真夏の昼下がりにビルの屋上で男二人。
冷えた缶コーヒーを片手に俺は簡単な雑談を吹っ掛けることにした。
【注意】
この作品は犯罪を助長させるものではありません。
現実とフィクションは区別して楽しみましょう。
構想段階では漫才みたいな雑談コメディ作品にしようとしてたんです。本当になんです。信じてください。
澄みきった青空がよく映える屋上。転落防止の網に背を預けて、どうやって遊ぼうかと我ながら下らない考えが頭を巡る。そうして俺はふっと何でもないかのように上を指差した。
「あっ、UFO!」
「いや騙されねぇよ?」
胡乱な眼差し。前方にいる彼の気持ちが手に取るように分かる。正しく呆れられている。使い古された手法とはいえ、本当に飛んでいたらどうしていたのだろうかと嘆息する。オカルトの目撃チャンスをみすみす逃すなんてもったいない。
"そっかーほんとなのになー"なんて棒読みを吐きながら、チラリと背後、網の下に目をやれば日常を謳歌する人々を見下すことができる。果たしてここで大声を出せば彼らは見上げるだろうか。俺は考え無しではないからそんなことはしないけど。
でも"衆目の中、大声を出す"というシチュエーションだけをピックアップしてみれば、誰もが一度は似たようなことを考えた経験があるはずだ。実行するメンタル強者はごく少数だろうが、授業中の教室や勤務中の職場とか、ふと思考に過った経験はなかろうか。
もしかしたら人生一度はそんな考えを実行に移してみるのも一興なのかもしれない。そうすれば今際の際とかに走馬灯で"あー、あんな馬鹿なこともしたなー"なんて考えてバチクソ後悔しながら死ぬのだ。
よし、悔いなき人生でしたとか言いたいのなら考え無しな行動は止めよう。俺は賢い。正に魔が差すといった風情だった。
「あのさ、コーヒー飲んでいい?」
「……まぁ、そんくらいは」
確認は大事。マジ大事。偏狭な人とかだと多分"舐めてんのか!"みたいな反応が返ってくると思う。ほら、タバコとかいきなり横で吸われると吸わない側からすれば"おいおいおい"ってなるじゃん。そんなことはない? コーヒーは違う? 悲しきかなコミュニケーションの少ない人生でしたので、こういった場面の所謂正解といった言動が分かりません。教えて偉い人。あぁ脳内のでしゃばりおじさんは落ち着いて、君には聞いていないから。
「ふぅ」
暑い日差しの下だとアイスコーヒーが染みるね。喉奥から食道、胃にかけてひんやりとした感覚が流れていく。そうして一息ついて涼んだ頭でふと思う。
(もしかしてホットコーヒー買ってた方が良かったのでは?)
いやはや後の祭りというか、これは結果論でしかないので悔いはない。悔いはないし、夏場でホットはない。ないわ。うん、ない。よしんば夜の放射冷却にお供で一本。買う選択肢がギリギリない。ないじゃん。やっぱないわ。
脳内で猿が缶コーヒーを投げて威嚇している。イメージの檻越しに目があって、鼻で笑う。格付け完了。俺は文明人。
「そう言えばさ」
「何も言ってないが」
都合の良い耳はツッコミなんて気にしない。未だ半分以上残っている缶コーヒーをチャプチャプさせながら、俺は問答を繰り広げてみる。
「最近ニュースで話題のアレ、知ってる?」
言うと一瞬だけ彼がピクリと眉を動かした。依然として視線を外すことなくこちらを見ているが、何かの感情が発露したように感じる。それが何かまでは一瞬過ぎて俺には分からないわけだが。
「……いや、脈絡無さすぎて分かんねぇわ」
ノリが良いやつで助かった。でなければ空気が死んでいた。ほぼ瀕死みたいなところはあるけどこれから蘇生するから。LEDみたいな話題振って『ドクンッ!』ってな感じに蘇るから。見てろよ見てろよ。
「動物園から猿が脱走したやつ」
さも重大事件かのように、話してはならないトップシークレットな話題のように、人差し指を立てて自慢げに話してみれば彼の表情は目に見えて落胆を表していた。嘘やん。
「どっから出たよ猿」
「そりゃ動物園から」
「違うそうじゃない」
「いつの間にかいなくなってて朝の確認作業で一匹足りないことが発覚したらしいよ」
「無視して続けんな」
妙だな。空気感に変化がない。若干漫才グランプリ感は出たけど、持っていきたい方向が違う。何が悪かったのか。けれど多少明るくはなった。まるで発光ダイオードみたいな明るさだ。せめてこれを絶やさぬよう話を続けよう。
ちなみに猿はまだ見つかってなくて行方不明だと報道されていた。いやはや可哀想なお話である。なむー。
「行方不明繋がりでもう一つ」
「コーヒー飲み終わったか?」
「まだまだ、話したい話題と一緒で残ってるさ」
チャプチャプ手元で揺れるコーヒー。飲まないで話題を引き延ばすのは許されなさそうだから、クピリと一口飲んで一話題。そういうルールが暗黙の下、できた気がした。それならそれで分かりやすい。千夜一夜といこうじゃないか。
「んじゃ改めて。俺、昨日果物ナイフ買ったんだけどさ。超良い感じだったんだよね。スパスパッと切れてさ。しかも持ち運びが楽チン! 独り暮らしの人とかに是非オススメで」
「それのどこが行方不明繋がりなんだよ」
「今朝なくしちゃって絶賛行方不明中ってね!」
「あっそう」
おちゃらけて絶賛なんて使ったが、言って誤用だなぁなんて思う。ここは『行方不明だから絶賛捜索中』とかか。いやそれもないわ。あって鋭意捜索中とかそんな感じが適切だろう。でなければなくしたことが周囲からすれば称賛の嵐に値する出来事に聞こえてしまう。泣くぞ。
チビチビとしょうもない量を一口含む。チラリと上を見ればカラッと晴れた良い天気が見える。分かってはいたけど、一瞬土砂降りの雨が降り出したのかと思った。傘は持ってきていないからね。良かった良かった。心情的には何もよろしくないけど。
さて、先程はせっつかれて話のオチを言わされてしまった。ノリは良いけど案外気は短いのかな。仕方がないので『長話で時間稼ぎしよう作戦』から『手短な小話を沢山話す作戦』に切り替えようか。そんなわけで次の話へいこう。話題、話題ね。
うーん、と悩んで手元に視線が落ちる。
「ちなみにカフェインの致死量って知ってる?」
「知らねぇな」
「人によるけどだいたい五グラムって言われてるんだ。一二〇mlのコーヒーだと約七十杯分、大体八Lちょいを短期間に摂取すれば死ぬね」
「……そんだけ飲めばカフェインあろうがなかろうが死ぬだろ」
「だよね知ってた」
一気にそんな飲んだら電解質のバランスぶっ壊れてただの水でも死ねる。水の場合どこまでが許容量なのかうろ覚えだけど流石に八Lも耐えなかったはず。いやはやなかなか鋭い切り口でツッコミを入れてくるじゃないか。俺たちコンビ組んで漫才でもするか?
缶コーヒーに口をつけてクピリ。
脳内でカフェイン
んでさっきからそんなやり取りを全部無視して人差し指をある一点に向けるイマジナリーなんちゃって中二男子。脳内完結だからこそ許される暴挙だぞ。失礼だな。気持ちは分かるけど。
そんな中二男子に反応したからか、他のイマジナリーが皆揃って俺を指で差し始める。あーはいはいノリがよーござんすね。でもこれだけは言わせてくれ。猿、お前だけ意味分かってないだろ。ホキャ? じゃない。多数から指を差されるのって結構ストレスだぞ。
「なんかさ。話題ない?」
「は?」
「いやほら、さっきから俺ばっかり話してるからさ。次はこっちが聞き手になろうかなって」
言えば、スンと何かが切り替わったような気がした。
「あー、お前、状況分かってる? もしかしてこっちが話聞いてるからって勘違いさせたか?」
おっとこれはまずいか。どれくらいまずいって切る配線間違えて爆発寸前までタイマーが進んだ爆弾くらいまずい。即座に爆発しないだけ感謝だけれど、今からは一歩も間違うことができない。まず対処をしないと。
「違くてー、状況は分かってるよ。
どうどうとなだめるようなジェスチャーを挟んでみるが、却って煽っているように見えないかこれ。やって後悔というやつだ。取り返しはつかない。
「よく分かってるじゃねぇか」
ついたわ。
向けられていた尖った工具が僅かに下がる。あれなんて言うんだっけね。ドライバーセットに入ってる千枚通しみたいなやつ。先端が日光を反射して妙に光沢を放ってるし、何か液体を塗布してるっぽい。この場合、毒かなぁ。
「ほらほら、話してくれたら缶コーヒーぐいっと一思いに飲み干すからさ。君もうだうだ茶番に付き合うの嫌だろ?」
目撃者とか、不足の事態とか、色々。俺も飽きてきたし。
彼がどういった理由でこんな犯行に及んだかは知らないけれど、こうして話をする心の余裕があるくらいだから多分趣味かな。大穴は殺し屋。オッズは言い値で良いよ。だってないから。無駄話する殺し屋とかいて欲しくない。SNSの本アカで"握手会に手汗のキモイやつが来たマジ最悪"とか呟くアイドル並みに無い。二流三流の話ですらない。
これでいきなり俺を殺そうとしたときに「クククッじゃあさっそく殺し屋としての仕事を始めますかね」とか言って凶器を舐めながら近づいてきたらギャグだよもう。なんなら推定毒付き凶器を舐めた時点でアイツが死ぬ可能性が浮いてくるわ。
「ならさ、あっ、そうだ! 俺を殺そうとしてる理由」
「手頃なとこにいたから」
やっぱ趣味だろコイツ。きっとそうだ。日陰で野良猫とか殺して悦に浸るタイプ。小動物で我慢できなくなって人間に手を出し始めたやつだ。
なー? そうだよな! 鏡見てるみたいだよなー! イマジナリーファッションサイコパス君。なー、顔真っ赤にしちゃってなー。自分そっくりってなぁ。俺はまだ許してないからな?
……なんだお前ら、まるで人をサイコパスみたいな目で見て。特にカフェイン中毒。お前滅多矢鱈にメッセージ性が強いんだよ。もう特技だろそれ。
「もうちょい! もう一声! ほら一言コメントは寂しすぎるからさ。冥土の土産にしたってコンパクト! こんなんジョブズくらいしか喜ばないって」
「別にジョブズも喜ばねぇだろ」
結構冷静に返すじゃん。
「でもなぁ、本当に偶然だぞ? たまたまこのビルの屋上が俺の
んで? 明らかに社員じゃないお前が屋上まで不法侵入して黄昏れてる。格好の獲物じゃねぇか」
それはそう。お相手さんは清掃業者みたいな格好してビル内を歩いていても不自然じゃない。死体をゴミ袋とかに何重にも包んでここまで運べば自由に処理ができることだろう。臭いの問題とか、自宅でやるにはリスクがあるし。都会だからその辺に埋めるとかできないだろうから。処理中は扉を開かないようにしておけば安心だもんね。
比較して、今の俺は普段着だ。遊びに行く私服姿。建造物侵入罪だっけ、彼からすれば一目瞭然だよな。
「ちなみにだけど、俺がなりふり構わず叫んでた場合の計画は?」
「こいつで刺してから逃走一択だろ。見て分かる通り、ここより高いビルはない。犯行現場を見られることがないから後は監視カメラに気をつけるだけだ。ビル内の監視カメラに映らないルートは頭に叩き込んでるからな」
そんなルートあるのかよ。マジで杜撰が過ぎる。おいおいおい、そのせいでここに悲しき未解決事件勃発じゃないですか。なぁ中二。今日は好きに恨んで良いぞ。あぁ、しっかり恨め。おかわりもいいぞ! 遠慮するな、今までの分恨め。うらめ、うらめ。おい待て、誰が俺まで恨んでいいと言ったんだ。誰も新入りの教育してやらないのかよ。むしろ中二だけは俺に感謝の念を贈る側だろ。唯一の味方であれよ。
「んで、話は終わりだが? 飲み終わったか最期の一杯」
「あぁうん。ごちそうさん」
律儀に飲み干すまで見てる馬鹿に分かるよう缶を振って横に投げ捨てる。
「なぁ最期に一服、タバコも吸って良い?」
ジャケットの内ポケットに右手を突っ込んで、コーヒー同様に一応聴く。確認は大事。
「悪ぃな。俺ぁタバコ嫌いなんだわ」
言って、彼は走り出した。
突如と表現するには些か動き出しが遅い気もするが、彼はその手に持つキリを突き刺そうと迫ってくる。構える高さからして内臓、肝臓辺りを刺そうとしているようで、その動きは迷いなく様にはなっていた。きっと何人かそれで殺せているのだろう。中二君とか。
「ナイス奇遇。俺もタバコはダメなんだよね」
柄をしっかり握り、内ポケットから流れるようにシュッと右手を滑らせる。ずっと隠していた果物ナイフの刃先は、そのまま右手の軌道通りに彼の喉を抉った。
空いた左手で彼の進行方向を補助。当然キリの先端は俺からずれて刺さることはなく、ついでに右足で引っ掛けて転ばせる。そういやスッと思い出した。キリだ、キリ。いやスッキリ。なんちて。
「あがぁッ」
「わぁお、見てくれ行方不明の果物ナイフ発見! ずっと胸ポケットに入ってたみたいだ良かった」
投げ出されたキリの虚しく落ちる音と一人の男の呻きが屋上に小さく広がった。
どうやら上手く喉仏と下顎の隙間に刃を通せたみたいだ。転げた彼は、しかし起き上がることはなく、両手で喉を押さえるも血を吐くことが止められない。ビックリするよね。気管に入って咳き込んで、吐いても吐いても止まらない。まるで陸で溺れているかのよう。まぁ俺は体験したことないから分からないんだけど。
個人的に男の喉はここが一番切りやすいんだよね。ごめんね。失敗すると喉仏に引っ掛かるから一番切りづらいとも言えるけど改めて上手く切れたようで良かった。喉切り練習台君とかマジで悲惨だったからさ。もう上手く切れたのか今までの失敗傷のせいだったのか分からない死に方したもんね。ごめんね練習台君。いやそんな今までの他の練習台達と抗議されても知らんがなって感じだけどさ。謝りたい気分になったから謝っただけで、別に許されたいから謝ったわけではないので。その辺お分かりイマジナリーズ?
「君さぁ、初犯の頃かは知らないけどここを使わず放置した死体あっただろ?」
今喋ることができないのは分かっている。だから返事なんていらない。何のことだと憎々しげに睨んでいるレスポンスだけで充分。
「中学生くらいの男子だよ。初めて殺して興奮してたのか知らないけど、ズタズタに刺して裏路地に放置して帰ったろ」
心当たりがあったのか。それとも覚えていないのか。流石にそこまでは読み取れない。ただ彼はゆっくりと身体を引きずる形で俺から後退りして時折血を吐くだけ。視線を外さないのは最初と今とで同じだけれど意味合いが違う。最初は俺の動きで、今は俺の右手。
「あいつ、お前が帰った後、息を吹き返してたぞ」
あぁ今度は分かりやすい。驚愕だ。そんなわけはと言いたいんだろうな。
「生命の神秘だよな。たぶん頭は脳を避ける形で、他の臓器も見た目ほど深刻な傷はなかったんじゃないか? ほとんど肋に阻まれてたし」
たまにあるよね。前世でどれだけの徳を積んだらそんな状況で助かるんだって。それに倣うんならたぶん徳より悪行とかじゃないかというのが俺の持論だけどな。だってそんな状況生き地獄だろ。徳積んでその仕打ちとか、俺なら嫌になっちゃうね。
「んで見かけた俺に『助けてください』って。いや口パクだったからホントにこう言ってたかは分からないんだけどさ。読唇術とか使えないし。あの状況で他に言うことないから多分『助けて』的なことを言ってたと思うんだよね」
パッと見たとき出血量はともかく、綺麗な血を吐いてたから肺に穴が空いてるっぽい傷つき方だなとあの時の俺は判断した。だから"ほっといても助からないなー"とは思った。でも意識はハッキリしているみたいだったし、案外傷が浅くて救急車が間に合う可能性があった。素人目の診察だからね。正直なんとなくしか分からん。
「でもあの時さぁ。丁度
あぁ気づいた? 正当防衛とかで切ったわけじゃないよ。それとも気づきたくなかったけど意識せざるを得なかったのかな。"嫌だ"じゃないんだよね。首を振られてもさ。
「ここ、処理場なんでしょ。ご丁寧にゴミ袋まで持ってきてくれて助かるよ。後処理大変だもんな。協力感謝だわ。俺もほら、あっち。ここに来るまで着てたスーツとか、一応処理道具系も用意してたんだけどね。死角だから見えないか」
普段着でここまで来るわけないじゃん。何でこんなところにいるのかとか考えなかったのかな。考えなかったんだろうな。だからこうなってるわけで。
「ぃぁあ、ぃあ!」
うーん、クトゥルフ? 発狂でもしたか?
違うか。嫌だの母音とかかな。分かりづらいんだよね。筋肉が弛緩して舌が回ってないのかな。『嫌だ、嫌!』ってことで合ってる? 喋れるようになったってことは出血量が減ったってことで、血の足りてない生命の危機だってことは理解されて……なさそう。もう目前の危機を払い除けるのに必死なのかな。喋った拍子に凄い咳き込むじゃん。黒いのはあれか。胃酸と混ざったのかな。今まで黙ってた分は飲み込んで胃に流してたのか。だから静かだったんですねー。もしかして今お腹タプタプ? 限界値に達して吐いたのかな。
というか結構出血量多かったな。噴出するような勢いはないし静脈の方巻き込んで切ってたか。勢い任せで深めにいったししゃーない。次回は後片付けのことも考慮してもっと綺麗にやらないとね。
「もう満足?」
イマジナリーなんちゃって中二男子。腕、首、額と至るところを包帯でぐるぐる巻きにして、左目は眼帯を装備した少年。その下は穴だらけの痛々しい見た目に無意識なのかそんな格好で現れたまさに"なんちゃって中二コーデ"の男子である。
中二君は未だ不満と未練タラタラな表情をしているが、床に這いつくばる彼を指差すことは止めた。
「なにぃを」
「あぁ君じゃなくて」
言葉にしなくても意思を伝えられるけど、久々につい言葉に出てしまった。なんだろうね。良いことをするとつい高揚してしまうよね。募金箱にお釣りを入れた日くらいの達成感がある。今日の新聞の誕生月占いで『小さなことでもいいから一つ善いことをすると今日はハッピーな一日になる』と載っていたから気紛れでやってみたんだ。もともと彼は下調べした上で報復リストには載せていたから。まぁ食指が動かなくて放置してたからさ。流石にそろそろみたいな。賞味期限の近いやつを消費する感覚と言えば良いのかな。きっかけが欲しくて丁度良かったとも言う。
さてさてさて、滑舌は戻りつつあるけど顔は蒼白色。夏場なのに凍えているようなそれは正に死にかけている証。本人は死にたくないって言ってるのに身体が"
まぁ下らない駄洒落は置いといて、彼はこのまま放置しても十中八九失血死するだろう。けど、だからって待つ義理とかも無い。痛いだろうけどさっさと終わらせようか。
おいおいイマジナリーズ、ブーイングは止めろ。それはそれで中二君の内心が複雑になっちゃうから。
「じゃ、さいなら通り魔君。
鳩尾の少し下、肋骨を潜らせるようにナイフを通して、捻って心臓を傷つける。彼は力のない手でそれに抵抗を試みようとしてきたが無論意味もなく。彼は最期に"こひゅ"と苦痛に耐えかねた息を吐く。
抵抗しようとした彼の腕が宙から落ちる。心臓が機能しなくなれば早いもので、次第にだらりと彼の全身は弛緩して、涙の垂れる両目から動きが無くなる。
そんな様子を目視して、汚い首から脈をとってしっかり死亡確認をする。脈拍停止から五分。長めに、念入りに、奇跡の挟まる余地もない時間を置いて彼が死んだことを認めた。
「ん、よし。終わり」
ここからは後始末の時間だ。
遺体からナイフを引き抜く。事前に首から血抜きされていたためか、血が吹き出てくることはなかった。ベッタリと汚れたナイフはどうしようか。取り敢えず目の前にある彼の服で拭い、大雑把な血を落としておく。
さて、遺体はゴミ袋に入れるとして、問題はぶちまけられた赤と黒の血溜まりである。大して暴れられなかったこともあり、範囲は決して広くはない。なので持ってきていたオキシドールや石灰などで事足りるだろう。
「来たときよりも綺麗にね」
防波堤とか、たまに釣りに行くこともあるからこの辺りのスタンスは我ながらしっかりしていると自負している。最低限の守るべきマナーというものはどの界隈にもあるものだ。
それから割りと入念に時間を掛けて掃除をし、その過程でできた血濡れのゴミも遺体諸々袋に詰めて、ようやく終わり。何度やろうとも一人で人一人処分するのはやっぱり重労働だと痛感する。普段から仕事の後始末で依頼する特殊清掃員の方々には感謝しかない。
「うん、わりとピカピカじゃない?」
仕上がりに満足して、頷き一つ。後はちゃっちゃと着替えて帰りの準備を残すのみである。
何重にも包んだゴミ袋を持ち上げて破れたりしないか最終確認。遺体と一緒に新聞紙も敷いているから漏れる心配もなし。消臭剤も入れたからしばらく臭いもセーフ。彼は特別太ってもいなかったから鍛えている俺に向かうところ敵無しである。いや太っていたら切り分けてたんだけどさ。それは言わぬが花ってやつ。
「お腹空いたな。なんだかんだで疲れたし」
一度気づいてしまえば空きっ腹が意識へ主張を始める。さて今晩は何を食べようか悩んでみれば、この前釣って捌いたチヌが視界の端を横切った。
「鯛の刺身……いや、お寿司にしようかな」
ナイスだ、イマジナリーチヌ。お前のおかげで馬鹿みたいに時間を掛けて悩む行程が省かれた。そうだ。俺の腹は今、新鮮な魚を求めている。いや甘味も欲しい。欲張りセットだ。回転寿司に行こう。〆にケーキを頼むとしよう。
「うんうん、考えれば考えるだけなかなか良いじゃない?
コツコツとゴミ袋片手に階段を降りて思考を巡らせる。
その傍ら、浮遊しながら未だ茫然自失の馬鹿に蹴りを入れる中二君が瞳に映る。本当に良い肴になりそうだ。何皿食べられるかな。久々にアルコールも解禁しよう。
「クーポンは……チラシに使えるのあったっけな?」
今日は休日。仕事のない日。これから楽しくなる予定。明日からまた仕事が始まるけれど、鋭気を養う最高の一日。
そしてまた一人、イマジナリーが増えた日でもある。
背景もとい設定集。
【主人公】
普段は仲介業者から依頼の形で殺人を行っている。互いにしくじったら尻尾切りする心持ちであり、警察に捕まっても裏切りだけは許されない。独房で不審死は嫌だよね。
仕事の場合、後片付けは提携している専門業者に連絡するだけで楽チン。今回は個人的なものだったので依頼すると料金が割高。なので自分で処理している。
また自分が殺した命に限り幽霊が見える。けれど物理的に干渉はできないし、他人はそれを認識できないので精神疾患と大して違いがない。よってイマジナリー扱いをしている。
【イマジナリーズ】
今まで主人公が直接殺してきた命たち。人間だったり、魚だったり、移動中踏み潰した虫もいる。
自由自在に浮遊でき、服装程度なら想像で変えることができる。イマジナリー同士で干渉はできないが、創造物(缶コーヒーや檻など)は共有できる。消すことも可。
主人公から一定範囲以上離れられないので、逃げられない。イマジナリーが増えるとこの範囲が広がっているらしいが、一々検証はしていない。
殺されたトラウマは根深く、意識的であれ無意識的であれ、皆主人公に近づきたくはないのが総意。
以下イマジナリーズ背景
【でしゃばりおじさん】
主人公がまだ殺人初心者だった頃、警戒が甘く現場を目撃された。その運の悪い目撃者がこいつである。即証拠隠滅されて埋められた。
以降、主人公がトラウマであり、ヘコヘコ頭を下げて三下ムーヴを欠かさないおじさんとなった。
【猿】
動物園から脱走して偶然主人公の家に迷い込んだ猿。
庭先で騒いでいたから殺された。死体は燃やされて家庭菜園の肥料となった。
【なんちゃって中二コーデ男子】
死因は大体本編で語ったので割愛。上げて落とされた可哀想な男子。たまに左目が疼くッ! って感じの仕草をしているが全然中二に目覚めたわけでもなく、ガチの生前のトラウマで幻肢痛みたいな痛みを覚えているだけである。あわれ。
【カフェイン中毒お姉さん】
仕事で主人公が殺すことになったお姉さん。殺される間際までは凄い抵抗してきたが、もう駄目だと悟ると「どうせ死ぬのならコーヒーを死ぬほど飲んで死にたい」と死に方打診してきた面白ぇ女。
主人公も興が乗って「いっき! いっき!」と煽って溺死させた。カフェインが死因ちゃうんかいと言うのは野暮である。
【ファッションサイコパス】
主人公が仕事で家を空けているときに不法侵入した馬鹿。当時の野良猫不審死事件の犯人であり、飽きて人を殺そうとしていた。
主人公が飼っていた愛猫二匹を暇潰しで殺し、帰ってきた主人公を不意打ちで殺そうとして返り討ちにあった。
飼い猫二匹は手厚く葬られ、庭に立派なお墓が立てられた。当然イマジナリーにはいない。
【実験台一号】
主人公とは全く縁のない土地の田舎で片手間に捕まり、技術向上のため酷い目にあったその第一号である。今後の標的調査や後処理の練習に使われたため、殺され方は割りと雑であったとだけここに記す。
【実験台二号】
本編でちょろっと出た刃物での練習に使われた男性。
主人公とは全く関係のないところで両親が事故に巻き込まれ死別。ようやく立ち直りかけたところで偶然標的となった。
喉の惨状に関しては散々語られたが、腕や脚の筋の切り方なども勉強として切られている。
【実験台三号】
実験台二号の女性版とも言うべき人物。
若くして都会から出て、農家になろうと北海道の片田舎に単身引っ越した行動力の塊のような女性。「よーし、これからけっぱるべ~!」と気合いを入れていたところを殺された。
現在、彼女の両親は未だに行方不明の一人娘を探している。
【その他実験台の人達】
これ以降はただの化学実験と大差なく、切りがないため割愛とする。
【チヌ】
学名 Acanthopagrus schlegelii。
スズキ目 スズキ亜目 タイ科 クロダイ属。
テトラに潜んでいたところを釣られ、締められた。
主人公からの一言コメント
「大変美味だったのでまた釣りたいです」