「ミュラーさん、頼まれた資材は、これでいいですか?」
「ああ。それで構わない。ありがとう、カイト君」
アルセイユの外では、ばらばらになって散乱した機体の破片の回収や、修理用具を船内から外へ運び出す作業が行われていた。
船内ではユリア大尉を艦長として、女性陣が細かい作業を担当している。一方で男性陣や親衛隊隊員は、重い破片を運ぶ作業に苦心している。カイトは背丈故にジンど同等のものは運べないが、代わりに機体修理に必要な小物などを運んでいた。
機体修理を監督しているのはオリビエの相棒、ミュラー・ヴァンダール少佐だった。アルセイユの機構に詳しいわけではないが、整備員や親衛隊員と協力し、帝国軍機甲師団出身としての知識や経験を駆使して機体修理に貢献している。カイトとも出会ってから数か月ぶりの今日、互いに自己紹介を行い、二人は互いの名前を認知した。
一方で、探索班は帰還する毎にメンバーを入れ替えて進んでいた。エステルとヨシュアは変わらず、残る二人は今、クローゼとアガットだ。
探索班は居住区画へと向かい、さらなる探索を続けている。先ほど聞いた報告では、手に入れたオリジナル・ゴスペルを利用して地下道への道を開き、さらにはグロリアスを発見したということだった。すでにジョゼットを含めてカプア一家の救出作戦を開始しているはずだし、うまくいけばさらに探索を進めているかもしれない。
それと同時に、待機班は協力して脱出のためアルセイユを動かせるようにしなければならない。どちらも役割は重要だった。
冬場にもかかわらず、資材を運ぶことによって出た汗をぬぐっていると、指揮を執っていたミュラーがこちらへやってきた。
「カイト君、君は探索から帰ってきたばかりだろう。必要な資材は粗方集まったのだから、少しくらい休むといい」
「いや、それを言うならジンさんはまだまだ働いてますし。オレだけさぼるわけにはいかないですよ」
おそらく小さい体躯ということで心配されているのだろうが、これでも数々の困難を潜り抜けてきた人間だ、そう簡単に根を上げることはできない。
ミュラーは変わらない仏頂面で、しかし声色は穏やかな様子で言った。
「……君は、随分とまじめだな。あいつよりよほど帝国人のようだぞ」
「ハハハ……」
まさか、オリビエとの確執を知るミュラーにそれを言われるとは。それとも、その程度のことなら行っても大丈夫だろうと思われているのか。
「ならちょうどいい。俺も、親衛隊の諸君から休憩しろと言われてきたところだ。付き合ってはくれないか?」
「まぁ……別にいいですけど」
ミュラーは一度艦内に戻った。しばらくすると、コップに入った水と携帯食料をもってやってきた。
「受け取ってくれ」
「……どうも」
「あちらには、休憩できそうな場所がある。そこまで行くとしよう」
公園区画は、大理石を除けば見渡す限り自然に包まれている。小規模な草原といってもいいその場所を指さして、ミュラーは歩き始めた。カイトもそれに続いた。
アルセイユを見渡せる坂となった草原、そこに少年と青年は腰を下ろす。ジンたちが慎重に、身の丈以上の機体の破片を運んでいるのが見えた。
「資材回収のほうは、順調ですか?」
「ああ。殆どの資材は人の手で回収できるだろう。ジン殿やアガット君、彼らの膂力には脱帽しているよ」
「それじゃ、残るはあれだけですか」
カイトが一つ、指さした。
アルセイユの後方。抉れた地面に突き刺さり、先ほどまで探索班の橋となっていた、補助飛翔機関の片翼。つまりアウトリガーの左翼だ。
五アージュ以上もあるそれは、さすがにジンやアガットでも動かせそうにない。ラッセル博士も、こればかりは諦める方向で、と話を進めていたのを聞いた。
「だが、まったく方法がないわけではないがな」
ミュラーの発言に、カイトは驚く。
「え、動かせるんですか?」
「少々荒っぽくはなるが。榴弾砲で牽引する、という方法だ」
カイトは顔をがくんと揺らした。
「榴弾砲って……あれで?」
「そうだ」
アルセイユは王族が所有権を持つが、実質的に運用しているのは王室親衛隊になる。親衛隊は王室直属とはいえ、王国軍に連なる存在だ。当然アルセイユ内の船倉には軍事的な物資もあり、敵との戦闘に合わせた榴弾砲もある。
だがそれを用いて牽引するとは、なかなか思いつかない、いや思い切った発想だ。
「でも、やってみる価値は十分にありますね。それなら、脱出もしやすくなる。本当、ミュラーさんがいてよかったですよ」
「歓迎されているようで、安心したよ」
ミュラーは帝国軍の佐官だ。先日の侵攻の件もあって本来なら警戒されてしかるべき人物なのだが、今はこうして誰からも受け入れられている。それは間に入っているオリビエの影響もあるが、それ以外にミュラー本人の芯の通った性格も大きかった。
相棒である主とともに、仲間たちと力を合わせこの窮地を脱する。それを目標として見据え、惜しげもなく自らの力量を発揮してくれているのだ。信頼を作れないわけがなかった。
携帯食料を食べた後、ミュラーはこんなことを言ってくる。
「君とこんな話をするようになるとは、出会ったときは思わなかったものだ」
しみじみとしたような言葉だった。多少の笑顔はあるが、基本仏頂面を崩したことがないので、それとオリビエといるときの疲れた顔や怒りの顔以外に見たことのないカイトとしては新鮮でもあった。
思えばミュラーとの出会いも、ずいぶんと昔のように感じられる。帝国人というだけで声と心を震わせていたあの時。さらにオリビエのお調子者ぶりに憤慨していた時に、少年はミュラーと出会ったのだ。
「ミュラーさん、よくあの時のことを覚えていますね」
「覚えているとも。あのバカが、何も悪くない少年の心を逆撫でしたのだからな。本当に済まないことをしたと思ったよ」
「あはは……」
あの時、少年は情報部に攫われたクローゼを助けるために王都に赴き、余裕のない状況でエステルたちと合流していた。そんな時にただでさえ警戒を解けない、仇敵である帝国人のオリビエが現れたのだ。余裕でいろというほうが無理な話だった。
それだけなら、カイトも単に警戒を崩さないで披露しただけで済んだかもしれない。しかしオリビエという人物は質実剛健という帝国人とはかけ離れた風体で、カイトの神経を逆撫でし、怒りを爆発させるところまで行った。そこで、ミュラーがオリビエを諫めるために──単に放蕩していた人間を手元に置くという意味合いが大きかったが──割って入った。
ミュラーはカイトに謝っていた。少なからず戦争の被害者であったことを理解し、余計な心労を負わせたと、心から申し訳ないような言葉をかけていた。
「オレのほうこそ、あの時はすみませんでした。ミュラーさんやオリビエさんが悪いわけでもないのに、失礼なことをしてしまって」
謝られたカイトは、まるで子供のように不躾な態度をとったものだ。今思い出すと、恥ずかしくて仕方がない。
放蕩者としてふるまっていたオリビエも、怒りに身を任せたカイトも、二人の間に入ったミュラーも、誰が悪いというわけではない。ただ、彼らの背景に個人ではすまされない枠組みがあっただけだ。オリビエには帝国としての気風が、カイトにはリベールという被害者の声が、ミュラーには軍人としての罪の意識が。
「できることなら、君とは──君たちとは、良好な関係を築きたいとも思っている。今までのことを水に流してもらえるなら、こんなに嬉しいことはない」
「それは、こっちもです。これからよろしくお願いします、ミュラーさん」
ミュラーとの話題は、意外と盛り上がることが多かった。カイト自身が仲間たちの中でももっとも最近に帝国を旅したこともあり、尽きることはなかった。
「ミュラーさんって、帝国……正規軍の軍人さんなんですよね?」
「帝国に住まない人がその表現をするのは新鮮だな。そうだ、俺は領邦軍ではなく帝国正規軍の軍人になる」
「オレ、鉄道憲兵隊ってのと話したことがあるんですけど」
「鉄道憲兵隊か。彼らも帝国正規軍の枠組みだな」
「ミュラーさんって、貴族なんですよね?」
「ああ、ヴァンダール家。一応子爵家にあたる。といっても家の性質上貴族派とは縁の遠い生活を送っているがな」
「縁の遠い……そっか、皇族の守護職なんですよね。オリビエさんとはその縁で?」
「子供のころからの、文字通りの腐れ縁というものだ」
カイトが聞くだけでなく、ミュラーもまたリベールのことや遊撃士のことを聞いてくる。二人の目線の先、アウトリガーを除いたすべての資材が回収されるまで続いた。
そんな中、そろそろ行くかと立ちあがったミュラーが、こんなことを聞いてきた。
「オリビエの、あいつの皇子としての決意を聞いたのか?」
それまでの和やかな話題とは違う。緊張などはないが、確かに強い声色で問われた。
「──はい」
カイトはそれを肯定した。
皇族を守護するという貴族の家柄であり、子供のころからの腐れ縁だというミュラーとオリビエは、文字通り相棒というような関係なのだろう。オリビエがリベール入りし、王都にクーデター騒ぎが訪れる前にはすでに大使館駐在武官として自身も傍にいたのだ。蓋を開けてみればオリビエは皇族なので当たり前の行動でもあったが、それでもこういった場所にまで訪れ、そしと気さくな言葉の交わし様から見ても、単なる主従関係では表せない二人組であるのが理解できる。
そして、帝国軍の侵攻の時にさえミュラーはオリビエの後ろにいた。ゼクス中将の様子から察するに、同じヴァンダール家といえどもオリビエの計画は把握していなかったようなので、やはり胸の内に秘めた決意を共有した数少ない人物でもあったはずだ。なんせ、宣戦布告したのは軍の七割を掌握しているという化け物じみた人気ぶりの宰相だ。
探索に行く前に話し、知ることができたオリビエの決意。それを今、仲間たちの中でカイトだけが知っている。それは、ミュラーにとってはある意味喜ぶべきものでもあった。
「なるほど、君たちは仲間としてこれ以上ない信頼関係を気づいたようだが、君個人のことは殊更信用しているらしい、あいつは」
「……信用とか信頼とか、そんな言葉でいいのかは判らないですけど」
カイトはオリビエを通して帝国を恨んでいた。オリビエはカイトを通してリベールの被害者を見た。共に互いに接する態度を決めあぐね、微妙な空気になったこともある。だからただ単に仲良くなれたとか、最高の友人になれたとか、そういった表現は少し違うような気がした。今は、まだ。
「でも、オリビエさんはオレの、オレたちの仲間です。それは変わりません」
「それでいい」
ミュラーはむしろ、『信用』と『信頼』の言葉を否定されたことによって笑みを深めているようにも見えた。
「俺はあいつの剣として、相棒として、どこまでもついていくと決めている。だから君には──」
一呼吸おいて、ミュラーは続けた。
「無理に共に、とは思わなくてもいい。あいつの胸の内を知る人間の一人として、接してやってくれると助かる」
相棒と祖国を思う軍人の、純粋な願いだった。一回り近く年上の男性に頼まれて、それでも少年は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「判りました。任せてください」
────
休憩を終え、ミュラーは指揮に戻り、カイトは艦内で仕事を求めてさまよう。
重労働もほとんど終わっており、いつの間にやら艦内の導力灯も復旧していて、不時着の衝撃でばらまかれていた物資もまとめることができたようだ。ティータやラッセル博士のように技術者でもなし、今やもうカイトが活躍できるような仕事はなくなっていた。正確に言えば探索に備えて待機している人間のほぼ全員が役目を終え、手持ち無沙汰になっているというのが真相なのだが。
休憩室に向かうと、オリビエとジンが酒を飲んでいた。その隣ではシェラザードがワインとチーズ片手に優雅な時間を楽しんでおり、こんな時でも先輩たちは変わらないのだなと苦笑する以前に感心してしまう。
カイト自身も休憩すべく、甲板に出て風にあたる。ただでさえ二度と訪れられないような地上より千アージュ越えの上空の空気だ。失われし古代文明という空気もあって、それを意識するだけで気分は高揚してくる。そうやってカイトはのんびり英気を養う。
その数十分後だった。探索班であるエステルたちが戻ってきたのは。
エステルたちは、戻るなり休憩もそこそこに、艦内の探索班やユリア大尉、ラッセル博士などの意思決定や指揮を担う人物を招集した。不時着したときのように会議室を使い、一同を集めて成果を伝える。
「みんな。ついに執行者と教授のいる場所までたどり着いたわ」
その言葉を聞き届け、反応しない人間はこの場にはいなかった。
エステルたち探索班は、順調に目的を達成していき、ついにはグロリアスに拘束されたカプア一家を解放したのだという。その後カプア一家の次男キール経由で意味ありげなパスワードを聞き、それをゲートロックに用いることで新たな地下道への入り口を見つける。エステル、ヨシュア、アガット、クローゼ、そしてともにカプア一家を救出したジョゼット。五人によって三つ目の地下道は踏破され、そして地上に出てから見た景色はどこまでも圧倒的だったのだという。
「地上に出た先は、別の駅と地下道を除けば一本道だった。そこには、
中枢塔。当初アルセイユが着陸する予定で、浮遊都市のほとんどの場所から見える天を穿つほど高い、巨大な塔のことだった。ついに、一同は浮遊都市の中心と思われる場所まで来たのだ。
そして、探索を始める前にエステルたちは一度アルセイユへ戻ることを決めたらしいのだが、一同を会議室に集めたのはどうやら中枢塔へのルートを確保したから、というわけではないようだった。
ヨシュアが言う。
「駅を解放するときに、その端末の画面に例の教授のメッセージがあったんです」
エステルが続けた。
「ムカついて仕方ないような文章だから本当は嫌なんだけど、みんなにとっても大事なことが書かれてるから、一応書いてあったままのことを伝えるね」
そうして、その教授からの連絡を一同は知ることになる。
『ようこそ、親愛なる遊撃士諸君。
諸君が辿り着くことを想定し、ここにメッセージを残させてもらった。
アルセイユによる予定外の航行は如何だっただろうか? 古代の人間が楽しんだ憩いの場、生活の風景そのものだった居住区画、それらを繋ぐレールハイロゥ。芸もなしにこの中枢塔近辺に着陸するよりも、はるかにこの浮遊都市を楽しんでいただけただろう。
さて、この都市にきた我々と君たち……その目的は同じ《輝く環》にあるが、一足先にその近くまで辿り着かせてもらったよ。
《福音計画》は最終局面に移行し、《輝く環》が真に目覚めるのも近い。
これ以上ない機会だ、古代人のルーツを持つ君たちにもその場に立ち会ってもらおうと思った。だが、折角の旅路の終点をただ案内するというのもつまらぬ話だ』
さも嫌そうに文面を読んでいたエステルは、ここで一息付いた。
どこまでも人の神経を逆撫でする文章だ。一人の例外もなく全員が、教授に対して苛立ちを顕にする。
休憩を終えたエステルは続けた。
『そこで、ひとつゲームをしよう。
中枢等の各所には私の協力者が待ち受けている。敢えて言わなくてもわかるであろう、君たちもよく知る彼ら五人のことだ。
聞けば、君たちと彼らの間には浅はかならぬ因縁があるとか。彼ら全員と対峙し、わだかまりを翻し、道のりを突破し屋上まで辿り着く。それができたならば、諸君に神聖なる《環》の復活を見せてあげよう。
それでは楽しみにしているよ。人と人が過去の確執を取り払い、手を取り合うことができるその瞬間を。
《蛇の使徒》第三柱、ゲオルグ・ワイスマン』
エステルが読み終えて、ブライト姉弟は俯く。
控え目に言って最悪の文章だ。字面こそ歓迎しているが、この先待ち受けているのは今まで何度も仲間たちを苦しめてきた執行者たち。そしてその先には、底知れぬ脅威を持つ結社の《蛇の使徒》と《輝く環》がある。
アガットが苛立ちを隠さずに言った。
「どうしようもない野郎みたいだな、教授ってのは」
「本当、姉さんもどうしてこんな男の命令を聞くのかしら……」
教授がいう浅はかならぬ因縁、それを持つシェラザードはため息を吐く。リベール各地での実験に王都襲撃。姉が加担したその出来事はこの最悪の文章を送りつけてくる人間の命令で起きている。
シェラザードにとっては重い事実だ。
同じく執行者との因縁を持つジンだが、しかし彼の言葉は悪態ではなく、未だ下を向いている二人に向けられた。
「エステル、ヨシュア。もしや、まだ文章には続きがあるのか?」
二人の呼吸が乱れたのを、それぞれの流派に属する幾人かが感じた。そうでなくとも、エステルの慌てた表情が質問の答えとなっていた。
観念したようにヨシュアが言う。
「はい、まだ続きがあります。ただこれは、僕個人に宛てたものになっていますが」
元々ヨシュアは執行者であり、教授はヨシュアを結社へ引き込んだ張本人だ。クーデター事件の直後にヨシュアの記憶を解放したことからも、教授のヨシュアへの文章というのはまともな手紙になるとは思えない。ことごとく精神を蝕むものとなっていそうだ。
だが、ヨシュアはここで終わらせはしなかった。
「今から僕への……追記の文章を読みます。皆にとって得体の知れない教授を知るために、役立ててください」
「でも、ヨシュア……」
「いいんだ、エステル。覚悟は出来てる」
そう言うと、エステルに代わってヨシュアが文章を読んだ。
『P.S.ヨシュアへ。
大切な家族や仲間との再会を果たせたようでなによりだ。だが、レンやレーヴェを蔑ろにするのは少々感心しないな。
せっかく機会を用意したのだから、納得いくまで話し合ってみるといい』
先程の沈黙に環をかけて重い空気が会議室を包んだ。
ヨシュアはこの一連の事件で、何よりも罪悪感に蝕まれてきたのだ。それを判っていながらこんな文面を送りつけてくるのは、悪趣味を通りすぎて吐き気がしてくる。
だがここにいる仲間たちは、過去自分の非力さにうちひしがれた仲間たちではない。ここにいるヨシュアは、過去大切な存在を思慮もなく遠ざけたヨシュアではない。
「リベールを襲う災厄を払うため。それ以外にも、僕は自分自身と決着をつけるために、ここに来ました」
淡々と、語り出す。
「最初は……エステルに諭されるまでは、一人で結社と戦うつもりだった。でも違う、今僕は、ここにいる全員の力を借りたいと思っている。結社で、教授の下では絶対に見つけることのできなかった絆。それを持って、教授と訣別するために」
会議室にいる人間を一人一人見て、そうやって初めて頭を下げた。
「だから、お願いです。どうか力を、貸してください」
「当たり前だろ、ヨシュア」
ヨシュアは顔を上げた。声の主である茶髪の少年は、不敵な笑みを浮かべていた。
「ここまで来て、その最高のお願いを聞かない人はいないよ」
あの時一人で逃げだしたヨシュアが今ここにいる。それはエステルに限らずここにいる全員にとって、互いに仲間だと認め合えているという何よりの証拠になっている。
細かい言葉なんて必要なかった。ここに至るまでに交わした言葉の数々が、すでに多くの事柄に対する答えなのだから。
「そうだよね? みんな?」
カイトが言葉を続けて、そして会議室の全員を見渡した。沈黙もなく、シェラザードが言った。
「ま、あたしはルシオラ姉さんとの因縁があるし。それに遊撃士としても先輩としても、絶対に同行させてもらうわよ、ヨシュア」
ジンが断言した。
「同じく、俺もヴァルターと決着をつけなきゃならん。泰斗の力、事件解決に役立ててくれ」
アガットはにやりと口角を引き上げる。
「剣帝には、何度も煮え湯を飲まされてきた。野郎とケリをつけるのはお前だけじゃねえ、俺もだ」
ティータは声を張り上げる。
「私も……レンちゃんと話したい! 絶対に無理はしないから連れていって、お兄ちゃん!」
クローゼは落ち着き払っていた。
「私はリベールの次期王女として。そして皆さんの仲間として。リベールの平和のために、ヨシュアさんと共に行きます」
オリビエはのんびりと言い切る。
「帝国も同じだよ。平和のために、ヨシュア君たちと力を合わせる。早くしないと蒸気戦車も突入しちゃうしねー」
ケビンが朗らかに笑った。
「俺はあくまで仕事やけど……それでも聖職者として、平和のために是非フォローさせたってくれや」
ジョゼットが目線を逸らしながらも口を開く。
「待つだけはゴメンだよ。それに結社を見返すのはボクも同じ……ダメって言ったってついていくからね」
誰も、否定の言葉を口にしない。決着のために、仲間のために、祖国のために、ヨシュアとともに最後の戦いへ赴く。
エステルが、ヨシュアを見た。
「カイトの言う通り……誰も嫌なんて言わないわ。皆で行って、教授に見せつけてやりましょう!」
ヨシュアが、今までで最も優しい笑顔を浮かべていた。もう彼は、《漆黒の牙》ではない。仲間たちとの絆を育み、リベールという第二の故郷と守るべき大切な人を得た、ヨシュア・ブライトだ。
話の行く末を見守っていたユリアが告げる。
「こちらの、アルセイユの修理も大方は終わっている。残るはアウトリガーの取り付けと、そして稼働テストだけだ」
ラッセル博士が続けた。
「お前さんたちの調査も大詰めじゃろう。帰ってくる頃には脱出できるようにもしておく。お互い、気を張るとしようて」
浮遊都市の東西南北の要所。残るは北、リベル=アークの根源に関わると目されている中枢塔のみ。そして、その中枢塔には執行者と今回の事件の主催者たる教授、ゲオルグ・ワイスマンが待ち構えている。
その圧倒的な壁に立ち向かうのは、十一人の、やがて英雄となる者たち。
エステル・ブライト。ヨシュア・ブライト。シェラザード・ハーヴェイ。オリヴァルト・ライゼ・アルノール。クローディア・フォン・アウスレーゼ。アガット・クロスナー。ティータ・ラッセル。ジン・ヴァセック。ジョゼット・カプア。ケビン・グラハム。そして、カイト・レグメント。
決着の時は、もうすぐそこだ。
次回、第27話
『銀の意志、金の翼』