誰も知らない物語   作:足立海

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 暑さの残るなかを登校し、クラスメイトと再会し、始業式があり……夏休みが終わってしまった事実を突きつけられて、僕はいやおうなくに十二月までの覚悟を決めさせられた。始業式を終えて帰れるかと思いきや、午後は学園祭準備に駆り出された。佐倉高校の学園祭は九月最初の土日。今日、八月二十九日の休み明けから本番まではその準備期間というわけだ。

 二年目なだけあり、会議を通してあっという間に出し物の内容や個々の役割が決められていく。僕は()()()()()作業を進める『便利係』に割り当てられていた。熱心な人達から見ると、どうやら自分は必要でも不必要でもない人間らしい。

「じゃ、もう便利係は帰っていいよ~」

 作業が始まって三時間ほどで暇を出される。

荷物をまとめて教室を出ようとしたところで、指示役の子から仕事を押し付けられた。

「柏原くんに頼みがあって……体育館の倉庫から三角コーン五個持ってきてくれない?」

「あ、うん」

 面倒くさいなぁと内心ため息を付きながらも、無視するわけにはいかないので泣く泣く倉庫へ向かう。

 体育館に入ると、中には誰もいない。しかも妙に空気が冷えている。まだ八月なのにも関わらず。

 体育館倉庫の中はさらに涼しかった。部屋の電気を付けると、目当ての三角コーンはすぐに見つかる。五個ずつまとめて置かれていて、僕はその一つを抱えて持った。

 すると、コーンがあった場所に封筒のような物体が置かれていた。気になったのでしゃがんで拾うと、内部からひんやりとした()()が漏れ出していることが分かった。

「なんだこれ」

 赤色に染められた長細い封筒には文様が描かれている。細い黒色が表面を雁字搦めに包み込むような……、美麗な装飾というよりは、拘束しているようで禍々しい。色も、ただの赤色ではなく血のようで。はっとした。

「いや、これ御札なのか……?」

 詳しくはないが、ある程度は知っていた。

 御札、科学では解明できない神聖なエネルギーが込められたお札で、古来より現在まで生産され続けていて、特定の詠唱をすることで使用できる。効果は『見たい夢を見られる』『少しの間だけ宙に浮ける』……など、主に娯楽用だ。しかし、手に持つ御札らしきものは明らかに普通の物ではなかった。生産者を示すハンコも押されていない。

 帰り道はずっと例の御札について考えていた。効果を発動させる詠唱をはじめ、そもそも本当に御札であることすら分からない僕はどう処分しようか悩んでいた。

「捨てようかなぁ、でもなぁ」

 あー、と顔を上げてベンチにもたれかかった。そうして、ぼんやりと景色を瞳に入れたところ……駅前のビルの広告の中に、目につくものがあった。

『御札の買取・購入ならお任せください。佐倉の白銀御札屋』

 その文字に続いて、電話番号と営業時間が書かれてあった。

「よく見つけた、自分……!」

 御札を白銀御札屋に持ち込んで、買い取ってもらおう。

 スマホで住所を調べると市民体育館の近くにあり、営業中だと分かった。現在の時刻は四時過ぎなので、閉店時間には十分間に合うだろう。

 白銀御札屋は体育館と麻賀多神社の中間点にあった。店舗は二階建ての木造で、道に突き出た軒上には『白銀御札屋』と書かれた木彫りの看板が掲げられている。店舗前にはベンチと『営業中』と書かれた看板が置いてあった

「失礼します~」

 お店の中は書店のような内装で、ぎっしり並べられた棚に御札が置かれている。奥に向かうと、女性の姿が見えた。レジ裏の椅子に座って古本を読んでいる。服装は蒼色を基調にした和装で、長い髪を下ろしていた。

「すりー、らーいぴぃーろー」

「あの~……」

「じゅらら~、じゅらら~ん」

「あの!」

 レジの前まで近づいたところで、やっと僕に気づく。

「ごっ、ごめんなさい。常連さん以外は滅多にいらっしゃらないもので……」

 謝りながらも、泳いでいる目ともじもじさせている両手を見るに、まだ接客に慣れていないのか。

遠くから見た時は大人っぽく見えたのだけれど……こう近づくと少女のような印象を受ける。声も柔らかく、優しさがあった。

「いや、謝らなくても大丈夫ですよ」

「気づかなかったのは私なので、完全に私の落ち度です。しかし、どうしてB()()()()()()()が私の御札屋に?」

「えっ、店員さんって……同じ佐倉高校!?」

 まずいことに、彼女は僕を把握しているのに、僕は彼女の顔も、名前も全く覚えがなかった。

「うちの高校は他クラスとの交流は少ないので、柏原さんが私を知らないのは当然ですよね」

 そう言って、レジ机から取り出した生徒手帳を見せてくる。

「佐倉高校二年D組の白銀芳野です。名字は『はくぎん』ではなく『しろがね』と読みます。ところで柏原さん、貴方はどうして御札屋に来られたのですか?」

 そう言われて、僕は御札をポケットから取り出して見せる。

「これを売りたくて来ました」

「御札の買い取りですね~、ん……?」

 白銀さんはオモテ・ウラと確認し、手のひらを当てて何かを感じているようだった。すると、白銀さんの表情がみるみるうちに険しくなっていく。確かに怪しいものだとは思うが、そこまで良くないものだったのか?

「どこで拾いましたか」

「高校の体育館倉庫にありましたけど」

「倉庫の、どこですか?」

「三角コーンの下です」

「そこに隠されていたのですね……」

 彼女は大きくため息をつくと、両肘を机に置いて体重を預けた。

「この御札は、我々が()()()()と呼んでいるものです。法律により製造・所持・使用の全てが禁止されています」

「げぇっ……!?」

 法律により禁止。僕は拍子抜けた声を上げて数歩後ろに下がる。

「……いえ、安心してください。私に届けてくれたので逮捕される心配はありません。こちらで処理しますので、買い取らせていただきます。金額は二十五万円です」

「にじゅうごまんえん!?」

 ほっ、と息を吐いた僕は、さらなる衝撃にさらされた。

「受け取ってください」

 しばらくして封筒を出された。恐る恐る触ると、確かに厚みを感じる。

「では……()()()()で」

 僕は大金のせいで余裕を失ってしまって、彼女の発言は脳を通りすぎていった。

 

 憂鬱な日々、増えてく鬱屈、生きるほど増えてく嫌な記憶……主原因こそが学校な以上、学園祭を楽しもうとする気持ちを抱くはずもなく、僕は瞳を閉じていた。

昨日は僕が帰った後も作業は続けられたらしい。教室内には調理スペースと飲食スペースを仕切る衝立が立ち、アメリカをモチーフにしたコーラやポテトの装飾が飾られている。今日はダンボールでアメ車を作るみたいだ。

「じゃ、各自作業を進めるように」

 先生が教室を出ると、みなが一斉にスマートフォンを取り出した。衝立のウラ……僕の周りも同じだった。右隣にいる子はXで政治的ハッシュタグを読み漁り、エコーチェンバーに加担。左隣にいる子は二次元のポルノ画像を眺め、指を動かしていた。

 彼らに嫌気がさして、教室の裏から出る。ロッカーからバックを取って壁の裏に戻ると、僕がいた場所はあのポルノ野郎に占拠されていた。怒りを抑えて別の場所に座る。リュックから取り出すのはCDにプレイヤーとヘッドホン。ケースから円盤を取り出してプレイヤーにセット。ヘッドホンを有線で繋いで再生ボタンを押す。すぐに1曲目が始まった。

 しかし、楽しい時間は長く続かなかった。二曲目の最中に肩を叩かれる。このまま五十分通すつもりでいたために、落胆しながら目を開ける。

 誰かが僕を呼ぶ声がした。ひとまず曲を止めてヘッドホンを首にかける。プレイヤーを片手に持って廊下に出た。

 誰か、とは白銀さんだった。なぜかウエストポーチをお腹に巻いていた。

「おはようございます」

 窓側の壁にもたれる彼女は、上機嫌な様子だ。

「昨日ぶり……ですね。僕に何か用ですか?」

「あれ、言いませんでしたか?」

 昨日の別れ際を思い返す。『また学校で』と、確かに言っていた。

「いま思い出しました」

「よろしい。ひとまず……誰もいない場所に行きましょうか」

 そう言った白銀さんは僕の手首をがっしり掴んで、廊下を駆け出していく。慌ててプレイヤーをポケットに突っ込んだ。

 二人で廊下を駆け抜ける。準備期間がために廊下には多くの生徒がいる。しゃがんで作業している子を飛び越え、先生の注意も無視を貫く。

 渡り廊下を通って特別棟へ。その最上階の空き教室に連れ込まれた。

「はぁ、はぁ、けっこう強引じゃないですか?」

「あまり知られたくないですからね! これは周囲に漏れると厄介なんです」

 白銀さんはウエストポーチから例の違法御札を取り出す。それは透明な袋に包まれていて、不気味な冷気は一切感じられない。

「この御札には『閉鎖』をもたらす効果があります。そして、時限式です」

 タイマーがセットされていて、効果は閉鎖……どこか引っかかる。そんなものを仕掛ける()()()()なんか、ただの高校には……いや?

「……学園祭?」

「その通り。きっちり学園祭二日目の昼に起動するように仕込まれていました」

「二日目の昼なら、軽音楽部や演劇部の発表の時間じゃないですか。ずいぶんと人は集まりそうですね」

「はい。非常に危険な状態なんです。だから……私と一緒に、違法御札の回収に協力してくれませんか?」

 僕は頷いた。人が集まる機会を狙って、大勢の人間を閉じ込めようとしている。どう考えても悪い予感しかしないし、不気味だ。

 それ以上に、こんなにも綺麗で美しい女の子の願いを断るわけにはいかない……というものある。

「ありがとうござます。では……『隠』」

 僕が承諾すると、白銀さんは別の御札を指で挟み、隠と呟く。すると御札が塵となって拡散していく

「隠の御札を使いました。一定の時間、私と柏原くんは周囲から認識されにくくなります」

 

 特別棟を出ると、誰も僕たちに反応を示さない。御札の効果は本物だった。

「柏原さんは、御札の近くで変な()()を感じませんでしたか?」

「……気配? 御札そのものから冷気が漏れていますし、体育館も倉庫もやけに涼しかったですね。」

「そう、冷気です! それを捉えてください!」 

 白銀さんに指示されるまま、体育館の周囲をくまなく捜索していく。生垣の中を覗き、地面の雑草を注意深く見る。放置されていた用具箱を開け、蜘蛛の巣をかき分けてまで探したものの、御札は見つからなかった。

「では、体育館の中を探してみましょう。私は中の倉庫を探してきます」

 体育館に入ると、昨日よりいっそう冷たい感触が体に当たる。どこからかやわらかい冷風が吹いて、それに全身を撫でられているようだ。白銀さんは倉庫に直行していった。

 閉鎖……つまり鍵をかけるのなら、置く場所は扉の近くだろうか。

 僕は出入口の扉まで戻って、掃除用具入れを持ち上げて移動させた。すると、用具入れが置かれてあった壁には御札が張り付けられていた。剝がして持つと冷たい。ビンゴだった。

 そのまま裏口に向かい、そばにあった消火ホースの格納庫を開けると一つ、二階から外に避難する階段付近にもう一つ、合計で三つの違法御札を回収した。

 倉庫の中に入って、白銀さんに御札を手渡した。

「三枚、ありましたよ!」

「ありがとうございます……! 本当に助かります……」

 白銀さんは御札を申し訳なさそうに受け取って、それを透明な袋に入れる。すると空間に広がっていた冷気がぴたりと消滅した。だが、喜ぶよりも僕は一つ確認したいことがあった。

「さっきから僕をまるで試しているような振る舞い方です……よね?」

「それは……」

 僕が言うと、彼女は少し俯き、弱った表情になってしまって。一瞬にして気まずい空気になってしまう。

 これはまずいと思い、慌てて補足する。

「いや、悪いようなものではなくて、どうして僕に探させるんだろう、御札に詳しい白銀さんが自分で探した方が手っ取り早いじゃないか……ってニュアンスで……」

「分かります。私が一番分かっています!」

 顔を上げ、僕を見つめながら言われた。心を噛みしめているような表情だった。

「私は御札を製造してきた一族の末裔で、違法な御札に関しては、それを管理し取り締まる役割を担ってきました。でも……私は、違法御札の気配を感じ取る能力が低いです」

「取り締まる側なのに、発見する能力が低いと?」

「はい。加えて、私が姉妹のなかでは一番マシで、しかも長女なので。どうにかしないといけない状態でした。だから、昨日と今日で柏原くんと知り合いになって……私、けっこう嬉し……い、んですよっ?」

 嬉しさ。それは徐々に細くなっていく声と、瞳を埋めていく光の粒が証明していた。

 ……人は、自分に欠けた要素を持つ者と出会うと容易に嫉妬してしまう生き物だ。

 コンプレックス。それは学力や容姿やら様々なものを内包するが、僕という、白銀さんが持たぬものを備える人間を知ったとき……妬まず出会いを嬉しく捉えられるのは、彼女がいかに素晴らしい人間であるかを示していた。

 白銀さんは深く呼吸をして、自身を落ち着かせることに集中している。

やはり、誰もがみな問題を抱えているのだ。それでも、どうにかしてもがき続けている。

「……取り乱しました。何も伝えずに試してしまったのは本当です。なまじ知識は持ち合わせていましたから。それについては謝ります。でも、柏原さんは予想以上でした。全くの初見で三枚も見つけるなんて凄いですよ!」

「ま、まぁ……ありがとうござます」

「この調子で捜索をお願いします。体育館の外にも隠されているかもしれません」

 元気を取り戻した白銀さんは、また僕の手首を掴んだ。

 はいはい、と言いながら立ち上がって、倉庫の重い扉を二人で押し開ける。

 僕たちは、体育館の暑さを思い出した。

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