辛辣でぶっきらぼう、だけど度胸があって優しい彼女が、名探偵達と真実を暴いていくお話。
【備考】
・主人公は劇場版:戦慄の楽譜でコナンとタッグを組んだ秋庭怜子。
・基本的に各劇場版に絡んでいく予定。
・戦慄の楽譜終了後よりスタート。後の時系列はバラバラ。
・怜子さんは怜子様。推理力よりは直感力や観察力に秀でたお姉さん。
・戦慄の楽譜についてはネタバレ前提ご注意。
花舞う町で
季節は春。
東海道新幹線の車窓にも、健康的な新緑の色が映える。
グリーン車の窓際席に座るその女性は、ティアドロップタイプのサングラスを外し、流れては消えていく景色に目を向ける。
大きな美しく赤みがかった瞳を細め、静かでどこか儚げな笑みを口元に浮かべながら。
『間もなく京都。京都。お降りの際はお忘れものの…。』
車内アナウンスのメロディの音階を正確に脳内で分析しつつ、その女性“秋庭怜子”は、再びサングラスをかけて降車の準備に移った。
チェックインは15時から。時刻は未だ11時。ホテルのフロントで荷物を事前に預けた彼女は、早々に京都の町へと足を向ける。
今回、彼女が京都に訪れた理由は、数か月後に開催予定の京都芸術劇場でのコンサートの打ち合わせのため。
あの“堂本ホールのこけら落とし公演”以降は初となる大舞台だ。
事件直後は、色んな感情が渦巻いた。
正直、“歌う”ことから遠ざかりたい自分が今もいる。
中途半端な気持ちで舞台に立つのは観客にも、出演者にも、何より愛する音楽自身にも失礼だと分かっている。
だけど、自分には音楽しかない。秋庭怜子というアイデンティティを形作るのは音楽でしかないから。
そんな曖昧な葛藤を抱きつつ、コンサートの参加承諾をしたものの、気持ちの整理は一向についていない。
気分転換のために、打ち合わせの3日前に京都へ前乗りして観光でもしようと思い立ったものの、今もこうして“五条大橋”の欄干に手を置いて、心ここに非ずといった様子で河の流れを見つめている。
「はぁ。」
深く漏れる溜息。あまりに弱々しい姿を自覚し、思わず失笑が漏れて顔を俯かせる。
その時、一つの光景が脳裏に蘇った。
それは堂本ホールのこけら落とし公演の前日。
暗い寝室で、亡き恋人のフルートの音色を聞いていた時にしつこく鳴り響いたチャイムの音と、図々しくも自室に上がり込んできた“眼鏡の少年”の姿。
今思えば、奇妙としか思えない出会いと経験。
何故だろう、決して良い思い出等では無いのだが、あの時の自分は“活き活き”していたように思える。
公演のマナーもルールもぶち壊して歌った、あの“アメージング・グレース”は、歌い手である自分ですら心を震わせた。
あの時の活力が今の自分にあれば……。
愛しい人を亡くした時ですら、このような喪失感には苛まれなかった。
得体の知れない虚無感が亡霊のように絡まって剥がれない。
また重い溜息が漏れそうになった時、視界の端で何かが動いた。
橋の下、堤防から河川へと続く石造りの階段で二つの影が見えた。
一つは帽子を目深に被った若い男性のような出で立ち。もう一つは、蝶ネクタイで正装した眼鏡の少年。
「……え。」
そう、あの少年“江戸川コナン”だった。
怜子は思わず、首元の明るいオレンジ色のスカーフで口元を隠し、サングラスで視線を覆った。
まったくもって身を隠す必要等無いのだが、反射的に行ってしまったのだから仕方ない。
出来るだけ身を屈めて欄干の隙間から、二人の様子を伺う。
何やら真剣な面持ちで一枚の紙を睨んでいる。
コナンの表情は、嘗て怜子が間近で見た“探偵の顔”だった。
その顔を見た時、怜子は衝動に駆られるようにして橋の上から二人の元へ歩を進めるのだった。
「なる程なぁ。この暗号解いたら仏像の場所と、今回の殺人事件の犯人に繋がるかもっちゅう訳か。」
石造りの階段に腰掛けながら、“服部平次”は被っていたキャップの唾を撫でながら、コナンに渡された一枚の紙を見て唸りを上げる。
ひな人形の段飾りのようなイラスト、そこの天狗やら鳥やらのイラストが珍妙に描かれた謎の一枚。
縦から見ても、横から見ても理解不能なそれに、かの有名な西の名探偵も首を捻るばかり。
「あぁ。仏像を盗んだのは“源氏蛍”でまず間違いない。」
盗賊団・源氏蛍。
個々のメンバーが義経記に関連したコードネームを持ち、仏像等の古美術類を狙う窃盗団。先日の警視庁記者会見で、そのメンバーが次々と殺害されているという事件も発生しており、今の世間を騒がせている。
「義経と弁慶に縁がある場所を巡れば、何かヒントはあるかと思ってたんだが、京都はさっぱりだ。」
石垣に背を預けたコナンが、空を見上げて呟く。
手始めに義経と弁慶に縁のある五条大橋に来たものの、目立った手掛かりはゼロ。土地勘の無い場所での捜査は、思った以上に厳しい船出となった。
「ほな、俺に任しときや工藤。京都やったら庭みたいなもんや。」
服部が立ちあがると同時に、二人の後方から足音が聞こえた。会話の内容が内容なだけに、コナンと服部は口を噤んで振り返る。
石造りの階段の上から、陽の光を逆光に受ける影が見えた。
「私もそのミステリーツアー、加わっていいかしら?探偵君?」
鮮やかなオレンジ色のスカーフを風に靡かせ、淡いネイビーのジャケットのポケットに手を入れた怜子の姿があった。
「れ、怜子さん!?」
「久しぶりね、コナン君。相変わらず探偵ごっこ?……いえ、君の場合、“ごっこ”の範疇を既に出ていたわね。」
「あは、あはは。れ、怜子さんはどうして京都に?」
「仕事。それを言うなら君こそどうなの?殺人とか盗みとか、物騒な言葉が聞こえてたけど?」
コナンの目線に合わせるように膝を折る怜子。まるで尋問するようにジリジリと詰め寄ってくる様子に、コナンは返す言葉に困りながらゆっくり後退し、やがて石垣を背にするまで追いやられる。
「まさか一人で来た訳じゃないでしょ?」
「う、うん。小五郎のおじさんと蘭姉ちゃんと、園子姉ちゃんも一緒に来たんだ。」
「ふぅん。その様子だと、適当に理由をつけて巻いたのかしら?」
「あは、あはは……うぉッ!?」
突如として、浮遊感をコナンが襲う。怜子の視界からもコナンが一瞬にして消えた。
服部がコナンの首根っこを掴み持ち上げ、少々乱暴に怜子の追及から逃れさせたのだった。
「なぁ工藤。お前、あの姉ちゃん放ったらかして、こんな別嬪さんと関係もっとったんかいな。」
「バッ、ちげぇよ!放せ!」
悪戯な笑みを浮かべる服部の手から逃れたコナンは、着地と同時に悪態をつきながら乱れた身なりを整えた。
服部は改めて怜子に向き直り、顎に手をあてて暫し思案顔を浮かべる。その様子に、怜子は眉間の皺を深くしながら立ち上がる。
「……何?女性の顔見て首傾げるなんて失礼じゃない?」
「あぁ、いや、どっかで見た顔や思たんやけど。あんたアレやろ、秋庭怜子やな。オーケストラの。」
「“ソプラノ歌手”よ。それと、“さん”くらい付けなさいよ、色黒猿。」
「だ、だれが猿や!」
「ぶふっ!?」
「おい工藤!お前今わろたやろ!」
思わぬ反撃に服部は憤慨し、コナンは思わず吹き出す。
顔を真っ赤にして抗議する服部を、未だクツクツと笑いながらコナンが制する。
その様子を怜子は冷静な面持ちで眺め、そして口を開いた。
「ねぇ。」
「あぁ?なんや!」
「"工藤"って?」
「「いぃ!?」」
コナンと服部は二人して顔を強張らせる。余りに明け透けな反応に、怜子は更に追撃を行う。
「さっきも、そのお猿君が言ってたよね?工藤って。」
「え、あ、そ、その~。」
「く、くどい!そう、くどい!って言うたんや。こいつガキの癖に色々細かぁて…。」
「下手な嘘はいいわ。あだ名…って感じでも無かった。それにさっきの反応。突然核心を突かれたような感じだった。」
大人の女性の妙な威圧感に気圧されて、服部もコナンも思わず半歩下がる。それと同時に怜子は一歩詰め寄る。
「コナン君の小学生離れした知識と度胸……それと何か関係があるのかしら?」
「ど、どやろか…な、なぁコナン君?」
「あ、あはは、あは。」
決して獲物を逃がさない狩人のような目を前に、二人の名探偵は冷や汗が止まらない。
東西の名探偵と、ソプラノ歌手。
奇妙な人間関係が奏でるメロディが、覆い隠された真実を暴いていく。
これは、そんなお話。