エルフィンドでのダークエルフ民族浄化の最中、ひょっとしたらこんな事があったかもしれないし、なかったかもしれない。

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当作品は、樽見京一郎先生の著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作作品です。
また、当作品はフィクションであり、実在する出来事、人物、組織等は関係なく、またそれらを貶める意図は一切ありません。

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作中では出てきませんでしたが、こんな白エルフもひょっとしたら中にはいたんじゃないかと思うのです。

追記:
続編の連載を開始させていただきました。(作品ID:354738)

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【オルクセン王国史/二次創作】変わり者白エルフと氏族長候補の逃避行

 フィンリエル・アダリル。

 ダークエルフの彼女は、かつてエルフィンド第3の都市・ディアネンで働いていた事がある。

 

 「仕留めた獲物の毛皮や肉、骨がどのように社会で使われていくのか、それを実際に見てみるべきだ」と氏族長が考え、将来の氏族長候補でもあった彼女が名乗りを上げたのだ。かくして、フィンリエルはディアネンにあった皮革加工品を扱う工場に就職することになる。

 

 そんなディアネンでの生活の中、彼女はシンウィアル・ブレギリルという名の白エルフと出会った。工場の同僚だ。

 どちらかと言えば、いやどちらかと言わなくとも不真面目で、古典アールヴ語にも教義にも高尚な古典芸能にも興味を持たない、なんだか緩い変わり者であった。

 

 だが。

 周囲の白エルフたちが、ある者はひっそりと、ある者は公然と見下してくる中、彼女だけはフィンリエルと対等に付き合った。

 そもそもダークエルフに対する差別感情を最初から一切持っていなかったようで、付き合いもシンウィアルから遊びに誘ったのが始まりであった。

 そして、伝統を重視する者は眉をひそめるような前衛芸術や新しい演劇などを一緒に見に行ったりするうちに、彼女らは無二の親友となっていた。

 

 しかし、彼女らの関係は、工場の親会社の経営が傾いたことにより終わりを迎えた。

 人員削減が行われ、フィンリエルを含むダークエルフ族の従業員は真っ先にその対象になってしまったのだ。

 

 雀の涙ほどの退職金と共に工場を離れることになった時には、別れを惜しみ夜通し遊んだものだった。

 以来、フィンリエルとシンウィアルは会っていない。

 

 そしてそれから2年後。

 

 フィンリエルは、まさしく絶体絶命の窮地に陥っていた。

 

◆    ◆    ◆

 

 星歴875年秋。忌まわしい『ダークエルフ狩り』が始まった。

 フィンリエルたちの住む村もエルフィンド軍により襲撃され、氏族長をはじめとする住民たちが幾人も犠牲となった。

 フィンリエルとほか20名ほどはさしあたり村を脱出することはできたものの、エルフィンド軍は彼女らも執拗に追い続けた。

 

 そして…フィンリエルは仲間たちとはぐれ、単独行となっていたところを、エルフィンド軍の指揮官だった将校に見つかってしまったのだ。

 

「逃げ足だけは速い(デック)め、ようやく捕まえたぞ…」

 

 将校の目は血走り、声も随分とねとついている。何も知らない者が見れば薬物中毒者の可能性が真っ先に浮かんでもおかしくないような有様だ。

 

「さんざん私の手を煩わせてくれたんだ、楽に死ねると思うなよお…」

 

 狂っているようにしか見えない笑顔を浮かべ、不吉極まる宣告をしつつ、銃を向ける将校。

 もはやこれまでかと思われた。が。

 

 突然、将校の背が縮んだ。

 いや、実際に縮んだのではない。何者かが将校の後ろから彼女の膝を思い切り蹴り、跪くような格好にさせたのだ。

 将校を襲った何者かは、間髪入れずにナイフをその首元に叩き込む。実にあっけなく将校は死んだ。

 

「あーあ、これで本格的に札付きになっちゃったよ。まあいっかこんな国」

 

 襲撃者はなんとものんびりとした口調でぼやいた。口調も声も、フィンリエルがよく知っているものだった。

 

「え…?」

 

 将校の死体がようやく倒れ、襲撃者の姿があらわになる。

 服装も装備も、エルフィンド軍の兵士のそれだ。だが、その顔は。

 

「シンウィー!?え、え、なんで?どうしてこんなところに!?」

 

 この声で、襲撃者…いや、シンウィアル・ブレギリルもまた、自分が救った相手が誰だったのかを理解したらしい。

 眠たげに見える目をまん丸にし、その名を呼んだ。

 

「え、ちょ、フィンリー!?ほんとにフィンリエルなのか!?」

 

 ひとしきり目を泳がせ、少し俯いて視線を明後日の方向に向け、ぶつぶつとつぶやきだす。

 

「いや、マジかよ、たまたま助けた相手がフィンリーとかある?どんな確率だよ、いや無事で良かったけれどさ…」

 

 ああ、変わってない。これは本気で困惑した時のシンウィアルの癖だ。

 

「…どうしてこんなとこにいるのか、なんでそんな恰好してるのかはわからないけど…ありがとう、助かったわ。久しぶりね、シンウィー」

「あ?ああ、久しぶりだねフィンリー、生きてて良かったよ…とか言ってる場合じゃない、逃げるぞ、こいつの部下がまだこの辺にいくらかいるはずだ」

「そういえばこいつの周りには他の兵士いなかったけど、やっぱりいるの?」

「ああ。こいつ馬鹿だから自分ひとりで先走ったけど、すぐに部下共が探しに来ると思う…待てよ、こいつの死体隠せば、時間稼ぎにはなるかな?手伝ってくれ、フィンリー」

「久々の共同作業が死体隠しとかぞっとしないけど…まあいいわ、さっさと片づけちゃいましょう」

 

 運良くその将校はどちらかといえば小柄だったこともあり、死体を隠すのは容易だった。

 近くにあった大木のウロに押し込み、ちらっと見た程度ではわからないようにしてしまう。

 

「ああそうだ、せっかくだからそれホルスターごと貰っちゃいなよ。どうせこいつはもう使わないし」

 

 一理ある、ということで、フィンリエルは将校の死体からリボルバーを拝借することにした。ホルスターや弾薬ポーチも付いたベルトも一緒だ。

 他にも地図やら包帯やら、持ってて困らないものもいくらか持っていたのでまとめて全部頂戴する。

 

「ああそうそう、銃弾足りてる?」

 

 正直言って心もとない、とフィンリエルが答えると、シンウィアルは数十発も背嚢から出して渡してくれた。

 

「いや、どうしてそんなに銃弾も持ってるの…」

「拠点脱走するとき、ついでに武器庫にも忍び込んだんだ。持てるだけ盗んできた」

「脱走?」

「ああうん、今のあたしの立場は、エルフィンド軍の脱走兵。さっき上官ぶっ殺しちゃったし、捕まったら銃殺は間違いないだろうね」

「やっぱりシンウィー、正規軍の兵士になってたんだ」

「一昨日で過去形になったけどね。ま、詳しくは安全を確保してからだ…」

 

◆    ◆    ◆

 

 現在彼女らが逃避行を続けているのは、フィンリエルが住んでいた村からそう離れていない樹海である。

 木が鬱蒼と茂っており、その中には結構な大木もいくつもある。そんな大木の1つの樹上を避難場所とし、2人は夜までやり過ごすことにした。

 

「ようやく落ち着けた…かな?まあ数年ぶりだし、いろいろ聞きたい事もあるだろ?なんでも聞いておくれよ」

 

 かくして、情報交換が行われた。

 

 シンウィアルが兵士になっていた件について。

 フィンリエルが工場を解雇されて数か月後、親会社の業績が回復することはなく、結局2回目の人員整理が行われた。その中にシンウィアルも入っていたのだ。

 そして職を失い、しばらく日雇いなどで食いつなぎはしたものの、結局金もなくなったので食うために軍人になったのだという。

 

「ちなみにあの会社、あたしらクビにした1年後に潰れました」

「ああ、潰れちゃったんだ…」

「経営陣が馬鹿だったんだよ。技術は年々進んでるし、キャメロットとかからもいろいろやってくるってのに頑なに昔ながらのやり方に拘ってさ。あれが伝統工芸品とかってならわかるけど、そういうアレじゃなかったし。潰れるべくして潰れたのさ」

 

 脱走について。

 当初シンウィアルらの所属していた部隊は、国境有事のための演習という名目で国境沿い…すなわちダークエルフの居住区域まで移動させられたという。

 そして到着したところで真の目的を知らされ…シンウィアルはたまらず脱走したとか。

 

「…他の兵士たちの反応はどうだったの?」

「『へー、マジでついにやるのか』って感じのが6割ってとこかな」

「残り4割は?」

「『ついにこの時が来た!喜んであいつらぶっ殺してやる!』って感じだった。あたしらを追ってる奴らには、そういう奴らも少なからず紛れ込んでるわけだから用心してくれ」

 

 始末した将校について。

 彼女はシンウィアルが所属していた部隊の幹部だったらしい。階級は中尉。

 

「あれ、って事は、本当にシンウィーの上官だったの…?」

「まあそうなるね。性根のねじ曲がったロクデナシでね、あたしの知ってる限り、あいつを好いてる奴はいなかった。おまけに頭も良くない。中央のお偉いさんと同じ氏族だったとかで分不相応に出世してたんだ」

「だから1人で先走る、なんて真似してたのかな…」

「だね。あんな馬鹿のもとで戦うとか冗談じゃない、ってのも脱走した理由のまあ、1割くらいではあるかな?」

 

 そして、自分を助けてくれたことについて。

 

「まず前提条件としてさ、あたし友達とか全然いないわけなんだよね」

「ああー…まあ、うん、やっぱそうだよね…」

「そこは否定してほしかったなー。冗談はさておき、親友と言えるのはさ、フィンリーくらいしかいないわけ。で、本当の作戦目的聞かされた時、あたしらの部隊が襲うことになってた氏族に、フィンリーの氏族があったんだ」

「私がどの氏族出身か覚えてたんだ」

「シンウィアル・ブレギリルの記憶力をお舐めじゃないよ。とまあ、気に入らない上官に言われるがままに親友殺すだなんて死んでも嫌だったからね、持てるもの持って他の連中が寝てる時に脱走した。本当は襲撃前にフィンリーのとこにたどり着いてみんな逃がしたかったけど、間に合わなかったよ…」

「……気にしないで。どちらにしろ私を助けてくれたのは事実だもの。あそこでシンウィーが来てくれなかったら、たぶん惨たらしく殺されてたと思う」

「助けたのがフィンリー本人だってのはさすがに予想外だったけどね。恩を売ってフィンリーが無事かどうか聞き出して、あわよくば引き合わせてもらおうと思ってたんだ」

 

 今後について。

 

「それでフィンリー、奴らから逃げ延びるのはいいとしてさ、今後については何か考えはあるのかい?」

「今後?」

「うん、まさか永遠にエルフィンドを逃げ回るわけにもいかないだろ?」

「…考えてもいなかった。ていうか、考える余裕もなかった」

「…まあ、そうだよねえ。あたしには一応考えはあるんだ」

「それは?」

「国外逃亡。フィンリーたちは今や追われる身だし、あたしもあたしで捕まったら銃殺間違いなしの脱走兵兼上官殺しだ。もうエルフィンドにあたしらの居場所はない」

「国外…キャメロットとか?でもここからじゃとても無理だよね?港なんてどのくらい離れてるか見当もつかないし、私たちを乗せてくれる船もあるかどうか…」

「船で、ってのは不可能だろうね。フィンリーの言うとおりに距離があり過ぎるし、それにファルマリアなんかは海軍のお膝元だ。もう警戒網は張ってあるとみたほうがいいと思う」

「キャメロットがだめなら、それじゃあどこに…?」

「オルクセン。シルヴァン川の向こう側、オークたちの国。あそこがゴールになると思う」

「オークの国!?本気なの!?」

「本気も本気さ。あの国、今じゃなかなか文明的らしいよ。同族や他種族を喰うのは法的に禁じられてるらしいし、海外とも交易があるみたいだ。少なくとも前会ったキャメロットの商人はそう言ってた」

「…そうなの?」

「いざとなったらオルクセン経由でキャメロットにでも脱出するって手もあるんじゃない?少なくともエルフィンド領に居続けるよりは生き延びられる可能性はあると思う」

 

「最後に聞きたいんだけど…後悔してない?」

「何が?」

「脱走したこととか、上官をやっちゃったこととか…もう今までの生活には戻れないでしょ?」

「するもんか、後悔なんて。さっきも言ったけど、あたしの親友はフィンリーだけ。そんな親友見捨てるほうが今後何十年何百年も後悔するっての」

「そっか」

「上官は嫌いだったし、故郷にも別に何もないし、今の暮らしも別に楽しいわけじゃないし。それら売っぱらってフィンリーを助けられるならそれほど安い買い物はないさ」

「…あはは、私、ほんとにいい友達持ったなあ」

「…泣くなよ、湿っぽくなるし…冗談抜きで、あたしは今後どうなっても後悔しないよ。フィンリー逃がせるなら死んだっていいし、最悪フィンリーとなら一緒に死んでもいいと思ってるし、なんならオークの食卓に乗る羽目になっても一緒なら構いやしないさ」

「オークの食卓かあ…できれば避けたいなあ。駄目なら…合い挽き肉にしてもらって、ミートローフとか、ミートボールにでもしてもらおっか?」

「あ、いいね。ちなみにミートボールはあっちじゃクネーデルとかって言うんだってさ。あとは…ヴルストにでもしてもらおうか?」

「腸詰めかあ…それもそれでアリかも」

「ま、何はともあれ、シルヴァン川を超えなきゃどうにもならんね。それに、フィンリーとしては氏族のみんなとも合流したいでしょ?」

「もちろん!氏族長の無念は私が晴らす。1人でも多く生き残らせる…!」

「それじゃ、まずはフィンリーの氏族のみんなと合流して、それからオルクセンに脱出する。これで行こう」

「その線で行くしかなさそうね」

「さて、じゃあ夜が更けるまで休憩としよう。こういう時だからこそ、休める時には休まないと」

 

◆    ◆    ◆

 

 しばらく樹上で過ごし、待望の夜となった。

 まずは周囲を単眼望遠鏡──これも件の将校からの鹵獲品だった。本人はともかく遺品は大いに役に立ってくれた──で観察し、エルフィンド軍の将兵が居ない事を確認する。

 

「周囲に敵影なし、たぶん大丈夫なはずよ」

「あたしが先に降りるよ。この恰好なら万が一近くに敵がいても一瞬なら誤魔化せると思うから」

「わかったわ…いやちょっと待って!」

「どうした!?」

 

 フィンリエルは無言のままだ。何かに集中しているようにも見える。

 

「…すごく弱いけど、魔術通信が出てるみたい」

「どっちの方向?」

「南のほう」

「………本当だ、すっごい微かだけど聞こえる気がする」

「ということは私の気のせいじゃないってことよね?」

「だね、見に行く価値はありそうだ」

 

 彼女らの気づきと観測は、報われた。

 

 ある程度その発信源と思しき場所に近づき、木に登り、望遠鏡で見ると。

 小休止をしているダークエルフたちの一団がいた。

 

「あ、ああ…」

「どうしたの?」

「マルウィング、ギルルース、エレンラエンにメレスアンナ、みんな、みんないる…!」

「氏族のみんな見つかったのかい!?」

「うん…うん!」

「フィンリーがはぐれてそう経ってないみたいから、まだ遠くに行ってなかったんだろうな。あるいはフィンリーを探してたか…ともかく良かったな、そりゃ本当に良かった…!」

「ええ、ええ…!それはそうと、見覚えのないダークエルフも何人かいるわ…?」

「うまい事よその氏族の連中と合流できたのかもね、仲間は多い方が心強い」

「それじゃあ、さっそく合流するわね。まず魔術通信で接触してから向かうわ」

「そのほうがいいだろうね、いきなり押し掛けて敵と誤解されたらまずい…そうだ、あたしの銃も持っていってくれない?」

「そうね、シンウィーは白エルフだもんね…銃持ってたら余計に警戒されちゃう」

「あと、悪いけど先に行って、あたしが合流するって事伝えといて。敵に撃たれるならともかく、フィンリーの仲間たちに撃たれるのは避けたいからさ」

「わかったわ」

 

 かくして、合流が始まった。

 最初にフィンリエルは彼女らへ魔術通信を発信。生存を伝えたところ、大喜びで反応が返ってきた。そしてシンウィアルの分の銃も持ったまま、彼女らの前に姿を見せた。

 

「フィンリエル姉さま!」「良かった、ご無事でしたかあ…!」「生きてるって信じてました!」

「ごめんね、心配かけて!」

「…でもなんでライフルが2丁?」「そのピストル、いったいどこで?」

「まずは私の同行者について説明した方がいいと思うから、そっちについて説明させてちょうだい」

「同行者?他にも逃げ延びた方がいたんですか?」

「ううん、なんというか。ともかく、あの時はぐれたあと、白エルフの将校に見つかったの。危うく殺されかけた」

「そんな…!」

「でも、その同行者がやってきてくれて、そいつを倒して私の命を救ってくれたの。このピストルはその将校から分捕ったものよ」

「そうだったんですか!」「その同行者さんに感謝…!」「同行者さんは生きてるんですか?」

「ええ、生きてるわ。で、すぐそこにいるんだけど…みんな、お願いだから、絶対に彼女を撃たないで。彼女は私の命の恩人で、親友だから」

「………?」「わかりました…?」

「いいわ、来てシンウィー!」

 

 背後に声をかける。そして。

 

「今から出ます、お願いです、どうか撃たないでくださーい…!」

 

 両手を上げ、非武装・無抵抗であることを示しながら、シンウィアルがゆっくりと木の陰から出てくる。

 さすがにどよめきが上がる。何しろシンウィアルは白エルフ。しかも服装はエルフィンド軍の軍服。彼女らの村を焼き討ちした連中とほぼ同じなのだ。

 

「なっ…!」「そんな!?」「ウソぉ!?」

 

 特に激しい反応を示したのは、見知らぬダークエルフたちだ。

 

「…何者だ!?」「どういうことだ!?」「動くな、絶対に!」

 

 見知らぬダークエルフたちのリーダー格らしい者が、フィンリエルに詰め寄る。

 

「フィンリエル殿、これはどういうことなのか説明してくれるか!?」

「さっき言った通りよ。彼女は私の命の恩人で、親友。ついでに言うと彼女は今や脱走兵で、彼女が殺した将校は彼女の上官。シンウィー…シンウィアル・ブレギリルは。自らの行動でもってエルフィンドに叛旗を翻し、我々に味方することを示しました」

「…親友、というのは?」

「そっちは言っていなかったわね。私は昔ディアネンに働きに出ていた事があるの。その時知り合って以来の親友よ」

「…襲撃には参加してたのか?」

「いいえ。彼女は真の出動目的が私たちの抹殺であると知った時、脱走したそうよ。その点でも彼女は無罪」

 

 険しい表情のダークエルフと、毅然として向かうフィンリエル。

 その時、フィンリエルの氏族出身のダークエルフが何かを考え込みだした。

 

「白エルフ、シンウィー、そして親友…あれ、フィンリエル姉さま、ちょっといいですか?」

「何かしらメレスアンナ?」

「もしかしてこの方って、姉さまが前話してた、変な白エルフだったりするんですか?」

「そうよ、彼女こそがディアネンで良くしてくれてた白エルフ。いろいろあって私のあとに工場クビになって、それから食べるために軍に入ってたんだって」

「おお、そうなんですか…」「この方が…」「じゃあ無害ですね」

 

 フィンリエルの氏族のダークエルフたちの目から、警戒心が消える。

 …もっとも、その視線は敵意や警戒ではないものの、好意的とまでは言い難い。そう、これは…不思議な生き物とか、珍獣とか、そういったものを見る目つきだ。

 

「…ねえフィンリー、彼女たちがあたしのこと問題なしと見なしてくれたっぽいのはありがたいんだけどさ…」

「なに?」

「…みんなにあたしの事、どんなふうに話してたの?なんか変な白エルフ呼ばわりされちゃったけど…」

「どんなふうにって、そりゃ事実をそのままよ」

「………そう…」

 

 逃避行中らしからぬ、なんとも言えない緩い空気が漂った。これに感化されたのか、見知らぬダークエルフたちも、わざわざシンウィアルを置き去りにしたり、始末したりする必要はないと判断したらしい。同行を許してくれた。「何か仕出かしたら殺す」と釘を刺されはしたが。

 

◆    ◆    ◆

 

「それで…あなたたちは、結局何者なの?」

 

 シンウィアルの処遇が決まった後のフィンリエルの問いかけをきっかけに、情報交換が始まった。

 

 見知らぬダークエルフたちの正体は、オルクセンに脱出していたダークエルフたちだった。

 

 より正確にはディネルース・アンダリエルというダークエルフが率いる氏族──ここよりもだいぶ東側にある集落を拠点としていた氏族であり、フィンリエルたちの集落よりだいぶ早い段階で襲撃されたという──や、その周辺氏族の出身者だ。シルヴァン川を渡ったのち、オルクセン国王とディネルース氏族長との間で交渉が持たれ、ダークエルフを安全なオルクセンに脱出・移住させることで話が纏まった。そして彼女らは再びエルフィンド領に潜入、脱出の支援をしているという。

 

 で、フィンリエルたちの氏族の生存者たちは、フィンリエルとはぐれた後に彼女らと運よく遭遇・合流した、というのが今までの経緯だった。

 

「なるほどねえ…」

「フィンリエル姉さまとしてはどう思いますか?確かにこのままエルフィンドにいたら、私たちみんな殺されちゃうとは思うんです。でも、それはそれとしてオークたちのところへ行くのも怖くて…」

「私の意見、言ってもいいの?」

「もちろんです!今や私たちの氏族のリーダーは、氏族長候補だったフィンリエル姉さましかいないんですから」

「わかった、じゃあ言わせてもらうわ。みんなでオルクセンに行きましょう。できるだけ早く」

「…そ、即断ですか!?」

 

 即断即決にさすがに驚くフィンリエルの仲間たち。

 

「ええ、そうよ。これからシルヴァン川の水量が増えていく時期になるはずだし、何よりエルフィンド軍も増えてくると思う。だったらできるだけ早くここから逃げるに越したことはないと思うわ…ていうか、シンウィーの思いつき、先にやってる氏族があったのねえ…」

「というと?」

「私は今後の事は思いついてなかったけど、シンウィーはオルクセンに国外逃亡してはどうか、あるいはオルクセン経由でキャメロットにでもって考えてたの。もう私たちもシンウィーも、エルフィンド領にいる限り安全じゃないって」

「あたしはフィンリーと別れて、んでそのあと工場クビになったあともしばらくディアネンにいたんだけど、その時キャメロットから来た商人とやり取りする機会があってね。オルクセンの連中はここ数十年は案外文明的な社会を作ってるらしい、あと他者を喰う事は法的に禁じられてる、って話を聞いたんだ。だから逃亡先としてアリなんじゃないかと考えてた」

「そういうわけだから、私としてはオルクセンへの脱出は最善の手だと思ってる。ここからじゃ港まで行くのは無理だし、仮にできても海軍の奴らが網を張ってる危険性もあるから、船でキャメロットなりどこへなりってのは不可能。みんなはどう思うかしら?」

 

 驚きこそしたものの、現実を見られないフィンリエルの仲間たちではなかった。

 生存者21名全員一致でオルクセンへの脱出が決まった。

 

「というわけだから、いろいろよろしくね、ディネルースさんのところの…ええと、そういえばお名前は?」

「ドルアノア・ファロスディス。まあ、正確にはディネルース殿は私のところの氏族長ではないんだけれどな。近隣の氏族の出身なんだ…何にせよ、すぐに決まって良かった」

「すぐに決まって、って、オルクセン行きが?」

「その通り。ディネルース殿や他の連中がオルクセン行きを説得していたりするようなんだが、なかなか難航してるようでな…正直私もここまですんなり決まったのは初めてなんだ」

「まあ、相手があのオークだからねえ…そりゃみんな偏見持っちゃうよねえ…」

「難しい話だな。私とて実際に彼らに保護されるまでそういう偏見を持っていた」

「ま、とりあえず今は方向性がきっちり決まったからよしという事にしとこうか。偏見やら何やらは後回し、命あっての物種だ。ここにいる連中はあたしもフィンリーもドルアノアさんも、みんな捕まったら銃殺待ったなしな身だからね」

「そうか、お前も脱走したうえ上官殺したって話だったものな。確かにエルフィンドにはいられないか」

「そ。脱走に抗命罪、銃や弾薬その他の窃盗、さらに上官殺し。問題です、あたしは何度銃殺刑にされればいいでしょうか?答えはあたしも知らない」

「一度や二度じゃきかなさそうだな…」

「同感」

 

 話はオルクセンや今後の事へと移っていく。

 

「しかしなんだね、結構文明的になったらしいって話は聞いてたけど、どうも思った以上にオルクセン国王は理知的な方らしいね」

「ああ、シルヴァン川を越えてボロボロになっていた私たちを保護してくれてな、治療や食事、武器まで提供してくれた。最初はそりゃ怖かったが、打ち解ければかなり理性的でまともな連中だとわかったよ。少なくとも、白エルフの奴らより遥かにな」

「そりゃ最高だね。今後について希望が見えてきた気がする。で、今後の予定は?」

「とりあえず、このままシルヴァン川へ向かう。そして君たちをオルクセンへ脱出させる。向こう側ではオルクセンの国境警備隊や山岳猟兵たちが張っていて、君たちを保護する手はずになっている」

「あなたたちは?」

「我々はまだ残る。助けなきゃならないダークエルフは、まだいっぱいいるから」

「そうなの…なら、私たちが持ってる銃や弾薬とかは川を渡る時に置いていった方が良さそうね。使ってちょうだい」

「そうしてもらえると助かる」

「あたしが軍から盗んできた銃弾もそうしてくれ…その時まで使い切ってなければ、だけど。ああそうだ、こいつは今渡しちゃったほうがいいかな?」

「これは?」

「仕留めた元上官から分捕った地図。役に立つかはわからないけど」

「ほうほう、これはこれは…助かる。いくつもあって困るものじゃないからな…おお!」

 

 地図を眺めていたドルアノアが声を上げた。

 

「…何か?」

「これ、侵攻予定の道のりも書き込まれてるぞ」

「え、マジで!?」

「見てなかったのか?」

「上官ぶっ殺してからそんな暇なかったよ。それにまずはフィンリーの仲間たち探したかったから」

「そうか…これは参考になりそうだ」

「しかし侵攻予定ねえ、ふーん…これ、今夜のうちに行けるとこまで行っちゃったほうがいいかも」

「なぜだ?」

「いや、上官ぶっ殺したあとさ、そいつの死体、ちょっとやそっとじゃ見つからないようなとこに隠したんだよ。運が良ければまだ見つかってないと思う。だからあいつの部下、まだあいつの事探してあの辺に留まってるかも」

「本当か?」

「本当よ、私も一緒にあの将校の死体を大木のウロに押し込んだわ。正直あの共同作業はもうやりたくないわね」

「なるほど、ならそいつの部隊は足止めを食らっているかもしれんな…行く価値はあるか」

「それじゃ、出発と行こうかしら。エルフィンド領からは少しでも早く逃げ出したいところだし」

 

 というわけで、今夜のうちに行けるところまで行く、という結論となった。

 と、フィンリエルの氏族のダークエルフ──確かギルルースという名だったはずだ──が、シンウィアルに声をかけた。

 

「あの、シンウィアルさん?」

「君は…確かギルルースさん、だっけ。何だい?」

「これ使ってください。村を逃げる時に余分に持ち出してたんです」

 

 ギルルースが差し出したのは、彼女らダークエルフが使う暗色のフード付きコートだ。

 

「…いいのかい?」

「その軍服はともかく、白い肌は目立っちゃいますから。それにシンウィアルさんの話はフィンリエル姉さまから聞いてます。ちょっと不真面目で変わり者だけど、ディアネンで一番優しい白エルフだった、って。そういう相手ならこれを貸してもいいかなと」

「ありがとう、必ず返す」

 

 軍服の上からフード付きコートを羽織る。

 これでエルフィンド軍の兵士の恰好でいるよりは目立たずに済むだろう。何より、名実ともに彼女らの仲間になれた気がして、シンウィアルとしてはちょっと嬉しい。

 

「それじゃみんな、行くわよ!」

 

 結論から言うと、彼女ら本人はずっと後日まで知ることはなかったものの…最善の手を取っていた。

 シンウィアルの予想は当たっており、この日から数日間、件の将校が指揮をとっていた部隊──本来であればさらに前進し、集落を脱出した残存ダークエルフを狩るはずだった──は突如いなくなった指揮官を探してその周辺を彷徨っていたのだ。

 

 余談ながら、懸命の捜査にもかかわらず、結局発見はできずじまいであり、作戦行動中行方不明として事実上の戦死扱いとされることになった。

 結局シンウィアルらが隠した彼女の死体はベレリアンド戦争終結からさらに十数年後、この地で起きた記録的豪雨とそれに伴う土砂崩れにより大木が倒壊し、被害状況を確認しに来たオルクセン軍の部隊により発見されるのを待つことになる。

 

◆    ◆    ◆

 

 それから数日間、彼女らは移動を続けた。

 

 ある時は他の氏族の生存者を見つけ保護した。殊の外多く隠れ潜んでおり、最終的にフィンリエルらと同行することになったダークエルフたちは12名増えた。

 …もっとも、中にはその出会いが、シンウィアルをエルフィンド兵だと勘違いし、狙撃しようとして失敗した、という笑えないものもあったが。

 親友を殺されかけ怒るフィンリエルと、怯えて正座する件のダークエルフ、そして「まああたしの外見こんなだし、あたしは無傷だし」とどうにかとりなそうとするシンウィアル、という奇妙な光景が現れた。

 

 ある時はエルフィンド兵と交戦した。

 とはいえ、シンウィアルが入手した地図の情報と、単眼望遠鏡での偵察により、戦闘は最小限で済んだ。

 フィンリエルとしては死者はなし、負傷者はいるが軽傷のみという結果に大変満足していた。もっとも、「あのロクデナシから分捕ったあれこれがここまで役に立つなんて、まさかあいつに感謝する日が来ようとは」などとシンウィアルは憮然としたが。

 

 将校からの鹵獲品といえば、あのリボルバーも活躍した。

 戦闘時、フィンリエルのライフルが弾詰まりを起こした時があった。こいつならやれると判断したらしいエルフィンド兵が銃を向けてきた時…懐からリボルバーを出し反撃したのだ。

 まさか将校しか持ってないような拳銃をダークエルフが持っているとは夢にも思わなかったようで、そのエルフィンド兵はもろに銃弾を食らい斃れた。

 

 戦闘時には、当然シンウィアルも戦った。

 ダークエルフたちを援護しつつ、一切躊躇することなく元同僚たちを撃つ姿を見ていくうちに、元から態度の柔らかかったフィンリエルの仲間以外のダークエルフが彼女を見る目も変わっていった。

 シルヴァン川にたどり着くころには、すっかり同志として扱われていた。

 

 そして今。

 彼女たちの前には、大河が広がっていた。さすがにごうごうと音を立てるほどではないものの、それでも流れはそれなりに早く、川幅も広い。

 そう、彼女らはついにシルヴァン川へ到達したのだ。

 

「ついにここまでたどり着いたかあ…」

「ここを超えれば、オルクセン王国。私たちの新天地…!」

「その通り。ちょっと待っててくれ、あちらと連絡を取る」

 

 うんと出力を絞った魔術通信を始めるドルアノア。

 彼女が言うにはシルヴァン川の向こう側にはオルクセン軍がおり、彼らのうち魔術通信を使えるコボルト族の通信兵と連絡を取るという。

 

「そうだ、これからそちらに送る。全部で35名、うち1名は白エルフだが、彼女も味方だ。きちんと回収してくれ」

 

 シンウィアルもフィンリエルも、白エルフとダークエルフという違いこそあれどエルフであるのには変わらない。そしてエルフである以上、魔術通信の心得はある。

 そんな彼女らが横で聞いていても、魔術的には傍受できないほどに出力は絞られていた。通信中の彼女が口に出す分しか聞き取れない。

 そうこうしているうちに魔術通信は終わったらしく、ドルアノアが一行のほうを向く。

 

「連絡が終わった。周囲に敵影もない。今ならまだ浅瀬になっているあたりが使えるから行ってくれ」

「了解、それじゃあ装備品は置いていくわね」

 

 これからシルヴァン川を渡る35名のほとんどが銃やその弾薬、その他もう使わない装備品をその場に置いていく。

 これらは今後もエルフィンドで活動を続けるディネルースやドルアノアたちの助けになるはずであるし、それに浅瀬とはいえそれなり以上の水深がある場所をこれから渡らなければならないのだ、余計な荷物を持つ余裕などない。

 

「それじゃあ幸運を。ディネルースさんにもよろしく伝えておいて」

「みんなもくれぐれも気を付けてくれ。浅瀬とはいえある程度水深はあるんだ、ここで流されて命を失った者もいる。ここまで来たからにはみんな生き延びてくれ」

 

◆    ◆    ◆

 

 35名のうち、無傷で体力も比較的余っていた者──例えばフィンリエルの氏族のギルルースやマルウィングらが該当した──が、最初川を渡ることになった。

 くじ引きの結果、この大役はギルルースが務めることとなった。次に負傷者にくじ引きで外れた者が付き添うような格好で渡る。

 そして、最後に殿としてシンウィアルとフィンリエルが渡るという構成で進むことに決まった。

 

「それでは…ギルルース・マルメネル、行きます…!」

 

 ざぶざぶと、シルヴァン川に入っていく。あっという間に腰あたりまで水の中に入っていった。これでも浅瀬なのだからシルヴァン川とはなんとも恐ろしい川である。さすがこれまでエルフの国とオークの国を隔てる天然の要害であったわけだ。

 

「す、す、すごく、冷たいし深いです…皆さん、どうか気を付けて…!」

 

 震える声で伝えるギルルース。10月の暮れともなれば川の水は相当冷えるだろうが、やはりそうらしい。覚悟を決めねばなるまい。

 負傷者とその付き添いたちが渡っていく。「ひっ」とか「ひゃあ!」といった悲鳴が水に入った時には出たが、渡るにつれ無言になっていく。もはやそんな気力も残らないらしい。

 

「…みんな行ったわね」

「ああ、33人渡って行ってる。それじゃあたしたちも行こう」

 

 覚悟を決めてシルヴァン川に足を踏み入れる。

 

「うっわ、冷たい!」

「こりゃきっつい…!」

 

 思わず声が出る。

 だがここを越えないと明日はないのだ。懸命に足を動かす。

 

「………!」

「…!…!」

 

 声にならない声を上げつつ、川を渡る。

 前を見る。今のところはみんな無事に渡っている。

 脚の感覚が鈍くなっていく。

 

「………!」

「…!…!」

 

 川の半ばを越えた。法的にはもうオルクセン領に入ったと言えそうだ。

 先頭のギルルースはついに向こう岸にたどり着いたらしい。

 

「………!」

「…!…!」

 

 ギルルース以後のダークエルフたちも、向こう岸へと到達していく。

 その時、向こう岸のさらに奥にある森から、人影がいくつも現れた。いや、人にしてはずいぶんでかい。

 オーク族だ。なぜか猟師や鉱山労働者か何かのような格好をしている。彼らは疲労困憊して動けない者を抱え、奥へと消えていく。

 

「………!」

「…!…!」

 

 渡る。向こう岸へ渡る。それだけを考える。というかそれしか考えられない。

 脚の感覚は消えている。心配になって下を見る。脚はちゃんと付いていて動いている。

 

「………!」

「…!…!」

 

 もうすぐ向こう岸、オルクセンだ。

 オークが1人、川の中まで入ってきた。そしてフィンリエルとシンウィアルを抱きかかえる。

 

「よく頑張りました、もう安全ですよ」

 

 オークが声をかけてくる。

 息も絶え絶えに、伝えるべきことを伝える。

 

「あたしらで、最後…」

「了解!」

 

 ◆   ◆   ◆

 

 2人を抱えているとは思えないような速さで、オークは駆けていく。

 あっという間に彼らの本拠地らしいところへついた。金持ち向けの山荘のような建物が見える。どうもそこの庭を使っているらしい。

 みんなもそこに連れてこられていた。既に毛布を被らされ、焚火の周りに座っている。手元には深皿とスプーンもある。どうやらスープを提供してくれるらしい。

 負傷者の横には軍服をきたオークがおり、手当をしてくれている。腕には赤星十字が染め抜かれた腕章が巻かれているあたり軍医のようだ。

 

「良かった、至れり尽くせりだな…」

「ええ…」

 

 2人も焚火のそばに降ろされた。すぐに別のオーク──彼は軍服を着ている──が駆けつけ、2人に毛布を施す。

 

「35名、全員ご案内しました。ご苦労さまでした」

「助けてくれてありがとう、あなたは…?」

「自分はオルクセン陸軍第一七山岳猟兵師団の者です。さっきの連中も同じく。もっとも、彼らはエルフィンドにオルクセン軍の連中だと気づかれたらまずいんで猟師とかに化けてましたがね」

「そうでしたか、司令官殿や国王陛下によろしくお伝えください」

「それはどうも。もうちょっとだけ待っててください、すぐ温かいスープが来ますからね」

 

 言うとオークの兵士は去って行った。

 緊張が抜け、シンウィアルは大の字になって寝転がった。

 

「ふ、ふふふ」

「…シンウィー?」

「生き延びた、生き延びたぞ…!ざまを見ろエルフィンド、何が世界一の国、何が世界一の軍隊だ、脱走兵1人仕留めることもできないくせに…!」

 

 そこにまたオークの兵士がやってきて、たっぷりと深皿に注がれたスープを持ってきてくれた。

 深皿はスープのおかげで温かい。その時点でじんわりと温かさが冷えた体にしみる。

 

「………!」

 

 たまらずスープを啜る。

 すぐ食べられるよう、熱過ぎずぬる過ぎずという適温になっていた。

 

「……ああ…!」

 

 冷えた身体が内部から温められる。

 それだけでなく心も満たされる気がする。何しろフィンリエルは故郷の村が襲撃されて以来、シンウィアルは駐屯地を出てから携行食糧くらいしか食べてなかったのだ。

 しばらくぶりのまともな食事であった。2人はその味を後々まで思い出すことができた。

 

「あ、このスープ…」

「ん?おや…」

 

 スープを啜るうちに、具が入っていることに気づいた。ミートボールとヴルストがたっぷりと入っていた。

 

「ふふ」

「…あはは」

 

 2人は顔を見合わせ、どちらともなく笑いだす。

 合流したあとの会話…「もしオークに食われる最期になるなら、合い挽き肉にしてもらい、ミートボールやヴルストにでもしてもらおう」というブラックジョークを思い出したのだ。

 あの時はまさかオークにミートボールやヴルストが入ったスープを振る舞ってもらえるなどとは思ってもみなかった。

 

 いつの間にやら泣き笑いに変わる。仲間を、故郷を失った悲しみ、親友や生き残った仲間たちと一緒に生還した喜び、これからへの不安と期待、その他諸々がないまぜになり、感情を制御できそうになかった。

 今後どうなるのかは見当も付かない。だが、今はその感情のごった煮に浸るままでいたかった。


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