バグで好感度8000%になったスペシャルウィークは愛されすぎて毎日が修羅場です 作:スペペペペ
「でも私にはさ、こんな私を見捨てないでいてくれる頼りになるトレーナーがいて、太陽――みたいな明るさで私を助けてくれる親友もいるんだ。ホント、私には勿体ないくらいだよね……そんな二人に支えられて、色々あったけどこれでも楽しく走ってこれたんだ――でも、そのトレーナーと親友が……
その言葉を聞いた時、私は心から思ったんだ――このウマ娘を、きっと独りぼっちにしてはいけないって。
流石にどうして彼女のトレーナーさんと親友さんが居なくなったのか、なんて傷口に塩を練り込むようなことは聞かなかったけれど、彼女とガールズトークを繰り広げる内に……と言っても私は聞き手に専念して相槌を打ったりしただけだけど、彼女がどういうウマ娘なのかは粗方感じることができた。
彼女は間違いなく心優しいウマ娘だ。優しすぎる故に他人にあまりにも気を使ってしまう程の。
今は居なくなってしまったトレーナーが大好きで、親友が大好きで――そしてメジロの家族達が大好き。そんな彼女が、塞ぎ込みながら大好きな人達に何も報いることができない罪悪感から、『私には何もないもう何もかもから逃げたい』って……そんな心の底に溜まった泥を吐き出した。
――じゃあ、二人で逃げますか。
私は躊躇することなく、彼女に向かってそんな提案をする。二人でどこか遠いところへ逃げよう、どこかで静かに暮らそう――そう言って手を差し出した、
彼女がこの手を取って、このトレセン学園から逃げ出すことを望むなら私は本当に二人でどこかで静かに暮らしていく所存。
とはいえ、そんな偉そうな事を言いつつも彼女は絶対に逃げ出すことを選ばないであろう、という信頼を前提にした覚悟ではあったのだが。
彼女の大好きは、本物だと感じていたから。沢山の大好きが溢れている彼女が、それを捨てて逃げ出すはずがないと信じられたから。彼女と触れ合った時間など僅かな間だったけど――
だってそうじゃないか。誤魔化して生きていくことを良しとしないから、目を背けて日々を過ごしていくことを享受することができないから、苦しくて悔しくて逃げ出したいって思うんじゃないか。
逃げだしたいって悩む気持ちは逃げじゃない。逃げ出したくなる弱い己と戦ってる途中経過。
そして、そんなパーマーさんに私はただ気づいて欲しかっただけだ。パーマーさんには何もないなんて大きな勘違いで、思い違いで、弱った心が生み出した虚像の悲哀に過ぎなくて……パーマーさんは大好きで大切な物が心の中に沢山ある、弱さに立ち向かえる強いウマ娘なのだと。
まあそんなこんなでパーマーさんは自分を見つめ直すことが出来たらしく無事に元気を取り戻せたようでいやぁよかったよかった。少しでも彼女の自慢の一つになれれば、と現在大バズり中の謎のウマ娘は実は私なんですよ――と暴露した甲斐があるというものだ。
優しい彼女なら私が悪目立ちしたくないということを慮って内緒にしていてくれるだろうし。まあ私ごときの秘密を共有したところでそれが自慢になるのかは甚だ疑問ではあったのだけれど――。
「あの、わざわざ髪色まで染めて隠してるのに教えてくれたの……嬉しかった! 絶対
しかし私のそんな疑問とは裏腹にパーマーさんは普通にはにかんだ顔を浮かべて実に嬉しそうである。成る程、私がただのしがないウマ娘だったとしても今現在はあれは誰だ何者だと騒がれる謎めく時の人であれば、その正体を知っているという優越感は彼女の心を踊らせるに足る物であったということか。結構照れる。
「でもさ、一つだけ聞いていい……? どうして私にそこまで私に優しくしてくれるの?」
「――強いて言うなら、好きだからです」
好きだからやっているだけだ、お節介を。まあ何度も言うけれど、私はただ今まで過ごしてきた日々の中で沢山の人に優しくされてきたし助けられてきたから、私もその恩返しにできるだけ周りにそうしたいだけ。だから本当に誰かに優しくする理由なんてない、それは当たり前の事と思うから。
「…………」
しかしどうしてパーマーさんは口を開けたままフリーズしているのだろう。変かな? 好きだからお節介や人助けをするのって。
――おっと、しまった。それとこれだけは言っておかなきゃ。私はパーマーさんの手を握り、彼女と目を合わせながらしっかり力強く言った。
「パーマーさんは、
どうしてパーマーさんのトレーナーさんと親友さんが居なくなってしまったのか、それを私から尋ねるのは傷口に塩を練り込む事態に成りかねないので深くは聞けなかったが、少なくとも亡くなったり絶縁した、というような最悪の別れ話でもないらしいことは話の節々から推測できた。ひょっとしたら単に今は居ないというだけで、あるいはいずれ再会もできる――というような、絶望的な状況ではないのかも知れない。しかしそれでもパーマーさんはロッカーの中に引き籠もりたくなるくらいの孤独を感じていたのは事実である。
「私が居ます。辛くなった時、苦しくなった時、悲しくなった時、逃げ出したくなった時、閉じ籠もりたくなった時……いつでも私を呼んでください。私はいつでも、何度でも――また、ロッカーの扉を開けに来ますよ」
またこうしていつでも話相手になるくらいなら、お安い御用だ。
………
――と、私は部屋の備え付けのシャワーを浴びながら、先程のパーマーさんとの邂逅を思い出していた。気づかぬ内にかなり話し込んでしまっていたようで、すでに消灯時間が差し迫っていた程。もう寮の大浴場も閉まっているだろうし、部屋にシャワーだけとは言えバスルームがあるのは助かるものだなぁ。
あの後また明日、と約束して私達は別れた。パーマーさんは何かを決心したかのような表情で「お祖母様に報告しなくちゃ……」と小さな声で呟いていたが、成る程。きっと『自由に走れと言われたのは文字通りパーマーさんには様々なしがらみに囚われず自由に走って欲しいのでは』という私の推測が正しいのか直接尋ねる事にしたのだろう。できればその考えが合っていて欲しいものだが。
シャワーを済ませさっぱりして、寝間着に着替える。ちなみに現在ルームメイトのスズカさんは居ない。ふむ、出会ってすぐだが彼女の走ることへの欲求が
規則によればトレーナーが付いているウマ娘は申請さえちゃんとしていれば比較的緩く門限や消灯時間もスルーできるのがトレセン学園らしいし。三冠ウマ娘を目指すブルボンといい、これがトレセン学園のアスリートウマ娘のストイックさというわけか。速くなる為ならば日常をトレーニング漬けにすることを惜しまない。私も見習わなければ――とはいえ、それも私にトレーナーが付いてからの話になるだろうけど。見つかるかなぁ、私にトレーナー……大会のタイムだけで見るなら、現状私が一番同世代で速く走れるはずなのだが。
――ふぅー、やってみない事には答えが出ないのにいつまで考えていても仕方がない。テイオーが送ってきた結構な量のメッセージにも返信は済ませたし、今日はもう寝よう。いずれスズカさんが帰ってくることを見越して、部屋の明かりを薄暗い程度に灯したまま私は布団に潜る。
真っ暗だ。
『でもさ、一つだけ聞いていい……? どうして私にそこまで私に優しくしてくれるの?』
ふと、寝付こうとした刹那、パーマーさんの言葉が脳裏を過る。先も語った通り、優しくするのに理由はない。好きでやっているだけだけ。その事に何一つ嘘はないけど――。
『みんな、不幸になるだけなんだ……ライスが居るから、ライスなんかがこの世界に居るからっ! あなたも、この子も――もう少しで
……かつて、私が父親に連れられて色んな場所を巡っていた時、お節介を焼いた1人のウマ娘がいた。少なくとも、その子は間違いなく私が出会ったウマ娘の中で一番
……あの子の事を、似た危うさを持っていたパーマーさんに重ねてしまっていた事は――事実だろう。
「元気にしてるかな、
果たして、私はあの子の心を少しでも助けることが出来たのだろうか? あれから何年も月日は経過しているが、あの子の事は
………
その日は、まるで彼女の心の中を映し出すような雨だった。
諸事情で父親の帰りをとある宿泊地で待っていた私は暇つぶしに傘を差してレインコートに身を包み雨音を堪能していたのだけれど、そんな中ふと雨音に混じってうっすらと聞こえて来たのは誰かの『助けて』という叫び声。
すぐさま私は声のする方向へ走った。そして見つけたのは、雨によって
水路に流された犬がいる。水路と道路の間に設置された転落防止のフェンスの隙間から覗き込めば、そこには幸運にも――まあ水路に流されているのだからとてもじゃないが運がいいとは言えないが、ともすれば間をとって不幸中の幸いに水路の縁からコンクリートを突き破って伸びている草木に引っかかってなんとか流されまいと耐え忍んでいる子犬が。
大人を呼んでこよう、と思ってはいたのだ。そこまで深くもなさそうだし幅も大きな水路でもなかったが、しかし増水で流れが速い。いかな種族ウマ娘であれ幼少期の身体能力は人と大して変わらない。この状況は間違いなく子供の手に余る、下手に助けに行こうとしたらミイラ取りがミイラになる。本能的にそう悟った。
が、刻がそれを許さない。ぶちぶちぶち、と音を鳴らして子犬が引っかかっている草木が千切れだしたのだから。黒鹿毛のウマ娘の悲鳴が上がる。
――さすがに、それは若気の至りとしか言いようがなかった。まあ実を言うとその時は田舎で大きな羆に襲われてからしばらくしてのことで、羆よりこの世に怖ぇもんある? ねぇよなぁ!? と恐怖に対しての抵抗力が最大値に達していたというか、むしろあまりの恐怖に感覚が麻痺していたというか……まあ、早い話が私は慌てふためくウマ娘の少女に向かって「大丈夫」と言ってフェンスをよじ登り
私がこうやって思い出話を振り返れるということは結果的に子犬も私も当然大丈夫だったし無事迅速な救出も済んだしめでたしめでたし大団円――で終わればよかったのだが、黒鹿毛のウマ娘は私達の無事を確認すると自前の持ち物であるらしい絵本を抱き締めながらさらに大声で「ライスのせいで」と泣き始めてしまったのだ。
どうにか落ち着かせて話を聞くに、彼女は周囲に呪いがかかったような不幸を撒き散らす存在であるらしく、この子犬が水路に流されたのも自分のせいだ、と思い込んでしまっているようだった。
いやそんなウマ娘おらんやろ。
――と純粋にツッコミたくなったのを我慢して
「みんな、不幸になるだけなんだ……ライスが居るから、ライスなんかがこの世界に居いるからっ! あなたも、この子も――もう少しで
まあ私が死にかねなかったのは事実ではあるがそれは私が向こう見ずに行動したからであって何も彼女は悪くないと思うのだが。
「……ライスのせいで、誰かが死ぬくらいなら――ライスなんて!」
死んじゃえばいいんだ。
………
それから色々あって、なんとか
私は出来るだけ誰かを助けたいと思うし優しくしたいと思うけれど、それで全員を助けられると思っているほど能天気ではないし優しくしただけで全員を救えると信じてもいない。結局の所、他者の助けというのはきっかけにすぎず真に自分を助けられるのは自分だけなのだ。
寄り添ってあげることはできる、手を貸してあげることも出来る。
でもやっぱり――立ち上がるのは、自分自身にしかできない。他人ができることなんてどうした所で
それでも。
それでもそれでもそれでも。
それでもそれでもそれでもそれでもそれでもそれでもそれでもそれでも。
たとえそれが自己満足だとしても、たとえそれが余計なお世話だとしても、たとえそれが何かを変えられるわけではなかったとしても。
そして
――しかしそれはそれとして、やっぱりお節介を焼いた相手には、最後まで筋を通すという意味でやっぱり全員に名前を聞いたり連絡先を聞いたりした方がよかったんじゃないかなぁ……? 当時はそんな考えにも至らないくらい幼かったし、スマホも持ってなかったから、完全に一期一会になっちゃったウマ娘とか人とか結構な数いるんだよね……。
うーむ、後悔先に立たずとはこの事だな。
それでもいずれ
その約束だけは――絶対に守らないとね、絶対に。
――相手がその約束を忘れてたらどうするのか?
ふっ……その時は私がちょっと傷つくだけで済むんだから、まあいいじゃん。はちみーでも飲んで、誤魔化すさ。
13話「約束」 おわり
尚、スペシャルウィークと再会の約束をした相手は全員が激重感情で一日千秋の思いで再会を待ち侘びているしすでに特大の地雷と化している。
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