命なんて惜しくはなかった。もとより社会に対しての帰属意識も、表面上の友人達にも意義は見出せず、伽藍堂の人生だったのだ。今更何を恐れようか、何を惜しめようか。曝け出す程の我は無いが無為に流されるのも耐えられない、しかし自分からは何かをしようとも思えなかった、その程度のワタシだ。
物に対しての執着も人に対しての興味も、希薄に過ぎた。欲と呼ばれるものも愛と呼ばれる毒も、等しくワタシにとってはどうでも良く、等しくワタシにとっては無縁なものだったから。
故にワタシの生は酷く詰まらなく、価値など付随することはなかった、だから。
ワタシが生きていたのは命が散る、間際だけだ。
体が燃えるようだった、霧が晴れたようだった。ワタシの無意味な人生、くだらない命を消費するだけの只中で、何も見えない世界の中で、初めて見た光。
何よりも眩しい、何よりも尊い、何よりも強い人。
何かに執着するなど、何かを求めるなど、起こるはずがないと思っていた。彼女は無様だ、余りに愚かで愚直、短慮が過ぎ無鉄砲。たが、諦めない。生来体が弱く、入退院を繰り返していたがそれでも、輝いていた。腐る事なく、強く美しく生きていたから。その生を、恥じることなく真っ直ぐに。
あぁ、だからだろう。これからは彼女のために生きようと決めた。全てを捧げ、共に生きようと。
彼女との生活は決して煌びやかな物ではなかったが、暖かく充実した物だった。あまり家を離れる様な仕事は難しく、家で出来るものに変えたことで手取りは減り、彼女に贅沢はさせられなかったがそれでも。それでもささやかな幸せを二人で育み合い、穏やかに暮らしていた。だが、このまま過ごせると何故思ったのだろうか。
日差しが眩しい夏の日、朝起きると彼女が倒れていた。車椅子から立ちあがろうとしたのだろうか、地面に横たわりぴくりとも動かない。急いで救急車を呼んだが、彼らが来るまでワタシは、まともに呼吸を出来ていただろうか。
集中治療室に運び込まれた彼女を待ち続け、医者の診断を聞いた。倒れた原因は癌だという。進行は既に治療出来る範囲を過ぎており、完治は難しいとのこと。ふざけたことに、医者は彼女が死ぬと言う。元々長くは生きれなかったと。翌日意識を取り戻した彼女はそれを聞いて笑う。満足だと、ワタシを見つめて。
幸い体調は安定していたので、医者に話を通してから、外出の許可をとった。ほんの少しでも、彼女の気分を紛らわせたかった。
すると彼女は動物園に行きたい、ライオンを見てみたいと言った。1日掛け体の負担にならないようにゆっくり回った。車椅子での移動は疲れるだろうに、彼女はライオンを見て歓声を上げた。
夕焼けに染まる頃、彼女は海を見たい、夜の浜辺で花火がしたいと言った。買えるだけの花火と、小さな花の飾りが付いたサンダルを履いて行った。幾つもの火が落ちて、また華やぐ。少しの間だけと、車椅子から立ち上がり浜辺を共に歩いた。彼女は、こちらを見ずに月が綺麗だと、震える声で言った。
およそ3ヶ月後、彼女は息を引き取った。私達が出会って二年目の冬だった。周囲は死後の冥福を祈った。口々に気遣いと慰めの言葉を掛けてきた、ひどく、吐き気がした。
彼女が居ない、無意味な生に戻ったワタシは彼女が入った、小さな石の前で命を絶った。本当に、馬鹿な事だ。