瀬田薫アンチである主人公の家に瀬田薫本人が押しかけてきたことから始まるハッピーなラブコメです!!!!!

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終始主人公の口が悪いですが瀬田薫ちゃんへの愛情の裏返しだと思って温かく見守ってやってください
よろしくどうぞ!


デジタル☆タトゥー

 ──瀬田薫ってさ、どこがいいの? あんなヘルシェイク矢野みたいな顔の女のどこに惹かれるのかわかんねーわ。#瀬田薫

 

 これが俺、「芳崎」の日課のツイート。俺がツイートすると、途端におびただしい数の引用ツイートがやってくる。その九割は鍵垢からだ。やっぱ瀬田薫推してる女って陰湿なやつしかいねえのな! 本人あんな陰湿さとかけ離れてるのに! 

 たかが俺のアンチツイートひとつでそんなに怒り狂えるファンっておもろいよな。みんなさ、俺の顔や学歴すら知らないのに、ブスだの低学歴だの俺のことをバカにするツイートばっか俺にやってくる。バーカ! 普通にFランのカスみたいな学力の大学だよ死ね。顔も普通にチー牛だよ死ね。カス。ボケ。うんこ。

 

「やっぱ、安全圏から他人を殴るのって死ぬほど楽しいなぁ〜〜〜!!! 見てるか? 瀬田薫〜! まあブロックされてるだろうけどな〜! えっされてねえんだけどなんで?」

 

 こんなインターネットに漂う粗大ゴミみたいなアカウントブロックしろよ。てかお前インプレゾンビブロックしろよ。インプレゾンビにアラビア語でリプライ書くなよ。バカなの? 

 なんですかぁ〜? 瀬田薫さんは、来るもの拒まずってことですかぁ〜? みんな私の胸に飛び込んでおいでとか思ってるんですかぁ〜? カス死ね。

 まあ、でも日課の瀬田薫叩きも終わったし陽の光を浴びに公園にでも行くか。そう思って家のドアを開けたら。

 

「やあ、儚い朝だね。君はこれから出かけるのかい?」

 

 ウン年間コイツを敵視してきたんだ、見間違うはずもない。なんということだろうか、俺が憎んで憎んで仕方ない瀬田薫(本人)がいた。どうして? 本当にどうして? どうして!?!?!? 

 

 〜

 

「は……? へ……? ほ……?」

「おや、私に会えた喜びによって言葉を失っているんだね……? 大丈夫さ、私の目を見てごらん。ほら……美しいね」

 

 初っ端から何言ってんだコイツ。本当に頭がおかしいだろコイツ。なんなの? マジでなんなの? 本気でなんなの? てかなんで俺の玄関前いるの? 通報しようかな。

 まさかインターネット越しに殴っていた瀬田薫が目の前に来るなんて思いもしなかった。ファンミーティングでも見ないぞこの距離。イカれてるだろこの女。

 

「えっと……通報しますけど」

「ああっ! すまない、私が美しすぎるせいで……! 君の朝を儚く彩ってしまったことは謝ろう。だが、いくら私が儚くても逮捕して私の儚さを独り占めするのは良くないと思うんだ。何より、私が逮捕されてしまったら私を愛するたくさんの子猫ちゃんたちを悲しませてしまう……」

「薬でもやってます?」

 

 コイツ画面越しで見る時の三倍くらい頭おかしいな。なんで今まで生きてこれたんだろ。五十回ぐらい通報されてなきゃおかしいよこの異常者ムーブ。てかなーんで相対的に俺の方がまともになってんだよおかしいだろ! インターネットイキリオタクにさえ引かれる瀬田薫サマ、終わってるよ普通に。

 てかまずなんでコイツが俺の家の前にいるわけ? なんで侵入できた? ここオートロックなはずなんだけど。

 

「えっと……なんで俺の家の前いるんですか」

「私が君に会いたいと話したら管理人のおばさまが開けてくれたよ」

「ガバガバセキュリティ〜〜〜!!!!!」

 

 おばさん本当にやめて。本当にやめてください。俺がなんのためにオートロックマンションに住んでると思うんですか。こういう不審者に襲われないためなんですけど。不審者(せたかおる)を通すなよ。

 それにしてもさあ、マジで顔がいいっていいよなァ〜!!! 俺あのおばさんに挨拶しても返事返してもらったことないぞ。差別だろ差別。女性の人権とかどうでもいいから国は俺みたいな弱者男性をまず救えよ。ついでに瀬田薫を刑務所に入れろ。

 

「てか……なんで俺に会いたいんですか? 宗教勧誘なら間に合ってます」

「いいや、私が会いに来たのは宗教勧誘ではなくてね。……単刀直入に聞こうか。このアカウント、君のものだろう?」

「……は」

 

 そう言ってスマホを俺に見せてくる瀬田薫。映し出される「芳崎」のアカウント。瀬田薫の赤い瞳とは真逆に、俺の顔はどんどん青ざめていく。

 は? どうして? なんでコイツがこのアカウントのことを知っている? このアカウントの持ち主が、俺であることも。どうしようマジで怖くなってきた。チビりそう。

 まさか、本人に届くわけもないと思っていたヘイトスピーチが本人に届いていたなんて。インターネットってやっぱカスだな。ただ、俺は瀬田薫の悪口を言ってただけなのに。なんでこんな目に遭わないといけないんだよ。おかしいだろ。

 脳みそが怒りと憎しみと恐怖と困惑でぐちゃぐちゃになっていく。俺が何をしたって言うんだよ。別に罪に問われるようなことしてないだろ俺。なんで特定されて家に押しかけられなきゃいけないんだよ。わけわかんねえよ。

 

「沈黙はイエス……ととってもいいのかな」

「だからなんだよ。別にライン越えの悪口とか言ってないし。死ねとか言ってないし。訴えれるなら訴えてみろよ、俺みたいなしょーもねーアカウントを訴えちゃうとか瀬田薫サマのイメージ崩れるかもだけどな! ガッハッハ!」

 

 出来る限り、嫌味ったらしく吐き捨てる。これが、俺みたいなインターネットイキリオタクができる最大限の虚勢だった。でもどうしよう本当に訴えられたら。俺のバイト代ぐらいじゃどう足掻いても払えない。親はどうしても頼りたくないし、もう漁船乗るしかないな。闇漁業芳崎になるしかないよもう。

 内心後悔しながらも、俺は瀬田薫の顔を見る。だが、その顔は怒りに燃えているわけでもなく悲しみに暮れているわけでもなく、ただ、何も理解していないきょとんとしたとぼけ顔だった。

 

「……私が君を訴える……? なんの話だい?」

「へ」

「私が君に会いに来たのは、君と傷つけ合うためじゃない。君と手を取り合うためさ!」

「は???????????????????????????????????」

 

 〜

 

 俺が喧嘩を売った女は、どうしようもないくらい頭がおかしかった。俺の頭おかしい度を一とするなら、コイツはなんだろ、五千兆かな。とにかくずば抜けて頭がおかしい。全ての言動が正気の沙汰ではない。

 てかコイツ今なんて言った? 手を取り合うためって言った? インターネットイキリ誹謗中傷アカウントの俺に? 頭お花畑すぎるだろ普通に。その花畑花しかなくて足の踏み場ないだろ。

 

「手を取り合うって……具体的に、何を?」

「私は、君とかけがえのない友人になろうと思っているよ。そう、すなわちソウルメイト……だね。ああ、なんて儚い響きなんだ……!」

「は〜〜〜ぁ? 頭おかしいんじゃねえの?」

「おや、私の頭に何かついているのかい?」

「いやそうじゃなくて。知能の話」

 

 もうダメだよ救えないよコイツ。なんでコイツのフォロワー五万人いるんだよ。顔か? 顔しか見えてないのか? コイツの脳みそダチョウより小さいぞ絶対。俺が保証する。

 瀬田薫って、アレだな。もう奇跡のバカだな。ミラクルバカ。コイツに最低限の知能と常識を期待した俺がバカだった。今日の出来事だけで二千ぐらいはアンチツイート錬成できるぞ。

 てか、よりによってなんでコイツは俺にこだわるんだろう。俺みたいなクソアンチよりファンの子と過ごしてやった方が絶対喜ぶと思うけどな。呆れながら俺は瀬田薫に理由を聞いてみた。瀬田薫からの返事は、こう。

 

「君のアカウントのつぶやきを見せてもらったが……そのどれもが私の癖、特徴をしっかりよく見た上で、私に足りないところを的確に指摘してくれる儚いツイートだった。君の「瀬田薫」を見る目は凄まじいものだね。だからこそ、そんな確固たる審美眼を持った君と過ごすことによって儚さを磨き、より子猫ちゃんたちを喜ばせるパフォーマンスがしたいと思ったんだ」

 

 ウワ〜〜〜! 話、なげ〜〜〜! 全然頭に入ってこねえ〜〜〜! だから何〜〜〜!? 

 俺がバカなのか、瀬田薫の話が長くてややこしいのか。多分どっちもだろうと思うけど全然話が頭に入ってこない。だとすると今北産業って素晴らしい文化だな。俺みたいな長い文字や単語が理解できないバカに優しい。これ次世代のSDGsな。

 

「悪いけどさ、俺の脳みそは百四十字以上の言葉や文字は認識できないようになってるんだよね。ダラダラダラダラ喋って何が伝えたいのかわからないの一番困る! 話がやたら長いのお前の悪いところな。ほーらシェイクスピアもそう言ってる! 薫ちゃんは話長すぎスピよ〜」

「そう……それさ! 君はそうやって私に足りないところに気付かせてくれる! 私は、そんな君と一緒に過ごしたいんだ」

 

 そう言って、キラキラした目で俺の手を強く握りしめる瀬田薫。足りないところとかなんだとかなんか言ってるけどそれは置いといて。俺の渾身のボケをガン無視されたの地味に傷つくんだけど。シェイクスピアの真似して裏声出した意味、何? 特に意味なんてないけどさあ……

 俺だけが勝手にダメージを負う中、件の瀬田薫さんはもうそれはそれはハッピーそうだ。俺一緒に過ごすとか一言も言ってないのになんでそんなハッピーオーラ纏えるんだろうな。まあコイツ人の話聞かないし仕方ないよな。

 

「さて。これから私たちは儚い逢瀬を重ねていくわけだ。そのためには、連絡手段がないと困ってしまうね? だから連絡先を交換しよう、芳崎くん」

「嫌ですけど」

「QRコードでいいかな?」

「嫌なんすけど」

「ありがとう、交換できたよ」

「なんで!?」

 

 俺はめちゃくちゃ拒んだのに、謎技術で瀬田薫の連絡先が俺のスマホに追加された。これが生まれて初めて家族以外の連絡先が俺の携帯に追加された瞬間だった。いや悲しすぎるだろ。望まない連絡先交換すぎるだろ。コイツの連絡先とかいらないからネットにエッチな自撮りあげてるエッチなお姉さんの連絡先が欲しいよ。

 

「おや……芳崎は本名じゃないんだね」

「ネットに本名書くとかシンプルバカじゃん。本名と関係ない名前にするのが鉄則っていうか……特に俺みたいな四方八方に喧嘩売るようなアカウントはさ」

「そうか……でもこうして君の名前を知れたことだ。これからは儚く美しい、本当の名前で君を呼ぼう「いや本名呼びマジ無理なんで芳崎でお願いします」そうかい?」

 

 あの瀬田薫に「本名くん……♡」って呼ばれるなんて死んでもイヤだ。だったら芳崎の方がマシ。本気でマシ。多分瀬田薫に名前を呼ばれた日にはコイツが夢に出てくる。悪い方の。

 あー、コイツと連絡先交換するぐらいだったら煽りスタンプのひとつやふたつ買っておけばよかった。友達いないからスタンプ買わないんだよ。ぼっちを無礼(なめ)るなよ。カス。死ね。ボケ。

 とりあえずデフォルトにあった白ハゲがキモい動きをしているスタンプを送ってみたら薔薇を咥えた瀬田薫のスタンプが返ってきた。は? 何コイツ? 自分のスタンプ作って自分で使ってるの? 異常者? 小学生だったら「ナルシ」ってバカにされるやつだろそれ。ちなみに俺はバカにされてたよ何もしてないのに。

 瀬田薫は、このあと数分間ぐらい俺とのトーク画面をニコニコ眺めたあと、ハロハピ会議? があるからと俺の元を去っていった。マジでなんなんだよ。本当になんなんだよ。

 てか……そもそもなんでコイツは俺のアカウントを特定できたんだ? 

 

 〜

 

 今日は穏やかな朝だった。休日だから、二度寝も許される。これが人類の幸福の最頂上ってワケ、多分今日世界で一番幸福なのは俺だと思うよ。冗談抜きで。

 さて、思う存分ゴロゴロしたところで今から三度寝をしようかとソファーから立ち上がった瞬間。鼓膜をつんざくようなインターホンの音が聞こえてきた。こんな俺みたいなインターネットイキリオタクの家に尋ねてくる人物なんて、ひとりしかいないだろう。

 だから俺は今からするね……居留守を! てかインターホンの画面よく見たらコイツまたオートロック突破してんじゃん。セキュリティガバガバすぎだろ今から引っ越そうかな。お金ないわ。無理だわ。

 まあでも? いくらオートロックを突破できたとはいえ俺の家は俺のもの。管理人のおばさんがどうこうできるモノではない。なんかセールスでも来たんだろうな〜と思いながら布団にダイブしようとした。

 ガチャ、という金属音が聞こえるまでは。

 

「ピッピ〜〜〜! 不法侵入不法侵入! 流石にそれは犯罪だろお前!」

「やあ、子猫ちゃん! ごきげんよう、今日もいい朝だね」

「刑務所にぶち込まれる前に残す最後のセリフはそれでいいか?」

 

 ド派手に不法侵入しておきながらよくそんな歯の浮いたセリフ言えるよな。てかそもそもよくそんな歯の浮いたセリフがポンポン出てくるよな。

 まあそんなことはどうでもよくて。コイツ、ついには合鍵を作って俺の家に不法侵入してきた。でも俺合鍵とか一回も作ったことないし鍵も欠かさず持ち歩いてるはずなんだけど。なんでコイツは侵入できた? 

 

「……話は法廷で聞くつもりではあるけどさ。その鍵、どうやって作った?」

「どうやるも何も、この前黒服さんが私にプレゼントしてくれたよ?」

「黒服ゥ? お前SPでもついてんの? 流石だな〜、老若男女問わず大人気の薫サマは格が違いますこと〜!」

「? 黒服さんは私のSPではないよ。こころに仕えている人たちのことさ」

 

 こ、こころ? 誰? いや、でもこの名前、どこかで……俺はとにかく思考を巡らせる。こころ……弦巻……? 弦巻……こころ……

 

「ウワーーーッ!」

「きゅ、急にどうしたんだい!? 何かあったのかい!?」

「……薫。俺全部わかったよ。俺の身元特定したのも俺の家特定したのも謎技術で俺の連絡先奪ったのも全部その黒服の人たちが手を回してたからだよな」

「? 私はただ、こころに『会いたい人がいるんだ。でも彼にどうしたら会えるかわからなくてね……』と相談して君のアカウントを見せただけなのだけど……」

「百発百中でそれじゃねえか!!!」

 

 弦巻家にはお嬢様の命令を必ずや遂行する凄腕の黒服が大量にいるらしいってトゥイッターに書いてあったよ。会話の出典十一割トゥイッターの男だから情報サーチは欠かさないんだよな。

 多分瀬田薫のその話を聞いた弦巻さんが「薫が会いたがっている人がいるの!」みたいな感じで黒服の人に相談してこうなったに違いない。権力には勝てないよ俺。無理だろ。もし俺が今から瀬田薫を通報しても何らかの権力で釈放されるよコイツ。終わったな、俺の人生……バイバイ……俺の人生……

 

「用がないならさっさと帰れよ」

「とは言いつつ麦茶は出してくれるんだね……」

「今家にポテチしかないからポテチだけだけど」

「菓子盆も出してくれるんだね……」

 

 望まない来客とはいえ最低限もてなしてしまう自分の律儀さが恨めしい。来客が来たらとりあえず麦茶を出さねばならないという実家での習性がひとり暮らしを始めたとて直らない。瀬田薫に麦茶とか出したくないよ俺も。炭酸の抜けたサイダーとか処理させたいと思ってるよ俺も。

 

「なるほど……男の子の部屋はこうなっているんだね」

「俺に彼女が出来たら言われたいセリフランキング第二位を勝手に言うのやめて?」

「そんな儚い君の部屋に儚い瀬田薫が来てしまっては……儚さがこの部屋だけに収まらず、全世界中に溢れてしまうかもしれないね……!」

「全然俺の家に瀬田薫がいるだけだけどな。普通に。いつでも帰っていいよ。てか帰れ」

 

 俺がそう言うと瀬田薫はやれやれと言わんばかりの表情で「君はつれないね……」と言ってくるのでワンチャン手が出かけたがコイツを殴ったら俺の人生が終わると言うことを再認識し思いとどまった。もう物理でも精神でもダメだもんな。普通に訴えられたら負けるもんな俺。

 ポテチをつまみながら麦茶をグイッと飲む。キンキンに冷えてて美味しいな。てか瀬田薫、麦茶を飲む姿でさえ絵になってるの本当に憎らしい。人間の不平等を体現してるよな。俺だってこの顔面に生まれてたらインターネットで瀬田薫とか叩いてないわ。クソ。ボケ。うんち。

 

「てか……今日はなんで俺の家来たの? その魂胆は?」

「実は今日、コンビニに行く予定があってね。その足で君の家に遊びに来たと言うわけさ」

「コンビニ行くついでに不法侵入する犯罪者っているんだな」

 

 へ〜、そんなカジュアルに不法侵入するんだ今の若い子って。すごい時代になったな、令和。いや俺とコイツ歳変わらないけどさ。

 でも俺の家、特になんもないが? 強いて言うならゲーム機があるぐらい。でも瀬田薫ゲームやらなさそうだしな……てか俺のゲームコレクションコイツに触らせたくないし……あっでも瀬田薫に俺のPC壊されたら訴えられるかな。今までの行いもまとめて刑務所にぶち込めるかな! 無理だろうなカス。泣きそう。

 

「この家、多分お前が求めてるものとかひとつもないよ。帰った方がいいんじゃないの?」

「何を言うんだい? 目の前に私のソウルメイトがいるじゃないか」

「心当たりないんだけど。このコップ? お前のソウルメイト」

「確かにそのコップも実に儚いね。けれど、私のソウルメイトは、フフ……君のことだよ、芳崎くん」

「わ〜うぜ〜」

 

 頼むから俺を勝手にソウルメイトにするな。それってあなたの感想ですよね? きっとお前のトンデモ理論真っ向からぶつけられたら流石のひ◯ゆきも泣くよ。俺も泣きたいよ。

 どうしたらいいんだよ俺。この無敵の王子様になった瀬田薫は俺ぐらいじゃ止められねえよ。てか何が楽しくてコイツと1on1で話さなきゃいけないんだよ。

 とにかく、俺の家には逃げ場がない。部屋に篭ろうものならついてくるだろうな、瀬田薫は。だってお前頭ピクミン以下だもんな。そのままチャッピーに喰われて死んでくれねえかな。

 

「……なあ薫、出かける?」

「私は構わないが……君はいいのかい?」

「やることないのに家にいたって暇だろ。だったら散歩でもどうかなって」

「ああ……秋色に染まった街並みを君と巡れるだなんて……なんて儚いんだ!」

「楽しそうでよかったねぇ〜。俺は一切楽しくないけどな」

 

 何やらご満悦の薫サマを連れて、俺たちは街へ繰り出す。すっかり秋モードになった近所の商店街にテンションが上がるが、多分となりで儚いと繰り返すバケモノがいなかったらもっとテンションが高かったかな。せめて移動中は黙って欲しい。いっそ一生黙ってて欲しい。

 ただ、この肉屋のコロッケは美味しいとかここのパン屋さんは儚いとかいろんな情報を教えてくれたことだけは感謝してるかな。正直、最低限の買い物をするためにしかここに来たことがなかったから、悔しいが役に立つ。悔しいが。

 

「芸術の秋、スポーツの秋、とかナントカの秋ってあるけどさ。お前は秋って言えば何を連想すんの?」

「そうだね。私は、瀬田薫の秋……かな」

「絶対言うと思った〜。ちなみに俺は厄災の秋な。お前のせいで! お、ま、え、の、せ、い、で!」

「おや、つまり……君も私と同じように瀬田薫の秋を満喫しているんだね! 素晴らしいことだ」

 

 ちげえよバカ。あっちが延々と話しかけてくるのも癪なのでこちらから軽く質問を飛ばしてみたがもうお腹いっぱいかもしれない。そうだよなお前ってそういうやつだよな。期待した俺が悪かったな。ごめんな。

 瀬田薫の秋について語る薫の話を聞き流しつつ歩いていると、何やら石焼き芋の歌が聞こえてきた。音のなる方へ歩いてみると、そこではトラックのおじちゃんが焼き芋を売っていた。

 焼き芋焼き芋って言うけど、実は焼き芋食べたことないんだよな俺。だからどんな味かわからないし、でも甘そうだし、甘いの俺嫌いだしパスでいいか……と隣を見たら、これでもかというほど目をキラキラさせている幼稚園児(せたかおる)がいた。コイツ、これで大学生なんだぜ? ヤバいだろ。

 

「……薫サマはこれ、食べたいの?」

「はっ……顔に出ていたのかい!?」

「出てたよ! もうこれでもかってくらい出てたよ! お前ってなんかこう……案外単細胞?」

「ああ……食欲に翻弄される私の姿もなんて美しいんだ……! 芳崎くん、今が焼き芋に焦がれる瀬田薫のシャッターチャンスだよ」

「それでいていちいちやかましいわ。ウザイ」

 

 全てにおいて一言余計。夏井先生だったら赤ペンで消してるぞお前の発言のほとんど。もう一生鏡の前で自画自賛しといてくれたら誰も悲しまなくて済んだのに。俺みたいな化け物も生まれてないよ。

 繰り返される石焼き芋の歌と、ほんのりと甘味のある香ばしい香り。焼き芋の儚さを俺に延々と語ってくる瀬田薫。……まあ、これぐらいは許してやってもいっか。なんだかんだ、全部俺が発端だしな。

 

「ほい、焼き芋」

「……いいのかい?」

「いいよ別に。俺甘いのそんな得意じゃないし」

 

 買った焼き芋を、薫に手渡す。薫は少し戸惑いながらも焼き芋を受け取って、ぱくりと頬張る。美味しいね、と笑う姿は、少しだけ、ほんの少しだけかわいく見えた気もしなくもない。

 その笑顔が、あの日の「天使ちゃん」に重なるような気がして。少しだけ胸の奥が痛んだ。そう、少しだけ。

 

「芳崎くん、美味しくて儚い焼き芋をありがとう……君はなんて優しいのだろう……! かのシェイクスピア曰く、俺のものはお前のもの、お前のものは俺のもの。優しい子猫ちゃんには、この瀬田薫が焼き芋を買ってこようじゃないか!」

「は?」

「芳崎くん、焼き芋をひとつ買ったら店主さんに十五本ほど焼き芋をサービスしてもらったよ!」

「は?」

 

 〜

 

 この前は最悪だった。俺のなけなしの優しさを使った最大限のカッコ付けをシェイクスピア流ジャイアニズムで全てかき消された。俺の努力を返して欲しい。あと残った焼き芋を全部押し付けられたせいで三キロ太った。カス。ボケ。死ね。

 あれからというもの瀬田薫さんはアポ無しで俺の家にガンガン突撃してくるようになった。不法侵入に味を占めるな。どんどん俺のメンタル・ポイントが擦り切れてくの、見えない? 見えないよな。うちのマンションの入り口に貼ってある不法侵入は通報しますって張り紙が見えてないぐらいだしお前の目、多分全機能を抜いたただの飾りだろうな。そうじゃなきゃおかしいだろ。

 ええっとこの前は? 道端を歩いてたらいきなり拉致されて笑顔パトロールとかイカれた催しに巻き込まれるだろ。その次は公園で一人芝居してた異常者の即興劇の相手に無理やりさせられるだろ。は? 俺可哀想すぎるだろ。俺だけ国民保険降りても許されるレベル。

 っていうか、知らない間に俺と瀬田薫が相互フォローになってたことにも怒りを覚えてるよマジで。瀬田薫本人に俺をフォローした時の画面を見せられて相思相愛だね……ってウインクされた時はコイツのことブロックしてやろうと思ったレベル。てかそもそも俺みたいなクソ誹謗中傷アカウントをフォローすんな瀬田薫サマはマゾなんですか? 

 ハロハピ公式、白鷺千聖、シェイクスピア名言集とかいう錚々たるメンツに俺を入れるな。浮いてるよ。浮きすぎてるよ。いや一周回ってシェイクスピア名言集は錚々たるメンツじゃない気がしてきたな。

 ともかく。なんだかんだいいお友達♡レベルまで親交が深まりそうで本当に怖い。望んでないんだよ俺は! 本気で! ただどんだけアイツを拒絶しても次の日にはまたアイツがひょっこり現れるから泣く泣く対応するしかなくて! もう二度と構わないと決めているのに結局構ってしまう己の弱さが憎くて! 

 多分過去の俺なら今俺が置かれている状況を見て「俺はこんなこと望んでないって言いながら美少女に構ってもらえて嬉しいんだろ? クソキショラノベ主人公乙! 笑笑笑」みたいなノリでバカにしていただろうが、今はそんなこと一ミリも考えられない。ラノベ主人公、ようやくアイツらの気持ちがわかった気がする。お前らも、苦しかったんだな……ってさ。

 って話をしてたら今日も鳴るんだよね、インターホン。取り外したいよ本当に。でも無視しすぎると普通に鍵開けて入ろうとしてくるから玄関先まで出て追い返す必要がある。やっぱ俺マジで可哀想すぎない? 冗談抜きで。

 

「……うっす、不法侵入者さん」

「あ、ああ、おはよう。芳崎くん」

「は? おはよう? 今バリバリ昼だろ。頭だけじゃなく時間感覚まで狂うとかそろそろヤバいぞお前」

 

 瀬田薫、お前出会った時からいろいろ狂ってると思ったけどついに時間感覚まで狂ったのか。もうワシには救えないわい。

 いつものように嫌味を言ってみてもなんだか反応が薄い。というか、どこかあさっての方を見つめている。

 

「よ、芳崎くんは今二人いるのかい? 声が二重になって聞こえるよ」

「薫……ついに薬やった? マジで今日のお前ヤバいよ。今すぐ病院行け」

「く、薬……? 薬……そうだ……病院……? 芳崎くんは薬なのかい……?」

「いやなんで今日のお前いつにも増して支離滅裂なんだ……よっ!?」

 

 瀬田薫サマはボーッとした顔で意味のわからないことをぽつりぽつりとつぶやいた後、急に俺の方にもたれかかってきた。耳にかかる荒い吐息、妙に熱を帯びた身体。俺は猛烈に嫌な予感がする。

 面倒事は嫌いだ。基本避けたい。迷惑をかけられるだけかけられてこっちに何のメリットもないとかザラだし。これが瀬田薫なら尚更。

 とりあえずその辺に放り投げて自然治癒を待とう。お前ならできるよ瀬田薫。俺信じてるから! 普段は世界一優しい俺も、心を鬼にするよ。だから瀬田薫、強く生きろよ──

 

 〜

 

 と思ったけど全然普通に家に運び込んで寝かせたし薬局で薬も買ってきてしまった。本当に、本当に不甲斐ないし不本意。エクストリーム不本意。何が楽しくて俺のベストプレイスに瀬田薫を寝かせなきゃならないのか。今夜七時、その真相に迫る! 普通にコイツがベランダでぶっ倒れたからですクソがよ。

 瀬田薫なんて床で寝かせとけば治るよ! 俺の中の天使はそう言った。別にこれに懲りてもう俺の家来なくなったら最高じゃん。俺の中の悪魔はそう言った。

 じゃあなんで俺は瀬田薫を布団に寝かせて熱冷ましシートをそのつるつるのデコに貼ってお粥作ってやってんだろうな。本当に解せない。

 ちょっとばかしの罪悪感を胸に、そっと脇に体温計を差し込む。体温は三十七度八分。一晩寝れば治りそうな温度で、少しだけ安心する。少しだけな。

 俺のベッドでぐうすか寝る薫様は寝顔も儚くてイライラする。寝顔ですら雲泥の差とか、不平等にもほどがあるよな。悔しいのでほっぺを突いてやった。ざまあみやがれ。

 それで目が覚めたのだろうか、薫の目がゆっくりと開いて、俺の方を見る。仕方ない、明らかに寝ぼけているであろう瀬田薫の目を覚ますためだ。

 

「王子様のくせに過労で倒れるとかダッセ! 世界を笑顔にする役者名乗るならスケジュール管理とかもっとしっかりして欲しいですねえ〜!!!」

 

 やったぜ! 渾身の煽りをキメてやった。これは薫様も悔しくてハンカチを噛むだろうと思いきや、反応がない。というか寝てる。寝るなよ。寂しいだろ泣いちゃうだろ。

 

「おーい寝るな! 言っとくけどここお前んちじゃないからな!」

「……んん……瀬田薫記念館かい……?」

「そんなイかれた施設俺が建てるわけないだろ! 俺の家だよ俺の家!」

 

 なんで俺は盛大にスベった挙句瀬田薫の頬をペチペチ叩きながら状況説明をしてやらなければいけないんだろう。瀬田薫の前で可哀想な目に遭いすぎてるな俺。

 ようやく意識がはっきりとしてきた瀬田薫。ここまで二十分かかった。どんだけ寝起きダメなんだよお前。俺よりひどいよお前。

 

「携帯貸して。お前の親御さんに迎えにきてもらえるか聞いてみるから」

「……すまない、その、今日は二人とも家にいなくてね……」

「マジで? 本気で言ってる?」

 

 はっはっはラノベじゃあるまいし! と茶化したが真剣な顔で「今日は結婚記念日だから二人はディナーに行っているんだ」と言われたから引き下がるしかなかった。それは邪魔できないよな。

 ラノベじゃなくてもぶっ倒れた日に両親が家にいないこととかあるんだな。瀬田薫、お前もしかしてラノベ主人公だったりする? 

 でもじゃあコイツどうしたらいいんだろ。この熱で外歩かせるわけにもいかないし、だからといってコイツを預けられる当てもないし……

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜あ! おい薫、宿泊料五億な。倍にして返せよ」

「……泊めて、くれるのかい?」

「まあな。ただ俺は床で寝るから。お前と寝たりなんかしたら子猫ちゃんに刺されそうだし」

「おやおや、そんな寂しいことを言わないでおくれ。この瀬田薫が温めた布団で、君を包み込んであげよう……」

「嫌だって言ってんだろバーカ!」

 

 病人のくせにクソ元気でイラつくなコイツ。病人は病人らしく静かにしてて欲しい。まあ静かな瀬田薫も怖いけどな普通に。美人の真顔ほど怖いものはないってシェイクスピア言ってたし。

 とりあえず作ってたお粥をテーブルに置いて、俺は床で横になる。うっわフローリング硬すぎだろ骨折れるわ。誰だよ床で寝るとか言い出したやつ! 残念、俺だよ。クソボケカスカス死ね死ねキッス。

 

「美咲から聞いたんだ。芳崎くんのような子猫ちゃんのことをツンデレ、と呼ぶらしいとね」

「はは、男のツンデレとか需要ねー」

 

 しかもイケメンならまだしも俺だからな。需要ない通り越して罰ゲームだろ。薫様のツンデレの方が需要あるんじゃない? って言ったら、また変なポーズでそれっぽいセリフを話し始める。楽しそうでなにより。

 

「ふふっ」

「なんで笑うんだよ。俺変な顔してた?」

「いや、違うんだ。君の笑顔が見られたのが嬉しくてね」

 

「え、俺笑ってた?」

「ああ、とても儚い笑顔さ」

「……ふーん、そう」

 

 〜

 

 なんだか、今日は早く目が覚めた。床で寝たからかな。絶対そうだろな。全身のいたるところが痛くて泣きそう。今度薫にソファでも買ってもらおうかな。慰謝料として。

 身体を左右に捻るだけで明らかに人体から鳴ってはいけない音がするが、不思議と目覚めは悪くない。俺って実はマゾだったかもしれないな。

 おはよう薫サマ、と大きな声で挨拶をして返事がないってことはどうせまた寝ぼけてんだろな。お前が目覚め弱いのは昨日で学習済みだよこんちくしょう。まあ薫様の寝顔でも拝んでほっぺでもつついてやろうか、そう思ってドアを開けると薫は何かをじっくり見ていた。

 なんだ、先に目が覚めてたのかよ。別に俺に気なんて遣わなくていいのに。そう思って声をかけようとした瞬間、目に入ったのは。

 まるでテスト用紙に書いたみたいな、飾り気のない素朴なサイン。へにゃりとはにかむ初々しい笑顔。俺にとっての天使だった女の子の遺した、かけがえのない宝物。そんな俺の天使が生きた証を、瀬田薫が勝手に触っている様子だった。

 

「触るな!」

 

 思わず大きな声が出る。薫の身体がびくりと跳ねた。

 

「……俺の宝物なんだよ、それ」

 

 俺がそう言うと、薫は申し訳なさそうに謝る。君の大切なものに勝手に触れてしまってすまない、と。ただ、嬉しくなってしまったんだ、と。

 君が、私のことを、「瀬田薫」のことをずっと前から応援してくれていたことが、すごく嬉しかったんだと。

 

 ──違う。

 

 違う。

 違う。

 違う、違う、違う。

 

 俺が愛していたのは「お前(せたかおる)」じゃない。

 俺が好きだった「あの子(せたかおる)」は、サインに薔薇なんか入れなくて。写真を撮るのに慣れてなくて、視線が泳いでしまうのがしょっちゅうで。少し恥ずかしそうにはにかむ姿が眩しくて、ゆるりと下がる眉毛が綺麗で。薔薇なんかじゃなくて、マリーゴールドが似合うような素朴で可憐な女の子だったよ。

 でも、お前は違うだろ。俺の好きだったあの子をヘルシェイク矢野みたいなナルシスト王子様に変えた犯人は誰だよ。言ってみろよ。

 

「……その子はさ、もう死んでんだよ。その写真とサインだけが、その子が生きてた証」

「何を言っているんだい、芳崎くん。これは演劇に出会ったばかりの私のもので、君がその時から私のことを応援してくれていたのが、ただ……」

「俺が応援してたのはお前みたいな王子様かぶれじゃない! 元はと言えば全部お前が悪いんだ! だって、俺が好きだったあの子を殺したのは他の誰でもないお前なんだからさあ、瀬田薫!」

 

 ああ、言ってしまった。どうせ無駄なのに。こんなことを言ったって、あの子は帰ってこないのに。そんな意味のない八つ当たりをしたって、何も変わらない。けれど、俺が愛した薫ちゃんを目の前にいる瀬田薫に踏み躙られたような気がして思わず語気が強くなる。

 

「よかったな。お前が粘着してた誹謗中傷アカウントの正体はただのキショい反転アンチだよバーカ。あーもう、顔も見たくない」

「……すま、ない」

 

 薫の顔はわからない。てか、見たくない。どうせ、心の中で俺のことバカにしてるだろうから。泊めてくれてありがとう、と力なく微笑んで薫は家を出た。これで、当分会うことはないだろうと思うとほっとする。当分というか、一生会えなくてもいいや。今日で薫だって俺のこと嫌いになっただろ。てか、嫌いになってない方がおかしかったんだよ。

 ああもう消すか全部。芳崎のアカウントもいらない。メッセージアプリもブロックしよう。特大の地雷踏んでくるやつのアンチなんかしなくても生きてけるよ。瀬田薫なんて人間は俺の世界にいなかった。そういうことにしよう。そういうことにしないと、気がおかしくなりそうだった。

 そうすれば俺たちの人生はきっと一回も交わってなくて、俺はあの日君に救われていなくて、俺が君に勝手な期待を抱くこともなくて、俺が勝手に幻滅することもなくて、こんな「芳崎」とかいう醜い偶像崇拝の成れの果てみたいなアカウントができることもなくて。

 そうだよ。最初からなにもなかった。なにもなかったんだ。全部、全部、嘘だった。全部、全部、幻だった。

 ……あーあ、このぐちゃぐちゃの感情もアカウントを消すみたいにパッと消せたらよかったんだけどなあ。

 

 〜

 

 ──えーっと、ねえ、君、今日の合同演劇発表会で王子様やってた羽丘の子で……合ってる? 

「へっ、えっと……そ、そう……だよ」

 ──あのさ、君の王子様役、めーっちゃカッコよかった! 俺、演劇とかあんまり見たことなかったんだけどさ、すごい感動しちゃって! だからさ、サインください! 

「さ、サイン!? わ、私、今日が初めての舞台で……サインなんて書いたことないから……上手に書けないかも」

 ──全然いいよ、どんなサインでも嬉しい! 一生大切にして家宝にするから! 

「……ええっと……いつもプリントに書いてるみたいになっちゃった。こんな感じでもいいかな……?」

 ──うん、もちろん! てか字、キレ〜! すごい丁寧に書いてくれたんだな! めっちゃ嬉しいよ〜。

 ──名前……瀬田薫さんって言うんだ。うん、覚えた! ってわけで、今日から俺が瀬田さんのファン第一号な! あ、もしかして先駆者いたりとかする? いやでも一号は譲りたくないな……

「え、ええっとね……今ならあなたが一号、だと思うよ。……た、多分!」

 ──まじか! やったあ! みんなに自慢して回ろ! あ、てかツーショット! ツーショットもお願いしていいかな!? 

 

 舞台の上で、天使が舞っていた。別にハンマーカンマー的な誇張表現とかでもなく、俺がそういう神様を信仰しているタイプの人間だったわけでもなく。ただ、舞台の上で輝くひとりの王子様が俺には天使に見えた。

 少しだけ緊張が残るような、だけど、その緊張すらも演技に変える彼女の姿が、俺にはひどく眩しく見えて。終演後、舞台の上で恥ずかしそうに微笑む君と目があってから、俺は駆け出していた。ちゃんと最後にキャスト紹介があることにも気づかないまま駆け出したせいで、すごい曖昧な聞き方しちゃって羽丘の人困らせてたけど。

 そうしてついに再会した天使ちゃんは、制服姿の普通の女の子だった。俺を案内してくれた羽丘の先輩らしき人が「瀬田さんに感想を伝えたい男の子がいるんだって」と笑うと、途端に君の頬が真っ赤に染まる。りんごみたいで可愛かった。

 君は、恥ずかしそうにこくり、こくりと頷きながら俺の拙い話を一生懸命聞いてくれて。ああ、舞台の上ではあんなにカッコいいのに、舞台を降りたらこんなに優しくてカワイイ女の子なんだ。そのギャップに、より心を奪われて。俺はすっかり君の虜になっていた。ついでに同い年だった。めっちゃ嬉しい。

 それからというもの、君の、いいや、瀬田薫ちゃんの舞台には欠かさず通った。終演後はいつも下手くそな感想を伝えて、たまに自分でも読めないような汚い字で想いを書き殴ったファンレターを送ったりして。君は、そんな中学生男子特有の見栄と憧れと恋が混ざった何かさえ、優しく笑って受け止めてくれた。

 薫ちゃん! そう言って俺が手を振ると、君はにこりとはにかんで手を振りかえしてくれる。その時間が、大好きだ。薫ちゃんは何回か俺の名前を呼びたいから、と名前を聞いてきてくれたけどそのカワイイ声で本名呼ばれたら鼻血出して死ぬから言えない、ってずっと断り続けてたな。あー、懐かしい。

 でも、そんなアイドルとオタクのハッピーな関係性も長くは続かなくて。少しずつ、少しずつ君との距離が離れていく。

 それに最初に気づいたのは、君の喋り方が少し変わった頃。今までのふわふわした優しい口調が、なんか男っぽい口調に変わって。その時は、少し違和感を感じただけだったけど、少しずつ君が変わっていく様子を、俺はただ眺めることしかできなかった。

 あー、てか。薫ちゃんってこんなにファンいたんだ。それもみんな女の子じゃん。俺だけ男でなんかキモいな。はは。

 薫ちゃん、ファンのこと子猫ちゃんって呼ぶようになったんだ。子猫みたいだったのは薫ちゃんだったのにな。あ、今のキモいな。

 儚いってなんだよ。シェイクスピアってなんだよ。君はそのままの姿が一番素敵じゃんかよ。なんで、なんでそうなるんだよ。

 舞台の下ではふわふわカワイイ君が、舞台の上で王子様になる姿が好きだったのに。普段から王子様になっちゃったらさ、君はいつ舞台から降りてきてくれるんだよ。

 君が少しずつ星になっていく。君が少しずつ遠くなっていく。君が少しずつ死んでいく。あーこれ、俺がおかしいんだろうな。俺が勝手に理想押し付けて勝手に苦しんでるだけなんだし。でも、これじゃあ俺が愛してた薫ちゃんって偶像が、まるで全部嘘だったみたいじゃん。

 なあ、俺のこと子猫ちゃんって呼ばないでくれよ。薔薇とかいらないよ。ただ、にこって笑ってくれればいいんだよ。薫ちゃんは、なんで王子様になるんだよ。俺は、そのままの薫ちゃんが──

 そう言いかけて、口をつぐむ。なあ、知らないでくれ。お願いだから。こんなキモいオタクが公式との解釈違い(笑)で苦しんでる様子なんて一生知らないでくれ。

 俺は、君が、薫ちゃんが、楽しそうに演劇をしてくれればそれでいいんだよ。その時、気づいたんだ。

 

 俺、邪魔じゃんって。

 

 瀬田薫という大スターが歩む華々しい世界に、俺はいらないんだって、ようやく気づいた。いや、今まで気づかなかった方がおかしいんだよ。

 俺は薫ちゃんにとって全然特別じゃなくて、ただのファンAで、いつも終演後握手を口実に手を握ってくるキショいオタクでしかなくて。薫ちゃんが優しいから、こんな俺にも笑顔を向けてくれた。ただそれだけ。それだけの関係だった。

 でもそりゃあ薫ちゃんだって俺みたいな金もなければイケメンでもなくて、的確な感想を述べられるわけでもなくただふんわりとした好きを理由にして偉ぶってる浅いオタクなんかより、自分を熱心に慕ってくれる子猫ちゃんの方が絶対いいよな。てか、なんでもっと早くそれに気づけなかったんだろ。

 あーあ、死にてえ。俺は結局薫ちゃんのファン名乗って薫ちゃんの足引っ張ってただけじゃん。世界へと羽ばたいていく薫ちゃんの大きな翼にしがみついて「過去の君の方が好きだ!」とか泣き喚きながら地面に引き摺り下ろそうとする最悪のオタクだよ。

 ごめんなあ。ごめん。君がどうしようもない俺のことを救ってくれたのに、俺は君に何もしてあげられなくて。なおかつ、勝手に解釈違い起こして死にたくなってて本当にごめん。オタクっていうか俺ってガチでキモいな。死んだ方がいいよ。

 てかもう、逆に覚えてないといいな。君という存在を勝手に偶像にして勝手に救いにして勝手に失望したバカのことなんて。記憶消去パンチが使えたら、今すぐ薫ちゃんの脳みそから俺の存在消すんだけど。

 ああ、消したくないなあ。覚えてて欲しいよ、俺のことずっと。

 気づけばさ、俺はお前が、瀬田薫が憎くなってた。薫ちゃんがいなくなったのはお前のせいだ、とか妄言言い出してさ。

 芳崎のアカウントを作ったのも、俺が高校二年の頃。ちょうど、薫はバンド始めたんだっけな。はは、王子様姿決まってんねー。

 お前(せたかおる)の悪口を言ってる時だけはさ、死んだ薫ちゃんの幻影に苦しめられずに済んだんだ。全部、薫のせいにできたから。みにくい偶像崇拝の成れの果てが、こんな結末なんて。シェイクスピアもびっくりの悲劇だろうな、これ。

 俺の愛した薫ちゃんはもういない。だから俺の生活から瀬田薫を追い出そう。そう思ったのに、君の舞台を見るのがやめられない。その輝きだけは、あの頃と変わっていないから。それが余計に苦しかった。

 痛みの数だけツイートが増えていく。愛が憎しみにすり替わって、死んだ薫ちゃんへの恋文がただのストレス発散の道具に変わっていく。

 全部、全部君が悪いんだよ。君と出会わなければ、俺、こんなにキモくなってなかったよ。いっそインターネットで俺の顔写真と住所と本名晒して俺のこと殺してくれねえかな。きっと無理だろうな。瀬田薫は、優しいから。

 あーあ。思えば、薫と会うようになってから全然ツイートしてなかったな。

 

 なあ薫。こうして薫と一緒に過ごすの、実はすごい楽しかったよ。こんなナリでもなんだかんだ薫のこと好きだったから、すごい嬉しかった。

 薫が俺のこと必要としてくれて、俺に会いに来てくれて、俺の名前を呼んでくれて。キショオタクにとってさ、こんなに嬉しいことってないよ。

 なんであんなしょーもないことでキレて追い出しちゃったんだろうな。バカみてえ。せっかく俺に優しくしてくれた薫のこと傷つけて、薫と過ごした日々全部パーにして。あー! 死にてえー! 死のうかないっそ。

 ……そう言ってるけど、結局死ねないんだよな。今度あるハロハピのライブ、行きたいし。まるで子猫ちゃんみたいなこと言ったな俺。

 薫ちゃんや薫と過ごした日々を回想して死にたくなる夜を何度繰り返しただろう。秋の夜長、あまりにも長すぎだろ。キレそう。

 あの時垢消ししてからトゥイッターも一切見てないしメッセージアプリはトークルームごと消したし。とにかく、君を思い出すものを視界に入れたくなかった。

 俺って本当に情けない! 女々しい! キショい! 死にたい! を繰り返す夜は長い。本当に辛い。

 どんだけ忘れようとしてもさ、瀬田薫が頭にこびりついて消えないんだ。あそこのダイニングでは瀬田薫が優雅に麦茶飲んでるし、そこのベッドでも寝ぼけた瀬田薫がまた自画自賛してる。電源の切れたインターホンには、瀬田薫の顔がドアップになった履歴が嫌というほど残ってる。全部全部、消えないんだ。君といた記憶が、君と過ごした日々が、消えてくれないんだよ。

 あー、俺、ちゃんと瀬田薫のこと好きだったんだ。こんなキモい好きバレあるかよ。あるよ。俺が証人だよ。

 ブロックしてるから届かないのに、お前から瀬田薫実写スタンプが来るのを待ってる俺がいる。あの鬱陶しいドヤ顔も、今じゃめちゃくちゃ恋しいや。

 でもまあ、絶対嫌われたしな。俺だったら俺みたいなやつともう一回仲良くしましょう! って言われたらブン殴ってそんまま帰るよ。それぐらい、俺は最低最悪の男だし。

 ピコン、と通知が鳴る。つい、胸が高鳴る。いや、瀬田薫からじゃないとわかってるけど、つい。あーもう、全部全部遅すぎだろ俺。こんなんだから弱者男性なんだよバーカ。

 メッセージの主は弟だった。内容は「兄さん ウェックス 見て」だけ。一瞬ウェックスが何のことかわからなかったけどあっコレトゥイッターか。

 何も知らない弟に「嫌だよ瀬田薫のこと思い出すから……」と言うわけにもいかない。てかなんで普段トゥイッター見ない弟がこんなメッセージ飛ばしてくるんだ? とりあえずなんで? と返すと即座に「だから今すぐ見て!」と返事が来る。

 仕方がないなあ、と思いふだんつかわない趣味のゲームアカウントからトゥイッターを開く。別にいつものTLじゃんね。トレンドもいつも通り男女が争……は!? 芳崎!? トレンドに芳崎!? なんで!? どうして!? 意味がわかんねえよ! 

 恐る恐る芳崎と調べてみた。一番最初に目に入ったツイートの内容を見て、俺は思わずベッドから転げ落ちる。なんということだろうか、「私の大切なソウルメイトである芳崎くん、という男の子を探しているんだ」というツイートと共に俺の顔写真が貼られている。ふざけるな肖像権って言葉知らねえのか。

 リプや引リツ、最新ツイートには俺を探そうとする子猫ちゃんたちの声、あと俺の名前を含んだインプレゾンビ、一部の瀬田薫オタクによる俺への罵詈雑言。おいどうしてくれるんだよ。取り返しつかなすぎるだろ。

 とにかく、自他共に認めるネットリテラシー完璧アカウントであるこの「芳崎」の顔面を知る女はこの世界にひとりしかいない。

 とにかく、大急ぎでアカウントを復活させる。させる気なかったのに。そのまま、恐る恐る俺の顔写真をツイートしやがったバカアカウントである「瀬田薫」にDMを飛ばす。

 

『お前今どこいんの?』21:28

『君の家の前だよ、子猫ちゃん』21:29

『バッッッッッカ野郎!!!!! 今行く!!!!!』21:29

 

「おい薫! 何勝手に俺の顔写真ツイートしてくれちゃってんだ!? しかもご丁寧にIDまで添えて! 肖像権侵害にも程があるぞお前小学校から勉強やり直せ──」

「会いたかった」

 

 流石にこの個人情報晒しバカに一言文句を言ってやろうと居場所を聞いたら家の前にいるとかふざけやがって。俺は急いで玄関に飛び出し勢いよくドアを開けた。

 そのままバッチリ法律についてお勉強させてやろうかと思っていたが、いきなり抱きしめられたことにより全ての思考が吹っ飛ぶ。え? なんで? なんで俺は個人情報を晒された上に抱きしめられている? 本当になんで? 

 

「ああ、良かった。本物の芳崎くんだ。……ふふっ」

「いや全然ふふっじゃないですけど。一体何してくれてんのお前?」

「理由も何も……私はただ、君に会いたかったのさ」

「説明になってねえ!」

 

 なんでこんなに冗談通じねえ化け物になっちゃったんだよコイツ。薫ちゃん時代はもう少し意思疎通図れたよ。でも、不思議とこのやりとりに安心している俺もいて。

 ああ、そっか。薫、俺のこと探してくれてたんだ。手段は最悪だけど、俺に会いたいって思っててくれてたんだ。手段は最悪だけど。ちょっとだけ、嬉しくなっちゃうじゃんか。手段は最悪だけど。

 

「はあ……ほんと、逆に安心したよ。いつも通りすぎるくらい、いつも通りのお前で」

「フフ、芳崎くんも変わらずツンデレ……だね」

「ここまでされたのに俺のことツンデレって捉えられるの逆にメンタル強いよなお前って」

 

 こうして軽口を叩き合えるのが、どんなに嬉しいか。そんな日々が、俺にとっての、こんな俺にとっての宝物だったんだ。

 だから、謝らないと。今までのこと、これまでのこと。全部全部謝った後、この気持ちに終止符を打って、これからはただの観客Aに戻ろう。これが、俺みたいなキモオタクを救ってくれた君に俺にできる、最期の贖罪だから。

 

「薫、今まで本当にごめん」

「この前はほんと、大人気なくてごめん。めちゃめちゃ理不尽な理由で怒ったりとかして。それに、芳崎のことも。君の名前のハッシュタグつけて、ヘルシェイク矢野みたいとか言って、本当にごめん。これ読んだ薫が傷つくの、わかってたのに、俺の自己満足のためにひどいことばっか投稿してた」

「薫は覚えてないかもしれないけど……俺、昔薫のファンだったんだ。舞台の上でキラキラ輝く君が大好きだった。舞台の下のふわふわした君が好きだった。ごめん、撤回するよ。薫ちゃんは死んでなんかいなくて、今でもお前の、薫の中に──」

 

 懺悔と後悔が止まらない。でも、これが俺にできる最大限の誠意で、最大限の告白で。そのままなんとか次の言葉を紡ごうとした。が、上手く喋れない。なぜなら。

 薫が、俺の唇を指で止めていたから。

 

「ふふっ、芳崎くん。『長い話は百四十字まで』だよ」

「お前、それ……」

「他の誰でもない、君の言葉さ」

 

 ああ、そっか。俺の好きな、俺が好きになった瀬田薫って、そんな子だったなあ。そんな君が、俺は好きだった。大好きだった。今も、ずっと。これからもずっと。

 君は変わっていく。きっと、これからもっと、輝きを増していく。光を纏っていく。でも、根本的なところは何にも変わらないんだろうな。そんな君が、好きだ。

 それに対して、俺は何にも変わらない。逆に欠点が増加していく。マジで瀬田薫の対義語だな俺。きっと薫みたいなやつが主人公の中、俺はそれを僻んで羨んで焦がれるただのモブ。ああ、なっさけね。

 だからさ、百四十字で伝えるよ。てか、百四十字もいらない。文字数多いと普通に読みづらいしな。

 

「薫、ツイート。俺の最新ツイート、見てみ」

「……これかい?」

「そうそう。それ」

「おやおや、随分と現代的なアプローチだね」

 

 そう言って、薫は微笑む。まあ、これがインターネットイキリオタクらしい俺のやり方かなって。どんな内容をツイートしたかは、薫と俺しか知らない。と思ったけど全世界に向けてツイートしてたわ。まずい。死のう。

 

「うわ〜〜〜!!! 恥ずかしい!!! 急に恥ずかしくなってきた!!! ごめん薫今からツイ消ししてもいい!? てか消す! 消させてください!」

「どうしてだい? 私は素敵なアプローチだと思ったのだけれど……それにもう、君の儚いポストはリポスト、してしまったよ」

「バカ! バカ! バーカ! こんなクソダサいデジタルタトゥー告白リポストするバカがいるのか!? いるなあ! 瀬田薫って言うんですけどお!」

 

 もうやだ! 死ぬ! インターネットなんてカスです! インターネットはクソです! ちげえよ俺のリテラシーがカスなだけだよこんちくしょう! 

 今まで数々の痛いアカウントを冷笑してきた俺が、今や世界で一番痛いアカウントと化した。殺して。本当に殺して。もうダメだ涙が止まらない。殺してくれ、俺を。もう捨てる恥もなくなった俺はそのまま玄関に座り込んで大声で泣き出す。

 

「そうだよ聞いてるか全世界! 俺さあ、薫のことめっちゃ大好きなんだよお〜! ずっと前から! 出会った時から! ずっとずっと大好きだよお〜! てか何年俺がお前のこと好きだと思ってんだよばかあ〜! うわあ〜〜〜ん!」

「だ、大丈夫かい!? は、ハンカチ……ハンカチだよ、芳崎くん……!」

「う……ぐすっ。ありがとな薫、それじゃあご厚意に甘えて……ちーん!」

「鼻を噛むのかい!?」

 

 ごめんな薫のハンカチ。後日洗って返すわ。てかもう俺本当に情けなさすぎる。死んだ方がいい。インターネットイキリオタクの成れの果てがこれですよこれ。みんなはこうなるなよ。

 あーやだな、こんな情けない姿見せて薫に嫌われたくない。こんなキモくてダサい姿を見せたら、幻滅されそうで怖いよ。でも、それでも、やっぱり好きになって欲しいよ、こんなダメな俺ごと。

 

「なあ薫、俺のこと、好きになって。薫がいないと、寂しくて死にそうになるんだよ、俺。こんなに好きにさせておいてさ、ひとりになんかしないでよ」

 

 それはまるで、恋のような、祈りのような、憧れのような、決意のような。いやそんな高尚なもんでもないわ。ただキッショいイキリオタクがわがまま言って瀬田薫に泣きついてるだけだわ。

 薫と目が合う。涙のせいでちょっとだけ視界が歪んでる。でも、薫は笑っていた。あの日からずっと変わらない、優しい笑顔で。

 

「私も君のことが大好きだよ、芳崎くん。初めて舞台に立った私に好きだと言ってくれたあの日から、ずっと」

 

 綺麗だ。綺麗だなあ。間違いなく、君は俺の天使だ。こんな俺が誰かのこと天使なんて崇めたてるなんてめちゃめちゃキモいけど、それぐらい君は天使だ。てか、俺のこと、ちゃんと覚えててくれてたんだ。てっきり忘れてると思ってたのにな。ああ、嬉しいなあ。嬉しすぎて死ぬかもしれないわ、俺。

 でも、えっと、薫のことだからワンチャン認識のすり合わせができてない可能性があるんだよな。薫、マジで恋とか愛とか知らないで育ってきてそうだもんな。てか俺の知らないとこで芽生えてたら今頃俺海に身を投げてるよ悲しくて。

 

「一応聞くけどさ。薫の好きって、どっちの意味?」

「? 親愛なるソウルメイトとして……かな」

「いやだからどっち? 恋愛? 友愛? その認識合ってないと俺が大っ恥かくんだけど」

「何を言うんだい、君は私にとって儚いソウルメイトさ……」

「だからどっちだよ! 言えよ!」

 

 こう言う時の薫の曖昧な言い方すげえ腹立つな。かわいいっちゃかわいいけどダルい。もう少しはっきり言ってもらわないとわからねえよ俺バカだから。

 俺にクソダサデジタルタトゥーを刻ませといて自分は儚いのポーズを取って誤魔化すの、「逃げ」だろ。俺そういうのよくないと思うよ。不平等だから。

 薫が俺の肩をとんとん、と叩く。少しだけいたずらに笑うその笑顔さえ、ひどく綺麗だった。

 

「実は、君と初めて出会ったあの日からずっと君の本当の名前を呼びたかったんだ。今、呼んでもいいかい?」

「なんで今更……別にいいけど」

 

 そう言って、薫はそっと自分の顔を俺の耳元に寄せる。吐息がかかりそうなぐらい近い距離に、眩暈がしそうだ。ふと、君を見る。近いね、と恥ずかしそうにはにかむ姿が愛おしい。

 薫はまるで内緒話をするみたいに、俺の名前を呼ぶ。何度も何度も、嬉しそうに名前を呼んでくれる。そんな連呼しなくてもいいのになあ、なんて思いながら君を見る。その長い横髪の隙間からちらりと見えた頬は、あの時と同じりんご色。

 ああ、なんだ。全然わかりやすいじゃん。


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