ヒエヒエの実を食べた少女の話エクストラ   作:泰邦

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久しぶりなので初投稿です


服を買おう

 

 日和がカナタの弟子になってからおおよそ半年ほど経ったある日のこと。

 山盛りの白飯を前に四苦八苦しながら食べ進めている日和に対し、足早にやってきたカナタは静かに告げた。

 

「明日は服を買いに行く。鍛錬は休みだ」

「んぐ……ふ、服ですか?」

 

 リスのように口いっぱいに頬張っていたものをよく噛んで呑み込み、日和は首を傾げた。

 〝ワノ国〟からこちらに逃げて来た経緯が経緯だったので、私物は持ち出せていない。そもそも住んでいた九里のおでん城は焼け落ちているので持ち出す物がなかったのだ。

 着の身着のままだったが、既に服は何着かイゾウに買って貰っている。特に不自由しているわけでもないので、今更服を買いに行くと言い出したカナタのことを不思議に思っていた。

 必要性を見出せなかったからだ。

 

「イゾウが選んだ服を着ているようだが、曲がりなりにも一国の姫として教育を受けるべきお前が着る服ではない」

「……これだって、イゾウが選んでくれた大事な服です。着るべき服ではないなんて、そんなの……」

 

 亡きおでんとトキに代わり、何かと親代わりとして世話をしてくれるイゾウと河松のことを悪く言われるのは、相手がカナタと言えども日和にも受け入れられなかったらしい。

 隣で聞いていたイゾウも嬉しく思う反面、カナタの言いたいことを理解していたので、カナタが口を出すより先にイゾウが日和を宥めた。

 

「姫様、そう言っていただけるのは嬉しく思います。ですが、私にわかるのはあくまで庶民の服や多少の流行り廃り程度……一国の姫たる貴女が着るべき服とはまた違うものです」

「……父上は同じ服をずっと着ていたり、破れても母上が手直しして着ていました」

「姫様、おでん様が着ておられた服も元はかなり高品質なものです。こちらで姫様が着ている服は、言わば庶民の普段着であって、それらとはまた別の物ですよ」

 

 河松にも優しく諭され、日和はしゅんと肩を落とす。

 イゾウはおでんと共にワノ国を出て旅をして、おでんと共には戻らなかった男だ。だから、おでんがロジャーの船を降りて以降にあった様々なことは伝聞でしか知らない。

 オロチとおでんの間にあった確執を考えれば、日和は生まれてから姫として相応の扱いを受けてこなかったことは想像に容易く、ある程度の手習いは受けられても資金面の問題で立場にふさわしい晴れ着などを得られたかと言われればそれも怪しい。

 いずれワノ国を光月家の手に取り戻すとしても、相応の基本と振舞いは必要であり、それは服もまた同じことだ。

 

「今後、日和様が恥をかかぬためにも。服装の勉強は必要なものです」

「……わかりました」

 

 イゾウとしても送った服を大事にしてくれることは嬉しいが、服を大事にすることと立場にあった服を着ることは別の事だ。

 納得してくれたことにホッと胸を撫で下ろし、イゾウはカナタへ視線を向ける。

 カナタは頷き、「では、明日出立する」とだけ言い残して席を外した。

 彼女もまた、忙しい時間の合間を縫って日和に手ほどきをしている身だ。それほど時間に余裕があるわけではなかった。

 3人はカナタを見送り、食事を再開する。

 

「しかし、服か……今更、とは思ったが、今だからこそなのか?」

「そうだろうな。何も知らぬまま好きに服を選んでも、それは当人のセンスや趣味嗜好だけの話になる」

 

 日和がきちんと自国の文化を知り、立場を理解し、それにふさわしい服とは何なのかを実際に目で見るためのものなのだろう。

 もっとも、ワノ国の服は外海では手に入りにくい。オーダーメイドで仕立てるとしても、誰に頼むつもりなのか……イゾウもそれなりに各国の文化について学んできたつもりだが、すぐには思いつかない。

 

「あるいは……」

「あるいは、なんだ?」

 

 イゾウは目の前に座る日和を見て、河松に小声で呟く。

 

「……ここらでひとつ、日和様のストレス発散のつもりなのではとな。女性は幼子から老婆まで着飾るのが好きだろう?」

「それは……そう、だな?」

 

 その手のことにあまり縁がない河松の返事は、どうにも生返事だった。

 

 

        ☆

 

 

 〝ハチノス〟からほど近い国、〝ロムニス帝国〟の港。

 嵐とまでは言わずとも風が吹き、しとしとと降る雨を見てカナタは部下を呼びつけた。

 

「傘を」

「はい」

 

 スーツを着た大柄な男は巨大な傘を差し、カナタが雨に濡れないようにする。

 季節は冬に変わりかけの秋といったところで、空気も随分冷たい。カナタの後ろにいる日和も、イゾウに厚手の服を着せられている。

 河松は今日は留守番をしており、イゾウが傘を差して日和が濡れないように注意を払っていた。

 

「行くぞ。ついてこい」

 

 船を降りてすぐのところで馬車が用意されており、カナタ達はそれに乗り込んで街へと移動する。

 今回は日和の貴族としての所作の確認もあるため、乗り降りのエスコート役をイゾウに任せての移動となる。

 馬車の窓から物珍しそうに外を見る日和。

 ワノ国とハチノス、それと空島を少しばかり見た事あるだけの彼女にとって、異国の街並みは興味を惹かれるものなのだろう。

 程なくして店の前に着くと、御者の男が乗る時と同じように大きめの傘を差して外で構える。

 

「ご苦労。戻るまで少し時間がかかる。呼ぶまで近くで休んでいて良い」

「かしこまりました」

「あの、ありがとうございました!」

「これはご丁寧に」

 

 日和のお礼の言葉ににこりと微笑んだ男は、カナタたちが店の中に入るまで傘を差して濡れないように配慮する。日和は不思議そうな顔をしていたので、イゾウがこっそりと「貴族向けの対応です」と教えていた。

 荷物や傘などは基本的に自分で持つことはない。そのため、御者や部下がそうするのだ、と。現にカナタが持っているのは書類が入っている鞄だけだ。

 店の中に入ってみれば、きっちりと身だしなみを整えた店員が整列して頭を下げていた。

 天竜人が最たるものだが、貴族には庶民と視線を合わせることを嫌がる者もいるためである。

 代表の男がカナタの傍にやってくると、一礼をして口を開いた。

 

「お久しぶりです、カナタ様。またお会いできたことを光栄に思います」

「元気そうだな、ジルファン。前回のドレスは良い出来だった」

「お気に召していただいたようで何よりです」

「今回はこの子の服を何着か頼みたい」

「ふむ……」

 

 貴族向けの取引を扱っている店だ。余計な事情を探るような真似は自殺行為だと弁えている。

 ゆえに、ジルファンは日和を一度上から下まで確認すると、女性店員を数人呼び出した。

 

「デザインはどのようなものにするかお決まりですか?」

「デザインはまだだがオーダーメイドを頼みたい。仕事は詰まっているか?」

「現在は手の空いている者がそれなりにおります。急ぎと言われればすぐにでもご対応出来ます」

「急ぎではない。今回はこの子の服選びの勉強も兼ねている。そうだな……ひとまず採寸してから、既製品をひと通り見せて好きなものを選ばせよう」

 

 そこから本人に聞いてデザインを作っていくつもりなのだろう。

 日和の採寸のために別室に移動しようとして、当然のようにイゾウもついて行こうとして怪訝な目で見られた。

 女形の格好ゆえについそのままついて行けばいいと思っていたが、イゾウは男だ。女性の採寸の場に入れられるわけがない。

 この店は貴族も利用する店だし、採寸する部屋もそれほど離れているわけではない。カナタは距離があっても何かあればすぐに気付くため、部屋の中まで護衛は不要だと判断して送り出す。

 やや緊張した様子の日和に対し、カナタは笑みを浮かべた。

 

「そう緊張するな。相手はプロだ。時間はかからない」

 

 それよりも、メジャーの金属部分に間違って電気を流さないようにと釘を刺され、先程とは別種の緊張が顔に浮かんだ。

 まだ能力者になって日が浅い。半年程度では完全に掌握しているとは言い難く、油断するとうっかり電気が漏れることもあるのだ。

 

「さて、こちらはこちらで商談といこうか」

 

 日和とは別室に案内されたイゾウとカナタ。

 イゾウに椅子を引かせて席に着くと、カナタは持ってきた書類をジルファンに渡す。

 中身は裁縫に使う糸や生地に関するものだ。貴族向けの高品質な服飾品を取り扱う関係上、様々な島から最高級の糸や布を取り寄せることもある。そういう意味で、2人はよい商売仲間と言えた。

 売買の契約を取り付けてから仕入れることも多いが、今回は新しい品物を求めるジルファンの要望もあって、品物を仕入れてからの契約となっていた。

 紅茶をポッドからカップへ移し、毒見まで済ませたところでジルファンは書類を手に取る。

 

「今回〝南の島(サウスブルー)〟で仕入れた絹が良い品質だった。確認用の現物はいつもの倉庫に納めてある。気に入ったらいつも通り契約書をうちの支所へ持って行って手続きしてくれ」

「なるほど、絹……わかりました。感謝します、カナタ様──時に、天竜人の方々の流行はどうですか?」

「基本は変わらないが、最近は男女を問わず耳飾りが流行っているようだ。各地の職人に競わせるように作らせている」

「ほう、耳飾り……」

「連中はほとんど同じような格好の割にそういったところで個性を出したがるらしい。あとは女性間で相変わらず髪飾りが人気だな」

 

 カナタは天竜人のことを良く思ってはいないが、金は持っているので金蔓としては良い相手だと思っている。

 それに、定期的に行われている〝人間狩り〟のことを思えば、天竜人の動向を掴んでおくのは決して悪いことではない。

 嫌いな相手でも状況を知らねば後手を打つことになるのだ。頭の痛い話だが……金遣いは荒いので、結果的に〝黄昏〟が潤っていることを思えば悪くない話でもある。

 元は多くの国から巻き上げた血税であることを考えると複雑な話ではあるが。

 

「なるほど、なるほど……耳飾りに髪飾りですね。参考にさせていただきます」

 

 流行とは常に上から下に流れるものだ。逆はない。

 天竜人に流行ったものが各地の王族や貴族の目に留まり、世界で最も尊き方々がされているのだから──と各地で流行る。

 故に、流行の最先端を知りたいのなら天竜人を参考にすればいいし、流行を作り出したいと思うのなら天竜人に売り込めば多大な財を築き上げることも出来るだろう。

 ……この話の最も厳しいところは、天竜人は気に入れば巻き上げようとするし、気に入らなければ最悪無駄な時間を取らせたと殺されてしまうところだ。

 なので、定期的に政府の役人と接触する機会があり、〝世界会議(レヴェリー)〟以外で天竜人の動向を知る機会があり、各地に品物を運べる〝黄昏〟の持つアドバンテージがどれほどのものかという話になる。

 庶民を相手に商売をするだけではそれほど多大な財にはならない。

 金を持つ王侯貴族相手に商売が成立するようになると、取り扱う金額の桁が2つ3つ違ってくる。

 多くの商人はここを目指し、大抵は失敗して首を吊ることになるのだ。

 

「情報料はいくらですか?」

「日和の服の代金を勉強してくれればいい。今年は〝世界会議(レヴェリー)〟が開催されたから、動くなら早くしなければ間に合わなくなるぞ」

「そうですね、そうさせていただきましょう」

 

 商談を終えた3人が先程の部屋に戻ると、既に戻ってきていた日和が怒涛の質問攻めをされて何枚ものデザインが出来上がっていた。

 仕事が速いようで何よりだが、仕事熱心が過ぎるのも考え物だなとカナタは他人事のように──実際他人事なのだが──考えていた。

 イゾウは慌てた様子で日和の傍に寄って、疲れた様子を見せる日和のフォローに入る。

 周りの女性陣は既にあらかた必要な質問はし終えたのか、既製品で合いそうなものを探してきては重ねるようにして確認し、それをもとにまたデザインをかき上げていく。

 

「……しかし、他に客はいないようだな?」

「ええ、まぁ。本日は他にご予約はありませんので」

 

 やっていることは普通の商人と変わらないが、それでも〝黄昏〟は海賊である。

 この店の主な商売相手が貴族であることを考えると、余計なトラブルを起こさないに限るため、敢えて他の予約を入れなかったというのが正しいか。

 カナタは時にウン百万ベリーをぽんと使ったりするので、収支の面でマイナスになることもそうそうないと考えての事だ。

 一時間から二時間ほど、休憩を挟みながらデザイン画を山ほど作って日和の好みに合いそうな既製品の服を並べたところで、日和が遂に疲れてウトウトし始めた。

 日和はまだ6歳である。普段の鍛錬とは違う意味で疲弊した様子を見せているので、今日のところはこの辺で切り上げたほうが良さそうだな、とカナタは考えていた。

 

「まぁ一日で決まるものでも無かろう。急ぎではないからな。デザイン画のコピーはあるか? 持ち帰って数日考えさせてもいい」

「そうですね。こちらも針子を揃えておきます。お返事は数日中にいただければと」

「ああ」

 

 集めたデザイン画に番号を割り振り、コピーして纏めた物をカナタに手渡す。

 カナタはペラペラとめくってひと通り目を通し、気に入ったデザインをひとつ選んでジルファンに先行して進めておくように伝えておく。

 馬車を呼び出して乗り込むと、店員が一列に並んで頭を下げていた。

 

「またのご利用をお待ちしております」

 

 ジルファンに見送られ、港に向けて馬車を走らせる。

 今からハチノスに戻っても夜中になる上、どうせ日和が気に入ったデザインを選んでからもう一度店を訪れる必要があるため、今日は港付近にあるホテルに泊まる手筈になっていた。

 日和は既に疲れて馬車の中で眠っており、イゾウの膝の上で横になっている。

 

「随分早く出ましたが、良かったのですか?」

「採寸も終わったしデザインも山ほど出来た。あとはこの子が選ぶだけだ。あの場に留まる意味はない。それに、最初のドレスくらい自分でじっくり選びたいだろう?」

「そういうものですか……」

 

 節目の晴れ着と考えれば、その手のことにあまり縁のないイゾウとしても何となく理解は出来た。

 それはそれとしてカナタは無難なドレスを贈るつもりではあったが。

 まだまだこれから成長期とはいえ、幼少期のドレスは基本的にあとで裾の長さを伸ばせるように作ってある。数年は使えるだろうと考えていた。

 使う場所が果たしてあるのか、という疑問はついて回るが。

 立場的に一国の姫とはいえ、ワノ国は鎖国していて外海では影響力を持たない。カナタの関係者として顔を売ることは考えていないが、それが必要になることもあるだろう。

 何事にも備えは必要だ、という話である。

 

「今後ワノ国が開国することになったとして、他国の文化を一切知らないというのも問題だろうしな」

「それは……そうですね」

 

 イゾウもその辺りは随分苦労した。

 ある国ではタブーになる風習が、別の国では当然のように行われていたり。

 食、着物、挨拶の仕方や言葉遣いに至るまで、国によって文化は多種多様である。外交官としてそれらを全て把握しなければならないので、イゾウの苦労は途轍もない。

 

「日和にはこれもいい経験になるだろう。私の弟子という立場と、私の関係者でワノ国の将軍の遺児であることを分けるならそれでも良い」

 

 理想を言うなら千代と足りない部分を補えるようになればよいのだが、千代は千代でワノ国に戻る気はあまりなさそうなのが難しいところだった。

 

「……ワノ国を取り戻せるでしょうか」

「さて、どうかな。その辺りはお前たちの頑張り次第だ」

「カナタさんもワノ国を取り戻すことに賛成の立場なのでは?」

「色々と都合の良い土地であることは確かだ。欲しいかどうかで言われれば欲しいところだが……目下、最大の目的はカイドウの首を落とすことだからな」

 

 ワノ国を取り戻すのは、そのついでに過ぎない。

 リンリンとカイドウだけは何としても殺す。カナタはそのために兵隊を揃え、策を練り、武器を調達するのだ。

 天竜人は気に食わないし世界政府も正直なところ鬱陶しく思うが、世界の頂点に象徴となるべき存在を据えて威光を示す、という政府のやっている事には理解が示せる。

 ただでさえ陸地の繋がっていない土地を治めるのだ。少々強引でも立派に統治出来ている手前、カナタとしてはその手腕を素直に褒めてもいいと思っていた。

 裏で色々あくどいことをやっているようだが、国の統治は単純な善悪で出来てはいない。そこに関してカナタはとやかく言う気はなかった。

 

「お前もワノ国を取り戻したなら国に戻るのだろう。それまで十分に学んでおくことだ」

「ええ、そうさせていただきます。日和様のためにも……いずれ戻ってくる、同志たちのためにも」

 

 おでんが遺した〝ワノ国を開国せよ〟という言葉に従うために。

 イゾウは、静かに寝息を立てる日和を見ながら誓いを新たにした。

 

 

        ☆

 

 

 後日談。

 数日かけて選んだ日和の服を発注し、〝ハチノス〟へ戻った3人は千代の執拗な「ずるくない? 日和だけ服買ってもらえるとかちょっとずるくない?」という執拗な言葉に根負けし、カナタは再びロムニス帝国へ船を走らせることになった。

 千代は日和が2時間ほどで根を上げた採寸とデザインにも根気よく付き合い、その日のうちに発注まで済ませてしまった。

 カナタは連日押しかけて迷惑をかけたことに対する詫びも込め、前金として札束を置いて帰ることになっていた。




幼女カナタによるジョルジュへの服装指南とかもあった(原作40年くらい前)んですが、まぁその辺の初期の話やってもな…みたいなこともありこんな感じに。
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