コレはテレビもパソコンもない時代の物語
とある町に引っ越してきたばかりのアルマは、森の奥で不思議な動物を見つける
その日から彼女と小さなデジモンとの生活が始まった

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この作品はデジモンノベルコンペティションに(別名義で)応募した作品です
どうぞお楽しみください


アルマと不思議なおともだち

 蓄音機から流れてくる、もの悲しげな歌を聴きながら、私はクマのぬいぐるみを繕っていた。

ランプの光が辺りを優しく包み込む夜の部屋には、すきま風一つ入っては来なかった。

綿がはみ出た背中を、なんとか茶色の糸でぬい閉じてやり、ぬいぐるみは元通りになった。三歳の頃からずっと一緒だったそれは、今でも私の宝物だ。

「終わったの?アルマ」

「ひとまずな」

「良かった!その子、嬉しそうだね」

「せやなあ。もう一度息吹き込むようなモンやしな」

私のひざに飛び込んできた子ぎつね、ポコモンはそれを聞くと、ぬいぐるみに向かってにっこりと笑いかける。

「けど、私なんかまだまだや。ほらここ、ぬい目が荒いやろ?」

「ホントだ」

「でもなあ、これでも努力したんよ。ついこの前まではけがばっかしとったからな」

「すごいね、アルマ!」

「ありがとうな、ポコモン。さ、もう寝るで」

子ぎつねを撫でつつ、私は蓄音機とランプを消した。辺りには無音の暗闇が広がるが、もう今は怖くない。

◇◇◇

 

 

 

 私がまだふるさとの小さな町から、家族三人で引っ越してきて間もない頃のこと。

転校した先の小学校の、子供たちの間でまことしやかにささやかれていた噂があった。町はずれの森の奥深くには妖精がいて、見つけた者のよき友達になってくれるのだ、と。

女の子だけではなく、男の子たちも先生がいない時は教室でそんな話をしていた。

その時の私は、なかなか輪の中に加われずにすみの方で本ばかり読んでいた。おくびょうな私にはそれしかすることがなかったし、転校して一週間も経たずに友達をつくれ、という方が無茶だと私は思う。

だが、その話が耳に入った時、私は教室をいつの間にか抜け出して、一人で森の方へ向かっていた。この後は授業がないので、どこへ行っても自由に遊べるものの、何も持たずに駆けている。そのことに気づいたのは森の入口にさしかかった頃だった。

 辺り一面に大きな木がおいしげり、地面に近い太めの根っこからは茶色く、背の低いきのこが二、三本ひょっこりと顔を出している。低木には優しい桃色の花が咲き、木漏れ日の中からは小鳥の楽しそうな歌声が聞こえてくる。

気づいたら獣道はもう見えなくなっていた。戻れなくなるだろう、という恐怖も心細さも私にはない。

もっと奥まで進めば妖精の国へいけるんだ、という希望があったからだ。

私は花を摘もうと、低木の近くにに生えていた黄色の花の茎を半分折った。あちらこちらに同じような花が咲いていたから、靴やスカートが泥で汚れるのも構わず、両手で抱えられるだけ持っていく。

これから会う妖精たちへのおみやげとして。

 

 

 

少しだけ冷たい風が吹き、木々の隙間から見える光はオレンジ色に輝いていた。

私はもと来た道にいつの間にか戻ってきていたのか、また獣道を歩いている。結局、妖精は見つからなかった。噂はただの噂でしかない。

あきらめて学校へ戻ろうとした時、白い花のしげみから音が聞こえてきた。ガサガサ、と何かが引っかかり、もがいているような音。きょろきょろと辺りを見回してみると、太くふさふさした、黄色く小さなしっぽが現れた。

「ぱうん、ぱう~ん!」

 

 どうも抜け出せずに困っているらしい。にもかかわらず、小さな動物は一生けん命にもがき続けている。

私がしっぽを引っ張ってやると、驚くほど簡単に抜けた。反動で私の体は後ろの方へ転がってしまったが。

服は泥だらけになり、つんだ花も手のひらからこぼれ落ちていく。子ぎつねは花のひとつを見るなり、もしゃもしゃと食べ始めた。

「それ、食べたらあかんで⁈」

「ん~?」

子ぎつねは気にせずに落ちていた花を食べ続ける。後には茎と葉っぱだけが残り、私の胸に飛び込んできた。

前足にも後ろ足にも爪はない。しずくのようにも見えるかわいらしいしっぽ。レモン色の小さな体。青空のようなすみきった目。

「決めた!あんたは今日からウチの子や。父ちゃんと母ちゃんに飼えるかどうか聞いてくる」

子ぎつねは首をかしげているが、私は気にも留めなかった。

 

 私たちが森の中から出てきたのは、陽が沈む直前のことだった。大通りの街灯にはぽつぽつと点き始め、見知らぬ大人ばかりが速く通り過ぎていく。石だたみの道に車の姿はない。

私は子ぎつねを抱えたまま、私の家でもある、おもちゃ屋の裏口のドアまで駆けて行った。

  

 泥だらけの私と子ぎつねを玄関で迎えたのは母だった。

私よりも濃い黄金色の長い髪を、ゆるく無造作に紺色のリボンで結んでこそいるが、南の島の海のような色の目からは、優しさがあふれ出ている。いつものように、かざりけのない白のブラウスに灰緑色の長いスカートをはいている。   

母は私と、抱えている子ぎつねを見るなり、

「ずいぶん遠くまで遊びに行ったんやなあ、アルマ。んで?その子はどうしたんや?」

「森で拾ったんよ。私にえらいなついてて」

「はあ。念のため父ちゃんにも聞いてくんねん。せやけど、『戻してこい』言われたら森に返してくるんやで?」

「……分かった」

「とりあえず風呂わいてるから入っとき。話はそれからでもええやろ?」

母は苦笑いしながら台所へ向かっていく。腕の中の子ぎつねが不安そうに「ぱうぅ」と鳴いた。

 

 

 

 風呂から上がり、ゆったりとした部屋着に着替えた後、鼻をくすぐる優しいにおいがどこからか漂ってきた。

同時に、油で何かを炒めている音も聞こえてくる。台所をのぞき込んでみると、母がソーセージとじゃがいも、それと少し太めに切ったにんじんを炒めている。白いテーブルクロスがかかった食卓の上には、すでに小さめのサラダと、水の入ったグラスが置かれていた。

変わらず、いすは三つしかない。だが、仮に四つ目のいすがあったとして、腕の中にいる子ぎつねは座れただろうか?

「どうしようなあ……」

「ぱう?」

私の言葉に子ぎつねは首をかしげた。

 

 

 

 父が居間からやってきて、私の向かいに座るなり、抱っこしている子ぎつねを見ながら言った。

「母ちゃんから聞いたで?アルマ。動物拾ってきたんやってな?」

「……うん」

「引っ越したばっかで友達がおらん、ってのは分かるけどなあ」

「ぱう……」

仔狐は寂しそうに鳴いた。その様子を見た父は、優しくほほえみ、

「お前、そんなにウチの子と一緒にいたいのか。しゃーない、飼うか」

「ええの?」

「その丸っこいのとはもう友達みたいなもんやろ?」

「ありがとう、ありがとうな!父ちゃん」

私は父に礼を言った。子ぎつねもとてもうれしそうな笑顔を見せている。そうこうしているうちに、

「出来たから食べちゃいな」

コトリと、炒めたソーセージと少し焦げ目のついた野菜が乗った皿が、私の目の前に置かれた。ほかほかと湯気が立ちのぼり、皿の中の野菜もソーセージも、油でかがやいて見える。サラダのとなりには切り分けられたパンが、そのとなりにはバターの入れ物が、バターナイフといっしょに置かれていた。仔狐はそのうちの一枚にかぶりつき、おいしそうに食べている。

「何やお前、変わっとるなあ」

子ぎつねは、焼きたてとはいえ、ほおばりながら硬いパンを一生けん命に食べているのだ。その中には確かに笑顔があった。

 

 

 

 髪をほどき、自分の部屋のベッドに入った時、中は少しひんやりしていた。ぴょん、と子ぎつねが私の胸の中に飛び込み、わずかな痛みと温かさが感じられた。小さな前足とふわふわしたしっぽのくすぐったさに、私は思わず、

「何や、甘えんぼさんやなあ」

子ぎつねはぺろぺろと私のほほをなめ、その日はなかなか寝付けなかった。

「アルマ、おやすみ!」

「お前、しゃべれたんか!せや、私はアルマや」

「わたし、ポコモン!アルマ大好き!」

「ポコモン、ありがとうな」

私は彼女の頭をなで、目を閉じた。

 

 

 

 それからというもの、私とポコモンは親友になった。学校の友達とも仲良くなったが、彼女と家の手伝いをこなしたり、遊んだりする時ほど楽しい時間はなかった。

そのうちポコモンも交えて、女の子たちだけで遊ぶ日も多くなっていった。

不思議な動物がそばにいるというのに誰ひとり気にしない。それどころか、友達の中にも私と同じで不思議な動物を飼い始めた子がいるという。その事実を知った時、私は驚くと同時に、仲間ができてうれしくなった。

同じクラスのグレタという女の子だ。彼女は亜麻色の髪を短く切りそろえ、若葉のような緑色の目をしている。いつも地味な服ばかり着て困り顔の彼女が、私に「いっしょに帰らない?」と声をかけてくれた。道すがら、

「アルマちゃん、あたしも最近買い始めたの。バウモンっていうんだけど、あたしがお話の本を読み聞かせすると、うれしそうにかけよってくるの」

「グレタ、あんたあの森に行ったんか?」

「うん、隠しててごめんね。この前の授業で音読があったでしょう?あたし、音読苦手で……。ほかの子はみんな出来るのに、どうしてあたしだけ出来ないんだろうって。いやになって、ここじゃないどこかに行きたかったの。そしたらね、バウモンがあたしのところに来たの」

「よく帰って来られたな。あの森は迷いやすいで?私もポコモンがいたから帰って来られたようなもんやし」

「その時は帰りたくなかった。だってまた出来なかったらどうしようって……」

グレタの目からは一筋の涙がこぼれ落ちていく。教室では友達と仲良く話していて、あんなに楽しそうだったのに。

「……つらかったな」

「でもね、今はバウモンがあたしの音読を楽しそうに聴いてくれるから!ちょっとだけ本を読むのが好きになったんだ」

「よかったやん」

彼女はこちらに笑顔を向け、

「あ、そうだ!アルマちゃんも今度ウチに来ない?」

「ええんか?」

「バウモンもいるし。ポコモンと仲良くなれそうじゃない?」

「せやなあ、今度遊びに行くで」

そう言ってから別れのあいさつをし、おのおのの家に向かった。

空を見上げると、白い雲が朱色がかっている。髪をなでる風は少し肌寒い。今日の夕ご飯はなんだろうとか、帰ったらポコモンと何して遊ぼう、と考えながら、私はのんびり歩いていた。

 

 

 

 数日後は家の手伝いもなく、母から「

遊びに行ってきな。友達と約束あるんやろ?」と送り出されたこともあり、お昼過ぎからグレタの家に遊びに行くことにした。

歩いて十五分ほどのところにある小学校とちがって、半分くらいの時間で着いてしまう。

周りは畑ばかりで、たまに平屋建ての家や小さな小屋が見えるだけだ。

おみやげには母が焼いてくれたクッキーがある。肩からかけている小さなポシェットとは別のかごに入っている。きれいな丸というわけではないが、甘ったるいというわけでもないのもあり、丁度いい味だ。

ポコモンは私の腕に抱かれたまま、ふわふわと飛んでいる白い蝶を見ている。初めて見るものだからか、目をきらきらとかがやかせながら捕まえたそうにしている。

やがて、蝶がふらりとどこかへ飛んでいくと、彼女は残念そうな顔をした。少し歩いていくと、今度はそよ風にゆれるたんぽぽの花をきらきらした目で見つめている。私が折ってあげると、うれしそうに前足でつかんだ。

「どないしたん、ポコモン?」

「お友達にあげるの!」

「そっかそっか」

私は彼女の耳をそっとなでた。子ぎつねはうれしそうにしっぽをゆらしている。ハミングでもしそうな笑顔だ。

「たまの休みやからな、楽しもうな」

「うん!」

そうして私たちはグレタの家の門を見つけた。目の前に立つ門は、黒ぬりでうずまきのかざりがついた立派なものだった。そこをくぐった後、ノッカーを叩くと、ドアの向こうから優しそうな顔をしたおばさんが現れた。

「あら、あなたたちは……」

「初めまして、おばさん!私、アルマっていいます。今日はグレタちゃんと遊ぼうと……」

「まあ!グレタのお友達?ちょっと待っててね」

そう言って、おばさんはグレタを呼び、少したった後に彼女は玄関にやってきた。

「はーい!アルマちゃんと、ポコモン?どうぞ入って」

「おじゃましまーす」「まーす」

 

 

 

 グレタの案内で子ども部屋へと来た私達。

広い部屋の中で目に付いたのは、クッションとタオルが入ったバスケットだった。中には短いしっぽと手足を持ったこん色の子犬が眠っている。

そのうち私達が来たことに気づくと、子犬は目を覚まし、グレタのそばへ駆け寄った。

「おはよう、バウモン」

「ばう!おはよう、グレタ!初めまして、二人とも!アタイはバウモン」

「よろしくな、バウモン。私はアルマ」

「わたしはポコモン!ねえねえ、何して遊ぶ?」

しばらくして、二匹の子は部屋の中を楽しそうに駆け回り始めた。グレタはその様子を気にも留めず、本棚の中から適当な本を探している。

棚の中には子ども向けのずかん、お話の本やほこりを被った絵本などがぎっしりつまっている。彼女はその中から絵本を一冊取り出すと、ページをめくり、

「アルマちゃん、バウモン達、聴いてほしいの。あたし、こんなに出来るようになったんだって」

それを聞いたバウモンとポコモンがグレタに駆け寄ってきた。子犬の方はうれしそうにしっぽをふり、子ぎつねの方は好奇心から近づいてきたようだ。

「楽しみやなあ」

そうしてグレタの音読が始まった。

「昔、あるところに……」

 

 

 母の読み聞かせには及ばないものの、その声は優しく私の心にしみこんでいく。

全て読み終わり、本を閉じたグレタはおずおずと、

「どうだったかな……?」

とたずねてきた。

私は正直な感想を伝えると、

「ああ、よかった!」と安心したようだった。ほかの子も、

「グレタ、今日もよかったよ!」「上手だった!」と口々にほめたたえる。

彼女が笑顔をこちらに向けると同時に、まぶたからは小粒の涙が流れていった。

「みんなありがとう!もう、これで音読こわくないよ」

それを聞いたバウモンはにこにこしながら、しっぽをふっていた。

◇◇◇

 

 

 

 グレタの家で小さなろう読会を楽しんでから二、三日後。

私はポコモンといっしょに家の手伝いをしていた。学校から帰ってきた後はいつもこうだが、それが当たり前だったから、何も思わなかった。

外で遊んでいる子を見てもうらやましいと思ったことはない。ポコモンが来てからは、ただのぞうきんがけでさえ楽しくなったし、『少し売り上げが伸びたんやないか?』と、父からほめられたこともある。今日もまた変わらずいつもどおりの時間が過ぎていく、そう思っていた時のこと。

店のドアが開き、お客様がやってきた。私と同い年くらいの女の子だが、私は彼女を知らないわけではない。クラスは同じだが、話しかけたことはない。いつもほかの子とおしゃべりしたり、外で遊んでいるところしか見たことがない。だから何故、私の家であるこの店を知っているのか分からなかった。

「いらっしゃいませ!」

私は、いつものように明るく笑顔を見せながらあいさつをするが、その時、目が合ってしまった。

冷たいアクアマリンのような目に、やわらかにかがやく金の髪。短く切られてはいるものの、頭の左はしには暗い青のリボンを結んでいた。着ているワンピースは暗いつゆ草色で、すそには同じ色のフリルが付いている。はいている革ぐつも汚れ一つなく、鏡のように黒く光っていた。

彼女のとなりには、手と足がない人形のような動物がふわふわと浮いている。三本の角と、子犬のような耳が頭から生え、チョコレートのような色をしたその子は、お人形のような女の子以上に目をかがやかせていた。

「見て、ニーナ!おもちゃがいっぱいあるよ!」

「くまさんはあるの……?チョコモン」

「こっちこっち!ほかの子もいっぱいいるよ」

そう言って、チョコモンはニーナをぬいぐるみのたなまで案内した。そこには、子ども達の間で人気のくまやうさぎ、ぞうやあひるなどの動物が、細い腕に収まるサイズで作られ、新しい家に行けるのを今か今かと待っている。

女の子はたなの前で考え込んでいるのか、動こうとしない。心配になって、私が駆け寄ると、

「どないしたん?」

「あのね、今日は僕の買い物じゃないんだ。妹の、アンゲリカのおみやげを買いに来たの」

「チョコはね、ニーナが心配だからいっしょに来たの」

チョコモンは得意げに言った。

 

 

 

 彼女が手に取ったのは、クリーム色で茶色いしま模様のねこのぬいぐるみだった。ふわふわの、今にも動き出しそうなねこを抱えた彼女は、

「これ、ください」

と言って、レジカウンターへ向かい、代金をはらった。

プレゼントらしく、長方形のかわいらしい箱に入れ、赤いリボンをかける。

「はい」

「ありがとう、それじゃあね」

そう言ってニーナはチョコモンを連れて店を出て行った。私が彼女の忘れ物に気づいたのは、それから数分後のことだった。小ぜに入れをカウンターに置き忘れたことには気づかないのか、取りに来る様子はない。私はポコモンといっしょに、ニーナの忘れ物を届けに行くことにした。

「母ちゃん、私、友達の忘れ物届けてくるわ」

「ほな、気ぃつけてな」

私はポコモンを抱えて家を出た。

 

 

 

 遠目からニーナのすがたが見える。私達が追いかけていることには気づかないようだ。

だが、そのうちに足をぴたりと止め、

「だれ?」

「ニーナ、あの子達おもちゃ屋さんの……」

「おーい、これ!忘れモンや!」

「間に合ってよかったよ」

私は、小さなポーチのような小ぜに入れを彼女に手渡した。

「もう忘れんといてな」

「うん、ありがとう!そうだ、今から僕のお家に寄ってかない?」

「ええんか?」

「ちょっとしたお礼だよ」

こうして私はニーナの家にお呼ばれすることになった。

 

 

 

 彼女の家は、町から少し離れた丘の上にあった。

人通りが多く、にぎやかな町とはちがい、小さいながらも立派な館が門の向こうにある。

パンジーやヒヤシンスなどが植わった小さな花だん、ベンチブランコに小さな噴水。私の家とは何から何まで違う。

「ふわあ……!すごいなぁ」

「うん、僕、妹たちとここでよく遊んでるんだ。でも、僕はお庭より公園とかで走り回ったり、ボール遊びするのが好きだから……」

ニーナはうつむきながら言う。

「どないしたん?何かあったんか?」

「何でもないよ?行こう?」

ニーナはこちらに笑顔を向け、玄関のドアを開けた。

「ただいま!」

「おかえりなさいませ、お嬢さま。と、その子は……」

「お友達、だよ」

「そうでしたか、ではお茶とお菓子をお持ちしましょうか」

出迎えたのは、茶色の髪を後ろでまとめ、三角巾にエプロンをしたおばさんだった。母親ではなさそうだが、ニーナの口調からすると、お手伝いさんだろうか。彼女はろうかの向こうのドアへ消えていった。

 

 

 ニーナとチョコモンに案内され、私達は一枚のドアの前で立ち止まった。

彼女がドアを開けると、まず視界に飛び込んできたのは、ベッドをやわらかく包む白いカーテン。

その向こうには、うっすらとだが、くまのぬいぐるみとブルドッグのぬいぐるみが仲良く座っているのが見える。机の上には白い馬のぬいぐるみがあった。

「意外やなあ」

「そうでもないよ。だって、僕、かっこいい子は好きだし。でも、ぬいぐるみやお人形よりも、僕はお外で遊ぶ方が好きだから」

「ニーナはよく転ぶけど、チョコがいるから大丈夫!」

チョコモンはにこやかに、それでいて力強く言った。

「ありがとう、チョコモン」

ニーナはチョコモンの頭を優しくなでた後、小さなひざにのせた。

 

 

 ノックの音が聞こえると同時にドアが開き、さっきのお手伝いさんが入ってきた。

「みなさん、おやつですよ」

彼女は円いおぼんを持っていて、中にはぶどうジュースが入ったコップと、切り分けられたケーキ。それと、小さなフォークがある。

ポコモン達にはミルクが出され、二匹はうれしそうに飛びついた。

 

 

 

 ニーナと私がケーキを食べながら、他愛もない話でもり上がっていた時、足音が聞こえてきた。だれだろうか。

ドアの向こうから現れたのは、

「おねえちゃん!」

「アンゲリカ、モチモン!どうしたの?」

「楽しそうだね。リカも入れてよ」

赤茶色の髪を三つ編みにした女の子だった。レモン色のワンピースを着て、足のない人形のような動物を抱っこしている。髪の色はちがうものの、目の色は同じ。背丈もニーナとそう変わらない。

「双子なん?」

「うん、僕はアンゲリカのおねえちゃんなんだ」

「似とらんなあ」

「よく言われるよ」

「ねえねえ、あなたはおねえちゃんのお友達?リカはアンゲリカっていうんだ!この子はモチモン!リカのお友達なの」

「初めまして、アンゲリカ。私はアルマ。この子はポコモンや。よろしくな」にっこり笑いかけると、三つ編みの女の子も同じように返した。

 

 

 

 アンゲリカ達も遊びに加わることになり、ニーナは部屋のかべぎわにあるピアノの前にすわる。

彼女が演奏を始めると、アンゲリカがメロディに合わせて歌う。耳がなれていくにつれ、私も歌えるようになってきた。

動物たちは、にこやかに小さな体をゆらしたり、手拍子をしている。おだやかなメロディとむじゃきな歌声が、部屋の中を包み込んでいった。曲が終わって少したつと、時計のはりが動き出し、チャイムがなった。

「上手だったよ、アルマ」

「アンゲリカの歌も、あんたのピアノもうまかったで。またいっしょに歌おうな」

「楽しかったよ、アルマちゃん!リカ、このこと忘れないから」

「?」

「アンゲリカはね、今度大きな病院で手術するの。生まれた時から体が弱くて、僕とは別のクラスだけど、あんまり学校には行けてないんだ……」

「だから私と遊べてうれしそうにしてたんやな」

「ありがとう、僕の妹とも遊んでくれて」

ニーナの笑顔は涙でぬれていた。

 

 

 

 数日後、授業が終わった後のこと。私はいつも通りにまっすぐ家に帰ろうと準備を進めていた。

ノートと教科書を半分くらいまでカバンの中に入れ終わったころ、

「ねえ」

誰かがかたを軽く叩きつつ、声をかけてきた。ふり返ると、カバンを持ったニーナがそこにいた。

「ニーナ、どないしたん?」

「アンゲリカのおみまい、いっしょに行かない?」

「この後か?ええな、ほな行こか」

私とニーナは、家の反対がわにある大きな病院へ向かうことになった。

病院へ通じる道には、色とりどりの商店が並んでいる。

古本屋や肉屋、小さな食堂など。中には小ぎれいなケーキ屋なんかもあり、通りがかっただけでも子どもの胸をときめかせる。

ショーウィンドウの中には、チョコレートケーキや、ドライフルーツがたくさん乗ったケーキ、あんずのタルトといったケーキがあった。

「おみやげ、買っちゃおっか」

ニーナと私は店の中に入り、ケーキを選ぶことになった。別のたなにはクッキーやビスケットが、かわいらしいふくろの中に入れられ、並んでいた。彼女ははその前に立つと、ピンク色のリボンがかけられたクッキーのふくろを手に取り、レジへ持って行った。

 

 

 

 私達がアンゲリカのいる病室へ着いた時、彼女はベッドの中で絵本を読んでいた。

細く小さなうでには点滴がつながれ、となりにいるモチモンは、泣きそうな顔で彼女を心配そうに見つめている。

「大丈夫?おみやげ、あるよ?」

ニーナはかカバンの中からクッキーのふくろを取り出し、妹に差し出した。それを見た彼女は、

「おやつ?ありがとう、おねえちゃん!リカ、痛いし手術こわいけどがんばるよ」

「リカ、無理はよくないよ」

「大丈夫だよ、モチモン!お医者さまも言ってたよ。この手術を乗りこえたらみんなと同じようにお外で遊べるって」

「今はぼくがいるからいいけど、リカはぼくが来る前から痛いのがまんしてたんでしょ?」

「……それはそうだけど」

「アンゲリカ、おねえちゃん待ってるから」

「私も。今度家に遊びに来てや」

私達は病室を後にした。

 

 

 

 それからも私達はアンゲリカのおみまいへ通った。

土曜日にはポコモン達も連れて行き、手作りのニンジンケーキを差し入れたこともある。

そばにはいつもモチモンがいた。だからだろうか、彼女は私達の前では決して涙を見せることはなかった。

「手術、うまくいくとええな」

「大丈夫だよ、モチモンもいるし。お父さんもお母さんもいそがしいから、なかなか来られないけど」

帰り道、私とニーナはそんな話をしていた。空を見上げると、陽がしずみかけ、辺りは朱色に染まっている。ゆっくり流れる雲も赤みがかっていた。

私達は途中で別れ、それぞれの家に帰った。

 

 

 

 それからしばらくたった後、私はポコモンといっしょに店の手伝いをしていた。

母が仕入れたおもちゃ達を見栄えよく並べ終えた時、ドアが開き、ベルの音が鳴った。

「いらっしゃいませ!」

「おーい、アルマちゃん!」

そこにはアンゲリカが立っていた。モチモンを抱きしめ、大きめのやわらかいカバンを持っている。

真新しいみかん色のスカートと、クリーム色のブラウス。それと三つ編みを彩る細いリボンがかわいらしい。

「アンゲリカ、退院したんや!よかった」

「リカ、がんばったんだよ!だから今日は自分にごほうび買いに来たの!」

そう言って彼女は、店の中を小走りで見て回った。ブリキの汽車や車といった男の子向けのコーナーを通り過ぎ、ドレスを着た人形や動物のぬいぐるみのコーナーに着くと、そこで足を止めた。

真ん中の段にはくまやうさぎ、ひよこなどのふわふわしたぬいぐるみがある。何種類もあるぬいぐるみの中から、彼女は黄色いひよこを手に取った。

「決めた!この子にする」

 

 

 

 うれしそうに出ていくアンゲリカとモチモンを見送りながら、私はため息をついた。

まどから差し込む陽光がおもちゃ達をてらし、もう夕方になったのだと実感させられる。

どのおもちゃ達も、子どもの友達になる日を待っている。少しだけさびしさを感じるが、私は彼らの幸せをいのらずにはいられなかった。

「なあ、ポコモン」

「どうしたの、アルマ?」

「次はだれが来るんやろうな?」

そんなことを話していると、ドアが開き、ベルの音が鳴った。


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