心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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24話 混迷の大地③

 

 

 眼前に広がる王都の市街戦。遠すぎて見えなくとも、特務兵たちが少しずつ制圧域を押し広げているのが判る。それは執行者たちと相対する睨み合う遊撃士たちにも希望を与えた。

「す、すごい……猟兵たちも、これなら!」

「うん、何とかなりそうだ。さすがだね」

 ブライト姉弟が感嘆した。誰よりも特務兵と戦ってきた彼らだからこそわかる。特務兵たちは白兵戦のエキスパート、王国軍兵士たちとはまた違った戦い方で強化猟兵たちを圧倒することができるだろう。

「さて、どうする。身喰らう蛇の諸君? この期に及んで、我々とやり合うつもりはあるか?」

 リシャールが、(つよ)く、(つよ)く言い放つ。かつて国を窮地に陥れた愛国者は、今二度目の窮地をその手で救おうとしているのだ。

 圧倒的余裕をもって行われたはずの王都襲撃が、失敗しようとしている。面白くないのはもちろん、執行者たち。

 レンは先ほどまでの上機嫌が嘘のように、冷徹な侮蔑の視線をエステルたちに。ヴァルターは興が剃れたと、口を歪めている。

「女王陛下と姫殿下の確保は絶対にという命令でもない。ここは退くべきかしらね」

「ああ、そのようだ」

 ルシオラが、ブルブランが、それぞれ言った。そのまま二人が杖と扇子を掲げると、執行者四人に花弁の波が纏われていく。

「それでは諸君……我々はこれで失礼しよう」

 空間の色素が薄くなる。その中で一人饒舌な怪盗紳士は続ける。

「だが、次なる試練は既に君たちの前に控えている。精々気を抜かぬが良かろう」

「次なる試練……」

「な、何よそれ」

 ブライト姉弟が問うた。だが、それに対してブルブランは冷やかすような笑みを浮かべるのみ。

「焦らずとも、すぐに判る。それでは、また会う時まで……」

 さらに色素が薄くなり、花弁が収束して一気に爆ぜた。そこにもう、王都を恐怖に陥れた執行者はいなかった。

 今度こそ、本当に、目の前の危機が去った。そう安堵すると、遊撃士たちは一気に疲労が現れる。

 朝早くから、考えもしないような非常事態の連続だった。頭が回らなくなるのも無理はない。

 そんな中、多少なりとも余裕がありそうな金髪の剣士が遊撃士たちへ振り向く。

「やれやれ、これで猟兵どもも市街から撤退を始めるだろう。深追いができないのが残念だが、まあ贅沢は言うまい」

「うん……それよりも、どうして大佐がここにいるのよ!? 服役中じゃなかったの!?」

 エステルの疑問は、仲間たちもまた抱いている。当のリシャールはわずかに頭を振ると、苦笑めいた表情を浮かべた。

「だからもう大佐ではないんだが……まあいい」

「取り敢えず今は、この混乱を抑えるのが先だ。君たちも、手伝ってくれないかな?」

 気まずそうなリシャールに代わり、折衷役とも言えるようなシード中佐が一言。問い質したいことは沢山あるも、それでも提案に乗るしか選択肢はなさそうだった。

 カイトたち遊撃士、シード中佐を筆頭とした王国軍兵士、そしてリシャールを中心とした情報部特務兵。一同はやや固い雰囲気を醸し出しながらも、避難民の誘導、騒ぎの鎮静化を図った。市民の中にも負傷したものはいたが、それでも重傷者や死亡者はおらず、それは命を賭して戦った兵士たちや、避難誘導を続けたエルナンたちの成果だった。

 そして遊撃士たち、クローゼとアリシア女王、そしてシード中佐、さらにはリシャール。最後に執行者と相対した者たちが、グランセル城の謁見の間に集まっている。

「――というわけで、全てはカシウス准将の作戦の賜物だったというわけさ」

 シード中佐、そしてリシャールが二人で事の経緯を語ってくれる。

 遅かれ早かれ、リベールの絶望を狙うために、結社による王都襲撃や、それに類した何かしらの危機が訪れる。それを知将カシウスは予測していた。

 だが、現状王国軍は砲台にしても銃にしても飛空艇にしても導力を力の源としている。導力停止現象下では、統率のとれた人間たち以上の戦力にすることは難しかった。遊撃士たちも小回りは聞くが、それでも数も少なく五大都市各地の治安維持を担っている。もし四輪の塔襲撃の時と同じだけの紅蓮の兵士が現れたら、対処のしようがなかった。

 そこでカシウスが白羽の矢を射たのは、白兵戦の経験が豊富なリシャールたち情報部の愛国者たちだった。

「で、でも……それは嬉しいけど、リシャール大佐が外に出ちゃっても大丈夫だったの?」

 エステルが言った。またも大佐呼びに少し無表情になりながら、かつて犯罪を起こした人間は語る。

「無論、服役中の我々を投入するための口実は必要だ。そこで我々は、王都に護送中に今回の騒動に巻きこまれ、結果的に市街を守った形になる」

 だいぶ無理のあるシナリオではあったが、形にはなっていた。

「どうやら陛下たちは、この件について知っていたようですね?」

 ヨシュアがアリシア女王を見た。元々リシャールが遊撃士たちと再会した時、アリシア女王とクローゼはそれ程驚いた様子を見せなかったのだ。カイトやエステルが「あっ」とそのことを思い出し、問われたアリシア女王は微笑みながら肯定する。

「ええ。この件に関しては、カシウス殿と話し合いましたから」

 ここにいる者たちは、リシャールという人間がただ私腹を肥やすためにクーデター事件をひきおこしたのではないことを知っている。とは言え、世間的に犯罪者であるリシャールたち情報部を投入するというのは、あらゆる立場の人々からの批判を招くだろう。

 だが、それでも自国の民の安全には変えられない。百日戦役で、クーデター事件で、そして今の今までその慈愛の心で国を守り抜いてきたアリシア女王は、こうしてカシウスの案に乗ってみせた。

 未だリシャールは、少しばかり苦笑めいた表情をしている。その剣士を見て、カイトは言った。

「でも、まあいいんじゃないですか。本当に偶然同じ状況になったとして、リシャール大佐は同じ行動をとると思いますよ」

 エステルやヨシュアでなく、未だ見習いの称号を持つ少年が言ったこと。それはリシャールにとって、意外なことだったらしい。

「カイト君……その、あの時は本当にすまないことをしたね」

 カイトとリシャールの因縁、それは封印区画での戦闘に他ならない。あの時リシャールが放った神速の居合、それによって受けた傷は、今もなおカイトの右胸に痕を残している。

「いや、リシャール大佐。謝るようなことじゃないですよ」

「……」

「色々ありましたけど、あの戦いはオレにとって心を入れ替えものになった」

 あの戦いがあったからこそ、一度は砕かれた心をかき集めることができた。そうして強くなった信念は、強敵に立ち向かう力をくれた。心に潜む強大な軍馬の影にさえ、一閃を投じる契機になった。

「だから、色々なことを取っ払って、今の正直な気持ちだけを言いますよ」

 カイトは言う。

「女王様と、そして姫殿下を助けてくれて、ありがとうございます」

「カイト君……ありがとう」

 かつてその剣で切り裂き、そして切り裂かれた関係である二人の会話。それは仲間たちにも暖かなものを運んで、アリシア女王の言葉に繋がる。

「ふふ……カイト殿の言う通りです。あの時、私とクローディアを窮地から救ってくれたこと。信じることに、迷いはありませんでした。リシャール殿の、揺らぐことのない愛国心を」

「……もったいなきお言葉」

 もうこの場に、リシャールをクーデター事件の首謀者として見るものはいなかった。

 ヨシュアが話を切り替える。

「ところで、僕たちを呼んだのはリシャール大佐のことについてお話頂くためだったのですか?」

 元々カイトたちが王都へ訪れたのは、アリシア女王より要請を受けたからだった。それによって今回の襲撃に対応することができたのは、ある種幸運ともいえるものだった。

「ええ……それも理由の一つですが、皆さんをお呼びしたのは、クローディアのことについてお話したいことがあったのです」

 ここで、クローゼが前に出る。

 仲間たちは目を見張った。今までクローゼとして、学園の制服に身を包んでいた彼女は、しかし今白のドレスに身を包み、王族としての意識の切り替えである長髪のウィッグをつけている。

 何より感じたのは、その身に纏う雰囲気。

「……略式ながら、先日、立太女の儀を済ませました」

 続く言葉に、一同は息を呑んだ。

「今の私は、リベール王国の次期女王という身分になります」

 かつて、少女は仲間たちに自らの迷いを伝えたことがある。

 建国から千年の歴史を持ち、小国ながら誇りある独立を保っていたリベール。その中に置いて激動の近代の舵取りを担ってきたアリシア女王、その次の後継者として推される自分は、ほんとに次期女王となる資格があるのか、と。

 その迷いに仲間たちは、様々な立場からの想いや励ましの言葉を送ってきた。

「皆さん、学園の窮地を救ってくださったと聞きました。改めて、お礼を言わせてください」

「そんな、クローゼ」

「僕たちにとっても、馴染み深い学び舎だったからね。当然のことをしただけさ」

 ブライト姉弟は微笑した。

「未熟な私は、王国のために何ができるのか。それをずっと考えてきました」

 ジェニス王立学園に編入してきて。孤児院放火事件に巻き込まれて。クーデター事件に立ち向かって。結社の影を追いかけて。そのどんな時でも、少女は自らの『道』を模索し続けていた。

「学園が結社に占拠された。そのことを知った時、大切な人を守るために何ができるのか。大切な人が私に何を与えてくれたのか、改めて考えさせられました」

 クローゼは、エステルを見た

「私を、強く支えてくれた人がいました」

 ヨシュアを見た。

「私の迷いを、優しく支えてくれた人がいました」

 カイトを見た。

「ずっと昔から、どんな時でも、私を信じてくれた家族がいました」

 そして、仲間たち全員を見た。

「共に、窮地のリベールを駆けてくれた人たちがいました」

 仲間たちが彼女の聡明さに助けられたように、彼女もまた、多くの旅を経てその心に強さを打ち込んできた。それが、やがて彼女の勇気と決意を生み出した、

「未熟な自分には、王国全てを背負える自信も力もありません。でも、そんな私にできることを、可能性があることを皆さんが教えてくれました。それが、この国を、大切な人たちを守ることができるなら……そう、思ったんです」

 激動の時代において、列強ひしめく大陸の、一つの小国を束ねる女王になる。正確には次期女王という立場だが、それでもその重圧は常人には計り知れない。仮に辞退するとしても、誰も責めるものではない。

 ティータが、自らの弱さを知りながら立ちあがったように。

 シェラザードが、かつての姉に弓引いてでも故郷を守ると誓ったように。

 アガットが、過去の激情を受け入れて守るべきものを見出したように。

 ジンが、かつての兄弟子の所業を精算すると自らを奮い立たせたように。

 ヨシュアが、自らの過去を受け入れ仲間たちと共に歩むことを決めたように。

 エステルが、絶望に囚われずヨシュアを探し出すことを決意したように。

 カイトが、かつての仇敵の本質を知り自らの怒りを許せたように。

 少女は、生まれ育った立場をただ受容するのではない。その手で、仲間たちと培った決意を手に、自らの運命を選び取って見せたのだ。

 その瞳には、迷いと共に晴れ晴れとした光があった。

 仲間たちは、微笑み、喜び、万感の想いを口に出す。

 そしてエステルは、喜びを隠さずにクローゼの前に歩こうとした。

「クローゼ。おめでとう、とうとう自分の――わぷっ?」

 そのエステルの前にカイトが割り込む。さすがにそれでつまずくエステルではないのだが、それでもカイトの行動に驚きを隠せなかったようだ。結果的に、カイトは今エステルを差し置いてクローゼの前に立っている。

「カイト、エステルさんが……」

 クローゼの言いたいことは、仲間たちのみならず自分でもわかっていた。けれど、それが判っていてもカイトは敢えて仲間たちへの無礼を貫いた。

「これだけは、譲れないよ。姉さんに『おめでとう』を最初に言うのだけは」

 本当の家族ではない。でも、共に百日戦役の大地を歩いた者として。彼女の弟分として、仲間たちの誰より彼女を見てきたものとして。

「おめでとう! 姉さん。やっと……自分の道を見つけられたんだね」

「……ありがとう、カイト。こんな私と、一緒にいてくれて。おめでとうって言ってくれって。本当に嬉しいっ」

 共に差し出した両手は、僅かに震えていて、そしてとても暖かい。

 そんな姉弟の様子を、仲間たちはどこまでも笑顔で見届ける。カイトに邪魔をされたエステルも、これでは微笑むしかない。

「あはは……先を越されちゃったか。でも、本当におめでとう、クローゼ!」

 導力停止現象、そして王都の襲撃。そんな絶望的な状況であっても、希望の光は絶えず輝き続けている。

 少年少女が産み出す光はどこまでも真っ直ぐで、どこまでも暖かい。

 彼らを見守る先輩たちも、かつて刃を向けたことに後悔する剣士も、その全ての人々を擁する女王も。誰もが今、この窮状を乗り越えられると確信していた。

 だが、リベールに襲い掛かる異変は、まだ終わっていない。今この時、新たな火種が盛ろうとしている。

「ご、ご報告いたしますっ!!」

 この場にいた、誰のものでもない。それは焦りの表情を浮かべて駆けてきた、親衛隊の隊士の一人。

「ハーケン門より連絡です! 国境近く、帝国領側に帝国軍の軍勢が集結し始めているのだそうです!!」

 心臓が早鐘となる。顔が引きつる。手に力がこもる。膝が震える。

 帝国という言葉に、一同は意味を介するよりも前に体の異常現象に苛まれる。

「ええっ!?」

「帝国軍、だと!?」

 エステルが、アガットが、眼を見開く。

「……軍勢というのは、どの程度の規模なのですか?」

「現時点で集結しているのは一個師団程度のようですが……」

 親衛隊隊士の次の言葉。それは、今日結社がしでかしたどんな強行よりも、一同の胃を強く締め上げることになる。

「ど、どうやらその中に戦車部隊がするらしく!」

 然しも冷静なシード中佐も、驚きを隠せない。

「なんだと!?」

 今リベールを中心とした大陸一帯は、導力停止現象によって全ての導力器が使用できない。そんな中で動く戦車など、異常事態を超えた狂気以外の何物でもない。

 仲間たちの疑問に、隊士は答えた。その動く戦車は、『蒸気機関』によって動いていると観察された、と。

 蒸気機関とは、発生した水蒸気のエネルギーを用いて機械を動かす機構のことだ。しかし内燃機関より原始的で、効率性の悪さから導力器の普及と共に廃れてしまったという不憫な経緯を持つ発動機のことだ。

 リシャールが言った。

「……そんなもので動く戦車など、どの国も保有しているはずがない。導力戦車と比較するとあまりに経済効率が悪いからな」

 ならば、なぜそれを帝国有しているのか。その答えに早く辿り着いたのは、この場で最も経験のある遊撃士と、最も経験の浅い少年だった。帝国を旅した二人だった。

「ならば答えは一つ……秘密裏に帝国内で製造されていたわけですな」

「今回の、この導力停止現象を予見していたんだ。あの帝国は」

 そして今、帝国は手ぐすねを引き、自ら獲物の元へと受かっている。導力器の発明によって大国と渡り合うリベールが、導力が使えない。それは、過去あの戦争を引き起こした帝国にとっては格好のチャンスでもあった。

 シード中佐が口を歪める。怪盗紳士が残した『次なる試練』とは、この事に他ならない。

 一度は撃退して見せたとはいえ、未だリベールは結社に後手になっている。そのことを意識に刻み付けられたうえ、カシウスが誇るリシャールという切り札も、王都襲撃によって使い果たしてしまった。

 本当の危機は、まさしく今だった。国家機能を止められ、王族を脅かした次。脳裏に焼き付く『侵略』の二文字と、その果てにある国家の瓦解。

 だが、まだ希望の光は消えていない。この程度の追い風で、リベールの翼は負けることなどない。

「お祖母様。どうか私をハーケン門に行かせてください」

 クローゼが言った。仲間たちが、リシャールが、シード中佐が。アリシア女王でさえも、予想外だった言葉だった。

「ここで動かなければ、私たちを逃がすために負傷した叔父様たちに申し訳が立ちません。必ずや、お祖母様の代理として帝国軍との交渉を成し遂げてみます」

 王族の義務。国家としての象徴。そしてその身の保全。それらを成し遂げた先にある、自らが前に立つ英雄としての振る舞い。

 アリシア女王は笑みをその顔に湛えた。不自然なくらい、穏やかな笑みだった。

「……判りました。不戦条約が締結されたとはいえ、王国と帝国の間の天秤は未だ不安定と言えるでしょう。今回の事件は、さらに大きな揺り戻しに繋がりかねません。その天秤のバランス取り……どうかよろしく頼みましたよ」

「……はい!」

 今、希望の翼は黄金の軍馬に立ち向かおうとしている。そして、その翼と共に立ち、あるいは支える者たちもまた。

「だったら、女王様。オレたちもどうか、王太女様と同行させてください」

 カイトが言った。僅かに驚くクローゼだったが、すぐにカイトの瞳を優しげに見た。

「王太女様を無事、ハーケン門まで送り届けてみせます」

 そのカイトに、仲間たちが続く。アガットが言った。

「それと万が一戦争が起こりそうになったら、できる限りの協力はしてやるぜ。姫さんとの縁も、考えてみれば放火事件の時からだしな」

 シェラザードが続けた。

「無論、ギルドの規約により戦争には協力できません。けれど一緒に旅を続けた仲間としての心を胸にして……」

 ジンが締めくくった。

「中立的な立場からの仲裁なら、幾らでもさせてもらいましょう。共に、リベールの平和を守るために」

 大人たちもまた、心を震わせている。アリシア女王は、何よりも大切な仲間を得た孫娘のことを、何よりも喜んだ。

「ふふ……願ってもないことです。どうかよろしくお願いします」

 そして、エステルとヨシュアが放つ。

「はい!」

「どうかお任せください」

 そして、混迷の大地を駆け抜けてきた一同は、新たな礼装に身を包んだクローゼを加えた八人となって、ハーケン門を目指す。

 王都の防衛は、シード中佐とリシャールに任せた。二人は結社の動きに目を光らせ、例えどんな戦力が王都に現れようとも対処できるよう万全の態勢を整える、と言ってくれた。

 どの道、必要以上の心配はしていない。二人とも、リベールの守護神たるカシウス・ブライトの後継者だ。この二人なら、そして彼らの指揮下に置かれた正規兵と特務兵たちなら、どんな難敵にも防衛という役目を果たせるはずだ。

 遊撃士も、王国軍も、国民も、過去の国事犯も、何もかもが関係なく。今、リベールの民たちは、一つの方向に目を向け手を取り合っている。

 だからこそ、自分たちも。後ろを振り返らず、ただひたすらに、前へ進むのみ。

 カイトたちは進み続けた。できる限りの速度でグリューネ門を越え、休憩もそこそこに、昼にはロレント地方を通り過ぎそしてボース地方、アイゼンロードへ。

 何とかまだ昼間であるうちに、ハーケン門の大門へ辿り着く。

 カイトは、アガットやアネラスと共に行動していた時、ここを訪れたことがある。

 ハーケン門。かつて百日戦役で帝国軍に破壊された。記憶には、オルテガの息子がそこにいた。

 そして復興後、門はさらに巨大な面構えとなり、国境を行き交う者を厳格に試す風格を持つようになった。

 今、導力停止現象を受けて大門は開かれたまま機能を停止し、そして地上には原始的な鉄柵が人の手によって編み込まれ、百人近くの王国軍兵士と隊長たちが、かつて見たことのない威容を醸し出してその体を大門へ、その目線を大門のさらに向こうへ向けている。

「姫さ……王太女殿下!?」

 一人、最後尾にいる兵士が気づく。振り向いた先にいるのは、クローディア・フォン・アウスレーゼ、そしてその背を護る歴戦の仲間たち。

 順々に気づく兵士たちがことごとく道を譲る。この場、リベール側の門を強いるらしい緑の軍服の隊長がこちらへやって来る。

「殿下! 本当にご足労様でした。遊撃士の方々も……」

「皆さん……この場の守護の役目、感謝の言葉もありません」

「いえ……導力通信にて、殿下が交渉に出られるということは伺っております。最前線に出られた将軍たちには、未だ知らせることはかなえていませんが」

 クローゼ、そして仲間たちは門の向こうを見据える。大門の帝国側、そちらに控える大勢の兵士たち、その向こうに見える人影は小さいが、それでもモルガン将軍と数人の仕官であることが判る。

 そしてさらにその向こうに見えるのは……。

「あれが」

「ええ、帝国軍の軍勢です。半刻ほど前にあの場に集結、待機し、今はモルガン将軍が交渉に出ています」

「判りました……」

 クローゼは言う。この場の全ての人間に向けて。

「これより遊撃士の皆さんと共に行き、私が帝国軍と交渉を行います。皆さんはどうか、変わらずこの場をお守りください」

「……御意に」

 隊長は従う。リベールの次期女王に。

 全ての者が今、クローゼのために大門への道を開ける。クローゼは一歩一歩、可憐にいや勇ましく歩を進める。その後ろをエステルとカイトが筆頭に、仲間たちが歩く。

 夕暮れが近づく。導力の消えた無音の世界に、平原の風と、人々の声なき呻き、そして無機質な金属の歯車の音がやって来る。

 七耀歴千二百三年、一月二日、十六時に。大国と小国の国境の狭間、思惑と絶望と共謀がひしめく混迷の大地で。

 希望を掲げる次代の英雄たちが、目覚めの咆哮を解き放つ――。

 

 

 








次回、第四章から第五章「空の軌跡」へ。
第24話から25話、「最初の選択~目覚める意志~」へ。


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