6.ぼっちホグワーツ
ホグワーツに来てから一週間が経ちまして。
当然ながら友達の一人や二人できまして、さながらパーリーピーポーのように楽しい魔法学校生活をエンジョイ……してませんでした。相も変わらずぼっち継続中です。なんでやねん。
普通に話しかけただけじゃん…授業のことで普通に話しかけただけじゃんそんなに怯えることなくない? そんな不良に絡まれたみたいに顔を青くして目をそらす必要なくない? 杖だけは折らないでくださいなんていう必要なくない? しないよ僕かぁそんなこと。
というかもっとこう…あるだろ! 若いんだし噂のあいつと仲良くなりたいとかそういう気持ちあるだろ! 有名人と仲良くなりたいみたいな…あるだろあってもいいだろ好奇心がさ! いったい僕がなにをしたっていうんだ! したな! 話しかけてごめんね!! ちくしょう自業自得だった涙が出そう。
あー……つらい。授業中にとつぜんやってくる二人組作っての時間がつらい。僕の両隣が罰ゲームスペースみたいになってるのが本当につらい…だいたいあぶれた挙句、見かねた先生たちと個人レッスンすることになっていたたまれなさが充満するのもつらすぎる……ホグワーツ、ぼっちに厳しすぎる問題。
じっとりとした冷や汗が出るタイプの拷問にじわじわ首を絞められる毎日のなかで、アーニーとハーミーに会える合同授業は砂漠のオアシスに等しい。
「うそでしょ、まだ友達できてないの? 今まで何してたのよ」
“無自覚に人の心をえぐるのはやめるんだアーニー。今が授業中じゃなければ、僕は声をあげて泣いている”
「そうよアーニー。こうやって私たちと話していることも原因のひとつだもの」
ハーミーの言う通りだ。僕の所属するスリザリン寮と二人が所属するグリフィンドール寮はひっじょーに仲が悪く(これは歴史的なものであり、ホグワーツの伝統的な文化と呼んで差し支えがない)、僕らが大っぴらにつるんでしまうとこれがまた面倒が多い。僕らがいちゃいちゃしようものなら冷たい目線と嫌がらせが飛んでくる。……主に僕に。主に僕だけに。
人気者の姉と校内一の優等生に絡まれる僕がうらやましいんですねわかります。嫉妬はやめていただきたいものですなはっはっは…ほんと勘弁してください。悪口かげ口肩パンもの隠し。集団暴行に発展するのも時間の問題だ。群れねば生きていけない貴族主義の縦社会、異物は総力を挙げて排除する。それこそがスリザリン寮というものなのだ……。
はぁー……思わずため息がでちゃう。ドリーの傍にいられたころが懐かしい。いなくなって分かる飼い主のありがたみ。マルフォイ家のご令嬢のお気に入りって肩書に、僕はたいそう守られていたらしい。いや、そうだった反動もあるのかもしれない。妬みややっかみだけじゃなくて、マルフォイ家とそりが合わなかった奴らからみても…今の僕は体のいいサンドバッグだろう。こういうときに子供は容赦がなくてつらい。
ドリーに縋りついて守ってもらおうか。
…なーんて考えそうになってしまったのでため息一つ。
“さーてお勉強、お勉強……はぁ、やだやだ”
とにかく淡々と日々を過ごそう。どうせ僕にできることなんてありゃしないのだから。
愛と勇気なんて僕の傍にはいやしないので、しばらくは箒と羽ペンだけが友達になりそうだ。
7.帰ってきた忠犬
と、やり過ごそうとしていたのだけれど…三つ子の魂(僕らの場合は二つ子だが)なんとやら。染みついた習慣というか、思考はそう簡単に消えてくれたりなんかしないわけで。
あれは広いようで狭いホグワーツの廊下で、ドリーとすれ違わざるを得なかったときのこと。
新しい取り巻きを連れて歩くドリーから、僕は必死になって目をそらそうとした。でも近づくにつれて…僕はドリーの瞳に吸い込まれるように視線を向けていた。それは彼女も同じことで、気がつけば僕らは足を止めて見つめあっていた。
口の中はからから、心臓はこわれたように早鐘をならして、手はぶるぶると震えてきそうなくらいだ。僕の足は今、きっと逃げ出したいに違いない。
それでも何かを言わなくちゃと思うんだけど、困ったことに僕は何を言えばいいのかもわからない。元気にしてる? なんてどの面下げて。ましてや、仲良くしたいだなんてどうかしてる。僕はやっぱり目をそらして、その場を立ち去ることにした。
…していたんだけどね。
「やめとけトミー、またお薬盛られるぞ。ははははッ!」
通りすがりのグリフィンドールの上級生。からかい9割、親切1割のご忠告。僕の反応と言えばまあ、自分で驚くほど早かった。
“――フリペンド”
ドリーのグレーの瞳が揺れたのをみて、僕は反射的に回転呪文を唱えていた。
何が起こったのか理解したのは、その男がきりもみしながら吹き飛んで壁に激突し、腕が変な方向に曲がって、泣きながら呻きだして、その姿を見てからようやっと怒りが追いついた後のこと。あ、ヤバいと思ったが時すでに遅し。
「なんの音だ!?」
「トミー・ポッターだ!」
「うわマジかよまたあいつか!」
などなど…あっという間に騒ぎになってしまった。
騒ぎになるということは先生が来るということで、最悪なことにたまたま近くにいたのがロックハートで…彼が目立つための死ぬほど鬱陶しいパフォーマンスが始まり……書店でのことを根にもっているのか、衆目の前で僕をねちっこく責めながら喧嘩の原因を聞きだそうとした。
しかし困ったことに、僕だってなにを言えばいいかなんてわかりゃしない。
ただの習性というかなんというか、虫が飛んできたから避けてしまった…というような気分なんだから。当然説明などできるはずもなく。だんだん周囲のひそひそ話や冷たい目線は厳しいものになり、ロックハートは調子づく。そして善意(あるいは功名心)に満ちた誰かが叫んだ。
「そいつは純血主義の、マルフォイの犬なんだ!ご主人様をバカにされて怒ったのさ!」
おしい。
元、ご主人様である。一点を除けばあっていて耳が痛い。
「ほう!それは興味深い。魔法界の英雄は純血主義に傾倒している!マルフォイというのは…君ですねドリー・マルフォイ」
ロックハートはにやりと笑い、そしてドリーに目を向けた。そして彼女に近づいて、また鬱陶しくその口を開こうとした。
どうやら僕はとうの昔に限界を迎えていたらしい。
“彼女はもう関係ない”
黙らないならお前も同じ目に合わせてやると…ただならぬ怒気をむけながら、僕はドリーとロックハートの間に割り込んで杖を突き付けていた。
青い顔を引きつらせたロックハート。ざわめいて怯えるやじ馬たち。心底怒りながらも、いったい何をしているんだと自分に呆れる僕。収拾のつかなくなった騒ぎを収めるのは、いつだってマクゴナガル先生の鶴の一声だ。
「何をしているのですポッター! はやく杖を下ろしなさい!」
そうこんな風に。
そのあと僕は生徒を呪文でぶっ飛ばした罪でマクゴナガル先生に重い処罰と減点をくらった(よほどムカついているのか、ロックハートに杖を向けたことは小言ですませてくれた)。寮監のスネイプ先生が僕を引き取りに来たときの、なんともいえないまなざしときたらなかった。
今回の話はまたたく間にホグワーツ中にひろがり、僕は仲直りすらしていないというのに“帰ってきたマルフォイの忠犬”の名を欲しいままにしてしまった。
いや…一言も話せてないんだけど。
8.ハロウィン
飛びかういたずら、山盛りのお菓子。
そうとも今日はハロウィンパーティー。ごちそう、幽霊なんでもござれ。今日は楽しいバカ騒ぎ。ウィーズリーの双子たちは見境なくいたずらをしかけ、いとしい我が姉アーニーもまた被害を拡大させている(今年もスネイプ先生は筆頭犠牲者だった)。
はしゃぎまわるアーニーとは対照的に、僕の気分はもう最悪だ。それはいとしい我が姉が僕の顔面に“子犬ちゃん”と書いたからでもなければ、道行くスリザリン上級生たちにパンプキンジュースをぶっかけられたからでもない。
今日はバジリスクのせいで最初の犠牲者が出る日だからだ。
なにかの間違いでもいい。とにかく平穏であってくれと毎日願ってはいるものの、過去12年間にわたって僕のささやかな願いは一度だって叶ったことがない。運命というか予言というか原作というか…ともかく僕らは定められたレールの上。もっといえば僕はそこに置かれた邪魔な小石。列車の行き先を変えれるわけでもなく……あぁ無情。
"だったら知らぬ存ぜぬしてればいいのにさぁ……"
気がつけば僕はハロウィンパーティーを抜け出してボケ老人よろしく校内徘徊をしていた。決してみんなが楽しそうなのに輪に入れなくて悲しくなったとかそういうわけじゃあない。ないったらない。反論は受け付けない。
もしかしたらだ。
もしかしたらなんにも起きないかもしれない。ルシウス氏が愛娘かわいさにデスゲームを取りやめるかもしれない。見覚えのない日記なんて不気味なものは、拾ったあの子がゴミ箱に投げ捨てたかもしれない。かもしれないにかもしれないを重ねたら、僕のこの憂鬱も晴れるかもしれない。
“そして今日、フィルチの猫は石にならなくてもいいかもしれない……”
なんて、ささやかな願いだったのだけれど。
悲しいことに、やはり僕の願いは叶わない。ルシウス氏へのちっぽけな期待はあっさりと踏みつぶされ、ヤング闇の帝王ことトム・リドルくんはしっかりと傀儡とする生徒を見つけていたらしい。
何度も歩いた変哲もない廊下。壁に描かれたおどろおどろしい血文字。秘密の部屋は開かれただなんて、回りくどいメッセージ。それを照らすランタンに吊るされて、微動だにしない一匹の猫。嫌われ者の管理人フィルチの、かわいそうな愛猫ミセス・ノリス。
「ポッター…お前……なにを……」
そして図られたかのようにやってきたアーガス・フィルチ。
何も言わなくたって勘違いする。僕がドリーと同じように純血主義者だから…彼が魔法の仕えない出来損ないのスクイブだから…見当違いの理由で納得をして、怒りにわなわなと唇を震わせて、「殺してやる」といいながら僕に詰め寄ろうとする。
かわいそうなアーガス・フィルチ。大切な猫を傷つけられて平静でいられない。
“この子はまだ生きてるよ。それに…僕はやってない”
僕はそっと優しく猫をおろし、ローブに包んでフィルチに渡した。息すらしていないミセス・ノリスを彼は涙ぐみながら抱きしめ、床に置いた。そして真っ赤になった眼で僕を睨みつける。
彼だってもう僕が犯人でないことはわかっている。それでも行き場のない怒りのはけ口がほしくて、振り上げた腕をおろす相手がほしくて。だから、彼は僕を殴ろうとする。
その気持ちが、僕は痛いほどわかる。
…いいさ、八つ当たりくらいさせてやろう。別にマゾヒストというわけじゃないがここは魔法界だ。多少あざができたところで魔法の力であっという間に治ってしまう。まあ、一発や二発くらいなら我慢してやるさ。
僕は目をつむってそれを受け入れることにした。
「このっ――クソ野郎!!」
“えっ”
そう人が覚悟を決めていたというのに、廊下の角から息を切らして飛び出してきたアーニーこと愛しい我が姉が、フィルチの身体を蹴り飛ばした。
なんときれいなフォームのドロップキックだろうか。小柄な少女の体重とはいえ、助走の加わった魔法(物理)はフィルチを吹き飛ばしてしまった。
お…お姉ちゃん!!
「大丈夫!? あいつに殴られた?!」
“いや…まあこれからだったけど……”
「はぁ!? じゃあ殺すとか言ってたのもあいつってこと!?」
“いや…言ってたけどたぶん違う……”
アーニーが僕を揺さぶりながら問い詰めてくる。なんだか致命的な誤解が生じていそうな気がしなくもない。バジリスクの物騒な蛇語を聞きつけて大急ぎで駆けつけたら僕が殴られそうになっていたので、アーニーからみたらおかしくはないのだけれど…知るはずのないことをどう説明したものか。
なんて、そんなことを悩む暇はどうやら無いようだった。
大広間のパーティーがお開きになったのかぞろぞろ湧き出る生徒たち。人、人、人が集まってきてしまってもうめちゃくちゃだ。フィルチは床に転がってせき込んでるしミセス・ノリスは石になってるしアーニーはキレながら僕を問い詰めてるし壁に血文字でやたら物騒なことが書かれてるし。
なんだかわからないけどただ事じゃあないぞと恐怖や好奇心やらが渦巻いて、昨今の評判も相まって完全に僕がやったみたいな雰囲気になり……もう笑うしかないとはまさにこのことだ。はっはっは。
いや笑いごとじゃないけど…。どうみても僕が犯人ですけど…。あまりにも信用がなさすぎますけど…。いやたしかに僕でもそう思いますけど…。もう自首したほうがいいですか?
「トミーがこんなことするはずないわ!」
と、自己弁護すら諦めていた僕を擁護してくれたのはハーミーだった。やっぱり天使じゃないか!
そうだ…なにを僕は諦めているんだ、ハーミーは信じてくれていたというのに!
そうだとも僕がこんなことをするはずがないんだ、なにが穢れた血だよ僕の天使はマグル出身だよ上等じゃないか生まれが何だっていうんだ。ふふ、信頼が嬉しいなぁ。やっぱり積み上げた善行と信頼が身を結ぶんですよ世の中はね。
「ひどい猫好きのトミーがこんなことできるわけないもの!」
あっ、そっちなんだ。
「クルックシャンクスに一日中話しかけるくらいなのよ!?」
今その情報いる?
「ミセス・ノリスを襲うくらいならフィルチを直接襲うはずだわ!!」
ねぇそれ擁護になってるかなぁ!?
どうしてくれるんだハーミー。あいつ猫好きなんだ…という生暖かい目線を飛ばされて僕はどうすればいいんだハーミー! いいだろ別に人が猫好きだろうがなんだろうがさぁ! 僕だって癒しが欲しいんだよクルックシャンクスのしっぽでもだえ苦しみたかったんだよかわいいの魔法に殺されたかったんだよ悪いかよぉ!
結局、僕の審問会は教師陣がやってきて青い顔になるまで続いた。マクゴナガル先生が仰天したりロックハートがイキったりスネイプ先生がため息を吐きちらかしたりダンブルドアが疑いの目をねっとり向けてきたりした。ちくせう。
ホモ校長が秘密の部屋ひらかれちゃったかも…といったおかげでその場はお開きになったが、教師からも生徒からも僕がやったんじゃないかという空気をひしひしと感じた。
それでも僕はやってないって迫真のセリフだったんだなぁ…。