更新遅刻遅刻!すみません!
ダンブルドア先生が自伝を書くとも書かないとも言わないうちに、校長室の扉が開いた。
最初に入ってきたのはシリウスだった。
その後ろにフェルディナンド先輩、アルバス、スコーピウス、リラが続く。
そして、なぜか最後にスネイプ先生がいた。
いつも以上に機嫌が悪そうだったので、なぜここにいるのか尋ねるのはやめた。スネイプ先生は、必要があって来た時でも、誰かに無理やり連れてこられたような顔をする。
「校長、確認は終わりました」
スネイプ先生は校長室に入るなり、黒いローブの内側から小さな薬瓶を取り出した。
リラが未来から持ってきた、わたしの病気を治すための薬が入っている瓶だった。どうやら彼女はスネイプ先生に渡す用にもう一つ持ってきたみたいだ。
「成分と作用を調べましたが、少なくとも、ローゼマインの身体に蓄積された魔力を、外へ逃がせる状態にする効果はあるようです」
「では、完全に治るんですか?」
「人の話を最後まで聞け」
期待して身を乗り出したところを、すぐに戻された。
「完治という言葉を軽々しく使うつもりはない。生来の虚弱体質まで改善される可能性は低い。熱を出しやすいことも、体力がないことも、今後一切なくなるとは保証できん」
「そこは治らないんですね」
「未来の薬を一瓶飲めば、何もかも都合よく解決するとでも思ったか」
少しだけ思っていた。
超健康優良児になれると期待してしまっていた。
「しかし、魔力を体内へ溜め込みすぎる症状は抑えられる。魔力の圧力によって臓器が傷つく危険も、ほぼなくなるはずだ」
スネイプ先生は薬瓶を机へ置いた。
「作り方は聞いたから、適切に服用を続ければ、寿命も通常の魔女と大きく変わらなくなるだろう」
一瞬、意味が分からなかった。
「通常の魔女と……同じ?」
「同じとは言っていない。大きく変わらないと言った」
「どのくらいですか」
「少なくとも、若いうちに魔力に身体を壊されて死ぬ可能性は低くなる」
スネイプ先生の言い方は、相変わらず喜ばせる気がまったくなかった。
けれど、言葉が胸の奥へ落ちてくるまで、少し時間がかかった。
もっと本を読める。
新刊の続きが出る前に死ぬこともない。未完のシリーズを残して、続きを知らないまま終わる可能性も減る。
もしかしたら、魔法界の本を読み尽くせるかもしれない。
「よかったな」
フェルディナンド先輩が言った。
いつもの落ち着いた声だった。
わたしより先に安心してはいけないとでも思っているように、顔にはほとんど出していない。それでも、肩からわずかに力が抜けていた。
「ありがとう、リラ」
「どういたしまして」
リラは得意そうに胸を張った。
「薬そのものは有用だ」
スネイプ先生が冷たく言った。
「だからといって、改造した逆転時計を使い、時代を越えて薬を持ち込んだ行為まで正当化されるわけではない」
リラはスネイプ先生の説教が始まった途端、スコーピウスの後ろに隠れた。
「未来の薬品を過去へ運ぶ危険性。材料の年代差。服用者の身体への影響。そもそも時間移動そのものが──」
「もう使いません」
アルバスが言った。
スネイプ先生は止まらなかった。
「貴様らは一度時間を変えた結果、どれほどの事態を引き起こしたか理解して──」
「本当に、もう使いません」
スコーピウスも続ける。
「今回だけです」
リラまで加わった。
三人の声が、少しずつ小さくなる。
「反省している者は、今回だけなどという言葉を使わん」
スネイプ先生は、未来の生徒にも容赦がなかった。
未来でも教師をしているのだろうか。
していないとしても、説教だけは時代を越えて通用しそうだった。
「ところで」
わたしはアルバスを見た。
「アルバスという名前は、ダンブルドア先生から取ったの?」
アルバスは少し姿勢を正した。
「そうだよ。父さんがつけたんだ。フルネームだと、アルバス・セブルス・ポッター」
アルバスは堂々と名乗った。
ダンブルドア先生の目がわずかに丸くなり、そのあと、ひげの奥が少し緩んだ。
「そうか。わしの名を」
かなり嬉しそうだった。
「待って」
ロンがアルバスを指した。
「セブルスだって?」
ハーマイオニーもスネイプ先生を見た。
ジニーは、アルバスとハリーとスネイプ先生を順番に見比べている。
「どうしてスネイプ先生の名前がミドルネームに?」
「僕が知るか」
ハリー本人が言った。
「あなたの息子でしょう」
「きっとセブルス違いだ」
全員の視線がスネイプ先生へ集まった。
スネイプ先生の顔が、心底不愉快そうに歪んだ。
「私が名付けたわけではないが」
「でも、ハリーの子どもだろ?」
シリウスが低い声で言った。
先ほどまでわたしの寿命の話に安心していた顔が、一気に険しくなっている。
「どうしてよりによって、こいつの名前が入ってるんだ!」
「詳しくは父さんに聞いてください」
アルバスが答えた。
「父親はここにいるけど」
「まだたぶん分かってないので言えないです」
「僕だって、将来の僕が何を考えてるのか分からないよ。なんでダンブルドア先生の名前の隣にスネイプの名前を並べるんだよ」
ハリーが額を押さえた。
自分の子どもに、自分がつける名前の理由を聞かれて困っている。
あまり経験できることではない。
「スネイプ先生じゃよ、ハリー」
ダンブルドア先生は優しくたしなめた。
「ちなみに、兄の名前はジェームズ・シリウス・ポッターです」
アルバスが付け加えた。
シリウスの眉間の皺が消えた。
「そうか!」
声まで明るくなった。
「ジェームズ・シリウスか。最高じゃないか! そいつの顔が早く見たいぞ」
「さっきまで名前の付け方に文句を言っていたでしょう」
ハーマイオニーが言った。
「俺とジェームズの名前なら話は別だ」
「未来のことを、これ以上話しすぎるのはやめよう」
スコーピウスが静かに言った。
言い方も、少し顎を上げる仕草も、ドラコによく似ている。
金髪と青白い顔だけではない。黙っていても、誰の子どもなのか分かる。
そう思った途端、急にドラコに会いたくなった。
神秘部へ行く前から、まともに話せていない。
その時、校長室の外から硬い靴音が響いた。
扉が勢いよく開く。
「校長!」
マクゴナガル先生が、怒りを隠す気もなく入ってきた。
「校長室の前で、何が起きていると思います?」
ダンブルドア先生は、少し考えた。
「わしの自伝の出版を求める読者がもう集まっておるのかの?」
「ガーゴイルに向かって、生徒たちが菓子の名前を叫び続けております!」
校長室の入口から、聞き覚えのある声がした。
「レモン・キャンディ!」
「違う。次はカボチャ・パイを試そう」
「糖蜜タルトはもう言ったわ」
「マシュマロ・ムーンは?」
聞いたことがあるような声だった。
「入れてあげてはどうかの」
「最初からそうしてください!」
マクゴナガル先生が杖を振ると、扉の向こうから生徒たちが雪崩れ込んできた。
パドマ、アーニー、ルーナ、アストリア。
そして、ドラコ。
「マイン!」
アストリアが真っ先に駆け寄ってきた。
「怪我は? どこか痛くないですか?」
「大丈夫です」
「本当に?」
その後ろから来たドラコは、すぐには何も言わなかった。
わたしの顔、腕、破れたローブを順番に確認し、最後に足元まで見た。
「無事ならいい」
それだけ言って、ドラコはわたしを抱きしめた。
アストリアとドラコは、本当にわたしを心配して来たらしい。
パドマとアーニーは二人とも手にメモ帳を持っていた。
パドマは校長室へ入った時点ですでに羽ペンを構え、アーニーは部屋にいる人物を数えている。
「魔法省神秘部に闇の帝王が現れたという情報は事実?」
「白銀卿とロックハートの関係は?」
「闇の帝王の目的は何だったのでしょう?」
「ちょっと待って」
わたしは片手を上げた。
「ここは取材の場じゃないし、何も話せないよ」
「話さないとも言っていないわ」
パドマの羽ペンが止まらない。
「速報には締め切りがあるのよ」
「ついさっき戦いから帰ってきたところなのに」
「だから価値があるの」
記者は恐ろしい。
「ファッジ大臣は、本当に小鬼をパイにして食べてしまうの?」
ルーナが尋ねた。
パドマの羽ペンが止まった。
「何の話?」
「魔法省の地下では、大臣に逆らった小鬼をパイにする炉があるって、お父さんが聞いたの」
「ありません」
ハーマイオニーが即座に否定した。
「本当に?」
「本当よ」
「じゃあ、炉だけあるのかも」
「ありません」
ルーナはメモを取った。
何を記録したのかは見ない方がよさそうだった。
「おい」
ドラコが、スコーピウスを見ていた。
スコーピウスもドラコを見ている。
二人は驚くほどよく似ていた。
髪の分け方まで同じではないのに、相手を観察する時の目つきと、すぐに感情を見せまいとする顔がそっくりである。
「君は」
ドラコが言葉を選ぶ。
「僕の……」
「あなたは僕の……」
「未来の話は控えるんじゃなかったの?」
リラの発言にスコーピウスがわずかに笑った。
「それくらいは、もう分かっている」
「そうだね」
スコーピウスはドラコの前へ進んだ。
「あなたの長年の望みを、一つ叶えました」
ドラコの眉が動く。
「マインの薬か」
「うん。完治とは言えないけれど、寿命は通常の魔女と変わらなくなるはずです」
ドラコはすぐにわたしを見た。
「本当なのか?」
「スネイプ先生が確認しました」
「私の見立てでは、な」
スネイプ先生が付け加える。
ドラコは息を吐いた。
安心したように見えた。
けれど、完全には表情が晴れなかった。
スコーピウスはそんなドラコの顔をじっと見たあと、少し声を落とした。
「それから、もう一人についても、心配はいらないですよ」
ドラコの顔が固まった。
「……そうか」
「うん」
わたしは二人を見比べた。
「もう一人?」
ドラコは答えなかった。
スコーピウスも、未来のことは話せないという顔をしている。
「誰のこと?」
「今は知らなくていい」
ドラコが言った。
「わたしに関係がある人?」
「知らなくていいと言った」
「関係があるんだ」
「マイン」
フェルディナンド先輩が、深入りするなという目でこちらを見た。
知ってはいけないと言われると、知りたくなる。
本を途中で閉じられたような気分だった。
「時間だよ」
リラが言った。
三人が持っていた逆転時計が、淡い光を放ち始めている。
「もう行くのか?」
ハリーがアルバスを見た。
アルバスは一瞬だけ迷い、それからうなずいた。
「うん。ここに長くいすぎると、また何か変わるかもしれないから」
「もう十分変えたと思うけど」
ロンが言った。
「だから帰るんだよ」
スコーピウスが答える。
リラはわたしに向かって手を振った。
「薬、ちゃんと飲んでね」
「もちろん」
「勝手に量を増やさないで」
「うん」
「本を読みながら飲み忘れないで」
「……努力するよ」
「そこは約束して」
薬に関しては、未来のわたしも信用されていないらしい。
アルバスがハリーを見た。
「またね、父さん」
ハリーは返事に少し詰まった。
「ああ。また」
スコーピウスはドラコへ向き直り、軽く頭を下げた。
ドラコは何も言わなかったが、目をそらさなかった。
三人を光が包む。
次の瞬間には、そこには誰もいなかった。
逆転時計の金属音だけが、遅れて小さく響いた。
「もっと未来の話を聞きたかったのに」
ロメルダが残念そうに言った。
「ハリポが誰と結婚するのかとか、ブクマちゃんの相手が誰なのかとか」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
ハリーが顔をしかめる。
「重要じゃん」
「重要じゃない」
「ブクマちゃんは気にならないの?」
「うーん、本をたくさん持ってる人だといいなとは思うけど」
「この恋愛音痴!」
未来のわたしが誰と一緒にいるのか。
スコーピウスが言った「もう一人」が誰なのか。
知らない未来はいくらでもあった。
ダンブルドア先生は、三人が消えた場所を見ながら、穏やかに笑った。
「そう遠くない未来に、また会えるじゃろう」
「また逆転時計で戻って来るんですか?」
「いや」
ダンブルドア先生は、みんなを順番に見た。
「今度は君たちの未来で、ということじゃよ」
ちょっと短めでした。次は番外編のマルフォイ家の家族会議です。