美竹蘭が珍しくピンで先輩たちと交流する話です。

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ゆるいコメディ書きたいな〜と思ってたら随分とだらしないことになってしまった ムチムチバインバインセクシー文字数ですまない……


美竹蘭お前普通に素直じゃないか? というSS

 むしゃくしゃしてなんにも手につかないから外に出てきたんだけど、すっかり紅潮した街路樹や高い羊雲をひとりで眺めても褪せた心のちっぽけさが浮き彫りになるだけだった。

 心の片隅にいる冷静なあたしが、さっさと切り替えればいいのに、と呆れ顔で言う。それができればとっくにやってる。折り合いを簡単につけられる性格ならあたしはあたしじゃなかっただろうなとも思うけど。

 

「はぁ……」

 

 自己嫌悪ばっかり素直にリンクして溜め息を吐くと、ふと、甘い匂いを嗅ぎ取った。パンケーキとかに近いような、卵ベースの生地特有の優しい甘さ。

 地面を睨んで俯いていた顔を上げるといつの間にか公園にいて、片隅にはキッチンカー。

 タイ焼き屋、と書かれたのぼりが立っていた。

 

「……」

 

 その手前にひとりだけお客さんが立っていた。

 何匹か顔を覗かせるくらいたくさん入ったタイ焼きの袋が無性に似合わない、上品なブラウスとロングスカート。秋色の街並みに馴染むしんと落ち着いたストレートの長髪は冷たい印象がある。

 あたしのひとつ上の先輩、湊さんだった。

 

 あ、目が合った。

 

「……」

「……」

 

 別にタイ焼きを買うくらい勝手にすればいいと思うけど、でも受験生ってこの時期普通は忙しいものじゃないの? いや、休息日くらい作ってるか。それにこの人成績がやばいって聞いたことあるし、AO受験だっけ、面接とかメインで乗り切るやつでさっさと片付けてたら今は暇なのかも。だとしても普通に受験してるだろうリサさんとかバンドメンバーに配慮しないんですか?

 

「…………」

「…………」

 

 向こうも向こうでなんか物言いたげに目つきをキツくしていくけど無言のままなので、あたしも黙って睨み返し続ける。目を逸らしたら、なんか、負けた気がするし。

 

「……………………」

「……………………」

「お待たせ〜! 友希那ごめんね、受け取ってもらっちゃって、あっ蘭もいるじゃん! やっほー! ……え、なに、どうしたの何この空気!?」

 

 

 

 

 

 

「ま、座って話そっか。タイ焼き奢ったげる!」

 

 奢るっていうか譲られるっていうか。

 湊さんと同じひとつ年上の先輩、リサさんにそう押し切られた。三人ベンチに腰掛けて、そのままもふもふとタイ焼きを堪能する。

 

「ここ、最近話題でさー。一回食べてみたかったんだよ」

「へー……湊さんもですか?」

「……なにが言いたいのかしら」

「まあまあまあ! ほらっ、カスタードおいしいよ!」

「あふっ……」

 

 口に突っ込まれた。まだ手に持ってるのに。

 火傷するかと思ったけど、意外と分厚い皮は適度な温かさで一安心。恐る恐る噛んでクリームも味わってみる。……あ、割と甘さ控えめでいいかも。あたしも買ってこようかなとキッチンカーの方を窺ったら、リサさんが「練習終わりだったんだけど、調子乗って買いすぎちゃってさー。よかったらもらってよ」と更に一尾差し出してきた。両手にタイ。……夕飯食べれるかな、あたし。

 家族に持ち帰るにしてもすごい数買ってるな、と袋をぼんやり見つつ尻尾まで食べきったところで、真ん中のリサさんが口火を切る。

 

「蘭、あんなとこでなにしてたの? モカとかは一緒じゃない?」

「……いえ、今日はひとりです。なんとなく歩いてて」

「……なんとなく、で睨まれたらたまらないわ」

 

 湊さんが小さな口でタイ焼きを食べ進めながらちくりと刺してくる。一瞬カッと血が上って言い返そうとして、いくらなんでも理不尽だと思い直した。今食べたタイ焼きとは違う、ムカムカする熱さがお腹からせり上がるのを必死に飲み下す。

 

「はぁ……」

 

 深呼吸して、背もたれに体重掛けて空を仰いで、羊雲がのんびり歩いている。バカみたいだな、あたし。

 

「……すみません、八つ当たりしました」

「どうしたの? なんか参ってる感じ?」

「いえ……ちょっと、詰まってるだけで。あんまり大したことじゃ」

「大したことじゃないならさ、軽いうちに話しちゃわない? 込み入ったことだと無責任なこと言えないけど……アタシらみたいな部外者にも話せるくらいのものだったら、たぶん愚痴っちゃった方が楽だよ」

 

 リサさんが微笑んで身を傾ける。その向こうで湊さんは我関せずって態度だ。……弱みを見せるのは癪というか、悩みの内容がちょっと、こう。

 でもまあ、そうかも。言っちゃった方が気楽になるか。

 

「……本当に、大したことじゃないんですけど」

「うん。だいじょーぶ、笑わないよ」

 

 慈しむみたいな優しい表情を信じて、あたしは話し出した。

 とは言っても、再三の通り大したことじゃない。

 

「……この間、ライブがあったんですけど」

「あ、『COMIC PANIC!!!』と『Jombolee! Journey!』と、あと『いつも通りのBrand new days』やってた回? あれよかったねー」

「羽沢さんのピアノが前面に出てて秀逸だったけれど……あなた、最後に転んでたわね」

「あっそうじゃん! あれ大丈夫だった!?」

「……その、まさにそのことっていうか」

 

 明るい楽しい曲メインでやろう、ってことでポップめだったり掛け合いの楽しいのを持って行ったライブだった。どちらかといえばお客さんの方より自分たちで顔見合わせながら弾くような、ちょっと内輪ノリの雰囲気で進んでいきつつも反応は上々。ツインギターのおいしい『いつも通りのBrand new days』はモカと顔合わせつつ、要所でちゃんとフロアの方向いてやろう、ってなんとなく考えてた。

 そう、なんとなく。

 曲をガッツリアレンジしてて、いきなりAメロから入ってサビをオチサビみたいなピアノだけのしっとりした空気にしたり、いつもと全然違う感じにしてたのも引っかかったのかもしれない。

 アウトロで本来のイントロ、ツインギターのリフを持ってきて派手に締める構成。最後にみんなでじゃらじゃら鳴らして、さあ決めだ……と思ってたら。

 ふと、掲げたギター越しにお客さんと目が合って。

 あれ、と首を傾げて。

 

「演奏中に急に冷静になったっていうか……今、これってどう見えてるんだろう? って思っちゃって」

 

 演奏中って、言ってしまえばカッコつけてるわけで。それを本気でやり切るからお客さんも魅了できるのに、演者が白けるなんて最悪も最悪だ。一瞬とはいえそれをやらかしたあたしは、よりによって一番格好つけなきゃいけない最後の最後で歯車がひとつ飛んだみたいにぎこちなくなって。

 

「真っ白になった頭を、エフェクター切り替えなきゃ、みんなに遅れちゃいそうだから気をつけなきゃ、ていうかさっきミスったかも、って、いつもなら絶対気にしない考えがバーって埋め尽くして……で、大袈裟に勢いよくギター振り抜いたらバランス崩して転びました」

「あちゃー……」

 

 思い返すとあんまりにバカバカしいからか素直に話せた。……いや、やっぱ恥ずかしいものは恥ずかしいな。今度は顔が熱くなってくる。

 今日何度目かもわからない溜め息を吐いて膝に片肘ついて顔を覆うあたしに、リサさんは宣言通り笑うことなく「そっかそっか、あれってそういう……」と納得していた。

 

「Afterglowっていつも全身全霊なんだなぁ、くらいに思ってた」

「……別に、堂々としていればいいんじゃないかしら」

 

 タイ焼きを咀嚼してやっと飲み込んだ湊さんが興味なさげにぽつんと言う。言われなくてもいつもは堂々としてる。恥ずかしいことしてるつもりもないし。

 ただ、ちょっとこれは話が違うというか。

 

「湊さん」

「……なにかしら」

「なんていうか、こう……物食べてたり喋ってたりしてないときの舌の置き場って、どうしてます?」

「そんなのどうだって…………」

 

 むっとした顔で言い返そうとした湊さんはそのまま黙り込んで、綺麗に寄っていた逆ハの字の眉がだんだん上下にずれ込んでいき、眉間に皺を刻んだままハの字になって、最後には宇宙を見つめはじめた。

 

「わかんなくないですか」

「…………そうね。そうだわ。難しいものね」

「ぷ、ふふふっ……友希那、すっごい顔して……ふ、くくっ」

「リサはどうなの、舌の置き場」

「どうでもいいでしょ! ……待って、ちょっと気になってきた……あっ、やだ、落ち着かないんだけど!?」

「ですよね。それでむしゃくしゃしてるんです」

「聞かなきゃよかったなぁ!」

 

 ちょっと半笑いでリサさんは怒った。「もーっ、こら!」と三度あたしの口にタイ焼きを突っ込んで、それから徐々に笑いへシフトしていきお腹を抱えだす。宇宙湊さんがよっぽどツボだったらしい。しばらくは現世に戻れそうにない。

 とりあえず咥えさせられたものを食べる。白餡……栗餡? 美味しいんだけど、あたしにこんなにくれて大丈夫なのかな。お土産とかじゃないの?

 笑い通しのリサさんの袋から勝手にタイ焼きを出した湊さんが「……ところで、パフォーマンスの悩みだというのなら」と話を繋いでくる。

 

「バンドメンバーには相談してないのかしら」

「……まだですけど。なんですか」

「演出は楽曲と並んでバンドのコンセプトに関わるのだから、きちんと話すべきだと思うわ」

「…………恥ずかしいんですよ。わかりますよね」

 

 バカすぎるじゃんこんな悩み。あたしがみんなに言えないんだから、カッコつけてブラックコーヒー頼むくせに角砂糖ドボドボ入れるこの人だって言えないに決まってる。湊さんは目を逸らしてタイ焼きを齧った。ふん。

 ……そういえば、こんな物言いするってことは。

 

「湊さん、ライブだと結構色々しますよね。歌いながら手振りつける程度じゃなくてダンスみたいにポーズ取ったり、指をウェーブさせたり、ハンドサインみたいなのしたり」

「……そうね。楽器隊のキメに合わせて動きをつけるとメリハリが出るから」

「あれって湊さんが考えてるんですか?」

 

 茶化してるわけじゃなくて、普通に疑問だった。

 曲を作ってるのが湊さんなんだから、演奏中のパフォーマンスにも細かい注文を付けてたとして不思議じゃない。でも、リズムと噛み合ったキレのあるポージングとかを何パターンも考えて鏡やカメラの前で試行錯誤する姿は、どうしてかな、いまいち想像しづらかった。リサさんやあこにキャーキャー楽しそうに指示されて渋々踊ってるイメージなら湧くんだけど。

 ……これリサさんじゃなくてひまりかも。だとすると踊らされてるのは、うん、なしなし。

 頭をぶんぶん振るあたしを訝しみながら、湊さんは「ええ」と頷く。

 

「まず、私はマイクをスタンドに置いて歌っているわ」

「……そうですね」

 

 たまにスタンドごと取って楽器隊に絡みに行くけど、あれは演出だし。基本はスタンドにまっすぐ姿勢良く向かって歌い上げる形だ。

 

「手に持って構えると肩を内側に寄せる形になって、どうしても肋骨や横隔膜の動きに差し障るから。……もちろん、それでも充分に歌えるけれど」

「は? あたしだって歌えますよ」

 

 急に喧嘩を売らないでほしい。こっちもギターを構える関係で多少影響があるけど歌えてる。湊さんはじとっとした目で「……話を戻すわね」と続けた。なんですか。

 

「十二分に歌うならスタンドに置いてフリーハンドになったほうが好都合。だけどそうすると──実際のメカニズムじゃなく見栄え、見立ての意味よ──みんなと比べて私だけ、自分の身と楽器が離れることになる」

「……どういうことですか?」

「音を出すためのデバイスを、私だけ持っていないように見えるのよ。音を出す動作が観客からは捉えにくくなって、結果としてバンドの一斉演奏じゃなくてバックバンドを率いたソロボーカルみたいに映る。どれだけ演奏が一体になっていても、見た目がそうというだけで私が浮いているように錯覚されてしまうの」

「……あぁ、なるほど」

 

 人間が受け取る情報は視覚によるところが大きい。楽器と同じように手を音と連動させて『声を弾いてる』ように見せて、視覚と聴覚のズレを正してるわけだ。

 あたしたちはカラーリングと大まかな雰囲気を合わせてるだけで結構自由に衣装を整えてるけど、湊さん率いるRoseliaはもっとしっかり揃えられている。マイクにも装飾するし、あこのドラムもクラッシュが紫だったはずだし。そこまで統一すると僅かなズレも目立つ。それを避けるためか。

 

「はあ、はーぁ……友希那が前に立って歌ってるから、浮くっていうか目立つのは当然なんだけどね」

 

 ずっとひいひい笑ってて息絶え絶えのリサさんがようやく落ち着いて補足する。

 

「バックコーラスだけじゃなくて主旋律もみんなで分けることが多いし、サビも一斉に歌うから。存在感のバランスを一定に保とうって考えたら、これが結構大事なんだ」

「ウチもそうといえばそうですけど……Roseliaほどの一体感っていうか、統一感が求められてないから、目から鱗でした」

 

 思い返せばあたしは手持ち無沙汰になって困るからって理由でギターボーカルになったわけで、表現がどうのこうの言えるような積極的な理由じゃない。あたしたちAfterglowの『いつも通り』を音にすることはずっと丁寧にやってきたけど、その届け方までは気を使いきれてなかったのかも。

 とはいえ、本格的に勉強を始めてからまだ浅いけど、これでも華道の家元の娘。視覚的な調和の重要性は理解してる……つもり。これから挽回していけばいいんだ。

 ……そうだ。

 

「あの、リサさん。受験期にあれですし、断って頂いても大丈夫なんですけど……」

「……ううん、なんでも言ってみて!」

「他の先輩にも意見を聞いてみたいです。他の学校とかだと受験期だし申し訳ないので、羽丘で」

「突撃しやすいもんねー。……よし、おねーさんに任せなさい!」

 

 リサさんは大きな胸をどんと叩いて、太陽みたいな笑顔を弾けさせた。

 それから、へにゃりと格好を崩して。

 

「……とりあえず、タイ焼き食べちゃおっか」

「え」

 

 両手にタイ、健在。

 ……三人で食べ切れる量じゃなくない?

 

 

 

 

 

 そんなわけで翌日、月曜日の放課後。なんかすごく楽しそうなリサさんに先導されて生徒会室へ向かっていた。

 

「……どうしてそんなご機嫌なんですか?」

「アハハ、蘭が頼ってくれるのって珍しい気がしてさー。野良猫が懐いてくれたみたいでめちゃくちゃ嬉しい! 」

 

 ぐんっ、と勢いよく振り向くリサさんの圧の強さがすごくて野良猫呼ばわりにも文句が言えなかった。そこまでのこと?

 

「そういえば、直接何かしてもらう機会ってありませんでしたっけ」

「そうだよ〜。モカやひまりから色々聞いてるから絡み少ない感じはしなかったけど、実はあんまり」

「あぁ……」

 

 あたしもモカからバイト中助けてもらったとかなんとかたくさん聞いてたな。あと一時期ひまりがリサさんみたいになりたいってうるさかった。なんかナチュラルに頼っちゃったけど、だからか。

 らしくない自分の内心に今更得心行ったりしてると、リサさんは「それにね……」と遠い目をした。

 

「部活引退してダンス部に顔出す頻度落ちたから運動不足だったし、受験勉強もどんどんしんどくなってきて……気分転換したいとこだったんだよね。ほんと渡りに船っていうか……」

「やっぱり大変なんですね、受験生……」

 

 来年が怖いと同時に、湊さんのあの図太さは何なんだろう。

 ともあれ、そういうことならあたしも気兼ねしないでいいから楽だ。行き先が生徒会室でプラスマイナスゼロだけど。

 会長のお気楽そうな顔を思い浮かべて眉を顰める。

 

「日菜さんってまともに話せるんですか?」

「信頼ないね……」

 

 実際はそうでもないとは聞いてるけど、どうしてもつぐみを困らせに困らせてるイメージが強い。いきなり行って話なんかできるのかなとは正直思うんだけど……でもあの人、あんなんでも守秘義務とか色々な規約をきちんと守って健全に芸能人してるし、いたずらっぽいとこはあるけど悪意はないし、一縷の望みはあると見た。

 ちなみにこれらの暴言は全部、トップバッターを日菜さんにしたくなくて渋るあたしを説得しようとしたリサさんからの受け売り。

 

「大丈夫! あれで案外、ヒナもちゃんと先輩だから」

 

 そう言って、リサさんは辿り着いた生徒会室のドアを開けた。

 

「失礼しまーす! ヒナいるー?」

「失礼します」

 

 生徒会長、ってネームプレートの立ったデスクで水色の毛玉がもぞもぞしていた。

 

「おねーちゃん……」

 

 突っ伏した日菜さんだった。

 

「来たよー! ほーら起きた起きた」

「おねーちゃん、どうして……」

「えぇ……?」

 

 どういう状況?

 

「あ、これは朝からこうだから気にしないでいいよ」

「ちょっと無理なんですけど……」

「あぁ、蘭ちゃん、リサちー……やっほ……」

「何があったんですか」

 

 聞かざるを得ないでしょこんなの。思わず駆け寄って半ば反射的に尋ねると、日菜さんは呻きながら顔を上げた。いつもは小憎らしいくらい自信満々な笑みを浮かべているはずが不安気に青ざめて、悲しげな目元は瞳孔が開き切っていた。

 怖い……けど、普通に心ぱ、

 

「……おねーちゃんが、あたしの分のお菓子作ってくれなかった……!」

「なんなんですか!」

 

 ぜんぜん心配する必要ないじゃんこんな人!

 

「つぐちゃんから宿題出たって大張り切りでお菓子作ってたから、ついででいいからあたしにも作ってくれないかなーって思ったのに! おねーちゃん……おねーちゃん、せめて嫌そうにしてよ……真顔で『え? 別にいらないでしょう?』は悲しいよぉ……」

「よーしよし、紗夜にはそれとなーく言っておくからねー。直前に何か食べてたとしても紗夜のお菓子なんか食べたいに決まってるよねー。わかる、わかるよ」

「リサちー……あたし、リサちーの子になる……おねーちゃんと一緒に」

「あ、そこは妹じゃないんだ」

「リサちーなんかおねーちゃんにならないよ」

「傷つく言い方だなぁ!」

「受験生って暇なんですか?」

 

 今のところ頑張ってる受験生をリサさんしか見てない。あとはのんびりタイ焼き食べてた人とお菓子作りに気合い入れてる人と拗ねてる人だ。

 ていうか紗夜さん、つぐみのお菓子作り教室にしっかり通ってるんだ……まああの人なら日頃の勉強で志望校合格ラインまで達しててもおかしくないし、余裕はあるんだろうな。

 

「来てくれてよかったよ、今日も頑張るらしくておねーちゃんから締め出されちゃったから、帰れないし暇だしで困ってたの!」

「そ、そうなんですね……」

 

「大歓迎!」と両手を広げる日菜さんは頗る嬉しそうだった。

 

「リサちーに触りだけ聞いたけど、パフォーマンスのときなに考えてるかだっけ? つぐちゃんいないけどいいの?」

「……もうちょっと自分なりに固まってるならともかく、今の時点だと……その」

「あっガラじゃなくて恥ずかしーんだー。もーダメだよ蘭ちゃん! アイドルは笑顔、愛嬌っ、可愛いポーズ! が大事なんだから。照れてちゃトップは目指せないよー?」

「アイドルじゃないです……!」

 

 ニヤケ面が死ぬほどムカつく。落ち込んでるよりはいいんだけど、いいんだけど……!

 引っ叩いてやろうかと手を震わせるあたしに、日菜さんは笑顔のまま首を傾げて。

 

「アイドルじゃなくても根っこは変わんなくない? 結局のとこは会場アゲるのが目的なんだし、辛気臭いよりは見てて楽しい方がいいんじゃないかなー……まあ彩ちゃんの受け売りなんだけど」

「彩はアイドルのセンターなんだし、確かに最重要かもね」

「あー……そう、かも……?」

 

 Afterglow的には、どうなんだろう。曲のノイズになることを避けるって意味では生かせるかな。

 でも、にこにこしながら可愛いポーズまでするのはちょっと。似合う曲がそもそもないような気がするし。ひまりとか、愛想が良ければ割かしなんでも合わせられるんだろうけど。

 

「パスパレって彩が演奏中の動き考えてるの?」

「ううん。彩ちゃんはもっとおもいっきり腕上げちゃってもオッケーとか、顔ちょっと傾けた方が可愛いよーとか、そういう微調整役かな」

 

「ほら、彩ちゃん自撮り得意じゃん?」と言いながらピースサイン付きでスマホを構えるみたいなポーズを取る日菜さんを見て、ふと。

 

「……遠くのお客さんからの見栄えとか、カメラに抜かれたときの良い感じの角度とか、そういうの把握した上で優先順位つけるのがすごく早い、って聞いたことあります。達人の心眼だー、って」

「もしかしてイヴちゃんから?」

「はい」

 

 羽沢珈琲店に行くとときどきイヴがバイトしてて、そのまま世間話に持ち込まれることが度々ある。日本文化全般好きだからか華道にも興味津々で、その延長なのか妙に尊敬のまなざしを向けてくれるんだけど、それはそれとしてフランクというかフレンドリーというか、すごいぐいぐい来るから少し困る。

 最近も顔を合わせて……なんだっけ。

 

「彩さんがレッスンの休憩中に真剣な顔でスマホ見てて、どうしたんだろうと思ったら何かの番組でイヴが出たコーナーがちょうどオンエアしてて、どこが良かったあれが可愛かったって具体的に褒めてくれた、って」

「ていうと、お昼のやつかな? ゲストで街ブラについてったやつ」

 

 ほらあれだよあれ、と言って挙げてもらった平日の情報バラエティは名前しか知らなかったけど、日菜さんは特に気を悪くした風もなくケラケラ笑ってた。

 

「すごいんだよ彩ちゃん。こっちに向いてるカメラを当たり前みたいに把握してて映えるポーズとかタイミングとか完璧にハマりにいけるんだもん」

「……え、ほんとにすごくない!?」

「白鷺さんの話じゃなくてですか?」

「でも要領悪いから持ってるアイスとか落としそうになったりして全部外してくしゃくしゃの顔になるの。ちょー面白くない?」

「…………」

 

 あんまりじゃないですかって言いかけたけど、彩さんにひまりが重なったり日菜さんにモカが重なったりしたから黙ることにした。これはうちでも参考にできるデータ。うん。

 

「……………………彩さんが外から見える以上にパスパレのキャラクター付けに貢献してることはわかりました」

「言葉選んだね蘭」

「話戻りますけど、彩さんが微調整ってことは見栄えするような大きな動きなんかは」

「振り付けさんだよ。やっぱり本職だしねー。ノリノリでギター振ってるだけに見えて角度とか決まってるの」

 

 立ち上がってエアギターを構え「るんっ☆」と一回転する日菜さん。一種のダンスみたいなものだと思えば納得なんだけど、同時に疑問もひとつ。

 

「そういうの素直に従うんですね」

「え? ううん! るんってしなかったら適当に無視してる!」

「あんまりじゃないですか」

 

 抑えられなかった。ちらっと元ダンス部のリサさんの方を見るとものすごい胃の痛そうな顔をしてて気の毒になってくるんだけど、日菜さんは「え? ダサいの持ってくる方が悪くない?」とストレートに殴っていく。

 

「お客さんってたくさんいるから人によるんだろうけど、毎回毎回おんなじようにしてたら飽きちゃう人もいると思うんだよねー。少なくともあたしはそう!」

「そ、そっか……薄々思ってたけどライブごとにひねり加えるくらいはしなきゃ……」

「リサさん? リサさん、あの、大丈夫ですか」

「うん……いや、Roseliaでの立ち位置とか振り付け、最終調整はアタシだから……耳が痛くて……」

「あー……」

 

 そっか、振り付け考案湊さん、監修リサさんなのか。

 顔を覆うリサさんになんのフォローもないまま「やっぱり変化は欲しいよねー」と言い放つ日菜さん。

 

「大体の場合はワイヤレスでギター繋いでるから、余裕あれば飛んだり跳ねたりしてるかな。あと簡単なオブリとかは片手で弾けるように変えてもう一方でポーズ取ったり、ピック咥えてスラップしてみたりー……フレーズ変えちゃうようなのは千聖ちゃんの動き次第かな?」

「あっ、すみません……メモとっていいですか」

 

 まさかちゃんと言語化してくれるとは思ってなくて出遅れた。ポケットに突っ込んでたメモ帳を取り出して伺うと、なぜか日菜さんは目をぱちくりさせてあたしを見つめた。

 

「……なんですか」

「なんかすっごいるんってした!」

「あたしがメモを取ったら何かおかしいんですか!?」

 

 声を荒げるも柳に風。日菜さんはなんでかすごく目をキラキラさせてきゃっきゃと笑いだし、ふと隣を見ればリサさんもうんうん頷いていた。

 

「いやー向上心ある後輩持って幸せだねリサちー!」

「ほんとほんと、もー可愛いなー蘭ってば」

「ケンカ売ってるんですか? そうですよね?」

 

 メモを握りつぶしそうなあたしに「ふーん? そんな態度でいいんだー」と日菜さん。

 ……え、なに?

 

「つぐちゃんはさっき帰ったばっかり、まだギリギリ通学路歩いてる頃合いだと思うんだよね」

「……だからなんですか」

「こんな人目を気にした感じの相談してるの、つぐちゃんに知られたくないんでしょ? いいのかなー? 蘭ちゃんが遊びに来てるよーって連絡しちゃおっかなぁー?」

「ぐっ……ひ、卑怯ですよ!?」

 

 建前を全部取っ払った根っこの動機を押さえられてあたしは思わず叫んだ。

 ……うん、自分の意見が固まってないからどうのこうのじゃなくて。

 あたしはあたしだ、みたいな歌詞書いてるのに見栄えの相談するのがなんかすごくダブスタっぽく感じて、身内に近いほど知られたら恥ずかしいなと思ってたんだ。じゃなきゃ普通に香澄とか同級生に聞いてる。

 肩を抱いて後ずさるあたしに日菜さんが迫る。一歩引くと二歩詰めてくる。二歩引くと四歩、五歩……壁際まで追い詰められた瞬間、ドンと手をついて逃げ場を潰された。

 

「ひっ……」

「ふっふっふ……もう逃げられないよ」

 

 そして、なぜかすぐ隣の掃除用具入れから箒を持ち出してくる。

 

「はいっ」

「……はい?」

「それギターね!」

「は?」

 

 は?

 押し付けられてわけわかんないまま抱えたら「指がちがーう!」って怒られいや待って何何何?

 

「実戦で覚えよう! やったら慣れる!」

「は?」

「あ、リサちーベースとか歌える? なんとなーくでいいんだけど」

「えー……? なにやるの?」

「しゅわどり!」

「は?」

「オッケー☆」

「は???」

 

 え、ほんとに?

 困惑してる間に日菜さんがカウントを取り始める。コードとかなんにも知らな「あ、蘭ちゃんギタボだし歌もやってね!」「は!?」待って覚えてな、いや引っ張り出せ、イヴに感想聞かれたら答えられるように全曲ひと通り聞いてあるんだから!

 

 箒をとりあえず彩さんっぽく構え──彩さんっぽくってなに!? 意味分かんないんだけど!? あー、歌詞曖昧だけど出だしさえ口に出せればあとは勢いで歌えるから──ピッチ、ここ!

 

「しゅわーしゅわ、はじけたキモチ──」

「失礼しますっ、日菜先輩すみません、忘れ物しちゃって……」

「の゜」

 

 つぐみに見られた。

 終わった。

 

 

 

 

 

「つぐみ……どうして……」

 

 生徒会室にいるはずのないあたしが生徒会室でやるはずのないパスパレごっこなんかかましてる現場を目の当たりにしたつぐみは「蘭ちゃん!? ごっ、ごごごごめんね、そっか、そういうの……なにも見てない! 見てないからね! あっ日菜先輩これ引き返す途中で買ったんですけどよかったら食べてください焼き立てですいっぱいありますから失礼しましたさよならーっ!」ってまくし立てながら紙袋ふたつ置いて走り去った。絶対誤解された。ラインも既読がつかない。死にたい。

 ていうか、誤解もキツいけどそれより。

 

「どうして……どうして疑問に思うより先に納得したのつぐみ……あたしそんなキャラじゃない……」

「可愛かったよ!」

「うるさい!」

 

 日菜さん相手に敬語を使う余裕はなかった。

 

「大体、日菜さんが変なこと言い出さなければこんな……こんな……っ」

「よーしよし、ごめんね蘭、悪ノリしちゃって」

 

 適当な椅子にどっかり座りこんで顔を覆うあたしをリサさんが撫でているらしかった。もうやだ。

 もうひとつ無遠慮に手が乗って「おぉー、蘭ちゃん髪の毛サラサラ!」「だよね、まっすぐだし綺麗だし!」恥ずかしいってば!

 

「いい加減にしてくださいッ! ていうか日菜さんはお菓子食べた手で人の頭触らな…………」

 

 つぐみが置いていった袋をよく見てげんなりした。

 タイ焼きじゃん。昨日の。

 

「どしたの蘭ちゃん。食べたい?」

「いえ……」

「昨日たくさん食べたもんねー。……ねえ蘭、大丈夫だった? その……」

「ご想像にお任せします……」

 

 昨日は体重計に乗ってない。

 ふたりで乾いた笑みを浮かべ合うのを「ふーん? 別に食べたら動けばよくない? 変なの」と流した日菜さんは、改めてデスクに置かれたふたつの袋を確かめて目を丸くした。

 

「うわー、つぐちゃんすごい買ってきたなぁ。生徒会全員分でもちょっと多いかも」

「たぶん持ち帰り用のお得パックだよそれ。アタシも友希那と一緒に買ったんだけどびっくりするくらい多いんだよね。持っただけでなんか重さが違うんだもん」

「それで通りすがったあたしを捕まえたんですか……?」

 

 信じらんない。優しい先輩像が音を立てて崩れていくのを感じているとリサさんが「あっごめん! ごめんね、そういうつもりじゃなくて!」と撫でるのを再開しようとするからペシペシ追い払う。……は? なんで嬉しそうなの?*1

 日菜さんはふたつめのタイ焼きに食いついて唸った。

 

「流石にこんだけあるとなぁ……あ。ねえねえ蘭ちゃんリサちー、このあと演劇部行くでしょ?」

「うん! 麻弥と薫にも話通してあるから!」

「……何言い出す気ですか」

 

 爛々と目を輝かせ始めた日菜さんに警戒心が駆り立てられる。今すぐ生徒会室を飛び出したくなるのを抑えて続きを待った。

 

「あたしもついてっていい?」

「……え? そんなことですか?」

「このタイ焼きと一緒に!」

「……あー」

 

 納得した。三人で食べ切れる量じゃなかったし。

 

「じゃ、差し入れに行こっか。蘭もいい?」

「横流しみたいであれですけど……まあ、手土産なしよりは」

「そのまんまスライドするのがアレだったら、ひとつくらい食べとく? ……昨日もいっぱい食べたけど」

「……リサさん、はんぶんこしませんか」

「オッケー……」

「えー? そこは一個いっちゃおうよー。はい、あーん! あたしの奢りだよ!」

「つぐみの奢りじゃないですか」

 

 後で払っとかなきゃ……と思ってたら「後であたしが返しとくもん。だからあたしの奢り!」とにっこり言われて、改めて両手にひとつずつ突き出された。

 リサさんと顔を見合わせる。

 

「……それじゃあ」

「いただきまーす」

 

 

 

 

 

「絶対返すからって押し切っといた!」とチャットの画面を見せられつつ、あたしたちは生徒会室を出て一路体育館に向かっていた。通し練習がそろそろ終わる、らしい。

 一階まで降りて下駄箱の前を通り過ぎ、渡り廊下から校舎の外に出た。傾きかけたベージュの日差しに靡く髪を押さえながらリサさんが言う。

 

「運動部と違ってまだ三年生は残ってるみたいなんだけど、麻弥が言うには新体制に移る準備だけは進めてるらしくてね」

「……新体制」

 

 その言葉が胸の奥に落ちて、小さく潰れた。

 

「今日は音響班とか照明班とかが後輩メインでも機能するかテストする日なんですー、って」

「言ってた言ってた。麻弥ちゃんえらいよねー、卒業したあとのことちゃーんと考えてるもん」

「ヒナは考えなきゃダメな立場じゃん!?」

「つぐちゃんならダイジョブかなーって」

 

 卒業に向けての、準備。

 そうだ、当たり前だけど三年生なんだから、受験以外にも色々な付き合いだってあるに決まってる。友達と過ごす時間だって残り僅かで、やりたいことを数えたらキリがないくらいなんじゃないかな。

 そこへ下らない質問握り締めて割り込んできた。

 ……無神経だな、あたし。

 

「らーん」

「え……むもっ」

 

 先を歩いてたリサさんがいつの間にか振り返っていて、タイ焼きをあたしの口に突っ込んでくる。熱……くはないか。あったかいけど。味は、どっちだろ、つぶ? こしかも。

 驚いたり味わったりで忙しいあたしに、リサさんは穏やかに綻んだ。

 

「そんな顔しなーいの」

「んく……別に、なんにもないですよ」

 

 行儀悪くならないように飲み込んで、甘い口のまま返事をする。

 

「ただ、先輩の都合とか普段してることとか思いつきもしないくらい、なんにも知らない……知ろうともしてなかったなって」

「無意識の舌の位置?」

「……茶化さないでください」

 

 メッシュのあたりをくしゃくしゃ撫でるリサさんの手を、そう言ってからまた払い除けた。

 たぶん不貞腐れてむすっとしてるだろうあたしの顔を日菜さんが笑い飛ばす。

 

「蘭ちゃんって素直だねー。邪魔じゃないかな、迷惑かけてないかなぁ、って顔してたよ」

「わかるわかる! なんか、蘭は素直じゃないんですー、っていつも言ってるモカの方がずっとかも」

「……モカが捻くれてるのはそうかもですけど、あたしもそんな素直じゃ」

「素直だよ。素直で、優しいね。蘭は」

 

 今度は日菜さんまで加わって、またくしゃくしゃ撫でられた。……セット、崩れるんだけど。

 

「学校は卒業しちゃうけど、アタシたちはこれからも意識しないくらい当たり前に──いつも通りに、CiRCLEとかにいるからさ。たまに気になったらこうやって声かけてよ。後輩に構ってあげるの、アタシ的には楽しいんだから」

「……気が、向いたら」

「うん! ありがとね」

 

 雲間から瞼に日が落ちてきて眩しかったから、だから、顔を背けた。

 年上に反発もせず甘えたようなこと言うの、もしかしたら初めてだったかな。すごい恥ずかしいんだけど……でも、まあ、喜んでくれてるなら悪くない、かも。

 

「そういえば、舌の置き場? ってなに?」

「蘭がパフォーマンスのこと聞いてる理由だよ。ほら、普段なんの気なしにやってることって意識するとわかんなくなるじゃん?」

「それ蘭ちゃんが言ってたの?」

「…………なんですか」

 

 日菜さんがきょとんと首を傾げてあたしを見る。

 あたしたちの目元をくすぐる梢の陰がしんと止まって──日菜さんがブサイクになった。

 

「……アッハハハハハハハハハ! がっ、が、我慢できなっ……あははははははは!」

「はあ!? なんですか!?」

「ら、蘭! 落ち着いて、流石に本気で手上げるのはダメだって!」

 

 そこまで笑われる筋合いはない!

 

「ゲホッ、ケホッ、つぐちゃ……けほ、つぐちゃんからは、カッコいいとか律儀とか、そんな感じのこと聞いてたけどっ……おっ、ぉ、おもしろ! おふぉぃろいふぉじゃん!」

「あたしにどんなイメージ持ってるんですかホントに……っ! このっ……なに追加で食べてるんですか!? 余裕ぶってるんですか!?」

「ふひひひひひひ」

「体育館の前で叫ぶのは目立つって! 目立つ! ヒナも煽んないの! ほら、はい、るよ……!」

 

 羽交い絞めにされながらも日菜さんの頬をぐいぐい引っ張って引っ張って引っ張ってモチみたいにしてやる。この、抵抗もせず笑いっぱなしの食べっぱなしで、このっ……!

 

「お邪魔しまーす! 麻弥、薫ーっ、いるーっ!? あと、差し入れにっ、たいやきがちょっとだけあるよー!」

 

 いい加減にしてよほんと……! 思えばさっきから素直だなんだ可愛いだなんだからかってきて、いくら先輩でつぐみに尊敬されてるからって……っ、調子に、乗るなぁ……!

 あっこら、あたしの、口に、入れない! 一応差し入れなんですよ!?

 

「もーっ、ほらふたりと、もっ!」

「きゃっ……!?」

「わーっ」

 

 死ぬほど見苦しい状態で演劇部に突撃する羽目になった。

 引きずり込まれた勢いで倒れこんでころり寝転がれば吊り照明。大の字になって、しれっと巻き添えを回避した日菜さんを視界の隅に入れながらぼやく。

 

「……あたし、今日はもう恥かく日なのかな」

「諦めも肝心なんじゃないかな」

「誰のせいだと……!」

「まーまー、こんだけ転んで叫んでたら周りの目もどうでもよくなるでしょ」

 

 ……それは、あたしの悩みのこと?

 差し伸べてくる日菜さんの手を取ろうとしたら「それにしても、きゃっ♡ って! やっぱ蘭ちゃんは可愛い系の方だよ!」とか言われたので弾いて自分で立った。真に受けたら負けかもしれない。

 リサさんは……あれ、どこだろ。

 見回してみるとそういうローテのタイミングなのか他の部活はいなくて、ジャージだったり制服だったり何かの衣装だったりいろんな衣装の人があちこちに散らばっていた。

 体育館のステージ上には板の剥き出しなハリボテが鎮座してたり、その表に裏にジャージ姿が出てきたり、そこに大声で指示出してる人がいたり。……なに中? レイアウト決め?

 あ、リサさんがいた。舞台袖に上がる出入り口から手を振って出てくる。その後ろに……げ。

 

「あっ、薫くーん! やっほー」

 

 なんか髪をかき上げてキラキラしてる(なんで?)瀬田さんがついてきてた。

 ……話聞きたいって言ったの、あたしだしなぁ。

 渋い顔とかしないように唇を引き締めていると、瀬田さんはひまりが見たら悲鳴上げそうなくらい様になったポーズで「やぁ、ふたりとも」とウィンクした。

 

「待っていたよ。日菜まで来てくれるとは、嬉しいサプライズだね。どうしたんだい?」

「暇つぶし!」

「は?」

「そっちはなにしてたの?」

「未来の大女優たちへのささやかな手助けさ」

 

 演技指導とかかな。ちらりと振り返る先ではメモ帳とかバインダーを手に手に、後輩と思しき人たちが会釈してくれた。すぐにそれを見ながらなにやら真剣に話し合い始めて……なんとなく、家の講評会を思い出した。お父さんが提出された作品を見てひとしきりアドバイスとかした後の、生徒さんたちの帰りがあんな雰囲気。

 ……言語化とかちゃんとできるんだ。意味分かんないことばっか言ってるイメージだった。

 

「ところで、タイ焼きを持ってきてくれたのかい?」

「うん! 見てよほら、いっぱい!」

「……ひょっとして、苦手だったりとか」

「ふふっ、ありがとう。演劇は頭も体力も使うからね、甘いものの差し入れはとても嬉しいよ。……ふふ、話をすればプリンセスのお帰りだね」

「戻りましたよ〜! 途中でタイ焼きも買ってきました!」

「あっ」

 

 目当てのもう一方、麻弥さんが台車に箱やら袋やら載せてやってきた。

 ……もはや見慣れたタイ焼き屋印の紙袋と一緒に。

 もしかして、余計なことしたかな。

 

「すみませ──」

「体制が変わりつつも充実した練習の日々、意欲に溢れたやり取り、そして彩るは穏やかな甘い匂い……演劇部の未来は輝かしいばかりじゃないか! ああ、儚い!」

「…………そ、そうですか」

 

 喜んでくれてるなら、ええと、よし。

 ちょっと引き気味のあたしに小さく笑って、瀬田さんは「それに……」と続ける。

 

「こうして遊びに来てくれる友人に、気遣いの細やかで優しい後輩もいる。幸福のあまり目眩がしてしまいそうだ。……ありがとう。君の思いやりは、本当に嬉しいとも」

「……余ったタイ焼き持ってきただけですよ」

 

 褒め過ぎだ。ついそっぽ向きそうになって、でも、今日はもう散々恥かいてるんだし今更な気もして……何より、優しい言葉にちょっとは報いなくちゃ、誠実じゃない。

 

「……あの、瀬田さん」

「うん。なんだい? 蘭ちゃん」

「……今日は、時間作っていただいて、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「……ああ! なんでも聞いてくれたまえ! 子猫ちゃんのためならばこの世の真理だって答えてみせよう!」

「そこまではいいです……あと子猫ちゃんじゃない……」

「蘭ちゃん耳赤いよ〜? うりうり」

「放っといてください!」

 

 日菜さんがすごく鬱陶しかった。まさかとは思うけど何、もしかしてモカのマネなの?

 助けて、とリサさんの方に視線をやると取り込み中というか、友達っぽい三年の人たちに絡まれてもみくちゃにされていた。……ライブの翌日とか、ひまりが見に来てくれた子に囲まれてあんな感じにされてることあるな。そういうあれかも。そっとしとこう。

 じゃあせめて抜け出す口実でも思ったけど、麻弥さんが荷物(ケーブル類が見えた。音周りで断線でもしたのかな)を下ろしたりお土産を周りに配ったりテキパキと動いていて、手伝いを申し出たらむしろ邪魔そうだった。諦めて大人しくしてるしかない。

 背中にのしかかってくる日菜さんを嫌々受け入れていると、瀬田さんが「奥ゆかしいね」と喋りだす。

 

「ひまりちゃんからも情に厚く人の機微に敏いと聞いているけれど……ふふ、まさに大和撫子じゃないか」

「それほんとにあたしの話でしたか……?」

 

 つぐみか、もしくは瀬田さん関係で一緒にいそうなのはりみかな。そのへんと間違えてない? 百歩譲ってあたしのことだったとして絶対そんな言い回しじゃないでしょ。

 だって……うん。

 

「……どちらかと言えば、余計なこと言っちゃって傷つけたりする側ですけど」

「そして相手の顔が少しでも曇ったら、悲しませないよう言葉を正すんだろう? ほら、情に厚く人の機微に敏いじゃないか」

「つぐちゃんも言ってたなーそれ。蘭ちゃんってすっごく優しいんですよ、って」

「……」

 

 ……人から言われると、すごい恥ずかしい。

 黙り込んだあたしに「ふふ、蘭ちゃんは正直だね」と口元に指を添えて笑う瀬田さん。

 

「さて、パフォーマンスについて気になった、とリサから聞いているよ。たとえまだぎこちなくとも、オーディエンスを楽しませる気概はとても大切だ。良いことだね」

「……普段気にしなさすぎた反動かもしれませんけど」

「それはいい! 『きれいはきたない、きたないはきれい。闇と汚れの中を飛ぼう』……役と一体化してこそ良い演技ができるというものさ。今までもきっと、お客さんは蘭ちゃんたちの演奏に感動してくれていたに違いないけれど、それが一層良くなる……素晴らしいじゃないか! あぁ、儚い……!」

「全肯定すぎませんか!?」

 

 こんな人だっけ!?

 ……こんな人かどうか判断できるほど知らなかったっけ。

 軽はずみに出そうになった言葉を引っ込めて(同時になんか察したらしい日菜さんに頬を突かれて)いると、瀬田さんはどこかわざとらしく「おや? そうかい?」と疑問符を浮かべて。

 

「否定して、叱ったり窘めなければいけないことが、どこかにあったかな。どうだい日菜?」

「ないんじゃない? 面白ければどうでもいいと思うなぁ」

「…………」

「ひめめめめ」

 

 もちもちの頬を抓った。瀬田さんは一層楽しそうに笑みを浮かべてて、それが見透かされたようでちょっと気に食わない。

 

「……何のことだか、全然わかんないですけど」

「素直ー、じゃないねー」

「ふふ、素直じゃない、ね」

「わかんないですけど……!」

 

 頬をぱちんと離した日菜さんの声があからさまにニヤけた感じなのも腹立つけど、瀬田さんの微笑ましげな態度もなんか。あたしが見透かされるほどわかりやすいとかは、それならもう少し人との衝突とか誤解も減ってるだろうからたぶんない。ひまり、ひまりのせいだきっと。あることないこと話してるんだきっと。

 ……いや、目を見ればわかるとか言われてもあんまり不思議じゃないかも。このふたり相手には絶対優位に立てない気がしてきた。

 

「おまたせ〜」

「美竹さん! 日菜さんもお待たせしました!」

 

 後輩とあれこれやり取りしてた麻弥さんと、最終的に押しくら饅頭かってくらい群がられてたリサさんが合流した。タイ焼きは無事捌けたらしく、麻弥さんはもう袋を持ってなかった。

 ……こっちの持ってきたやつ、どうしよう。

 

「薫さん、応対ありがとうございます」

「いや、じっくり話せて楽しかったよ」

 

 あたしたちや瀬田さんにぺこぺこ頭を下げた麻弥さんは眼鏡を正して「では改めて」と向き直った。

 

「演奏中のパフォーマンスについて聞いてみたい、と伺ってます。薫さんはともかく、ジブンがお力になれるかわかりませんが……経験則でよければ」

「あ、ありがとうございます……!」

「よいしょ……蘭、なんか麻弥には固くない?」

 

 あたしの背中から日菜さんを剥がしながらリサさんが首を傾げた。そうかな、と一瞬考えて、すぐに心当たりに気づく。

 

「巴が麻弥さんはすごい、超うまい、ってよく言ってるからですかね……あと、たぶんこうして対面するより画面越しに見る方が多いので、芸能人感が」

「芸能人感!? ジブンにですか⁉︎」

「麻弥ちゃんが驚いちゃダメでしょ。ねえ蘭ちゃんあたしは? あたしも芸能人だよ?」

「日菜さんは……まあ、うん……」

 

 ただの迷惑な人だし、って言いかけて流石に濁した。いや、今も麻弥さんの背中ぱしぱし叩いてるし言っちゃって良かったかも。

 

「たまにパスパレのライブ動画とかみんなで見るんですけど、巴がよく褒めてて。今のタム回しすごい、グリッド感がすごい、音色の使い分けがすごい、って割と事細かに言うからわかりやすくて、麻弥さんはすごい人なんだなって意識がなんとなく」

「えーあたしは? あたしはすごくないの?」

「ヤバい人だなとは思ってますけど……」

「えー! ぶぅー」

 

 ソロのフレーズとかすごい突飛なことしてくるしすごいと思うけど、素直に感動するっていうよりはヤバいなって思いがちだ。アウトフレーズとか、ワウでギター喋らせたりとか。モカがよく指差して「やば〜」ってケラケラしてる。

 ……日菜さんはこんなんだけど、麻弥さんはすごく堅実とか理詰めっぽいイメージだし、どんな感じなんだろう。

 

「ドラムを叩いてるときに見栄えとか、演奏以外で気にすることって何がありますか?」

「そうですね……合図出し、でしょうか」

「合図……」

 

 そういえば、巴は曲頭でカウントするとき口頭かスティックかハットを叩くかを「こっちの方がぽいだろ!」って感覚で決めてたな。麻弥さんなら明確な基準があったり?

 

「たとえば……蘭さん、『しゅわりん☆どり〜みん』はわかりますか?」

「わかるよね〜?」

「日菜さッ…………すー……はぁぁぁぁー……わかります、続けてください……!」

「どうどう」

 

 後ろで「どうしたんだい?」「ううんなんでもー。そういえば薫くんさ、喋ってないときの舌の置き場ってどうしてる?」「うん?」とか話し始めるのを尻目に、あたしはメモを取り出した。

 麻弥さんは咳払いをひとつ置いて。

 

「ああいう早めの曲だと基本的に四つ打ちのキックとスネアのシンプルなビートが主になるので、普通にしてるとかなり地味なんです」

「そうなん……そうかも」

 

 巴はめちゃくちゃスティック回ししてるイメージがあったけど、それを省けば確かに。

 

「アイドルソングはトラック数が多くて色々なエフェクトが鳴っているのに加えて、ドラムも生音そのままじゃなくて必要に応じてトリガーで音を重ねたりもしてますから、ゴーストとか無闇に入れたりもあんまりしなくて……さて、それを踏まえてドラムがどうするかと言いますと」

「……はい」

 

 ダメだ、どうしても巴がノイズ。隙あらば結構あれこれ入れるし呼応してひまりもルート以外にぐいぐい行きたがるから……あたしたちの曲ってうるさいのかな、もしかして。

 整然とした講釈は続く。

 

「仕事の主目的はバンドのリズムを揃えることです。一定にキープするのではなく、ノリを作ったり気持ち早めに突っ込んだり、そういったブレも含めて、各々の持つリズムを上手く揃えることですね」

「あ……それで合図」

「はい。ちょっと跳ねた感じにしたいなら、もちろん僅かにタメを作ったり三連符のフィルやゴーストを入れたり、そういう風に叩くのもするんですが……頭や肩を跳ねたリズムで揺らすとか、実際に叩かず素振りするとか」

 

 麻弥さんは胸ポケットからボールペンを取り出してすっと腕を伸ばした。拍子の頭で切っ先が跳ねる。四拍目の表でくるっと一回転させて裏でストップと同時に振りかぶり、次の頭で振り下ろした。

 

「クラッシュに手を伸ばして、叩くぞ叩くぞ〜と見せておくとか。大事なとこで改めて全員合わせにいけるので、こういうポーズもかなり大切です」

「すご……」

「おー、麻弥すごいね。今のだけでもうノれそうだったよ」

「フヘヘ……千聖さんと一緒にあれこれ研究しましたので……」

 

 パチパチと拍手するリサさんに頷く。一連の動きに揺れと素振りが実際に盛り込まれてて、あたしも釣られて頭が動きそうになった。麻弥さんは恐縮そうだけど、もっと得意げにしていいんじゃないかな。

 翻ってうちはというと……巴は太鼓だとこういう動き出来てた気がするし、そもそもファストフードとかいう同僚も客もしっかり見なきゃいけなさそうなバイトしてるんだし、リサさんと同じ協調性大事なダンス部でもあるんだし、バンドでもこういうのやってくれたらいいのに……と練習風景を思い返して、はたと気づいた。

 

「美竹さんのところはどうですか?」

「…………うち、そういう合図とかやったこと、もしかしたらないかも……?」

「え」

「……うん、ほとんどないです。いや、曲の最初にカウントなり目配せなりはしてますけど……」

「アイコンタクトだけなんですか!? ひえー……」

「Roseliaは曲ごとにキメをどう合わせるとか事前に色々取り決めしてるけど、そういうことじゃないんだよね? 流石幼馴染バンド」

 

 今度は先輩ふたりともが拍手した。気恥ずかしさよりも困惑の方が勝る。

 

「参考にしてたのがつぐみの持ってきたライブDVDで……なんてバンドだったっけ、とにかく合図らしい合図が全然なくて、暴れてたりじっとしてたり全員ばらばらに動いてるのに演奏だけはきっちり揃ってて……で、ああこういうものなんだ、って感じで今日まで……」

「……違和感なくやれてたってことは、バンドを組んですぐの時点でライブDVDを出せるくらい長くやってるプロ並みに息の合った演奏が出来てた、ってことですよね? うーん、これが幼馴染……」

 

 感嘆、というよりは戦慄って感じの顔されてるんだけど、こっちもこっちでちょっとカルチャーギャップを受けていた。

 ……前に歌詞の意味が上手く伝わんなくてみんなと一悶着起こしたことあったけど、成長がどうのこうの以前に普通はそんなに通じ合わないものなの?

 三人で顔見合わせながら変な顔してると、麻弥さんは腕を組んで唸りながら迷い迷い言う。

 

「……極端な話、なんですが。美竹さん……Afterglowはパフォーマンスを考えなくていいかもしれないですね」

「えっ、どうして?」

「必要だからやってるんです、こういうのは」

 

 ……少しだけ、思わないではなかった。

 パフォーマンスがどうとか見栄えについて衣装くらいしか考えてなかったのは、なんだか小細工みたいだなって感じたからでもある。

 今こうやって尋ねて回ってる手前、失礼だから絶対言わないけど。

 

「手段なんです。アイドルソングでお客さんがノれるようにしたいとか、演劇で内心を表すためにこれくらい間を取らせたいとか、まず目的があっての手段」

「あー……そうだね。友希那のハンドパフォーマンスとか、アタシたちの身振りとか、表情付ける付けないとか」

「そーそー、るんってさせたいからそういう風にするんだもん!」

「『この世は舞台、人は皆役者』……つまり、そういうことさ」

「ごちゃごちゃしてきた……!」

 

 後ろで雑談してたふたりも帰ってきて頭を抱える。真剣な意見を貰えそうだったのに、と日菜さんに文句を言いかけたけど「蘭ちゃんはさ」と機先を制された。

 

「パフォーマンス、()()()()()って言い方してたんだっけ? やりたいことあって具体的なものを求めてるんじゃなくて」

「……それは」

「ま、いいんだけどね。とりあえず色々集めたらなんか使えるかもだし」

 

 遠回しに、お前の行動には軸がないって突き付けられた気がして。あたしは何も言い返せずにいた。ほとんど思いつきで聞き回ってたんだから時間を無駄にしたって怒られても仕方ない。さっきまで日菜さんと言い合ってたのとかリサさんに優しくしてもらったのとか、自分の行動とか内心がぜんぶ恥ずかしくなってくる。照れ混じりじゃない、冷たい恥ずかしさだ。

 

「……すみませ──」

「つまり、蘭ちゃんは私たちをすごく気軽に頼ってくれたということだね?」

 

 薫さんは顎に手をやって頷いた。すんごい嬉しそうに。

 

「……え?」

「あ、確かにそうじゃん! もー蘭ってば気難しいっていうか遠慮しいな感じだったのに、嬉しいなぁもう!」

「ぐぇ」

「言われてみればちょっと意外ですけど……フヘヘ、しっかりしてそうな後輩が気を許してくれるというのは嬉しいですね、先輩冥利に尽きるといいますか」

「思えば、ひまりちゃんから魅力を伝え聞くばかりで直接会ったことはあまりなかったからね。こうして蘭ちゃんが来てくれて嬉しかったよ」

「……す、素直じゃないです……!」

 

 ……そっか。

 責めたりしないんだ。

 未熟で、考えなしで、至らないところばっかりなのに、こうやって受け止めてくれるんだ。

 ……そっか。

 

「もー、蘭ちゃんってちょっと……うん、ツグりすぎなんじゃない? ツグりすぎ」

「……考えすぎって言ってますか?」

「考えなきゃいけないこと考えてないのにどうでもいいとこで堂々巡りしすぎじゃない?」

「う」

「ちょ、ヒナ! そんなことないでしょ別に!」

「え、よくない? すぐに正解まっしぐらだとわかんないこととかあるんでしょ?」

 

 ね、と微笑んだ日菜さんに抱き締められた。

 ……体温高いんだな、この人。放課後で、もうすぐ冬も見えてくる夕方なのに、ちょっと暑い。

 

「んー……蘭ちゃんってさ、おねーちゃんにちょっとだけ似てるけど、全然違うね」

「……当たり前じゃないですか。別人だし」

「むすっとして敬語とタメ口混じるとこそっくりー」

「全然違いますよ……!」

「うん、そだねー。えいっ」

「わっ」

 

 突き飛ばされた。リサさんに受け止められながら目を白黒させるあたしに「とりあえずアフグロのみんなと話したら?」とスマホの画面を見せてくる。

 ……え、何?

 ラインのトーク画面だった。

 

「なんかつぐちゃんがツグってるよ? 急いだ方がよくない?」

「誰のせいだと思ってるんですか⁉︎」

 

 あたしがパスパレに入りたがってることになってた。

 全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 なんなの。

 どういう事態なわけ。

 誤解くらい解いとけばよかった。

 馬鹿じゃないの。あたし。

 

「ばかかも……」

 

 散々タイ焼きを食べていたせいか脇腹が超痛い。急いで通学路を走るも限界がすぐに来て膝に手をつき項垂れる。

 ……甘い匂いがする。あの公園の近くじゃん。

 

「……なにしてんだろ、あたし」

「ふぉっふぉっふぉ、それは取調室で聞かせてもらおうかね〜」

「……え」

 

 ほんのり吐き気を催しながらどうにか顔を上げると、何故かまだ制服姿のモカが……うわ。

 

「タイ焼き……」

「ざーんねーん、これが最後の一機なのです。ひーちゃんがくれたんだ〜」

「いらない……」

 

 ほんとにいらない。モカは「そっかぁ、ではこの子が命尽きる様をただみているがいい〜!」と言って頭からかぶりついた。勝手にしてほしい。

 袋をぺしゃっと潰して気だるげに丸めながらモカは首を傾げた。

 

「それで〜……なにごとなわけー? つぐからは『蘭ちゃんがパスパレのオーディション受けちゃう!』って聞いてるけど〜」

「なわけ……」

 

 正直疲れて限界だったし……さっきまでのこともあって、変に意地張る気にもなれなかったし。

 生垣の煉瓦に腰掛けて、あたしはモカにあらかた白状した。湊さんやリサさんと会って話したこと、つぐみの勘違いに繋がる生徒会室での一幕、さっきの演劇部でのやり取りまで。

 

「……ってことがあって」

「う〜ん、ツグってますなぁ……間が悪かったね」

「ほんと……」

 

 実は日菜さんが呼んでたんじゃないかと密かに疑ってる。愉快犯だしやりかねない……気がする。わかんないけど。どっちにしても結局こうして大事になった挙句、モカには自主的に話しちゃったわけで、踏んだり蹴ったりの日だった。

 モカは「ぶぅー」と気の抜けた顔で唇を尖らせた。

 

「隠さなくったってからかったりしないのにぃ〜」

「ごめん、恥ずかしくて」

「も〜照れ屋さんなんだから〜」

「……」

 

 それはからかってるんじゃなくて……?

 や、いいや。もう面倒くさい。深々と溜め息を絞り出すと、栓が抜けたように気が軽くなる。言葉がじんわり染み出した。

 

「……いつも通り、あたしたちらしい、に拘ってきたつもりだったけど。全然考えなしだった。先輩たちは受け止めてくれたけど、あたしがきちんとしてなかったのには変わりないし」

 

 先輩たちは怒らなかったけど、それはきっと優しいからで。物事に向かう姿勢がブレていたらお父さんみたいに叱ったり、中途半端なことをするなって眉を顰めるのが普通なんだと思う。さっき日菜さんに刺された言葉は至って正当だった。人に尋ねるならまず、恥ずかしいとかなんとか言ってないで簡単にでも答えを持っておくべきだった。じゃなきゃ叩き台にもならない。

 

「……ごめん、こんなこと急に言ってもしょうがないか」

 

 いくら幼馴染だからって、二日がかりの出来事をこんな端折ったら流石に伝わるわけない。「それより、つぐみ探さないと──」と立ち上がったあたしの手をモカが掴んだ。

 

「モカ……?」

 

 俯いて前髪に隠れた表情は、なんだろう。怒ってるかな。

 一年の頃、つぐみが倒れたときに病室で喧嘩しそうになったことを思い出した。あのとき、素直になれなかったあたしを引き止めたのもモカだった。

 顔が上がる。

 そうだ、あのときもこんな、勇気を振り絞った表情で──

 

「好きならーんー発表モカちゃんが〜」

「」

 

 ぜんぜんふにゃふにゃだった。

 

「好きならーんーをー発表します〜」

「」は?

 

 ちょっと言葉を上手く出せなかった気がする。

 我ながらこのまま外れるんじゃないかってくらいあんぐり口を開けたまま、急に歌い出したモカを前に呆然と立ち尽くした。

 

「照れ屋さん」

「なぁっ……!?」

「凝り性」

「む、無視……じゃなくて、なんで急に歌い出」

「ひーちゃんが遊びに誘ってくれたとき用事があるとあっさり断るんだけどあたしたちの誰かが予定合わせられるってわかると寂しい思いさせずに済んでほっとするとこ〜」

「せめてリズムに合わせてくれる!?」

「ツッコミが〜生真面目だよ〜ね〜」

「うっさい!」

 

 なんでいきなり道端で漫才させられてるの!? ちょっ、この、振りほどけない、しかも思いっきり踏ん張られてて引きずれもしない……!

 

「自信がなくなるとあたしたちに内緒でこっそり解消しようとする見えっ張りなとこ〜」

「せめて歌詞通りに折り返しなよ……!」

「え〜、好き好き大好き〜って言ってほしいの〜? も〜蘭てば欲しがりさん〜」

「こっ、この……! いい加減に……っ」

「あたしたちが大事で大好きでふさわしい自分でいなきゃって頑張っちゃう健気なと〜こ〜」

「まだやるの!?」

 

 ていうかそれはモカじゃないの!?

 天下の往来でときどきご近所さんに怪訝な(いや、なんか「あらあらまあまあ」みたいな感じ……? いやいやまさか)顔をされつつ、あたしはそのまましばらく辱めを受けた。

 ひとしきり歌い終えて嫌にすっきりした顔のモカはこれ見よがしに「ふぅ〜……やりきった〜」とSPACEのオーナーを擦り、ずっと掴んでいたあたしの手を引っ張って隣に座らせてきた。……もう抵抗する気力はない。消えてなくなりたい。

 

「……ここ、通学路なんだけど」

「歴五年くらい〜? 通いも通ったり、慣れたものですな〜」

「……明日からどんな顔で歩けばいいの……?」

「笑えばいいんじゃないかなぁ」

「ばか……」

 

 顔を覆って項垂れた。今日だけで何度目だろう。

 恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもない気分だったけど、あたしの前にしゃがみ込んだモカは手を退けて顔を覗き込んできた。

 からかいの色がない、優しい瞳。あたしは不承不承目を合わせた。

 

「笑ってればい〜いの。あたしたちのいつも通りって、カッコつけるばっかりでもないんだし」

「……それは、そうだけど」

「楽しいことしてるときは笑って〜、カッコいいことしたいときはう~んと目一杯カッコつけて……そのときの気持ちのままで、いいんじゃないかな〜」

 

「ね〜?」と首を傾げながら笑うモカが口にしたことに、ありのまま、あたしたちの音楽のすべてが詰まっていた。

 夕焼けに誓った絆と、そこから始まった最高のライブって目標だけを考えたら、もっと格好つけて研ぎ澄まさなきゃいけない。なんとなくじゃなくて、Roseliaみたいにひとつのブランドとして。

 でも……からかわれて、ふざけて、笑い合う他愛ない日々も、あたしたちを形作るひとつで。全部ひっくるめてAfterglowだ。

 

「……麻弥さんが、言ってたんだけど」

「うん」

「バンドの見栄えとか、パフォーマンスの統一とか、そういうのは必要だからやるんだって。目的があって、その手段」

「……続けて? あたし、ちゃ〜んと聞くから」

「……うん。あのさ、もしかして、日記を読み返すみたいに、演奏しながら蘇る気持ちのまま振る舞うのが、あたしたちには一番合ってるのかな」

 

『きれいはきたない、きたないはきれい。闇と汚れの中を飛ぼう』、あと『この世は舞台、人は皆役者』、だっけ。瀬田さんからは結局、詳しい話聞きそびれちゃったけど……ありのまま受け入れろ、ってことなのかな。

 すごい遠回りしてようやく辿り着いた、つまらないくらいありきたりでわかり切った結論を、恐る恐る確かめる。モカはふにゃっと笑って、それからへにょっと眉を吊り上げた。

 

「も〜、気づくの遅いよ〜! そんなんじゃAfterglow検定一級はあげられませんなぁ」

「……ごめん」

「……ふふ、いいよ。赤点は回避、追試はありませ〜ん」

「よかった……」

 

 なんだか人心地ついた。……ちょっとお腹すいたかも。

 特に示し合わせるでもなく揃って公園に向かっていると、モカが「考えすぎだよ〜、もう」と笑う。

 

「まあでも、曲によっては素を見せないほうがいいっていうか、見せない方がいい素があるよね〜」

「どんなの……」

「いや〜、蘭が実はかわい〜いキュ〜トなことがバレちゃって、蘭様がかっこよくないなんてそんな〜! 解釈違い〜! ……って、SNSで騒がれちゃうかも〜」

「なにそれ」

 

 くすくす笑いながら公園へやってきた。甘い匂い、さっきまで食べ過ぎで吐きそうだったくらいだけど落ち着けば現金なもので、素直に食べたくなってくる。さあ並ぼっか、と思って……ベンチの近く、なんか見知った姿があった。

 うずくまった変な姿勢が絶望的に似合わない上品なブラウスとロングスカート。秋色の街並みに馴染むしんと落ち着いたストレートの長髪は冷たい印象がある。

 ……伸ばした手の先に、三毛猫がいなければ。

 あたしのひとつ上の先輩、湊さんだった。

 

「にゃーん……ふふ、可愛いわね……」

「……」

「……」

 

 リサさんの近くにいないから帰ったんだろうなとは思ってたけど、曲も作らず勉強もせず何してるんですか?

 あ、目が合った。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 こちらに顔を向けたまま猫をもうひと撫でしようとしたらスタコラ逃げられた湊さんはしばらく固まって、やがてすっくと立ち上がった。靴音をやたら高圧的に響かせながらあたしたちの前までやってきて尊大に腕を組む。

 

「…………美竹さん。青葉さん」

 

 呼びかけておいてそのまま無言になった。

 は? なんですか? 言うこと固めてから来てくれません?

 とりあえず睨み合って数秒、湊さんは徐ろに口を開いた。

 

「お腹が空いているでしょう。奢られなさい」

「わ〜い、ゴチしゃ〜す」

「……………………どうも」

 

 あからさまに口止めだった。

 来年、こうはなるまい。

 

*1
ウザがり方が少し友希那っぽかったため。


使用楽曲コード:22644351,29325579

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