ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索   作:まるっぷ

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第8章『より深きへ』

 

扉を上げ、提灯(ランタン)に明かりを灯す。

 

一党全員が部屋に入った事を確認した狩人は壁から顔を覗かせて、この先に広がる広大な玄室を見やる。

 

「……獣が二体。奥には梯子がある。罠の類は無いと見て良いだろう」

 

「ふむ……」

 

伝えられた情報から、ゴブリンスレイヤーは兜の奥で思案する。

 

自分たちは『獣』との戦闘においては素人も同然。対して目の前にいる狩人は、それにおける専門家である。

 

であれば、ここは()()を知る事に徹するべきだ。

 

「頼めるか」

 

「無論だとも」

 

ゴブリンスレイヤーからの返答に、狩人は松明を短銃に持ち替えて、そう答えた。

 

 

 

§

 

 

 

石畳を削る爪の音。

 

腐臭を伴う生温かい吐息。

 

蕩けた瞳に映るのは、薄暗い玄室の景色。

 

己が何者なのかを獣は知らない。そのような思考すら存在しない。

 

内にあるのは血への渇望のみ。肉を引き裂き、そこから溢れ出る血を啜る事への執着だけが、獣を動かしていた。

 

血を、血を!

 

獣は鼻をひくつかせ、求めて止まない獲物を探し続ける。

 

「!」

 

そして、見つけた。

 

玄室に反響する靴音の主は、自身の存在を隠そうともせず獣の前へと姿を現した。

 

「GOAARRRR!!」

 

蕩けた瞳を丸く裂き、獣は獲物へと襲い掛かる。

 

人の頭など容易に噛み砕く凶悪な顎が開かれ―――その口腔目掛けて、一発の弾丸が撃ち込まれた。

 

「GYAGR!?」

 

突如、口の中で弾けた激痛。

 

望まぬ血の味にのけ反る獣に、獲物は……狩人は、ゴキリと右腕を軋ませる。

 

「ふん」

 

つまらなそうに鼻を鳴らすのと、その右腕が()()されたのは同時だった。

 

獣の皮膚を抉り、胸骨を粉砕し、筋肉と内臓をかき分け、その奥にある背骨を引っ掴み、引きずり出す。真っ赤な血が噴き出し、狩人を赤く染め上げた。

 

命の支柱を抜かれた獣は速やかに絶命し、物言わぬ血袋へとなり果てた。

 

「GAARRAAA!!」

 

その音を聞きつけた二体目の獣が、血塗れの狩人へと走り出す。

 

背骨の欠片を床へと投げ捨てた狩人は、その手にノコギリ鉈を携え、ずかずかと大股で近付いてゆく。

 

両者の距離が無くなる直前、獣はその鋭い爪で襲い掛かる。対する狩人は獣の懐に潜り込み、同時に手中の得物を振るった。

 

「GAGURR!?」

 

噴き出す獣血。

 

腕の健を削り取られた獣は勢いのまま、冷たい床に倒れ込む。そんな隙を、狩人が見逃すはずもない。

 

ノコギリ鉈を変形させた狩人が、その肉厚な鉈で以て、獣の両脚を斬り飛ばす。

 

「GORGA―――!」

 

激痛に次ぐ激痛。血への渇望にも勝る本能の叫びすら、狩人は許さない。

 

断末魔の叫びを上げるよりも早く、狩人の鉈が獣の頭蓋を割り砕く。

 

一振り。二振り。三振り。

 

獣の頭部が幾つかの肉塊になった四振り目にして、ようやく狩人の動きは止まった。

 

「……ふむ」

 

足元の血溜まり。

 

そこに浮かぶ骨と肉に視線を落とした狩人は―――ぐちゃり、と、それらを丹念に踏み潰した。

 

「片付いたぞ、君たち。もう出てきて良い」

 

靴底にへばり付いた赤い欠片を床から引き剝がしつつ、狩人は何事もなかったかのような口調で、一党へと合図を送る。

 

「……なんっちゅうか、もう無茶苦茶じゃの」

 

「獣は生命力が高いからな。時間がある場合は、この様に念入りに殺す事としている」

 

「そう言う事じゃなくて……ああ、もういいわ」

 

鉱人道士の言わんとしている事を全く理解していない狩人の返答に、妖精弓手は頭に手を当てた。

 

蜥蜴僧侶はと言えば、狩人の戦いぶりに感心するばかり。種族的に荒々しい戦闘を得意とする事は理解しているものの、出来れば参考にしないで欲しいなぁ、と、女神官は密かに思った。

 

「ゴブリンスレイヤーさんもですよ?」

 

「そう簡単に真似できるものでもなかろう」

 

念の為、ゴブリンスレイヤーにも釘を刺しておく女神官。

 

「だが、覚えておいて損はない」

 

「……そうですか」

 

「そうだ」

 

氷菓子の作り方でさえも、小鬼退治には役立つものだ。

 

知識はいくらあっても重荷にはならない。故にこその言葉であったが、女神官が頭を痛めるには十分なものであった。

 

「さて。これから如何に動きますかな」

 

蜥蜴僧侶はちろりと舌先で鼻を舐めつつ、次はどう動くか意見を求める。

 

広大な玄室には梯子が一つ。狩人と一党がいる場所から見て、ちょうど右側に位置する。

 

そして左側には横穴が一つ。石造りの壁にぽっかりと空き、木の根が暖簾(のれん)のように垂れ下がっている。

 

「先に上から調べましょう!」

 

「んで、その心は?」

 

「宝物があるかも!森人(エルフ)の勘!」

 

「阿呆」

 

わいわいぎゃあぎゃあ。

 

妖精弓手と鉱人道士の騒がしい声を背に、ゴブリンスレイヤーと狩人が短く答えた。

 

「横穴からだ」

 

「横穴だな」

 

声を揃えてきっぱりと言い切った両者。そこには洞窟や砦での小鬼退治に長けた者と、聖杯ダンジョンの経験者との共通認識が存在していた。

 

「上に行けばそれだけ引き返しづらくなる。先に調べるならば、まずはあそこからだ」

 

「不測の事態が起きたとしても、ここまで戻れば立て直せる。獣を狩るならば広い場所の方がやりやすい」

 

「なるほど。道理ですな」

 

異論の唱えようのない真っ当な意見だ。

 

これが冒険ならば彼女の意見も通ったのだろうが、今回は小鬼退治である。獣も闊歩する迷宮である以上、専門家たちの意見には従わざるを得ない。

 

「……と、言う事らしいです」

 

「むぅ、しょうがないわね」

 

女神官が苦笑する傍ら、妖精弓手は子供のように頬を膨らませた。

 

そんな彼女の心中を(おもんぱか)ったのか、狩人が口を開く。

 

「君が気に入るかは分からないが、宝箱ならばよく見かけるな」

 

「あら、そうなの?」

 

「ああ。俺も中身を確認する際には、未だに心が躍る」

 

迷宮に宝は付き物。その常識はここでも同じだったらしく、妖精弓手の長耳がぴくぴくと揺れ動いた。

 

「やっぱり迷宮と言ったら宝物よね!で、最近だと何を見つけたの?」

 

「頭蓋骨だ」

 

「…………え?」

 

「正しくは『聖者の頭蓋』と言う。貴重な儀式素材の一つなのだが、出来れば『落とし子』の方が有難いな」

 

あれは手に入れるのに苦労するからな。と、自身の常識を披露する狩人。

 

儀式素材は直接入手するか、啓蒙と引き換えに使者から購入する以外の方法はない。そうして手に入れた素材を捧げ、作成された聖杯ダンジョンに挑み、より強大な獣を狩る力を得るのだ。

 

「だが、そればかりに固執しては本末転倒というものだ。力を求めるばかりに、聖杯ダンジョンに囚われてしまう者たちも多くいる。そのような者たちを総称して『地底人』と呼ぶのだが……っと、すまない。話が逸れたな」

 

ついつい喋り過ぎてしまった狩人は、存外にこの状況を楽しんでいるのやも知れぬと理解する。

 

狩人とは基本的に孤独なもので、他者と行動を共にする事などそう多くない。彼らとの思いがけない出会いに獣狩りの本分は忘れずとも、知らずに心は浮ついていたようだ。

 

「ともかく、聖杯ダンジョンに宝箱は付き物だ。欲しいのならば君に譲ろう」

 

「いらないわよ!」

 

四方世界と、狩人の生きる世界における認識の違い。それを痛感した妖精弓手は、金床を叩いたような声で喚き散らす。

 

二人のやり取りと見ていた鉱人道士は、もはや処置なしと酒瓶を呷った。

 

 

 

§

 

 

 

横穴を抜けると、そこには地下へと続く階段があった。

 

進んできた道を折り返す形で下へと延びる石造りの階段の先は暗く、カビ臭いじっとりとした空気も相まって、女神官は息苦しさを覚えた。

 

「雑に掘った横穴かと思えば、階段かいや。全く訳が分からん構造だわい」

 

「それが聖杯ダンジョンというものだからな」

 

眉をしかめる鉱人道士に、松明を掲げ先導する狩人が言葉を返した。

 

現実にではなく、狩人自身の夢の中にのみ存在する迷宮。誘い込み、迷い込ませ、殺す。

規模の大小に関係なく、そのような悪意を内包するからこその聖杯ダンジョンなのだ。

 

「ところで、君たち。殺すべきゴブリンの数は把握しているのか?」

 

下へ下へと伸びる階段を降りつつ、狩人は一党に問いかけた。

 

答えるのはもちろん、ゴブリンスレイヤーだ。

 

「断言はできんが、恐らく三匹程度だろう」

 

「ならばあと二匹か。ちょうど階層の数とも合致するな」

 

聖杯ダンジョンとは多くの場合、第三層が終着点となっている。つまり各階層の番人とも呼べる存在も、三体までだ。

 

第一層で現れた小鬼巨大豚(ゴブリングラッドン)

 

これがゴブリンスレイヤーたちが退治するはずであったゴブリンの内の一匹であるとすれば、残る二匹も何らかの変貌を遂げている可能性は大いにある。

 

「だとすれば、各階層の隅々まで調べる必要はない。扉を開ける仕掛けを見つけ出し、奥に潜むゴブリンを殺せば良い」

 

「ふむ……それが最善か」

 

ゴブリンは殺さねばならず、聖杯ダンジョンも踏破せねばならない。さりとてこの迷宮は悪意に満ちており、長く留まればそれだけ命が危険に晒される。

 

速やかに目標を達成する為の最善策に、ゴブリンスレイヤーも兜を傾け賛成の意を示した。

 

「ま、確かにの。無駄な戦闘は避けるに越したこたねぇわな」

 

「拙僧としては、一度くらいは獣どもとやり合ってみたいものですがなぁ」

 

「……それ、すぐに叶いそうよ」

 

鉱人道士の言葉に蜥蜴僧侶がそう返した、その時。

 

妖精弓手の長耳がぴくりと動いた。口調は軽く、しかし眼差しは鋭く、口を真っ黒に開いた階段の先を見据えている。

 

「ゴブリンか」

 

「ううん、違う。けど……一匹二匹じゃないわね」

 

やがてその音は、狩人と一党の耳にも届き始めた。

 

硬い石床を蹴る音は、靴のそれではない。薄い肉を叩きつけるような音が、複数。

 

静かに腰を落とす狩人と、剣を構えるゴブリンスレイヤー。妖精弓手は矢を番え、蜥蜴僧侶がその巨体を鉱人道士と女神官の前へと滑り込ませる。

 

そうして、それらは現れた。

 

「VOROOOOORR!!」

 

死蝋のように白い肌に、人とはかけ離れた恐ろしい形相。

 

腰蓑すらも身に着けていない長身瘦躯の異形の者どもは、短剣や鉈を手に狩人と一党へと襲い掛かる。

 

死に損ない(アンデッド)……!?」

 

「いいや。奴らは守り人だ」

 

女神官の驚きの声と共に、妖精弓手が放った矢が一体の白い異形……もとい、守り人の額に突き刺さる。

 

のけ反った守り人の前へと躍り出た狩人は、低い姿勢からすくい上げるようにしてノコギリ鉈を振り抜く。(へそ)の辺りから額までを一直線に削り取られ、その守り人は絶命した。

 

現れた守り人は合わせて六体。一体は今しがた殺したが、三体が狩人の脇をすり抜けゴブリンスレイヤーたちの元へと押し寄せてしまう。

 

「頭部を狙え!」

 

「承知!」

 

手の離せない狩人から飛ばされた助言に、蜥蜴僧侶は高らかに言葉を返す。

 

異常な生命力を有しているとはいえ、体格においては蜥蜴僧侶の方が圧倒的に上だ。

 

振るわれた鋭い爪は守り人の顔を切り裂き、唸る尾はその痩躯の首を容易くへし折る。倒れ込んだ二体は瞬く間に、続く第二撃によって頭を粉砕される事となった。

 

「VORORRO!!」

 

一方でゴブリンスレイヤーは、襲い掛かって来た守り人の短剣を構えた円盾で防いだ。

 

腕に伝わる衝撃は、慣れたゴブリンどものそれより重い。しかし、田舎者(ホブ)ほどでもない。

 

なれば、どうとでもなる。

 

がら空きの喉元目掛け、剣の切っ先を突き立てる。

 

「VOG……!?」

 

ごぽりと血を吐く守り人。しかし、油断はしない。

 

ゴブリンスレイヤーは剣を握る腕に力を込め、頸椎を破壊。その拍子に剣も根元から折れてしまうが、彼は別段気にする事もなかった。

 

「無事だな、君たち」

 

狩人が一党へと語り掛ける。その足元には、残る二体の守り人が血溜まりの中で死んでいた。

 

時間にしてほんの数十秒。一党にとってほぼ初陣となる聖杯ダンジョンでの戦闘は、見事勝利を収めた。

 

「ええ。ちょっとびっくりしたけど」

 

「初見だったが、あの分ならどうにかなりそうな連中じゃの」

 

「今後もああいった輩が出てくるだろう。引き続き油断せず……む」

 

ノコギリ鉈に付着した血を振るい落としていた狩人の視線が、ふとゴブリンスレイヤーの手元を映した。

 

「君、武器が壊れているぞ」

 

「問題ない」

 

狩人の言葉にゴブリンスレイヤーは折れた剣を投げ捨て、代わりに守り人の落とした鉈を拾い上げる。更には短剣も拾うと、それを腰に巻かれたベルトの隙間へと叩き込んだ。

 

「よし」

 

ごく自然に行われたその動きに、狩人は理解の出来ないものを見る目でゴブリンスレイヤーを見る。

 

武器が壊れるのは仕方ない。どれだけ修理、点検を欠かさずとも、壊れる時は壊れるものだ。

 

しかし壊れる前提で粗雑な武器を使い続け、失えばその場で調達すれば良いとは……獣という存在を狩り続けてきた身には到底理解できないゴブリンスレイヤーの言動に、狩人は答えを求めるように一党を見た。

 

「正気か、彼は?」

 

「はい。いつもこんな感じです……」

 

妖精弓手と鉱人道士はそっと視線を逸らし、蜥蜴僧侶は愉快そうな笑みを(たた)えたまま。

 

女神官が狩人の問いに答えるのは、必然であった。

 

「……狩りに優れた狩人は武器を選ばないと言うが、そういう事か?」

 

「オルクボルグの場合、手段も選ばないわよ」

 

どうにか自身を納得させる狩人に、妖精弓手がぼそりと呟く。

 

ともあれ。

 

突如の襲撃を乗り越えた狩人と一党は、歩みを再開するのであった。

 

 

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