それは、ある街で行われた聖杯戦争について、サーヴァントを召喚する為の儀式について書かれた本だったのだ。
学園都市、人工的に超能力者を生み出す研究を行っている特殊な街。そこの大人は研究者か教師のみで、残る全ては学生によって構成されている。
そんな街の一角にあるありふれた女子寮に、4人の女学生が集まっていた。
「いや~、狭くてすみません! とりあえずお茶で良かったですか?」
佐天涙子。この部屋の主であり、今回3人を招待したホストである。
「はい。ありがとうございます、佐天さん」
初春飾利。佐天によるスカートめくりの被害者でありながら、それをなんだかんだ許してあげる優しい女の子。学生によって構成された治安維持部隊、
「うん、ありがとう。結構キレイにしてるのね。一人暮らしなのに」
御坂美琴。学園都市の広告塔、
光の世界の超能力者とも呼ばれる、常盤台中学のエースである。
「それで、今日は一体何なんですの? いつもみたいに遊ぶだけならファミレスで良かったのですから、何かあるのでしょう?」
白井黒子。風紀委員における初春の先輩で、御坂美琴の右腕とも呼ばれる凄腕の
「その通りです! 白井さんの読み通り、今日はある目的がありまして」
「あぁ、そうなの? 私は黒子の深読みだと思ってたけど、そうでもないんだ」
「はい! 今日は私がこの前見つけた、ある情報の真偽を確かめたいと思いまして」
「ある情報……? はぁ、ま~た何かの都市伝説ですの?」
黒子が呆れ気味にため息をつく。
「まぁまぁ、そう言わないでくださいよ~! 今回のネタはすっごく面白いものですよ。それに、いつもの事実だったとしても特に利益のない自己満足のネタとは違い本当だったら、とても夢のある話です」
「へぇ~、そこまで言われたらちょっと気になるわね。何なの? それって」
「私この前の長期休暇で、学園都市を出ておばあちゃんの家に行ったんです。そこで古びた本を見つけたんです。明らかに時代を感じるボロイ本を。そこに書いてあった内容こそが、今回のネタです。そこからして、ちょっと違うでしょう? いつもはネットで見つけたのを言ってるだけですから」
「た、確かになんだかいつもとは違いますけど……」
いつもとは違う、若干の緊張感に冷や汗をかく初春。
「……それで、その本には何が書いてあったの?」
「本題に入る前に一つ。皆さんは冬木市で起こった大災害を知っていますか?」
「えぇ、何百人もの人が建物ごと燃え尽きたのよね」
「はい。私が見つけたのは、その冬木の大災害の裏で起こっていた争いについて書かれたものでした。聖杯戦争という、7人の魔術師が万能の願望機をかけて殺し合う争いについての」
そうして、佐天は本に書かれていた内容を語る。
それは違和感を感じつつも、所詮他人事だとスルーしてきた冬木の地での事故の数々に説得力を齎すに足るものだった。
あまりにも頻繁に起こるガス爆発。一時期はネットの記事にもなっていた未遠川に現れた巨大海魔も、ガス漏れによる集団幻覚とされた。
通り魔も多く、穂群原学園は教師も含めた全関係者が昏睡状態に陥るという事件まで起こった。
これまでは若干の違和感こそ覚えたものの、絶対に可笑しいという確信までは得られなかった事件の数々。
その全てが本の内容を知った瞬間に、まるで霧が晴れたように繋がった。その本の内容こそが事実なのだと、理解出来た。
「……ふぅ、まぁ事件の真相は分かったわよ。魔術師、なんて存在が世界の何処かにはいることも分かった。でも、これが佐天さんの言っていた夢のある話、とは思えないのよね。まだ続きがあるんじゃないの?」
「はい、その通りです。聖杯戦争には、もう一つ欠かせない要素があるんです。これこそが重要なポイントです! それはサーヴァント。魔術師、つまりマスターによって召喚される従者です。しかしその正体は生半可なものではありません。聖杯戦争に用いられたサーヴァントは英霊、つまり世界に伝わる伝説や神話の登場人物なんですよ! 夢があると思いませんか!?」
「……伝説や神話の人物を従者として召喚して戦う、か。凄い話ね。……って、まさか佐天さんやる気なの!?」
「絶対呼べる、なんて思ってません。私は魔術師でも能力者でもない普通の一般人ですし。失敗して何も起きない可能性の方が高いとは思います。でも、折角こんな知識を得たんです。私はやってみたい。少しでも可能性があるのなら賭けてみたい! 例え私が無理でも、皆なら出来るかもしれない。だから呼んだんです。魔力自体は魔術師でなくとも持っているみたいなので。それに、マスターの中には魔術の知識を欠片も持たない一般人もいたらしいですから。そして必要なのは召喚陣と詠唱だけでいい。だったら、ちょっとやってみたいじゃないですか」
佐天は、わざと説明しなかった部分がある。
それは聖杯に選ばれたマスターには、令呪と呼ばれる痣が宿るということだ。そして聖杯の補助もなしに英霊を召喚することは事実上不可能ということも。
ほんの少しでも、夢を見たかったから。
――しかし、そんな儚い夢はまもなく裏切られることとなる。
一人、また一人。
皆で協力して書いた召喚陣の前に立ち、順々に試していく。
ちなみに召喚陣はマッキーで床に書いた。佐天の懐事情と、成功することはないだろうと佐天も含め皆察していることから選んだものだった。
順番はじゃんけんで決めた。黒子がトップバッターをきり、失敗。次に初春が挑戦し、また失敗。御坂も挑戦したが、これも失敗。
残るは、佐天のみとなった。
「はは、まぁ……分かってましたけどね。失敗するって。でも、やりもしないで諦めきれるなら、こんな話持ってきません」
「うん。その意気よ佐天さん! これだけ願ってるんだから、きっと誰かが応えてくれるわよ」
「頑張ってください。佐天さん!」
「ま、試してみなさいな」
皆からの声援を受け、佐天は感謝の気持ちを胸に召喚陣の前に立った。
「行きます! 素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
これまで何の反応も示さなかった召喚陣が発光する。
「
もしかして……! と、皆が目を見開き期待し始める。
佐天は喜びに打ち震え緩みそうになる心を必死に引き締め、詠唱を続ける。
「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
何故他の皆がダメで、私だけに応えてくれているのか。
それは分からない。だが私だけが今成功しようとしている。ならば、気を緩めた結果失敗しました。なんて冗談にもならない結果にする訳にはいかない。
「誓いをここに。我は常世全ての善となる者。我は常世全ての悪を敷く者」
いつも私だけが足手纏いで、私だけが何も出来なかった。
私だけが何者でもなかった。何者にもなれなかった。強大な力で何かを成したい訳ではない。そんな大それた望みは持っていない。
だが、何も出来ない自分を受け入れてしまったら、何者かに成ろうとする意志を失ってしまえば、それは果たして……生きていると言えるのだろうか。
死んでいないだけ、ではないのか。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ」
私のような何者でもない、何の力も持たない一般人が誰かを守りたいと思うのは間違っているのかもしれない。
まして、私が守りたい人達はトップレベルの能力者だ。学園都市第3位と、その右腕、そして超天才ハッカー。直接的な武力ではなくとも、その誰もが特別だ。
この中で私だけが違う。それが理由で、危険な幻想に縋ったこともあった。
友達に迷惑をかけてしまった。死の瀬戸際にも立った。だというのに、私は性懲りもなく、危険な幻想に縋ろうとしているのかもしれない。
だがそれでも、諦める訳にはいかないのだ。守りたい。友達の力になりたい。大切な人が危険な目に合っているのに、何も出来ないのはもう嫌だ。
だからお願い、力を貸して――!
「天秤の守り手よ――!!」
召喚陣から発せられる光が、極限に達する。
そして、次第に光は収まり……そこには確かに、人影があった。
「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。君が私のマスターかね?」
現れた男の声から数瞬遅れ、
「「「「え、ええええええ!!!」」」」
姦しい悲鳴が空間に轟いた。
◇◇◇
赤い外套、鋼色の瞳、色素の抜け落ちた真っ白な髪。
召喚陣の中央に立つその男からは、確かに人とは違う何かを感じ取れた。
「むっ、どういうことだ? 受肉している、だと。それに聖杯からのバックアップもないようだ。何がどうなっている」
あっけにとられていると、男は一人混乱し始めた。
「あ、えっと……アーチャーさん、でいいんですかね」
「むっ、あ、あぁ。アーチャーのサーヴァントで間違いないとも。それより、すまないが一つ聞かせてもらってもいいかね? マスター」
「あっ、はい!」
「どうやら、聖杯からのバックアップがないようなのだ。それに、明確に受肉している。何がどうなっているのか、マスターは分かるかね?」
「正直、受肉っていうのは良く分かりません。でも一つだけ、私は聖杯戦争のマスターとして貴方を呼んだわけじゃないんです」
「なっ、どういうことだ。聖杯もなしに、魔術師がサーヴァントを召喚するなど不可能なハズだ。……いや、なるほど。信じ難いことだが、君自身が聖杯に匹敵するほどの魔力を備えているが故に、このような召喚が可能となったのか」
「私が……?」
「あぁ。ふむ、察するにどうやら君は魔術師ではないようだな。しかし、ならば何故英霊召喚など出来たのか」
「それは、佐天さんが見つけた古文書のおかげです」
「古文書? ふむ、何らかの魔術書か。所で君たちはマスターの友達かね?」
「はい。まさか、本当に成功するとは思ってませんでした。聖杯へかける願いの為に召喚に応じたんですよね? ごめんなさい。私達が遊び半分で英霊召喚なんてしてしまったばかりに……」
「あぁ、それは構わない。私は聖杯へかける願いは無いんだ。ただ、守りたいという想いを、自分も大切な人の力になりたいという祈りを感じた。私はただ、それに応えるために召喚に応じたのだからな」
「……佐天さん」
「あ、はは……以前あんなことがあったのに、まだ諦めてなかったのかと思うかもしれません。でもやっぱり、私だけ置いてけぼりは嫌だったんです。大切な人たちが何かを守るために戦っているのに、それを助けられず、見守ることも出来ず、何も知らず守られているだけなんて、もう嫌なんです」
「そっか。だから、あんなに必死だったんだ。……アーチャーさん、勝手だって分かってます。でも、お願いします! 佐天さんの力に、なってあげてください!」
3人が、男に向かって頭を下げる。
「……ふっ、良き友を持ったな。マスター。言われずともだ。元より私はマスターの願いに応えるため召喚に応じた。私が不要となるその時まで、マスターの力となることを誓おう。それでは改めて名乗ろうか。これが聖杯戦争でないのなら隠す理由もないしな。まぁ、私は元より特に関係のない話だがね」
肩をすくめながらニヒルに笑うアーチャー。
それはどういう意味なのか、と佐天が聞くより前にアーチャーの雰囲気がガラリと変わる。
「サーヴァント、アーチャー。真名をエミヤシロウ。これより我が身は貴女と共にあり、貴女の運命は私と共にある。ここに契約は完了した。……まぁ、といっても戦場がない以上サーヴァントに出来ることは身辺警護くらいのものだがね。まぁ私の場合は別だが。いつもならば私のような外れサーヴァントを、というセリフを言うのだが、今回は逆だ。君は運がいい。私が君の生活をサポートしよう。まぁ、任せたまえ。これでも生前はイギリス貴族の下で執事として仕えた経験もある。家事全般から身辺警護まで何でもござれのスーパー執事として便利に使いたまえ」
この日から、