第八話 サウダージ
Vの朝食は割と適当だ。
以前のような腹一杯になるまで朝ラーメンを平らげる時もあれば、買い置きのシリアルを牛乳で流し込んでそのまま外へ出る時もある。
今日は何故だか甘味をたっぷり摂りたい気分だったらしく、食パン2枚をトースターに入れた後、冷蔵庫からベーコンと適当なジャム、そしてピーナッツクリームを取り出してフライパンを温めておく。
そして忘れてはいけないのがバナナ。少し斜めにスライスしたらベーコンと一緒に焼き目が付くまでしっかり火を通すのがポイントだ。これだけで甘みの引き立ち方だいぶ変わってくる。
最後に焼き上がったトーストの片面ずつにピーナッツクリームを塗ってベーコンとバナナをトッピング、ジャムを真ん中にしてパンで挟めば…V風エルビスサンドの出来上がりである。
伝説的歌手の名を冠したこのサンドイッチはオリジナルと比べて幾らか油分や脂質が少なく調理されており、本来はここから揚げたり砂糖を全体にまぶしたりとやりたい放題しているので、ある意味で健康志向の食べ物、つまり実質0カロリーといって差し支えないだろう。
こうして完成したトーストを歯切れ良く齧れば、とろりとしたバナナとピーナッツの香りが口一杯に満ち、ジャムの甘味とベーコンの塩味がガッツリと脳に突き刺さる。
飲み物は定番のオレンジジュース。
ただし日本で出回るような甘ったるい味付けではなく、果汁100%のほのかに苦いフレッシュタイプが口の中をさっぱりさせてくれるので、実によく合う。
「アーイイ…遥かに良い……」
日本語吹き替えソフトが少しだけバグるが、寝ぼけていた所に叩き込まれた高カロリー爆弾によって脳が覚醒していく。
残りを口に咥えながらリビングへ足を運ぶと、同居人のコユキがソファーの上でぐーすかイビキを立てて爆睡していた。
テーブルには昨日発売されたばかりの新作ゲームと携帯ゲーム機。食べかけのアイスやポップコーン、クッキーが放置され、毎回飲み切れないくせに買ってくるコーラの2ℓペットボトルまで散乱している。どうやらVが眠った後を狙って夜中に宴を開いたらしい。
女性らしさをかなぐり捨てた様子に、彼女の将来が心配になってしまうが、グチグチと文句を言うのも御門違いと、起こさないよう隣に座ってテレビニュースに目を向ける。
……先日のシッテムの箱への強制アクセス以降、脳内サイバーウェアが不調気味なVはこれ以上の負荷は看過出来ないとして、修理の目処が付くまでネットに接続するような機能は極力使わないようにしていた。
そしてテレビ画面には朝方という事もあってバラエティ要素が控えめな記事がアナウンサーによって黙々と読み上げられていく。
ーーー先生の就任とシャーレという組織について。
ーーーペロログッズの転売が深刻化。トリニティの街頭インタビューで匿名ファンが熱く語る。
ーーーキヴォトスの犯罪率増加に伴う外出時の注意事項。
ーーー砂漠化が進むアビドス自治区に更なる異変?
「ん…」
聞き流していたニュースの一節に興味を唆られたV。改めて詳細を聞いてみれば…なんて事は無い。過疎が続くアビドスにも美味しいラーメン屋があるという、センセーショナルな題名だけのトピック記事だった。
しかし、画面には映る光景に違和感を覚えた。画面では芝犬の店長が少し恥ずかしげに店の前でインタビューを受けていたのだが、その手前の道路に珍しい形の轍を発見したのだ。
V脳内フォルダに収めておいた画像や各種データを検索して、画面の映像と照らし合わせていく。
数分後、その嫌な予感は当たってしまう。
「……カイザーPMCだと?」
揺り籠から墓場まで、なんて節操なく多職種に手を伸ばすカイザーコーポレーショングループの中でも、系列PMC専用に開発された局地仕様タイヤ痕とニュースで見た轍の映像が一致していた。
(確かこいつに対応している車種は中量級以上の装甲車のはず…それがアビドスに? しかも轍の数からして一台や二台じゃないな)
進行方向から推察する行き先はどれもとっくの昔に砂へと沈んだ僻地ばかりで、砂の上にもはっきり残っている点から走り去ってからそう時間が経っていない事も伺える。
ピクニックで足を運びましたと言い訳するには、少々重武装過ぎるというものだ。
加えてVの興味を引いたのはカイザーコーポレーションという企業そのもの。ナイトシティ時代から筋金入りのコーポ嫌いを患っていたのと、ブラックマーケット内でも幅を効かせていた事に不快感を覚えて、思い切り喧嘩を売ること数十回。
特に、話の分別が付くプレジデントやジェネラルはともかく、昔気質の根性論を振り回す理事とは完全に水と油の関係で、彼の操るパワーローダー・ゴリアテとタイマンを張った回数は片手では数え切れないほど。
…コユキからは逆に仲が良いのでは? と思っているが本人達は毎回、相手がスクラップになるまで叩き潰そうとしているので真偽は二人にしか分からない。
「……一度、探りを入れてみるか」
そんな事情からV本人が出しゃばると話が大きくなるのは必至。ならばと調査依頼を出すべく知り合いの傭兵にモモトークを送る。正式に依頼するにはフィクサーとしてのコユキの承認が必要だが、彼女は未だ夢の中…どころか、いつの間にかVの膝を枕代わりによじ登ってまだ安眠を貪ろうとしているので、しばらくは起きないだろう。
『案件有り。アビドス自治区への調査』
そんな端的な内容を送った先は傭兵稼業もこなす便利屋68。
とあるキッカケでVから支援を受けている何でも屋だ。
基本的に社長であるアルのワンマン?経営で決定権は全て彼女のものだが……込み入った話をする場合はコチラも課長の席に座る彼女に話を通した方が早かったりする。
「……別に、何も隠して無いって言ってるでしょ!」
私がVとの打ち合わせに出向いたのはお昼ちょうどの時間帯だった。
そこはブラックマーケットから少し離れたゲヘナ自治区寄りの商店街。人通りが多い表通りを歩くのがしんどかった私は自然と路地裏に足を運んで、約束した時間が来るまで一時の癒しを見つけてたんだけど…アンドロイドの癖にやたらねちっこい奴に捕まってしまった。
「だったラ、後ろに隠したもノを見せテみなさイ!」
「だから…関係無いって言ってる!」
「お前みたいナ顔をしたヤツは、すぐ人を騙すからな! 信用できナい」
「ちっ…」
どうやら顔つきと態度を見て職質紛いのいちゃもんを付けているらしい。確かに私は他の子達と違って可愛く無いし、愛想も無い。見ただけで怖がられるもの何度も経験してきた。だけどそれだけで犯罪者だと騒ぎ立てられるのは納得がいかない。
…咄嗟に背中へ隠してしまった子猫が怯えたように鳴くのを必死であやす。
悔しさと自分の容姿が誤解を生む要因になっているのが悔しくて、思わず俯いてしまう。
…すると、アンドロイドの後ろの方から小さな影が近づいているのが見えて顔を上げてみると、悪戯っぽい笑みを浮かべて忍び寄ってくるVの姿があった。
それだけでこれから何が起こるのか分かってしまった私は、思わず呆れたような苦笑いを浮かべてしまう。
そんな表情の変化を舐められていると勘違いしたアンドロイドは怒りを露わにしたが、次の瞬間。銀色に輝く腕が首に巻き付いて、堪らないといった様子で膝を突く。
「なッ…何者デすか……!」
「よう兄弟。マラコック卿も無いのにナンパとは精が出るな」
「はぁ? 何を行ってル…グっ!?」
…本人の言う通りなら、Vの全身に至るクローム改造は皮膚まで装甲化するに至り、その総重量は成人男性すら容易に上回るらしい。
突然の横槍に不快感を覚えたアンドロイドは何とか一矢報えないかと思案しているようで、止せば良いのに懐に携帯していた拳銃を取り出してしまう。
そんな“明確な敵対行為“をVが見逃す筈もなく、銀腕から真っ黒な刃が飛び出したかと思えば、目にも止まらぬ速さで銃身を両断した。
「ヒぃッ!?」
「随分と小さいナニだな。……次は首を刎ねるぞ、三下」
感情を殺した一言ともにワザとアンドロイドの拘束を解くV。
臨死体験に近い緊張で溢れる寸前だった感情が、急に現れた脱出の糸口という誘惑に耐えられるはずもなく。
「す、すみませんでしたー!」と脱兎のように走り去って行った。
「……やり過ぎ」
「こういうのは舐められたら終わりなんだよ。分かってるだろ?」
「………礼だけは言っとく」
胆力で物事を押し進めるやり方は好きじゃないけど、無闇矢鱈に暴力を振るわないのを知っているので、お礼だけは口を出しておく。
「に〜」
子猫も助けてくれたのが嬉しいのか、自分から顔を出して鳴き声を上げた。
「おっと、コイツは可愛らしいお姫様じゃないか」
こう見えて昔は猫だけでなくイグアナまで飼うような動物好きだったらしいVは、手慣れた様子で子猫を抱き寄せて可愛がっている。
……何となく気に入らない。
「善は急げって言うし、私について来て。いい感じの…事情が分かる喫茶店を見つけたんだ」
「そりゃあいい。日本のコーヒー好きは期待出来るからな」
ちなみにVに聞いた話によると。
低価格で提供される缶コーヒーの存在や、ブラックのまま充分飲めるクオリティの高さは日本発祥らしく、格好付けてブラックばかり飲む社長も白目を剥いて驚いていた。
また、アイスコーヒーという文化も日本独自のもので、海外ではメニューにすら乗っていないとの事。
…こんなこんなで、先ほどの喧騒などまるで無かったかのように私達は並んで歩き出す。
会話らしい会話こそ少ないが、決して仲が悪いわけでは無い微妙な距離感。
便利屋の騒がしい雰囲気も好きだけど、たまにはこういう落ち着いた空気も吸いたくなってしまうのはワガママかもしれない。
実際、依頼の取りまとめは私しか出来ない仕事だし、あの鬱陶しいフィクサーを通さずにVと二人きりで話せる機会は珍しいから直接会って話してもバチは当たらないと思う。
「…ところで【陛下】の機嫌はどうだ?」
「ん? まぁいい感じ、かな。ちょっと重いのが気にかかるけど」
「おっ、不敬か?」
「ばーか」
とある事件以降、便利屋全員にVから貸し出されたのはアイコニックと呼ばれる一流の武器類だ。
中でも陛下の異名を持つ私のハンドガンは、ユニティ HER MAJESTY。
隠密任務向けに徹底改造された代物で、以前の持ち主からはその信頼性と性能から寵愛を受けた名銃と聞いてる。
Vのマロリアン・アームズは原型が無くなるほどの大改造だったのに対して、こちらは部品の素材から拘った緻密なカスタム品として、対極の関係にあるらしい。
無論、他のメンバーにも一角の武器が貸与された。
社長には、ナイトシティという場所でも最新鋭に位置する超重量のスナイパーライフル。
ムツキには、機関銃クラスの連射性を持つアサルトライフルと、馬鹿みたいな威力の手榴弾。
ハルカには、凄まじい威力と引き換えに尋常では無い反動を持つショットガン。
どれも癖はあるが一級品なのは間違い無く、私達が神秘を込めれば風紀委員長のような例外以外は問題なく対処出来ると断言出来るくらいだ。
やがて私達はそれなりの世間話を挟みつつ目的地である喫茶店に到着し、店長に目配せしてから奥の席へ移動する。そして互いにアイスコーヒーを頼んで話を始めた。
「それでアビドスの調査って、あんな砂だらけの場所の何処の何を調べるの?」
「それなんだが…まず砂漠の何処かにあるであろうカイザー系列の中継機を探して欲しい」
V曰く。
アビドス自治区でカイザーコーポレーションが悪巧みを企んでいる可能性が高く、その足取りを直接掴むのは難しいが、複数設置されているであろう連絡用の電波中継機を探して欲しいらしい。
「衛星通信の可能性も高いが、それでも保険として通常無線の予備は用意しているはずだ。そいつを見つけて仕掛けを施してくれ」
「…成程ね。でもこれってワザワザ私たち便利屋に頼むこと? 見つけるだけならそこら辺の傭兵でも充分だと思うけど」
「戦闘の可能性が無ければ、な」
事前の下調べにより、現在のアビドス自治区はやたらとヘルメット団が暴れ回る危険地帯になっているらしく、実力が拮抗している連中では失敗の要因になるだろう。
「というかそっちも怪しいんだよな、ソイツらは専らブラックマーケットのフィクサーを通さない格安の傭兵ばかり雇ってる癖に装備だけは異様に整ってる。…ソイツらの情報もあれば追加の報酬を弾むぜ」
どうやらVの中では随分ときな臭い場所になっているらしい。軽い気持ちで打ち合わせに来たが、一度みんなと話し合うべきだ。
その後も細かな取り決めを繰り返して、双方が満足出来る条件が整った頃には日は既に落ちかけた夕方の時間帯だった。
「あっ……」
不意の小さな驚きが喧騒もそこそこの夕暮れの街並みに消えたかと思えば、楽器屋の前でカヨコとVが並んでいる。
「新作のギターがもう並んでる」
「この前言ってたヘビメタバンドのレプリカか…ファンなら揃えておきたいところだな」
「でも聞くのと弾くのとは全然違うから。…購入は考えてないかな。楽器は奏でてこそだと思うから」
音楽のジャンルにおいてVはロックを。カヨコはヘビメタを嗜む。
ここにジョニーが居れば「ヘビメタなんざロックの二番煎じを狙った鰌掬いに過ぎねぇんだよ。ロックの溢れ出す魂こそが真実に決まってんだろ」なんて皮肉だらけの講釈を垂れるに違いない。
ホームシックでは無いが、手袋と長袖で隠されている銀腕から、相棒が有名なロック歌手だったのを思い出した彼は、ほとんど無意識に店の中に入ってサンプル用のギターを手に取る。
「V?」
チューニングはそこそこ。通りに面した店構えだけあってギターの音量はかなり控えめに設定されているが、お遊びなら充分楽しませてくれるはず。
クローム製の指先を特注のピックに変形させ、まずは心赴くままに暴力的な旋律を掻き鳴らして体のリズムを整える。
「…っ!」
ただそれだけで、道行く人々は関心の目を向けた。心を魅了される。
思い浮かべるのは馴染み深いロックバンド、SAMURAI。
あのジョニー・シルヴァーハンドが立ち上げたという伝説の曲を、キヴォトスという遠く離れた異世界で無遠慮に騒ぎ立てるのだ。
演奏の技術は問題は無い。何せメンバー直々に指導とお墨付き、何より一体同心だったのだから必要な動きは目を閉じてでも楽勝。
ロックに込められた反抗と反体制と燻る情熱を携えたメロディは、数分間だけ楽器屋を即席のステージに変えて通行人達の関心と耳の全てを奪う。困惑を隠せないカヨコだが、ヘビメタ好きとあって演奏に文句は無い。それどころか十全に弾いてみせるVの姿に憧憬すら感じる。
(やっぱり、普通じゃ無いよね)
雷帝を含めて様々な情報に精通しているカヨコは便利屋に接触してきたVを随分と警戒したが、何度も仕事を共にしたりプライベートを過ごす内に目立って悪い部分は見つからず、いつの間にか心の内側に入り込まれたのを自覚している。
そんな彼に特筆すべき能力があるとするなら…アル社長とは別方面でのカリスマ性だろう。キヴォトス全体で名が知られるようになってからは、特に顕著であっと驚くような人脈を持っている事も多い。
巷の噂では七囚人とモモトークを交換しているとか、カイザー理事とは犬猿の仲で深夜の屋台でおでんを突き合っていたとか眉唾物も含まれるが、概ねVの活躍を元にした噂に尾鰭が付いただけのものから、シャーレの先生から熱烈な誘いすら受けていると、他ならぬ本人の口から語られるほどだ。
やがて即興のゲリラ演奏は終わりを告げ、道を封鎖するくらいに集まった人々から賞賛の拍手を浴びるV。
最初はそんな風になるとは思わず驚いた様子だったが、軽く手を上げて声援に答える仕草は年季を感じさせるほど手慣れていた。
そこへ1番のファンのように近づくカヨコは、ほんの少しだけ汗を掻いた様子に気が付いて懐から取り出したハンカチを使って自ら頬を拭う。
恥ずかしがるVに、珍しく悪戯げな顔を浮かべるカヨコは有無を言わさず彼の顔をこねくり回し、上機嫌にお世話を重ねていく。
そんな仲睦まじい様子を、先の不意の呟きからずっと電柱の影で観察していた少女が居た。
普段の明るさとは程遠い、暗い瞳を携えた姿は少しでも彼女を知っている者であれば驚きを隠せなかっただろう。
紅い髪の毛は柳のように垂れ下がり、悪魔のツノはより鋭く光沢を増すばかり。
しかしその感情を表に出してはいけないと、残された理性が必死にブレーキを掛ける。自分は曲がりなりにも人の上に立って導く役目を任された立場なのだからと、自分から望んだ地位であると、理解しているが故の歯止め。
だから、だから…。
その手に握られた最新鋭のスナイパーライフルに、少しずつ重い感情が装填されていくの自覚しないまま、弾丸の数は増していくのだった。