空と海の間で~ガーディアンリコール アフター~ 作:扇町グロシア
原作:ガーディアンリコール 〜守護獣召喚〜
タグ:ガールズラブ ガーディアンリコール 海原美里 飛知和景子 百合ップル IF ハッピーエンド 煙草
穏やかな日々は、少しだけ紫煙の香りを立てていて。
ここからまた、芽吹く日は来るのでしょうか。
もしも、あの忌まわしい事件が起きていなかったなら。
もしも、私たちが平和な世界で生きられていたなら。
きっと私は家族を失う事も憎しみに身を落とす事も無かった、だけど――景子に逢う事も無かっただろう。私たちは七龍の因縁が無ければ、すれ違うことすら無かった関係だ。
だからこそ私は怖い、ようやく手に入れた穏やかな二人暮らしを失う事が。
列島大地震で日本がメチャクチャになって15年、地方都市はともかく荏狗覇菟に制圧されていた東京は今も殆ど当時のままだった。それを急ピッチで修繕し、こうして数ヵ月で人が住める環境にしてるのだから人間ってスゴい。
――本当は実家に帰っても良かったんだけど、ね。妃龍鬼殿で後続を食い止めようとした時も、私は景子にそう言いはした。家族になろう、なんて事も言ったけど。そうしなかったのは、景子の
接触テレパス。本人の意思とは関係なく、肌が触れただけで相手の感情を読み取ってしまう異能。景子はそのせいで人との接触を酷く畏れ、ずっと逃げ隠れしながら生きてきた。……サバイバル能力がめっさ高いのもそのせいみたいなんだけどね、野宿平気だし手先器用だからなんでも自作するし。まさかコンテナからベッドをこさえるとは思わなかった。それもまた「一人で生きていく」という覚悟からなのだろうか。
そこそこ人がいてお節介焼きも多い田舎街では、景子は多分毎日気を遣いながら生きていく事になる。そうなるくらいなら、と私から提案して東京に住む事にしたのだ。まあ一時期はあちこち転々としたけどね、騒音に閉口して即他所へ移ったり。
私は景子を大切な人だと思っている、愛している。だからこそ、だからこそ。耐えるのは、私一人で良い。
「ったく、結局汚すだけ汚して片付けもしないで帰るんだから……」
ゴチャゴチャと散らかった部屋で私は溜め息を一つ、景子も景子でちょっとだけ困り顔。
龍鬼妃との戦いから少し経ち、事後処理を終えて住み出したこの団地は、気が付けば仲間たちの溜まり場になっていた。晶がライブ前に「ちょっと場所かして欲しいです!」と駆け込んできたり、合コンでボロ負けしたるりさんがやけ酒呑みにきたり。仁が「あいつらが来たら渡してくれ」と荷物を置いていった辺り、本当に私ら守護獣使いの連絡所扱いされてるな。
もう守護獣は使えないんだけどね、私たちは。
龍鬼妃が妃龍鬼殿諸とも海に消えてから、制御ピアスの効果は全て消えたらしい。強制的に形作られた「量産型」の守護獣はその場で消滅し、エグバドは一部の天然守護獣使いを除いて戦力を失った。その残党も自衛隊や警察機動隊に鎮圧されたり、自ら投降したりして組織は完全に瓦解。
そして私たちも、少しずつ能力を失っていった。ちかなが言うには、それは必然なのだとか。彼女の一族は千年に渡って龍脈を監視し守護獣を研究してきたけれど、実際に守護獣を呼び出した例は殆ど無かった。しかし龍鬼妃が覚醒し列島大地震を起こした事で龍脈が刺激され、守護獣が実体化しやすくなったそうだ。
今や龍脈は沈黙を取り戻し、それ故に守護獣たちも消えていく。
私たちに宿っていた七龍は、元々が龍鬼妃の本体「皇龍」の一部。大元が消えた以上、他の守護獣よりも早くその力を失った。私のメールも海龍の姿から元に戻って数日経つと、もう表へは出てこられなくなっていた。今はまだ頭の奥に気配を感じるけれど、これも暫くしたら消えてしまうんだろう。
私たちは守護獣使いとして出逢い、守護獣使いとして過ごした間柄だ。その根っ子を失って不安定になっているから、こうして呼びもしないのに集まっては騒ぐんだ。そうしないと、不安だから。
まあ良いんだけどさ、別に。今考えるのはそれじゃない。
部屋の片付けを二人で終わらせて、ついでに風呂も浴びて。悩まねばならない時間が、また始まる。
プライベートな個室をそれぞれ用意できるほど広い訳じゃないし、寝具だって何組も確保できはしない。同じ布団に二人で入る、それは同棲初日からだ。
だからこそ、だからこそ。私は今日も、こう言うのだ。
「――私一服してくるから、先寝てて」
風に吹き散らかされていくヤニの匂いは、やっぱり芳しいものではない。父さんは殺されるしゆっこは行方不明になるしで、すっかりやさぐれていた時期に覚えた悪癖だ。メールにも散々怒られたけど、今だって口で吹かすだけ。肺まで入れないチキンな吸い方は、単なる時間稼ぎのポーズ。
だって景子、可愛いんだもの。あんなのが隣にいて、やましい気持ちにならないほど私は聖人ではないのだ。とにかく景子が寝るまではこうしていないと、ふとした瞬間に良くない思いが伝わってしまいかねない。
今まで景子はどれ程苦しんだだろう、私も初めて逢った頃は「気持ち悪い」と拒絶した。でも何度そうしようと、景子は手を差し伸べ続けてくれたのだ。だからこそ、私が景子を傷付ける訳にはいかない。
一つ屋根の下寄り添って、でも節度は弁えて。なかなかに大変だ、これがずっと続くんだから。まだ戦ってる方が気楽かもな、なんてね。
ぽわんと吐き出す紫煙の輪は、僅かに残ってすぐ消えた。
今日はもう一本吸っちゃおうかなーと手元をまさぐろうとして抱いたのは、ちょっとした違和感。いつのまにやら煙草の箱は、もうすっかり空っぽになってしまっていた。
毎晩数本のペースだからそんなに減らない筈だけど、勘定を間違えたかな。
まあ良いか、別に高い買い物じゃない。
ちょっと冷えてきたし、ちょうど良いからここで寝てしまおう。
握り潰した紙ごみはごみ袋へ、ガスがまだ半分ほど残ったライターはいつものように棚へと滑り込ませる。台所で灰皿を洗って、ついでにうがいもしておく。一通り終わってからなるべく音を立てないように寝室へ入ると、布団から健やかな寝息が漏れ出ているのに気が付いた。
人の気も知らないで、ほんとにさあ。
僅かに胸の奥で湧くのは、小さな悪戯心。寝顔くらいなら、見ても良いんじゃないだろうか。景子は丸まって寝る癖があるし起きるのも早いから、一緒にいてもなかなか熟睡している顔は拝めない。これだけ良く寝てるんだ、ちょっと顔に触れたくらいじゃあ起きやすまい。
そう思ってゆっくりと伸ばした指先、しかしそれは――。
「あの、……起きてます、よ?」
柔らかな景子の手によって、阻まれてしまう。瞬間背筋には冷たいものが走り、口からはあわあわと弁解なのかなんなのかわからない呻きを漏らしながら後ずさろうとしたけれど、でもそれは叶わない。まるであの地下街の時のように、景子は私の手を掴んでいるから。
不味い、不味すぎる。こうして触れたという事は、景子には私のヨコシマな想いが全て伝わってしまっている。
……なのに、でも。景子は嫌悪感を示すことなく、じっと私を見つめていた。
「私も、同じです。美里さんに触れたい、触れられたい、――愛してほしい」
その瞳に宿るのは、確かな決意。そして私への、深い愛情。接触テレパスなんてものを使えない私にも、景子の想いが流れ込んでくる。
ああ、そうか。そうだったんだ。あの決戦の前、伝えあった想いは今も変わらないんだ。
ならば、私がするべき事は一つだ。
「愛してる。誰よりも、何よりも。私は貴女を愛している」
心にある想い、それを私は過不足なく口にする。肌から伝えるのも口から伝えるのも完全に同じなら、それは異能なんか関係ない。ただの本音だ、本心だ。
月明かりに照らされキスを交わしながら、私はひたすらに愛を伝え続ける。
この身が擦りきれるまで、愛し続ける為に。
幻想的な一夜が終わって、翌朝。私は禁煙を心に誓い、慣れ親しんだ灰皿やライターを処分する事にした。『美里さんの唇、煙草の味がします』なんて面と向かって言われたら、そりゃねぇ……うん。景子って悪意無く人の心を抉る癖あるんだよね、前々からだけどさ。一応口ゆすいだんだけどなぁ、まだヤニ臭かったか。しかし味がわかるってことは景子、喫煙の経験あるのかな。思ったより煙草が減ってたのも、そのせいとか? お酒は一滴も呑まないけど、煙草吸うかどうかは尋ねたことないな。
あと経験、と言えば。私はゆっことさえ何もしなかったから完全に未経験だったけど、景子は割かし手際が良かったんだよなぁ……。て言うか私はテンパってただけで、殆ど景子任せだった。ああ見えてムッツリな耳年増なのか、それとも過去に誰かしら
まあ良いか、別に。お互い知らない事はまだまだあるんだ、それでも構わない。
愛しているのは変わらないから。
街はまだ復興の最中、忙しない人の群れをみやりながら願う。この幸せが、平穏が続きますように。もう二度と、傷つけあう日々が来ませんように。
「美里さん、煙草止めるんですか?」
「うん、キスが苦くて嫌って言われたくないし」
「そうですね、妊娠を考えると煙草は良くないですから」
「待って景子、……色々待って。て言うかなんで私が産む前提なのよ」
「違いますよ、どっちが産むにせよやっぱり影響あるんですからね」
「えー……っと、どういう家族計画してるのかしら……?」