ずっと書いては消して、書いては消してを繰り返して中々納得できる文章や展開を書けず、停滞してしまい気づけば時間ばかりが過ぎていました。
そんな中でも未だに更新を待っていただいているという声もあって今回の投稿と至りました。
お楽しみいただければ幸いです。
「うん? 青峰君がいない? ベンチスタートだと?」
「あっれ~。ホントだ~」
試合開始のタイミングを目前にして、青峰が未だベンチに座り込む姿に疑問符を浮かべたのは栃木の選手たちだけではない。
この試合を目撃するために会場を訪れた人々――氷室や紫原も同様に違和感を抱いていた。
「彼らの戦いが見れる貴重な機会だと思ったのだが」
「なおさらここに来た意味なくなったじゃん。どうするの、室ちん。もう帰る?」
「まあまあ。ポテチのおかわりもあるぞ」
「……食う」
露骨に不機嫌さを露にする紫原を氷室はお菓子で巧みにコントロールし、共に観客席へと腰かける。
二人は昨日の準々決勝で栃木に敗れたものの、「自分達を打ち破った栃木の行く末を見届けたい」と氷室は考え、紫原も彼に好物であるお菓子につられる形でこの場に駆けつけていた。
「それにまだ途中出場する可能性だってあるだろう? 青峰君が何らかの理由で序盤は出ないとしても、ひょっとしたらどこかのタイミングで」
「そりゃ出るでしょ」
先発出場はなくても試合の半ばで出てくる可能性は捨てきれない。そう氷室が続けると、紫原は氷室の先の台詞を読んで『当然だろう』と語る。
「……あいつらの関係性を鑑みれば、青峰が最後まで大人しく観戦に徹するとは到底思えないのだよ」
二人から遠く離れた席。
紫原と同じ結論に至った緑間も高尾の愚痴を拾い、そう断言したのだった。
「たしか中学の時、最初の頃はこの二人が競いあってたもんな」
「ああ。ポジションのせいで白瀧の関係性については黄瀬のことばかりが取り上げられがちだが、少なくとも黄瀬は最後のトドメになっただけだ」
白瀧の凋落に関してはむしろ最初の切欠は青峰との間に生じた関係性の変化だったのだよと、付け加えるように緑間は高尾に告げる。
「――理由はおおよそ察することができる。となると残る問題は、大輝を投入するタイミング。そしてそこまでの試合内容だな」
一足先に決勝戦へ一番乗りを決めている赤司も静かにかつてのチームメイトの姿を見守っていた。
栃木と東京。どちらか勝った方がこの国体最後の相手だ。彼らのライバル関係を抜きにしても見る価値があった。
帝王の鋭い視線が射抜く中、いよいよ試合開始の時が訪れる。
「それではこれより、凖決勝第二試合。東京都対栃木県の試合を始めます」
「礼!」
『よろしくお願いします!』
東京都スターティングメンバー
#4 今吉翔一 PG 180cm
#6 若松孝輔 C 193cm
#7 諏佐佳典 SF 190cm
#9 桜井良 SG 175cm
#10 槇原佑樹 PF 190cm
栃木県スターティングメンバー
#4 小林圭介 PG 188cm
#7 ジャン・ディア・ムール C 204cm
#11 楠木ロビン SG 190cm
#12 白瀧要 SF 179cm
#13 光月明 PF 192cm
「東京都はここまで勝ち上がった陣容だな」
「一方で栃木はまた変わった組み合わせできたか」
東京都と栃木県、それぞれの期待を背負った10人の選手が声を揃えて挨拶を交わす。
東京都は青峰が一度も出場していない今大会の中、全く変わらない彼を除いたベストメンバーで。
対峙する栃木は全戦力の中でも特に攻撃力に長けた面々が名を連ねていた。
桐皇のみで構成されている東京都と、栃木の3校の猛者が集う栃木県だ。方針が変わって当然だが、果たしてこのマッチアップがどう影響するのか。観客席で見守る選手たちは様々な展望を予測して試合開始の時を未だ遅しと待ち侘びる。
「これはまた、厳しい戦いになりそうですね」
「ーー大丈夫です。全部、データは渡してありますから」
そんな中。
原澤の隣に腰掛ける桃井だけが一人冷静に、そう呟いた。
「白瀧。わかっていると思うが」
「ええ。言われるまでもありません。向こうがそのつもりなら、仕方がない」
一方の栃木も、楠木の声かけに白瀧が冷静に返す。
待ち望んだ好敵手が不在という中で、彼は穏やかならぬ感情を覚えてはいたが、それを表面に出すことはしなかった。
「さっさと引きずり出してやる……!」
怒りは胸のうちに秘めつつ、思考は冷静に。静かに闘志を滾らせるのだった。
こうして様々な思惑が渦巻くなか、ついに試合開始の時が訪れる。
『
「ウオオオッ!」
「チイッ!」
若松とジャン。両校のジャンパーが同時に跳躍した。
ジャンプボールをまず制したのはジャンだ。空中での競り合いを制し、楠木の足元へとボールを叩いた。
「ナイス!」
「よしっ。よくやった!」
すかさず楠木は小林へとパスをさばき、確実に栃木のボールとする。
試合開始直後の攻撃だ。確実に先制点をもぎ取りたい場面で。
「――では早速、ご挨拶と行こうか」
「むっ!?」
速攻を防ごうと諏佐が距離を積める前に、小林は自身でボールを運ぶのではなく、真横へとボールを放った。
誰もいないはずの空間に、一人の選手が高速で飛び込んでいく。
「ナイスパス!」
「白瀧! まさかいきなり……!?」
ボールを手にしたのは白瀧だった。
まだゴールから遠く離れた位置。本来ならばシュートは考えられない場面だが、この男は普通ではない。
小林からパスを受けた白瀧は両足で着地すると、勢いそのままに飛び上がり、シュート体勢に入った。
「そうやろなあ。そう来ると、読んどったで!」
「っ!?」
直後、シュートを放とうとしたタイミングで眼前に今吉が迫る。彼と腕一本分ほどの距離を保ちつつ、白瀧のシュートコースと視界を遮るように手を伸ばした。
「ちっ。小林さん!」
ボールが手を離れようとした間際、かろうじて白瀧は小林へとボールを戻す。
奇襲は失敗した。
栃木は息を整えると、改めて全員で敵のゴールへと攻めていく。
「……今のシュート、タイミング的には間に合ったんじゃないか? ブロックにしては遅かったし、彼ならばそのまま行っても良かった気はするが」
そんな中、氷室は白瀧のロングスリーを中断したことに疑問を呈した。
たしかに今吉が近くに来ていたとはいえ、ブロックと呼ぶには距離もタイミングも合っていない。そのまま撃ってと問題はない場面のように思えたのだ。
「いや~。白ちんなら撃たないでしょ。だって、外れる可能性があったもん」
ただ、白瀧を知る紫原は当然の如く理由を語った。
白瀧はスリーに関しては緑間に強く影響を受けている。特に夏の予選で秀徳が敗れてからはなおのことだ。緑間の外れる可能性があるスリーは撃たない、その考えが白瀧の中にも根付いている。
「だからこそ東京の4番のプレイだろうな。最初から直接ブロックを狙うのではなく、シュートコンテストを図っていた。――おそらくは白瀧の考えを読んでいたのだよ」
緑間はこの計画を立てたであろう桃井をじっと見つめた。
シュートコンテスト。シュートチェックとも呼ばれるディフェンスがプレッシャーをかける守備の動きの事だ。ブロックのように敵のシュートを防ぐのではなく、タイミングをずらしたりプレッシャーをかけることで敵のシュートを撃ちにくくする。まだフローにも入っていない、試合開始から間もない時に無理をすることはできなかった。
しかし強襲はならなかったが、まだ栃木がボールを確保している。小林を中心にパスを交えつつ、中を経由して最後は楠木へとボールが託された。
「すみませんっ!」
「っ!?」
シュートを放とうとした瞬間、今度は桜井が謝罪と共に俊敏な動きで飛び上がる。
楠木の長身を前に防ぐことは敵わないが、彼が得意とするジャンピングシュートよりも早く出現した障壁を前に、楠木のシュートが僅かに乱れた。
(俺に対してもブロックではなくプレッシャーを。しかもジャンピングシュートを完全に見極めたタイミングで……! というか、謝るならなせ跳ぶ!?)
リリースタイミングを見切っている動きに、相手の謎の姿勢に楠木も目を丸くする。
そしてボールはリングに弾かれ、その行方はゴール下のリバウンド争いに託されるのだが。
「そっちは行かせねえよ」
「つぅっ!」
その内の一角、諏佐と白瀧のポジション争いは諏佐が完全に制していた。
諏佐はリングに対して右側の位置を陣取ると、そちらに重心を置いて白瀧を背中で抑えつつ、彼の進出を阻みつづけている。その分反対側は警戒が緩いものの、白瀧はそちらへ進むことに二の足を踏んでいた。
「しゃっ。こらどっ、せーーい!」
「グウウッ!?」
結局ポジションを奪えないまま、ボールはジャンよりも先に跳躍した若松が確保した。
栃木の攻撃が失敗に終わり、先制点奪取には至らない。
「どうやら、本当に桃井さんの読み通りのようですね」
「……はい」
味方が反撃に転じるのを確認してから原澤は桃井に確認するような口振りで話を振った。すると桃井は少し寂しげに顔を伏せつつ、冷静に分析したデータについて語り始める。
「今年は勿論ですが。白瀧君は二年前からただの一度も、右腕でリバウンドを取れていません」
それはあまりにも致命的な欠陥。
身長差を覆す飛び込みリバウンドも使いこなしていながら、彼の利き腕である右腕では一度もボールを掴めない。勿論両手でリバウンドを手にした事はあるものの、背丈で勝る白瀧にとって高さ勝負で重要となる片手リバウンドでは左腕しか使えていなかった。
だからこそ左手では届きにくいであろう場所へと白瀧を誘導し、彼の動きを阻む。彼のプレイを読んでいるからこそできたプレーであった。
「左腕がまるで利き腕のようにプレーしてきたのはすごいことですけど。……怪我をした後、特定のプレーを避ける人は珍しくありません。怪我の再発を防ぐために、あえてそうしないか。あるいは本人でも無意識のうちに、出来なくなってしまったか。彼の場合はおそらく――」
あえてその答えを口にすることはせず、そこで話を区切って桃井は視線をコートへと戻す。
桜井のスクリーンで小林をかわした今吉が中へパスをさばいた。ボールを受けた諏佐はポストプレイで白瀧をじわりじわりと押し込んでいく。
「ちいっ!」
必死に食らいつくが、諏佐はパワードリブルで徐々にゴールへと迫った。
そしてタイミングを見計らい、ターンアラウンドからのフェイダウェイシュート。ゴールを狙うが、白瀧も精一杯腕を伸ばし、指先でかろうじて触れることに成功した。
「ナイス要! これなら!」
「う、おおっ!?」
すると光月が本領を発揮する。
同じポジションの槇原を力で強引に抑え込み、封じ込めたまま跳躍。両手でボールを掴み取った。
「よしっ!」
「甘いです、よっ!」
「あっ!?」
だが着地の瞬間、ボールを懐に呼び込んだタイミングで背後から桜井が強襲する。彼の細腕が光月からボールを叩き落とした。
「たしかに紫原君とも競り合ったあの力は脅威です。しかし他の選手と比べて経験はまだ浅い。特にボールを手にした場面でのボール操作はまだ拙い」
再び桃井のデータディフェンスが牙を向く。
成長著しい光月だが、白瀧たちと比べればまだボールハンドリングは成長途上だ。しかもボールを確保した直後の油断も重なればなおのこと。
敵の弱点を読みきった動きによって栃木の攻防が次々と失敗に終わっていく。
結局この流れでボールを失った栃木はそのまま若松にダンクシュートを決められ、先制点を許してしまった。
前もって聞いていたとはいえ、自軍の動きを先読みする相手に栃木ベンチは騒然とする。
「青峰がいなくても強い。これが東京都代表か!」
「7番も元々PFだったような動きですね。背丈も190センチと体格でも勝る。このままポストプレーを続けられたら厳しいのでは……」
「ええ。他の高校ならば余裕でエースを張れるだけの実力はあるでしょう」
キセキの世代が不在でも東京都は常に一対一を仕掛け、依然強さを見せつけていた。特に白瀧とマッチアップしている諏佐は三年生とあって、背丈と高さという強みを活かして立ち振る舞っている。
今も速攻に移ろうとした彼に体を寄せて妨害し、さらにスローインを行う小林の前には同じく高身長の槇原が立ちはだかり、速攻を許さなかった。
「……ぐっ」
「チイッ!」
たまらず二人は舌を鳴らす。スペックに長けた選手が集う東京都だからこそできた咄嗟の反応が栃木の反撃の芽を摘んでいった。
東京都――桐皇の選手たちはオフェンスもディフェンスもひたすらに一対一を仕掛けていく個人技主体のチームだ。個の力が高く、連合チームである栃木に対しても地力が互角以上であった。
速攻もままならない中、栃木はゆっくりとポールを運ぶ。最初の得点を取るべくゲームを組み立てようとするが、中々うまく行かなかった。
「知ってんだコラァ!」
若村の力強い咆哮が木霊する。
小林からジャンへ、おそらくマッチアップが最も優位な勝負を選んだのだが、ジャンがロールターンからジャンプシュートを狙ったタイミングでボールを叩き落とされてしまった。
(コイツ……!)
(これが桃井の先読みディフェンスか。ジャンですら最高到達点に達する前に止められた!)
中々好転しない状況を前に、栃木の選手たちに焦りが浮かび始める。
ならばこういう時にこそ、と白瀧はボールを手にするのだが。
(右、と見せかけてのヘジテーションクロスオーバー!)
一度切り込むフェイントを見せて諏佐を惑わし、リズムを変えてから高速の切り返し。目にも止まらぬ連続技で相手の横を突破しようと試みた。
「知ってるよ。そう来ると、読んでいたから」
「っ!?」
だが、ドリブルの起こりだしのタイミングで諏佐の長い手が伸びる。彼の手が地面を跳ねたボールを弾き跳ばし、白瀧の突破を看破した。
「嘘だろ!? まさか、ドリブルのコースを読んだのか……!?」
「その通りなのだよ。他の者たちと違って、白瀧はさらに長く、濃い年月のデータが桃井の中で積み重なっている。身体能力だけでなく長所や短所、性格、癖。全てがお見通しだろう」
あっさりと白瀧のスピードを無効化したディフェンスに高尾を戸惑いの色を隠せない。
無理もない反応だが、隣に座る緑間はその原因を理解していた。白瀧は桃井と同じ中学で時間を重ねた上に、キセキの世代と違って練習でも最後まで彼のバスケを目にしている。
「すでに分析も解析が十分に成された中では、もはや未来予知のレベルでな」
だからこそ他の選手以上に詳細な動きを予測されたのだろうと、冷静に分析した。
たしかに白瀧のスピードは脅威だが、その動きさえ最初からわかっているならば、対処は不可能ではない。そう言うようなディフェンスは栃木に大きなプレッシャーを与えるのだった。
結果、ボールを奪われた栃木は直後に桜井のスリーを許してしまう。
その後も桃井のデータディフェンスを前に中々突破口を見いだせず、第一Qの四分の一ほどが過ぎた時点で(栃木)2対7(東京)と逃げきりを図るどころか東京都にリードを許す展開となった。
「――青峰がおらんからって、油断したかいな? 仮にもこっちは全国準優勝を経験しとるんやで。そう簡単にいくわけないやろ」
攻撃が終わると、今吉は栃木の士気をくじくようにわざと聞こえる声量で告げる。それを耳にした選手たちは拳を握りしめたり、歯を食いしばったりと様々な反応を呈するのだが。
「フーッ……」
失点の直後、白瀧は一人その場で立ち尽くして大きく息を吐いた。
自分もチームも劣勢だ。
特に守備では自分が諏佐のポストプレーを前に攻撃の起点とされる点が問題だ。その前にスティールをできれば良いのだが、今吉の巧みなパスワークがそれを許さなかった。
「さすがにこの展開は、予想外だったな」
青峰がいない中でここまで押し込まれるのは想定外だったが、白瀧は顔色を変えないままベンチに向けて数個のハンドサインを送る。それを目にした橙乃は大きく頷き、了承の合図を返した。
「橙乃さん」
「はい。――タイムアウト、不要。このまま、続行と」
「わかりました。なら一分だけ様子を見ましょう。万が一があっては困りますからね」
白瀧の意図を伝えると、藤代は念には念を入れ状況が好転しなかった時を想定して方針を立てる。
戦況は芳しくないが、心配はしていなかった。この程度の逆境ならば今まで何度も越えてきただろうと信頼があったから。
「要、大丈夫なのか? タイムアウトも取らなくて」
「大丈夫だよ。まったく。――ちょっと俺の先を読んだくらいで、俺よりも早く動き出したくらいで、俺のスピードを封じ込めると思われただなんて。予想外すぎたけどな」
光月に声をかけられた白瀧は彼を安堵させるべく、鋭い語気で放った。ここぞとばかりに集中力が高まったことを察して、ゾッとするような戦慄が光月の背筋を駆け抜ける。
「ただその前に、明。それと、ジャンさん」
「えっ?」
「ムッ?」
反撃に転じる前に、白瀧は光月とジャン。二人のインサイドプレイヤーを呼び寄せる。
「ちょっと二人に俺の背中を押してほしい。良いか?」
「……何を今さら」
「フン。ドンナ言葉ガ望ミダ?」
弱音とも取れるようなエースの発言だが、二人とも頼られて嫌な気分はしなかった。
ここまで来たんだ。自分達ならばいくらでも励まそうと快諾の意志を示す。
「ああ、いやそうじゃなくて」
「えっ?」
「ドウイウ意味ダ?」
「次にディフェンスとなったときなんですけど――」
すると白瀧は彼らとの認識の差を察して、説明を続けた。彼の言葉を耳にした二人は試合中にも関わらず、気の抜けた表情を呈してしまう。
「……それ、やっても良いの?」
「日本語、難シイ」
「ああ。頼むぞ。明はリバウンドも今話した通りで」
「まあ、わかったよ」
「ワカッタ」
すぐに受け入れることは出来なかったものの、白瀧の後押しもあって二人は揃って頷いた。
これで準備は整った、あとはやるだけだと白瀧は改めて決意を固める。
「――申し訳ないですけど」
「ん?」
「ここから先は、もう俺は止められないんで」
栃木のオフェンス。
マッチアップする諏佐に向けて、白瀧は宣戦布告した。
直後、敵がどういう意味だと理解する前に白瀧の姿が眼前から消える。膝抜きで急加速した白瀧は一気に諏佐のマークから外れ、ハイポストから外へと駆け出したのだ。
「はっ、やっ……!?」
「楠木先輩!」
「わかってる!」
敵が立て直すより速く、楠木から白瀧へとパスが通る。
あっという間にフリーとなった白瀧はスリーポイントラインの外でボールを手にするや否や、そのままシュートモーションへと移行した。
「させんで。言うたやろ。わかっとるって!」
しかしヘルプに出た今吉が再び白瀧に迫る。殆ど同時に飛び上がった今吉の腕が立ちはだかった。
(しかも諏佐をかわそうとして角度のない所に飛び込んだんや。これは撃てないやろ!)
プレッシャーの存在に加え、何よりも位置取りが悪い。
白瀧のいる場所はエンドライン付近、0度のポジションだ。バックボードを使ったバンクシュートが狙えない上に距離感も測りにくい。その上で先ほどと同様にシュートコンテストを行った。
これでスリーは封じた、あとはその後のパスを止めるだけだと今吉は確信を抱く。
「無駄だ」
「なっ……!?」
しかし白瀧はシュートを中断しなかった。
まるで今吉のプレッシャーなどないものだと言わんばかりにそのままボールをリリースする。
綺麗な回転がかかったボールは大きな放物線を描き、そしてリングの中心を射ぬいた。
「そのまま撃った!? だってあいつ、外れる可能性のあるスリーは撃たないんじゃなかったの……!?」
「ああ。だからそれでも撃ったということは、必ず決めるという自信を持ったのだろう」
たとえ如何なる条件でも、ディフェンスがいたとしても。
葉山たちの動揺を他所に、赤司は白瀧の覚悟を理解して笑みを深めた。
「舐めるなよ。緑間ならこの程度のスリーは決めていたさ。だから――俺のシュートも落ちん!」
たとえ先を読まれようと関係ない。真っ向から打ち破ってやると白瀧は師の姿を思い浮かべて力説した。
「……言うてくれるやんけ。ただまあ、わかっていてもどうしようも無いこともあるやろ?」
流れを変えかねない言動に今吉の額を一筋の冷や汗が伝う。
とはいえまだ桃井のデータがある東京はまだ手が残されていた。敵が勢いに乗ろうとするのなら、その出鼻を挫くのが一番良い。今吉はここで流れを東京のものにしようと、あえて諏佐へボールを集めた。
(たしかにお前のスピードは脅威だが、ポストプレーで負けるつもりはない!)
背後に白瀧がいる中、強引にゴール下まで押し込もうとパワードリブルを仕掛ける。
これならば諏佐が完全に優位な形であった。そのまま体格差で押し勝とうと力を込めて。
「なっ!?」
「えっ!?」
押しきることが出来なかった。諏佐の体が背後からの圧力に負け、ゴールに近寄ることができない。
(馬鹿な!? 何故……!?)
(耐えられるわけがない。でも……)
いきなり力が増したなんて、そんな漫画のような展開はありえない。ならばどうして、と諏佐や桃井は困惑した。
「んがっ……!?」
「マジか……!」
直後、そのカラクリに気づいた若松が、槇原が戸惑いの声を挙げる。
彼らは見たのだ。
「ヌオオオ!」
諏佐の仕掛けに精一杯対抗する白瀧。その背中を押す、ジャンの長い手を。
「んなのありかよ!?」
「物理的に味方の背中を押してやがる……!」
文字通り背中を押した。ジャンが自分が担当するマークを警戒したまま、近づいきた白瀧の体を後ろから支えていたのだ。白瀧のパワーにジャンのフォローも合わさって、諏佐の侵攻を防ぐことに成功していた。
「ぐっ! ……ちいっ!」
完全にポジションを奪えなかった諏佐は強引にシュートを撃つものの、これはリングに嫌われ、得点には至らない。
これで攻守の行方はリバウンド争いに託された。
(さすがにこれならば敵の助けはない。今度こそ……!)
先ほどはジャンの助けもあって拮抗してきたが、ポジション争いならばそうないかない。諏佐は再び白瀧の前を陣取ると、背中で白瀧を強引に抑えつけた。
「知ったことか。弱点を見抜かれようが、そんなの関係ない!」
だが負けじと白瀧が吼える。
パワーの真っ向勝負では諏佐の方が上。それでもポジションを奪おうと必死に力を込めて、突如一歩のステップバックを踏んだ。白瀧の方へと圧力をかけていた諏佐はいきなり抵抗がなくなったことでバランスを失ってしまう。
「つぅっ……!?」
「ここだ!」
体勢を崩した瞬間を見逃さず、白瀧がスイムで諏佐をかわした。そして誰よりも早く跳躍すると反対側へとボールを叩く。
「渡さない!」
「うおっ! こいつっ……!」
するとゴール下では光月が槇原を体を張って外へと押し込んでいた。ボールが落ちてくる間も身動きせず、落下地点で待ち構えていた彼はそのままボールを確保する。
「なっ。……跳ばない!?」
「これならボールは奪わせない!」
着地のタイミングを狙っていた東京の選手たちは光月の予想外の対応に驚愕を隠せなかった。
「生憎と、このコート上で単純なパワー勝負で明を止められる選手は、いないんだよ」
これが白瀧が光月に託した改善策である。着地の瞬間を狙われているならば、そもそも跳ばない。リバウンドは空中戦だけではないのだ。その前の地上戦で相手を完全に封じ込め、ボールが落下してくるのを待ち、安全地帯で敵に取られないように確保する。
これならば他の選手たちもそう簡単にはボールを奪うことは出来なかった。
「よこせ!」
「頼む!」
そして栃木がボールを手にした今、再び反撃が始まる。
ボールを要求する白瀧に、即座に光月が反応してパスをさばいた。
栃木が得意とする速攻だ。それも白瀧を先頭とする目にも止まらぬ一次速攻が東京へ襲いかかる。
「やっぱこういう展開かいな。――ただ、簡単には抜かせんで!」
凄まじい速度でゴールに迫るが、その前にセーフティの今吉が戻っていた。
栃木が速攻を得意としているのは皆周知の事実。だからこそ速攻は何よりも優先して備えていたのである。
「無駄だ。言ったはずだ、止めさせないと!」
だが障害を前にしても白瀧は臆することはなかった。
今吉を確認するやさらに急加速。一度間を置いてクロスオーバーで大きく切り返した。
(――いや、それはもう神奈川戦で見とる。白瀧君から楠木君へのアシストパスやろ)
だが自分で切り込んでからのレイアップシュートではない。
今吉は背後に走り込むもう一人の敵選手、楠木の存在を感じ取っていた。これは栃木の中でもスピードに長けた二人の連携攻撃だ。
(ここや!)
それを見切った今吉は白瀧がパスを出す前にパスコースを塞ごうと手を伸ばす。完璧な対応だった。
「でしょうね。わかっていましたよ。読まれていることくらい」
「っ!?」
だが、相手の動きを読んでいたのは桃井だけではない。
(すみません、桃井さん。もう読み合いはあなただけの専売特許ではない……!)
白瀧はドリブルしたボールが手元に返ってくると、トリプルスレッドの体勢に入らずに右手首のスナップでボールを瞬時に押し飛ばした。
「なっ!?」
「アンダーハンドパス。……早い!」
ドリブルから止まることなく繋がった低空の高速パスは今吉のディフェンスをかわし、楠木へと繋がった。
「ナイスパス!」
「撃たせるか、このっ!」
このまま好きにはさせない。
必死にディフェンスに戻った若松が楠木のシュートを阻もうと空高く跳び上がった。
「いいや、決まりだよ」
「っ!?」
そんな若松のブロックを嘲笑うように、楠木は真上にボールを放りあげる。
ゴールに向かっていない軌道であったが、そのボールへ一直線に接近する白瀧の姿が選手たちの目に映った。
(さらに戻した。……リターンパスかよ!)
(あかん! これは間に合わん!)
東京の選手たちが自分達の失敗を嘆くなか、試合を見守る藤代が静かな口調で言葉を紡いだ。
「見せつけなさい。あなたを取らなかった桐皇に。力や高さでは劣るかも知れないが、速さと技術ならばキセキにも届く。神速――白瀧要のプレーを」
指導者が見守るなか、白瀧のアリウープが炸裂する。
凄まじい音と衝撃をたてた一撃は、試合の流れを勝ち取った瞬間を示しているようだった。
(ダブル速攻。データで見る以上に、体感速度が速すぎる! 速攻が来ることはわかっていたのに!)
(止められんか……!)
わかっていたはずだ。
速攻は敵の最も得意とするプレー。だからこそ今吉は反応できた上に、若松もすかさず走り出していた。
「参ったわ……」
それでも止められない。
先読みしても封殺できなかった敵の攻撃力を目の前にして、今吉は本音をそのまま口から吐き出したのだった。
「神速の早撃ち。もはやドリブルやシュートだけではない。パスをはじめとしたすべての基礎動作、すべてが超高速の連続技というわけですか」
「――はい」
原澤は敵のエースの力を評価しなおし、桃井はデータでも抑えられない旧友の姿に戦慄した。
「仮にも全国優勝を経験している相手に、油断しましたか? ――侮るなよ、俺たちの力を」
「いやはや。さすが、キセキの世代を連続撃破しただけのことはあるで」
敵意を籠った言葉を白瀧より告げられ、今吉が溜め息混じりにそう返す。
「あかんな。わかっとったはずやのに。逃がした魚が、ちょいと大きく成長しすぎたわ」
かつてはここまで成長するとは予想外だった。
一度データで攻略しようとも、すぐさまその対策に適応してその上を越えてくる。
もはやキセキの世代が相手ではないと太刀打ちできないほどの存在だろう。それほどまでに強大な敵となっていた。
(――いいや、ちゃうな。魚なんて柔なもんやない。わしらを食らいつくす龍が、より洗練されて牙を向いとるんやから)
本来ならば、IH準優勝を果たした東京のほうが迎え撃つ立場のはず。
しかし青峰もいない今、今吉は自分達の方が挑戦者であるような錯覚を抱き、自然と体が震え上がった。
――――
『第一Q終了です』
「うおお! 第一Qは完全に栃木が制した!」
(栃木)24対15(東京)。
立ち上がりこそ栃木が劣性を強いられたものの、その後は上手く立て直し、気づけばリードを保ったまま第一Qを終えた。
前評判を覆しての奮闘に観客も沸き上がる。
特に獅子奮迅の働きを見せたエースには一番の歓声が飛び交った。
「――おい、もう良いだろ」
「えっ。でも」
「ここまで煽られちゃ我慢の限界だ。もう誰が何を言おうと聞く耳持たねぇ。……出るぞ」
そんな戦況を見かねて、一人の男が口を開く。
桃井の制止の声にも耳を貸さずに、羽織っていたジャージを脱ぎ捨てて、青峰がゆっくりと立ち上がった。
あまり目立たないけど、諏佐って初登場で火神を相手に連携や黒子のパスなしでは終始優勢に立つくらいの実力者だったりする。一対一で封じ込めたり、リバウンドも火神からOFDF共に全て勝ち取ったりとスペックは確実に作中上位。