本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。 作:bookworm
その日の魔法書研究会は、開始五秒で空気が死んだ。
原因は本ではない。
日刊予言者新聞の朝刊だった。
もっと正確に言うなら、リータ・スキーターの書いた、とても暖炉にくべたい紙だった。
*
炎のゴブレット、異例の4人目を選出
ハリー・ポッター、ブラック家の次なる後継者か
【ホグワーツ=リータ・スキーター】三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)の代表選手が発表された。ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの各校代表に加え、ハリー・ポッター氏が4人目の代表選手として選ばれた。参加資格年齢を下回るポッター氏の選出は会場に大きな衝撃を与え、大会は開始前から波乱を呼んでいる。
今年の代表選手は、実力だけでなく、その華やかな顔ぶれでも注目を集めている。
ダームストラング代表は、世界的なクィディッチ選手として知られるビクトール・クラム氏。名が呼ばれた瞬間、大広間には当然のようにざわめきと歓声が広がった。
ボーバトン代表は、トム・ジェドゥソール氏。端正な物腰と涼しげな笑みで、すでにホグワーツ内でも少なからぬ注目を集めているという。彼の一挙手一投足を追う生徒たちの姿は、代表選手というより、若き社交界の星を見るようでさえある。
そしてホグワーツ代表は、フェルディナンド・ブラック氏。若くして周囲を黙らせる才覚と、古き名門ブラック家の名を背負う人物である。その選出は、競技上の実力だけでなく、ブラック家の将来をめぐる憶測にも新たな火を投じた。
そこへ現れたのが、4人目の代表選手、ハリー・ポッター氏である。
「僕は自分で名前を入れていません。誰かが僕の名前を入れたんです」
ポッター氏は本紙の取材に対し、そう語った。
ポッター氏は幼少期に両親を失い、額に残る傷跡とともに「生き残った男の子」として魔法界に知られてきた。今回の異例の選出は、本人の意思とは無関係に、再び彼を危険な舞台へ引き戻したようにも見える。
彼は単なる被害者なのか。
それとも、何者かが彼を選ばなければならない理由があったのか。
今回の不可解な選出を、単なる事故として片づけてよいのだろうか。
本紙が注目するのは、ポッター氏本人の意思ではない。
その背後にある、古き名門の名である。
ブラック家だ。
フェルディナンド・ブラック氏は近年、ブラック家の将来をめぐる噂の中心に立つ若き人物である。才覚、血筋、そして周囲を黙らせるだけの存在感。彼を「次代のブラック家を担う人物」と見る声は少なくない。
フェルディナンド氏の母は現在、アズカバンに収監されているとされる。シリウス・ブラック氏をめぐる一連の事件以降、ブラック家の名は魔法界でたびたび疑惑とともに語られてきた。その渦中で、関係者の間では、フェルディナンド氏が当主の座を狙っているのではないかと密かに囁かれている。
フェルディナンド氏は、本紙にこう語った。
「相応しい者が当主になるべきです」
同氏は校内でもトップクラスの成績を収め、卒業後は魔法省入りも視野に入れているという。学業、血筋、野心。そのすべてが、今回の代表選出によって一つの舞台に集まった。
「家名は、持っているだけでは意味がありません。背負えると示す必要があります」
この言葉は、名門の責任を語るものなのか。
それとも、ブラック家を再び掌握しようとする若き野心家の宣言なのか。
トライウィザード・トーナメントは本来、学生たちの国際親善競技である。だが、フェルディナンド氏にとっては、それ以上の意味を持つのかもしれない。
炎の前に立つ彼が狙うのは、優勝杯だけなのか。
それとも、その先にあるブラック家の当主の椅子なのか。
一方、ポッター氏と深い関係を持つシリウス・ブラック氏もまた、ブラック家の名を持つ人物である。
シリウス氏は本紙の取材に対し、名付け子であるポッター氏を将来的な継承先として考えたことがあると認めた。
「ハリーを後継者争いに巻き込むつもりはなかった。ただ、ハリーこそブラック家を継ぐのにふさわしい」
ポッター氏はブラック家の血を引く者ではない。
だが、魔法界における家の継承とは、必ずしも血だけで決まるものではない。財産、遺言、後見、政治的な支持。そして何より、誰を「次代の顔」として立てるかという判断が絡む。
フェルディナンド氏がブラック家の若き当主候補として注目を集めるなか、シリウス氏が名付け子であるポッター氏を、別の後継候補として意識していた可能性は否定できない。
そして、そのポッター氏が今、フェルディナンド氏と同じ舞台に立たされた。
ある関係者は本紙にこう語る。
「ブラック家の名を背負う代表として、フェルディナンド・ブラックに注目が集まりすぎていた。そこへハリー・ポッターが4人目の代表選手として現れた。どういう意図があったのか、想像はつく」
実際、ホグワーツ内の関心はすでに分散している。
シリウス氏が名付け子を使い、フェルディナンド氏に対抗する一手を打ったと断定することはできない。
だが、シリウス氏自身がポッター氏を将来的な継承先として考えたことがある以上、今回の選出をブラック家の内紛と切り離して考えるのは、あまりに素朴ではないだろうか。
一方で、別の見方もある。ポッター氏の突然の選出は、フェルディナンド氏自身にとって都合がよすぎる、というものだ。ブラック家の名を背負う若き代表選手が、魔法界でもっとも有名な少年を同じ競技の場に引きずり出し、その実力差を示す機会を得たとすればこれは単なる偶然なのだろうか。ある生徒は「フェルディナンド・ブラックなら、ハリーを黙らせるために舞台ごと用意しても驚かない」と語った。
もちろん、大会そのものへの期待も高い。
クラム氏はすでにクィディッチ界で世界的な名声を得ており、代表選手の中でも知名度は群を抜く。
「勝つために来ました」
クラム氏は短く語った。一方で、クィディッチ選手としての評価については、「箒に乗っている時だけが自分ではありません」とも述べた。今回の大会は、同氏にとってクィディッチ以外の力を示す場にもなりそうだ。
ジェドゥソール氏にも、生徒たちの視線が集まっている。優雅な立ち居振る舞いと底の見えない落ち着きは、早くも一部の生徒の間で熱を帯びた噂を生んでいる。
なかでも注目を集めているのが、ボーバトンの美貌の生徒フラー・デラクール嬢との距離の近さだ。二人が親しげに言葉を交わす姿はたびたび目撃されている。
だが、第一の課題を前に、最も大きな疑問を背負っているのは、やはりハリー・ポッター氏である。
彼は本当に、炎のゴブレットに選ばれたのか。
それとも、古き名門ブラック家の盤上に置かれた、最も有名で、最も扱いやすい駒だったのか。
魔法界の視線は今、代表選手たちへ注がれている。
その炎の中心で、ブラック家の未来もまた、静かに揺れ始めている。
*
わたしは記事を二度読んだ。
三度読んだ。
やっぱり意味が分からなかった。
「……燃やす?」
読み終わったあと、ロンが言った。
「だめよ。証拠だから」
ハーマイオニーが即答した。
「証拠って、犯罪の?」
「ある意味では」
パドマが低い声で言った。
わたしはハリーに聞く。
「ハリー、ブラック家の当主になるの?」
「ならない!」
ハリーが即答した。
「じゃあ、この記事は誤報ってこと?」
「嘘……なんだけど……」
ハリーの声がそこで弱くなった。
全員の視線がハリーに集まった。
「ハリー」
ハーマイオニーがとても静かに言った。
その声は、図書館で騒いだ一年生を注意するマダム・ピンスより怖かった。
「説明して」
「いや、違うんだ。本当に違うんだよ」
ハリーは両手を振った。
「僕はブラック家の後継者じゃないし、なりたいとも思ってないし、そもそもブラック家って名前からして重いし、屋敷は暗いし、家系図は人を焼くし」
「最後の情報、かなり重要じゃない?」
わたしは思わず言った。
「家系図の人を焼くの?」
「壁に書かれた家系図の中の名前を焼くんだ。シリウスは焼かれたって」
「本にやったら絶対許さない」
「そこじゃないだろ」
ドラコが額を押さえた。
パドマは新聞を指で押さえたまま、真剣な顔をしている。
「問題はここよ。この記事は、ハリーがブラック家の後継者だと断定しているわけじゃない。でも、そう読ませるように書いてある」
「つまり、読者の頭の中で勝手に相続させる記事?」
わたしが聞くと、パドマは少しだけ目を瞬いた。
「……ひどいけど、だいたい合ってる」
「ハリー、確認するわ。シリウスがあなたを将来的な継承先として考えたことがある、という部分。これは本当?」
ハリーは、ものすごく嫌そうな顔をした。
「……たしかに、クィディッチ・ワールドカップのときにシリウスはそんなようなことを言ってた」
「言ってたのか」
ドラコが冷たく言った。
「言ってたけど、この記事みたいな意味じゃない!」
ハリーは慌てて言った。
「シリウスは、僕をブラック家の当主にしようとか、フェルディナンド先輩に対抗させようとか、そんなことを考えてたんじゃない。ただ、もし自分にもフェルディナンド先輩にも子どもが生まれなかったら、ブラック家のものをどうするかって話で……魔法省に取られるくらいなら、僕に残した方がいいって」
「人が大勢いる場所でするには十分に危険な発言だな」
ドラコが言った。
「ドラコ!」
「政治的に危険という意味だ」
「言い方!」
「あと、シリウス・ブラックらしい軽率さだ」
「それは……否定できないけど!」
ハリーが苦しそうに言った。
親しい人をかばいたい。でもかばいきれない。そういう顔だった。
「でも、当主はフェルディナンド先輩だよ」
ハリーはきっぱり言った。
「僕じゃない。ブラック家のことは、僕よりフェルディナンド先輩の方がずっと分かってるし、そういう立場だし、そもそも僕はポッターだ」
フェルディナンド先輩も記事を受けて久しぶりに魔法書研究会に顔を出していた。
表情は静かだった。
静かすぎて、新聞の方が先に謝った方がいいのでは、と思った。
「ハリーがブラック家の当主になる予定はない」
先輩は言った。
「ほら!」
ハリーが勢いよく言った。
「フェルディナンド先輩が言った!」
「ただし」
「ただし?」
ハリーの声が裏返った。
「シリウスがそのような可能性を考えたことがあるなら、記事の一部は完全な虚偽ではない」
「そこを言わないでほしかった!」
ハリーが机に突っ伏した。
ロンがぽんぽんと背中を叩いた。
「大丈夫だ、ハリー。お前がブラック家当主になっても、僕は友達でいる」
「当主にはならないよ!」
「じゃあ、ブラック家の財産だけもらったら?」
「ロン!」
ハーマイオニーがまた叱った。
「何だよ。魔法省に取られるよりいいだろ」
「発想がリータ・スキーターに寄ってるわよ」
「それは嫌だな」
ロンはすぐ黙った。
パドマは新聞を指先で叩いた。
「問題は、まさにそこ。この記事は、完全な嘘ではない部分を芯にして、その周りに推測と悪意を巻きつけているの」
「芯のある悪意」
わたしは呟いた。
ハーマイオニーが新聞を覗き込んだ。
「この記事、かなり計算されているわ。ハリーが自分で名前を入れたとは書いていない。シリウスが入れたとも断定していない。フェルディナンド先輩がハリーを妨害しようとしたとも書いていない。でも、読者が勝手にそう疑うように書いてある」
わたしは新聞をじっと見た。
「小説でいう信頼できない語り手みたいな感じ?」
「お前のたとえは時々分かりそうで分からない」
ドラコが言った。
「それで、フェルディナンド先輩が入れたかもしれないという文について」
ドラコが腕を組んだ。
「はっきり言っておくが、フェルディナンド先輩はそんな理由でハリーを炎のゴブレットに入れたりしない」
「ありがとう、ドラコ」
ハリーが少しほっとした顔をした。
「フェルディナンド先輩が誰かを危険な大会に放り込むなら、もっと合理的で、もっと逃げ道の少ない方法を取る」
「ありがとうを返していい?」
ハリーが言った。ドラコがニッと笑う。
「返却不可だ」
「つまり、これは三重構造の陰謀かもしれない」
アーニーが新聞を指で押さえ、重々しく言った。みんなが今度は何を言い始めるのかとヒヤヒヤした顔で見守る。
「表向きは、シリウス・ブラックがハリーをブラック家の後継者候補として担ぎ出したように見える。だが、それは見せかけだ。本当の狙いは、フェルディナンド先輩がハリーを競技の場で徹底的に打ち負かし、ブラック家の正統性を示すことにある!」
「ない」
フェルディナンド先輩が即答した。
「私はハリーの名前を炎のゴブレットに入れていない」
「そうですよね!」
ドラコが分かってましたと言わんばかりに何度もうなずいた。
「いや、待ってくれ。僕は気づいてしまったかもしれない。そもそもハリーが代表選手になって得をしたのは誰だ?」
アーニーが続けて言う。
「誰も得してない」
パドマが言った。
「いや、得をしている者はいる」
アーニーは新聞を叩いた。
「リータ・スキーターだ」
その場が静まり返った。
「記事が売れる。話題になる。つまり、リータ・スキーターがハリーの名前を入れた可能性も──」
「ないと思うわ」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
「でも、動機はある」
「動機だけで犯人にしないで」
アーニーは少ししゅんとして「動機以外も見つかるさ」と小さく言った。
わたしは新聞を見た。
炎のゴブレット。4人目の代表選手。ブラック家の後継者。シリウス。フェルディナンド先輩。ハリー。
内容としてはよくできたストーリーだ。
でも並べ方がひどい。
まるで、図書室の本を全部ひっくり返して、恋愛小説の隣に呪いの本を置き、料理本の横に死霊術を並べて、「ほら、関係がありそうでしょう」と言っているみたいだ。
「ロルフさんに相談する?」
わたしが言うと、パドマがすぐに顔を上げた。
「それがいいと思う。リータ・スキーター本人に抗議しても、抗議したことまで記事にされるだけよ」
「見出しが見えるな」
ロンが言った。
「“怒れるポッター氏、ブラック家後継説に過剰反応”」
「やめてくれ」
ハリーが両手で顔を覆った。
「ロルフさんに相談するのは賛成よ。でも、その前に、リータ・スキーターがどうやってこの記事を書いたのかも考えるべきだわ。シリウスの発言をどう取ったのか、どこを切り取ったのか」
「じゃあ、方針は決まりね」
パドマは羊皮紙をまとめた。
「ロルフ・スキャマンダーに相談する。抗議ではなく、記事の検証として。どの部分が事実で、どの部分が推測で、どの部分が読者を誤認させる表現なのか、整理して持っていく」
「記事の解剖だな」
ロンが言った。
「気持ち悪い」
ハリーが机から顔を上げた。
「新聞の解剖」
ルーナが楽しそうに言った。
「中から虫みたいに小さな嘘がいっぱい出てきそう」
「やめろ。想像した」
ロンが顔をしかめた。
わたしは新聞をそっと畳んだ。
扱いは慎重に。
ハリーは新聞を見て、ため息をついた。
「僕、ただ巻き込まれただけなのに」
「それがもう物語になるのよ」
パドマが言った。
「でも、物語にされる側にも、訂正する権利はある」
その言葉は、静かだけど強かった。
わたしは少しだけパドマを見直した。
新聞は怖い。
でも、新聞を読む人が全員リータ・スキーターみたいなわけじゃない。
パドマみたいに、怒りながら真相を確かめようとする人もいる。
ハリーはブラック家の当主候補ではない。
フェルディナンド先輩は、少なくともそんな理由でハリーを炎のゴブレットに入れない。
魔法書研究会は、今日も大変だった。
主に、本以外のせいで。