三十日、そして九月一日の今日と捜索を続けたところ、高校自体を
二学期初日、御札屋に向かう僕が通ったルートそのものだ。
「行き先は御札屋?」
「警察署です。目的は協力のお願いなので、安心してくださいね」
彼女は、南に向けて歩き出す。国道296号線、このまま歩いていけば警察署だ。
違法御札の取り締まりをしているなら、警察に協力を仰ぐのは当たり前に思える。しかしもう九月一日だ。学園祭は三日からで、間に一日しか時間がない。そんな急に連絡したとして動いてくれるのか?
「そういえば……柏原くんはけっこう音楽を聴いていますよね。どんなものを聴いているんですか?」
坂を下りた信号で足を止めていると、そう聞かれた。
その探りを入れるような表情を見た僕は、相手もまた音楽愛好者なのだと予想する。
「九十年代から現在までの主要なバンド音楽……ですね。最近はスマパンとかBMTHとか」
「わぉー! めっちゃ好きです! 私は九十年代以降だとSDREとか、ジェフ・ローゼンストックとか……」
「マジですか 僕もどっちもすきです! SDREは再結成しましたし、ローゼンストックのソロ作とか全部いいアルバムですよね!」
「あとはQOTSAとか、Tame Impalaと……あ」
熱が入ってきたところで信号が青に変わる。横断歩道を渡ると警察署はすぐそこだ。
「もう、ほとんど着いちゃいましたね」
中途半端に会話が中断され、微妙な空気が流れる。
僕は、この趣味上の繋がりを諦めたくはなかった。もっと会話を繰り返して、もっと白銀さんの好きなものを知りたいと思った。
「この件が終わったら、千葉のDU*1とか行きましょう!」
「DU知ってる人……知り合いでは初めてです。そんな柏原くんと行きたくないわけがないじゃないですか!」
自分には、妙な行動力がある。大抵は空回りに終わって途方に暮れるものの、今回……いや、お札を拾い、白銀さんの店に持ち込んだ時から始まった一連の出来事は決してそうではないのかもしれない。
警察署に入ると、応接室のような場所に案内された。ソファーに座った僕たちは、机を挟んで警察官と向かい合う。
「柏原哲哉さんですよね。私は警察官の朝田です。よろしくお願いします」
まず、警察官に名刺を渡された。朝田さんは違法御札に関する調査を担当しているらしく、年齢は三十後半だろうか。腕は太く、胸板は分厚い屈強な男性だった。
「お久しぶりです、朝田さん。今回の概要はお伝えしている通りです。佐倉高校の敷地内全域に閉鎖の違法御札が確認されました。この件について、警察および『
「もちろんです。
「ありがとうございます、おじさま。柏原くんと調査したところ、私たちが御札を回収したあとまた同じ場所に置かれている……ということもありました。これは、確実に犯人が再設置しています。特に体育館が執拗ですね」
「発動時刻も学園祭二日目の昼なことから、学校を孤立させて無差別に襲うつもりか……なら明日の夜、捕まえましょう。私がいれば逮捕はできますし、協会の人間がいれば襲われる心配もありません」
「では、そのように進めてください。頼みます」
こちらこそ。と言った朝田さんは、なぜか僕の方を見た。二人は昔からの知り合いのようで……僕は蚊帳の外に置かれていただけに、どきっとする。
「色々と急ですまない。芳野とは、うまくやっていってほしい」
気圧されてしまって、胸を張った返事を言えなかった。
二日の夜、どうにか両親の許可を取って家を抜け出した僕は、自転車で高校へ向かった。
裏口で白銀さんと合流し、夜の学校に入る。諸々の許可は警察と協会の人が得たという話だ。
「私たちの担当は教室棟ですね。まず三階に上がって教室を一つずつ見て回りましょうか」
白銀さんは蒼の和装を着ていた。御札に関する諸々はいつもそれを着て行うらしい。確かに、店でもその和装だったなと思い出す。にしてもやっぱり……綺麗だ。
三階まで上がると、廊下の南側に教室が並ぶ。その全てに立ち入って犯人を捜していった。
「朝田さんの話によれば、最近は夜間に怪しい青年が防犯カメラに写っているという話でした。今夜もそうで、まだ出てきてないと」
「なら、どこに隠れるかを考えた方が良い気がしませんか? 学校で目立たない場所は……」
ほとんど人か来ず、隠れられる物陰や箱がある場所、心当たりがあった。
「私は、旧教室棟の二階の端だと思います」
「あぁ、同感です。使われてない机や椅子が散乱していますよね」
朝田さんに連絡を入れた後、二人で中へ進む。非常灯すらなく、廊下も教室もライトの光が頼りだ。階段も、まさに暗闇坂という状態で。
それらを乗り越え、二階の端の元更衣室へ、僕たちが目星を付けた場所に足を踏み入れた。
白銀さんが御札を投げると、教室中が明るく照らされる。すると、椅子と机で盛られた山の中に黒い人影が見えた。
「お前たちか! 俺の邪魔をしている奴は!」
人影が言うと、用具でできた隠れ家が崩れ落ちる。男の姿がより鮮明に映った。
男は、同じクラスの人間だった。あの時、教室で二次元の成人向け画像を漁り……僕がいた場所を取ったポルノ野郎だ。
「マジか……」
内心で頭を抱えた。漏れ出した言葉に白銀さんが振り向く。
「知っているんですか、彼のこと」
「同じクラスの人間、一日中SNSと睨み合って、何をしているのかと覗いたらポルノ画像……まぁ、そんな男」
「はぁー?」
男は、憤りの音を立てながらこちらを睨みつけている。拳を握りしめ、唇は震えていた。
「高校全域に違法な御札を仕掛け、文化祭の昼に合わせて人々を閉じ込めようとしたのは、あなたですか」
白銀さんの言葉は、完全に無視される。
「お前たちは、この学校に憎しみを抱かないのか!」
彼が叫ぶと、後ろの扉が勢いよく閉められる。すると部屋全体に凄まじい冷気が放たれた。振り向いて扉に手をかけるも全く開かない。
「まぁ、大丈夫でしょう。御札が作用されたことに気づかない人間は、彼らの中にはいませんから」
余裕そうな白銀さんとは対照的に、対峙する男は必死だった。
「高校はすごく楽しいんだと。その言葉を信じて、必死に勉強して進学したのに、今まで見たこともなかったクソみたいな同級生と大人しかいないじゃないか! 掃除はしないし、授業中は立ち歩く。この準備期間の教室はその象徴じゃないか! 大人は除け者にされている俺たちをどうにかしようともせず教室を去る、揉め事の仲裁を頼んでも、傍で見ているだけだった!」
蹴られた椅子が近くまで転がる。僕は毅然として言い返した。
「それに至った原因を考えたらどうなんだ。少なくとも、ずっとスマホを見続け、それが二次元のポルノ画像となると……かなり印象は悪いと思うよ」
「勝手に画面を覗く方がキショいだろうが! しかも、夏でもオタクヘッドホン付けてる奴には言われたくねぇわ」
「印象の話だ。人は君の想像以上に周りを見てる。クラスは公共の場であって、そっち系のコンテンツを見る場ではないでしょ」
「じゃぁ教室に集まって、誰々を抱いたとか、クラスで一番ブスなのは誰だと談笑している浅はかな男たちはどうなるんだ? それだって醜い話じゃないか! なんであれが許されて俺が許されないんだよ!」
今度は机が投げられて、廊下に面した窓が割れる音が響く。思わず目を閉じると、開けた時には白銀さんが前に出ていた。
「……そこまで考えが回るのに、どうして許容と妥協に辿り着かなかったのですか!」
その声に、柔らかさと優しさはまったく含まれていない。
「日々SNSを見ているのは、それが唯一の救いだったから……そこで同じような境遇の子と付き合い、鬱屈とした思考と感情が熟成されていった。それで、ストレス源の学校をめちゃくちゃにしようとしたのではないですか? インターネットで手に入れた、違法な御札を用いて」
核心を突く推測が、男の心に刺さる。
「お前たちを許容するなんてクソくらえだ! 妥協など敗者のするものだろ! おれは学校を襲って、憎き何十人を殺して、そいつらと高校に永遠の汚名を浴びせたかった! なのになのになのに、お前みたいなクソアマと、クソナードのせいで、全部……ああああぁぁぁぁッ!」
男は両手で椅子を持ち、僕たちに向かって突進した。白銀さんが防御用らしき御札を使い、それを防ぐ。彼は泣きじゃくりながら何度も何度も振り下ろして、僕と白銀さんに向けた罵詈雑言を吐き散らした。内容は、とても恥ずかしいもので。
「柏原、お嬢! 大丈夫か!」
朝田さんたちが駆けつけた頃には地面に横たわって叫ぶだけになり……男はあっけなく捕まった。絶望した彼が御札の場所を全て明かしたため、翌朝までに御札は回収された。
学園祭は予定通りに行われた。僕にとっては適当に仕事をこなし、空き時間に他の教室を見て回るだけの二日間だった。あの犯人は退学処分になり、あの日から学校にはいない。彼が欠けたことには誰も興味を示さず……時間割の日常に戻っていく。
結局、あの未遂事件は誰も知らない物語として落ち着いた。翌週の土曜日、千葉のDUを訪れた僕たちを除いては。
「誰かと千葉に来るなんて、相当後になると思っていました」
「私だってそうです。予約か取り置きしては、ここに来るだけでしたから」
整然とCDとレコードが並べられた店内は、相当歴が深いと思われる大人たちばかり。その中に僕たち二人がいる。どちらも高校の制服なのは彼女の希望だった。
店に入ると、白銀さんは壁沿いの洋楽CDコーナーに直行していった。数秒後、僕が追いつくころには目当てのCDを抜き取っていた。
「TravisのThe Man Whoというアルバムです。布教したいので、プレゼントします!」
「ありがとう! 僕も選んでいい?」
「お店に好きなやつがあれば、お願いします」
すぐに、邦楽の棚からアルバムを取り出した。
「アジカンのファンクラブ。存在感が薄いかもだけどめちゃくちゃ陰鬱でカッコいいアルバムなので、おすすめです」
「アジカン、その前の君繋ファイブエムとソルファで止まっていたのですごく助かります。喜んで聴きますね!」
その他、何枚か欲しいアルバムを選んで会計を終える。
店を出ると、さきほどのCDを交換した。そのまま千葉駅へ歩いていく。
「ファンクラブの感想、楽しみに待ちます」
「こちらこそ、美メロに酔いしれる柏原くんが楽しみです。あ、それと……」
ふと立ち止まった白銀さんは、リュックからクリアファイルを取り出す。
それを僕に手渡しながら、こう言った。
「私、柏原くんを御札屋のアルバイトとして雇いたいと思っています! この話……どうですか?」
「マジですか……ぜひ働きたいです!」
結局、この日の夕方から白銀御札屋で働くことになった。あの時、押し付けられた仕事のおかげで……僕は友達と職場を手にしたのだった。