クリスマス休暇が明けると、ホグワーツはあっという間に普段通りの日常を取り戻した。ここ最近、フェザリナの身近で起きた特筆すべき話と言えば、フレッドとジョージがついに顔色を悪くするチューインガムの開発に成功したことくらいである。
双子いわく試作品に過ぎず、いずれはあらゆる病状をお手軽に再現する『ずる休みスナックボックス』シリーズを作り上げてみせると意気込んでいたが、現時点でも
とはいえ、フェザリナのもとに今日運ばれてきた一通の手紙と比べれば、グリフィンドール寮の騒ぎなど大したものではなかった。
「やっほー、先生いる〜?」
勝手知ったるという雰囲気で扉を開けながらフェザリナは言う。しかし実のところ、彼女がこの部屋を訪れたのは初めてのことだった。
壁には所狭しと並ぶ肖像画たち。そのどれもがホグワーツの歴代校長である。飾られている調度品はどれも奇妙さや壮麗さによってその存在をアピールし、この部屋の主たる者の人となりを示してもいる。すなわち、ここは他ならぬ校長室。アルバス・ダンブルドアのオフィスであった。
「あらま、いないかぁ。……ん? う〜ん?」
一通り部屋を見回してダンブルドアが不在であることを把握したフェザリナは、同時に部屋のある一点にその視線を固定する。
「ねえ、あなた。そうだよぉ、爛々と輝いては燃え盛るキミのこと!」
フェザリナが話しかける先に佇むのは、一羽の鳥である。高貴とすら表現できる真紅色の美しい姿。近づくだけで純粋な熱を感じさせるその生物が何なのか、彼女はこの時点で確信していた。
「さてはあなた、不死鳥でしょ? 初めて見たよ、わたしってば! あなたは先生の友達なの?」
フェザリナの問いに、不死鳥は小さく頷くような動きをしてみせた。
「わぁ、すっごいなぁ……お近づきの印にさ、これいる? 美味しーよぉ?」
そう言いながらフェザリナは幸運薬の瓶を差し出すが、不死鳥は我関せずといった様子だ。餌付けされるのを嫌ったというよりは、幸運薬そのものに何ら興味を示していないようだった。
「むぅ〜、わたしは仲良くなりたいだけ……じゃないね、うん。あなたの羽根が欲しくないって言ったら嘘になるもん。でも許してね? 無理に毟り取るつもりはないから」
不死鳥はフェザリナのことをじっと見つめていた。彼女の差し出した幸運薬よりも、彼女自身の方に不死鳥の関心が向いているのは側から見ても明らかである。
「それにしても、なんだかあなたが近くにいるだけで先がぼやけてるの。あなたのことは特に見えにくいね、ズレてるって感じじゃない、ただ靄に包まれてるだけ。ああ、うん、実感するとちょっと怖いねこれってば。やっぱりわたしの眼は紛いもの? いずれは消え去るべきもの? あなたならわかるのかなぁ?」
「こんにちは、
背後からの声にフェザリナが振り返ると、そこにいたのは当然ながらダンブルドアだった。しかし、彼のみがフェザリナに声をかけるタイミングを伺っていたわけではない。
ダンブルドアが連れてきたのであろう初対面の人間がふたり、あからさまに困惑の表情を浮かべながらフェザリナに視線を向けていた。
「こんにちは〜、せーんせ。後ろの人たちはだぁれ?」
「うむ、まずは彼らを紹介せねばなるまい。フェザリナ、こちらはキングズリー・シャックルボルトじゃ。極めて優秀な闇祓いで、魔法省職員の中でも特に信頼のおけるひとりと言えようぞ」
ダンブルドアの紹介を受けて、キングズリーはその表情を真面目なものに切り替える。
「はじめまして、アークライト嬢。キングズリー・シャックルボルトだ。ダンブルドアは大層な言い方をしたが、とにかく魔法省で働いているとだけ知っていてくれたら構わない」
「そしてこちらがニンファドーラ・トンクス。昨年にホグワーツを卒業したばかりでの、今は魔法省で闇祓いとなるための訓練を重ねておる。つまり正式にはまだ闇祓いではないが、今回の件にはぴったりじゃ」
「よろしくね、フェザリナ。私のことはトンクスと呼んで。これから長い付き合いになりそうだし、仲良くできることを祈ってるわ」
トンクスもキングズリーに負けず劣らず困惑していたものの、自己紹介の順番を後に回されたおかげで、多少は表情を取り繕う余裕が生まれたようだった。
「キングズリーにトンクスね、よろしく〜。わたしはフェザリナ・アークライト……なんてきっと知ってるもんね、別にいっか☆」
そして初対面の相手を前にして、手持ち無沙汰になったフェザリナがやることと言えば決まりきっている。
「それじゃあ乾杯しよっか?」
「……なんて?」
「乾杯だよ乾杯! 私たちの出会いと幸運なこれからを祝すの。あ、これいる? どーせわかってるんでしょふたりとも」
フェザリナは躊躇せず小瓶を四本取り出した。それら全てに融かした黄金のような魔法薬が詰まっている。その輝きを前にして、トンクスは思わず唾を呑みこんだ。一方、キングズリーはあくまで冷静さを崩さないまま首を横に振る。
「誘いは嬉しいが、遠慮しておこう。今からするのは、まさしくその薬を断つ話なのだから」
「……聞いてないよ、先生?」
「言っておらんからのう。そもそも、わしがきみのことを招待したのはあくまで今日の夜、それもハグリッドの小屋であったと記憶しておるが」
「そーだねぇ。あ、つまりわたしに説明してから顔合わせの順番だったの? ごめんごめん、でもわたしがここに来れちゃったんだからしょうがないよ!」
フェザリナの言葉にいち早く反応したのはキングズリーだった。
「アークライト嬢、その物言いではまるで校長室のセキュリティを素通りしたように聞こえるが……ダンブルドアからは合言葉を?」
「ううん? なんとなく散歩したら良いことあるのが見えたから、お菓子食べながら歩いてたの。でも物足りなくて、『フォーテスキューさんとこのチョコレートアイスクリームが空から降ってこないかな〜』って言ったら、ガーゴイルくんが飛び退いちゃって。そんなの階段の先に突撃しなきゃいけない、そうでしょ?」
「……ダンブルドア、校長室の合言葉はもう少し当てにくいものに変更すべきだろう」
そう言いつつキングズリーはドン引きしていた。確かに今しがた階下のガーゴイル像に一行が伝えた合言葉は『チョコレート・アイス』だったし、あらゆる偶然をすべての解決に繋げてしまうのが幸運薬とはいえ、話に聞いていたよりも手に負えない。
「いずれは新たなセキュリティを用意せねばならんのう。とはいえ、まずは目先のことを片付けねばなるまいて。フェザリナ、きみの期末試験についてじゃよ」
期末試験というワードを聞いて、フェザリナの浮かれた笑顔が露骨に曇った。このあと何を言われるかは分かりきっていたので、彼女は先んじてダンブルドアに問う。
「やっぱり
「うむ。フェリックス・フェリシスは例外を認められるような効能の魔法薬ではないというのが魔法試験局の見解じゃった。残念ながら、わしも同意見じゃ」
ごく当然の話として、試験でカンニングを行ってはいけない。しかしいくら教職員がそう唱えたところで、生徒たちはいつの時代も諦めずあらゆる手段でのズルを考えるし、試験を監督する方もあらゆる手段で摘発を試みることとなる。
「魔法薬によるドーピングやカンニングは、公的な試験における一般的な禁止事項だ。君が普段からその劇薬を飲んでいるということは我々もダンブルドアから聞き及んでいるが、ホグワーツの期末試験……とりわけ将来に控えるO.W.L.やN.E.W.T.を幸運薬の影響下にある状態で受けることは難しい」
「ん〜、でもキングズリーさん。飲まなかったら多分死ぬよ、わたし」
さらりと漏れた発言で場がしんと静まったが、この回答自体はダンブルドアのみならず、キングズリーもトンクスも予想できていた。
「君が幸運薬を飲まなかったとしたら、何が起きると思うかね?」
「まあふつーに死ぬか、死ぬよりひどいことになるかもねぇ。だってわたしはずっと飲み続けてるんだよ?
「……じゃあ、貴女の周りでは何が起こるかな?」
トンクスの質問に、少しだけ考える様子を見せてからフェザリナは再び口を開く。
「わたしよりマシかもだけど~、やっぱりろくなことにならないんじゃない? 普段わたしが見てないものでも、わたしの周りではラッキーが増えるもん。それがなくなるだけじゃ済まない……ド派手な揺り戻しが来てすっごいことになっちゃうかもねぇ!」
あくまでフェザリナの仮説でしかない。しかしまったくありえない話ではない、むしろ信憑性は高い。この幼さにして、イギリス魔法界に記録の残る限りでは間違いなく最も多量の幸運薬を摂取しているのが彼女なのだ。
「きみの考えはおそらくそう間違ってはおるまい。しかし事実として、試験中に幸運薬の効能が残る形で飲み続けることもできぬ。そこできみに提案があるのじゃよ」
好好爺然とした微笑みと共にダンブルドアが語る。
「まず、一年生の期末試験は本来教員の監督下で行うものじゃが……O.W.L.やN.E.W.T.同様、魔法試験局から試験監督をお招きする手筈が整っておる。グリゼルダ・マーチバンクス女史が二つ返事で引き受けてくれたのでな」
「ちょっとダンブルドア、マーチバンクスさんって魔法試験局のトップでしょ!? 一年生の試験にそんな人引っ張り出せるの!?」
フェザリナが何か言うよりも先にトンクスの方が反応したが、ダンブルドアはにこりと笑うだけだった。
「事情を少し話しただけでお引き受けくださった。ありがたいことじゃよ」
「だがまだ問題がある」
ダンブルドアに次いでキングズリーが説明を続ける。
「試験期間は複数日に及ぶが、アークライト嬢の懸念が現実となる場合、試験の合間に幸運薬を飲まないことはむしろ危険ですらある。そこで、我々闇祓いの出番だ」
「んーと……もしかしてぇ、わたしを護衛してくれるってこと?」
「そう捉えてもらって構わない。私とトンクスで、君を外的要因の危険から守ろうという話だ」
「キングズリーは寮の外で目立たないように貴女を守りつつ、何かしら問題が起きれば対処。私はグリフィンドール寮の中と、貴女が飲む幸運薬の量を……言い方は悪いけど、形式上監視させてもらうわ。どうせ隠れて飲もうと思えば飲めるんだから、建前だけどね」
「トンクスは『七変化』で、彼女自身の思い通りにその姿を変えられる。なるべくアークライト嬢のそばで備えられるよう、彼女には存在しないグリフィンドール生になってもらう予定だ」
キングズリーが語る間にも、トンクスは紫色の髪の毛を桃色に一瞬で変化させていた。
「んふふ、なんだか至れり尽くせりだねぇ? まーいいよ、わたしに断る理由ないもん! でも結局飲まない時間があるなら、その間に何が起こってもわたしのせいじゃないからね?」
「うむ。そこまで織り込み済みであるからこそ、きみと周囲の安全を守るために闇祓いをも連れてきているのじゃよ。そして……遅ればせながら、きみにクリスマスプレゼントをあげよう」
あまりにも突然の申し出だったが、フェザリナはプレゼントというワードを聞いて一気にテンションを上げる。
「ほんとっ!? 期待しちゃうよ、していいね、したよぉ! 先生からのプレゼントなんて、どんなものが貰えちゃうのかな~?」
「自画自賛になってしまうが、きみを満足させるに値する品を選んだと確信しておるよ」
執務机の上に鎮座していた細長い木箱をダンブルドアが手に取った。フェザリナのみならず、キングズリーとトンクスも一体どんな贈り物が飛び出るのか興味津々の様子である。そしてダンブルドアによって木箱の蓋が取り払われ、その中身が露になる。
「紅色の、羽根ペン?」
「……まさか。ダンブルドア、この羽根ペン、素材の提供元は」
いち早く気付いたのはキングズリーだった。その視線はダンブルドアの方に向き、次いでフェザリナの方に……正確には、フェザリナの隣にまだ佇んでいる不死鳥のフォークスに向く。
「想像の通りじゃよ。不死鳥はあらゆる呪文や呪いに対する強い耐性を持つ。これは不死鳥が運命のひとつから切り離されているためではないかとわしは考えるが……ならばその羽根を筆記具にすれば、これ以上に誤魔化しの利かない物もあるまいて。そして同時に一種のアミュレットとしても機能するじゃろう。フォークスの羽根を欲しがるきみならば、喜んでくれると信じておる」
ダンブルドアは決して断定することなくそう告げたが、このプレゼントを目の当たりにしてフェザリナが浮かべた満面の笑顔を一目見れば、彼女の返事は火を見るよりも明らかであった。