提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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いざ、完全アウェイの第七鎮守府へ③

 応接室での話し合いは、陽炎さんの力を高瀬さんに示すということで、一段落した。

 どんな方法で示すかについては、高瀬さん預かりだ。なんか「あなたじゃ決められないでしょ」と言って、高瀬さんの方から引き受けてくれたのだ。俺が素人ということもあって、たぶん気を遣ってくれたのだろう。申し訳ないなと思いつつ、俺では決めきれないのも事実なので、全部お任せしてしまった。

 

 というわけで──。

 

 俺は応接室を後にして、霞さんたちと一緒に第七鎮守府の食堂へと向かっている。

 応接室を出た後、三人ともお昼がまだだって話になり、それで俺も一緒にどうかという流れになってしまったのだ。

 

 お昼のピークは過ぎてしまっているが、俺もまだ昼食は摂っていない。あんな緊張感のある話し合いをした後なので、エネルギーが枯渇しまくっている。とはいえ、万が一高瀬さんと出くわしたら気まずいので、早いところ退散して外で適当に済ませようと思っていたのだが──。

 

 「まったく、本当にだらしないんだから」

 

 前を歩く霞さんが、ため息混じりに言った。

 

 「なんで全然反論しないのよ。言われっぱなしで悔しくないの?」

 「す、すみません……」

 「あんたが自分でハッキリ言わないと、陽炎もあんた自身も誤解されたままなのよ?」

 「はい……」

 「相手は同じ提督でしょ。びびってばかりいないで、少しはしゃんとしなさいよ」

 「はい、頑張ります……」

 

 ちょっと前から始まった霞さんのお説教タイム。それも相まって断りに断れなかった。

 まあ、あれだけ情けない姿を見たら説教もしたくなるよなあ。

 

 「霞、そこまでにしてください」

 「霞姉さん、言いすぎ……」

 

 横から不知火さんと霰さんの待ったがかかる。

 霞さんは「ふん」と鼻を鳴らすと、それ以上は何も言ってこなくなった。

 

 すると、霞さんの横を歩く不知火さんが、顔だけをこちらへ向けてきた。

 

 「申し訳ありません。霞には後でよく言っておきますので」

 「いや、こちらこそ。助けてもらってばかりで申し訳ないです……」

 

 第七に来てからの道案内もそうだし、加えて不知火さんたちが応接室に乱入してきた真相──つい先ほど教えてもらったのだが、どうやら陽炎さんから「司令がピンチの時は助けてあげて!」という要請があったらしい。不知火さんたちは、その要請を引き受けてくれたのだ。

 

 ……ほんと助けてもらってばかりだ。

 

 三人とも第八に所属しているわけでもない。それどころか、まだ知り合って間もないっていうのに。心の底から感謝してると同時に、申し訳なさと自己嫌悪が押し寄せてくる。

 

 「気にすることない」

 

 霰さんがじっと俺を見つめて言った。

 

 「霞姉さんが好きでやったことだから」

 「あ、はい……」

 

 すると、心外だと言わんばかりに、霞さんが「はぁ?!」と声を上げた。

 

 「ちょっと、なんで私だけなのよ。あんたたちも同じでしょうが」

 「一番怒ってたのは霞姉さん。今にも突入しそうな勢いだった」

 「ですね。抑えるのが大変でした」

 

 不知火さんが会話に加わる。霞さんはばつが悪そうな顔。

 俺は改めて、霞さんに頭を下げた。

 

 「あの、ありがとうございました。助かりました」

 「っ……べつに。私は自分のやりたいようにやっただけよ」

 

 霞さんは前を向いたままだったが、さっきよりも声色が優しいように感じた。

 さすが霞さん、面倒見のいい先輩の鑑である。

 

 「霞は神城司令には素直ですね。普段からこれぐらい素直だとよいのですが」

 「これがツンデレ。陽炎が言ってた」

 「……余計なことを言う口はこの口かしら」

 

 威圧感のある声を出しながら、霞さんの手が二人の口元へと伸びる。

 

 「口は禍の元ってことわざ知ってる?」

 「ふぁいふうんふぇふか」

 「いふぁい……」

 

 霞さんがニッコリ笑みを浮かべて、二人の口元を引っ張る──いや、つねっている。

 口は笑っているのに目は笑っていないので、余計に圧を感じる。

 

 「まったく、人のことばかりなんだから。あんたたちだって普段と違うくせに」

 

 霞さんはため息混じりに、二人の口元から手を離した。

 二人は痛かったのか、涙目でつねられた箇所をさすっている。

 

 「そんなに普段と違うでしょうか……不知火はいつも通りのつもりですが」

 「霰もいつも通り……」

 「……自覚がない分、余計にたちが悪いわね」

 

 呆れ顔で大きなため息を零す霞さん。

 確かに、二人とも前に第八で会った時よりは、口数が増えてる気がする。特に霰さんは、前よりもはっきり喋るようになった印象だ。

 

 逆に霞さんはいつも通りなんだよな。なのに色々言われてて、ちょっと不憫だなと思う。

 まあ、これがツンデレ属性の宿命か。俺は別に、霞さんがツンデレだとは思わないけど。

 

 三人のやり取りを見ているうちに、食堂に到着した。

 すでにお昼のピークが過ぎているからか、食事をしている人は少ない。鎮守府職員と艦娘が数名──中には漣さんたちの姿も見えた。

 

 俺は三人の後について行き、購入した食券と引き換えに料理を受け取った。そして、事前に決めた席に腰を下ろす。

 

 ふぅ……ようやく一息って感じだ。

 ここに来てから緊張しっぱなしで、気の休まる間もなかったからね……。

 

 みんなが席に着いたところで、遅めの昼食が始まった。

 各々、注文した料理を口へと運んでいく。何口か食べたところで、ふと不知火さんが俺を見て言った。

 

 「神城司令は、新しい司令のことをどう思われますか」

 「えっ……」

 

 唐突すぎる質問に、箸を持つ手が空中で止まる。

 不知火さんの顔は真剣だ。ただ、すぐに申し訳なさそうに目を伏せてしまった。

 

 「申し訳ありません。食事中に答えづらいことを訊いてしまいました」

 「あ、いや、全然大丈夫です」

 

 俺は箸を置いて少しだけ考える。そして思ったことを口にした。

 

 「いい人なんじゃないですかね。ちょっと怖いですけど」

 

 怖いのは威厳がある証拠だ。人の上に立つ者には、少なからず必要になってくる。

 といっても、ただ怖いだけではなく、知らないことを色々教えてくれたし、陽炎さんのこともよく考えてくれていた。

 

 故に、俺の中では高瀬さんはいい人判定である。

 

 「神城司令官も、司令官のこと怖いの?」

 

 横に座る霰さんが首を傾げた。俺は思わず苦笑してしまう。

 

 「話してる時はまだマシなんですけどね……どっちかというと、みんなが応接室に入ってきた時とか、最初の漣さんたちがいた時がやばかったですね」

 「霰も怖かった……新しい司令官、霰は苦手」

 

 無理もない。俺と話してる時より圧がすごかったからな。

 すると、前の席の霞さんが「ふん」と鼻を鳴らした。

 

 「あんなんでも、前のクズよりはマシでしょ」

 「アレと比べちゃだめ」

 「……それもそうね」

 

 俺も心の中で二人に同意する。アレと高瀬さんを比べてはいけない。

 二人の台詞に不知火さんも頷いた。

 

 「前の司令なら先ほどの応接室の一件で、最低でも一週間は独房送りだったでしょうね」

 「まじですか……」

 「はい。今回もそれなりの罰を覚悟していましたが、どうやら杞憂だったみたいです」

 

 そこまでのリスク覚悟で飛び込んできたのか……。

 いくら陽炎さんに頼まれたからって、俺なんかのために体張りすぎじゃないですかね……。

 

 「安心するのはまだ早いんじゃない?」

 

 と霞さん。

 

 「後で呼び出されるかもしれないわよ。あいつみたいにね」

 

 そう言って、霞さんが顎をしゃくる。

 その先へ目をやると、漣さんたちが座っているのが目に入った。

 

 「曙のことですか」

 

 不知火さんの質問。霞さんは呆れ口調で答える。

 

 「他にいないでしょ。提督が変わっても相変わらずみたいだし、あいつ」

 「……それ霞が言いますか」

 「霞姉さんも同じぐらい口悪い時ある」

 「わ、私はちゃんと相手を選んでやってるのよ!」

 

 二人からの鋭いツッコミに、霞さんが声を上げた。

 と、そこへ──。

 

 「これはこれは、十八駆の皆様。うちのぼのたんに何かご用で?」

 

 不意に後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。俺は反射的に振り返る。

 声の主は漣さんだった。手には空の皿や茶碗が乗ったトレーを持っている。

 

 ……提督室でも思ったけど、喋り方の雰囲気は零艦隊の漣さんと似てるな。

 

 「なに、盗み聞き? 随分と趣味が悪いのね」

 

 霞さんが疑念の目を漣さんへ向ける。

 

 「いやいやー、漣はそこまで性格悪くはないですヨ」

 

 対する漣さんは、悪びれた様子もなくニコニコと笑う。

 

 「トレーを返却しようと思いましてね。ちょうど通り道なんですよ、ここ」

 「聞いてたのは否定しないのね」

 「盗み聞きと偶然は雲泥の差では? ちなみに、漣は後者ですヨ」

 「でも、盗み聞きしてないって証明はできないでしょ」

 「失敬な、漣ちゃんは清く正しい駆逐艦ですよ? 嘘なんて吐きませんて」

 「……思ったより信用できないわね」

 「グハッ! 最近どこか丸くなったと思っていたんですけど、気のせいだったみたいですね……」

 

 霞さんの辛辣な一言に、ガクッと肩を落とす漣さん。

 そんな二人のやり取りを、みそ汁を啜りながら聞いていると、

 

 「で、そのお方が、噂の第八鎮守府の提督殿ですか」

 

 そう言って、漣さんが俺の方へ視線を向けてきた。

 突然すぎる話の切り替わりに、思わず「えっ」と間抜けな声が出てしまう。

 

 「はい。第八鎮守府の神城司令です」

 

 俺が口を開くより先に、不知火さんが答えてくれた。俺もすぐに椅子から腰を上げる。

 名前は提督室で聞いてたと思うけど、一応ね。

 

 「第八鎮守府の神城です」

 

 そしてペコリと一礼。すると漣さんも、慌てた様子でペコペコと頭を下げた。

 

 「こ、これはこれはご丁寧にどうも。綾波型駆逐艦の漣です」

 

 さっきまでの軽い調子とは打って変わって、随分と真面目な感じだ。

 漣さんって、実際に会うとこんな感じなのか。なんというか、オンオフの激しい人だな……。

 

 なんてことを考えていると、漣さんがじっとこちらを見ていることに気づいた。

 え、なんでこんな見られてるんだ……なんか変なとこでもあったか……?

 

 無言のまま俺を見つめる漣さんに、不知火さんが疑問を投げかける。

 

 「どうかしたのですか?」

 「いやあ、ご主人様とは雰囲気がまるで違うなと思いまして」

 

 雰囲気か。まあ、そりゃ違うわなって感じだ。

 高瀬さんと俺を比べたら、ライオンとネズミぐらい違うんじゃないか?

 

 「神城司令は先日まで民間人だったのです。司令とは違っていて当然でしょう」

 「民間人? じゃあ、軍の人間でもなかったと?」

 「はい。そのはずです」

 

 不知火さんがちらりと、こちらへ視線を飛ばす。

 俺は苦笑しながら言った。

 

 「先日まで普通のサラリーマンやってました」

 「……なるほど。道理で尖った感じがしないわけですね」

 

 納得した様子の漣さん。そして流れるように、霰さんの隣の席に腰を下ろした。

 すかさず、霞さんからツッコミが飛ぶ。

 

 「ちょっと、なんで座るのよ。あんたの席はあっちでしょ」

 「まあまあ、そう言わずに漣も混ぜてくださいヨ。お願い、霞ママ!」

 「ママ言うな」

 

 あー、そういえば青葉さんが言ってたな。巷ではママ呼びされてるって。

 ……今更だけど、なんでママなんだろ。よく分からない。

 

 「あんたよくそんな軽口が叩けるわね。仮にも他鎮の提督の前でしょ」

 「ノープロブレム! ですよね、神城提督殿?」

 「あ、はい」

 

 俺が即答すると、漣さんは「さすがですね!」と満足げに笑った。

 霞さんが呆れたようにため息を零す。

 

 「あまり甘やかさない方がいいわよ。すぐ調子に乗るから」

 「べつに甘やかしてるつもりはないんですけど……」

 「そうですぞ! 漣はただお近付きの印に、なるべく素でいようとしてるだけですぞ!」

 「それ、相手が間違ってるんじゃない? うちの提督は別にいるでしょ」

 

 霞さんの台詞に、漣さんは途端にばつが悪そうな顔になった。

 

 「いやー、きついっす……ご主人様はこのノリが通じる人じゃないので」

 

 確かに。ご主人様呼びして怒られてたもんな。

 

 「神城司令官は優しいから大丈夫」

 

 と霰さん。

 

 「漣が素でも怒らない……はず」

 

 そう言って、霰さんが俺を見てくる。

 俺は苦笑しながら首肯した。

 

 「怒らないですよ。むしろこれぐらいフランクな方がありがたいです」

 

 零艦隊の漣さんもだけど、なんか喋りやすいんだよな。俺は自分から話しかける方がしんどいタイプだから、漣さんみたいな人は非常にありがたい。

 

 その漣さんはというと、なぜか目をぱちくりとさせていた。

 あれ、俺なんか変なこと言ったか……?

 

 「ああ、スミマセン。まさか提督殿からそんな台詞が聞けるとは思わなくて」

 

 漣さんはまだ現実味がなさそうな顔をしている。

 なんでだ……そこまで大層なこと言ったつもりはないんだけど。

 

 「分かった? 噂の第八の提督はこういう奴よ」

 

 横から霞さんが、退屈そうに頬杖をつきながら言った。

 漣さんは顎に手をやって、何やら考え込んでいる。「もしかして」という呟きも聞こえてくる。

 

 「あのー……第八鎮守府って、実はめちゃくちゃ良き鎮守府なのでは?」

 

 おそるおそる、そんな雰囲気で漣さんが疑問を呈する。

 その疑問に対する回答は、三人から聞けることになった。

 

 「そうですね。とても良い鎮守府でした」

 「まあ、噂ほど酷くはなかったわね」

 「うん。また行きたい」

 

 不知火さん、霞さん、霰さん──三人ともかなりの高評価だ。

 とはいえ、特に何もした覚えがないので少し複雑である。

 

 「つまり……飛ばされた陽炎ちゃんは、勝ち組ってことでおけ?」

 

 漣さんが三人に尋ねる。また三人から答えが返ってきた。

 

 「勝ち組かどうかは分かりませんが……陽炎も第八は良い場所だと言っていました」

 「少なくとも、今のうちよりは居心地いいんじゃない」

 「霰は勝ち組だと思う。間宮さんのアイスを食べれる時点で勝ち組」

 

 なんか霰さんだけ、根に持ってるような言い方だな……。

 三人の返答を聞いた漣さんは、「なんですと!」と声を上げた。

 

 「間宮さんのアイスまで食べられるとは……陽炎ちゃんめえ、一人だけいい思いしよってからに」

 

 続けて「ぐぬぬ」といううめき声や、「許すまじ!」なんて台詞も聞こえてくる。

 そんな漣さんの様子を見て苦笑していると──。

 

 「お話し中に失礼します」

 

 不意に後ろから声がした。

 振り返ると、漣さんと曙さんと同じテーブルにいた二人が立っていた。

 

 一人は落ち着いた雰囲気で、もう一人は少しおどおどした印象を受ける。

 うーん、名前が分からない……。

 

 「おっ、二人も混ざりに来た系?」

 

 漣さんが訊くと、二人とも困ったような顔をした。

 二人のうち、短髪の子が静かに答える。

 

 「違うよ。トレーを返しに行ったまま戻ってこないから……」

 「あはは、めんごめんご。ちょっと面白そうな話が聞こえてきたので、つい話し込んじゃいました」

 

 テヘッと笑う漣さん。対する二人は困り顔のままだ。

 

 「そうだ、二人にも紹介しないと!」

 

 そう言って、漣さんが俺を見る。

 

 「このお方は、第八鎮守府の神城殿。なんと、ご主人様と同じ提督さんですぞ」

 

 二人の視線がこちらへ向く。

 俺は漣さんの時と同様、立ち上がって頭を下げた。

 

 「神城です。一応、第八鎮守府で提督をしてます」

 

 すると、短髪の子が慌てた様子で姿勢を正した。

 

 「綾波型駆逐艦の朧です。自己紹介が遅れてしまい、申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げる朧さん。

 あまりの礼儀正しさに、逆にこっちが恐縮してしまう。

 

 「ほら、潮も」

 

 朧さんに促され、隣の子もあたふたと自己紹介を始めた。

 

 「お、同じく綾波型駆逐艦の潮です。どうぞ、よろしくお願いいたします……」

 

 潮さんも朧さんと同様、丁寧に頭を下げてくれた。

 なんというか、すごく真面目な人たちだ。同じ綾波型でも、こんなに性格に違いが出るものなんだな……。

 

 「そして、あそこで不機嫌そうに座っているのが、ぼのたんこと曙ちゃんです!」

 

 漣さんが曙さんの方を見ながら言った。

 曙さんはいかにも退屈そうに、頬杖をついてそっぽを向いていた。

 

 ……なんか既視感あるな、あの感じ。

 

 「……なに?」

 「あ、いや、なんでもないです」

 

 ちらりと霞さんを見たら、睨まれてしまった。

 危ない危ない。これ以上考えるのはやめとくとしよう……。

 

 「ぼのたーん、ぼのたんもこっちでお話しようよー」

 

 漣さんが曙さんに声をかける。しかし、曙さんに反応はない。

 

 「ありゃりゃ、どうもまだ機嫌が直ってないみたいですね……」

 

 苦笑する漣さん。今度は朧さんが咎めるように言った。

 

 「曙、せめて挨拶ぐらいはしないと失礼だよ」

 

 その台詞に、曙さんが不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。

 

 「なんで?」

 「な、なんでって……」

 

 予想外の返答だったのか、朧さんが戸惑っている。

 潮さんもさっきよりおろおろしていて、気が気じゃないみたいだ。

 

 「ぼのたん、神城殿は第八鎮守府の提督なんだよ。提督室で見たから知ってるでしょ?」

 「だから?」

 

 漣さんの説明にも、曙さんは動じない。

 

 「他鎮の提督なんかに、なんで挨拶しないといけないわけ」

 「え、それは……ご主人様と同じ提督だから?」

 「提督になら誰にでも尻尾振れっての?」

 「いや、そこまでは言ってないけど……」

 

 あの漣さんが困惑している。空気も完全にお通夜モードだ。

 曙さんが立ち上がった。トレーを持って、そのまま返却口へ向かって行く。

 

 ……曙さんってこんな感じなのか。霞さんと似てると思ったけど、全然違ったわ。

 すると、ここまで黙っていた霞さんが、小さくため息を吐いた。

 

 「挨拶もできないなんて、見た目通りのお子様ね」

 

 その瞬間、曙さんの足が止まった。

 あっ、これ絶対あかん流れきてるわ……。

 

 「いや、子供でも挨拶はできるか。ちょっと過大評価だったわね」

 「……なに?」

 

 曙さんがゆっくりと振り返る。その目は、さっきより明らかに鋭かった。

 しかし、霞さんは一切動じずに続ける。

 

 「ああ、聞こえてたの。悪かったわね声が大きくて」

 「……なんなの、あんた。いつから人に挨拶がどうとか言えるほど、偉くなったわけ」

 「私はできるもの。あんたと違ってね」

 

 余裕綽々と言い返す霞さん。曙さんの目がまた鋭くなる。

 

 「他鎮の提督の前だからって、なにいい子ぶってんのよ。気持ち悪い」

 「べつに、この人は関係ないわよ。ていうか、挨拶くらいでいい子ぶってるって、大袈裟すぎじゃない?」

 「人を平然とクズ呼ばわりする奴が、偉そうなこと言うなって言ってんの」

 「それとこれとは話が違うでしょ。少なくとも、私はちゃんと挨拶したわよ」

 

 ちらりと霞さんが俺を見る。確かに、霞さんはしてくれたな。

 すると曙さんは、「へぇ」と含み笑いを浮かべた。

 

 「生粋の提督嫌いなあんたも、そいつには尻尾を振ったってわけね」

 「なっ……だからこの人は関係ないったら!」

 

 声を上げて否定する霞さん。

 今度は逆に、曙さんの方に余裕が生まれた。

 

 「うちにも新しいのが来たってのに、随分と尻が軽いのね。いっそ、あんたも第八に行ったら?」

 「は? なんで私が……」

 「第八って、艦娘の墓場とか言われてる鎮守府でしょ。あの独房女も飛ばされたらしいし、お似合いなんじゃない?」

 「……」

 

 急に霞さんの言葉が途切れた。黙ったまま曙さんを睨みつけている。

 これ、そろそろ止めた方がよくないか? 万が一、取っ組み合いとか始まったら……。

 

 なんてことを考えていると、ちょうど双方から止める声が入った。

 

 「霞、これ以上は」

 「食堂で暴れたらだめ……」

 

 不知火さんと霰さんが、なだめるように言う。

 すると霞さんは、小さく鼻を鳴らして曙さんから目を離した。

 

 「曙も。提督にバレたらまた怒られちゃうよ」

 「そうそう、喧嘩なら人目のつかないところでやらないと」

 

 曙さんも、朧さんと漣さんの制止によって、つまらなそうにそっぽを向いた。

 そんな二人を見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 

 あー、よかった……とりあえず、これ以上は悪化しなさそうだ。

 

 「……くだらない」

 

 それだけ吐き捨てるように言うと、曙さんは踵を返した。

 そのまま一人で、返却口の方へ歩き出してしまう。

 

 「あ、曙ちゃん……」

 

 潮さんが慌てて声をかけるが、曙さんは振り返らない。

 朧さんは小さく息を吐くと、こちらを見て申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 「すみません。お騒がせしました」

 

 続けて潮さんもぺこりと頭を下げると、朧さんと一緒に曙さんの後を追っていった。

 場がシーンと静まり返る。

 

 最初に口を開いたのは、残された漣さんだった。

 

 「いやはや……なんともまあ、申し訳ないですな」

 

 さっきまでの軽い調子ではなく、真面目モードな雰囲気だ。

 

 「ぼのたん、悪い子じゃないんですけどねえ」

 

 そう言って、困ったように頬を掻く漣さん。

 

 「ただ、提督という存在に対しては、色々と思うところがあると言いますか」

 

 なるほど。俺だけってわけじゃないんだな。

 

 「ご主人様にもああなので、あまり気にしないでいただけると」

 「あ、はい……」

 

 俺が頷くと、漣さんは少しだけ笑った。

 

 「いやあ、神城殿は優しいですなあ。霞ちゃんが丸くなったのも、神城殿のおかげだったり?」

 「え、どうなんですかね……」

 

 思わず苦笑してしまう。漣さんの質問に答えたのは、霰さんだった。

 

 「神城司令官が毒抜きしてくれた。その前は霞姉さんも曙みたいだった」

 「確かに! 二人ともツンデレ同士ですからね~」

 

 あははと笑う漣さん。霞さんが小さく鼻を鳴らす。

 

 「うるさいわね。あんたもさっさと戻りなさいよ」

 「漣はべつに戻らなくてもいいんですヨ。ぼのたんのことは二人に任せておけば、ノープロブレムですし」

 「あんたねぇ……」

 

 ため息を零す霞さん。どうやら漣さんは、まだ戻る気がないらしい。

 

 「とりあえず出ません? 長居しすぎても迷惑でしょうし」

 「誰のせいで長居することになったと思ってるのよ」

 

 霞さんが呆れ顔でつっこむ。

 漣さんは知らん顔で、さっさと返却口へ歩いていってしまった。

 

 俺は苦笑しながら、トレーを持って立ち上がる。

 それを合図にするように、不知火さんたちも席を立った。

 

 そのまま全員でトレーを返却口へ運び、俺たちは食堂を後にした。

 

 

 




朧は公式的には基本「ちゃん」付けで呼ぶみたいなんですけど、
今回は主人公が前ということもあり、呼び捨てにしています。
個人的にはこっちの方がしっくりくるんですが、皆さんはどうでしょうか・・・?

次回で訪問回は終わる予定です。
曙とも絡ませてみたいけど、書けるかは未定・・・。
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