暴力の化身は、やがてその力を恐れた者達に徒党を組まれて敗北、封印される事になる
だが、時がたちある時を境に封印の一つが解け、大妖怪は器の中へと再誕する。
大昔、一匹の妖怪が居た。
圧倒的な力と耐久力、そして二振りの刀を用いて全てを切り裂き、切り裂き、切り裂いて。ありとあらゆる障害を叩き潰してきた猛者。
その力は恐ろしく、そして妖怪という一つの括りからも逸脱しやがて神すらもその手に掛けた。
一柱、二柱の数ではない。十を超え、百を超え、千を超え。
如何に八百万の神々が存在する日ノ本といえども、それだけの数の神が屠られれば小さくない影響があった。
故に、神々は徒党を組んでこの大妖怪を討伐を目指す。
だが、妖怪は強かった。
武神、軍神、更には邪神まで手を貸して漸く膝をつかせる事が出来るほどに強かった。
やむを得ず、弱った妖怪に封印を施して更にこれを海外の神の力を借りて別の力で更に封印の上掛けを数度行った。
かくして、厄災を振り撒いた妖怪は封印される。
所詮は、先延ばしにしかならない事が知れたのは随分と後の事だった。
*
少年は、幼いころから自分の内側に“鬼”を飼っていた。
『封印の一つが緩んだかと思えば、まさかガキの中に放り込まれるとはなァ』
低く、そして隠しきれない怒りの滲ん声だ。
『…………チィッ、抜け出せんか。おい、ガキ』
「……?」
『聞こえてるだろうが。隠そうたってそうはいかねぇぞ』
「……」
『何とか言ったら――――!!……いや、待て』
沸騰しかかった声は、しかし唐突に小さくなる。
何やら思案するような雰囲気を漂わせ、再び声が響いた。
『口が利けねえ……いや、言葉を知らねぇのか』
「……」
『ハッ!こいつは傑作だ。てめぇ、親にも捨てられて何をのほほんと生きてやがる』
「?」
『それすら分からねぇか…………だが、こいつはおあつらえ向きだ。おい、ガキ。お前は、オレが復活するための器として、教育してやろうじゃねぇか』
「……」
これは愉快そうに嗤った。
かくして、声の従う少年の一生は本格的な始まりを迎える。
『先ずは、呼び方だなァ。名前がねぇってのは、面倒クセェ』
「なまえ……?」
『そうさな……てめぇはこれから、
「……あい!」
名前と言葉、文字を与えた。
『弱ぇ器なんて必要ねぇからな。戦え!強くなれ!だが、オレの刀は使わせねぇ。てめぇのような雑魚には、過ぎたものだからな』
声がそういうと、伊世の手には峰側が渦巻く炎のような意匠となった二振りの刀が現れた。
『そいつは、蛮刀。鈍らだが、無ぇよりはマシだ』
最低限の装備と共に戦場へと放り込んだ。
『人間ってのは、面倒だな。食わなきゃ動けねぇ。眠らなきゃ動けねぇ。挙句の果てには、着物まで要るのか』
呆れた様な声。
凡そ三日三晩戦い続けた少年が、睡眠不足と空腹に因ってぶっ倒れた時の事だ。ついでに服は、襤褸切れの状態。
結果としては、十二時間の爆睡と直後の空腹をごまかすためにそこらの虫を生で喰らう事になった。腹は壊したが、三回目以降で体が慣れたのか毒虫すら食べる事が出来るようになった。
不器用ながら、世話をした。
時の流れは早いもの。
気付けば、七篠伊世が世界を旅して十年が経過しようとしていた。
同時にその日、世界に大妖怪の脅威が復活する。
*
三大勢力の和平会談。その会場である駒王学園は、今まさに和平を認めない旧魔王派によって襲撃を受けていた。
隔絶された結界内は、闘争の坩堝。争うのは、テロリストと現政権側。
この混沌へ、更なる一石が投じられる。
「何?」
気付いたのは、旧魔王派のカテレア・レヴィアタンを相手取っていた堕天使総督のアザゼル。
彼が見たのは、結界の天辺に走った亀裂。直後に粉砕されて何かが落ちてきた瞬間だった。
土煙を上げて、グラウンドの中央に落ちてきた何か。
「――――この場で、一番強いのはどなたですか?」
粉塵が晴れて、現れた何者かは時の止まったこの場で問いかける。
そこに居たのは、十代半ば程の少年だ。
黒の天パ頭に、裾の解れた白い羽織。黒のサルエルパンツに、赤いシャツ。足元は素足という奇妙な風体。
その両手には、蛮刀と呼ばれる揺らめく炎のような意匠の打刀ほどの長さの凶器が一振りずつ握られていた。
沈黙の返答に、少年は首を傾げ、何かに思い至ったのか一つ頷く。
「僕は、七篠伊世。もう一度問います。この場で一番強いのはどなたですか」
「七篠伊世だと……!?」
驚いたように声を上げるのは、アザゼル。
ここ数年、種族問わずに喧嘩を売っては惨殺してくる人間の噂が流れていた。
恐るべきは、A級以上のはぐれ悪魔のみならず、エクソシストや果てはドラゴンや神までその手に掛かっている事。
そんな中で生き残りが語ったのが、七篠伊世と名乗った襲撃者。
アザゼルの声に反応した伊世は、顔を上げた。
「……ドウコク様」
『ああ、良いぜ。今日は運がいい。強ぇ奴の見本市じゃねぇか!オレの刀を使う許可をくれてやるよ』
内から響く声に従い、伊世は両手に持っていた蛮刀を投げ捨てると虚空を掴む。
同時に、言い様の無いプレッシャーが結界内に振り撒かれた。
右手に握られるのは、一メートルはある幅広の刀身を持つ大刀。切っ先に向かって黄金の龍がのたうつように昇る意匠が施されている。
左手に握られるのは、九十センチほどの細身の刀身を持つ太刀。切っ先から鍔元へと向けて口を開けて降る龍の意匠が施されている。
右手の大刀を『
左手の太刀を『
二振りの刀。その出現の直後、少年の姿は掻き消える。
「――――まず、一人」
振るわれるのは、右の大刀。上から下へと振り下ろされ、目を見開いたカテレア・レヴィアタンは脳天から股下迄真っ二つになって絶命した。
まさかの光景に目を見開くアザゼル。
カテレアはドーピングを施した状態だったのだ。その力は、魔王クラスと言っていいレベルだった。そんな彼女が、不意打ちとはいえ一太刀で絶命した。
「クソがッ…………!」
アザゼルは槍を振るった。
疑似的な
『|堕天龍の鎧《ダウン・フォール・ドラゴン・アナザー・アーマー》』
その能力は、一種の暴走状態。アザゼルの力を神クラスにまで引き上げる事が出来た。
対して、伊世は
振るわれた左手の太刀と、巨大な光の槍がぶつかり合う。
(本当に人間かよ!?)
槍を通して伝わるその一撃の重さに、アザゼルは甲冑越しに目を剥く。
神クラスの出力は、ハッタリでも何でもない。
でありながら、純粋な膂力では恐らく負けている。
内心で焦るアザゼルを尻目に、伊世は右手の大刀を振り上げ、渾身の力で拮抗状態の槍へと振り下ろす。
「ぐおっ!?」
地面へと叩き落されるアザゼル。
追撃を狙う伊世だが、その前に自身の勘に従って右の大刀を後方へと回転しながら差し込んだ。
瞬間、甲高い金属音と共にその幅広の刀身が白銀の拳を受け止める。
「不意を打ったつもりだったが、流石だな……!」
「噂はかねがね聞いていますよ。歴代最強の白龍皇だとか」
互いに弾き合い、白銀の鎧は空中に浮き、伊世の方は
会話は要らず。伊世が切り込む。勢いよく空を蹴って、その体は砲弾のように飛び出した。
大上段からの振り下ろし。コレを、白龍皇は腕の装甲で受けに掛かる。
金属音と火花。
そして、
「な、にぃぃ……!?」
白銀の装甲は切り裂かれ、その下の左前腕が半ばから切断。落とされる。
傷口から噴き出す血液。腕を抑えて、白龍皇ヴァーリは仮面の下で目を見開いた。
「どういう事だ……!“半減”が利いていない……!?」
『はーっはっはっは!!!んな、チンケな能力でオレの刀を止めきれるもんかよ!!』
ヴァーリの驚愕に答えたのは、呵々大笑の大声だった。
声の出所は、血払いして空中を跳ねる伊世。
彼の背後に紅蓮と蒼の入り混じったオーラが浮かび上がると、やがてそれは凶悪な顔を描き出した。
『宣言するぜェ!今ここに、血祭ドウコクの復活をなァ!!』
オーラの象った凶悪な顔が、大声を持って場を揺らす。
血祭ドウコク。それは、本来はこの大妖怪の名ではない。
名は、体を表す。畏れこそが最大の力の源である妖怪にとって、名を広く知らしめることは己の力を高める事に繋がる。
これを嫌って、彼を討伐しようとした神々は彼の名を意図的に封じる事にした。
だが、ソレは意味を成さない。
血飛沫の舞い散る血祭の中で、生き残りの
そして、彼自身がこれを名とした。結果的に、元の名よりもその凄惨さと凶悪っぷりを広く知らしめる。
ドウコクは咆える。
『手始めに、ここらの首を貰っていくとしようか!!!殺れ、伊世!!!』
「御意」
二刀を広げ、少年は動き出す。
闘争こそが人生だった。