前話と2話構成と言っていましたが、2話構成+αになってしまいました。
月影島から本島に帰ってきて一ヶ月ほど、離島で行われていた麻薬密輸事件はそれほど世間を騒がせなかった。皆さん麻薬って興味無いですよね。私も自分が関わっていなかったらニュースを横目で見る程度だったね。
諸伏さんとノアズアークが調べてくれた情報は、宛先不明で警視庁捜査一課の伊達さんのPCに送信している。一番信頼できる人が伊達さんだった。勿論辿れないようにしている。そして浅井先生がどうなったのか、私は敢えて調べていない。ニュースで女医が〜と報道されていないから月影島で診療所勤めを続けているのかも。
ピンポーン
「はーい」
平日の午後、昼食も食べず書類仕事をしているとチャイムが鳴る。宅配便かな?インターホンの画面に映っていたのはスーツ姿の桜小路さんだった。……この前も見た光景だな。門扉を開ければ、家の前に停車している木木林業と書かれたステッカーが貼られたシルバーのセダンを背に桜小路さんが手を振っていた。
「お疲れ様です、桜小路さん」
「おつでーす。ほまほま1ヶ月ぶりですねぇ」
「そういえばそうですね。今日もお届け物ですか?」
「いえいえー、今日はーほまほまをお迎えにぃ上がりました」
「!、準備してきますね」
「はーい」
家に戻り、散らかしていた書類をある程度整理し、貴重品を持って、きなこを連れ戸締りの確認をし家を出る。桜小路さんに待ってもらい、きなこを博士に預ける。
「お待たせしました」
「きなんちゅも一緒でよかったんでーすよ?」
きなんちゅとはきなこの事である。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ちなみに桜小路さんの手は対犬へのマッサージはすばらしい。犬特化型なので人間にはマッサージできないらしい。きなこもとろけてたなぁ。
セダンの後部座席に乗り込み、桜小路さんは運転席へ。今日は桜小路さんの運転だけど、いつもは名前のわからない隊員さん達が代わる代わる運転してくれている。皆さん自衛隊員なのに、私の送迎という雑用を押し付けられて本当に申し訳ない。
「ほまほまノアフォン出してくーださい」
「はい」
ショルダーバッグからノアフォンを取り出す。
「ノアフォンさーん0029案件でーす」
「OK!」
おぉぉ……液晶が光り何かの資料が映し出される。あれ?この人……。
「浅井先生…?」
「正確には麻生成実。性別男性、年齢25歳、現在浅井成美として医心会東都中央病院離島医療推進課に所属している。君が暴いた20年前の麻薬密輸事件で殺害された麻生圭二の息子だ」
「DNA鑑定でバーっチリ親子関係が認められましたぁ」
へぇ、麻生圭二のDNAってまだ残っているんだ。……ってどうして浅井先生について書かれているんだ。
「長官はぁほまほま隊に麻生成実を追加するそーでーす」
「……協力者ですか?」
「そーいう事です」
浅井先生は言ってしまえばただの一般人だ。医師なら自衛隊にもいるはず。なぜ浅井先生に目をつけた?
「医心会東都中央病院には臨床医が3名所属している。その一人が麻生成実なのさ。君が調査していたAPTX4869を服用した遺体の検体を行ってる。現在は東都警察病院に出向中だよ」
「あー……情報を貰うんだね。でもどうやって浅井先生にコンタクトを取ったんですか?」
秘密情報部隊について全て話す訳にはいかないだろうし……。
「田所さんがぁ検事としてー話をしに行ったんですぅ」
田所さんとは、秘密情報部隊の田所敦二尉のこと。私、あの人に嫌われてそうなんだよな。ポッと出のくせに上司の子供だからって地位を与えられてるなんて好きになれる訳ないよね。
「あの人一応公安検事なんでぇその辺いー感じに言いくるめたそーです」
田所さんは表向きには東都地検の検事として働いている。検事の中でもテロリストや暴力団関係、組織犯罪などの公安事件を扱う検事を公安検事という。公安警察より上の立場らしいけど、それは名ばかりで、実際は警察庁の意向を汲んで送検していると諸伏さんは言っていた。
「それなら田所さんの協力者になるのが妥当じゃないですか」
「現在、黒の組織関連の事案は君の担当になっている」
「え゙、な、なんで」
驚いてノアフォン落としそうになった。
「APTX4869について調査を担当していた君が請け負うのは妥当だと思うよ?。他の隊員との情報共有の手間が省略できるじゃないか」
えぇ……なんか良いように丸めこまれているような……。
キキィッ
「うおっ」
突然の急ブレーキにノアフォンを落としてしまった。ノアフォンを拾い砂を払う。
安全運転の桜小路さんがこんな運転するなんて、どうしたんだろう。
「……前の車当て逃げされてまーす」
「えっ」
前方を見ると、停止した赤い軽自動車前に人影が見えた。
「私ちょっと行ってきます。あ、この車ドラレコって付いてます?」
「バッチリでーす」
よしよし、じゃああの見るからに悪そうなおじさんにいっちょかましてやるぜっ!
セダンを降り前の軽自動車の前方に向かえば、青褪めた女性とけろっとした50代くらいの男性がいた。
「大丈夫ですか?」
「!あ、あの、」
女性の前に立ち、男に向き直る。
「あなた当たり屋ですよね。故意にこの人の車にぶつかって、慰謝料でも請求するつもりですか」
「ぇ…」
「な、何を言ってるんだ!俺はその女に殺されそうになったんだぞ!?」
「どこか怪我をしましたか?私あの車から見えましたよ。この車がその横断歩道を通過する直前にあなたが飛び出してきたのを。ドラレコにも取ってあります。警察を呼んでもいいんですよ」
ここは強気に出ないとこのオヂに揚げ足を取られてしまうかもしれない。
「このまま立ち去るなら警察にも通報しません」
悔しそうに男は去って行った。
「もう大丈夫ですよ」
「ぁ、ありがとうございます……」
腰が抜けたのか、地面に座り込んでしまう。
「どこか具合が悪くなりました?救急車呼びましょうか」
「い、いえ!大事にしなくて大丈夫ですから……!」
女性が起き上がろうとするのを手伝う。
「ありがとうございました。いつもこの道、人通りが少ないので油断していたみたいで……」
「当たり屋が現れるなんて思いませんよ。本当に病院に行かなくて大丈夫ですか?」
「はい、これから予定があるので。助けて頂いてありがとうございました」
「いえ、お気をつけてくださいね」
何度も頭を下げられ、私も軽く会釈し女性が軽自動車に乗り込んだ後に車に戻る。
「オツカレサマでーす」
「お時間取らせてすみません」
「大丈夫ですよー」
いや、まさか当て逃げの現場に遭遇するなんて。変な人間がいるもんだ。
そして秘密情報部隊の支部に到着した。と言っても建物は少し古い5階建ての建物だ。地下駐車場に入り車を停める。駐車場内にある自販機に指紋と虹彩を認証させればロックが開き、自販機型の扉を開ける。中はエレベーターのような構造で、吾郎さん家のロッカーと似たような代物らしい。階数表記の無い上下の矢印ボタンのみ。桜小路さんが下矢印を押すと、ガゴッゴウンゴウン……と建て付けの悪そうな音がする。やっぱりこれも吾郎さんの家と似た造りだな。
再びガゴッと音が鳴り、エレベーターが停まる。扉が開き、秘密情報部隊の支部に到着した。どこの支部も異なった建物の構造をしている。これはもし誰かに侵入されても同じ組織の建物だと勘付かれないための造りなんだって。一つ一つ支部に案内されて、道を覚えている最中だけど数が多くてノアに道案内を頼んでいます……。皆さんよく覚えられますね。
「それじゃーほまほまオツカレサマでーす」
支部には主要隊員一人ずつ執務室が設けられている。私の執務室はまあまあ広く、2、3日は生活できるように設備が整っている。執務室の前まで桜小路さんに送ってもらった。
「遅ぇぞ妹」
「……」
なぜここにいる。扉を開ければ陣さんがカップラーメンにお湯を注いでいた。
おかしいなーここの鍵、指紋認証しないと開かないはずなんだけどなー。なんでいるんだろー。
「陣さん今日は組織の方じゃなかったんですか?」
「ベルモットがいたんじゃ仕事にならねぇ」
「ふーん」
カップラーメンを啜る陣さんを横目にケトルからティバッグを入れたマグカップにお湯を注ぎデスクに置く。
「コーヒーでいい?」
「あぁ」
陣さんの分のコーヒーを作りテーブルに置く。
ラーメンとコーヒーのよくわからない匂いがしているが、気にせずデスクチェアに座りPCを開く。今回この支部に来た理由は、支部までの道のりの案内と陣さんが面倒くせぇと投げ出している書類を片付けるためだ。桜小路さんに道中そう聞いたけど、私がいなかった間はどうやってこれを処理していたのやら……。
「そういえば陣さん、今日当て逃げっていうの初めて見たんだよね」
「ご苦労なこった」
今時珍しいよね。
「あの女性は黒の組織の末端構成員だね」
「え」
ま、まじ……?
ノアフォンからの音声に固まる。
「名前は」
「宮野明美、黒の組織所属の研究員シェリーの姉だ」
あの人、宮野明美さんだったのか!
「あぁ、あの女か」
「じ、陣さん知ってるの?」
「シェリーを繋ぎ止めるための人質だ。実質一般人と大差ねぇよ」
偶然会ってしまった。
「妹よ、上からの司令だ。APTX4869を製造停止させろ、だとよ」
……突然だな。
「市場に流通する前に止めろってこと?」
陣さんが頷く。
「現状、完成品は5つ。これがそれだ」
「え、ちょっ」
おもむろに投げられたピルケースの中には赤と白のカプセル剤と青と白のカプセル剤が1粒ずつ入っていた。
「青いやつは吾郎の解毒剤だ」
「他の4つはラムって人が持ってるの?」
「1つはシェリーがな、あとはラムにやった」
「あぁその薬、ラムは秘密裏に使用していたよ」
「……どういう事だ」
陣さんの眼光が鋭くなる。
「先日小児の遺体が東京湾の倉庫群で発見された事件があったのは知っているかい?」
「サツが情報統制してたやつだろ」
ワタシシラナイ……。
「その事件の被害者はエミーリー・クロポトフ。ロシア政財界の重鎮ミハイロ・グルキンの側近の一人だ」
目を見開く。な、なんで今その名前が?
「組織は日本を中心としているが、各国にも勢力を強めている。エミーリー・クロポトフと何らかの交渉が決裂した結果、ラムはキュラソーに殺害を命じている」
キュラソー……
「交渉内容はテメェでもわからねぇのか」
「生憎、紙面でのやり取りはデータが無いからね。本体が監視カメラの映像を探ったが、会って話す、という方法は取られていなかったようだ」
紙媒体でやり取りしていたなら流石のノアズアークでも探れないか。
「公安はガキの遺体について見当はついてねぇんだな」
「あぁ。監視カメラの映像は巧妙にすり替えられていたからね。並のハッカーでは気づけないだろう」
「ミハイロ・グロキンは知ってるの?」
黒の組織について知っているなら、陣さんについても知っているんじゃ……。
「エミーリー・クロポトフが来日した目的は知っているようだが、黒の組織については興味がなさそうだね」
「そ、そうなんだ」
ほっと息を吐き、あからさまに安心してしまう。
「ラムが使用したAPTX4869は1錠、残り2錠の行方は現在捜索中だよ」
「チッ、面倒事起こしやがる」
突然父親の名前が出て動揺したけれど、どこの誰がミハイロ・グロキンの情報を掴むかわからない。隙を見せないよう気をつけないと。
「そういえば陣さん、薬の流通を停めろって言ったけど何をすれば良いの?おまかせ?」
「何でも構わねぇ、研究所を破壊しても良いんだぜ?」
「えぇ……それは、ちょっと」
これ以上目立つのは……。
APTX4869をこれ以上作成できないようにすれば良いのなら、開発者を確保して研究資料を処分すればいい。宮野姉妹を助けられるかもしれない。
「工藤誉、本体から面白い情報が入ったよ」
「何?」
「宮野明美だが、現在公安警察に監視されている」
「!」
監視……。でも1時間前に遭遇した時には嫌な視線は感じなかった。
「ほんの先程から尾行されているようだね。公安警察は君が彼女に接触した事を知らない」
部屋に設置されたモニターにどこかの監視カメラの映像が映し出される。どの人が宮野さんと公安の人かマークしてくれていて見やすい。
「警察庁警備企画課所属の降谷零は宮野明美、宮野志保を保護したいと考えているようだ」
あー、初恋の人の娘さんだもんね。
「警察はAPTX4869の情報を掴んでないんだよね?」
「バーボンなら知ってるんじゃねぇか」
「あ、シェリーさんと宮野明美さんを保護して薬の製作を中止させようってことか。……でも研究資料を処分しないと意味ないよね」
「普段研究所に出入りしてんなら怪しまれねぇだろうが、あの野郎の興味は薬より女の方だろ」
「知り合いとか?」
「さぁな」
陣さんもまさか初恋の人のために保護しようとしているとは思っていないよねー。
「じゃあ陣さんはバーボンさんにそれとなく目的を聞いてみてよ」
「……」
「嫌そうな顔しないで」
そんなに嫌なのか。顔が怖いってば……。反社の顔してるよ。……半分反社だけど。
「テメェは何すんだ」
「私は研究所からシェリーさんを救出します!」
「あー……お前潜入好きだな」
「失礼なっ、好きでやってませーん」
潜入が好きな人なんて変態じゃん。
ノアズアークに頼んで研究所の職員に変装して宮野志保を連れ出せればいいんだけど、多分上手くいかない。あの子警戒心凄いからなぁ……。もういっその事眠らせて連れ去るかぁ。
陣さんと喋りながら、陣さんが手を付けていない書類整理を終わらせれば夕方のいい時間になっていた。陣さんはこの部屋に泊まる(自分の執務室に行けと言っても聞かなかった)らしいので、放っておいて私は家に帰る。
「ありゃ、新くんまだ帰ってないんだ」
博士と諸伏にお礼を言い、きなこを連れ散歩から帰ってきたが新くんはまだ帰宅していなかった。
「そういえば文化祭の準備って言ってたね」
「ワフッ」
「文化祭か、懐かしいなー」
白百合学園では小中高合同でお祭り騒ぎになってたっけ。不審者が侵入しないようお客さんは生徒の親族とOBのみなんだけど、人数が人数だから生徒だけでも十分楽しめるんだよなぁ。
きなこと自分の夕食を準備し食べ終えテレビを見ていると新くんは帰ってきた。夕飯はー?と聞けばポアロで食べてきたらしい。文化祭までもう少しなので、平日は20時すぎに帰宅、土日も学校に行って準備している。1年生の出し物は原作の演劇ではなく、教室で何かすると言っていた。来年はあの舞台が見れるのかなぁ。でも黒衣の騎士より蘭ちゃんのハート姫の方が見たい。あのかわいいハート姫を生で見たい。新くんはお風呂に入ってもう寝るみたい。明日も早めに学校に行って教室の装飾品を作るそうです。頑張るねぇ。
ピロン
「!」
この音はノアからの連絡を知らせる音だ。
ノアフォンを取り出す。
「大変だ大変だ。宮野明美が公安に確保され現在警察病院で監視されている」
「……、何かしたの?」
「表向きは、今日午後3時に東都銀行米花南支店で起こった銀行強盗での犯人教唆罪の容疑者として逮捕された。だがその銀行強盗は公安警察が指揮して行われたものだよ」
「あー……なるほど」
態と銀行強盗を起こして、罪をでっちあげたのか。公安お得意の違法捜査ってやつだ。
「そして今し方宮野志保も研究所から姿を消した」
「は、え、」
『おい、シェリーが行方知らずだ。アレを持ち出しやがったぞ』
陣さんが通話に割り込んできた。ノアが繋いでくれていたんだね。一先ず宮野志保を見つけないと。自室にいる新くんにアトリエに資料を取ってくると伝え、家を出る。車庫に停めてあるSUVに乗り込みエンジンをかける。
「監視カメラでは化粧室に入った姿は確認できたが、その後出てきた姿は確認できていない。現在、研究施設付近の防犯カメラから探しているよ」
「了解。陣さんはいまどこ?」
『研究所だ。シェリーにチクったヤツから公安の事吐かせてんだよ』
つまり、公安にスパイがいて宮野明美が捕まった事を宮野志保に話した人からどうして公安の情報を知っているのか聞いてるってことだね。
『俺も行った方がいいかい?』
諸伏さんも通話に加わる。うーん、諸伏さんがいれば私は動きやすいけど、諸伏さんが組織に見つかる訳にはいかないからなぁ。
「いえ、諸伏さんは待機でお願いします。あ、田所さんに連絡お願いしてもいいですか。警察病院に出向中の浅井成美の連絡先を教えてほしいんです」
『了解』
「ありがとうございます。陣さん研究所ってどこにあるの」
『位根山』
「近っ、なんでそんな所に研究所なんて建ててるの!」
『知るか』
都心から車なら30、40分で行ける山じゃん!別荘から結構近いし、怖っ。
「宮野志保発見。ラ・マー前川店の防犯カメラに白衣を着た子供が映っていたよ」
「子供って……」
『幼児化しちまったみてぇだな』
Oh……、原作通りじゃん。
『こっちはシェリーの死体を人形で偽装する。後はテメェに任せた』
「うん、そっちはお願いします。保護したら連絡するね」
「工藤誉、宮野志保がこの辺りで姿を消した。急いだ方が良い」
カーナビにノアズアークからアクセスされ、先ほどのスーパーから徒歩10分ほどの距離に印が書かれる。22時を過ぎたため車通りが少なく法定速度を守りながらもかっ飛ばし20分ほどで目的地に到着した。
「血…」
コインパーキングに停め、車を降り付近を探していると街灯に照らされていた血痕を見つける。小さな足の形をしていたから裸足でここまで歩いてきたんだ。血痕を辿り公園の中に入ると、入口近くのベンチに横たわる子供を見つけた。サイズの合っていない服と白衣をかろうじて着ている。間違いなく宮野志保だ。
意識がない……。一旦横抱きにし車に連れて行き後部座席に乗せる。この子のケガを治療したい。家に戻ってもいいけど新くんを巻き込む事になる……。別荘は……治療できる物がない。
「宮野志保さん保護しました。幼児化してるので多分APTX4869を飲んで自殺を図ったんだと思います。このまま家に帰るつもりです」
『誉ちゃん、浅井成美に連絡が取れたよ。今こちらに向かってるそうだ』
「わかりました。20分ほどで着きます」
『了解』
来た道を戻り車を車庫に停め、横抱きにし急いで博士の家の方に行く。明るい所で見ると足以外にも所々擦り傷がある。早く手当しなきゃ。家に入ると博士の他に白衣を着た人、浅井先生がいた。
「誉君ソファに寝かせてくれんか」
「うん」
志保さんをソファに寝かせる。発見してから30分ほど経つけれど志保さんは目覚めない。浅井先生に診てもらっている間に、陣さんの携帯へシェリー保護しましたとメッセージを送る。
さて、公安が保護した明美さんの方はどうしようか……。公安に組織のスパイが潜り込んでいる可能性があるなら無闇に接触するのは危険かも。
「誉ちゃん、明美ちゃんは508号室に隔離されてる」
「わかりました。…あの、明美ちゃんって、宮野明美さんとお知り合いなんですか?」
「あぁ、子供の頃にゼロと俺は明美ちゃんとよく遊んでたんだ。短い間だったけどね」
「なるほど……だから降谷さんは宮野さんの行方を調べていたんですね」
「多分、そうだと思う。ただ公安の監視下に置かれた明美ちゃんを連れ出すのは難しいだろうな」
「ですよね…、お互いに連絡が取れたらいいんですけど」
ガシャンッ
二人で話していると突然大きな音がする。音のした方を振り向くと救急箱の中身が床に散らばっていた。
「だ、大丈夫!?」
急いで絆創膏や消毒液などを拾う。
「……怪我の手当てをしないと」
「触らないで!!」
「!」
聞き覚えのある声。お、起きてる……!
「俺は医者だ。治療する義務がある」
「治療なんて、必要ないわ…!!」
は、はわわ……ど、どうしよう……!
「大きな音がしたがどうしたんじゃ」
お風呂の用意を頼んでいた博士がリビングに戻ってきた。救急箱を持って博士に近づく。
「博士、あの子起きたみたい」
「おぉそうか!風呂はもうすぐ沸くぞ」
「うん、ありがとう」
浅井先生は処置の用具を持参しているようなので、救急箱を棚に戻す。
「誉君、あの子は訳ありのようじゃな」
「山田さんから聞いた…?」
博士が頷く。
志保さんを博士の家に連れて来たために博士を巻き込んでしまった。
「誉君と山田君が何か隠しているとは思っておったよ」
「!」
「あの子も訳ありのようじゃが、住む場所が無いならここにいると良い」
「……ありがとう博士」
博士ってたまに鋭いこと言うよね。
志保さんの座るソファに近づく。見れば見るほど灰原哀だ。でもこの子は宮野志保さん。お姉さんに会える術を考えないと。
「浅井先生、ちょっといいですか?」
先生がわかったよとソファから離れる。
「宮野志保さん、私は貴女を保護した工藤誉と言います」
「……どうして助けたの、そのまま放っておけばよかったじゃない」
「意識がない子供を放って置けません。ケガもしてましたし」
「放っておいてよかったのよ…!あのまま!!………あのまま、死にたかった……」
「……」
お姉さんが警察に捕まったから死にたくなった……?
「どうして死にたいんですか?……お姉さんが警察に捕まったからですか?」
そう言えば睨まれる。
「警察?……お姉ちゃんは殺されたのよ!!!」
……?
殺された?
「ノア、宮野明美さんは生きてるよね」
「勿論さ!現在警察病院で警視庁公安部による監視下にあるよ。必要なら映像を出すが、どうする?」
ノアフォンを取り出し、志保さんに画面が見えるようにノアフォンを向ける。
「これ見てください」
「現在の東都警察病院5階廊下の監視カメラ映像だよ」
「……」
志保さんは画面を食い入るように見ている。画面には宮野明美さんが病院服で廊下を歩いている。
「お姉さんは生きています。貴女が死ぬ必要はありません」
「これ、ほんとう、なの」
「フェイクと疑っているのかい?僕でもそんな小細工はしないよー」
「志保さん、必ずお姉さんを連れて戻します。その間ここで待っていてくれませんか」
今にも泣き出しそうな顔をしている。
……誰が明美さんが殺されたと嘘の情報を流したんだろう。陣さんが言っていた、志保さんにチクッた組織の人間なのかな。
「この際じゃ、暫くここに居ればよい。男世帯じゃからなぁ、それでもいいならじゃが」
「……」
志保さんの目から涙が溢れるのを見て、志保さんの手を上から緩く握る。
「志保さん、まずは手当てしてその後にお風呂入って温もりましょう!」
絶対に明美さんを連れて戻す、そして二人で安全に暮らしてもらう!!志保さんを抱きしめたい気持ちを抑え、浅井先生に治療の続きを頼む。
「今から警察病院に行くので新くんの事お願いしてもいいですか」
「あぁ、何かあればすぐ連絡してくれ」
「はい」
博士にも志保さんをお願いしますと伝え外に出る。一旦家に戻ると、新くんはもう寝たらしく自室から物音がしない。一人分の服を紙袋に詰め車で警察病院に向かう。
『ほまほまーおつかれさまですぅ』
ノアフォンに桜小路さんから電話がかかってきた。
「お疲れ様です。今警察病院に向かってます」
『宮野明美を連れ出せばいー感じですかー?』
「はい、そうなんですけど、どう潜入しようか考えてて」
『なーるほど。私警察びょーいんにいますしぃ、そこんところだいじょーぶですよぉ』
「本当ですか!」
『いまぁ麻生成実に成りきってまーす』
えぇ!?桜小路さん変装できたの!?
『宮野明美と服を交換してぇ、逃しますねー。10分後に始めまぁす』
「りょ、了解です」
『更衣室のロッカーにぃ看護師の制服を置いてるのでー、それ着ちゃってくださーい。724番でぇす』
「はい、何から何までありがとうございます」
『いえいえ〜』
病院まであと数分、警察病院の駐車場ではなく付近のコインパーキングに停め、そこから徒歩で警察病院の職員用出入口を通る。イヤホンを片耳だけ付けノアの声が聞き取りやすいようにする。
「暗証番号は0925だよ」
出入口の数字ボタンをノアに言われた通りの番号を押し、扉を開ける。ノアの案内で更衣室に入り724番を探す。
「あった」
ロッカー開け看護師用の制服が入ってたのを確認する。持って来ていた紙袋を置き、服を着替える。髪をお団子にしヘアネットを被せる。
「急いで工藤誉、宮野明美が出てくるよ」
「わかった」
変装のためか伊達メガネが置かれていたので、それを付けて明美さんの病室がある5階に急ぐ。
「エレベーターを降りて右手3mに公安警察が二人待機している」
「もう出てくる?」
「あぁ、出てきたよ。怪しまれてはいないようだね」
5階に着き、エレベーターを降りて右を向くと俯きながら歩くポニーテールにメガネとマスクした女医さんを見つける。公安の人に怪しまれなかったのは、桜小路さんが態とこういう雰囲気の女医を演じていたからかな。明美さんが首から掛けていた名札に佐藤と書かれている。
「あ!佐藤先生ここにいたんですね。探したんですよ!」
私の声に公安の人達が反応したけれど、すぐに視線を外される。
「ぁ、」
「内線にも出ないから来ちゃいましたよ。……着いてきてください」
「!」
「204の長谷川さんが先生に会いたいって寝てくれないんですよぉ」
一方的に話しながらエレベーターに誘導する。エレベーターの扉が閉まるまで油断しちゃダメだ。
「「……」」
扉が閉まる。
「志保さんは無事です」
「!!し、しほは、志保はどこに…」
「安全な場所で保護しています」
伊達メガネを外し明美さんに顔を見せると、目を見開く。
「あ、あなた……」
「昨日ぶりですね」
エレベーターが1階に着く。眼鏡を掛け直しエレベーターから出る。
「まずはここから出ましょう」
明美さんを連れて更衣室に入る。724番のロッカーを開け紙袋に入れていた服を取り出し明美さんに着替えるよう手渡す。私も制服から先程まで着ていたロンTとジーパンに着替えカーディガンを羽織る。
「ノアお願い」
「OK!周辺は監視カメラが数台のみ。その他、携帯のGPSも確認したが公安刑事やその他の人間もいないね」
「了解」
来た道を戻り、コインパーキングに停めていた車へ明美さんを乗せる。
明美さんは車が動き出してからも一言も発さない。どこへ連れて行かれるかわからない不安と志保さんが無事なのか確かめたいのかな。
「手荒な真似をしてすみません」
「……あなたは組織の人じゃない、ですよね」
「はい、私は黒の組織とは無関係です。公安警察と似たような組織に属しています。全てお話しすることはできませんが、貴女方姉妹を保護させて頂きました」
全部話すとなるとややこしいし。
「…どうして、どうして、私達を助けてくれるんですか…?志保はともかく、私を助けても、何もできません……」
どうしてか……。原作で哀ちゃんが背負っている悲しみを無くすことができればと思って勢いでやっちゃっただけだしなぁ……。
「貴女方姉妹に笑っていてほしいから、ですかね」
「…?」
戸惑うよなぁ。でも本心だし……。宮野姉妹には原作のような悲しい最期になってほしくない。
無事に家に戻り、明美さんを連れ博士宅に入る。
「おかえり」
「ただいまです」
諸伏さんは部屋の中央にあるキッチンで何か作っている。甘いいい匂いがする。浅井先生も中央のテーブルに座り、飲み物を飲んでいた。
「お姉ちゃん……」
お風呂上がりでほかほかな志保さん(私が子供の頃来ていたパジャマ姿)が私の前に立つ明美さんを見て泣きそうな顔になる。
「志保……?な、何があったの?どうして小さくなってるの…?」
声色からも戸惑っている様子がわかる。明美さんはすぐに志保さんに駆け寄る。志保さんから説明するよね。私が出しゃばる必要ないか、と浅井先生の隣に座る。
「さて……、説明してくれるんだよな?」
浅井先生が私を見る。
「はい、勿論です。でも一ついいですか?」
「いいよ」
「先生が田所さんから聞かされている事を教えてくれませんか」
「俺は公安検察の協力者になってほしいって言われただけだよ。担当している事件で出た変死体を検死したのが俺だった、だから協力者として検死結果を報告してほしい、そう聞いてた」
結構オブラートに包んで伝えてあるな。先生にはこれからも怪我人の治療をお願いするだろうし、全て伝えた方が良いんだろう。博士が席を外してくれていて好都合だった。
「わかりました」
ノアフォンを取り出し、自衛隊証を画面に映し出し先生に見せる。
「改めて、陸上自衛隊秘密情報部隊所属工藤誉一尉です」
「自衛隊……、月影島の事も調査していたのかい?」
「あ、いえ、月影島に行ったのは偶然です」
先生に会うまで月影島にいるって気づかなかったし……。
「でもその偶然のおかげで、俺はアイツらを殺さずに済んだ。ありがとう」
「い、いえ、感謝されることなんて、」
ほとんど薫子ちゃんの推理と花ちゃんの行動力で解決してたし、私は船酔いでご迷惑をおかけしてたので……。
「貴女警察じゃないのね」
志保さんが私の方に歩いてくる。明美さんは……いつの間にか諸伏さんと話し込んでる。
「はい、自衛隊と言ってもスパイのようなものですけど」
椅子から降り、志保さんにも自衛隊証を見せる。
「私を見つけたのも、そのスパイ活動のおかげなのね」
「上司から志保さんが行方不明になったと聞いたんです。監視カメラで白衣を着た子供を見つけて、もしかしてAPTX4869を飲んだのかもって」
「そう…」
彼女がAPTX4869を飲んだのは自殺しようと思っていたからだ。でもそれを暴くつもりはない。
「もしかして変死体のそのアポトキシンが原因かな」
「はい、調査である程度薬の効果はわかっていたんですが、先生に説明できず、すみませんでした」
「気にしないで。ただの臨床医に事件の詳細を聞かせる義理はないよ」
浅井先生優しい……、さっきも急に怪我人の手当てしろって言われて戸惑ったろうに……。
「ありがとうございます」
「あぁ。……じゃあ、ある程度聞きたい事聞けたし、俺は帰ろうかな」
確かにもう数分で明日になる。仕事先からそのまま来た先生はお疲れだ。先生に聞けばここまで送迎してもらったらしい。桜小路さんが手配してくれたんだろうな。本当に頭が上がらない。タクシーで帰るよと言われたので、タクシーを手配した。先生は、じゃあまたねと言って帰って行った。こんな時間に……と思ったけど先生はか弱い乙女じゃなかった。危うく忘れるところだった。
さて、宮野姉妹の今後だな。二人は今ソファで諸伏さん特製のジャム入りハーブティを飲んでいる。キッチンが目の前にあるから甘い美味しい匂いが漂ってくる。
ここに居ていいと博士は言っていたけど、降谷さんが安室透になるとして、新くんが言いくるめられて博士を紹介しに降谷さんがここに来たら終わる。
別で家を用意する方がいいのかな……。
あ。
アトリエならいいかも。
あそこなら米花町から離れているし、最低限生活できるものは揃っているし、二人に貸すのも全然問題ない。
「この家が良いわ」
あ、あっさり断られた……。
「し、志保、」
「貴女達が近くにいるんだから、そっちの方が安全よ」
「俺も賛成かな。二人には目の届く所にいてもらった方が良いと思う」
諸伏さんもそう言いますけどね、降谷さんが来ないとは限らないんですよぉ……。でも未来の出来事を話しても信じてもらえないだろうし……。………………はぁ、仕方ないか。
「わかりました。でも明美さんは変装して生活してください」
「変装、ですか?でも私、そんな事できませんけど……」
「大丈夫です。先程病室で会った女性が教えてくれるので」
桜小路さんに変装術を教えていただきたいです!と連絡したらOKでーすと言ってくれたので大丈夫だ。
「お二人には新しく戸籍を用意します。不便でしょうが、そちらの姓を名乗ってください。関係性は姉妹にしますが、良いですか?」
「えぇ」
「は、はい」
ノアフォンで陣さん宛に戸籍を二人分用意してほしい、姉妹で姉は灰原梨香23歳と妹は灰原愛6歳でお願いしますとメッセージを打つ。哀じゃなく、私は同じ音でも灰原愛にしたかった。あ、陣さん今忙しいかな。組織でスパイ探してるだろうし、じゃあマスターに送ろっと。
「ノア、このメールマスターに送って」
「OK!なるはやで送信するよ!」
「あ、ありがとう」
なるはやとかよく知ってるな。もう死語だぞ。
「生活に必要な物は私が用意するので、何か欲しい物があれば言ってください。買いに行きます」
二人に向き直りそう伝える。明日は桜小路さんが来るから、明美さんが変装術を教えてもらっている間に下着や着替えとか諸々を買いに行くつもりだ。
「ありがとうございます…、ご迷惑をおかけします」
「…ありがとうございます、」
二人に頭を下げられる。
「あ、頭を上げてください…!迷惑だなんて思ってないですから、」
結果的に二人は再会できたものの、志保さんを幼児化しちゃったし結果オーライとは言えない。これから黒の組織のせいで不自由な暮らしをさせることになる。だから二人から謝られる事なんてない。なんとか明美さんに頭を上げてもらう。
「今日、ていうかもう明日になってるんですけど、一旦休んでくださいね」
「じゃあ部屋に案内するよ」
宮野姉妹が何やら二人で話をした後、明美さんだけ諸伏さんと一緒に2階に上がっていく。志保さんはここに残るみたいだ。
「志保さんはまだ寝ないんですか?」
「えぇ。……夢なんじゃないかと思うと眠れないのよ」
「……」
そうだよね。まだ不安だよね。
志保さんの隣に座る。
「夢じゃないです。貴女は私の目の前にちゃんといます」
「……貴女は私の恩人ね」
恩人……。
わ、私は原作のように志保さんが動いてくれることを望んでいただけだ。
「貴女が助けてくれなきゃ、お姉ちゃんとああやって話すことも出来なかった」
伏し目がちにそう呟く。
「ありがとう」
「……、……こちらこそ、生きていてくれてありがとう。志保さんが生きていてよかったです」
生きているだけで御の字だ。解毒薬もあるし、宮野志保に戻ることも難しいことじゃない。でも死んだらどうにもできない。
「!」
「あれ…、すいません、なんか涙が……」
な、なんでだぁ?急に涙が出てきた。
「ふっ、泣くほど喜んでくれるなんて嬉しいわ」
志保さんが微笑み、ソファから降りる。
「もう寝るわね」
「ぁ、はい、おやすみなさい。また明日」
「……おやすみなさい」
涙をボロボロ溢しながら階段を上がっていく志保さんを見送る。あー、何なんだもう、涙止まれよぉ。
「!、誉ちゃん」
入れ替わるように諸伏さんが2階から降りてきた。私を見て早足で近づいてきた。
「どうしたんだ。怪我してたのか?」
「いえ、大丈夫なんですけど、なんか志保さんと話してたら急に…」
「……そっか」
諸伏さんが隣に座り、私の肩を抱き自分の方に私を寄せる。どきっ。
…………どき?なんだ今の?
「お疲れ」
「ありがとうございます。諸伏さんも、お疲れ様です」
「ごめんな、俺も協力できたら…」
「そんな…!」
涙を拭いていると諸伏さんがネガティブな事を言うので、思わず寄りかかっていた体勢を戻し、諸伏さんに向き直る。
「諸伏さんは十分協力してくださってます。諸伏さんがいないと困ります。だから卑下しないでください。私には諸伏さんが必要です」
諸伏さんの左手を両手で握り、伝える。
「っ」
諸伏さんは急に反対を向いてしまう。あれ?きょ、距離感間違えたかな。
「大丈夫ですか…?」
「あ、あぁ、ちょっと待ってくれ」
「?」
ふぅと息を吐き、こっちを向いた諸伏さんの顔が少し赤い、ような?
「手、もういいかい」
「あっ、すみません」
異性の手をずっと握ってしまっていた。
失礼しました……。
「諸伏さん、これからもよろしくお願いします!」
頭を下げる。組織を潰す理由がまた一つ増えた。宮野姉妹や諸伏さんの不自由な暮らしを長引かせないように早々に潰さなきゃ。
「……あぁ、どこまでもついていくよ」
その時の諸伏さんは呆れるように優しく笑っていた。どきっ。
…………ん?まただ。心臓がおかしい。もしかして、心臓に何かあるんじゃ……、まだ死にたくないんだけど!?
お読みいただきありがとうございました。
宮野姉妹が登場しました。
哀ちゃんのままにしてもよかったんですが、自分が哀しみという字があまり好きではないので灰原愛にさせていただきました。
宮野明美さんは当て逃げを2回も受ける不運な女性になりました。でも彼女不運な星の元にいますよね?彼女の組織での立場はライを引き入れた迷惑な女という立ち位置で、組織と公安から監視される一般人女性です。....やっぱり不運な星の元に生きてますね。
ではまた次回を気長にお待ちください。