力器が五アージュ以内にあると連鎖的に発生するんだよな?」

「はい。オレもヨシュアたちからの又聞きですから、実物を見たことはないですけど」

「だが、今回の導力停止現象の根源はあの浮遊都市からだ。規模も莫大。帝国や、共和国まで広がっている可能性もないとは言い切れない」

 ジンは夜空を見上げた。

「帝国も、導力停止現象に巻き込まれていると聞いた」

 そこでジンは目の色を変えてカイトを見る。

「オレも気づきましたよ、ジンさん」

「このリベールの現状を受けて、帝国がどんな行動をするのか……か」

「はい。百日戦役をしかけ遊撃士を排他したあの国が、何もせずに傍観する……とは思えないんです」

「……そうだな」

 帝国を旅した二人は、より一層気を引き締める。

「俺たちのやるべきことは変わらない。この苦難を乗り越えるため人助けを行う」

「はい」

「でも、予感があるな。こんなことだけでは終わらないという」

「……はい」

 エレボニア帝国。黄金の軍馬を象徴として掲げ、リベール王国の北に位置する西ゼムリア屈指の巨大帝国。リベール人にとって、一言では語れない想いをはらむ、十年前の敵国。

 そして今、リベール王国は国難に瀕している。嫌な予感を否定することは出来そうにない。

(帝国か。知り合い全員かき集めて、仲良しの会でもできないかなぁ)

 遊撃士トヴァルや、依頼を手伝ったファスト、レグラムの領主ヴィクターに、帝都で出会った少女アリス。他にもすれ違った名も知らぬ人々や、印象的な青年たちも。

(それに、あの人もだよな)

 思い出すのは川蝉亭での一言だ。

『その時は、盛大に喧嘩をしようじゃないか。お互い、言葉と生き方と、思想の限りを尽くしてね』

 先に帝国へと帰ったあの詩人は、今、どこで何をしているのだろうか。

 

 








今回の独り言。
軌跡シリーズ、閃Ⅲまでの全般のネタバレが含まれるため注意!!!!
※あと感情的に書いた乱文であるのにも注意。














黒の史書では、リベールのことも書いてあるんですよね。
気になるのは、帝国の歴史を書いた史書に『リベールの異変』は載っていても、巨イナル黄昏のトリガーには『百日戦役』しか書かれていないことです。

・百日戦役……帝国の呪いが原因。おずぼんは空白の三か月のあと、これを利用して宰相に。連鎖する呪いがトリガーと関係していそう
・リベール異変……呪いが原因でなく、おずぼんの策略による

領土拡張主義があるとはいえ、古くから空の至宝で別の歴史を歩んできたリベールを併合する意味が現時点では見えてこない。対して併合されたクロスベル・ノーザンブリアははっきりと黄昏の始まりに関係しています(?)し。そこにどんな理由があるのか?なんだかリベールが併合されてしまった仮定の物語を連想してしまいます

①百日戦役で併合された場合
たまねぎ「クーデターだ!」
おずぼん「だが断る」
はくめん「え……環への道は?」
おずぼん「私が乗っ取る」

②リベール異変で併合された場合
おずぼん「軍は吸収、遊撃士協会は閉鎖する」
えすてる「く、リベルアークに行けない!」
はくめん「環はいただくねー(健在)」
ながねぎ「しもた、塩づけし損ねたわ」
けんてい「人の可能性はここまでか(闇落ち)」
れんたん「人殺したのしー♪」

全く持ってナイトメアじゃないか……




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