九月
五国連盟の各国に、共同演習への参加を求める文書が届いていた。
差出人はイルメリアとあった。
■ムー国首都 オタハイト 王城
八百五十万の人口を誇る大都市、ムーの首都オタハイト。
レンガ造りの建物と近代建築が入り混じった街並みを二階建てのバスが行き交い、人々の活気にあふれていた。
その中心に、かつてムーの政治と外交の舞台だった白い石造りの王城があった。
ムー国王ラ・ムーは、白亜の王城の一室で、化粧箱に収められた品を見つめていた。
銀白色のチタン合金で作られた、精巧な小型拳銃である。
しばらく前に日本とイルメリアに送り出した調査団が持ち帰った贈答品だった。
聞けば、チタンは加工が難しく、列強の技術をもってしても拳銃の製造は困難とのことであった。
まして精巧で実用に足るものとなれば、なおさらである。
調査団が帰国したとき、家臣の多くがこれを見て失笑した。
他国の王に、わざわざ拳銃を贈るなどとは。
だが、少数の者はそこに込められた意図に気付いていた。
——筒先を向ける相手を間違わぬように、と。
ラ・ムーは侍従長バスティアを呼び、静かに尋ねた。
「バスティアよ。近く五国連盟が共同演習を行うと聞く。我が国からも武官を送れぬものか?」
つい最近国交が結ばれたムーにも、共同演習への参加の呼びかけは届いていた。
王は国政に直接携わる立場にはなかったが、国の未来を案じずにはいられなかった。
■東京都江東区越中島
保安隊庁舎
保安隊陸上部総監の立見栄一は、手にしていた書類を机に置いた。
「共同演習、ですか」
海上部総監の大澤治三郎は、第三文明圏を描いた地図を見つめながら答えた。
「海上交通保護、臨検、避難民の誘導、上陸部隊との連携。どれも必要な訓練ではあります」
「問題は演習海域ですな」
大澤は、指先で地図を軽く叩いた。
「ル・ブリアスの沖です。パーパルヂヤが意識しないはずはないでしょう」
立見は、しばらく地図を見下ろした。
ル・ブリアスはパーパルディア皇国の占領下にあった都市でもあった。
その沖に、日本、イルメリア、クワ・トイネ、クイラの艦隊が集まる。
意味を持たないはずがなかった。
「牽制に見えるでしょうな」
「少なくとも、向こうはそう受け取るかもしれん」
「艦隊が出てくる可能性は?」
「ないとは言えん」
大澤は短く言った。
「だが、演習と称しているものを、こちらから戦争とは呼べん」
「では、演習として扱うしかありませんな」
「そういうことだ」
ル・ブリアス沖への集結には明らかに政治的な意味がある。
パーパルディアへの牽制にもなるだろう。
二人に分かっていたのは、そこまでだった。
同じころ、首相官邸では武田首相が、白川次官から差し出された紙に目を通していた。
「武田さん、少し面白い話が入りました」
「今度は何だ?」
「例の花火です。日本製を指定したのは、専制公の一言だったそうです」
「一言?」
「『打ち上げ花火といえば、日本製ですわね』と」
武田は、眼鏡の奥で目を細めた。
「それで六万発か?」
「ええ。しかも一尺玉です」
「代金の出どころは?」
「言い出した方の自腹だそうです」
武田はしばらく黙った。
「白川君」
「はい」
「イルメリアでは、冗談に税金を使わんのか」
「その代わり、冗談を言うにも財産が要るようです」
白川は涼しい顔でそう言った。
武田は苦笑しかけたが、白川が次に置いた書類を見て表情を消した。
「それと、こちらが本題です」
「まだあるのか」
「五国連盟各国への共同演習参加要請です」
「場所は」
「アルタラス王国、王都ル・ブリアス沖」
武田は、紙面から顔を上げた。
「エストシラントからは」
「千キロ弱です。近いとは言えません。ですが、無視できるほど遠くもありません」
「パーパルヂヤが反応すると思うか?」
「可能性はあります」
「挑発か」
「紙の上では演習です」
白川は、指先で書類の一行を示した。
「海上護衛、臨検、救難、上陸部隊との連携。どれも必要な項目です」
「必要だから問題ない、というわけでもないな」
「はい。場所が場所です」
武田はもう一度書類を見た。
「イルメリアの意図をどう思う?」
「分かりません」
白川は、少しだけ間を置いた。
「ただ、無意味にこの場所を選ぶ国ではないでしょう」
「信用できるのか」
「文面は信用できます」
「文面は、か」
「ええ。書かれていない部分までは分かりません」
武田は書類を机に置いた。
「では、こちらも演習として扱う」
「はい」
「ただし、目は離すな」
「承知しました」
■ル・ブリアス沖
九月十五日
アルタラスの王都ル・ブリアス沖に、各国の艦艇が集結していた。
港には多くの市民が集まっていた。
彼らは船の名前も、各国の事情も知らなかった。
それでも、複数の国が参加していることはよく分かった。
日本は第三海上隊を派遣した。
大型海防艦『長鯨』、海防艦『柿』、『樺』、『蔦』、『萩』、運送艦『宗谷』と『筑紫丸』、正規空母『大鷲』である。
大鷲はイルメリアから日本へ譲渡された大型艦で、ムーの観戦武官、マイラスとラッサンも、これに同乗していた。
もっとも、必要な乗員数が多く、イルメリア側が扱いに困った艦を日本へ押し付けた、という見方もできたが。
マイラスは大鷲の艦橋から日本の艦隊を眺めた。
巡洋艦、海防艦、運送艦、空母。
日本は共同演習に必要な艦を、過不足なく出しているように見えた。
クワ・トイネ公国からは哨戒艦『マイハーク』と『エジェイ』、クイラ王国からは『バルラート』が参加していた。
いずれも元は日本の海防艦である。
ムーの基準からすれば小型艦だが、自国の名で演習に加わることに意味があった。
イルメリア艦隊は、巡察艦『ミュロフォロス』を旗艦に、巡察艦二隻、海防輸送艦一隻、通報艦四隻、無人哨戒艦六隻、大型輸送艦二隻、高速補給艦一隻から成っていた。
ラッサンはその編成を、よく整えられた演習艦隊だと思った。
同時に、実際の行動に移っても形を崩さない編成でもあった。
パーパルディア皇国が踏みにじった王都の沖に、今度は別の国々の艦隊がある。
それは、この海の主がパーパルディアではないことを示していた。
マイラスは、そこにイルメリアの意図を感じた。
一方、パーパルディア皇国にも報告は届いていた。
五国連盟艦隊、ル・ブリアス沖に集結——。
皇国軍海将のアルデは地図を開いていた。
皇都エストシラントから千キロ弱。
皇国の近傍ではないが、無視できるほどの距離ではなかった。
まして、そこは皇国が支配し、つい先日失った領土、アルタラスである。
「演習?ル・ブリアス沖で?」
作戦参謀マータルが驚いたように言った。
「ならば、こちらにも見物する権利がありますな」
別の男が笑った。
まだ命令はなかったが、パーパルディアはすでに動き始めようとしていた。
・巡察艦:小型巡洋艦。独行での長期哨戒、威力偵察が主任務です。
・通報艦:外洋哨戒と船団護衛が主任務の航洋コルベットです。
・海防輸送艦:比較的小型の強襲揚陸艦です。
・大型海防艦:巡洋艦、潜水母艦を改修した五千トン以上の艦艇です。
・哨戒艦マイハーク、エジェイ、バルラート:終戦時に残存していた第一号型、第二号型海防艦を改修したものです。
クワ・トイネ艦はライトグリーン、クイラ艦はサンドベージュに塗装されています。