終焉
それは、何もかもが終わること。生命の途絶え、世界の終わり。全てが無に帰すものこそが、終焉を終焉たらしめる要素。
だが、その終わりは予知できるものではない。神でも知らないし、この世界ですら知らない。しかし
(これが、これが…全てが終わる景色なのか。)
ギュウジン丸だけは今この瞬間、全知にでもなったかのような感覚に襲われていた。
『ぁ、あぁあぁぁ…!!』
『終わりだ…終わりだ……』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…』
聞こえてくる阿鼻叫喚の嵐。中には嗚咽を漏らす者もいれば、自決を図る者もいた。
「み、皆さん落ち着いてください!大丈夫です、大丈夫ですから!!」
「どこがだよ!!」
「いい加減なこと言わないで!」
「うっ……」
カスミが声をかけるも、無数の禁断を前に混乱する住民たちは話を聞かない。どこか怒りをぶつけているようにすらみえた。
「お、おいお前らっ!焦んじゃねぇ!!変に動いても危ないだけだろうが!」
「はぁ?黙れ化け物!」
「大体、お前らが勝手にこっちの世界に来たからあんな奴まで現れたんじゃないのか!?」
「そうだ!きっとそうに違いねぇ!」
「本当は守るとか言っときながら俺たち全員皆殺しにするつもりなんだろ!」
「なっ……!?」
鬼丸に心無い言葉を投げる住民。そのあまりの言い掛かりっぷりに思わず絶句してしまう。
その不安はやがて伝染していき……新たなドキンダムX達が舞い降りる時には既に住民の約六割程度がルピコ達を不審に思い始めていた。
避難訓練と言うものがこの世には存在する。文字通り、もしもの時に備えて逃げる練習をする事を意味するのだが……その目的とは、複数ある。
一つが、緊急時に素早く行動できるよう体を慣らしておく為。
二つが、己の身を護る為。
避難訓練としての目的で見られるこの二つの項目。誰もが納得する理由だろう。だがしかし、そこにはもう一つ理由があり──
三つが、混乱を防ぐ為。
であった。
非常時に備えた人間の判断力は、通常と違いある一定の許容範囲内まで落ちる事が少なくなる傾向にある。だが逆に言ってしまえば、そうでもしない限り人間の脳は何処までも狂うことが出来きてしまうとも捉えられるのだ。
人間は弱く脆い。それは主に肉体面ではなく精神面に依存する形で顕になる事が多い。それが今、このような形で顕著に現れてしまっていた。
「どうすんだよ、アレ……」
「…さあ、な。」
後方から聞こえる人々の声。その悲壮に満ちた騒ぎに、少なからずとも影響を受けざるを得ない。グレンは、さっきまでの覚悟を決めた表情を崩し、呆然と空を見つめてそう呟いた。ゼロ・フェニックスもお手上げと言った様子で、珍しく投げやりに返事をした。
焦燥、恐怖、絶望
人の感情は流行病の如く、ヒトからヒトへと移り行くのだ。
「……こんなの、酷いよ…」
「…かの存在にすら気付けんとは。まだまだ私も足りぬ身という事か……くっ…」
チュリンが身体を震わせながらそう言う。バルガライゾウはその姿を見て、一瞬でも倒せたと錯覚し浮かれていた己の未熟さをひたすらに呪った。こんな小さな、だけど希望に溢れた存在一つ満足に守ることさえ出来ないのかと。かけがえのない友を、助けることができないのかと。
「何が目的で、この様なことを……」
「…最期まで付き合います、エレナ。」
エレナは理解できなかった。ここまで強大な存在が、何故こんなちっぽけな星の、人間というか弱い存在を追い詰めるのか。理不尽とは、このためにある言葉なのだろう。そうでも思わないと気が気じゃなかった。主の胸の内を重く受け止めながらも、スペル・デル・フィンは健気にエレナの為に動く。そこに励ましの言葉がなかったのは、彼女自身もまた禁断を前にして「諦め」の言葉が浮かんできてしまったからなのだろうか。
「…姉上。」
「どうした?まさか、逃げるとは言うまいな。」
「……それも、一瞬候補に上がりました。ですが──意味などない。今はそう思っております。」
「…悔しいのう。」
「はい。」
修羅丸は感じていた。今ここで超獣世界に逃げたとしても、直奴らはやってくるだろうと。それはプリンプリンも同様だった。クリーチャーとしての本能だろうが、どこまで行ってもあの存在からは逃げられない。そんな気がしていた。
「奴を見る限りじゃ、どう考えても禁忌の存在だとは思えないな……」
「うん。まるで…尖兵みたいだよね。」
「…逃げてくれても良いんだぞ。」
「ううん、私もモルトと一緒に戦わせて。」
「フ…アイラならそういうと思ったぞ。……悪いな、俺が弱いばっかりに苦しい思いをさせ続けてしまって。」
「そんな事ない。私はモルトの側でモルトを支え続けられればそれで十分だよ。」
「……ありがとう。」
グレンモルトは己の弱さを恨んだ。アイラが残ると言ってくれた時、実は少し安心してしまったのだ。彼とて恐怖心はあったということである。そして、彼女の意志を否定できず、肯定してしまった。
……毎度毎度思う。アイラには迷惑をかけっぱなしだと。
「何なんだアレは……一体アレは、何なんだ!!」
「ダピコお姉、ちゃん…?」
「はっ!?…あ……悪、い…少し……いや、かなり取り乱してしまった。」
「…っ……」
「くっ……」
今まで見たことの無い姉の焦り方に、ルピコが酷く同様する。情けない姿を見せてしまった自分自身に呆れてしまうダピコ。何より、ルピコの悲しそうな目が心に酷く響いてしまった。
「ルピコお姉ちゃん……」
その姉妹の痛ましい光景を近くで見ていたヴィヴィ。そんな彼女に近づく影があった。
「あっ、ブレイヤーさん?どうしたの……って、そんなの聞かなくても分かる…よね。知りたいんでしょ?何が起きているのかを。」
静かに頷くプレイヤーの表情は、何時もよりどこか冴えないように見えた。
「そうだヴィヴィ、お前には説明する義務があるぞ。」
「俺様も聞きたい。余裕を持てる状況でも無くなってしまった見たいだしな。」
「私も知りたい。隠し事をしていた事実は頂けないけど…兎に角、知る権利がある筈。私達を連れ回しているなら尚更。」
まぁ、自業自得ではあるけど……と付け足すアダムスキー。サンマッドやデッドゾーンの様子も見るに、現状が芳しくないのは確かなようで、その事実にヴィヴィは改めて震えた。現実なのだと実感した。
「……私も、実物を見るのは初めてなんだ。ドキンダムX…さっきも言った通り、存在自体は認知してた。でも、どの次元でも出会わなかったしなにより、あの決戦の時───ドキンダムXが一体も居なかったから、本当に存在してるのかなって疑心暗鬼になってたんだ。」
「だから、今の今までオレたちに話してこなかったってか。」
「うん…その事に関しては本当にごめんね。で、ここからが大事なんだけど…ドキンダムXは、禁断の星から生まれる純粋な存在。そして、力もその分強力だってのは説明したけど……本当の特徴は別にまだあるの。それは──」
禁断の星にとって、ドキンダムXはただの兵士でしかないってこと
『!?』
全員が絶句する。開いた口が塞がらないとはこの事かとどうでもいい事を考えてしまうくらい、その衝撃は凄まじかった。
「あの化け物が、ただの兵士?」
「幹部クラス、それこそ私達S級侵略者のような格付けも無く?」
「…うん。それも、無数にいる……みたい。」
ヴィヴィが最後に自信なくそう呟いた。
「みたいって、上のやつら見たらめっちゃ生み出されてるのは分かるけどよ、流石に上限くらいあんじゃねェのか?第一ヴィヴィの禁断の力だって有限だろ。禁断だからってなんでも出来んのかよ。」
「禁断の星は因果すらも超えてくる。私達の想像の範疇を完全に超えた存在だから、何が起きても不思議じゃないんだと思う。私も、正確には分かってないけど…少なくとも、星の数位は居るんじゃないかな。」
「う、嘘……あの見えている分だけじゃ、無いの?」
「……たぶん。」
「デンジャー……封印の様子は?」
「……ごめん、無理矢理ここに来たのが今に来て響いてきてるみたい。」
「…そうかよ。」
目に見えて空気が悪くなる。士気の低下とか、そういう次元ではなくなってきたのかもしれない。場は既にお通夜状態である。
「Q.E.D.」
「……はい。」
「あの数を相手にオール・オーバー・ザ・ワールドはどのくらい戦え」
「無理です。」
「っ……」
「相手をできて三体が限界かと。」
藁にも縋る思いでQ.E.D.に質問するキリコ。だが、帰ってきた答えは非情なものだった。
「…天才の称号が、聞いて呆れますよね。」
「そんなことは…」
「いいえ、万が一という可能性を考慮できなかった私にも責任があります。未知数を相手に、固定観念を持つなど論外にも等しい愚かな行為です。」
Q.E.D.の言う固定観念とは、それ即ち禁断という存在そのものに対しての認識である。何故複数体である可能性を考えなかった?何故禁断とはそれ単体として機能している災厄だと断定していた?何故もっと──慎重に対応できなかった?
「全ては過度な自意識過剰による慢心の結果。そう思って下さい。」
「それを言うなら、私にも落ち度がある。」
こんなのは傷の舐め合いにしかならない。そんなのは分かってる。だけど……それでも、ショックが大きすぎてどうしても言葉を紡がずには居られなかった。
「元々私はこのどうしようもない未来を変えるためにここにいる。使命と言ってもいい。ここには希望があった。禁断をどうにかしてくれる、可能性の原石がそこら中に転がっていた。」
「…否定はしません。」
「……ありがとう。」
Q.E.D.が否定しなかったのは、最期にできる最大限の気遣いだった。エンペラー・キリコの選んだ人間は、この世界は確かなものだったと、労いにも近い意味が込められていたのだ。
「マスター、今更だけど……こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい。」
「巻き込む?どういうことだ。」
「だって…キリコは、この未来が来ることを見据えて貴方達に近寄った。勿論、情が湧いてない訳じゃない、けど……利用するような形になってしまっているのはどうしようもない事実。だから、えっと」
「珍しいな。キリコがこんな馬鹿な事を話すなんて。」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食った様な顔をしているキリコに、カイトは微笑みながら語りかけた。
「キミから出会ったその時から、覚悟は決まっていた。だからどんな話を聞いたって巻き込まれたなんて被害妄想じみた事思わないし、思いたくもない。」
「マス、ター…」
「それに、キミは私にかけがえのない体験を沢山くれたじゃないか。だから謝られるなんて以ての外だ。なんなら私からお礼を言いたいくらいだね。」
「…っ…うぅ」
「!?な、泣いているのかい?」
キリコから聞こえてくる上擦った声に、今までにないくらい驚くカイト。なにせ、キリコが泣くなんてこと一度もなかったもんだから。
「ち、違う…!これ、は……少し、感極まっただけ……」
「感極まった、ね。以前から機械らしく無いとは思っていたが、最近もっと人間臭くなったんじゃないか?」
「それはっ…もう、マスターは分かってて揶揄ってる。私が泣かない事知ってる癖に。」
「さぁ、それはどうかな。」
「むぅ…」
拗ねるキリコ。だが、その表情は前と比べて幾分か柔らかいものとなっていた。
「全く……こうも問題事を増やされると困ったものだよ。私にはまだまだやりたい事が沢山あるんだ。だからキリコ、手伝ってくれないかい?」
「……了解。」
「ん、どうした?返事が遅かったが……キリコには無いのか、やりたい事。」
「……考えたこともなかった。」
「そうなのか。一つくらいあった方がモチベーションも上がるだろう。それこそ、キリコの言う士気って奴が上がるんじゃないか。」
「……なら──もしこの状況を突破出来たら、マスターにいっぱい褒めて欲しい。」
恥ずかしがってる……のかは分からないが、上目遣いで頼んできたキリコに一瞬動揺するカイト。
「…出来れば、頭とかもその……な、撫でて欲しいなんて……」
「分かった。」
「えっ」
冗談で言ったのに、まさかの一発オッケー。呆然としているキリコに対してカイトは、表情一つ崩さずこう答えた。
「キリコが望むなら、幾らでもしようじゃないか。」
「ほ、ほんとに?」
「あぁ、そっちの方がやる気が出るんだろう?”こんな事”で勝てる可能性が少しでも上がるなら、どれだけでもやってやるぞ。」
「マスターの……ばか。」
「ん?何か言ったか。」
「いいえ、なんでもありません。マスター、それより早く禁断の対処に当たろう。」
「っと、そうだった。時間は有限だからね。じゃあ改めて……キリコ、力を貸してくれ。」
「了解ッ、マスター!」
カイトに示された報酬。その存在はキリコの心に確かな炎を灯した。恐らく、自分達だけの力では無謀もいい所だろう。それでもキリコは、諦めない選択をした。
突然見えなくなった未来に、えも言われぬ不安を抱いていたキリコにとって、カイトの存在は正に光そのものだった。
「あ、あぁぁぁぁぁ……ダ、ダメ…ダメダメダメ…これじゃ守れない。守れない守れない守れない守れない守れない……」
「ね、ねぇアンタ…」
「どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら」
「ねえってば!」
「…?」
「…はぁ、これだけ呼んで首かしげるだけか。」
VV-8の様子がおかしい。それに気づいたのは、無数のドキンダムXが出現したすぐ後のことだった。
最初はあまりの光景に呆然としていたJJやルカ達だったのだが、そばに居たVV-8がさっきのように壊れた機会かの如く同じ言葉を繰り返している声が聞こえて、すぐ我に返ったのだ。
「上のヤツらはまだ襲ってくる気配が無いし、そんな悲観的にならなくても良いんじゃない?」
「ダマ…レ……」
「それに、アンタ多分相当アイツにこき使われて来たんじゃないの。そこまでして守る必要なんてあ」
「ウルサイッ!!!」
それは、悲痛な叫びにも聞こえた。
「っ、何よ!これでも優しくしてあげてるのに!大体、あんなヤツの何処がいいのよ。見下すし、他人を蹴落とすし、迷惑いっぱいかけてきたのに。」
「ダマレ!お父さんを悪く言うな!何も分かってない癖に!」
「まぁまぁ、落ち着きなさい二人とも。」
「「だってコイツが!」」
何故か仲良くハモる二人。その事が気に入らなかったのか、更に険悪なムードになっていく。
「はぁ……JJはまだしもヴィヴィ、貴方まで子供っぽい事言わないで頂戴。」
「こ、こどっ……んぅ…分かった。」
「ユルサナイ!ユルサナイ!ニゲルな!コロシテやる!」
「本当に機械でできた子なのでしょうか…?」
「さぁ、私も今疑っている所よ。」
キリコとは対照的にかなり感情的なヴィヴィ。それを見てルカとネロ・グリフィスはギュウジン丸の発言を事実かどうか疑問を持ち始めた。
「貴女の言う通り、今の状況は絶望的よ。」
「…え、ルカ姉?」
突然、らしくない事を口にするルカ。困惑するJJを横目に話を続けた。
「言いたくないし、駄目だと思ってるけど……正直──今の私たちじゃ絶対に勝てないでしょうね。」
「!?」
「……」
「…?」
それは、明確な敗北宣言とも聞いて取れた。JJは放心状態、ネロ・グリフィスはまるで運命を受け入れるかのように目を閉じる。だが、VV-8は何を言いたいのかさっぱり理解できず疑問符を浮かべていた。
「知らないと思うけど私達、これでも相当な修羅場を潜り抜けてきたのよ?ま、偶にご都合的な展開がある時もあったけどね。」
「何が、言いたい?」
「でもそれは、私達が諦めなかった結果が齎した奇跡と解釈することもできる。実際、起きてきたこと自体は全部説明できる範囲の出来事だったらしいし。」
淡々と語るその声音は、生気のないどこか不気味なものだった。
「だから…私、悟っちゃったのよね───」
───あぁ、今回ばかりは無理なんだって。
「あ……」
JJが乾いた声を漏らす。
嫌な予感はしていた。だけど、心が認めたくなくて、魂が無理やり否定していて……でも、現実で起きてしまった。
それによる脱力感と言ったらないだろう。信じていたものに裏切られた気がして、JJは鈍器で頭を強く叩かれたかのような衝撃を受けた。
「思えば、最近妙に上手くいかないことが続いてたのよね。ま、オカルトと言われればそこまで何だけど。兎に角、そんな私達に絶望してしまった貴女を非難する資格なんてないのよ。」
「……っ」
JJが遂に絶句する。
もの一つ言えないのは、呆れたから?それとも失望してしまったから?
違う。そのどれもが当てはまらない。
(私……分かってたんだ。)
自問自答の末、JJはついに自覚してしまった。気づいてはいけない、最後の砦に。
(私もルカ姉と同じなんだ。何も言えないの、多分その所為。)
気づいてない所で、既にJJの心は折れていたのだ。だが、現実を直視したくないがためにVV-8に対して心にもないことを言おうとしていた。それをルカは止めたのだ。何故なら
「それだけ?」
「ええ。」
「……弱い。」
「…何も言えないわ。この話をしたのだって、私がこれ以上惨めだと思いたくなくてした訳だし。自分勝手すぎて笑えてくるわね。」
VV-8に進言するJJが、自分と重なって見えてしまったのだから。
確実に言えてしまうのだ。少し前までのルカなら絶対にJJと同じようにヴィヴィを鼓舞しようと話しかけてしまうと。
だがそれをしなかった。だって、ドキンダムXを前にルカは”一度”完全に諦めてしまったから。闘志を燃やすよりも前に、無理だと思ってしまったから。
だから逆に冷静に物事を俯瞰して見れた。その際に、JJを己の境遇と重ねてしまった訳だ。
「それは訂正してください。」
「いいえ、無理ね。」
「……そうですか。」
JJを見て思った。自分は勇敢という言葉を勘違いしていたと。
今まで、どうしようもない時はその負けん気のある根性と、持ち前の諦めの悪さで何とかしてきた節があった。
事実、それでどうにかなってきたのだ。成功体験は、人の人生観を大きく変えてしまう。一度の経験が、偶々何度も積み重なりルカは勘違いしてしまった。
諦めなければ、きっと何とかなると。
だがそれは間違いだった。
白守進の一件で少し自信を無くしてしまい、そして今回の件で完全に理解してしまった。世の中、どうにもならないことなど幾らでもあると。
モノの分別はつくほうだと自負していたつもりだった。だが、そんな彼女でもシティが崩壊寸前になるまでこんな大事なことに気づけなかった。モノの本質を見誤っていたのだ。若さ故の過ちとは、こういうことを言うのだと身に染みて理解した。
そりゃあ、惨めにも思えてくるだろう。今目の前にいるJJは言わば過去の自分自身だ。何も分かっちゃいない、ひよっこの未熟な自分。そんなの、見てられる訳がなかった。
我ながら酷いと思う。JJの行動を尊重できず私情を挟み無理やり止める。こんなのクズのすることだ。だけど、それでも止められずには居られなかった。
「ごめんねJJ、ネロ・グリフィス。こんな愚かな私を信じさせてしまって。」
今は只々申し訳なかった。恥ずかしいし、苛ついた。それもこれも全部自分に対して。
「そんな事……な、なら私だって愚かだよ!ううん、今愚かになった!だってその…私も、色々見えてなかったって言うか…ね?」
「JJ…」
「謝る必要ありませんわ。私はそんな部分のルカ様も含めてお慕いしておりますので。人間、弱き部分の一つや二つあるものですから。寧ろそこが魅力とも言えますわ。」
「ネロ・グリフィス…」
二人がルカを慰める。恐らく、完全にプライドもズタズタにされた事だろう。そんな彼女の心情を察してか、諦めるという選択肢をとった行為を責めることはなかった。というより、二人も責められなかった。言える立場じゃなかった。
「結局、何が言いたかった?」
少し置いていかれてるVV-8。その質問にルカは憑き物が取れたかのようにスッキリとした表情でこう告げた。
「私は全部諦めたわ。絶対に勝てないし、どうしようも出来ない。でも、抵抗は続けるつもりよ。」
「?どうして、意味がわからない。」
「なんて言うのかしらね…こう、モヤモヤが消え去ったというか……自分の弱さをさらけ出して自覚したから、今気持ちがすっごく楽なの。まぁ、褒められたものでは無い心理状態でしょうけど。私もなんて説明したらいいのか分からないけれど……つまりその…もう思い残す事は何も無いって事?になるのかしら?」
「聞かれても困る。」
「ふふっ、そうよね。」
「要はアレでしょ?前提が変わったって事だよね。」
JJがルカの曖昧な説明を言語化する。
「さっきまでは絶対に勝つつもりで戦ってたけど、今は負けることを前提に、それでも抵抗してみようって、そういうことで合ってるのかな?」
「そう、その通りよ。」
「何ともまぁ、ルカ様らしい考え方ですわ。ですけど……そちらの方が精神的負担が少なそうに思えますわね。」
ネロ・グリフィスの話す通り、これはマインドの問題だ。絶望に打ちひしがれ、震えて動けなくなるくらいなら、前もって諦めてその上で挑んだ方が精神衛生上都合がいい。そうルカは判断した。
……簡単に言えば、自暴自棄である。開き直ったのだ。
だが、勇気と無謀を履き違え特攻して死にに行くよりは幾分かマシかもしれない。そんなどんぐりの背比べをしながらも、ルカはこうした決断を下したわけだ。
「それに、皆やる気はあるように見えるけどその実空元気なのが見え見えよ。」
これを一同が聞けば、全員が全員声を揃えて言うだろう。
痛いとこをつくなと
「ま、でも……だからって手は抜かないわよ。」
「それはそうよ!このまま黙ってやられてたまるかって話だわ!」
「ある意味士気向上……ですのよね、これ?」
「私達らしくていいじゃない。最期くらい、華々しく散りましょう?」
「そんな事、させたくは無いですけどね。」
軽口を叩くルカに、自らの心象を明かすネロ・グリフィス。そんな様子を見ていたVV-8は、先程まで持っていた熱が次第に冷めていく気がした。それと同時に、ふと空を見てみる。
(……赤い。)
無数にいるドキンダムX。まるで砂嵐かのように現れたソレは、既に長い戦いの中で日の落ちていた暗い空を赤く照らしていた。
(確かにこれは、無理か。)
冷めきった思考だからこそ思う。こんなの勝てっこないと。ある意味では冷静に判断できているのかもしれない。
(それでも最期まで……お父さんを、私は守らなくちゃ。)
ルカ達に影響されたのか、VV-8は自然とそんなことを考えるようになっていた。そこには、先程まで取り乱していたVV-8の姿はなかった。これが狙いだったのかは分からない。だが、ある意味でVV-8は覚悟を持つことができたのだった。
「二人とも、最優先は住民よ。いつ何が起きてもいいように構えておきなさい。」
「「オッケー(了解しましたわ)!」」
後ろめたい感情が完全になくなった三人。それが戦いにどう作用するのかは神のみぞ知る所だ。
ルカの掛け声とともに、戦闘態勢へと切り替わる三人。その数秒後に事は起きた。
オ゛ァォ゛アァァァアァ!!!!
『!?』
遂に……ドキンダムXの勢力が動きを見せたのだ。
地上からまだまだ離れているというのに、その禁断達は巨大な槍を何本も携え、空中から投擲され───数万の槍が、雨のように降りしきる。
狙いはなんだ。無差別か、それとも明確な目的を持った攻撃か。各々が思考する。
だが、そんな結論が出るよも槍が地面に突き刺さる方が早かった。
「うぉぉぉぉ!!!」
だから、考えるよりも先に体が動いていた。
「グッ…!うっらぁぁぁ!!」
いつの間にか飛び上がっていたグレンモルトが、複数の槍をガイハートで弾く。しかし、それでも弾けたのは数本である。未だ勢いの衰えない槍を見ながら内心舌打ちをうつグレンモルト。そこに
「守りなさい、オール・オーバー・ザ・ワールド!」
「───!!」
巨体を動かし、槍を薙ぎ払う龍の姿があった。
「危なかった…ありがとう、Q.E.D.!」
「ふぅ…流石に今のは肝が冷えましたね。貴方のお陰で対応が間に合いました。しかし──いきなり、容赦のない攻撃ですね。」
一息ついたQ.E.D.が、額にかいた汗を拭い見つめるその先には
シティの住民の姿があった。
狙われたと察して腰を抜かす者、気絶する者、そして泣き出す者まで、反応は各々違う。
「今ので動けたのは…俺とQ.E.D.だけか……クソッ。」
まだ衝突すらしていないのにこの有様である。この先のことを想像するだけでも寒気がしてくるが、グチグチ言ってる場合でもない。現実を受け入れるしか無かった。
ヴォオオオオオオオ!!!!!
『!?』
とある一体のドキンダムXが咆哮する。
その咆哮を皮切りに、空中にいたドキンダムX達が一同の元へと急激に接近し始めた。
「え?は、はや」
「危ない!」
「!?きゃあ!」
突然の事に理解が追いつかないルピコ。半ば呆然としていた彼女の耳に入ってきた声は、何時もの聞き馴染みのある姉の声……ダピコのものだった。
次の瞬間、ルピコはダピコの腕の中に収まっていた。それと同時に、今まで聞いた事のない様な大きい音がすぐ側で聞こえる。一体何が起きたのだろうか。
「うぐっ!?」
それは、ダピコの苦しそうな喘ぎ声で理解することとなる。
ルピコは、庇われた。ダピコがその場に立ち尽くしていたルピコに飛びついていたのだ。
では、何から庇ったのか。それも直ぐにルピコは理解した。それも
グオオオオオオ・・!
目の前で唸る、禁断を前にして。
「…ぇ?な、何が起こって……っ!?」
禁断がいつの間にか目の前にいる。大切な姉が傷ついている。どちらも衝撃的ではある。だが、それよりも更に驚くべき部分があった。
「あ…えぇ……?」
先程まで自分がいた場所が、地面ごとごっそり抉られていたのだ。そして、ダピコが傷ついた理由もそこにある。
実は、理解が及んでいないだけでルピコはしっかりと見ていたのだ。自分を狙い、空から拳を突き出し落ちてくる禁断のことを。その際に砕けた地面の破片……コンクリートが、勢いよくダピコの頭へと直撃したのを。
「ぐ、うぅ…!」
「っ!お、お姉ちゃん!!!」
頭から血が垂れているダピコ。それを心配して、馬乗り状態になっていたルピコが咄嗟に起き上がりダピコに肩を貸した。
「大、丈夫っ…だ…!まだやれる!」
「ダメです!無理しないで下さい!」
足取りが覚束無いダピコ。どうやら当たり所が相当悪かったらしい。
ダピコの視界はぼんやりとしていて、地震が起きた時のようにグラグラと揺れていた。耳鳴りも酷い。
幾らクリーチャーと言えど、高速で飛んでくるコンクリート片が当たればダメージも受ける。しかも攻撃したのは禁断だ。威力から逆算すれば、そのコンクリート片がどれ程のスピードで飛んでいたのかなんてすぐ分かる。ただのコンクリートでさえ、禁断の手によれば生き物を殺す兵器と成りうる。
「プ、プレイヤーさん…!お姉ちゃんが、お姉ちゃんがっ……!」
涙目になりながらプレイヤーにどうにかならないかと訴えかけるルピコ。プレイヤーは、運良く攻撃地点から少し離れていたため、予め召喚していたクリーチャーを使い難を逃れていた。
まぁ、ルピコを守るには少し時間が足りなかった訳だが。
「誰か、誰か助けを……ぁ…」
ヴゥゥゥ……
じっとこちらを見据えてくる一体の禁断。目がキラリと紅く光り、まるで獲物を見つけた肉食動物かのような振る舞いを見せてくる。
相手がライオンならば、こちらは精々鼠程度か。そう思えるほどに、禁断の放つ威圧感は凄まじかった。
「ピィッ……」
心臓の鼓動が早くなる。蛇に睨まれた蛙のように、全身がまるで石像かのように、その場で動けなくなる。
おかしい、さっきまでは禁断を倒そうと躍起になっていたはずなのに。それが今では怖くて堪らない。
何時もルピコを安心させてくれていたプレイヤーの存在が、今は意味を成していなかった。
ヴォォオオォォォォォォ!!!!!!
明確な殺意を持った一撃。それも、拳ではなく平手での攻撃。まるで蚊を叩き潰すみたいに迫るソレは、今までの受けたどんな殺意よりも恐ろしく、そして───最後までソレは、不気味であった。
「んっ……!」
ふるふると肩を震わせながら、死を目の前にした恐怖という感情に抗えずただ"その時"待つだったルピコは、瞼を強く閉じた。
「………?…っ!?プ、プレイヤーさん!?」
いつまで経っても痛みが無い。不思議に思ったルピコが静かに目を開くと、そこにはプレイヤーの召喚していた数体のクリーチャーがいた。
そのクリーチャー達が身を呈してルピコたちを守っており、押し潰さんとする禁断の手を寸でのところで抑え留めている。
「これは、どうなって……わあっ!?」
状況を知るよりも先に、プレイヤーがルピコの手を引く。禁断の掌の範囲外へと、誘導するつもりなのだ。ダピコに肩を貸しつつも、それでいて恐怖で足が動かなかったルピコにとってこの行動はとても有難いものだった。
荒い息を立てるダピコを気にしながらも、何とか影のない場所にまで移動する。その時だった。
バタン!!
と、禁断の手が地面へと叩きつけられる音がした。それと同時にかなりの量の砂埃と、衝撃波をルピコ達は受ける。
「ピイィィ…!」
ルピコが悲鳴をあげる。それと同時に三人は軽く吹き飛ばされてしまい、地面へと叩きつけられた。
「うくっ……いっったぁ…はっ!?お、お姉ちゃん!!!大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……一応は、大丈夫、だ…!」
「よ、良かった…!プレイヤーさん!プレイヤーさんはどうで……す…か…」
安否を確認するために、ルピコがそばに居たはずのブレイヤーに声をかけようとする。だが、その時目に飛び込んだ光景のせいで、ルピコは
多分、完全に心が折れたのだと思う。
「ひっ」
そこには、右足を抑えながら蹲るプレイヤーの姿があった。声こそ押し殺しているものの、鼻息は荒く苦悶の表情を浮かべている。目は血走っており、冷や汗も尋常ではなかった。
「ぁ……プレイヤーさん!!!」
瞬間、ルピコは急いでプレイヤーの元へと駆けつける。無論、ダピコも同様にである。
「どうしたんですかプレイヤーさん!?あああ、足がっ!足が痛むんですか!?」
プレイヤーの異変に感化されるように、ルピコもパニックになる。慌てて状態を確認しようとプレイヤーが抱えている部分を触ろうとするも
「止めろ!」
とダピコに静止された。そして次にダピコは、深刻な表情を浮かべながらプレイヤーの足を見て一言、こう告げた。
「皮膚が……腫れ上がっている…!」
ダピコの宣言通り、プレイヤーは先程叩きつけられたせいか足、それも脛の部分が目に見えてわかるくらい隆起していた。
理由なんて考えても仕方がない。当たり所がとにかく悪かったのだろう。ルピコやダピコは腐ってもクリーチャーだ。人間よりも強度は優れている。忘れていたが、プレイヤーはただの人間。クリーチャーを扱えるだけのただの人間だった。骨が折れてないだけ、マシなのかもしれない。
ルピコは感覚が完全に麻痺していたのだ。何度も何度も戦いを共にしていくから、いつの間にかプレイヤーは居て然るべき存在なのだと、そう誤認してしまっていた。バイアスがかかっていた。
「そん、な……どう、すれば…私、プレイヤーさん無しじゃ何も」
「ルピコ。」
「……?」
「どんな時も、最期まで一緒にいような。」
「…………へ?」
グヷァァァァア゙ァア゙!!!!!
ザクッ
「……あ」
終わりは意外と呆気ない。ルピコは呑気にもそんなことを考えていた。だがこれは余りにも……救いが無さすぎではないだろうか。
「は、ははは……」
乾いた笑いが出てくるルピコ。目の前の禁断が勝利の雄叫びを上げている。そんな禁断の背後から次々の着地する禁断の姿を見て、もはや考えるのをやめた。仲間が助けに来れないのも、大量にいる禁断のせいだろう。
真の絶望。それを今じっくりと味わっている彼女の胸には
一本の赤黒い槍が突き刺さっていた
仲間の描写がくどいかもしれませんが、ここら辺が全員を描き切れる最後の機会だと思い無理やりねじ込みました。けっして、けっしてかさ増し回などではありません!飽くまで禁断の絶望感を描写したかっただけなのです!